前回(第97回)で述べました単純信託(simple
trust)と対比されるのが複雑信託(complex
trust)です。その信託の条項上のTの受託者としての役割が、その当期収益の全額または一部を信託内に留保することが出来る一方、その信託の元本を取崩してその信託の受益者に分配することも出来るものとされていれば、その信託は複雑信託です。
Complex Trust(複雑信託):元本の取崩し
前回(第97回)と同じ状況を前提としますが、ただ違うのは、その信託の条項上の権限に基づいてTはBに対して1萬5,000ドルを分配したとします。当期収益1萬ドルを超過するこの5,000ドルは元本の取崩しになります。この複雑信託の連邦所得税上の結果はどうなるでしょうか?
この複雑信託は当期収益が1萬ドルですが、内国歳入法典§661(a)注1に従って(内国歳入法典§651(a)が適用される単純信託の場合と異なって)、いわゆるDNI注2である1萬ドルが控除されますから、課税所得はゼロです。受益者Bは、内国歳入法典§662(a)注3に従って(内国歳入法典§652(a)が適用される単純信託の場合とは異なって)、いわゆるDNIである1萬ドルが課税所得となります。
Complex Trust(複雑信託):当期収益の一部留保
同じく前回(第97回)と同じ状況を前提としますが、ただ違うのは、その信託の条項上の権限に基づいてTはBに対して当期は5,000ドルを分配し、来期以降に残額5,000ドルを分配することにしたとします。当期収益1萬ドルを下回るこの5,000ドルの分配によって当期収益の一部5,000ドルは信託内に留保されたことになります。この複雑信託の連邦所得税上の結果はどうなるでしょうか?
この複雑信託は当期収益が1萬ドルですが、内国歳入法典§661(a)に従って、当期収益の分配額である5,000ドルが控除されるだけですから、課税所得は5,000ドルになります。つまり、信託内に留保された当期収益分は、この複雑信託の段階で所得税の課税対象となる訳です。(内国歳入法典§1(e)注4の適用によって、1,000ドルの所得税額となったと仮定しましょう。)受益者Bは、内国歳入法典§662(a)に従って、当期収益の分配額である5,000ドルが課税所得となります。
Complex Trust(複雑信託):当期収益額を超える金額の当期分配
同じく前回(第97回)と同じ状況を前提としますが、ただ違うのは、その信託の条項上の権限に基づいてTはBに対して翌期には1萬4,000ドルを分配したとします。翌期の当期収益1萬ドルを超える当期分配額4,000ドルには、前期に信託内に留保した5,000ドルの一部を充てたとします。この複雑信託の連邦所得税上の結果はどうなるでしょうか?
この複雑信託の当期収益は1萬ドルですが、内国歳入法典§661(a)に従って(内国歳入法典§651(a)が適用される単純信託の場合と異なって)、いわゆるDNIである1萬ドルが控除されますから、課税所得はゼロです。受益者Bは、内国歳入法典§662(a)に従って(内国歳入法典§652(a)が適用される単純信託の場合とは異なって)、いわゆるDNIである1萬ドルが課税所得となります。加えて、受益者Bには、いわゆるthrowback
rule注5の適用によって、当期に分配を受けた4,000ドルに、すでに信託が前期に納付した所得税1,000ドルを加算した合計5,000ドルも課税所得になります(内国歳入法典§666(b)注6)。この結果、受益者Bの合計課税所得は1萬5,000ドルになりますが、この合計課税所得に対する合計所得税額からBはすでにこの信託が前期に納付した所得税1,000ドルを税額控除することができます。つまり、合計所得税額が1,500ドルということであれば
、1,000ドルを税額控除した残額500ドルがBの実際納付税額となる訳です。
脚注
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注1 |
Sec.661(a): (a) Deduction – In any taxable year there
shall be allowed as a deduction in computing the taxable
income of ・・・[a] trust other than a trust to which
subpart B applies), the sum of –
(1) any amount of income for such taxable year required
to be distributed currently (including any amount
required to be distributed which may be paid out of
income or corpus to the extent such amount is paid out
of income for such taxable year); and
(2) any other amounts properly paid or credited or
required to be distributed for such taxable year, but
such deduction shall not exceed the distributable net
income [DNI] of the・・・trust.
いわゆるDNI: Distributable Net
Incomeの略語で、内国歳入法典§643(a)に定義があります。要は、(受益者への当期分配額を控除する前の)その信託の当期収益とほぼ同じと考えて良いでしょう。
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注2 |
Sec.662(a): (a) Inclusion – Subject to subsection (b),
there shall be included in the gross income of a
beneficiary to whom an amount specified in section
661(a) is paid, credited, or required to be distributed
(by ・・・[a] trust described in section 661), the sum of
the following amounts:
(1) Amounts Required to Be Distributed Currently – The
amount of income for the taxable year required to be
distributed currently to such beneficiary, whether
distributed or not.・・・
(2) Other Amounts Distributed – All other amounts
properly paid, credited, or required to be distributed
to such beneficiary for the taxable year.・・・
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注3 |
Sec.1(e): (e) Estates and Trusts – There is hereby
imposed on the taxable income of –
(1) every estate, and
(2) every trust,
taxable under subsection a tax determined in accordance
with the following table:
If taxable income is: The tax is:
・・・ ・・・
・・・ ・・・
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注4 |
いわゆるThrowback Rule:
「持戻しの原則」と和訳されています。ある年度において信託から受益者に分配された収益の額が、その年度のDNIの額を超過した場合、その超過額は、その年度よりも前の年度のDNIから分配されたものと見なす原則です。
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注5 |
Sec.666(b): (b) Total Taxes Deemed Distributed – If any
portion of an accumulation distribution for any taxable
year is deemed under subsection (a) to be an amount
within the meaning of paragraph (2) of section 661(a)
distributed on the last day of any preceding taxable
year, and such portion of such distribution is not less
than the undistributed net income for such preceding
taxable year, the trust shall be deemed to have
distributed on the last day of such preceding taxable
year as an additional amount within the meaning of
paragraph (2) of section 661(a).・・・
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注6 |
実際の合計所得税額の計算は、いわゆるThrow Back Ruleを規定しているSecs.
666~667によります。
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