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知財ライブラリー
伊集院 浩二の『アリゾナ的因数分解』
今月の映画評
「Nixon 」 邦題・ニクソン 1995年作品 191分 (2008/7/1)
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オリヴァー・ストーン |
| 脚本 |
スティーヴン・J・リヴェイル |
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クリストファー・ウイルキンソン |
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オリヴァー・ストーン 三者の共同脚本 |
| 主演 |
アンソニー・ホプキンス(リチャード・ニクソン第37代米国大統領) |
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ジェームス・ウッド(H・R・ハルデマン大統領補佐官) |
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エド・ハリス(ハワード・ハント元CIA工作員) |
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伊集院 浩二氏 プロフィール
1942年 東京生まれ
1968年 尾津商事(東京新宿)会長秘書
1977年 尾津興産 代表取締役
1986年 米国経済界 副社長(ニューヨーク)
1991年 米国永住権取得
1988年 M&A代理人事務所(コネティカット)
1998年 絵画製作と執筆活動(カリフォルニア・アリゾナ)
2007年
Buyback専門代理人集団 オフィス御醍醐龍太 代表
絵画・経済小説
絵画18作品と執筆論文は第21回右脳インタビュー参照
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同作品の論評を述べる前にリチャード・ニクソン(1913年生・1994年没)の波乱万丈な軌跡を辿ってみよう。
アメリカの建国以来、任期中に辞任に追い込まれたのは、過去43人の最高権力者の中でリチャード・ニクソン(1969年就任・1974年辞任)が初めての大統領である。彼が第37代大統領として残した偉大な外交実績や内政改革も、ウォーターゲート事件という諜略に限りなく近いダーティ・スキャンダルで、ホワイトハウスの歴史から抹殺されようとしている。
1972年に発覚したこの事件は当初、ワシントンのウォーターゲート・ホテル内に設置された民主党の全米委員会の事務所へ侵入した5人組の単なる窃盗事件と見なされていた。だが、司法当局の調査が進むにつれ、ホワイトハウスを舞台とした大統領府のエグゼクティブ・スタッフ、すなわち大統領補佐官や法律顧問までも関与する所謂、大統領の犯罪へと急展開していく。
リチャード・ニクソンが1968年の選挙公約で明言した、ベトナム戦争の終結から始まり、ニクソン・ドクトリンの表明、電撃訪中による米中関係の正常化、ソヴィエト連合とのSALT調印という輝かしい勲章の数々を引提げ、円熟した二期目へ突入しのが1973年の年だった。
つまり、前年に発覚したウォーターゲート事件は、ニクソンにとって小骨を喉に残したまま任期二年目を迎えたことになる。覇権国アメリカの絶対権力者として自負していたニクソンの野望を砕いたのが下院司法委員会が可決した大統領弾劾という憲政史上初めての鉄槌だった。メディアに誘導された世論に押され、与党の共和党までがニクソンに見切りをつけ始めた。ホワイトハウスとキャピタル・ヒルの権威と国益を死守するという大義名分を掲げた、超党派の政治力学が作用したのである。
最終的には後任大統領のジェラルド・フォード(1974年就任〜1977年の変則一期)から追訴免責という特赦を受け犯罪者としての汚名だけは免れた。
だが、ホワイトハウスを去ったニクソンの運命は過酷なものだった。大統領辞任の2年後の1976年、ニューヨーク上級裁判所から弁護士剥奪命令が宣言される。更にマンハッタンの近隣住民による高級マンションへの居住拒否という、ヒステリックな社会制裁が彼の余生に追い討ちをかけたのだ。その後、執拗なニクソン・バッシングが彼のプライバシーを侵害し続けていく・・・
オリヴァー・ストーン監督は同作品「Nixon」の制作にあたり、膨大な資料をもとに、二人の友人と2年の歳月をかけて周到な脚本を練り上げた。社会派の映画監督として、二度のアカデミー監督賞(プラトーン・86年、7月4日に生まれて・89年)を授賞したストーンは、「ウォール街・86年」や「JFK・91年」などの大ヒット作品を世に送り出した巨匠として知られる。特に「JFK」では、タブーとされてきたケネディ大統領の暗殺の舞台裏に肉薄した野心作だ。オズワルドの単独犯説を真っ向から否定する所謂、黒幕説に迫ったガリソン地方検事の原作を忠実に再現し、自ら脚本を書き上げ大作「JFK」を完成させている。ストーンはこの作品の製作過程では多くの圧力があったことを告白している。
「プラトーン」は自らのベトナム体験を基に、戦争の残虐性と非情な国家権力を世に問うた作品だ。恐らく、50年代にハリウッドを襲ったマッカシー旋風(赤狩りと称され反体制をテーマとしたハリウッド映画を厳しく規制する政策)の時代なら、「プラトーン」や「7月4日に生まれて」は世に出なかった筈だ。ましてイラク戦争を継続中のブッシュ政権下の現在なら、ストーンの反戦映画は非国民扱いされるに違いない。だが第36代ジョンソン大統領はケネディ暗殺事件の真犯人をウォーレン報告書(真相解明を目的とした連邦最高裁判所のウォーレン判事を委員長とする諮問機関、当時フォード上院議員もメンバーだった)の調査結果を経てオズワルドの単独犯説を採択した。それ以降、歴代の大統領は2039年まで情報の公開を延期するという、ジョンソン大統領の決定を旗印に全てのコメントを封印し現在に至っている。1963年のダラス市の暗殺事件に関与した当事者は、76年後の2039年まで生存しているだろうか。
オリヴァー・ストーンの「JFK」は勇気ある告発メッセージだった。その彼が4年後の1995年に放ったのが「Nixon」である。
マッカシー旋風が吹き去った昨今、映画制作における最大の難関は知的所有権やプライバシーの侵害であろう。更にストーンにはリチャード・ニクソンという実像と国家権力のメカニズムに加え、ホワイトハウスの暗闘と力学を史実にそって描くという相反する課題があった。つまりワシントンをはじめとする政府機関からの圧力とニクソン家から予想される訴訟の可能性である。
公開の前年、1994年の4月にリチャード・ニクソンが他界した。彼の死の影響か否かは不明だが、製作のプロセスにおいて、ストーンはシリアスなエピソードを加味する決断をする。ケネディ兄弟の暗殺にニクソンが黒幕として関与していたとする説や妻パトリシアとの不仲説である。彼が語った次のコメントが訴訟国アメリカの本質を巧みに表わしている。
「ニクソン氏の死去によって彼自身が私の作品について干渉するリーガル・ライトが消滅した。事実、彼が生きていれば、より困難な状況であっただろう」
通常、ハリウッド映画では国防意識のプロパガンダや愛国心の高揚を示唆する戦争映画などには国防総省のチェックを通れば軍艦や戦闘機などの登場に便宜を計ってくれるケースが多い。
だがホワイトハウスの協力を得られない「Nixon」では全ての舞台をセット化する必要があった。つまり安全保障の権化であるホワイトハウスやワシントンのリンカーン像(リンカーン記念館にある巨大な像)などの建造物が数多く登場する、この作品では精巧な実物大のセットが再現された。完璧主義者のストーンは徹底した取材と元閣僚とのインタビューに加え法律顧問や政治アドバイザーとのコンサルタント契約を結び作品の公開に臨んだ。その制作費は5000万ドルにまで膨張した。何と1分当りの製作費は26万ドルという高コストだ。
ニクソンが失脚したきっかけは盗聴事件だった。だが、その真相は中央情報局(CIA)や国防総省(ペンタゴン)が絡んだ「ビックス湾事件」の失敗だった。一つのスキャンダルを覆い隠すために次々と「隠蔽」というドミノ・ゲームを繰返したニクソンと側近達。そして訪れる辞任の日と彼の悲痛な絶叫・・・
「盗聴をしていたのは、俺だけじゃない! あのJFKやLBJ(ジョンソン)はおろか、FDR(ルーズベルト)だって不法な盗聴をしていたんだぞ。アイク(アイゼンハウワー)には愛人がいた。なぜ俺だけが叩かれるんだ!」
ニクソンの政治家としての資質や人間性を巧みに現した言葉がある。
「ベトナム戦争を終結し、デタントを実現した男。世界を変えた強い大統領にも拘わらず、アメリカに憎まれ、国を亡くした愛国者・・・」
ストーンが描いた渾身の力作も興業的には1400万ドルと惨敗に近かった。やはり、テーマが重過ぎたのかもしれない。ワシントンを知る者から俯瞰すると史実をモチーフにしたにも拘わらず、ニクソンの人間性を強調する余り、鋭い筈の切り口がグレイゾーンとして反映されてしまった感がある。ヒールの代名詞だったニクソンの代弁者として脚本を執筆し、ホワイトハウスに挑戦状を叩き付ける気迫で製作すれば「JFK」並みの観客を動員できたのではないか。近年、ニクソンの評価が見直されたとはいえ、既に過去の大統領になってしまったのだろう。
第40代大統領ロナルド・レーガンはイラン・コントラ事件を乗り切り、2期8年を全うし有終の美を飾った。戦争相手のイランに武器を密売するという利敵行為を、ホワイトハウスのエグゼクティブ・スタッフが容認したにも拘わらず、その責任を問われることはなかった。
第42代大統領ビル・クリントンは在任中、こともあろうにホワイトハウスの執務室で研修生の若い女性と不倫行為を重ねていたのだ。
両大統領とも盗聴の事実はないものの、絶対権力者として、行使する立場にあると断言してよいだろう。だが、レーガンやクリントンの場合、熾烈なサバイバル・ウォーを経て、名誉ある「Mr.
President」の称号を呼ばれ続けている。
今から4ケ月後の11月に行なわれる第44代の大統領の座をめぐるバラク・オバマ候補とジョン・マケイン候補の決戦を思う時、最高権力者に求められるのは崇高な倫理感であろうか。あるいは清濁併せ呑む強い指導者なのだろうか。
今、混迷するアメリカが求める大統領は、たとえ1期4年でも豊かで強いアメリカ合衆国の再現であろう。地政学にも地経学的にもブッシュ政権の見直しを実現する人物こそ第44代アメリカ大統領となる男である。
筆者はジョン・マケイン候補が僅差で勝利するとみている。
【完】
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