前々回(第86回)で述べましたように、日本では「受益者が存しない信託」の場合の「贈与税の納税義務者」を新たに作り出すという課税方法を政府側が考案し、また、アメリカでは「将来権のみを有する受益者」をたくみに「現在権を有する受益者」に変更するという節税方法を納税者側が考案しました。
前回(第87回)は、日本の政府側が考案した新たな「贈与税の納税義務者」としての「法人課税信託の受託者」なるものを見ましたが、いわゆる「みなす規定」が多用されていることに驚かれたことでしょう。エキスパートを自負する少数の税務官僚が「高度に難解な法律技術的な課税方法」を考案するという昔からの日本の課税制度の特徴が良く表れています。
今回は、このような昔からの日本の課税制度と対照的なアメリカの課税制度の特徴が良く表れている納税者側の節税方法を見ることにしましょう。いわゆるCrummey
trustというものです。この名称の起源となった1968年の連邦第9巡回区控訴裁判所のCrummey 対
内国歳入庁長官の判決注1は、現行の1986年内国歳入法典2503(b)条と全く同じ規定である1954年内国歳入法典2503(b)条に関する判決です。同条は、受贈者の受贈益が(present
interest)であれば贈与税の納税義務者である贈与者(donor)に贈与税控除(gift tax
exclusion)を認めるが、受贈者の受贈益が将来権(future
interest)であれば贈与税控除を認めない、と規定しています。そこで、たいていの信託の受託者(trustee)は受益者(beneficiary)の全員に対して、つぎのような通知をします注2。
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本件信託に定期的に信託財産が追加されることのお知らせ
〔本件信託の受益者たちの全員〕へ
20xx年xx月xx日に、本件信託に対し約xxxドルの信託財産の追加がありました。次回以降のお知らせがあるまで、毎年xx月xx日頃に、本件信託に対し約xxxドルの信託財産の追加がある予定です。(i)このお知らせを受領された日、または、(ii)信託財産の追加があった日、のいずれか遅い日から起算して30日を経過する日までに、受益者である皆様のすべての方々は、これら信託財産の追加分を本件信託契約上の条項に従って引き出す権利を有しています。この権利を行使したいという方は、直ちに私にご連絡ください。あなたから反対の意思表示がない限り、私は、あなたはこの権利を行使したくない、そして、このようなお知らせは今後不要である、とのお考えであるとの前提で行動致します。〔本件信託の受託者より〕
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ここでの「引き出す権利」のことをCrummey powerと呼びます。このような通知によってCrummey
powerが与えられると信託の受益者の受贈益は将来権から現在権に変わる、というのです。つまり、たいていの信託の受益者は将来権(たとえば一定期間経過後に実際に受益できる権利)しか有していないので、Crummey
power を与えれば現在権を有することになる、というのです。しかし、これはほとんどの場合、一種の猿芝居みたいなもので注3、実際には誰もCrummey
powerを行使しないことが当然の前提になっているのです。
脚注
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注1 |
Crummey v. CIR (Commissioner of Internal Revenue), 397
F2d 82 (9th Cir. 1968).
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注2 |
Rollins & Rubin, Irrevocable Life Insurance Trusts Line
By Line, Aspatore (2011)の最後の頁にあるAppendix B:Notice of
Periodic Additions to the Trust.
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注3 |
Bittker & Lokken, Federal Taxation of Income, Estates
and Gifts, Second Edition, Vol.7の124-15頁では、Crummey
powerをmake-believe (猿芝居)と呼んでいますが、実務家たちは、Crummey power
requirements(Crummey power要件の遵守)を重視しています。たとえば、上記の注2のRollinns
& Rubinのほか、Shenkman, The Complete Book of Trusts, Third
Edition, John Wiley & Sons, Inc. (2002)の234頁など。
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