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大塚正民の考古学と考古学の広場

93回 信託その14:信託と税務(日米比較その9)

2014/5/1

大塚 正民

大塚正民 法律会計事務所
 

前回(第92回)で述べましたように、1925年の連邦最高裁判所のIrwin v. Gavit事件判決(1)は、妻Wの非課税の主張を認めた第1審判決 (1921年)と第2審判決 (1923年)を取消して、妻Wの主張を退けました。多数意見を書いたHolmes裁判官によれば、「信託の元本(the corpus)と信託の元本からの収益(the income arising from the corpus)は区別すべきで、前者ついては、取得者は非課税となるが、後者については、取得者は非課税とならない」というのです。しかし反対意見を書いたSutherland裁判官によれば、「前者も後者も同じく遺贈によって取得したものである以上、いずれの取得者も非課税となる」と反論しています。Chirelstein教授は、Holmes裁判官の多数意見が現行の1986年内国歳入法典§102(b)(2)(2)の立場であるが、立法論としては、別の立場もあり得るとして、大略、つぎのような説明をしています(3)
− この設例の場合、信託受益権は、2種類に分かれます。@信託の元本からの収益を受益する権利(収益受益権)とA信託の元本そのものを受益する権利(元本受益権)です。この場合の収益受益権は減耗資産(wasting asset)です。統計的には15年存続し、妻Wの死亡によって消滅する権利です。もちろん妻Wの死亡は15年より早くなるかも知れないし、遅くなるかも知れませんが、この収益受益権の現在価値(present value)を算定するために、とりあえず、余命年数15年、毎年の収益金額8,000ドル、割引利率年8%とした場合、この収益受益権の現在価値は約68,000ドルになります。信託財産の全体の現在価値は10万ドルですから、この信託設定時の元本受益権の現在価値は32,000ドルとなります(4)
収益受益権の現在価値は毎年減額していき、15年目の末日でゼロになり、元本受益権の現在価値は毎年増額していき、15年目の末日で10万ドルになります。これらの関係は、つぎのようになります。

  妻W 息子S
課税対象所得金額合計額 32,000(5) 68,000(6)
非課税対象受贈金額 68,000 32,000
15年目末日の取得価額   100,000

これらの関係は、Holmes裁判官の多数意見によれば、つぎのようになります。

  妻W 息子S
課税対象所得金額合計額 120,000 0
非課税対象受贈金額 0 100,000
15年目末日の取得価額   100,000

 − 以上のChirelsteinの説明は、「信託受益権の複層化に伴う課税の日米比較」にとって有用です。すなわち、米国では、現行法上は、@連邦遺産税は、信託元本の移転者である信託設定者が支払う。A連邦所得税は、毎年の収益について、信託の収益受益権者が支払う。B毎年の収益のない信託の元本受益権者は、連邦所得税を支払わない。ただし、立法論としては、連邦所得税は、信託の収益受益権者と信託の元本受益権者が、按分して支払う、ということも考えられる、のです。他方、日本では、@相続税は、信託の収益受益権者と信託の元本受益権者が、按分して支払う。A所得税は、毎年の収益について、信託の収益受益権者が支払う。B毎年の収益のない信託の元本受益権は、所得税を支払わない。ただし、この信託が「受益者連続型信託」と評価される場合には(7)、相続税は、まず(収益受益権の取得時に)信託の収益受益権者が全額を支払い、つぎに(元本受益権の取得時に)信託の元本受益権者が全額を支払う、ということになるでしょう。

 

脚注
 
注1

Irwin v. Gavit, 268 U.S. 161 (1925).第1審は、U.S.Dis.Ct.N.D.N.Y. (1921), 275 F. 643; 第2審は、U.S.Ct.App.for the 2nd Cir. (1923), 295 F. 84. 実は、前回(第92回)で用いました設例の事実関係は、このIrwin v. Gavit事件判決の事実関係を基礎にしていますが、実際は異なっています。この設例では、説明を簡単にするために、財産の移転が、@H→W(信託元本からの収益の受益権が夫から妻へ)AH→S(信託元本そのものの受益権が夫から息子へ)という形で行われたことになっていますが、実際の事実関係は、もっと複雑で、極めて簡略化すれば、財産の移転が、@GF→F(信託元本からの収益の受益権が祖父から娘婿、つまり、孫娘の父へ)AGF→GD(信託元本そのものの受益権が祖父から孫娘、つまり、娘婿の娘へ)という形で行われています。

注2

現行の1986年内国歳入法典§102(b)は、つぎのように規定しています。まず、§102(a)が、「総所得には贈与、動産の遺贈、不動産の遺贈,または、相続により取得する財産の価値を含まない(Gross income does not include the value of property acquired by gift, bequest, devise, or inheritance)」と非課税原則を規定し、この非課税原則に対する例外として「上記§102(a)の規定は、以下の収益(income)を総所得から除外しない。すなわち、(1)受贈対象がある財産である場合は、その受贈財産から生ずる収益、または、(2)受贈対象がある財産から生ずる収益の収受権である場合は、その収受権に基づき収受する収益(§102(a) shall not exclude from gross income – (1) the income from any property referred to in §102(a), or (2) where the gift, bequest, devise, or inheritance is of income from property, the amount of such income.)」と規定しています。

注3

Chirelstein & Zelenak, Federal Income Taxation, Twelfth Edtion, Foundation Press (2012), pp. 71.

注4

ちなみに、日本の場合、相続税の財産評価の202は(信託受益権の評価)と題して、つぎのような定めをしています。
「202(3)元本の受益者と収益の受益者とが異なる場合においては、つぎに掲げる価額によって評価する。
イ 元本を受益する場合は、この通達に定めるところにより評価した課税時期における信託財産の価額から、ロにより評価した収益受益者に帰属する信託の利益を受ける権利の価額を控除した価額 
ロ 収益を受益する場合は、課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期からそれぞれの受益の時期までの期間に応ずる基準年利率による複利現価率を乗じて計算した金額の合計額」

注5

妻Wの年間課税所得金額は、8,000ドルではなく、3,467ドルとなります。つまり、8,000 ドルx 68/120 = 4,533ドルは元本の回収分となり、8,000 minus 4,533 = 3,467ドルが元本からの年間収益金額となる、という訳です。

注6

息子Sの元本の現在価値は、15年間に、32,000 ドルから100,000ドルに増加するので、差額68,000ドルが収益合計額となる、という訳です。妻Wの元本の回収分4,533ドルに対応する息子Sの元本の増加分4,533ドルが年間収益金額となるのですが、息子Sには現金収入がないので、これを年間課税所得金額とせず、信託終了時に差額68,000ドルを一時に課税所得金額とすることも考えられます。

注7

相続税法第9条の3、相続税法基本通達第9条の3(受益者連続型信託の特例)関係、9の3−1、9の3−2、9の3−3。

   
   





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更新日:2014/04/30