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林川眞善の「経済 世界の

第13回 ‘グローバル経済で勝つ’を質す
      ― 経済外交、集団的自衛権、原発汚染水漏

2013/8/28

林川 眞善
 

はじめに: 英Financial Timesの示唆

 タイトルの‘グローバル経済で勝つ’はアベノミクスが成長戦略で落としどころとするテーマです。筆者は、この言葉を意図的に繰り返し取り上げてきていますが、それというのも、急速に進む少子高齢化の日本が取るべき方向を示唆するものだからです。
 つまり、グローバル経済で勝つ、という事は、単に、海外市場に進出し、市場シェアーの拡大を目指すという事だけではなく、グローバル経済との競争的交流を通じて互いの成長を目指すと言う事であり、とすれば急速に進む少子高齢化で国内市場の縮小が予想される日本としては、グローバル化経済の効果を取り込むことで持続的成長を確保していくことこそが、より合理的な戦略対応と考えるからです。

 処で、以前にも指摘していますが、政権の政策運営にとっての三本の矢は、経済であり、国会であり、外交にあると言えます。この内、経済については既にアベノミクスという経済政策の形が整ってきていること、また国会運営については、先の参院選の結果、衆参両院におけるねじれ現象が解消、政権与党としてある意味、大胆な政策運営が可能になってきています。しかし対外経済関係、外交はどうかというと、前回でも触れていますが、先の参院選ではその外交という言葉が見えなくなっていたのです。外交は票にならないという事だったのでしょうが。しかし冒頭に触れたようにこれからの日本のあり方を考えるとき、日本としての対外経済外交は従来に増して、極めて重要な要素となってきています。

 こうした問題意識を温めつつあった先月、手にしたFinancial Times 紙(7月23日付)の社説` Abe and the world’ は、その思いをinspireするものでした。それは、参院選で安倍自民党が圧勝し、これまでの衆参両院でのねじれ国会も解消したこの機会を捉え、自民党が勝利を収めたことは、日本に限らず大きな意味を持つ(implications beyond Japan)とし、そこで、安倍首相に対する好き嫌いがどうあれ、‘彼’となら一緒に仕事ができる、と思えるような環境になってきた、と言うものでした

 具体的には2016年まで安倍首相は総選挙を実施せずにすむことで、安倍政権は4年間続くことが確実になった事。これは回転ドアーのように次々と首相が変わってきた日本のこれまでの事情に比べれば、それは生涯とも呼べるような長さだ、とも言うのです。そして少なくとも、世論調査では、安倍首相はG7の中で国内支持率が最も高い指導者となっていること、しかも今年の成長率がG7諸国で最も高くなる見込みの経済を率いている、ということで安倍首相は無視できない指導者になった、とも云うのです。

 かかる日本を巡る環境の変化を捉え、

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米国に対して、沖縄基地再編問題、TPP交渉問題等々、あらゆる問題に合意は困難だ
ったが、それが今、可能になった、と云い、

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中国に対しては、前提条件を脇に置き、トップ対話の再開に合意すべきと。第2、第3の経済大国の関係を凍結状態にしておくには重要すぎる、と云うのです。

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そして、ロシアに対しては、日露両国が第2次世界大戦に幕を下ろす平和条約を締結する障害になってきた領土問題を解決する上で、今はおそらく一世代に一度の好機であり、双方にとって、問題を解決する戦略上の必要性は大きいと指摘するものでした。つまり、ロシアは、自国の東部をさらに開放し、アジアの一部として、より不可欠な存在になりたいという意思を明確にしていると指摘したうえで、人口の少ないシベリアにおける中国の潜在的な影響力に対する懸念とガス市場としての日本の重要性は、日本政府との同盟を自然なものにするというのです。一方、日本については、中国とのバランスを取る存在としてロシアをより密にアジアに引き込みたいと思っていると。日露両国が現在、国家主義者として申し分のない資質を持つ強い指導者を戴いているという事実は、千載一遇のチャンスだと言い、領有権問題で譲歩し、国内右派の反対を抑え込める人がいるとすれば、ほかならぬ今の日露両首脳だと、そして両者が外交上の行きづまりの打破から得るものは非常に大きいと言うのです。

 以上を現状認識としてFT(Financial Times)は米国、中国そしてロシアの‘トップ’に対して‘日本の安倍首相との関与を深めよ’(US, China and Russia should engage with Japan’s PM)と、アドバイスをするものでした。勿論、このアドバイスは、存在感を失いかけていた日本のそれを再認識するものとも言え、同時に日本にとっても、この機会に対外関係の見直し、再構築を考えるべきでは、とのアドバイスとも受け取れる処です。

 そこで、この際は、‘当該論説を枠組み’として、特に、経済冷戦状態と言われている日中関係の今後にフォーカスしつつ、‘日米関係’、‘米中関係’というプリズムを通して考察し、併せて、アベノミクスの可能性を質して行くこととしたいと思います。


1. 国際関係の中で考える日中関係

(1) オバマ政権と日米関係


 去る7月31日、日米のメデイアは、両国の外交筋の話として、オバマ大統領の来春、訪日の可能性を一斉に伝えました。実に上述FTのアドバイスをフォローするが如くと言うものです。そして、その露払いとしてバイデン副大統領の今秋訪日が伝えられたのです。米政府が3年近く見送ってきたオバマ大統領の訪日が、ここにきて具体化することになった背景には前述の通り、衆参両院の「ねじれ」状態が解消し、日本の政局流動化の恐れがなくなり、漸く安定政権への期待が出てきたということ、加えてアベノミクスで日本経済が上向きにあることで、日米で連携を強める好機と判断したものと言えそうです。

 オバマ米大統領にしてみれば、これまで日本の首相が次々代わる状況に、前述の通り、沖縄の米軍基地再編からTPP交渉参加に至るまで、あらゆる問題について合意を成立させることが不可能な状況が続いたことで、日本に対する彼の姿勢は‘冷ややか’なものと映ってきました。が、事態はFTが指摘するように‘今やその難しさが大きく減じた’事で、新たな動きが出てきたと言うものです。

 因みに、8月2日、米議会調査局が日米関係に関する最新の報告書(Japan-U.S. Relations: Issues for Congress, Aug.2,2013)を出しています。それによると、日本のTPP交渉参加について、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の柱の一つである成長戦略の促進剤になると分析すると同時に、日本の参加はオバマ政権のアジア重視政策の核の一つとなるTPPの信頼性と実現可能性を高める、とも分析しています。そして、参院選の結果についても、安倍政権は少なくとも2016年まで続く可能性が高いとし、かくしてオバマ政権も安倍政権を認知しだしたものと考えるのです。

米国のアジア旋回政策

 2期目となったオバマ大統領はいま、外交・安全保障、通商政策でアジア太平洋を重視する姿勢を鮮明にしてきています。従って、日本でトップ会談が行われる場合は、これを基本軸に行われることになるものと思料されます。ということは、オバマ政権としてあと3年をにらんだ日米関係の仕切り直しという処でしょうか。

 かかる背景にあるのが、グローバル化の進行で米国の相対的な地盤低下が進んできたという事情、そして、中国の急速な台頭が進み、その勢いがアジア全般に及ぶ状況が出てきたという事情です。
 米国にとってアジアは、日本,韓国をはじめとする同盟国、タイ、マレーシア等の軍事援助国を抱える地域であり、これらアジア諸国との連携強化を通じて経済発展を目指そうと言うものです。それだけに米国にとって、かかる環境変化は重大な関心事であることは言うまでもなく、時に、アジアを中心に国益のぶつかり合いが高まる様相にあるのです。
そうしたコンテクスト、地政学的環境変化への対応として米外交政策の中心がアジアに向い出した、つまり外交のリバランスが図られ、時にPivot towards Asia(アジアへの旋回)として語られる処となっているのです。

 いま米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)は太平洋に臨む12か国による自由貿易圏の構築を目指すものですが、米国にとって、それは経済、安全保障両面で対中戦略の意味合いを強く持つ処と言えます。
 日本はこの7月、TPP交渉に参加しました。世界第3位の経済規模を持つ日本の参加は、このグループに真の重みを齎した(The Economist, Aug. 24,2013)と評される一方、これがアベノミクスで言う‘グローバル経済で勝つ’シナリオの一環として, 重要な意味を持つ処と言えます。従いこれら要素を踏まえ、この際は、上記コンテクストにおいて新たな日米経済関係の構築に向かうべきものと思料するのです。 

(2)‘米中首脳対話’が映す日中関係の可能性

 再びFTの社説ですが、そこでは、次のようにコメントしています。つまり、すでに政権の座を追われた日本の民主党は、表向き自民党より中国に対して友好的だったというものの、中国は、その民主党の歴代首相に対して具体的な提案をするには慎重だった、とした上で、その中国が今、民主党より強硬な安倍政権と関係せざるを得ない状況にある、というのです。だからと言って、前述の通り、世界第2の経済大国と第3位の経済大国の関係が、凍結状態のままにあるのはあまりにも重要すぎると言うのです。そこで、この際は、中国は領有権を争う島々―日中首脳会談の実現を妨げてきた問題―を巡る前提条件を脇におき、トップレベルでの対話の再開に合意すべき、というのです。
 もっとも今の安倍首相他は、前提条件を脇に置いて対話する、という事には、はなから取り合わない状況にあり、その可能性はゼロと言った状況にある処です。

米中首脳対話が示唆すること

 そうした中、この6月、米国カリフォルニアで行われた初となるオバマ大統領と習近平主席との米中首脳対話の推移を見るに、両者の行動様式は今の日本にとって、対中関係を考えていく上で極めて示唆的と映るのです。この点、先のペーパーでも取り上げていますが、そこで、敢えて当該部分を以下に引用しておきたいと思います。

「・・・太平洋を挟んだ経済大国、米中両首脳の話し合いという事で世界の耳目を一手に集める処となったわけですが、その内容は日本を含むアジアに於ける新たな‘ガバナンス’をどう構築していくかにあった由で、習主席は「広く大きな太平洋には米中両国を受け入れる十分な空間がある」との発言を繰り返したと伝えられ この主張の真意は、広域な太平洋を境として、世界のガバナンスを米中で二分し、かつての米ソ二極体制を指向するものでは、とみる向きがありました。
 しかし、仮に‘覇を唱える’という事であれば、それは明らかに時代錯誤と映る処です。 つまり、米ソ時代のそれと比較するとき、いまや米中を巡る環境はすっかり変わっており、例えば、経済関係では、米中の相互依存は深化が進み、朝鮮半島を巡る安全保障門では両国はいまや同一歩調にあり、その点で、` a new type of great -power relationship ‘ (新しいタイプの大国関係)を目指すことになるのでしょう。ただ、中国は近時のアジアにおける米国の動きにかなり神経質になっており、というのも米国は盛んにアジア同盟国とのネットワークの強化に動いており、` Pivot towards Asia‘(アジアへの旋回)にしても、これが中国封じ込めの体のいい言い換えと解釈して米国の対アジア政策に極めて  警戒的と伝えられています。因みに、トップ会談では中国がTPPへの参加の可能性をちらつかせたとも伝えられていますが、それも、そうした事への牽制とも言われています。とにかく大国‘中国’の威信を対米関係に於いてどう示して行くか、言うなれば探り合いの初の会談だったという事ですが、言えることは、両国は政治的にはすぐれて緊張感を持ち乍も、米中関係は経済を通じて益々緊密化していくことは間違いないと言うものです・・・」

 もとより、米国が世界国家である所以は、経済、軍事の圧倒的パワーに加え「民主主義」の理念があるからと広く認識されている処です。とすれば共産党一党独裁の中国が、大国としての米中二極構造を指向したとしても、その関係には自と限界があると思わざるを得ません。つまり、これからの両国関係は緊密化が進むと同時に、中国の持つ限界を感じさせられていくこととなり、言うなれば米中は、二律背反のベクトルの中で、従って政治的要素は横に置きつつ、経済的要素を以って進むという行動様式を鮮明にしてきていると理解される処です。

 果たせるかな、米中トップ対話後の7月、ワシントンで行われた米中戦略経済対話では具体的な投資を巡っての作業を進めることが確認され、先の首脳会談の内容を半歩進めることとなったと評価されています。つまりは、政治的にはいわゆるconflict of interestは消えないままに、経済問題に絞ることで、両国の交流を可能としていると言うものです。

‘日中戦略経済対話’の可能性

 さて、尖閣諸島や歴史認識を巡って冷え込んだままにある今の日中関係を如何に氷解させていくかという事ですが、前述FT社説が語るように、二大経済大国がいつまでも冷え込んだままにあること、偏狭なナショナリズムの応酬はアジア太平洋の安定を脅かし、成長の基盤をも損ないかねません。しかし、現状は、中国習近平指導部は尖閣を巡る紛争について、予て、中国が主張してきた「棚上げ」を堅持する方針にあり(既にこの方針を関係機関に指示したとメデイアは報じています)、一方「領土問題は存在しない」とする日本政府との隔たりは大きく、平和友好条約締結35周年にあたるこの8月12日でも日中両政府による記念行事は見送られており、問題解決の出口は見いだせず、その限りにおいて日中対立は長期化の見通しにあります。

 実は筆者は、先のペーパーで‘日本の成長戦略は日中関係改善にある’こと、そしてそれはアベノミクスの成長戦略と位置づけられるべき、と主張しています。勿論、現下の日中関係の深刻な様相に照らし、その直後、何をいまさら、と言った批判が筆者に届きました。
 しかし、その後、偶々、JBpress(インターネット)で、キャノングローバル戦略研究所の研究主幹、瀬口清之氏が「アベノミクスの成長戦略のカギは、日中関係の早期正常化にある」と、趣旨を同じくする論稿(5月20日付)を掲げていることを承知しました。そこでは同氏は、尖閣問題を巡って日中両国間で政治的妥協が成立する可能性はまずないだろうが、唯一の解は政治問題を棚上げして経済交流を促進する政経分離であり、日中両トップの勇気ある政治決断を期待する、と主張していたのです。当の本人が1月、4月の現地、現場に足を運んでのレポートだけにそれなりの説得力を持つものでした。

 では、中国経済の状況は如何、ですが、リーマン・ショック以降の先進国経済の不振をカバーするばかりの勢いで進んできましたが、その経済が色々な問題を抱え込んできた結果、いま、大きな手術を不可避とされるまでに変化してきています。日本も同様にあり、目下はアベノミクスを枠組みとして経済の再生にある処です。現時点はともかく、日中経済は近年、日本企業の中国市場に進出、現地に多くの雇用機会を作り、中国経済の発展に大きく貢献してきていますし、中国は日本企業の活力と共に成長してきたとも言えるのです。そして今なお、両国の経済が協働し合えれば、両国経済の発展は十分に期待されるのです。

 因みに、今年1〜7月の世界からの対中直接投資(実行ベース)は、中国商務省の23日発表では、前年同期比7%増の13億9200万ドルで、日本からの投資は9.5%増となっています。政治的対立にある今でも中国市場重視を変えない日本企業の姿を反映したと言うものです。また、日経新聞(8月23日付)が伝える同社が行った「中国進出日本企業アンケート」結果によると、中国事業の売上高は昨年9月の日中対立以前の水準に回復していないこと、反日機運を感じる企業も依然8割に及ぶとしているが、今後とも中国を戦略拠点と、8割以上がなお重視しているとしており、因みに新日鉄住金の中国での自動車向け高級鋼板の合弁事業の新設計画、三井不動産が上海で大型商業施設の建設計画等、日本企業は巨大市場の取り込みになお前向きと、伝えています。

 そこで、そうした事情を踏まえた場合、この際は日中間のテーマを、安倍首相の経済政策、「アベノミクス」と、李克強首相の経済政策「リコノミクス」に絞り、米中に倣った「日中戦略経済対話」の場を設けること、そしてその場を通じて、つまり経済を切口とした接点の再構築を目指すべきではないのか、と思料するのです。FTが云うように日中対立は、世界の大迷惑であり、大問題と映る処です。つまりは外交の軸を経済優先に切り替えるときであり、まさに瀬口氏が云うように勇気ある政治決断が期待されると言うものです。


2.いまそこにある極めて気がかりなこと

 日本はグローバル経済と共に生きていく事なくして将来はない。これは筆者の持論であり、従って上記は、そうした視点を強くして経済外交の在り姿につき考察を進めてきました。その点、アベノミクスの勢いを背に、いま安倍首相は極めて積極的な外交活動を展開中であり、その行動は多々評価される処です。

(1)‘集団的自衛権’を巡る動き

 処で、7月22日、与党が圧勝した参院選を受けて行われた記者会見で、安倍首相は、‘集団的自衛権’(の行使容認)について議論したいとの考えを明言したのです。日頃の彼の言動には国家主義的色合いの強いものがあり、外国メデイアも盛んに仝首相の言動を取り上げ、日本の右傾化と論評するようになってきています。
 集団的自衛権の行使容認とは、平たく言えば、同盟国が、具体的には米国を想定する処でしょうが、攻撃を受けた場合、それを日本への攻撃と見なして、日本も反撃することが出来るようにしたい、と言うものです。勿論、そうした軍事行為は、憲法9条(戦争放棄)の下では許されません。そこで、これを法律解釈で可能にしようというものです。

 日本の安全保障は、日米安保条約により米国によってカバーされる事となっていますが、これが自律的に動けるようにしようと言うものですが、見方によってはこれが軍事同盟に繋がる処とも言えそうです。勿論、こうした動きはアジア周辺諸国に不安と、そして対日不信を増幅させる処でしょうし、更には米中関係にとっても不具合な要素となることで米国にとっても迷惑と映る処と思料されるのです。つまり地政学的に極めてデリケートなテーマであり、それだけに慎重に取り扱うべきイッシューと考えますが、直近に見るその周辺の動きには強い危惧の念を禁じ得ないのです。が、それは筆者の独り善がりの思いと云うものでしょうか。とにかく今は‘経済に集中すべき’と思うのですが。

 イラクにPKOで派遣された自衛隊員が、現地ゲリラと対峙したギリギリの局面での印象として、‘あくまでも現地治安維持に徹し切ったことで敵もこちらに攻撃することはなかった。緊張の極限にあったが、これも憲法9条があったからだ’とTVでコメントしていましたが極めて印象に残る処です。

(2)福島第1原発汚染水漏れ

 しかし、それ以上に大きな問題がいま再登場してきています。それは福島第1原発の汚染水漏れの発覚です。その線量の高さ、加えて汚染水対策の難しい状況から、日本の原子力委員会は国際基準で言う異常な事態とする‘レベル3’と認定したのです。この事故については汚染水の貯蔵タンクの設計上の問題、その背後にあるコスト問題等々、指摘はされています。が、とにかく危機意識の欠如が齎した結果といえ、その背景には原発の輸出促進や国内原発の再稼働云々と言った思惑(潜在的な行動シナリオ)ばかりに目が奪われ、3・11の事故に当該企業はもとより政府、関係者が真剣に取り組んでこなかった結果と指摘される処です。世界のメデイアは一斉に危機に真剣に向き合ってこなかった結果と、厳しく日本を非難しています。

 5月時ペーパーでも安倍首相の原発トップセールスについて、足元の自国で起きた福島原発事故が2年たった今も技術的、行政的に何ら解決されないままに、世界に向かって‘世界最高の技術に裏付けられた原発’として売り込む日本という国の正義はどこにあるのか、と強く指摘ました。今回の汚染水漏れ事故は、その線上においで起きた事故で、要は、3・11以来、事故の構造が何ら解明されず、確固たる解決への努力もないままにあったことを曝け出したという事の他ありません。危機感の無さが露呈し、事故収拾の目途の立たないままの日本への世界の信認は如何ともし難く、それこそアベノミクスどころの話ではなく、もはや国家存亡の危機として受け止められるべきものと思料するのです。

 8月7日、安倍首相は原子力災害対策本部で汚染水対策は東電に任せず、政府が積極的関与することを指示しました。しかし、これまでの事故対応の実情経緯を見るに、東電を含む原子力ムラの人事、行政を早急に解消し、全く新たな組織ガバナンスの下で取り組むことがない限り解決は不可能と思わざるを得ない状況にあるのです。とにかく、事故の原因はどうだったのか、それへの修復取組はどうなるのか、時間軸を立て、積極的に情報を公開し、管理対応計画を具体的に回示すべきと思料するのです。もはや、原発再稼働など、全くお呼びでなくなった現実を、関係者は真摯に受け止めるべきと思料するのです。

 上述、集団的自衛権行使容認の問題,そして原発汚染水漏洩問題への対応は、まさに日本という国の本質が問われると言うものです。グロ−バル経済と生き、グローバル経済で勝つ、その目標に向かって進まんとする日本としては、時間をおくことなく、毅然として、国内はもとより世界の理解と協力が得られるよう対応姿勢を明確に示すこと、それこそが焦眉の急であり、これこそがアベノミクスの正義というものと考えます。


3.求められる更なるオープン化

 先週、明らかにされた今年上半期(1〜6月)の対日投資(新規直接投資)実績、当該期間における海外の企業による日本への新規直接投資は1兆3903億円で前年同期比18.5%減となっています。これは直近ピーク時の2008年上期(約4.7兆円)比で3割減となるのです。
 日本のアベノミクス、つまり大胆な金融緩和や成長戦略を打ち出した安倍政権の政策転換を評価して海外の投資マネーは、海外の公的年金マネーも含めて、日本に流入してきていますが(本年1〜6月の日本株買越額は前年同期比16倍の9兆円3000億円に膨らんでいる)、対日投資、つまり事業拠点や工場増設に繋がる対日直接投資については、まだその効果が及ぶまでにはいたっていないという事と言えます。その背景には、人口が減る日本で投資しても十分な収益を生むか判断しにくいとの見方が根強いことも影響しているとも言えそうです。序でながら、世界では各国が国内経済のテコ入れに投資誘致を積極化しており、UNCTAD(国際連合貿易開発会議)によると、2012年の世界全体の対内直接投資の残高は前年比1割増の約23兆ドル5年前の雄8年比だと約5割増と拡大しているのです。

 では対日投資の伸び悩みをどう打開するかですが、現時点での目玉は、地域を絞って規制を緩める「国家戦略特区」の創設とされています。そこでは、外国人が暮らしやすい街を創る、外国人医師を認めるとか、海外の有名インターナショナルスクールを誘致するなど、医療や住まい、教育環境を改善し外国企業を誘致すると説明されています。
ただ、本格的な投資促進を促すためには、日本という市場が進出企業にとって自由な競争市場であること、これは国内企業についても同様な要素ですが、そして魅力を感じてもらえるような制度、仕組みが準備されることが不可欠であり、要は、規制や税制で主要国と足並みをそろえる方策が必要だというものです。

 例えば、雇用規制でみれば、日本は主要国でも解雇規制が厳しいがゆえに、進出企業は弾力的な経営が難しいといった点で進出を躊躇することが云々されています。これなど社員の解雇時の新ルール作りを目指すとか、まさに規制改革により外国企業の誘致機会を広げる可能性は大きいものがあるのです。
また先進国の中でも日本企業が負担する法人税の高さが海外企業の参入を不活発にしていると指摘されています。これについては、既に、来春の消費税税率引き上げが決定された場合、それによる景気の腰折れ懸念を払拭すべく法人税率の引き下げの検討が安倍首相の指示で始められたと伝えられていますが、法人税の引き下げは、成長戦略として海外企業投資を呼び込む起爆剤ともなる点で、その実行が期待される処です。つまり、企業の税負担を軽減することで、経済のパイ全体を拡大していく発想がこの際は必要と思料されますが、法人税率の引き下げは又、世界の潮流でもあり、かかる対応を通じて競争環境の拡大を目指すことが、現実に問われているのです。


おわりにかえて

 いまブルネイで開催のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉内容については、逐次進捗が報道されてきています。既に「貿易円滑化」、つまり輸出入手続きの簡素化について、また「商用関係者の移動」、つまり出入国や滞在手続きの迅速化について合意が見られ、ここにきて「競争政策」に係る事項についても合意が近づいています。その当該合意文章案では(メデイア情報によると)‘国有企業は政府の資金力や信用力を背景に、市場で独占的な地位を築きやすい。この点、一般企業が公平な条件で競争するには、国有企業の活動を抑える必要がある’として国有企業と民間企業の差別を明確に禁じる事としており、つまりは国有企業の優遇を廃止し、国内をより競争的に誘導していく事に合意したという事です。この
TPPをきっかけに国有企業への圧力が強まれば日本企業の商機も広まると言うものです。但し、日本の場合、例えば日本郵政の民営化についてみれば旧日本郵政公社から引き継いだ税制優遇措置など、今後規定に触れる可能性もあり、要は、改めて国内企業の自由化対応を緊急度をもって進めていくことが不可避となってきたと言う事です。

 尚、並行して行われていたTPPを巡る閣僚会合は、8月23日、「年内妥結に向け交渉を加速する」ことを盛り込んだ共同声明を出して終りましたが、従って残る「知的財産」、「関税」の取り扱いを巡っての交渉も、それなりの進捗が予想され、市場の開放は一層進むことになると見るのです。‘国を開き’、そして‘国を拓く’、まさに正念場なのです。

 今なお、江戸末期の尊皇攘夷を叫び、開国反対を叫んだ下級武士の如く、経済のグローバル化を批判し、TPPを排斥する陣営があるのは致し方のない処でしょうが、この際は、視野を広げ、現実の経済の姿を見据えて「国益」を考え、現下で進むグローバル化の競争環境を如何に取り込み「国益」に如何に反映させていくか、構想していくべき時と思料するのです。

 改めて、「進化の原動力は変化への適応にあり」なのです。


以上 

 


 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2013/12/01