父太郎が生前に1,000萬円で購入し、今では時価が3,000萬円に値上がりしているゴルフクラブの会員権を息子一郎が相続し、その直後に、息子一郎はこれを第三者に3,000萬円で売却しました。この場合、相続税と所得税が問題になります。相続された会員権の時価相当分3,000萬円についての相続税と、購入してから売却するまでの期間中に生じた会員権の値上がり分2,000萬円についての所得税です。結論として、息子一郎が相続税と所得税の双方を支払います。これは「贈与」と「相続」との違いはありますが、第9回の[贈与と税金その1]の場合と同じ結論です。まず相続した時点で、会員権の時価相当分3,000萬円について相続税を支払い、つぎにその会員権を第三者に売却した時点で、会員権の値上がり分2,000萬円(ただし、相続税相当分を差し引きます
(注1) 。)について所得税を支払います。息子一郎が相続税を支払うということは理解できるとして、所得税も支払うということは理解しにくいかも知れません。この点を理解するためには「所得税の歴史」を見なければなりません。昭和25年当時はこの値上がり分についての所得税は父太郎が支払うべきものでした。最高裁の判決があります。「譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れ他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない。したがって、所得税法・・・にいう『資産の譲渡』とは、有償無償を問わず資産を移転させるいっさいの行為をいうものと解すべきである。(注2)」この判決の立場を「増加益清算説」と呼んでいます。増加益清算説によりますと、父太郎(の遺産)は会員権が息子一郎に相続によって移転するのを機会にその値上がり分(増加益)2,000萬円を清算して所得税を支払うことになります。増加益清算説はシャウプ勧告が強調した立場です(注3)。昭和25年所得税法はシャウプ勧告に基づく改正でしたから、昭和25年当時であれば、父太郎(の遺産)に所得税が課せられたのです(注4)。ところがその後に所得税法は改正され、父太郎(の遺産)には所得税は課せられなくなりました(注5)。しかし注意しなければならないのは、息子一郎は父太郎の取得価額を引継ぐということです(注6)。つまり、息子一郎がこの会員権を第三者に対し3,000萬円で売却すれば、2,000萬円(売却価額3,000萬円マイナス引継ぎ取得価額1,000萬円)マイナス相続税相当額の譲渡所得が発生するのです。結局において、値上り分(増加益)を所得として課税するという「増加益清算説」は現在も生きているのです。ただ昭和25年当時と現在の違いは、相続の場合には、父太郎(の遺産)の段階での清算は繰延べられ、その代わりに息子一郎が、父太郎が所有者であった期間の増加益を含めて清算するということです。
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