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林川眞善の「経済 世界の

第17回 2013年と2014年の 狭間で‘経済のいま’を思う

2013/12/24

林川 眞善
 

 はじめに: 世界経済はいま

 今年の日本経済はアベノミクスで始まり、いまそのアベノミクスで終わらんとしています。そして、その姿は、未だ冴えを見せることのないグローバル経済にあって、日本経済の再浮上として世界の関心を集める処となっています。

 -American Primacy と中国の台頭

 さて、この一年、世界経済には今後の生業を規定していくことにもなる変化が次々に起こってきました。中でも、最たる変化と言えば、何と言っても年央を境に顕著となった米国の求心力の低下、米国パワーの衰退でした。その背景にあるのは、これまでも折に触れ指摘してきた処ですが、周知の通り、財政問題を巡る与野党対立の膠着化で政府機関の閉鎖や米国債のデフォルト不安を招いたこと、又、オバマ大統領の最大の目玉とされていた国民皆保険を目指す‘オバマケア’(オバマ大統領は今年3月法案に署名)の来年4月からの実施に備え行われた保険加入のための手続きが、システムの障害で頓挫したこと、等々で、一気に国民のオバマ不信が高まったと言うものです。
 更に外交面では、毒ガスを使用していたされる‘シリアへの攻撃計画’をロシア政府の強い要請で断念を余儀なくされ、ついには‘米国はもはや世界の警察たりえない’とオバマ大統領は公言するに至り、10月、アジアで行われた一連の首脳会議には、そうした国内事情を理由にオバマ大統領は全てを欠席したことで、これが米国のアジア戦略の後退を印象付ける処となったと言うものです。こうしたオバマ大統領の一連の行動は、結果として大統領の威信を大きく傷つける処となっています。そして、そうした大統領の揺らぎは、同時に米国のPrimacyを問う処となってきています。

 そのPrimacyがより高次のレベルで問われだしているのが、近時、東アジアを中心として急速に高まる中国の台頭です。つまり、これまで世界経済を主導してきた米国のそうした変化は、近時、そうした隙間をぬうがごとくに中国の世界経済への著しい台頭があり、これと相まって、グローバル経済の生業、ガバナンスのあり姿が変化し、それは地政学リスク構造の変化を齎す処となってきています。

 因みに、中国国防省は11月23日、東シナ海に防空識別圏(ADIZ)を設定しました。それは日本政府が2012年9月に尖閣諸島を「国有化」して以来、中国は周辺の海域・空域への侵入活動を一段と強化してきていますが、今回の設定はその延長線上にあると言うものです。つまりは、中国の目的は「日本を脅すことにある」(`Crossing a line in the sky’ ,The Economist,Nov.30.2013)というものです。

 その直後、バイデン米副大統領は日本、中国、韓国を訪れました。その目的は米国の外交戦略が、アジア重視にシフトしていることを、中国やアジアの同盟国に改めてはっきりと伝える事だったとされていましたが、日本と共に、その際は今回のADIZの設定に米国としても「深い懸念」を表明しています。しかし、これに対して中国は微動だにすることもなく、「米中両国の新しい形の大国関係を」と、主張するところとなっています。
 日米が睨みを利かせて挑発を封じた日々はもはや過ぎ、日中関係は周期的に緊迫を繰り返すことになる、という新たな環境が生まれてきたと言うことと言え、それはまた地政学リスクのニューノーマルと映る処です。

 いずれにせよ米・中の動きの如何が今後とも世界経済の生業を規定していく事になる、と言うものでしょう。とは言え、かかるコンテクストにあって、やはり自由主義、民主主義を枠組みとして、グローバル経済の持続的発展を目指すという点で、米国のPrimacyに世界の多くは期待を集めると言うものです。それゆえに‘オバマ大統領は、その信頼を取り戻せるか’がこれからのテーマとなる処です。というのも、リアルには、未だ3年の任期を残すオバマ大統領ですが、これがレームダックに追い込まれるようにでもなれば米国はもとより世界経済にとって極めて忌々しき事態を誘引しかねず、またオバマ大統領の行動の如何が地政学リスクを高める処ともなりかねません。その点からも彼の動き、彼への信頼の在り様が世界にとっても重大なイッシューとなる処です。

 偶々11月23日付のThe Economistは` The man who used to walk on water’(かつて奇跡を起こした男)と題して、オバマ大統領の政治行動についての特集を行っています。
 そこで、(中国については別の機会に論ずる事として)この際は、米国の可能性を見極めていくべく、具体的にはオバマ大統領にフォーカスし、その行動様式をレビューし、米国のPrimacyは今後どのような生業を呈することになるのか、上記特集を下敷きにしながら、検証していきたいと思います。

 -グローバリゼーションの生業

 もう一つ、これまでグローバル化を主導してきた米国、オバマ大統領の姿勢の揺らぎを映す変化として挙げられるのが、グローバリゼーションのトレンドにみる変化です。
 前回論考でも指摘したところですが、世界貿易の鈍化が云々され、昨今、経済のグローバル化の見通しが不透明になってきただけに、懸案のTPP合意への動きは、そうした流れに風穴をあけ、広域自由化圏の成立を切り口に世界経済の再生をと、期待されていました。しかし、オバマ大統領が目標としていた2013年中の成立には至らず、TPP交渉は越年という事となり、一瞬、自由化を巡るコンセンサスは後退か、と思われたものでした。
 しかし、幸いにも12月7日には、WTO、世界貿易機関の公式閣僚会議は多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)で、懸案となっている8部門の内、3部門(貿易円滑化、農業の一部、開発)について合意がなり、多国間の包括的な貿易ルール作りが前進することになりました。ドーハ・ラウンドは2001年11月にスタートし、12年間を経て漸く一部ながら合意を見たということですが、経済の停滞感を深める途上国が、TPPの進捗をも睨みながら、貿易の拡大を通じて成長をとする立場から譲歩することで合意したものと伝えられていますが、とにかくこれで、グローバル化を巡るコンセンサスが持ちこたえられた、と言うものです。

 -アベノミクス、そして新たな役回りを演ずる日銀

 さて、こうした国際経済での動き、変化は現在の日本が再生していく上で、極めてポテンシャルな機会となっているのです。冒頭指摘のアベノミクスの可能性もそうした変化流をどのように取り込めるか、という事にかかっていると言うものです。

 さて、この春、安倍首相の指名を受け日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、その就任直後、異次元と言われる大幅な金融緩和を実施し、景気回復への助走体制を固め今に至っていることは周知の処です。かかる日銀の行動が映すのは‘日銀は経済を支える中銀’としての姿勢を前面に打ち出してきたというものです。こうした日銀のとった行動様式は、実は米、英、EUの中銀に於いて既に見られる処で、つまりは、中銀総裁が当該経済運営に広く関与するようになってきたと言うことで、現下の世界の経済環境にあって注目すべき変化の一つとして挙げられる処です。

 12月13日付Financial Timesは、一面トップで黒田総裁の大きな写真を掲げ、同様指摘をしています。参考までに、その一部を、以下に紹介しておきたいと思います。

 ― While other central banks implemented similar asset-buying schemes to support their economies after the global financial crisis, the BoJ is in the unique position of having to battle a chronic fall in prices-15 years of deflation that he (Mr. Kuroda) said was ` deeply embedded in the economy and society’ .

 先進国における中銀と言えば、これまでは通貨価値の維持管理を一義とし、インフレ回避の金融政策を旨とする‘通貨の番人’として、政治とは距離を置き、従って経済政策の舞台ではわき役にあったとされるものでした。しかし近時、その中銀がまさに政策舞台のフロントに出てきたと言うことで、各国それぞれの事情は異なる処ですが、言うなれば経済システムの変化が中銀にそうした行動を取らせる処となってきたと言うものです。それだけに、今後の経済を考察していく上で、そうした中銀総裁の動きの如何は従来にまして重要なポイントとなる処です。

 処で、1920年代末期からの世界金融恐慌にあって、当時、英米独仏の4人の中銀総裁が恐慌からの脱出に向けて活躍し、その姿は当時、スーパー・スター的存在とされていました。しかし、彼らは結局、経済の再生を果たすことなく表舞台から姿を消していったのです。実は、そうした彼らの行動を詳細に分析し、2010年ピュリツアー賞(歴史部門)をとったLiaquat Ahamed著「Lords of Finance(偉大なる金融の王侯) ―the Bankers Who Broke the World、2009」、がこの秋「世界恐慌 」(吉田利子訳、筑摩選書、上下巻 2013年9月)として翻訳出版されています。その内容は、副題‘世界を破たんさせた4人の中銀総裁’が語る様に、彼らの行動様式を検証し、当時のような嵐のなかで海図のない海を乗り切っていくスキルこそが結局は彼らの評価の明暗を分ける、と今日への教訓を示すものとなっていますが、それは今日の中銀総裁の今後を占う上での反面教師ともなるところです。
 そこで、現在のスーパー・スターとされる日米欧の中銀総裁の経済支援の姿を、当時の彼らと比較しながら今後の可能性、等について検証していきたいと思います。

 以上、世界経済の今を特徴づける変化、三題、‘米国のPrimacy’、‘第2幕に移ったアベノミクスの課題’そして、‘新たな役回りを担う日銀’について検証し、以って、新年に備える事としたいと思います。


 1.米国のPrimacyとオバマ米大統領
 
 前述概略の通り、オバマ政権は対内的、対外的に求心力を失い、これまでのアメリカが誇ってきたPrimacy、つまり世界のリーダーとしての権威を痛く傷つける処となっています。
 オバマ政権が2期目を迎えた今年2013年は1期での成果を掲げて更なる前進を、となる筈の処、皮肉にも米国の政治の停滞を世界に印象付ける年になり、アメリカのPrimacyが問われる年にもなったと言うものです。

 米経済は失業率の改善、鉱工業生産の上向き、等回復基調が伝えられてきていますし、米議会では来年度以降の予算問題について超党派財政協議での合意もなるなど、明るい材料が見られる状況にある処です。しかし、それもこれも、‘オバマ大統領は信頼を取り戻して行くことが出来るか’、にかかってくる処です。もとより、これが来年以降の世界経済の生業を考察していく上での重要なカギとなると言うものです。そこで、前述リファーした英誌The Economistの分析を下敷きに、その可能性を検証していきたいと思います。

 (1)オバマ米大統領と国民の不信感

 そもそも米国の大統領は、直接選挙により全国民(有権者数:2億3千人、2008年)から選ばれ、従って世界でも最も大きな政治権力を持った存在とされるものです。勿論そこには国民の大統領に対する信頼があっての話です。そして、ここで認識されるべきは、最も重要な権力とは、拒否権でもなければ、ミサイル発射権限でもなく、それは人々を圧倒する説得力にあると言うものです。つまり、米国大統領が語れば、世界が耳を傾けるという状況が生まれるということで、それは、まさに米国のPrimacyを誇示する瞬間ともいうものです。だからこそ米国大統領にとって‘信頼性’が最も問題とされる所以です。

 さて、バラク・オバマ大統領は、いまその求心力を失いつつあり、それ故に世界経済の生業も不安定なものとなってきていると言われています。その背景は、本稿‘はじめに’で記した通りで、内政的には上下両院の捩じれ状況下、民主・共和の対立の硬直化で、新年度予算の審議の停滞、政府機関の閉鎖騒動、デフォルト・リスクの顕在化があり、更にはオバマ大統領の最大の政策事案たるオバマケア実施に備えた行政の不備で国民は決定的に不信感を強めたと言う事情にあり、外交的にはこれら問題を理由に政策の軸足を国内にシフトさせ、国際的にも信頼感を弱める処となっていると言うものです。

 問題は、では国民からの信頼を回復させ、大統領の求心力を回復させることが出来るかという事になるのですが、その問題の所在は明らかですから、これらにどう取り組んで行けるか、にあると言うものです。そこで、オバマ大統領が最大の政策事案とする‘オバマケア’に絞り、国民が不満を高めるに至った事情をドキュメンタリ・タッチで以下、レビューしてみたいと思います。

 -オバマケア

 オバマケアは、一言で言って、数千万人の保険未加入者に医療保険を拡大することとし、全国民に保険加入を義務付け、未加入者には罰金を科すことを基本方針として、来年4月からの実施を予定するものでした。これには、税金が余計な使われ方をするとして、テイパーテイ、共和党からの強い反対が起こっていることは周知の処です。そんななか、10月1日には、加入登録が始まったものの 多数の国民が登録サイトへのログインを試みてもログインできたのは極少数で、サイトは前もってきちんとテストされていなかったことが判明し、しかもオバマ大統領にとって最重要プロジェクトでありながら、明確な責任者が存在しなかったという事が判明したという事でした。更に11月に入ってオバマケアの計画の修正が相次いだことから大統領の力を著しく弱めてしまったのです。

 つまり、11月に入って不適格保険の継続容認をオバマ大統領が発表したのに続き、小規模事業者(従業員の多くは無保険者)向けのオンラインの保険市場「SHOP」システムの準備が間に合わず、11月末に先送りされていたのですが、これが更に1年先延ばしになったというのです。またオバマケアの中核となっていた個人向けオンライン保険市場「エクスチェンジ」についても、加入手続きが技術的不具合から、1か月以上その状態が解消されないままにあるのです。つまり、オバマ大統領は、巨大な改革を全米で一斉に導入しようとしたのですが、やり方があまりにも不用意だったと言いう事で、加入手続きサイトの修正に時間がかかればかかるほど、オバマケアの失敗する可能性は高くなると言うものです。

 更に悪いことに、こうした一連の事態を通して米国の有権者がオバマ大統領の誠実さを疑い始めているという事です。オバマ大統領は、医療保険改革をPRする際に現在の自分の医療保険が気に入っているのなら、「その保険を継続することが出来る。絶対確実だ」と有権者に何度も説明したと伝えられていました。米国市民はその大統領の言葉をそのまま信じていたと言うのですが、10月になって、それまでの保険契約が解約されることを知り、多くの人が激怒したと報じられています。

 こうした医療保険改革を巡る混乱は、議会での他のあらゆる事案を片付けるのを難しくする一方、オバマ大統領への信頼を損ねる事となり、彼の言葉に耳を貸すこともなくなってきたと言うものです。

 -信頼回復の可能性

 では、オバマ大統領は失った信頼を取り戻すことはできるか、という事ですが、その為には、とにかく医療保険加入サイトの修正を最優先事項として早急に進めると言う事でしょう。そして可能性があるとされる事案について、例えば現在進めつつあるものとして移民改革がありますが、これは段階的に少しずつ取り組んでいく用意があるという事ですから、それを着実に進める事でしょう。更に大きな栄誉となる可能性のある施策として、米国財政の長期的な是正に取り組むことと思料されます。共和党が一部の増税を受け入れ、民主党が社会保障費の削減を容認すれば実現は可能と予想されています。今のままではブシュ前大統領と同様、財政危機という迫りくる氷山を無視した船長として歴史に刻まれるはずです。もはや「オバマ大統領には失うものはない」とは英エコノミスト誌の言です。それだけに、この際は、これら事案について、一歩一歩関係者の協力を得て、その解決に注力する姿を国民に示して行く事しかないものと思料するのです。この12月10日には迷走を続けてきた米議会の財政協議がようやく合意に達した由で、上下両院が関連法案を可決すれば政府機関が再び閉鎖される事態は回避されることになるわけです。これを政権への信頼に結びつけるよう努力すべきというものです。尤も、来年2月には債務上限引き上げの期限を控えており、当面は綱渡りの財政運営が続くと言うものですが。

 (2)オバマ外交の現実

 もう一つ米国のPrimacyを問う問題としてあるのが、米国の‘外交戦略の揺るぎ’です。
 現在、国外ではオバマ大統領は弱腰で無関心と見なされ、同盟国の不満を招いているとされる処で、こうした事態はオバマ大統領に対する信頼を大きく揺るがす処となっています。
 例えば大統領が主張する「アジアへの旋回」戦略についても、中国に脅威を感じさせてはいるとはいえ、他のアジア諸国に、危機の際に米国が助けてくれるという確信を与えているわけでもなく、多くの人がオバマ大統領の言葉を疑い、実行力の無さを指摘するのです。現実には、先の10月のアジアにおける一連の首脳会議にオバマ大統領が欠席したことはオバマ大統領が主張してきたアジア戦略の希薄化を意味するものであり、関係諸国のオバマ大統領に対する不信感を深める処となっています。

 -揺れる米国の対中姿勢

 そうした定まらない外交姿勢は、中国が防空識別圏(ADIZ)を設定した時点で更に鮮明となっています。11月23日、中国は防空識別圏を設定しました。かかる措置については既にコメント(P.2)していますが、このADIZを巡る米国の対中姿勢を見るとき、米国の軸足がどこにあるのか極めて不透明で、これこそが米国のPrimacyが問われると言う処となっています。
 つまり、12月3日の東京でのバイデン副大統領と安倍首相との会談では‘この「防空圏」を黙認せず、共同で中国に対処していく’旨で一致した、と先(P.2)にリファーしたところですが、後刻、ヘーゲル米国防長官は「設定自体は珍しい事でもなく、最大の懸念は一方的になされたことだ」とする他、米軍制服組のトップ、デンプシー統合参謀本部議長は「最大の問題は中国が設定した事ではなく、厳しく運用しようとしていることだ」とコメントしているのです。しかし、5日には一転、米大報道官が「防空圏を認めず、受け入れもしない」(日経、12月7日付)と言いきっているのですが、米国はどちらに軸足を置いているのか不透明というものです。

 (3)オバマ大統領はもはや奇跡を起こせなくなった

 かつてバラク・オバマは黒人として初めての米国大統領になったことで、彼は奇跡を起こした男と言われたものでした。しかし、上述事情に照らすとき、いまや信頼回復という‘奇跡を起こせなくなったオバマ大統領’というのが多くの認識となってきています。

 それでも、やる気と自身に満ちた大統領ならものにできるチャンスはあると上記英誌は言うのです。「中南米などの多くの地域に関してはもう少し注意を払うだけで、目覚ましい成果をあげられるだろう」と。そして、「自由貿易協定は大西洋や太平洋をまたいだ同盟国の結びつけを強めるはずだ。中国はアジアでの勢力を広げすぎ、国内でも多くの問題を抱えている為、オバマ大統領に世界の安定を保ってもらう必要がある。オバマ大統領が中国とより良い関係を築くことが出来れば、どちらの国にとっても大きな利益になるだろう」と。

 -日米役割分担の再考

 さて、かかる環境に置かれた米国ですが、依然、経済大国として相応の役割が期待されることには変わりのない処です。実際、国内でのオバマ大統領への期待度はともかく、‘比類のない軍事力、網の目のような同盟国、そして世界中でソフトパワーを持つ米国は今でも世界にとって、なくてはならない国’(上記エコノミスト誌)であることに変わりはありません。こうした認識と新たな環境にも照らし、同盟国、日本として米国にどのように向き合っていくべきか、が改めて課題となってくる処です。それは、3年後を見据えた日米間での役割分担を再確認すること、そして世界経済への貢献が可能な政策に絞り、それを具体的プログラムに落とし込み、着実な実施に向け共同歩調を図る事、と思料する処です。


 2.舞台は第2幕のアベノミクスとその課題

 今年、1月4日、安倍政権は「3本の矢」で構成される成長戦略、アベノミクスを発表しました。そして、いま一年が過ぎようとしています。周知の通り、第1の矢は、デフレからの脱却を目指した金融政策。第2の矢は短期的には日本の経済の下支えを、長期的には財政の安定を目指した柔軟な財政政策。そして第3の矢は投資の拡大と経済のトレンド成長率の引き上げを目指した構造改革でした。

 つまり、この3月、安倍首相の意向を受けて日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、4月には、2年程度の期間を念頭に、インフレ目標を2%として異次元の大幅の金融緩和を実施していますが、その結果、それまで続いた円高、株安が解消され、企業収益が改善する等、自律回復に向けた動きが始まり、その景色は一変してきています。そして黒田総裁は、日本経済をインフレにするのに必要な事は何でもやるとの決意を明らかにしています。今日本経済は新しい金融政策に支えられ、景気の循環的な上昇を謳歌するが如きの様相にあります。政府の12月、月例経済報告では「デフレ」の表現が消える由で、であれば4年2か月ぶりという事です。舞台は第2幕に移行したと言う処です。

 とは言え、企業の投資や雇用に対するスタンスは、慎重さが残る処であり、経済の好循環が強まってきたとはまだまだ言えない状況にあると言うものです。12月13日付Financial Times紙上インタビューでは、黒田日銀総裁は、日銀の新しい政策は金利の引き下げ、比較的リスクの高い資産の保有増加、そしてインフレ期待の引き上げの3点を通じて経済に影響を及ぼすこととしながら、現状は「まだ道半ば」にあるとの判断を語っているのです。

 -アベノミクスの課題

 今年に入ってからの日本経済は異次元の金融緩和の効果として、プラス成長で推移してきています。これら成長を牽引してきたのは内需ですが、その内容は公共投資、つまり第2の矢とされる政策誘導によるもので、従って予算との関係で、期を追って漸減傾向にある処です。(成長率は、第1四半期:4.1%、第2四半期:3.8%、第3四半期:1.9%)この点、持続可能な成長を確保してゆくには、云うまでもなく民需の活性化が不可欠という事になる処です。つまりは金融・財政政策に加え、民需を刺激する成長戦略とそれを支える構造改革、つまり問題は第3の矢にあると言うものです。

 その点、安倍首相は12月9日、臨時国会閉幕を前にして行った記者会見で「成長戦略の更なる進化を図るために、雇用・人材、農業、医療・介護といった構造改革に取り組む。そして年初にその実行計画を明示する」と明言し、骨太の方針で掲げる実質2%成長を目指すとするのです。これなどは何度も言われてきたことで、特段の進捗も見られないと言うのも現実ですが、とにかく期待したいと思います。

 ただ、政府が目指す野心的とも言える実質成長率を2%に引き上げんとするには、現在の生産年齢人口は年率0.7%ほどのペースで減少しているなかで、この目標を達成するためには就業者一人当りのGDPを年2.5%に近いペースで伸ばす必要がある処ですが、過去20年間、欧米諸国の生産性のトレンド上昇率がそのような高水準に達した例がないのです。仮に生産性改善の余地があるとすれば、それは主にサービス業にあるとされる処ですが、これには社会的・経済的な大変動が避けられず、これが現在議論されているような生ぬる改革ではとても無理というもので、こうした事情を勘案するとき、日本は精々年1〜1.5%の成長率を挙げれば御の字(Financial Times,Dec.18)という処でしょうか。

 もう一つ、今回の税制改革に絡んで思う事は、GDPに占める消費の割合を高めなければ、経済の活力を財政再建に結びつけることはできないという事と思います。つまり、家計の貯蓄率は低く、企業にはいま膨大な余剰資金が発生しているのですが、その企業からの所得移転が起こらない限り、消費の割合は高まることにはならないのです。それでも投資の拡大を、という事でしょうか。
 とにかく、いま政府がやるべきは、時代遅れの規制を更新し、民間企業や金融機関が自由に活動できる環境を整備すると同時に所得再分配が合理的に稼働するシステムに持って行く事と思料するばかりです。


 3.経済を支援する中銀総裁
         
 さて、アベノミクスに映る今日の日銀の姿は、前述のとおりで、‘経済を支える中銀’としての姿を強く印象づける処となっています。日本経済に於ける新たな変化というものです。ただ、そうした中銀の姿は新しい事ではなく、欧米での中銀は早くから、そうした役回りを担ってきており、紆余曲折を経て今日に至っているのです。

 -大恐慌時代の4人の中銀総裁

 そうした歴史の中でも、興味深いのは1920年代末から30年代に活躍した4人の欧米中銀総裁(注)の行動です。彼らは長期間、世界経済の舞台の中心にいた人物で、それだけに彼らを通してみることで和平の失敗、戦争債務と賠償、ハイパーインフレ、困窮する欧州と好景気に沸くアメリカ、等々理解しやすいとして、アハメドは、彼らの行動を詳細に分析するのです。

(注) 欧米中銀総裁:イングランド銀行「モンターギュー・ノーマン総裁」、
連邦準備制度(NY連銀)「ベンジャミン・ストロング総裁」、
独ライヒスバンク「ヒヤルマール・シャハト総裁」、
フランス銀行「エミール・モロー総裁」

 彼らは時の経済に真剣に取り組み、それこそ、それまで認知される事の薄かった中銀の立場を、認知させていったと言われるのですが、結果は経済恐慌を完治することなく、舞台を降り、いつしか忘れられた存在となってしまったと言うものです。彼らが目指したことは当時の不況からの脱出であり、経済の再生でしたがその点では、今日のアベノミクスもまた米FRBの金融政策も趣旨は同じと言うものです。
 ただ基本的な違いは金本位制度の下での不況からの脱出政策であったわけですが、彼らはその金本位制度の堅持に努める結果、自縄自縛となって姿を消していく事になったという事でした。実は、こうした金本位制度に囚われた金融政策を批判していたのが当時、コメンテーターとして台頭していたのがJ.M.ケインズで、後に、彼はそれらを一般理論(1936年)として体系づけていくのです。

 序でながら、筆者はアベノミクスを検証していく過程で、これまで昭和初期の高橋財政に触れてきました。というのも高橋財政の行動様式は大幅な金融緩和と財政出動を進めて、当時の景気回復をはかったと言うものですが、これがアベノミクスを裏付ける行動様式でもあったからでした。しかも是清は、それまでの金本位制度を離脱し(1932年1月)、従って金の保有量に縛られることなく自由裁量で通貨発行を行う、後日いう処の管理通貨制度的な対応を実践するものでしたが、ケインズ理論が世に出る4年前に既に日本の財政家、高橋是清によって実施され、成果を上げたというのです。

 さて、スター的存在となっていた4人の総裁は、並々ならぬ力と極めて高い権威を持ち、再三に亘りミーテイングを持ち情報交換を続けるなど協力体制をも敷いてきていました。にも拘わらず、事態を巡る環境の変化の真相を理解することなく、言うなれば既成路線の政策に終始した結果、世界経済の不況を長引かせ、自らも自爆していったという事で、アハメドは、以下のように指摘するのです。

「世界の中央銀行総裁や財務省幹部、閣僚を観察していると、金融パニックに対応する魔法の弾丸、シンプルな処方箋はないという教訓がいまさらのように身にしみるだろう。不安な投資家をなだめ、過敏で臆病な市場を鎮静化させようとする中央銀行総裁たちは極めて基本的な、そして予測の難しい大衆心理との格闘を求められる。このような嵐のなかで海図のない海を乗り切っていくスキルこそが、結局は彼らの評価の明暗を分けるのである。」(「世界恐慌」P.29)

 要は環境の変化を理解し、その変化に如何に対応していくか、タイミングを失しない、的確な取り組みが、問われることになると言うものです。

 -現代の4人の中銀総裁

 前述、1920年代の中銀総裁同様、現下の中銀総裁も前面に出て経済政策に深く関与するようになってきたことは先述の通りです。つまり、リーマン・ショックで傷んだ経済を再生させるべく、金融システムをテコ入れし、通貨供給の拡大を図り、まさに経済を支える中央銀行としての存在感を、前面に打ち出していたと言うものです。しかもその行動は、世界的に概ね歩調をそろえる形で進んできています。それは、組織としての中銀というよりは中銀総裁の力がそうさせてきたと言われる処で、それは国際的に共通して中銀総裁がスターと位置付けられるまでに変化してきたと言うものです。
 その点で、今後、日本を含め世界経済のトレンドを見極めていくうえで、彼らの行動様式を注意深くフォローしていく事がより不可欠とされる処です。

 現在いわれる4人の総裁として挙げられるのが、米FRBのベン・バーナンキ議長、欧州ECBのマリオ・ドラギ総裁、日本の日銀黒田総裁、そしてイングランド銀行のマーク・カーニー総裁、です。この内、バーナンキ議長ですが、M.フリ−ドマンの信奉者と言われ、積極果敢な金融緩和で、米経済を恐慌の瀬戸際から救い出したとして評価される仁です。マリオ・ドラギECB総裁は、無制限の国際購入を宣言、南欧諸国の破綻の危機を救う「ドラギ・マジック」を見せ、評価されている仁です。次に黒田日銀総裁については、周知の処で、4月の異次元の金融緩和で日本経済再生への道筋をつけ、「異次元の金融緩和」で円安とも相まって日本経済の景色がらりと変ったというもので、積極緩和を継続中というものです。そしマーク・カーニーイングランド銀行総裁ですが、リーマン危機から母国、カナダを守った敏腕を見込み、英国がスカウトした銀行家です。一国の政策が他国に直接的な影響を与えていく現下の環境にあっては中銀総裁にはいまやマエストロとしての才覚が求められると言うものですし、前述引用のアハメドの指摘する処というものです。

 -中銀総裁の‘力’の背景

 処で、中銀総裁が何故に力を持つようになったのか、ということですが、それは、固定為替相場制の下では財政政策が、変動為替相場制の下では金融政策が、より効果を発揮するというメカニズムが、昨今の財政問題対応との絡み合いで、そうした取り組み対応を促すことになったと言うものです。

 因みに、変動相場になってからの米国では、ポール・ボルカーFRB議長(1979年就任)は強烈な引き締めでインフレの息の根を止めたとされ、そのあたりからFRB議長の存在感がぐんと増してきたと言うもので、後継のグリーンスパン議長は、20年ほど君臨し、マエストロと呼ばれるまでに(尤もやりすぎで、バブルを作った元凶とも批判されてはいますが)なっています。もう一つは、社会保障負担の増加で、景気対策での財政出動の余地が狭まってきた事、また財政措置は議会との関係で機動的に動きにくいという事から、結局は‘財政より金融を’と言う事が受け入れられやすくなった、と言うことです。こうした経済の生業の変化が中銀の役回りの重さを高める処となってきたと言うもので、その分、経済動向を測っていく上で、彼らの思考様式の背景を理解していく事が、従来に増して、重要な要素になってきているのです。

 -中銀だけで経済再生は果たせない

 勿論、中銀の器量だけで経済のピンチは避けられるものではなく、例えば現在の「アベノミク」にしても、さて「クロダノミクス」を差し引くと、何が残るか、と言うことになる処でしょうが、いま、その部分をどのように埋めていくかが問われているわけで、それこそは、持続可能な経済を確立することであり、それには構造改革を含めた成長戦略の実行なくしては達しえないこと、先述の通りというものです。
                                    
 おわりに :今年の顔

 いま、歳の瀬という事で、各メデイアでは今年の顔はWho ? とにぎわっています。本稿冒頭で触れたようにアベノミクスで始まった日本経済は今、そのアベノミクスを以って越年しようとしています。これまでの15年間というもの、日本経済は沈滞し、世界からはお呼びではない状況を託つ処でしたが、この1年、アベノミクスという日本経済回復のシナリオの下、漸く回復が軌道に乗りだし、同時に世界経済への日本の再登場を実感させ、「アベノミクス」はいまや世界での経済用語ともなっています。という事で好き嫌いはともかく、今年の顔はと、言えば「安倍晋三」と言えるのではないのでしょうか。

 さて、12月20日、政府は来年度一般予算案を決定しました。その総額は95.9兆円、過去最大とされる歳出規模となっています。歳出増の主たる費目は、医療機関の収入である診療報酬、来年春の消費税引き上げに伴う需要の冷え込み対策としての公共事業、そして防衛費ですが、これらは財政健全化の政策方向とはいささか違う形、と見えると言うものです。とりわけ2年連続の防衛費の増大は、対中国で警戒を強める首相官邸の意向をうけたものと伝えられていますが、正直、庶民感覚として気になる処です。

 現実に、この暮れに入ってからというもの、国家安全保障会議の設置、特定秘密保護法の制定、武器三原則の見直し、等々軍事色の濃い行動が積極的平和主義という名の下に進められ、これまでの平和主義とされてきた枠組みが次々に壊されて行く様相にあるように見えてなりません。現在の中国の日本に対する脅威に反応して国民の多くは感情的に軍事的対応を支持する処と映ります。しかし、そうした国民感情に流され、フォローする政治の行く先には多くの場合、必ずや困難な状況が待っていると言うものです。勿論、安全保障をどのように確保するかは国として極めて重要な事案です。

 ただ、世界のなかの日本が復活してきた今、安倍首相には、彼が‘師’と仰ぐ高橋是清が旨としたリベラルなそして国民を第一義とする国家観を今一度学び、アベノミクスの勝利と国民の幸せを確実にし、併せて世界に貢献する日本経済の創造に積極的に向かっていって貰いたいと、新旧、年の変わり目で思うことしきりというものです。
                                 
    Merry X’mas and A Happy New Year to you all !

以上(一部敬称略)
  
 

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2013/12/31