知財問屋 片岡秀太郎商店  会員登録(無料)
  chizai-tank.com お問い合わせ
HOME 右脳インタビュー 法考古学と税考古学の広場 孫崎享のPower Briefing 原田靖博の内外金融雑感 特設コーナー about us  

 

林川眞善の「経済 世界の

第10回 今求められるは‘ポスト・アベノミクス’像

2013/5/22

林川 眞善
 

はじめに: サッチャーリズムをもう一度

 イギリス在住の友人から、最近ニューカッスルを訪れた由で、その際の所感が送られてきました。ニューカッスルと言えば、かつて石炭産業でにぎわった地域として世界的に有名でしたが、脱重工業化の流れの中、1970年代にはその姿は失われていっています。その所感とは、産業の衰退とそれを克服するサッチャーリズムとの関係に係るエピソードとも言えるもので、前回論稿‘サッチャーリズムの遺訓’のフォローとして、そのさわりだけをまずは紹介することとしたいと思います。

 「・・・先の無い石炭業に引導を渡したのがサッチャーさんだという事で、もともと昔ながらの坑道掘り方式の石炭業に行き残る道はなかったというものですが、それでも‘サッチャーが石炭業を潰した’ということで、その辺での人気は今も散々なようです。

 その後、脱重工業化を目指して新産業づくりに励むなか、きらり光るのがニッサンを中心とする日本企業の進出だと言うことで、サッチャーさんは日本を訪問した際、ニッサンの社長に直々に頼み込み、ニッサンの対英進出を実現させたというものですが、今や英国ニッサンは英国を代表する自動車企業として、6,000人以上の雇用を創出しています。勿論、下請関連企業も潤っており、日本人は4人だけ、ということで完全に英国企業として地元に溶け込んでいるのです。

 ニッサンに前後して多くの日本企業がやってきました。勿論サッチャーさん一人の力ではありませんが、あの頃の英国の外国企業誘致運動は、それは力が入っていましたね。優遇措置も半端ではなかったです。サッチャーさんがいなかったらあれだけの力仕事はあり得なかったと思います。そして、‘怠け者の英国製造業を救うためにこれ以上ビタ一文も出せないわ。そんなものを延命させる必要はない。代わりに優秀な外国企業に来てもらえばいいのよ。英国に来れば皆英国企業になるんだから、本社の国籍なんか関係ないわ’ってなことをおっしゃって、決断のできないおじさん古株議員たちの反対をぶっ飛ばしたのでしょう。日本他外国勢の進出は雇用機会の少ない北東イングランド地元で歓迎されていますが、その立役者のサッチャーさんへの賛辞の声を聞くことは残念ながらほとんどありません。・・・・」と。

 ここまで読んで、久し振り、今から6年前のThe Economist (2007/11/29)の日本特集記事を読み返してみました。タイトルは筆者がよくリフアーする‘No country is an island’です。それは、日本よ、いつまでも‘一人’でやっていくという事ではなく、グローバルな時代にあって、持続的な成長を図っていく為には、もっと外資の導入を図り、新たな発想を入れて、経済の活性化を図る必要があるのではと、アドバイスするものでした。

 2003年、当時の政府、小泉政権はJETROのミッションをそれまでの輸出振興から海外企業による対日直接投資を主導することにシフトしています。外資の積極導入を進めることの狙いとは、国内の競争環境をよりアクテイブなものとしていくこと、外資を含めた企業間競争の活性化を図り、要は、間接的に構造改革を進めんと言うものだったのです。そして小泉政権は当時2005年時、3%にも満たないGDPに占める日本への対内直接投資の比率を、2010年までに5%までに倍増させるとしたのです。因みに当時の米国のそれは15%、英、独、仏に至っては30~40%にあったものです。

 同誌は、ルノーのカルロス・ゴーンのマネジメントシップにより回復した日産の事例を引き、そうした外資による経営を導入することは、一時的には大変な苦痛を甘受させられることはあっても、外資流の経営が浸透していく事で、経済全体の改革が進むことになると強調していたのです。(どうも、サッチャーさんといい、エコノミストといい、‘英国’にとって、‘ニッサン’は経済再生への最高の指標と映っているようです。)
 要は、国をオープンにしていくべしという事ですが、先のサッチャーさんの経験からは、国を開くための‘営業努力’は成長戦略の柱になることを示唆する処です。

 ところで、UNCTAD(国連貿易開発会議)が発表した2011年の対内・対外直接投資残高のGDP比率(注)によると、日本への対内直接投資残高の対GDP比率は、3.9%(日本の対外直接投資比率:16.5%)に留まっています。

 

(注) 2011年の対内・対外直接投資残高のGDP比率 (UNCTAD 調べ)

  日本 韓国 北朝鮮 中国 シンガ
ポール
対内直接投資 3.9% 11.8 12.5 10.1 203.8 20.0 34.7 49.8 23.2
対外直接投資 16.5% 14.3 NA 5.2 133.2 40.4 49.4 71.9 29.8
(日経2013・5・6)

 つまりは、上述の小泉政権が対GDP比率を5%にするとした目標は、7年後の今もその目標には届いていないと言うものです。対日投資が進まない、対日投資を拒む要因について昨年末のJETROアンケート調査では「日本でのビジネスコストの高さ」がトップに挙げられていました。もっともこの間の超円高とそれを受けた日本経済の停滞を反映した結果と言えるのでしょうが、それ以上に国内の‘行政’との関係の複雑さ、日本企業を巡るシステムの持つ閉鎖性、そしてそれら要因が進出後のコスト増を齎している事等、指摘されるのですが、要は、トップの目標に向かった行動力の如何、という処でしょうか。それはアベノミクスに求められるポイントというものですが、その点では、前述、サッチャー氏の国を経営するマネジメントシップには学ぶべきこと、依然、多々と思うばかりです。

1. アベノミクス と 規制緩和と、気になること

  1. アベノミクスが映す光と影

     さて、アベノミクスはいま順調に進んでいます。筆者も、そのアベノミクスにエールを送るものです。異次元と言われる金融緩和が進み、円安が進み、その分、対外的には競争力が戻り、企業の業績も改善し、因みにトヨタの2012年度連結業績は、円安の追い風を受け5年振り、独VWを抜いて世界一に返り咲き、2013年度には更なる改善を予想しています。こうした流れの中で株式市場は、ゴールデン・ウイーク明けの5月7日には、日経平均で2008年6月以来の1万4000円台を記録したとして囃していましたし、同じ7日のNY市場でもダウ平均で2000年以来の1万5000ドル台を突破したとして同様、囃していました。そして、現時点(5月17日)では‘円’は100円台までに円安となり、一方、株価は1万5000円台までに上昇しています。何よりも企業が活性化しなければ経済は動かないのです。

     マクロ指標もそうした変化を支援しています。5月16日、発表された本年 第1四半期のGDPは年率3.5%増となっており2四半期連続のプラスを記録していましたし、それに続く17日、内閣府が発表した3月の機械受注統計によると、民間設備投資の先行指標とされる「船舶・電力を除く民需」の受注額が前月比14.2%増の7931億円、増加はこれも2か月連続となっています。円安進行を背景に、生産環境が改善した製造業などが設備投資を増やす動きが出てきたと言えそうです。

     かくして‘民需主導で持続的な景気回復が進む’様相が確実なってきたということで、日本経済の先行きに明るさが戻ってきたと言え、それは云うまでもなくアベノミクスの成果であり、まさに‘アベノミクスの光’とされる処です。

    アベノミクスが想起させるプラザ合意

     序でながら、異次元の金融緩和、その結果としての円安の進行で景気回復を進める現在の日本の姿は、1985年9月22日、ニューヨークのプラザ・ホテルに独・仏・英・日の4か国の財務相が集まり、米ベーカー財務長官との間でドル高是正の為の政策合意をみた、いわゆる「プラザ合意」を想起させる処です。

     当時の米ドルは、日本円、独マルク、仏フラン、英ポンドに対して、5割も上昇していたと言われていますが、そのドル高の為に、当時の米国産業は、動きが鈍く緩んだ状況にあり、米ドル相場の高さが、その回復への高い障壁となって立ちはだかっていたというものでした。そこで米政府の呼びかけで異常にあった為替相場の不一致を是正するため、G5による政策協議がなされたのです。つまりは、過大評価されていた米ドルの相場押し下げのため、世界的な政府による市場介入という前代未聞の政策合意だったと言うものです。

     1985年9月当時のドル円相場は1ドル=236円でしたが、1年後には1ドル=154円までに急落しています。こうしたプラザ合意は、短期的には競争力回復の手段というものでしたが、その経緯からは、その後の国際貿易構想を実現するため、でもあったと言われています。というのも北米自由貿易協定(NAFTA)の議論が翌1986年に始まっており、この議論は1992年に合意を見、1994年に発効したNAFTAへとつながったとされています。

     いまアベノミクスが経験している姿をこうした米国が辿ったシナリオの再生映像を見ているようだと、米経済誌Forbesのコメンテータ、Mr. Stephen Harnerはコメントするのです。( `As Abenomics pushes the Yen to 100,Japan readies for Asian Trade Agreements ‘, May 9 )

     その映像と映る一つは、勿論アベノミクスによる日本円の押し下げ、もう一つは日本が二国間、多国間アジア及びグローバルな貿易交渉に再度、乗り出そうとしていると言うものです。それは、米主導のTPPの交渉参加、日中韓、三国間の自由貿易協定、更にはEUとの自由貿易交渉の開始、等を指す処で、こうした動きは、場合によって日本の構造を根本的に変革する力を持つものと、していますが、この点については後述したいと思います。

     プラザ合意の舞台にはG5が登場していました。しかし、今回のアベノミクスは日本による自主自演ですが、それが持つ影響のほどは既に世界的なものとなっています。そして、両者(プラザ合意とアベノミクス)における政策対応の違い、そしてその効果の表れ方の違いこそは、世界経済が構造的に変容してきていることを示唆する処と言えるのです。

    今必要な戦略は規制緩和

     さて、そうしたアベノミクスですが、それがスタートしておよそ半年、今、ちょっと立ち止まって振り返ってみるとき、何か物足りなさを感じるのです。勿論、大幅な金融緩和や、大幅な補正予算、大胆とも言える平成25年度予算(注)を受けた財政出動等、政策の大転換で、景気の回復、デフレからの脱却も見えだしたという事で、こうした、金融財政政策がおかしいという事でもありません。それでも、です。

     

    (注) 5月15日、2013年度予算が成立。一般会計総額は約92兆6千億円、2月成立の12年度補正予算と合わせた規模は100兆円超。この内、景気対策としては約5兆2千億円の公共事業費を計上、道路や橋など老朽インフラの補修に重点配分されている。

     勿論、アベノミクスに対する議論は、今なお多々ある処です。因みに、斯界の一部論者からは、異次元の金融緩和が続くこと、そして円安が急伸することで、国債が売られその資金が内外のマーケットに流れていく結果、長期金利が上昇し、例えば住宅ローン金利が引き上げられる可能性等、国民生活に影響を及ぼすこと、そして、とどのつまりは財政負担が拡大し、再び経済の反転が懸念される、との声も伝わる処です。つまりは財政再建が一向に進む様子のないことが気になるというものでしょう。しかし、筆者の思考様式からは、それも実物経済が、現在のトレンドの上で持続的な成長が確保されていけば、税収も上がり、財政再建への道は開けていけると考えるのですが、それだけに、成長のための戦略が最も重要なイッシューとするものです。既に4月19日の成長戦略、第一弾に続き、5月17日には「世界で勝つ」をキワードとする第二弾(注)が発表されています。

     

    (注) 成長戦略第2弾の骨子(5月17日発表):

    企業の競争力向上: 民間設備投資の3年間で1割増を目指す(70兆円規模)、
    海外インフラ受注を20年に現在の3倍の30兆円に
    農業活性化: 農業所得を10年間で倍増、
    農林水産品輸出額を20年までに1兆円に倍増
    クールジャパン・観光: 訪日外国人数を年間2000万人水準に、
    放送コンテンツの輸出額を5年後までに現在の3倍以上に。
    教育: 大学の外国人教員:3年間で倍増に。
    (日経夕刊 5月17日)

     問題は、成長戦略が出されたとして、その戦略を担うのは企業です。従って、何よりも、しなければならないことは、彼らが創意、工夫し、自由に動くことが出来る環境を整備することですし(そもそも‘官製の戦略’など意味がなく本来は市場が生み出していくものと思うのですが)、それこそが、今日的意味合いでの成長戦略と考えているからです。

     それは、具体的には、企業活動の障害となってきた規制をまずは解消していく事と言うものです。しかし、そうした課題に向かおうとする‘エネルギー’が、いうなれば‘気概’が、伝わってこないと言う事です。今回の第2弾についてみれば、国際的にみて高止まりしている法人税の引き下げなど大胆な改革案は見られませんし、予て、コメの収穫を絞って米価を維持する生産調整(減反)の見直しも触れられてはいません。(これらは今夏の参院選挙を意識した結果という事でしょうが、それでは改革などお呼びではない処です。)
    そして更に、気がかりなことは、当該行動様式の中で‘革新’という言葉が見えなくなっているという事です。

     個人的には、これらはアベノミクスの瑕疵と映る処であり、従って先の‘光’に対して‘影’とするものですし、その点、前述の繰り返しとなりますが、衰退の真っただ中にあった英国経済を再生した、あのサッチャー氏の構想力と行動力を今一度、学習すべき時ではと思料する処です。

     序でながら、筆者は予てTPP交渉への参加を積極的に支持してきました。それは、前稿でも指摘しましたが、日本経済の現状、将来を考えていくとき日本のより一層のオープン化が不可避、と考えてきたからです。

     つまり、日本の将来は少子化で人口減少国となっていくこと、そして今後の日本経済の生業は、労働力人口の減少、国内需要の減少で、経済規模の縮小が云々される処です。従って、この際は、グローバル経済の有力一員たる日本としては、グローバルな次元で成長要因を取り込んでいくと言う戦略思考が不可欠となる処です。そのためには、ヒト、モノ、カネの交流の‘場’を拡げ、成長を図っていく、そうした行動様式が求められていくことになる処です。そしてTPP交渉への参加こそは、そうした政策対応を促す格好の‘機会’と思料するからです。同時に、それは日本という市場を海外企業にとって、より魅力のあるものとしていく機会でもあるのです。その本質は、オープンな国に変えていく事、そしてその政策努力を通じて構造改革を進めるという事になる筈です。

     とすればそのカギは実に‘規制緩和’にあるというものです。これまでも規制の撤廃・緩和について声高に叫ばれてきたはずですが、遅々として進展しないままにありました。その辺の事情については多くの要素が語られてきましたが、急速な環境変化に照らすとき、これまでの対応はタイム・リミットにきているというものです。もとより、今回のTPP交渉は多国間での自由化交渉ですから、関係諸国のシステムとのバランスに於いて、必ずやそれら規制等の見直しが必然的に起きてくるはずです。その点、それを外圧対応とするのでなく、将来への成長基盤の確保のためにも、積極的な規制緩和を進めるべきと思料するのです。

     そして、その際は、環境の変化に照らし、これまでの規制はサプライ・サイドに立ったものですが、デイマンド・サイド、つまり消費者のインタレストをより踏まえた、経済のダイナミズムを誘引するような自主的な緩和計画を提示していくこととし、またそのことで優位のポジションを確保していく、そうした戦略的対応をすすめるべきものと考えます。そして、その成果はまさに構造改革と位置づけられるというものであり、これこそは、まさに先の論稿でも指摘したようにアベノミクスの真骨頂と期待されるところです。

    ‘ 国を開き、国を拓く’ことを進め、そのことで経済の生産性向上、国民生活の高質化を目指すべきは、いまそのタイミングにある処といえそうです。
    筆者はこれまで、Managementとは‘物事を変えていく事’と考えてきましたが、これからの経済、企業を考えていくとき、まさにそうした思考様式でのマネジメントが要求されていく事となるのです。

    女王陛下も規制緩和

     5月8日、イギリスでは英国議会が開かれました。 その冒頭に行われたQueen’s speech, つまり、エリザベス女王のスピーチでは、経済活性化の為には更なる規制緩和を進めて欲しいと、次のように言及されているのです。`A bill will be introduced to reduce the burden of excessive regulation on businesses.’  日本に比して、英国での規制緩和は十分に進んでいると思うのですが、更なる‘緩和’をと、女王に言わしめているこの英国の姿を日本の為政者にはどう映るのでしょうか。

  2. 気になる‘アベノミクス’の危うい言動

     もう一つ、順調な経過をたどるアベノミクスですが、その当事者たる安倍首相の近時での言動には、些かの危うさを感じさせられること多々と言うことです。

     例えば、安倍首相はトップ・セールス外交と称して積極的に経済外交を展開しています。その事,自体は評価されるべき処です。先のゴールデン・ウイークには、日本の経済人を伴い訪問したトルコでは、日本の官民連携による原発輸出の売り込みで合意、続くUAEに於いては原発輸出の前提となる原子力協定に調印を見ています。ただ、その際の同首相のコメントは周囲の人々を驚かせるものでした。

     それは‘世界最高水準の日本の原発技術’の売り込みに成功したと自画自賛をして憚らなかったという事です。足元の自国で起きた福島原発事故は2年たった今も技術的にも行政的にも、何も解決されないままに置かれ、先の見通しもないままにある現実を、日本の最高責任者たる首相がどのような見識を持ち、世界に向かって世界最高水準の技術と言えるのか、と言う驚きでした。

     つまり、原発の建設、操業の技術と管理技術、原発ゴミの取集、そしてその処理技術、といった技術サイクルが完全であることで初めて最高水準の技術と言えるはずです。しかし、福島原発事故の収拾自体ができない、つまりは技術的にも何ら解決する力のないままの日本の実情に照らすとき、既にそれが故に原発の新設はおろか、原発依存度の低減方針を余儀なくされる事情にある日本が、世界に向かって、最高水準の技術を持った国として、対外的に原発ビジネスを進めることが正義なのかと、国の威信にかかわる事だけに、その鈍感さに危うさすら禁じ得ないというものです。

     前回の論稿では、同首相の「歴史認識」に係る言動についても憂慮されるものと指摘しました。原発に係る発言といい、歴史認識問題といい、いずれも国際関係というコンテクストに照らしてみるとき、その言動は極めて慎重であるべきと思料するのです。

     加えて、5月17日、飯島内閣参与が訪朝したことが北朝鮮側の報道で知る処となりました。北朝鮮の拉致問題に絡んでの隠密行動だったと推測されるものですが、安倍首相は当該事案についてノーコメントを通しています。北朝鮮問題については日米韓の間では協調して対応する旨が再確認されてきている中でのことで、それは独断専行であり、要は米韓の利害を毀損するものとして、夫々が非難し、とりわけ日韓関係は悪化する状況です。それだけに安倍首相の国内外への対応に、地政学的感性を問う声が強まる処です。

     勿論、これらはアベノミクスとは直接関係するものではありません。しかし、すべての要素が、アベノミクスに影響を及ぼす環境にあるだけに、この際は独善に陥ることなく、思慮深い行動を願うばかりです。アベノミクスが好調なだけに、です。

     5月18日付The Economistは、その巻頭言‘Japan’s master plan’ で、安倍首相に対して、近時、見られる右傾化の言動を懸念する一方で、それだけに、今夏の参院選で勝利し、かなりの力を掌中にする事になるだろうが、偏狭なナショナリズムに与することなく、とにかく日本経済の活性化に集中すべき、とアドバイスしていました。宣なるかな、というものです。

2. いま、求められるは‘ポスト・アベノミクス’へのビジョン

 さて、これまでリスクオフ(リスクを取りにくい状況)にあった世界経済はいま、漸くリスクオンにシフトしだしてきたようです。具体的には、高いリスクを取ってでも高いリターンを確保しようとする資金の動きが出始めてきたと言うものです。そして、この「リスクオン」の流れを生み出しているのが、日米経済の再生です。つまりアベノミクスが国内のみならず世界的な効果をもたらしてきていること、更にはアメリカ経済がシェール革命で新たな成長を始めていること、等が重なり合い、世界経済は新たなステージにシフトしだしたという事です。

 21世紀に入った最初の10年というもの、先進国経済の不振をカバーする如くに、中国を中心としたBRICs等新興国の経済発展が世界経済を支える様相にありました。しかし、次の10年に入った今、成長鈍化に向かい出した新興国経済に代わって、米国経済、日本経済の回復を中心に、世界経済はその様相を新たにしていく事になったと言うものです。
 言い換えれば、中国を主役としていた21世紀世界経済の第一幕が終わり、日米経済の復活を背景にいま第二幕の幕が上がったという事ですが、そこで演じられる演目の内容は大きく変っていく事が予想される処です。財政、金融政策等国の経済運営の仕組み、シェール革命、IT革命等、産業システムの革命的変化、そして同時に進む新たな貿易自由化、然りですが、そういった新たな変化を受容し、これまでの思考様式に捉われる事なく、より革新的な対応を図っていく事が求められていくことになると言うものです。

 かかる環境にあって、順風の下、稼働するアベノミクスですが、そうした経済政策のあわせ技でも解決のできない問題は依然、多々と言うものです。円安は多国の競争力を低下させるため、先のG20,G7では異次元の緩和策も容認されたとはいえ、過度の円安進行には海外で批判が高まる恐れは残っていますし、現に、アジアの近隣諸国では不満の声が聴かれると言うものです。又金融緩和についても、過度のインフレや景況感の悪化を招き、消費や投資の減少という事態を引き起こすリスクもある処です。勿論巨額の公的債務も不安定要因であることは前述の通りです。

 仮にこれらリスクが克服できたとしても、更にこれから起きてくる根本的問題への解決はアベノミクスでは、おぼつくものではないのです。というのも、最も重要な課題が人口構成の変化や投資配分に起因する構造的なものだからという事です。周知のとおり、高齢化と人口減少は成長の大きな足かせとなるでしょうし、製造業においては低コストの東アジア諸国へのアウトソーシングも為替水準に拘わらず続くと見ざるを得ません。(勿論、国内市場をより魅力あるものにしていくべきは前述の通りです)
安倍政権には、まずこうした事実を直視すべきこと、そして、短期的な景気刺激策は構造改革の手助けになってもその代りにはならないということ、等、フィナンシャル・タイムズ紙(5月17日)はアドバイスをするのです。

 さて、これらアドバイスにいかに応えていく事が出来るか、大きな課題となる処です。そして、そこでは、日本という国をどういった形に持っていこうとするのか、つまりはポスト・アベノミクスを語る、まさに国家ビジョンが求められると言うものです。アベノミクスがスタートして半年、未だそれが国民の前に示されないことが、アベノミクスの大きな問題であり、課題なのです。

おわりに 変化を受容する力の涵養を

 いま社会人が新たに勉強に励む姿がクローズアップされてきています。それは上述、世界経済が大きくシフト、変化していく中にあっては、厳しい経済環境を乗り切るためにも、経営者はもちろん、社員も課題を見つける力や問題解決能力を磨くことが必須になってきている為だと考えます。つまり、国際情勢や経営環境の変化が一段と激しくなってきた現在、企業に入ってからも学び続けることが益々重要になってきていること、そして社会に出てからも自分の価値を高める必要性が増してきたということを示唆するものです。
   
 ところで、国連の人口推計によると、すでに世界人口は70億人を突破した由です。現在、中国とインドで世界人口の4割を占め、上位10か国で6割を占めています。10か国のうち先進国は米国、日本の2か国ですが、20年後には日本が消えていく事が確実視されています。とすれば間違いなく日本を巡る環境は益々大きく変化していく事になる筈です。
 その点で、これからは、企業に於いては勿論のこと、個人に於いても、こうした中長期的変化を念頭に、世界との連携を深め、日本としての優位をどのように担保して行くか、環境変化が激しく進むなかで、どのように生業を創っていくか、が問われていき、またこれに応えていかねばならないのです。来たるべき‘成長戦略’では、教育改革が謳われることが予定されている由ですが、‘変化が日常’となっている現在、そうした変化のコンテクストを理解し、先進的な発想と行動を期待させる、そうした改革であることを念じる次第です。と同時に、‘変化を受容していく力’、その涵養が痛感されると言うものです。

以上

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

chizai-tank.com

  © 2006 知財問屋 片岡秀太郎商店

更新日:2013/05/31