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大塚正民の考古学と考古学の広場

60回 国際法務その26: 国際ADR制度その5:国際仲裁制度の実例:税務仲裁

2011/8/1

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 

仲裁といえば、普通は、私人私人との間の紛争を解決する制度と考えられていますが、例外として、国家国家との間の紛争を解決する制度としての仲裁もあること (たとえば、第58回で述べた新日蘭租税条約に定める租税条約仲裁)、さらに例外として、私人国家との間の紛争を解決する制度としての仲裁もあること、はすでに述べた通りです。ただし、私人国家との間の紛争を解決する制度としての仲裁には2種類のものがあり、たとえば、私人とその投資先である外国の国家との間の紛争を解決する制度(投資協定仲裁)については、前回(第59回)で述べました。今回(第60回)は、納税者である私人と税務当局としての国家との間の紛争を解決する制度(税務仲裁)を取り上げることにします。
たとえば、1992年(平成4年)3月6日のアメリカの内国歳入庁 (Internal Revenue Service) のニュース・リリースを見て下さい(注1)。「内国歳入庁とアップルが租税事件を仲裁で解決へ」と題して、つぎのような「内国歳入庁の法務室のアナウンスメント」が載っています。曰く、「内国歳入庁は、移転価格税制上の問題を解決するために、拘束力ある仲裁を用いることに初めて合意した。この合意は、Apple Computer, Inc.との間のもので、同社の1984年、1985年および1986年の課税年度に関するものである。これらの課税年度に関する税務訴訟は現に合衆国租税裁判所(the United States Tax Court(注2))に係属中である。(法律問題ではなく)事実問題を拘束力ある仲裁に付するというやり方は、租税裁判所における伝統的な訴訟に代替するものであって、租税裁判所手続規則(Tax Court Rules of Practice and Procedure)に定め(注3)がある。・・・アップル仲裁事件は、すでに退職している判事、経済学者、産業界の専門家の3名からなる仲裁廷で審理される。両当事者間での合意により、仲裁の形式は、いわゆるbaseball arbitration(注4)という形式による。・・・」
このアップル仲裁事件の仲裁判断は1993年9月3日に下されましたが、この仲裁判断は非公開とされ、内国歳入庁側もアップル側もコメントを拒否しています(注5)。ただし、ある論評によれば、結果はつぎのようなものだったとのことです(注6)。「(baseball arbitrationなので、当事者たちの最終申出金額のどちらかが選択されることになるが)仲裁廷は、内国歳入庁側の最終申出金額を選択したので、形式的にはアップル側の負けとなった。しかし、実質的にはアップル側の勝利となった。理由は3つ。1つは、もしTax Courtで税務訴訟をしていたとすれば支出したであろう弁護士報酬約400萬ドルを節約できたこと。2つは、内国歳入庁側の最終申出金額は、当初の更正処分の金額より大幅に低かったこと。3つは、仲裁手続は、訴訟手続とは異なって、すべて非公開なので、アップル側の秘密情報が競争者たちに知れるようなことがないこと。」
 

脚注
 

注1

http://www.unclefed.com/Tax-News/1992/Nr92-20.html (最終検索:2011/06/26) なお私的な論評として、Tax Notes International, March 30, 1992, “More on Apple’s Arbitration Agreement”があります。
 

注2

1924年に創設されたBoard of Tax Appeals (租税訴願庁) は、1942年にその名称をTax Court of the United States (租税裁判所) と変更したものの、その実体は引き続き行政部内の独立機関であった。1969年に至り、さらに名称をUnited States Tax Court (合衆国租税裁判所) に変更するとともに、その実体もいわゆるlegislative court (法律によって創設された裁判所) となった。租税事件を扱う第一審裁判所の1つであるが、他の第一審裁判所であるfederal district court (連邦地方裁判所) およびUnited States Claims Court (合衆国請求裁判所)と異なって、争いとなっている租税をいったん納付しなくても手続を進めることができる。− 田中英夫編「英米法辞典」東京大学出版会(1991年5月)840頁。
 

注3

Rule 124. Alternative Dispute Resolution.
 

注4

Baseball arbitrationについては、第57回 国際法務その23:国際ADR制度その2:国際仲裁制度の実例:ベースボール・アービトレーション(Baseball Arbitration 野球仲裁)型の仲裁、を参照して下さい。
 

注5

Tax Notes International, September 20, 1993, p. 741: Apple Computer Transfer Pricing Arbitration Decided,
 

注6

Sansing, Voluntary Binding Arbitration as an Alternative to Tax Court Litigation, National Tax Journal, June 1997. このSansingの論評の基になった論稿として、James P. Fuller, U.S. Tax Review: Cases Apple Arbitration, Tax Notes International, October 25, 1993があります。 なお上記のRule 124の実際の運用に関しては、つぎを参照して下さい。Louthan & Wrappe, Building a Better Resolution: Adapting IRS Procedures to Fit the Dispute, Tax Notes, November 18, 1996, pp. 849, 861.
 



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更新日:2012/10/30