― 目 次 ―
はじめに:‘Gゼロの世界’のリアル
1.‘Gゼロの世界’を揺さぶる三人の人物
2.‘いま、日本の取るべき行動を考える
おわりに:日米首脳会談の課題
はじめに:‘Gゼロの世界’のリアル
‘Gゼロの世界’とはいまから2年前、米国の政治学者、イアン・ブレマー氏が以下の趣旨で世に送り出し、いまや人口に膾炙する時事用語とされるものです。(注)
(注)`「Gゼロ」後の世界’ イアン・ブレマー(日本経済新聞出版社、2012)
-Every Nation for Itself – Winners and Losers in a G-Zero
World, 2012
周知のとおり、第2次世界戦争後の世界運営は、米国がリーダー役となり、その後は主要国が協議に参加するG7、G8,G20へと、バトンがつなげられてきています。しかし、現在では、個々の国にリーダー役を担う余裕はなく、先進国と新興国からなるG20も、政治的、経済的価値観が共有されないため、限界があり、リーダー役不在の状況になっていると評される処ですが、その状況を指して彼は‘Gゼロの世界’と呼ぶのです。この‘Gゼロ’という状況が、いまリアルに感じられ、また、その変化が目の当たりとされる処となっています。
具体的には、3月に起こったロシアのプーチン大統領によるクリミアのロシアへの編入事件をきっかけとして世界の構図が流動化し始めたというものです。つまり欧米諸国はロシアの行動は武力で領土を拡張するものと強く批判し、ロシアとの対立を深める一方、この間、経済大国となった中国は対ロシアでは中立的立場を堅持しながら、米国、並びに欧州諸国との関係強化を進めるなど、夫々がそれぞれのinterestを前面にして行動する姿を目の当たりとする時、新たな‘Gゼロの世界’を実感させられるというものです。
因みに、Financial
Times(2014/3/28) は `How the best of times is making way for
the worst’ と題したコラムで、‘Russia’s annexation of Crimea has
upturned the assumption that states cannot extend their
borders by force. Rising tensions between China and its
neighbors undercut the supposition that economic
interdependence is a sufficiently sturdy bulwark against
nationalism.’と、 つまり、‘ロシアがクリミアを編入したことで、武力で領土を拡張することはできないとした前提は崩れたこと。そして、近時の中国と近隣諸国との緊張の高まりは、これまで経済的相互依存関係があれば、仮に国家主義が台頭しても、十分に対抗できるとしてきた見通しをも危うくしている’と、世界がまさに転換期にあることを示唆するのです。かくして2014年3月を、東西冷戦後の世界の運営システムの前提が崩れ、まさに変化するGゼロの世界を露にした瞬間として、後世に伝えられていく処と言えそうです。そしてそれは、第2次世界大戦以前の‘力’が優先する状態への先祖かえりの様相を呈しているようにも思えるのです。
さて、その変化を生み出しているのが三人の人物、つまりポジティブなスタンスで事態を変えていこうとするロシアのプーチン大統領と中国の習国家主席、そして、この二人が起こす変化に対峙することで変化を促す、つまりパッシブなスタンスで動く米国のオバマ大統領なのです。
そこで、この変化を演出する3人の行動を通じて見えてくる新しい世界の現実を眺めながら、その中にあって日本の取るべき方向をどう考えていくべきか、事態は些か流動的ですが、4月24日の日米首脳会談をも控え、考察していきたいと思います
1.‘Gゼロの世界’を揺さぶる三人の人物
−プーチン露大統領・習近平中国主席、オバマ米大統領
(1) クリミア併合を強行したプーチン大統領
― そして、ロシアはアジアを向く
2月22日、ウクライナで起きた政変、つまりそれまでの親ロシアであったヤヌコビッチ政権が倒され、それに代わって親欧州の政府が暫定樹立されたのをきっかけに、ウクライナの自治共和国、クリミアのアクショーフノ首相はロシアに逃亡すると共に、下院に対してプーチン大統領に当該情勢への介入を要請。3月1日、ロシア議会がプーチン大統領にこれを容認したことで、実質的クリミアのロシア編入を進めるべくロシアは軍事展開を進め、3月18日にはロシアはクリミア半島の併合を果たしたというものです。
ロシアが本格的な軍事介入を見せた事情は、親欧州のウクライナ新政権に対して、ロシアの権益を守るよう圧力を強めるためとされているのですが、東・南部で多数派のロシア系や親ロシア派住民の保護に加え、黒海艦隊基地の維持やウクライナを通る欧州向け基幹ガスパイプライン、ロシア企業によるウクライナへの投資の安全確保を狙うものと云われています。そして、更にウクライナの新政権がEUと包括的な関係を強める事を念頭に置いている由で、とりわけロシアにとって譲れないのが、ウクライナがNATOに加盟することにでもなれば、緩衝地帯がなくなるということで、これはどうしても避けたい、との思いにあると伝えられています。
偶々ハーグで開催の核安全保障サミット会議に出席の為、集まった先進7カ国のトップは3月22日、緊急G7会議を開催し、ロシアの行動は暴挙と非難すると共に、当面G8メンバーから外すことを決定したのです。この瞬間、東西冷戦後の世界統治の枠組みが崩れ、Gゼロの深化を実感させられる処となったと言うものです。そして、このサミット会議に欠席したプーチン大統領こそが、皮肉にも主役だったと映る処です。
これまでG8は東西冷戦後の世界を仕切る‘グローバル・システム’とされてきました。振り返るに、1989年にベルリンの壁が、そして1991年には旧ソ連が崩壊したことで、東西冷戦は終結を見たわけです。そして1993年の東京サミットではロシアのエリツイン大統領はG7サミット会議に「プラス1」として招聘され、1998年の英バーミンガム・サミットからG8首脳会議として正式に始まったのです。こうした経緯は冷戦後の緊張緩和を意識した先人たちの努力に負うものとされていますが、中でも1984年12月、英サッチャー首相が、当時、ロンドンを訪問中のゴルバチョフ第2書記(共産党書記長就任:1985年3月)をもてなし、「彼ならいっしょに仕事ができる」と持ち上げた逸話は有名ですが、これが西側指導者として初めて仲間と認めた分水嶺と言われています。そして1991年の旧ソ連の崩壊を以って東西冷戦が終結し、その後は上記の経過を経て国際秩序は徐々に形成され今日に至ったと言うものでした。
しかし、今回、ロシアをG8より外すという決定で、再び、世界はどういった形で運営されていく事になるのか、大きなテーマが迫る処となったと言うものですが、プーチン大統領は意に介することなく、もはや独自路線を進むといった様相にある処です。
と言うのも、イランや北朝鮮の核問題対応問題、オバマ自身が云う「核なき世界」の構築といった課題はロシアの協力なくしては進まないのが現実です。つまり、グローバル化の深化で、世界の秩序を維持していく為にはロシアの協力を得ずしては回らない現実があるという事です。一方その現実を仕切ってきたのが米国だったわけですが、そのパワーが後退してきているのももう一つの現実です。彼がG8メンバーから外される事を意に介さずという様相にあるというのも、そうした現実を見透かした上のことであり、同時に彼にはBRICSという場、更にはG20という場があり、それに軸足を移して影響を発揮していけると判断しているものと憶測される処です。つまり、そうした現実を踏まえ、プーチン大統領としては、G8から排除されても痛くもかゆくもないという環境が残されていると言うものです。
もう一つ、そこにはクリミア併合事件に拠る欧米との関係悪化で、ロシア政府はアジア・シフトを加速させる状況にあるという事です。
4月4日付Financial
Timesは` Moscow looks east as it seeks to rebalance trade’
と題しロシアのアジア指向の強まる様子を語るのです。つまり、ロシアの日中韓、3か国との貿易総額は昨年、合計1500億ドルで欧州との貿易額の三分の一程度、2012年末時点での対ロシア直接投資残高は4960億ドル、これに比しアジア3か国による投資残高は僅か61億ドルにすぎません。しかし、ロシアと欧米との関係悪化が、この状況を変えていく事になると、現地アナリストの見方を踏まえ、指摘するのです。そして「プーチン大統領は長年、東方シフトについて語ってきた」こと、そして「ウクライナ危機は、その早期前進にイデオロギー的にも合理性をあたえるもの」と、外交・防衛政策会議のフヨードル・ルキヤノフ議長の指摘を伝えるのです。勿論その際のカギは中国ですが、目下懸案とされるロシア国営企業ガスプロムによる中国向けガス供給プロジェクトこそは、その試金石だと言うのです。
更に同紙は、ロシア政府は中国と他のアジア諸国とのバランスを取ろうとしていて、「日本は技術のsource
(源泉)として、韓国は投資のsourceとして見られている」(カーネギー財団モスクワ・センターのトレーニン所長)と言うのです。
かくして、プーチン大統領は先進民主主義の諸国からは暴挙と非難を浴びせられていますが、ロシア国内でのプーチン大統領の支持はといえば80%と驚異的数字となっているのです。その背景にあるのがプーチンの‘力’だと言われています。因みに、プーチン大統領は自身をツァー(ロシア皇帝)の再来と考えているとも伝えられ、彼の力による行動はロシアの失地回復を狙うものとされている処ですが、クリミア危機をトリガーとして強まるロシアのアジア指向は、中国はもとより、米国のアジア指向とまじりあう事で、アジア地域は新たな地政学的リスクとの対峙を余儀なくされていく事になっていくものと思料されるのです。
(2) 世界第2の経済大国を自負する中国習主席の行動
経済大国となった中国は、新興国代表として先進国に対するポジションを確保する意味も含め、対ロシア(クリミア問題)については中立を装いながら、3月のハーグでの核安全保障サミット会議への出席の機会を捉え、習主席は、先進主要国首脳と逐次個別会談を持ち、中国の存在を際立たせたのです。
まずオバマ大統領との会談では、習主席は再び「新しい大国関係」を唱えるなど、中国の位置づけを鮮明とすべく動き出し、オバマ大統領も昨年6月の米国での両首脳会談内容を一歩進めることを確認し、米中の「新型経済大国関係」の構築に向けた反応を示したと言われています。
また、独メルケル首相との会談について、3月29日付Financial
Timesでは一面に2ショット写真が掲載され‘China and Germany see eye to eye
‘ とその親密さがアピールされると共に、中独間での政治経済に係る協定が成立したと、両国の連携を大きく報じています。 因みに、4月5日付The
Economistでは、Chinese companies’ German shopping spree is
benefiting both sides,
と中国企業が2013年に買収したドイツ中堅企業(ミッテルシュタント)数は25社と数年前の3倍になっていること、そしてその狙いは技術だけでなく経営のノウハウの取得にもあり、ドイツの場合、米国とは異なり、買われる側も後継者問題の解決になると歓迎しているようだ、と報じているのです。
更に、3月31日にはベルギーのEU本部でファンロンパイEU大統領、バローズ欧州委員長らと会談、中国とEUは包括的な戦略パートナーシップを深める共同声明を発表していますが、欧州側にも中国との接近を示唆する動きが浮き彫りされると同時に、中国の存在を際立たせる処ともなっています。
因みに、中国については2020年代にGDPで米国を抜き世界一になるとの見方が有力視されていますが、先の欧州でのスピーチで中国の軍事支出の拡大を問われた習主席は、国の規模に応じた対応と云い退けていますが、であれば経済大国は軍事大国に変貌し、世界で強い影響力を持つことになる、と見られる処です。まさにアジアの盟主を目指さんとする姿勢を映す処と言うものです。序でながら、これまでイスラエルにとって安全保障の要として来た米国が軍事費削減で中東への関与低下が予想される中、イスラエルは近時、インフラ整備に中国を組み込む等、中国接近を図る処ですが、これも、そうした経済関係を通じて安全保障を担保していかんとする戦略と推測される処です。
かくして中国を巡る環境変化が新たなベクトルとなって動き出してきている事情がリアルに感じられると言うものです。
勿論、中国の将来については極めて不透明と言わざるを得ません。伝えられる処、中国は内部に多種、多様な困難を抱えており、共産党のイデオロギーの正統性も失われつつあるとも言われています。であればあるほど、中国は国内のナショナリズムの支持を得ようと、近隣国との紛争を起こしかねない、そうした事態への懸念は大きく残る処ですし、その点、中国の唐突な行動に出る事態にも備えておかねばならないと思料される処です。
(3)米国オバマ大統領の存在感
今回の核安全保障サミット会議(3月24・25日 於オランダ・ハーグ)は元々オバマ大統領の呼びかけで、2010年4月12日、米ワシントンでスタートしたものですが(当時のホスト国は日本、議長国は米国)、初日開催の直前、クリミア事件に関し、オバマ大統領は先進主要国首脳に呼びかけ緊急G7会議を開催。そして、武力による威嚇で主権国家の一部を奪うようなロシアの行為は容認できないと非難声明を纏めると共に、クリミア編入の撤回をロシアに迫ると同時に、ロシアのG8メンバーからの排除、そして今年6月、ロシアのソチで予定されているG8首脳会議への不参加と、ボイコット宣言を取り纏めるなど、主要7か国首脳会議を束ねたその行動は、世界の警察官を降りると宣言した昨年の10月以来、久し振りに米国のイニシアテイブを感じさせるものでした。
加えて、オバマ大統領は前述のように中国と協議しながら、歴史認識で冷え切った日韓の間を取り持つなど、今のオバマ大統領の外交にはリアリズムに徹したものを感じさせられるというものです。
とは言え、欧州の実情は、石油等エネルギー供給についてロシアに依存する関係もあり、対ロシア制裁政策では米国とは同一歩調は取りきれず、G7としての力の限界を感じさせる処ともなっているのです。因みにサミット直後の3月26日には独経済界のチャンピオン、シーメンスのジョー・ケーザーCEOはロシアでプーチン大統領と会談を行っていますが、米欧が制裁を進める中、ケーザーCEOはロシアに長期的な視点で投資を続けると約束していたのです。
― 3人、3様の行動が変える枠組み
かくして、3人、3様、時を同じくして繰り広げられた戦略行動は、東西冷戦後の世界秩序の枠組みを基本的に変える処となってきたと言うものです。
つまり、これまで世界を主導してきた‘G7’は先進民主主義国という枠組みでは価値観の共有はできても、世界経済マターにかかわる姿勢は必ずしも一枚岩でなく、従いその影響力の低下は避けがたくなってきている中、リーダー国たる‘オバマ’米国は、戦略としてアジア回帰を掲げながらも、中国の習主席が提唱する「新型米中大国関係」の構築に応じる姿勢を固めつつあると言うのです。一方、‘プーチン’ロシアはG8から外れても独自の‘力’を背景に失地回復を狙った勢力圏の拡大を目指すと共に、クリミア事件をトリガーとして、アジアへの取組強化を目指す処となっているのです。更に、そうした環境の中、経済大国となった中国は、まさに経済力を背景に独自に経済協力圏の構築を通じてアジアの盟主たらん事を目指す姿勢を鮮明とする処となっています。
つまり、世界の主たる潮流は、一気にアジアに向かう状況を鮮明とすると共に、その実は、イアン・ブレマーが見立てる地域分裂的な世界へと変貌していく姿を映すものとなってきているのです。因みに、この変化流を世界経済の発展史的視点からは、今次クリミア編入事件をきっかに動き出した世界ですが、19世紀以降、世界経済の発展が中国を起点として始まり、数百年を経てその中心が欧州に、そして、大西洋を渡り米国に移り、更に環太平洋地域へとシフトするなか、再び中国に向かってきたと、まさに先祖帰りの様相を映す処と言うものです。
尚、この際、現下で進む変化の中で留意すべきは、既存の大国が一定のルールに基づいた体制を維持する権威を失いつつあるなか、台頭してきた新興諸国は、自国の主権へのあらゆる介入を受け付けなくなっているという事です。それは、まさに‘Gゼロ’の高まりを示唆する処ですが、同時に、グローバル化によって国家間の経済競争は互いの経済的依存関係を深めると言うよりは、むしろナショナリズムの手段として活用されつつあることを示唆しているのです。 実は前掲Financial
Times (2014/3/28) は、その流れが結果として‘might-is-right ’
、つまり「力は正義なり」の時代にとって代わられる、ことの危険性を指摘するのです。そして、そうした中、中国が強気にでてくるのも危ないが、これと同じくらい危険な事は、米国がかつて1920〜30年代にやったように、国際政治の舞台から手を引いて、関与しない政策を取ることだ、と言うのですが、筆者としては極めて腑に落ちる処です。
さて、かかる国際環境の変化は、言うまでもなく日本の外交・安全保障政策を揺さぶる処であり、新たなリスク環境と映る処です。日本としては、今後の国勢を踏まえ、国際協調の枠組みに立って、現下で進む変化に如何に対応していくべきか、その対応如何はアベノミクスの在り様も変わってくる事になるだけに、安倍政権の手腕が問われる処と言うものです。
(参考)今次、核安全保障サミット参加を機に行われた米中首脳と欧州等首脳との会議等行動
(1)米国:緊急G7会議を招集、ロシアに対し力によるクリミアの変入を非難。G8からのロシア締め出しを主導。
24日、オランダのルッテ首相と会談
25日、オバマ大統領仲介による日米韓3か国首脳会議
28日、サウジ、アブドラ国王との首脳会談、イラン核問題をめぐり平行線
中東外交の立て直しが難しい状況を映す
(2)中国:核安全保障サミット出席を機に、米、独、仏の核首脳と会談
23日、習主席は韓国朴大統領と会談。中国は「歴史」で韓国の取り込み狙う。
24日、オバマ大統領とハーグで会談。「新しいタイプの大国関係」を目指す。米側からはウ
クライナ情勢を巡り対ロシア包囲網固めへの協力要請
26日、パリでオランド大統領と会談。その後企業トップと総額180億ドルの商談成立
28日、ベルリンでメルケル首相と会談。会談後金融、産業等18項目の経済協力に署名。
フランクフルト金融市場での人民元立て取引の決済推進の覚書を交換。(ハーグで行った英キャメロン首相との会談でも同様協議をしている)尚、ベルリンでの講演で、日本批判を展開。
尚、オバマ米大統領は、ロシアのクリミア編入は国際秩序に動揺を齎すものと、ロシア非難と、追加制裁で米欧の歩調を一致させ24日、緊急G7首脳会議を開催し、対ロ圧力への足並みをそろえる事で、米国の立場を堅持しているが、一方、G7国ではない中国は中立姿勢を保ちながら、中長期的な影響力拡大を狙うべく、資金力を背景にフランス、ドイツ、EUとの経済、産業面の関係強化に力点を置いた行動をとることで、欧州では米国と影響力を競う形となっている。と同時に、中国は23日の中韓首脳会議では、先の日本の植民地政策で被った被害とそれへの思いを共有する形で日本をけん制するが、安倍首相は従来の歴史認識の継承を明言する等、中国による韓国の取り込みを少しでも、阻止したいとする構図が浮き彫りされる。
2.いま日本の取るべき行動を考える
コラムニストの岡部直明氏は、3月31日付日経新聞で、前述緊急G7会議でオバマ大統領が取った対ロ姿勢に照らし、「世界の警察官」を降りたオバマ大統領が「ブッシュの戦争」の失敗を踏まえ‘軍事不介入による国際協調’を目指すのは「賢い米国」の選択だとし、日本も強い日本より「賢い日本」を目指せと断じています。
その趣旨は、今次のクリミア事件の要素も加わり、前述の通り、中国はもとより、ロシアそして米国が一斉にアジアに向い出している中、アジアに位置する日本の役割は重いはずなのに、肝心の中国とは、尖閣諸島問題や安倍首相の靖国参拝問題等で冷え切ったままにあり、従ってその使命が果たし得ないままにある。その状況を克服するためには、日本の‘売り’である経済を優先し、和解を土台とした懐の深いリアリズム外交で国際社会の信認を集めていくことであり、それこそが「賢い日本」を目指すことになる、と言うものです。もとより、これが時間を要する処とは思われますが、かかる指摘は極めて評価される処と思料するのです。
このコンテクストに於いては当然のこと、具体的には、いま沈滞気味にあるアベノミクスを再起動させ、日本経済の活性化をはかる事、そしてグローバル経済との好循環を築いていく事、それこそが、最も重要な事なことと思料する処です。6月には、その成長戦略が出されるという事ですが、その際はやはりこれまでも指摘されてきているように、企業が働きやすい、そして新しい産業を起こしやすい環境を生むよう、それらの障害となってきた要素を取り除くこと、更にはTPPの合意等を早急に進めていく等、いわゆるグローバル経済との交流を高めていくことを通じて更なる機会の創出に努めていく、そうした姿勢を明確にし、環境整備を図っていく事が強く求められると言うものです。
― 国の安全保障を考える事は、国の形を考える事
なおこの際、肝に銘ずべきこととして、偏狭なナショナリズムの応酬ほど事態を悪化させるものはないと言う事です。近時高まる中国の日本に対する威嚇行為に対して、いまや防衛力の強化だ、軍事力の強化だと、安倍政権は安全保障体制の強化を急速に進める状況にあります
具体的には、これまで‘憲法第9条’の下にあった平和三原則が、安倍首相の掲げる‘積極的平和主義’の名の下、以下のように、次々に変更される状況にあります。
(憲法第9条) (積極的平和主義)
・専守防衛 → 集団的自衛権行使の容認(政府の憲法解釈により)
・非核三原則 → 容認方針
・武器輸出三原則 → 防衛装備移転三原則の導入(閣議決定、4月1日)
こうした、動きの高まりで政治環境は一挙に国家主義的、言うなれば右傾化の道を辿りだしたとみられる処です。そもそも、これら事案は‘国の形’にかかる重大な問題だけに、本来なら日本をどういった国にしていこうとするのか、といった議論があって初めて考えられるべきイシューの筈です。そうしたプロセスの無いままに、十分な議論もなく、なぜに急ぐのか、疑問は募るばかりです。勿論、こうした動きにナショナリズムが絡めば近隣諸国を警戒させる処となるでしょうし、同盟国にさえ危惧の念を抱かせる処です。因みに、米国はそうした行動様式を強める安倍晋三に、ある種の危機感すら抱きだしていると言われています。
いずれにせよ国を守る、つまり国防という事で、即、自国軍事力の増強をと、なりがちですが、これはどう見ても埃をかぶった思考様式としか思えません。ましてやグローバル環境を戴く日本の生業に照らすとき、それは結果的には日本の単独主義、孤立主義の選択とも映るところであり、グローバル経済・社会の下ではそうした選択はもはや合理的ではなくなってきているのです。
いまや国の守り方にはいろいろの選択肢がある処です。つまり、現在、目の当たりとする国際秩序の‘乱’は、実は2011年の「アラブの春」に始まるものと云え、そこにクリミア事件が加わったことで、もはや国際社会のスタンダードが変わってしまってきているのです。そうした中、日本はいまや、米国やロシア、そして中国と言った超大国の狭間で外交戦略を練っていく事が不可避とされるわけで、その枠組みの下で安全保障問題を押えていく、そう言った思考様式が求められているのです。
おわりにかえて − 日米首脳会談の課題
さて、こうした環境の中、4月24日には安倍首相は、国賓として訪日中のオバマ米大統領との首脳会談を行う事となっています。メディアが伝える処では、当該会談では主に、南シナ海への進出を活発化する中国を念頭に、ASEAN支援で日米協調を打ち出すこととされており、その柱の一つが南シナ海での警戒監視能力を高めるための協力と言われていますし、安全保障分野では日米防衛協力のためのガイドラインの改定や防衛装備を巡る協力拡大が議題にのるものと見られています。なお最大の懸案はTPPと言われていますが、さて、首脳会談までに事務レベル協議がどこまで進むか、今日、現在(4月13日)その見通しは定まっていませんが、とにかく自由化路線の火を消すことなく、小異を捨てて大同につく、をモットーに前進を目指すべきを期待したいと思います。かくして今回の日米首脳会議は、‘Gゼロの世界’が新たな様相を呈するなかにあって、日米同盟の強化を視野に、建設的同盟関係の在り方を確認していく場となるものと、期待するのです。
が、今の日米関係における最大のリスクは何かと言えば、リベラルとされるオバマ政権と、筋金入りの保守とされる安倍政権との関係が、ぴったりとした状態にはなっていない事と思料するのです。先の靖国参拝に対して米政府が‘disappointed’ との声明を公にしたことなどは、そうした状況を象徴するものですが、そこで、まずはそうした事態を元に戻すこと、それこそが今回の課題と思料するのです。そして、それがなった時、日米首脳会談は成功を見る処となるのです。かくして首脳会談の成功を祈念する次第です。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)