問題は、成長戦略が出されたとして、その戦略を担うのは企業です。従って、何よりも、しなければならないことは、彼らが創意、工夫し、自由に動くことが出来る環境を整備することですし(そもそも‘官製の戦略’など意味がなく本来は市場が生み出していくものと思うのですが)、それこそが、今日的意味合いでの成長戦略と考えているからです。
それは、具体的には、企業活動の障害となってきた規制をまずは解消していく事と言うものです。しかし、そうした課題に向かおうとする‘エネルギー’が、いうなれば‘気概’が、伝わってこないと言う事です。今回の第2弾についてみれば、国際的にみて高止まりしている法人税の引き下げなど大胆な改革案は見られませんし、予て、コメの収穫を絞って米価を維持する生産調整(減反)の見直しも触れられてはいません。(これらは今夏の参院選挙を意識した結果という事でしょうが、それでは改革などお呼びではない処です。)
そして更に、気がかりなことは、当該行動様式の中で‘革新’という言葉が見えなくなっているという事です。
個人的には、これらはアベノミクスの瑕疵と映る処であり、従って先の‘光’に対して‘影’とするものですし、その点、前述の繰り返しとなりますが、衰退の真っただ中にあった英国経済を再生した、あのサッチャー氏の構想力と行動力を今一度、学習すべき時ではと思料する処です。
序でながら、筆者は予てTPP交渉への参加を積極的に支持してきました。それは、前稿でも指摘しましたが、日本経済の現状、将来を考えていくとき日本のより一層のオープン化が不可避、と考えてきたからです。
つまり、日本の将来は少子化で人口減少国となっていくこと、そして今後の日本経済の生業は、労働力人口の減少、国内需要の減少で、経済規模の縮小が云々される処です。従って、この際は、グローバル経済の有力一員たる日本としては、グローバルな次元で成長要因を取り込んでいくと言う戦略思考が不可欠となる処です。そのためには、ヒト、モノ、カネの交流の‘場’を拡げ、成長を図っていく、そうした行動様式が求められていくことになる処です。そしてTPP交渉への参加こそは、そうした政策対応を促す格好の‘機会’と思料するからです。同時に、それは日本という市場を海外企業にとって、より魅力のあるものとしていく機会でもあるのです。その本質は、オープンな国に変えていく事、そしてその政策努力を通じて構造改革を進めるという事になる筈です。
とすればそのカギは実に‘規制緩和’にあるというものです。これまでも規制の撤廃・緩和について声高に叫ばれてきたはずですが、遅々として進展しないままにありました。その辺の事情については多くの要素が語られてきましたが、急速な環境変化に照らすとき、これまでの対応はタイム・リミットにきているというものです。もとより、今回のTPP交渉は多国間での自由化交渉ですから、関係諸国のシステムとのバランスに於いて、必ずやそれら規制等の見直しが必然的に起きてくるはずです。その点、それを外圧対応とするのでなく、将来への成長基盤の確保のためにも、積極的な規制緩和を進めるべきと思料するのです。
そして、その際は、環境の変化に照らし、これまでの規制はサプライ・サイドに立ったものですが、デイマンド・サイド、つまり消費者のインタレストをより踏まえた、経済のダイナミズムを誘引するような自主的な緩和計画を提示していくこととし、またそのことで優位のポジションを確保していく、そうした戦略的対応をすすめるべきものと考えます。そして、その成果はまさに構造改革と位置づけられるというものであり、これこそは、まさに先の論稿でも指摘したようにアベノミクスの真骨頂と期待されるところです。
‘ 国を開き、国を拓く’ことを進め、そのことで経済の生産性向上、国民生活の高質化を目指すべきは、いまそのタイミングにある処といえそうです。
筆者はこれまで、Managementとは‘物事を変えていく事’と考えてきましたが、これからの経済、企業を考えていくとき、まさにそうした思考様式でのマネジメントが要求されていく事となるのです。
女王陛下も規制緩和
5月8日、イギリスでは英国議会が開かれました。 その冒頭に行われたQueen’s
speech, つまり、エリザベス女王のスピーチでは、経済活性化の為には更なる規制緩和を進めて欲しいと、次のように言及されているのです。`A
bill will be introduced to reduce the burden of
excessive regulation on businesses.’
日本に比して、英国での規制緩和は十分に進んでいると思うのですが、更なる‘緩和’をと、女王に言わしめているこの英国の姿を日本の為政者にはどう映るのでしょうか。
気になる‘アベノミクス’の危うい言動
もう一つ、順調な経過をたどるアベノミクスですが、その当事者たる安倍首相の近時での言動には、些かの危うさを感じさせられること多々と言うことです。
例えば、安倍首相はトップ・セールス外交と称して積極的に経済外交を展開しています。その事,自体は評価されるべき処です。先のゴールデン・ウイークには、日本の経済人を伴い訪問したトルコでは、日本の官民連携による原発輸出の売り込みで合意、続くUAEに於いては原発輸出の前提となる原子力協定に調印を見ています。ただ、その際の同首相のコメントは周囲の人々を驚かせるものでした。
それは‘世界最高水準の日本の原発技術’の売り込みに成功したと自画自賛をして憚らなかったという事です。足元の自国で起きた福島原発事故は2年たった今も技術的にも行政的にも、何も解決されないままに置かれ、先の見通しもないままにある現実を、日本の最高責任者たる首相がどのような見識を持ち、世界に向かって世界最高水準の技術と言えるのか、と言う驚きでした。
つまり、原発の建設、操業の技術と管理技術、原発ゴミの取集、そしてその処理技術、といった技術サイクルが完全であることで初めて最高水準の技術と言えるはずです。しかし、福島原発事故の収拾自体ができない、つまりは技術的にも何ら解決する力のないままの日本の実情に照らすとき、既にそれが故に原発の新設はおろか、原発依存度の低減方針を余儀なくされる事情にある日本が、世界に向かって、最高水準の技術を持った国として、対外的に原発ビジネスを進めることが正義なのかと、国の威信にかかわる事だけに、その鈍感さに危うさすら禁じ得ないというものです。
前回の論稿では、同首相の「歴史認識」に係る言動についても憂慮されるものと指摘しました。原発に係る発言といい、歴史認識問題といい、いずれも国際関係というコンテクストに照らしてみるとき、その言動は極めて慎重であるべきと思料するのです。
加えて、5月17日、飯島内閣参与が訪朝したことが北朝鮮側の報道で知る処となりました。北朝鮮の拉致問題に絡んでの隠密行動だったと推測されるものですが、安倍首相は当該事案についてノーコメントを通しています。北朝鮮問題については日米韓の間では協調して対応する旨が再確認されてきている中でのことで、それは独断専行であり、要は米韓の利害を毀損するものとして、夫々が非難し、とりわけ日韓関係は悪化する状況です。それだけに安倍首相の国内外への対応に、地政学的感性を問う声が強まる処です。
勿論、これらはアベノミクスとは直接関係するものではありません。しかし、すべての要素が、アベノミクスに影響を及ぼす環境にあるだけに、この際は独善に陥ることなく、思慮深い行動を願うばかりです。アベノミクスが好調なだけに、です。
5月18日付The
Economistは、その巻頭言‘Japan’s master plan’
で、安倍首相に対して、近時、見られる右傾化の言動を懸念する一方で、それだけに、今夏の参院選で勝利し、かなりの力を掌中にする事になるだろうが、偏狭なナショナリズムに与することなく、とにかく日本経済の活性化に集中すべき、とアドバイスしていました。宣なるかな、というものです。
2. いま、求められるは‘ポスト・アベノミクス’へのビジョン
さて、これまでリスクオフ(リスクを取りにくい状況)にあった世界経済はいま、漸くリスクオンにシフトしだしてきたようです。具体的には、高いリスクを取ってでも高いリターンを確保しようとする資金の動きが出始めてきたと言うものです。そして、この「リスクオン」の流れを生み出しているのが、日米経済の再生です。つまりアベノミクスが国内のみならず世界的な効果をもたらしてきていること、更にはアメリカ経済がシェール革命で新たな成長を始めていること、等が重なり合い、世界経済は新たなステージにシフトしだしたという事です。
21世紀に入った最初の10年というもの、先進国経済の不振をカバーする如くに、中国を中心としたBRICs等新興国の経済発展が世界経済を支える様相にありました。しかし、次の10年に入った今、成長鈍化に向かい出した新興国経済に代わって、米国経済、日本経済の回復を中心に、世界経済はその様相を新たにしていく事になったと言うものです。
言い換えれば、中国を主役としていた21世紀世界経済の第一幕が終わり、日米経済の復活を背景にいま第二幕の幕が上がったという事ですが、そこで演じられる演目の内容は大きく変っていく事が予想される処です。財政、金融政策等国の経済運営の仕組み、シェール革命、IT革命等、産業システムの革命的変化、そして同時に進む新たな貿易自由化、然りですが、そういった新たな変化を受容し、これまでの思考様式に捉われる事なく、より革新的な対応を図っていく事が求められていくことになると言うものです。
かかる環境にあって、順風の下、稼働するアベノミクスですが、そうした経済政策のあわせ技でも解決のできない問題は依然、多々と言うものです。円安は多国の競争力を低下させるため、先のG20,G7では異次元の緩和策も容認されたとはいえ、過度の円安進行には海外で批判が高まる恐れは残っていますし、現に、アジアの近隣諸国では不満の声が聴かれると言うものです。又金融緩和についても、過度のインフレや景況感の悪化を招き、消費や投資の減少という事態を引き起こすリスクもある処です。勿論巨額の公的債務も不安定要因であることは前述の通りです。
仮にこれらリスクが克服できたとしても、更にこれから起きてくる根本的問題への解決はアベノミクスでは、おぼつくものではないのです。というのも、最も重要な課題が人口構成の変化や投資配分に起因する構造的なものだからという事です。周知のとおり、高齢化と人口減少は成長の大きな足かせとなるでしょうし、製造業においては低コストの東アジア諸国へのアウトソーシングも為替水準に拘わらず続くと見ざるを得ません。(勿論、国内市場をより魅力あるものにしていくべきは前述の通りです)
安倍政権には、まずこうした事実を直視すべきこと、そして、短期的な景気刺激策は構造改革の手助けになってもその代りにはならないということ、等、フィナンシャル・タイムズ紙(5月17日)はアドバイスをするのです。
さて、これらアドバイスにいかに応えていく事が出来るか、大きな課題となる処です。そして、そこでは、日本という国をどういった形に持っていこうとするのか、つまりはポスト・アベノミクスを語る、まさに国家ビジョンが求められると言うものです。アベノミクスがスタートして半年、未だそれが国民の前に示されないことが、アベノミクスの大きな問題であり、課題なのです。
おわりに 変化を受容する力の涵養を
いま社会人が新たに勉強に励む姿がクローズアップされてきています。それは上述、世界経済が大きくシフト、変化していく中にあっては、厳しい経済環境を乗り切るためにも、経営者はもちろん、社員も課題を見つける力や問題解決能力を磨くことが必須になってきている為だと考えます。つまり、国際情勢や経営環境の変化が一段と激しくなってきた現在、企業に入ってからも学び続けることが益々重要になってきていること、そして社会に出てからも自分の価値を高める必要性が増してきたということを示唆するものです。
ところで、国連の人口推計によると、すでに世界人口は70億人を突破した由です。現在、中国とインドで世界人口の4割を占め、上位10か国で6割を占めています。10か国のうち先進国は米国、日本の2か国ですが、20年後には日本が消えていく事が確実視されています。とすれば間違いなく日本を巡る環境は益々大きく変化していく事になる筈です。
その点で、これからは、企業に於いては勿論のこと、個人に於いても、こうした中長期的変化を念頭に、世界との連携を深め、日本としての優位をどのように担保して行くか、環境変化が激しく進むなかで、どのように生業を創っていくか、が問われていき、またこれに応えていかねばならないのです。来たるべき‘成長戦略’では、教育改革が謳われることが予定されている由ですが、‘変化が日常’となっている現在、そうした変化のコンテクストを理解し、先進的な発想と行動を期待させる、そうした改革であることを念じる次第です。と同時に、‘変化を受容していく力’、その涵養が痛感されると言うものです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)