はじめに:再びTurning Japanese?
‘・・・・いまからおよそ40年前、第一次石油ショック(73/10~75/3)で混乱状況にあった当時の世界経済の実状に照らし、1975年、先進国経済の基本である民主主義が危機的状況にあると、その名も「Crisis
of Democracy」とする警鐘のリポートが出されている。
当該リポートは当時、日米欧の有力経済人、学者等、有識者からなるTrilateral
Commission(三極委員会)(注)が発表したもので、それまでの先進国経済がスタッグフレーション(景気の停滞とインフレの昂進)に見舞われる中、とりわけ米国にあってはウォーターゲート事件等で政治不信が高まり、社会活動家の台頭もあるなどで、先進民主国家にあっては当該政府が機能しえなくなってきてきたと、いわく‘民主主義の危機’を迎えていると、事態の重大さを訴えるものだった。
(注)‘1973年、デービッド・ロックフェラー、ズビグネフ・ブレジンスキー等の働きで、日米欧の各界を代表する民間指導者が集まり「日米欧委員会」として発足した民間非営利の政策グループ。発足当時の日本委員会委員長は渡辺武氏。
しかしその後、米FRB、ボルカー議長を先頭に主要国の中銀との連携をも得た金融政策の推進でインフレ退治に成功する一方、情報革命の進行、グローバリゼーションの進行という変化が起こってきた。つまりこれら三つの要因が相乗していく事で、西洋民主主義に対する不吉な予想は的中することなく、世界経済は新たな成長トレンドに入っていった。
そして情報技術の革命的な進歩は欧米経済の急速な成長を齎す一方、グローバリゼーションの進行は市場の拡大を齎し、先進国企業は途上国労働者の低賃金効果を享受する形で新市場の開拓に向かっていった。その結果、米経済は蘇り、グローバル経済の拡大を図るなど、世界経済における中心的役割を堅持していった。
しかし、情報技術の急速な進歩、グローバリゼーションの更なる進行は、一方では米労働者にとって雇用の流出、賃金の合理化を伴う処となり、好・不況の景気循環の中でジョブレス・グロース、つまり雇用なき成長、そして賃金の低下が構造化し、所得格差を助長し、結果的には国民の不満が政治に向けられていく処となっていった。因みに、政府に対する怒り、政治家に対する怒りは、年々広がってきており、全米選挙委員会の調査では、64年、に行った「ワシントン政府を信頼するか」のアンケートでは、国民の76%が同意としていたのだが、70年代後半には、それが40%台に、そして2008年には30%に、2010年1月では19%にまで下がってきている。
さて、1981年、小さな政府を標榜して大統領に就任したレーガン大統領だったが、彼が残したのは大きな財政の赤字で、これが現在に及ぶものだ。つまり、減税と財政出動による公共投資で景気の拡大をはかる事で国民の支持を得ることとした結果、財政支出は就任当初の20%増となっており、その後の政府の大きな問題につながっている。因みに、80年時の政府債務は対GDP40%であったが、現在ではそれが107%までになっている。いまや、先進国はいずれも同様な状況にあるが、とりわけ日本は236%と驚異的な数字にある。とりわけ、人口の高齢化は少子化の流れとも相まって、社会保障負担増で財政を一層窮屈にしてきている。
民主国家に於いて、国民は‘税金は安く、政府の支援はより豊かに’と求めるだろうが、それを同時にこなしていく事など至難のことであり、そんなマジックなどはない。
いま再び先進国経済は不況にある。欧州の経済成長は頓挫、ユーロ通貨危機が起こり、統合進化の如何が問われるといった状況が生まれ、日本では、10年間に7人の総理大臣が交代、政治の混乱で、経済の停滞が続いている。米国では‘財政の崖’に象徴されるように財政運営が極まってくるなど、問題山積で、グローバルな役割を降りる状況にあり、政府の指揮も以前に比べて権威の無いものになってきている。それは`New
Crisis of Democracy’、つまり新たな民主主義の危機と映る処だ。しかし、liberal
democratic
capitalism、これこそは現代世界を担保していく唯一のシステムと言え、これを超えるものはない。
いまこうした西欧民主主義の危機とは、けして民主主義の‘死’を意味するわけではないが、いうなれば‘動脈硬化’を起こしているというもので、現在、対峙している問題、財政再建問題、政治の停滞、人口減少問題等、が示唆することは、‘崩壊’ということではなく、それらへの確実な対応を通じてスローだが確実な成長を期す、という事だ。
これまで先進工業国で、民主主義が見直されることの無いままにやり過ごされてきた。これまで当該先進国では、多くの教養の高い、いまや高齢となった人たちが楽しく生活を送ってきた。しかしそうした人たちは結果として次世代の若手に不毛の遺産を残す処となってきている。因みに、それは大きな負担となり、今では一人当り所得は世界ランキング24位までに下がってきており、更に低下しつつある。欧米諸国は共にこうした事態に向けた行動を起こすべきで、仮に失敗するようだと、その将来のありうる姿は容易に見えてくる。それは、日本を見ればわかる。’
上記は、この年初に筆者が手にしたForeign Affairs 誌 (January/February 2013
)に掲載の米国のジャーナリストで評論家のFareed Zakaria 氏による巻頭論文、‘Can America Be
Fixed?―The New Crisis of Democracy ’ の概要です。
その多くは既によく認識されている処です。とは言え、その中でも指摘されるべきは、これまでの先進国の運営が、成長を通じて経済厚生を高めていく事にあった、言い換えれば‘富の配分を如何に合理的に行っていくか’が民主主義における政治の基本とされてきました。しかし、その軸が変化してきたという指摘です。
つまり、自らが招いたITの革命的進歩、グローバル化に伴う競争環境の激変で、結果として先進工業国は一様に財政問題、言い換えれば大幅な国家負債を抱え、一方では人口問題、つまり生産者人口の減少が進む中、高齢化が進み、社会保障の確保が財源的に極めて難しくなってきた事で、これまでの‘富を分配していく’政治から、‘負の分配’、つまり国が抱える債務の負担を(マイナスの負担)如何に国民に求めていくか、に政治の軸がシフトしてきたという事です。そして、民主主義で選ばれた政府にとって増税や財政健全化に向けた歳出カットが簡単にはいかなくなってきたという新たな環境が生まれてきていることで、‘民主主義というもののあり方’が問い直されている、と言うのです。勿論、民主主義を超えるシステムはない、とはするのですが。
そして、更に印象深いことと言えば、当該論稿を、Turning
Japanese、つまり、日本化現象を学習するべきと、締めている点です。
Turning
Japanese と言えば、二年前、英経済誌The
Economist(2011/7/30)が、当時、政治的、経済的に停滞色を強めつつある欧米諸国に対して、失われた20年と揶揄されていた日本経済の停滞が、何事も決断されることなく問題を先送りされてきた結果であるとしうえで、当時の状況がそうした日本的な状況に落ちいってきている(Turning
Japanese)のではと、同誌巻頭言で警告する際にリフアーした言葉として有名になったものです。
さて、その日本ですが、周知のとおり、昨年12月の衆議院総選挙の結果、それまでの民主党政権にかわり3年半ぶりに自民党が政権の座に復帰しました。再登板した安倍首相は早速、長引く、円高・デフレからの脱却による経済の再生を、安倍政権の一丁目一番地として、そして成長戦略をと、言うなればTurning
Japaneseからの脱皮を図るべく稼働しだしており、その動きは毎日のようにメデイアをにぎわす処となっています。
そこで、改めて自民党政権誕生の事情をレビューし、いま‘アベノミクス’と称される安倍政権が目指す経済再生に向けた政策の実像と、これからの日本経済の方向、そして課題等につき、冒頭Zakaria氏の指摘をも踏まえ、下記シナリオに即し、考察していきたいと思います。
まず、自民党の勝利ですが、これが国民の全面的支持を得たと言うものではなかったということです。上表から見える通り、国民の投票行動(投票数)からは、政権党であった民主党に回るべき票が自民党等、野党に回ったと言うことで、これは、3年前、国民は期待を込めて民主党を選んだものの、その期待に応える事のなかった彼らの行動にダメを突きつけたという事で、自民党は国民にとってセカンド・ベストだったということです。とは言え、選挙制度のお蔭をもって議席数において圧勝となったと言うものです。
その直後のメデイアが指摘していた自民党勝因は以下の3点に集約される処でした。
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尖閣ショック ― 尖閣島の国有化問題を巡って極めて大規模な反日暴動が起きたことで、中国は恐るべき存在と国民が認識した事、そして民主党の事態対応のまずさと、安倍総裁の主張(平和憲法の見直し)が、有権者にアッピールしたと。この点、英Financial
Timesでも中国の誤った外交政策が、安倍氏の主張する国防論に有権者のシンパシーが生まれたことによる結果、と指摘する。
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民主党の自滅 ― ‘決められない政治再び’を露呈してきたこと。
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デフレ抜本対策への意欲 ― 円安期待に応えた安倍総裁のキャンペーン(インフレ目標の導入と金融緩和で景気を回復させる)が功を奏したこと。
さて、今回の選挙の基本軸は、長引くデフレ、危機的状況にある財政、3.11からの復興、そして急速に進む高齢化にどのように対峙していくのか、その実情を率直に訴え、経済の再生や成長への具体的道筋をセットで示して行く事が出来るか、にあった筈でしたが、選挙戦を通じて、感じられたこととは、そうしたいわば国造りに繋がるテーマに関しての方向感覚がみえることがなかったというものでした。
つまり、それぞれ候補者からは‘国益の為’、‘国益にかなう’ように、といった発言はあったものの、先進国と新興国の逆転が進むグローバル経済の新たな環境にあって、では国益とはなにか、が語られることはなく、またそれが見えてくることもなかったという事でした。例えば、グローバル経済と融合を考えていく上では、今ではその象徴的なイッシューとしてあるTPP参加問題などは、日本の進む方向を示す格好の材料のはずだったのですが、語られることはなかったし、また、少子高齢化の進む日本に於いては財政や社会保障問題への確かな対応を目指すことは不可避の課題であり、その為には日本経済の再生が喫緊の課題という事ですが、その解決のためには、保護政策から脱却し、競争と経済的自立を軸とした政策への転換が必要なのですが、これらへの確たる答えが見られなかったという事でした。
更には、原発問題について、あれだけ国民的広がりを見せ、脱原発だ、卒原発だと叫ばれていた割には、それがあまり争点となることもなく終始してしまった、この事態をどう考えればいいのか、また、投票率が今回59.1%と戦後最低にあった由ですが、若者の棄権が云々され、若者の意識の変化、日本の将来が見えてこないことで政治への関心が低くなってきたことの裏返しだとされるのですが、ではこれをどう考えればいいのか、極めて不安な将来と対峙していく事になるのではと、危惧させられるばかりだったという事でした。
いずれにせよ、前回ペーパーでも指摘したように、選挙戦を通じて、期待していたメッセージ、つまりこの日本と言う国を、どのような方向に持っていきたいのか、どういった形にして行きたいのか、そうしたグランドデザイを語る政治家(候補者)が見当たらないことに、大いなる不満を抱えたままに終わったと言うのが率直な処だったのです。
(2)デフレ脱却の‘アベノミクス’
さて、そうした環境の中、年末に誕生した安倍新政権は、国民の支持を固めるべく、自らを「危機突破内閣」と称し、長期デフレと円高で苦しむ日本経済の再生に向け、まずは‘デフレからの脱却、そして円高を是正し、経済を成長させていく’ことを一丁目一番地として新年早々の1月4日、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の三つを柱とする経済政策(下記)を打ち出し、既にこの政策の具体化に向けた詰めが進められている状況にあります。
実は6年前の第一次、安倍政権でも規制緩和を含む成長政策は示されていたのですが、今回、金融、財政戦略が加わってきたことで、自民党政権の支持者は総合的経済政策、「アベノミクス」と呼称しています。もっともこれが、戦略の大半はJ.M.ケインズの受け売りに見えると、皮肉る向きもある処ですが。
いずれにせよ「アベノミクス」として伝えられる3本柱の経済政策は以下の通りです。
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金融政策
・政府・日銀の政策協定(アコード)、
― 2%の物価上昇率を目標とする事とし、大幅金融緩和と円相場の管理を図る
・官民で外債を購入するファンドの構想
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財政政策
・大規模な年度内補正予算案の編成
― 公共事業の大幅上積みを柱に歳出規模は合計で13.1兆円。(1月15日閣議決定)財源の約6割を国債(建設国債増発5.2兆円、年金公債増発2.6兆円)に依存するもので、財政再建よりも景気回復に配慮した緊急経済対策としての補正予算とし、これにより実質GDPを2%押し上げ、更に60万人の雇用増を目指すという。
・来年度予算編成の前倒しー公共事業等の景気刺激策を盛った予算編成
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成長戦略:
・経済再生に向け以下3分野の成長戦略を6月までに策定の予定。
― 「日本産業再興プラン」:「世界で一番企業が活動しやすい国の実現」に向けた施策を盛り込むとしており、「日本の基幹産業である製造業の復活」を目指した設備・研究開発投資を促す為、税制の優遇措置を含めた特区創設などを検討。エネルギー、環境、医療などの成長分野での規制の緩和も強化するとしている。
― 「国際展開戦略」:成長するアジア経済圏の取り込みや、戦略的な経済連携協定(EPA)の締結等を対象とするとしているほか、新興国のインフラ受注や中小企業の海外進出支援のための官民連携の新たな基金の設置する案、等。
― 「新ターゲッテイングポリシー」:将来の社会構造の変化を見据え、市場拡大が期待できる分野を重点的に育成するポリシーでは、高齢化社会対応に対応する「世界で一番元気で暮らせる国」や原発依存度の低減を目指した「クリーンで経済的なエネルギーシステムの実現」等の課題を設定する。つまりは新しい市場の創出を狙うというもの。
既に、日銀は、新政権発足前からの安倍氏が主張する‘物価上昇率(インフレ率)2%’を目標とし、円高是正に向けた大幅な金融緩和策’の要請を受け入れる形で、10兆円という大幅追加金融緩和を実施しており、その結果として円は対ドル、88円にまで円安に進み、株式市場もアベノミクスをはやす形で、1月4日の東京市場は日経平均一時1万734円と3・11震災以来、1年10か月ぶりの高水準をマークしてこの新年をスタートしています。未だアベノミクスを評価できるような段階ではありませんが、ロケットスタートを目指した政策展開で市場は一気に明るさを取り戻したという事で、敵失で再登板した安倍政権は、その直後の国民支持は40%であったものの1月15日の時点では67%にまで上昇を見せています。まずは期待先行と言う処でしょうか。
これまでの「円高とデフレ」は一体で進んできた面が強いだけに、この変化の意味は大きく、もっとも円高・超低金利の長期トレンドが転換点を迎えている可能性をどう見るかは、大切なポイントとして残る処ですが、今夏の参議院選挙や、消費増税前の地ならしの景気底上げをにらむ経済運営を想定すれば、この流れはしばし続くと見られる処です。
さて、問題は、この流れが持続的な成長に繋がっていくか、どうかと言う事ですが、その点では、まさに成長戦略の具体化如何という事になる処です。つまり、景気回復とは、実践的には企業が活性化し、収益を挙げ、再投資が始まっていくことであり、経済の再生は、こうした企業活動が持続的成長軌道に乗り、収益の拡大で、税収も拡大することで財政の再生が進み、併せて構造改革を進めていく事で、再生がなるわけで、とすれば、いかなる政策も企業が活動しやすい環境づくりに繋がっていく事が不可欠と、いうものです。
その点、短期的にはともかく、安倍首相は、そうした経済を持続させていく為には今後10年間で200兆円の公共事業が必要と語るところですが、さてその財源をどう確保するか、についてはあまり語ることがないのですが気にはかかる処です。
いずれにせよ、経済の当事者たる企業が将来に自信を持って行動を起す環境が生まれる事が不可欠であり、そこでは、まさに政治力の如何が問われていく事になっていくと言うもので、この点をも併せ、しばし政策の実際を見ていく事としたいと思います。
2.レーガノミクス VS アベノミクス
(1)レーガノミクス再考
ところで、「アベノミクス」から連想されるのが「レーガノミクス」です。言うまでもなく、それは32年前の81年2月、米国のレーガン大統領が打ち出した経済政策を指すものですが、それが出されるに至った経済環境、政策思考とその手法において、しかもトップ就任直後に打ち出したタイミングに於いても、アベノミクスはレーガノミクスのそれと同じような軌道にあると映る処です。そこで、アベノミクスの今後を考察していく為にも、「レーガノミクス」について、一部先のZakaria論文でもリフアーされていましたが、改めてレビューしておきたいと思います。
レーガン大統領が米国の第40代米大統領に就任したのが1981年、当時アメリカは、ベトナム戦争の後遺症を癒しながら、70年代を通じて金ドル為替制度の撤廃、2度に亘る石油危機を経て、景気の停滞とインフレの昂進という、まさにスタッグフレーションにあったのです。そこでレーガン大統領は、こうした状況の克服に向け、政権発足直後の1981年2月, @歳出削減、A大幅減税、B規制緩和、C安定的金融政策、を4本柱とする「米国経済再生計画」を打ち出したのです。
つまり、歳出入の削減により、政府の規模を縮小し(小さな政府)、諸規制の緩和により、政府の役割を限定し、これらを通じて民間部門の生産性を向上、競争力の強化を図り、一方、通貨供給量(マネーサプライ)のコントロールを通じてインフレ抑制を目指す金融政策を導入する、というのがレーガノミクスの描く米国経済再生の為の処方箋だったと言うものです。
そのレーガノミクスの功罪の如何ですが、まず、レーガノミックスで予定通りに実施されたのは大幅減税でした。しかし、歳出の削減はとなると、当時の冷戦構造下、「強いアメリカ」をモットートするレーガン大統領の立場からは、ソ連への対抗上、国防費は削減対象項目から除外されていたことで、従って国防支出は大幅に増えていった結果、歳出削減は実現されず財政赤字は減るどころか大幅増となっていきます。
勿論、減税と軍事支出拡大を受けて、1983年には景気は回復しました。しかし、一方ではこうした財政赤字の深刻化が進み、また金融引き締めによるインフレ抑制を目指したことで金利が上昇し、これがドル高を生んでいくことで、輸出競争力が弱められ、その結果、貿易赤字は拡大し、企業は80年代を通じて激しいリストラを進めることになったというものです。
つまり、レーガン政権8年の間に景気は拡大したものの、財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」は解消されることはなく、レーガン後の政権においても財政の黒字転換への努力が求められていったのです。もっとも財政赤字の最大要因たる国防費については、冷戦終結で削減され、つまりは冷戦終結が財政赤字の縮小を齎してくれる処となり、国家経済の安定と軍事との関係を見直す瞬間ともなったというものです。序でながら、アベノミクスの緊急経済対策では防衛予算に重点配分がされることになっている由ですが、まさに財政規律が問われる処と思料するばかりです。
米国の「経済・財政改革」への取り組みの端緒を開いたのはレーガノミクスだと皮肉な見方をする向きもありますが、いずれにせよ、それは政治の軸が新たに負の分配にシフトしていくきかっけともなったと言える処です。そして民主主義の在り方が問い直されて行くと言う、先のZakaria流に言えば、民主主義の危機と対峙していくプロセス入りとなるのです。
(2)アベノミクスの課題
さて、前述の通り「アベノミクス」は、円高、デフレ経済からの脱出、そして持続可能な経済の再構築を狙わんとするもので、これが実践的には、企業の足かせ、手かせになっていると言われている日本経済が直面している‘6重苦’問題、つまり円高、高い法人税、電力供給不安、環境規制、労働規制、自由貿易協定の遅れ、の解消に繋がっていくものとすることなくしては、その成果は期待しにくいと言うものです。
この内、円高問題については前述の通り円高是正が進み、株式市場も息を吹き返す等、市場環境は明るさを取り戻しつつある様相にあり、製造業復活に向けた税優遇、軽減税率の可能性、また資産移転を促す税制の見直し、等々各種税制の見直しも進みだすなど、それなりの進捗は見られる処です。
しかし、より基本的な問題は、今後、より尖鋭的に表れてくるであろう人口問題に如何に対峙していくかにある処です。言い換えれば、少子高齢化、人口減少が確実かつ急速に進む日本には、グローバル社会にあって持続可能な社会・経済システムをどのように構築していくかがいまや大きな課題となって迫ってきていると言うものです。そして、それはまた、世界共通の課題でもあるのです。
冒頭のZakaria論文でも同様指摘がありましたが、とりわけ日本については、現在の人口127百万人が今世紀末には47百万人にまで減ずることが予想されている事、そして、こうした人口減少の中で、国家運営上のコスト負担をどのようにマネージしていく事になるのか、具体的には、膨らむであろう社会保障費をどのように賄っていくのか、まさに人口危機であり、それは民主主義の危機に繋がると言うものです。
つまり、レーガノミクスが軍事費の増大でこけたのと同じように、日本の場合、急速に進む人口の高齢化に伴う社会保障費の財源確保の問題が致命的な要素となりかねません。言うまでもなく、そのことは財政規律に大きな影響を齎していくことと予想される処です。しかし、その人口減少社会の将来像は確実に見えているのです。それだけに、長期的な問題とはいえ、今直ちにでも財政と組み合わせた人口問題への取組シナリオを備えていくことが必須と思料する処です。
短期経済回復を目指すアベノミクスはともかく、少なくとも人口問題をこうした視点から、政治の場で、より戦略的に語られて行く事が今求められているのです。
また、日本がグローバル世界で生き抜いていくとする以上、またそれなくしては生き抜くことは極めて困難な状況にあると言えるのですが、となると、国を拓き世界の国々との交流を深め機会を広げていく事が中長期的にも不可欠な戦略対応となってきています。とすれば、前回のリポートでも触れたように、例えば懸案となっているTPPへの参加を、色々議論のある事は承知する処ですが、積極的に進め、この参加を通じて国内での構造改革もはかり、持続可能な経済の再構築を目指すべきものと思料するのです。日本市場が少子高齢化で縮小していくと危惧する向きにとって、海外市場との交流を高めていく事、グローバル化を進めていく事で、それへの回答を手にすることが出来るのです。National
interest, 国益とは何か、今それへの回答が求められているのです。
おわりに:アベノミクスを超えて
デフレ状態から脱出させる手立てとして日銀に2%のインフレターゲットを導入させ、円高の修正、市場の覚醒を促す等、取り敢えず順調なスタートを切ったアベノミクスですが、レーガノミクスの轍を踏むことのないよう、その確実な運営を期待する処です。
ただ、この際は、英経済誌The
Economist, Jan 12, 2013が伝える指摘は極めて重く響く処です。
つまり、同誌は先の笹子トンネルの天井崩落事故に照らしながら‘Can a fiscal and monetary
splurge reboot Japan’s recessionary
economy?’(財政と金融の散在で、不況にある日本経済を再起動させることができるか)とアベノミクスを論評する中で、この財政と金融の大盤振る舞いで、結果として`deregulating
the economy and opening the country to international
competition through free trade deals.’
つまり、自由化や自由貿易協定を通じて海外との競争に向けて国を拓いていく、そうしたsensitiveな対策を先送りする口実を与えることにならなければいいのだがと、言うのです。
こうした指摘は、言うなればグローバル経済との融合を前提とした、持続可能な日本経済を目指せと、する警鐘と理解できます。とすれば政策当事者にはこうした世界からの指摘を踏まえた実践的な対応が期待されると言うものですが、それは、アベノミクスを超えて新たな環境に応えて‘革新する日本’の姿を示していく、という事であり、こうした姿こそZakaria氏の指摘に応える処と思料するのです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)