夫春樹が妻真知子との離婚に際し、以前に金5,000萬円で購入し、今では時価が金1億円に値上りしている春樹名義のマンションを真知子に財産分与し、その直後に真知子はこのマンションを第三者に金1億円で売却しました。現在の最高裁の判例によれば、財産分与は贈与ではなく、普通の売買と同じ有償譲渡である、とされていますから、この財産分与は、夫春樹から妻真知子に対する贈与ではなく、従って贈与税は問題となりません。普通の売買と同じ有償譲渡である以上、このマンションに生じている値上がり益(増加益)5,000萬円に対する所得税が問題となります。結論として、春樹が値上がり分(増加益)5,000萬円について所得税を支払い、真知子は譲渡所得ゼロとなります。いくつもある中で代表的な最高裁判例は(注1)、次のように判示しています。「財産分与に関し・・・不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。したがって、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによって、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。」つまり、夫春樹は妻真知子に負っている分与義務という債務(借金)が消滅するのであるから有償譲渡となる、という訳です。しかしながら、この理屈は一般の人にはなかなか理解し難いところがあるようで、次のような事件が起こりました。太郎は花子と結婚し、二男一女を儲けましたが、家庭をないがしろにしたので、離婚することとなり、花子が、現在居住している建物に残って子供達を育てたい旨を希望したので、太郎は、建物とその敷地の全部を花子に財産分与しました。ところがその後、太郎に対して合計約2億円の譲渡所得税が課税されることが判明したのです。そこで太郎は、このような財産分与は「要素の錯誤」により無効であることの確認を求めて出訴しました。第一審も第二審も、太郎の錯誤は「要素の錯誤」ではなく「動機の錯誤」であるから財産分与は無効ではない、としたのですが、最高裁平成元年9月24日第一小法廷判決は(注2)、太郎の錯誤は「要素の錯誤」である、として第二審判決を破棄し、事件を東京高裁に差し戻したのです。差戻し後の東京高裁は(注3)、太郎の錯誤は「要素の錯誤」であり、しかも太郎には「重大な過失(注4)」がなかったから、この財産分与は無効である、と判示しました。これからはいわゆる熟年離婚が増加するだろうといわれていますが、熟年離婚で問題になるのは財産分与です。例えば、長年住み慣れた夫名義のマイホームを妻に財産分与すれば、そのマイホームが値上がりしている限り、夫に譲渡所得税が課税されます。次回の「贈与と税金その6」で述べますが、「離婚の際の財産分与」に関するアメリカの内国歳入法典1041条はこれとは全く逆の取り扱いを規定しています。
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