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大塚正民の考古学と考古学の広場

第75回:荒涼館とディケンズ:その4

2012/11/1

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 

「荒涼館」(Bleak House)は、イギリスの「大法官裁判所」(the Court of Chancery)を題材にしています。審理されている事件名は、「ジャーンダイス対ジャーンダイス事件」(Jarndyce and Jarndyce)です。ディケンズは、「荒涼館」を毎月1回のシリーズものとして1852年3月から1853年9月にかけて19回に分けて発行し、のちにこれらを1冊にまとめて単行本として発行しています。その単行本の初版への序文で次のように述べています。曰く、「大法官裁判所について以下の本文中に述べてあることは、すべて実質的に真実であり、真実の領域を超えてはいない。本質的な点においてグリドリーの訴訟は、この恐るべき不当な事件の全貌を専門家として終始熟知していた、ある公平無私な人物によって発表された実際の訴訟を少しも変えていないのである。目下、大法官裁判所では約20年前に始められた訴訟が審理中であり、これにある時は30人から40人の弁護士が出廷したことが知られているし、訴訟費用はもう7萬ポンドという金額に達しているが、・・・今なお始まった時と同じく、少しも終結に近づいていない(と私は確信している)(注1)。」ここで触れられている「グリドリーの訴訟」とは、「荒涼館」の「第15章 ベル・ヤード横丁」で「ジョン・ジャーンダイスに対し大法官裁判所の非道を訴えるグリドリーが被告となっている訴訟」です(注2)。また「目下、大法官裁判所で約20年前に始められた訴訟」とは、後の研究者によれば(注3)、「ジェネンズ訴訟」(The Jennens Case)であるとのことです(注4)
第72回で引用しました高名なイギリスの法制史家ホウルズワースが「ディケンズが彼の時代の法律および法律家の様々な様相を観察し叙述した結果が、その時代のみならず、それ以前の時代の法制史の研究にとって、貴重な資料となっている」と述べていますが、「荒涼館」は文学的にも興味深い著作であるのみならず、法律的にも興味深い点を数々含んでいます。たとえば、「第34章 絞り上げ」に高利貸しスモールウィードが借主ジョージにつぎのような通知書を出す場面があります(注5)。曰く、「拝啓 失礼ながらご注意申上げ候・・・マシュー・バグネット氏より貴殿に振出し、貴殿が御引受けなられ候2ヶ月後払いの97ポンド4シリング9ペンスの手形は明日満期に御座候えば、同日呈示次第皆済相成り度く候。敬具 ジョシュア・スモールウィード」ここに「手形」とあるのは、法律的には(保証人)としてのバグネットが支払人をジョージとする為替手形を受取人スモールウィード宛てに振出し、これを借主ジョージが引き受けたということです。当時の個人金融のやり方の1つが「為替手形」を用いる方法だったことが判ります(注6)


脚注
 
注1

青木雄造・小池滋、荒涼館 4(390頁)。
 

注2

青木雄造・小池滋、荒涼館1(428頁~432頁)。
 

注3

Patrick Polden, Stranger than Fiction? The Jennens Inheritance in Fact and Fiction Part One: The Jennens Fortune in the Courts, CLWR 32 (2003) 211; Part Two: The Business of Fortune Hunting, CLWR 32 (2003) 338.  
 

注4

ただし、Poldenによれば、「ジェネンズ訴訟」が「ジャーンダイス対ジャーンダイス事件」の基になった実際の訴訟である、との見解は誤っている、とのことです。ディケンズが「ジェネンズ訴訟」に触れたのは、たまたま1852年5月18日のThe Essex Heraldが「ジャーンダイス対ジャーンダイス事件のように永久に終結しないかと思われていたジェネンズ訴訟が終結した」と誤報を流し、関係者たちがこの誤報に抗議したことで、「ジェネンズ訴訟」が相変わらず審理中であることが明確になったからである、とのことです。Polden, Part Two: VII Conclusion, p. 363.
 

注5

青木雄造・小池滋、荒涼館 3(37頁)。
 

注6

これまでは「書換え手形にするということ」で「利息やなにやかやで、大体、もうこの元金の半分は返している」ジョージはとてもこの為替手形を支払う余裕はありません。弟子のフィルが「自己破産」を勧めると、ジョージは「そんなことをしたら、バグネット一家がどうなるか、おまえ、知っているのか?おれの古い借金を全部払うために、あの一家が破滅してしまうのを知っているのか?おまえは道義心に富んだ人間だよ」と答えます。高利貸し対貧しい事業者の関係は今(2010年代)も昔(1820年代)も変わっていませんね。  
 

   
   


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更新日:2012/10/30