はじめに
不順な気候が続くなか、漸く秋の深まりを感じるこの瞬間、周囲を見渡すと、何か騒がしい変化を意識させられると言うものです。これまでも目の当たりとする変化については縷々所見を伝えてきていますが、直近にみる変化は、グローバル経済の新たなかたちを誘導するがごとくに映ります。
先日、かつての同僚仲間とゴルフに出かけました。その目的地までの一時間、何と車中での話題は今の米国政治、就中、オバマ大統領のこのひと月半に見せた振る舞い、迷走ぶりに終始したのです。そして、それとは対照的に近時、顕著となっている中国のアジア旋回も、その話題に加わったのです。
確かに、オバマ米大統領は米国が主導してきたTPP首脳会議をはじめ、一連のアジアでの首脳会議への出席をキャンセルしました。その理由は何と内政の混乱を解決する為と云うことでしたが、戦後およそ70年来、世界経済の自由化、グローバル経済の旗手としてあったアメリカがそれでいいの?と云いたくなる処です。片や中国はと言えば、習主席、李首相のトップ二人は、その間隙?をぬうが如く、まさにmaking
hay (The
Economist,Oct.17)好機を逃がすことなく、アジア諸国を精力的に訪れ、中国の存在感を強くアピールしていたのは周知の処です。
一方、日本は周知の通り、17年振りに消費増税が決定され、財政健全化へ向けての第一歩を踏み出すと共に、‘世界経済の中の日本’再生が期待できる状況になってきています。つまり、20年来の停滞から漸く回復への道筋を見出だした日本経済は脱デフレ劇、第一幕を終え今、回復基調の本格化を目指す第二幕に移行しだしている処です。
そこで、今回は、米国で今、何が起きているのか、中国が展開するアジア近隣諸国への行動はどのように世界に映っていく事になるのか、これらにつき今一度レビューし、併せて、これらが示唆するグローバル経済の変化を体していく時、日本にはどのような政策対応が求められることになるのか、‘日本のこれから’について、考えていきたいと思います。
1.アメリカの‘変’− 迷走するオバマ米国
ワシントンDCでの政治バトルはひとまず収まったが
10月16日、米上下両院は国債発行を容認する法案を可決し、‘米国の財政運営を巡る混乱’がひとまず収まりました。
さて、‘ひとまず’とは、こういう次第なのです。つまり、米政府の資金手当てとされる国債発行額が、現在、議会が認める処の上限に達しており、オバマ政権としては新年度に入った10月1日以降、この上限の引き上げなくしては財政が回らなくなり、予算も動かなくなると言う非常事態に陥りかねない状況にありました。その引き上げ期限が10月17日に迫るなかで、与野党が歩み寄り、その結果、来年1月15日までを期限とする暫定予算が承認され、併せて、債務の上限を来年2月7日まで凍結されることが決まり、期限付きながら問題の収拾を見たと言うものです。その推移は以下で触れる通りですが、従って、それら期限までには、関係事項の解決を図っていかねばならず、オバマ政権は引き続き不安定な政治を余儀なくされていく事になると言うものです。
そもそもこうした政治混乱がどうして起きたのか、まずその実情を見てみたいと思います。
まず、現在の米連邦議会の勢力図ですが、民主党が多数を占める上院に対し、下院は2010年の中間選挙で共和党が過半数を獲得した結果、上下両院はいわゆる捩じれ状態にあり、容易に物事が決まっていかないという事情にあるのです。
そして、いま目の当たりとする米国政治の混乱とは、よく財政を巡る混乱と言われますが、財政問題というよりは、一義的にはオバマケアと呼称される国民皆保険を目指す「医療制度改革法」を巡っての民主党(賛成)と共和党(反対)との対立にあるものです。
そもそも「オバマケア」法案は2010年に成立し(完全実施は2014年以降)、今年の3月オバマ大統領は署名をしています。しかし、これに反対する共和党(詳細は後述しますが)はこの9月に、‘実施の1年延長’を条件とする暫定予算を下院に提出したのです。勿論、民主党(上院)はこれを否決したのですが、共和党は直ちに、この‘反対’を米国債務上限問題と結びつけることでオバマ政権に揺さ振りをかけてきたと言うもので、ここに混迷の発端があると言うものです。
そこで米政府は取り敢えず、年度末に予算執行を裏付ける暫定予算を議会に提出しました。しかし、それが拒否され9月30日までに成立を見ることがなかったため予算の手当が出来ず、従って政府機関の機能が停止し、閉鎖され、国民へのサービスが止まってしまう結果となったのです。
もう一つの債務上限問題とは、政府の資金手当てとして行う国債の発行についてですが、米国では、その発行上限(国債発行枠)を議会が決めるというルールとなっています。従って更なる国債の発行が必要となると都度、議会の承認が必要となるのです。
処で、米国の国債発行額は現在、法定の上限である約16兆7000億ドルに迫っており、従って、その上限を引き上げない限りは新規の国債発行が出来ず、政府の手許資金は底をつくことになります。しかし、下院(共和党)はそれをも拒否したのです。その結果、新規の国債発行ができず、政府の手許資金不如意となる一方、米国債の利払いが滞って信認に傷がつき、最悪の場合、デフォルト、債務不履行ともなりかねず、勿論そうなれば国債金融市場が大混乱に陥る恐れがあるとして、世界はワシントンの政治の推移に一喜一憂したというものでした。まさにワシントン・リスクというものです。
つまり、下院で過半数を占める共和党が、米国の財政運営に絡めてオバマケアの撤回を図らんと、予算案や債務上限を「人質」に、オバマ政権と民主党に歳出削減(社会保障費の削減)や減税(富裕層への増税反対)を迫ったことで、対立状態が続く、何も決められない構図となっているのです。何も決められない政治構図とは、かつて、何も決められない日本の政治、と揶揄されたことを想起させられるというものです。
しかし、政府機関の閉鎖が長期に及ぶにつれ、市民生活への影響が拡大し、いつまでも強硬な姿勢を崩さない共和党の責任を問う声が広がってきました。一方、オバマ政権が進める医療保険改革法の撤廃を狙った戦略も世論の幅広い支持が得られなくなってきたという事です。因みに多くの経済団体は「オバマケア」改革には反対でした。それでも、オバマケアの財源剥奪を政府機関の閉鎖と債務上限引き上げと結びつける戦略には不満だとしていたのです。そして、共和党ともこうした周辺環境に照らし、債務上限の引き上げやむなし、という事とし、言うなれば共和党は変節を余儀なくされたと言うものでした。
その結果は前述のとおりで、上下両院で‘暫定合意’の成立を見ましたが、財政を巡る問題は依然未解決であり、従って合意された期限までには、関係事項の解決を図っていかねばならず、米経済は依然、不確実な要素を抱えて進む事になると言うものです。
つまり、ワシントンDCでの政治バトルは、なお続くことが予想される処、これが国内のみならず国際経済に同時的な影響を齎すことが予想されるだけに、世界経済は引き続きワシントン・リスクにいかに対峙していくか、改めて問われていく事になるのです。
テイー・パーテイ・ムーブメント(Tea Party movement :茶会運動)
ここで注目すべきは‘テイーパーテイ’ムーブメント(茶会活動)と呼ばれる草の根の保守運動です。元々、ヒスパニック系等の米国移入者の増加でアメリカ社会の伝統が失われ、変質していく米社会を阻止すべき、であり、またそうした移入者を含む低所得者層への社会保障費に多額の税金が充てられることにも反対と、富裕な中間所得層が中心となって起こした保守的な市民運動です。そして、彼らは当初からオバマケアには反対でした。
では彼らは何故オバマケアに反対するのでしょうか。オバマ大統領の主導する医療保険制度改革は低所得者に手厚い医療制度であり、彼らが納める税金が不当に使われ、言うなれば社会主義的な政策として批判し、オバマケアの撤廃を掲げたというものです。つまり、茶会のグループは財政運営については歳出削減、社会保障費の削減、さらには景気刺激策としての大型財政出動は税金の無駄使い、として民主党を批判し、2010年11月の中間選挙に向けて、そうした保守系の市民が起こした市民運動で、言うなれば、増税なき「小さな政府」を標榜するものなのです。
保守主義の共和党はこうした「テイーパーテイ」の支援を受け、先の中間選挙では地方議会も含めて圧勝し、同年実施した10年に一度の下院選挙区の区割り見直しでも、共和党に有利な区割りを実現したのです。そしてテイーパーテイのメンバーが多額の選挙資金を投入し、穏健派議員に対抗馬を相次ぎ擁立するなどで、今日の共和党を支える存在となっているのです。それだけに、共和党がオバマケアに反対する姿勢は、こうしたテイーパーテイの代弁者とも映るというものです。
因みに、オバマ大統領は10月8日の記者会見で「今の共和党は民主党と競って無党派層を取り込むことよりも、選挙区で茶会に対抗馬を立てられるかどうかを心配している」と非難するほどの存在となっているのです。
序でながら、中国財政省の朱光耀次官は10月のIMF・世銀総会出席の為ワシントンを訪れた際、「責めを負うべきはテイーパーテイだ」という趣旨の発言をした由で、この内政干渉は米国内で「我が国の政治に口出しするな」と、中国さながらの反応を引き起こした(The
Economist, Oct.19)と伝えられているのですが、興味をよぶ処です。
(注)‘Tea
Party’と言えば1773年のボストン茶会事件が有名です。これは当時の宗主国、イギリスの茶法(課税)に対してボストン市民が反旗を翻して起こした事件ですが、今次のTea
Party運動も上述の次第で、その名称は、その歴史的事件に由来するものとされています。が 同時に、Tea
Partyは`Taxed Enough Already’ (もう税金はたくさん)の頭字語とされているのです。
そうした中、10月10日、米ワシントンで開かれたG20財務相・中銀総裁会議では米国の財政問題を巡る政府と議会の対立構造が世界経済に及ぼす影響について話されたという事ですが、共同声明では米国が名指しされ、緊急の行動を取る必要があると、明記されるなど、米国政治の混迷ぶりを色濃く映す内容となっていましたが、盟主、米国よしっかり頼むよ、という処でしょうか。 世界にはまさに迷走する米国と映る処と言えそうです。
要するに事の本質は「大きな政府」か、「小さな政府」か、を問うものという事でしょうが、米国が直面している問題とは、リアリスティックに言えば、米国民がどのような政府を求め、その政府の為にどのようにしてカネを出すのか、という事と言えそうです。
揺れるオバマ外交の基本軸
こうした国内政治に難儀するオバマ政権ですが、これと歩を同じくするごとく対外政策においても大きく変質を来す処となっており、これが対外的な米国の威信の低下に少なからず影響を齎す処となっているのです。
先月の論考でも指摘していますが、9月10日、直前まで化学兵器を使用して国内の反動勢力を封じ込めんとするシリア政府に対し、軍事行動をとるとしていたオバマ政権が、ロシア政府他の説得で軍事行動の見送りを決定し、当面外交的解決を目指すと、したのですが、その決定は国内的にはオバマ大統領の弱腰と映るところとなっています。そして、同時に彼が行ったシリア攻撃取りやめの理由を説明する演説の中で、米国の世界における役割、つまり‘世界の警察官の役割を果たせる状況にはない’と言うのでしたが、これは、これまで担ってきた役割を正面きって否定するもので、そこにはオバマ政権の内向きの姿勢が鮮明に伝わると言うものでした。そして、オバマ大統領のそうした姿勢は、これまで重要戦略としてきたAsian
pivot,つまり、アジアへの旋回政策にも影を落とす処となっています。
つまり、10月5-12日の日程で、アジアで開催される事となっていた一連の首脳会議、TPP首脳会議、APEC首脳会議、東アジア首脳会議に出席するはずが、これを欠席、同時にアジア関係諸国訪問予定もキャンセルしたのです。とりわけ自由化を目指して大統領自身が主導してきた会議に欠席、その事由が国内政治の調整のためとする、その行動様式からは、内向きになったアメリカが映り、彼が云うアジア重視政策などどこに行ってしまったのか、ということで、当然米国の威信を危うくする処となっていると言うものです。
10月8日の記者会見ではオバマ大統領は、‘アジアの会議に出ればよかった、またこれが中国に有利にはたらく結果になった’、としながらも長期的には大きな問題ではないと語ったそうですが、事態を巡る変化を彼はどう理解しているのでしょうか。
いま問われる‘米国こそはグローバリゼーションの旗手’
10月12日付 英経済誌The
Economistは巻頭言‘The gated globe
’で、これまでの世界経済はグローバル化の恩恵をまさしく受けて発展してきたが、その中にあって、今や中国やロシア等新興国では、それぞれが門標を立て、言うなれば排他的に地域経済の発展を指向しだしている、とその趨勢に危惧を示すのです。そして、そうした現実に照らし、真にグローバリゼーションを進めるべきであり、そのリーダーシップを取れるのはアメリカをして他にないと、アメリカに注文を付けています。つまり、
「戦後約70年というもの、世界経済は技術力の進歩と自由化への行動力が資本の移転を促し又豊富な製品を生み、製品の高度化、貿易の拡大等を受け拡大し、発展してきた。まさにグローバリゼーションであり、世界経済の発展はこのグローバリゼーションなくしてありえない。近時、こうした恩恵を受け成長を果たしてきたBRICs、とりわけ中国やロシア等は、いまや国家資本主義の下、自国中心の、まさに門標を立てグローバリゼーションを干渉するような排他的行動を取るようになってきている。こうした動きは、世界経済発展の機会を奪ってしまう事を意味する。・・・・・・・・
この状況打破にはやはりグローバリゼーションの推進のほかなく、TPPが更なる経済の自由化推進を約束するものだけに、折角の10月TPP首脳会議を、国内問題の為に出席を見合わせたことは極めて惜しまれることだが、この際は、不完全なTPPでもいい、これを含め今一度アメリカはリーダーシップを発揮し、グローバル化を推進していくべきだ。世界経済にとっていま必要な事は、グローバリゼーションをより進め、これを通じて自由な経済活動を堅持していくことであり、これができるのがアメリカをして他にない」
と、主張するのです。1843年の創立以来、liberalism
(自由主義)を主張し続けるエコノミスト誌の面目躍如と言う処でしょうか。
先のアジアでの一連の首脳会議では、中国やロシアの首脳は,自国の優位さだけをアピールする中、そこにはグローバル化の旗手たる米国のトップの姿が見られなかったという、この現実は極めて重く受け止めざるをえないと言うものです。まさに世界の変調を象徴する処と思料するのです。そして、その変化は日本の出番をも示唆する処とも受け止められる処です。
2.中国の‘変’− いま東アジアへ旋回する中国
その中国はといえば、東アジアに対して活発な戦略外交を展開してきており、オバマ欠席の10月のAPEC首脳会議に出席した習近平主席の言動は、前述オバマ大統領の記者会見でのコメントが意味するように米国に代わって主役を演じる姿としてメデイアは伝えていたのです。
そして、APEC出席直前の10月3日、インドネシアを訪問、同国議会で「アジア・インフラ銀行」の創設を提案し斯界の注目を引く処となっていますが、何か戦後のブレトンウッズ体制での世銀創設の雰囲気すら感じさせるものでした。
そのひと月前の9月、中国で開かれた「夏のダボス会議」に出席した李克強首相は、中国経済を持続可能なものとしていくことを目標に、成長率を7.5%前後とした安定成長路線を示唆しながら、その為の構造調整、改革推進を一体的に進める、いわゆる「リコノミクス」(注)について講演を行っています。
(注)「リコノミクス」のシナリ:(1)大規模な景気刺激策に頼らず、(2)膨張した信用を圧縮し、(3)国営企業の過剰生産体質を是正する。
こうした動きの背景にあるのは、中国が今日いう新興国の‘雄’として如何にその立場を堅持していくか、という事にあると言えます。つまりBRICs
をはじめとする新興国が一様に有望視された時代は過去のものになって来ています。現在の新興国は過剰投資の是正や経常収支の改善など、ブーム後に改めて浮上した構造問題を克服する必要に迫られているとされており、その限りにおいては中国も同様にあり、上記リノミクスもそうした事態への国家戦略と位置付けられる処です。そして、この移行期をいち早く抜け、経済を持続可能なものにし、その経済力を以って新興周辺国との連携を強化し、アジアにおけるリーダーの地歩を確かなものとしたいとする趣旨と読む処ですが、そこでは、言うなればpower
shiftを推し進める姿を強く感じさせられる処です。
序でながら、10月13日、中国新華社通信は、米政府の一部機能が閉鎖したことに対して「世界は当惑している。‘非アメリカ化’した世界の構築を検討し始めていい時期ではないか」(日経10月15日、夕刊)との論評(英文)を配信しています。さてこのコメントに、米国側の思いは如何、と質してみたい処です。
3.日本の‘変’− 財政健全化に向かって動き出したアベノミクス
さて、ワシントン・リスクとも言われるオバマ米国の現状とは対照的に、いま日本経済は順調な再生の道を辿りはじめています。因みに、直近での企業業績(2013年4~9月期)は、製造業で自動車,電機を中心に拡大が、また内需型企業においても健闘が伝えられており、低迷してきた世界経済にあって、いまその再生に向かうダイナモとしてこの日本の再生に期待が集まってきています。従って、日本としては今後ともかかるポジションを自覚し、経済運営にあたるべきは、然可と思料されます。そこでグローバル経済の一員として持続可能な経済としていく上での今後の課題、問題について整理しておきたいと思います。
消費増税後の日本経済
10月1日、安倍首相は2014年4月より消費税を8%に引き上げることを決定しました。そして決定直後の記者会見ではその理由として、「国の信認を維持し、持続可能な社会保障制度を次の世代にしっかりと引き渡していく為、消費増税を決定した」と説明をし、国民の理解を求めたのです。と同時に、「経済再生と財政健全化を同時に達成する他に道はない」として景気の腰折れを回避するため5兆円規模の財政出動、加えて、企業の活力を引き出すための1兆円規模の法人減税他を打ち出しました。
今回の増税決定について、日本政府は財政再建に向けた第一歩、としていますが、海外メデイアも、そうした日本の姿勢を概ね高く評価しています。
英経済誌The
Economist(2013/10/5) は早速に、その巻頭言` Third allow, please
‘ (第3の矢を、どうぞ)では、安倍首相の消費税率の引き上げを歓迎すると同時に、日本経済を成長路線に乗せていくには積極的に構造改革を進めるべきであり、従って次なる「第3の矢」を、と援護射撃をするものでした。
尚、依然、いわゆる正統派とされてきたような経済論者の多くは、現下の異次元の金融緩和は、結局はハイパーインフレを招来するものだとか、いまさら成長戦略でもあるまいに、とか、必要なのは分配政策であり、その為の構造改革だ、等々アベノミクス批判は止みません。勿論、後者については理解できますが、分配するにしても、GDPベースで言う経済が落ちている中で、ではそのパイはどう確保していくのかと、先の民主党政権での失敗にも照らし、まさに問い質したいところです。勿論これまでのような成長論はともかく、やはり今日いうような持続可能な経済、という意味での成長は必要でしょうし、そのプロセスを通してこそ、経済社会の進化が図られると言うものです。
もとより、アベノミクスの特徴は従来とは根本的に異なる大胆な経済政策を表明して、デフレ脱却を目指す斬新な方法にあると言うもので、それは長年のデフレ下にあって、固定化された経済通念の大転換を促すプロセスとも言える処です。従って、それら現状への批判は、そうしたことへの理解が及ばない結果と思うばかりです。
勿論、アベノミクスはこれからが本番を迎えると言うものです。キャッチ・フレーズ的に申せば、「消費増税後の日本経済の行くえ」という事になるわけですが、そのカギはやはり財政再建に尽きる処かと思料するのです。その枠組みに於いて安倍政権に求められるのが歳出抑制に係る覚悟の如何ということであり、その本丸となるのが社会保障費の抑制の如何となるところでしょう。
つまり、高齢化の進展で社会保障費は自動的に膨らんでいく事になるわけですが、その「自然増」が年1兆円規模となっている現状を放置したままでは、消費税率を2桁にあげても追いつかない事は自明の処です。つまりは歳出抑制の手段を定めないと財政運営への信頼感は高まらないという事です。そしてそれらは、医療・介護の制度改革と不可分の問題であり、規制改革問題に直結する処です。そして、それは日本経済を新たな姿に開拓、革新していく、つまりは「拓く」プロセスとなる処です。
一方、日本はこの7月、TPP交渉に参加しました。言い換えればこれは日本が世界の自由化戦線に復帰したと言うことであり、それは、アベノミクスで言う「グローバル経済で勝つ」に向けた戦略対応というものです。 そして、その締結に向けたプロセスは対外的、対内的に競争環境を調整、整備するものであり、まさに国内産業の構造改革と軌を一にする処となるのです。とすれば、日本経済を将来的に持続可能なものとしていく為に、グローバル市場との提携を深めていく、という事であり、日本経済という‘場’を対外的にオープンにしていくことを不可避とする事になるのです。と、同時にそれに応え得る政策展開が求められていくという事になるのです。つまりは「国を拓き、国を開く」です。
そして、いま、こうした新たな構図を描き、日本のいま置かれた環境に照らすとき、グローバル経済、とりわけ成長するアジア諸国との連携強化を如何に図っていくかが問われていく処と思料します。前述エコノミスト誌は米国に対して、TPPを成功させ、グローバル化の推進を、と主張していましたが、そのポジションこそは今の日本が買って出るべき処では思料するのです。いつまでも既得権益にとらわれた聖域5品目云々の議論ではなく、将来から見る日本、そしてそれに向かったアプローチと戦略をベースにTPPの主役を目指すべきと思料するのです。これこそは、まさにアベノミクスのこれからの課題であり、期待される処なのです。
Rachman記者のアベノミクス観察記
序でながら、10月15日付英紙Financial
Times は、日本経済のいまの様子を伝えるG.Rachman記者の記事を掲載しています。題して`Japan
offers an unsettling glimpse of all of our futures’
(日本の現状が示唆する欧米諸国の不安な未来)。これは同記者が、消費増税が決定された直後、日本に出張した際の観察記ですが、外国人の目に映る日本の今を語るものとして極めて興味深く、そこで、その要旨を紹介しておきたいと思います。
― 2060年には日本の人口の40%が65歳以上の高齢者で占められるというが、彼らは、若者よりもはるかに多くの票を選挙で投じているため、他のサービスが切りつめられる中で、年金と社会保障費はずっと維持されてきた。一方若者は増税という未来に直面しており、自分の親の世代が享受していた安定した雇用も益々手に入れ難くなっている。こうしたトレンドのすべては多くの西側諸国でも問題になる公算は大きく、例えば米国では、いわゆるベビーブーマーたちの引退は政府債務を上限まで押し上げる一つの要因になっている。
― ワシントンDCの政治家の多くは政府債務のGDP比が100%に近づけばハルマゲドンになると考えている。しかし、彼らには、この債務比率が230%を超えていながら秩序が保たれ、ちゃんと機能している日本を訪れ、観るがいい。ただ、日本は世界的な金利上昇には非常に脆い。なにしろ、現在の超低金利環境においても、国債費が国家予算の約25%を占めている。アベノミクスという過激な経済実験が鳴り物入りで実行されたのは、この債務の問題に対応する為でもあった。日本はなんらかの過激な手段を間違いなく必要としていた。
― 安倍首相の急進主義は、国内経済問題だけに駆られたものではない。日本は中国からの脅威が高まっているという認識に駆られて行動に出た面もある。欧米諸国はまだ中国の台頭が脅威になるか否かを議論しているが、日本ではもう議論が終わり、国家的な懸念がありありと見て取れる。にも拘わらず、日本のムードはもう何年もなかったほど楽観的だ。安倍首相の発言は国家主義的に聞こえる事もあるが、その精力的なリーダーシップは、日本が経済停滞から抜け出せるという希望を生み出している。
おわりに
内向きになってきた米国、アジアへのpower
shiftを目指す中国、そして再生してきた日本、この三極の同時性をもった変化は、今後のグローバル経済の生業に大きな影響を齎す処です。そして、その結果は、これまでの思考様式だけでは対応の及ばないことを示唆します。
さて、10月15日、召集された国会冒頭での所信演説で、安倍首相は再び、デフレ脱却へ向け、成長戦略を実行する決意を示し、財政再建、社会保障制度改革の同時達成を図っていく考えを強調したのです。そして「実行なくして成長なし」と彼は訴えたのです。是非、既成の利権等に囚われることなく、思いの処を実行していって貰いたいと期待する処です。
しかし、国民の安全、安心の視点からは、改めて指摘しておくべき問題があるのです。
その一つは、10月3日、東京で行われたツー・プラス・ツー会議を巡る問題です。
これは日米外交・防衛大臣による東京では初の会議でした。前述のようにオバマ大統領の姿勢が内向きになってきたなかでの会議ですが、とにかく日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を来年末までに見直すことになった由です。もとよりこれが日本の将来のかたちを規定していく事にもなりかねず、その推移は大いに気になる処です。実は、これは日本側からの呼びかけで行われた由ですが、時まさに集団自衛権行使の容認問題が俎上に上がっている環境下での会議だけに高い関心を呼ぶ処です。間違ってもこの作業が、軍事同盟に結びつくようなことになることは絶対に回避されるべきと考えます。ただ、現下の世論の風潮からは極めて気がかりというものです。
もう一つは福島原発の汚染水問題です。これまでも幾度となく指摘してきましたが、依然、汚染水の漏えいは止むことはなく、問題解決へのシナリオは依然見えていません。現下の事故処理スキームではもはや無理となってきているのでは、と思われます。周知の通り、放射性物質の拡散を防ぐ事は原発の廃炉だけでなく、国際社会の不信を和らげるためにも避けられない課題です。もはや、東電の汚染水対策など廃炉作業を担う部門を切り離し、政府関係機関と統合し、今、民主党からも提案されている「廃炉機構」の立ち上げをこの際は考える時ではないかと思料するのです。いま国家の危機管理を行動で示すときではないのかと、思いは深まるのです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)