― 目次 ―
はじめに:The Return of Geopolitics
1. プーチン大統領と、地政学行動
(1)昔への回帰?を目指すプーチン・ロシア
(2)Cold War U、‘新たな冷戦’いま再び?
2.米国との対抗軸を探る中国
(1)米国との大国関係を目指す中国
(2)米主導の国際金融秩序に挑戦する中国
3.米元上院議員Lieberman氏(民主党)の懸念
おわりに:安倍晋三首相の手記に思う
はじめに:The Return of Geopolitics
先の6月論考で、台頭する中国の言動に照らし、英誌The
Economist (June 7) は、「Accommodating a rising China gets
harder and harder」(中国を世界に順応させることは益々難しくなっている)と評していたことを紹介しましたが、その直後、在英の友人から、以下のようなコメントが届きました。
そのコメントとは、‘今、英国に居る中国人の行動様式を見ていると、最早、彼らには欧米が主導して築いてきた既存の世界ルールや価値観にあわせていこうと言った姿勢はなく、政治だけでなく、経済的に実力をつけてきた中国は、昔の日本と違ってoccidental
democracy society(西洋流の民主主義社会)に合わせていく気など、ないのではないかと思う’と、言うのです。
つまり、彼らはいまや、欧米流のルールに適合していくことなく、彼ら流の価値観と行動様式を以って世界を渡っていこうとしているように見受けられると言うのです。従って、彼らを順応させようとする発想は無意味なことであり、欧米も日本も、もはや政治のみならず中国人とどう付き合っていくかを考えていくべきではと、adviceするものでした。
さて、2001年11月、当時、米ゴールドマンサックスのエコノミストだったオニール氏が、次代の成長市場として
Brazil, Russia, India, そしてChinaの4か国
を取り上げ、これをBRICsと命名、爾来、人口に膾炙し、BRICsは世界経済のサブシステムとして、その行動の在り様が注目されてきました。そして2010年には、中国は日本を超え、米国に次ぐ世界第2位の経済大国となりましたが、そのことで彼らの行動規範も急激に変化しはじめ、同時に世界経済の様相も大きく変化を生むところとなってきました。そして、今、
それら新興国、とりわけ中国とロシアは、先進諸国と対峙する形で、つまりは既存の世界体制に挑戦するが如くに世界の舞台で主役を演じるようになってきています。今年も半年が過ぎ、この間の彼らの行動が齎している世界への影響の実態を見るにつけ、もはや2014年と言う年は、世界秩序再編、tumultuous
(動乱)の年だった、と言う事になりそうです。
本年、1月の論考では、米国の政治評論家イアン・ブレーマ氏率いるユーラシアグループ発表の「2014年の世界の10大リスク」で、リスクの第1位が米国の「同盟危機」を挙げていたことを紹介しました。
それは、今年は国内の格差拡大を背景に、米国が外交に一段と弱腰となることで、Gゼロ現象(世界のリーダーが不在を示唆するもの)が加速すると、見ることに負うものでしたが、それは‘経済危機の時代から地政学的危機の時代に移る’ことを意味すること、と指摘しました。尚、その際、10大リスクの内、第9位に挙げられていたのがプーチン支配下の「ロシア」でした。更に、4月の論考では、3月に起きたロシアのプーチン大統領によるクリミアのロシアへの編入事件をきっかけとして、世界の構図が流動化し始めたことにも触れました。
これら変化は、一言で言って米国のリーダーシップの弱体化が、その背景にあるというものですが、冒頭紹介した友人のアドバイスも、そうした背景を日常の生活の中で実感させられていると言うものでしょう。
・いま挑戦をうける冷戦後の世界秩序
米ソ冷戦終結(1989年ベルリンの壁崩壊)以降、世界は欧米先進諸国、とりわけ米国の主導の下、領土問題や軍事力問題と言うことよりは、貿易の自由化、核拡散禁止、人権、法律に則した国家間の規律問題、温暖化防止問題、等々、いわゆるグローバルなシステムの構築と規律に向けて運営されてきました。米、EUの外交上の力点も、国際関係をウイン・ウイン関係に持って行く事に重点が置かれてきたと言うものです。しかし、近時の新興国、中国、ロシアの世界舞台への台頭は、米国のリーダーシップの後退と相まって、先進国主導の国際政治の‘かたち’の変容を不可避とするところとなってきたと言うものです。
勿論、彼ら新興国の動きは、国際間での政治的、経済的力関係の変化を映すものですが、それは、時に露骨なほどに自らの権益、利害関係の追及となり、かつて欧州の国々がいわゆる地政学(注1)を背に進めてきた国境の変更、領土の拡張といった戦略行為を想起させるところです。言い換えれば、それらは既成秩序を否定せんとする動きであり、時にそれは、第2次世界大戦以前の‘力’が優先する状態への先祖返りとも映るところです。
(注1)‘地政学’とは、20世紀初めに現れた国家学の一形態とされるもので、簡単に言えば、一国の取りうる外交・防衛政策はイデオロギーなどとは無関係に、その国に与えられた地理的条件で決定されるとするもの。従って、地理的諸条件を基軸にとり、一国の政治的発展や膨張を合理化する国家戦略論が地政学とされるものです。しかし、国際関係を地理的要因、軍事的要因だけで分析する地政学的アプローチは、経済、通商等関係が国際関係を説明する極めて重要な要素、であるにも拘わらず、これが無視されたものとなっている点で、致命的欠陥があるとされるのです。尚Geopoliticsの名称を最初に使ったのは(1916
年)スエーデンの政治学者R.チェレンとされています。
つまり、いま映しだされる世界の構図は、冷戦後,根付いてきたliberal
democracyを基本軸とする先進国勢力と、いうなれば地政学を背にrestore、国家の復権をテーマとして動く国家勢力とが並走し、或いは対立する、そうした様相を呈するところ、と言うものです。
そして、言うまでもなく、そうした変化を演出しているのが、ロシアのプーチン大統領であり、中国の習近平主席ですが、その因果関係に於いて、米国のオバマ大統領、そして、ひょっとして日本の安倍首相もそこに入ってくることになるのかも知れません。
・The Return of Geopolitics
米Bard
Collegeの政治学者Walter Russell Mead氏(注2) は、Foreign
Affairs ( May/June,2014 ) への寄稿論文 ‘The Return of
Geopolitics’(地政学、いま再び)で、China, Russia,
Iranを‘Revisionist’修正主義者としたうえで、彼らの目標がrestore
,つまり過去の体制への復興にあるところ、現下で進むこうした動きはRevenge of Revisionist
Powers、
つまり修正主義者による報復であり、以て‘地政学、いま再び’と、言うのです。(尤も筆者には、この‘Revenge’報復という言葉には聊かの抵抗を感ずる処ですが)そして、歴史の潮目としては liberal
capitalist
democracy(自由な資本主義民主主義)の方向に流れていくとしても、プーチン氏のような修正主義者は限りなく世界の舞台で、荒々しく動きまわっていく事だろうと、警告するのです。
(注2)W.R. Mead is James Clark Chase
Professor of Foreign Affairs and Humanities at Bard College
尚、同氏は22年前、F.
Fukuyama氏が、ソ連の崩壊を以って資本主義が社会主義に勝利した,として「歴史の終わり」を著していますが、それはイデオロギーの次元での話であり、パワーの次元でみる現実は歴史の終わりはない、と批判するのです。
そこで、猛暑のひと時、メデイア情報をベースに‘Cold War
U’の再来が囁かれるロシアと欧米との対立図の実情と、米国との対抗軸を目指し戦略的に動く中国の行動に焦点を当てレビューし、方々、この二つの動きが新たな基本軸となって進む国際関係の構図の中にあって、では日本はこれら変化にどう向き合い、どう対応していく事となるのか、偶々、手にした米国の元上院議員リーバーマン氏のオバマ外交批判、そして文藝春秋,9月号に掲載の安倍晋三首相の手記とも併せ、以下考察することとしたいと思います。
1. プーチン大統領と、地政学行動
(1) 昔への回帰?を目指すプーチン・ロシア
この3月、ロシア、プーチン大統領はウクライナ領内の自治共和国クリミアを同一民族の希望であるとして一方的にロシアに併合しました。まさに地政学を地で行く姿です。
このロシアの行為に欧米諸国は、力による体制変更だと批判し、周知の通り、G8メンバーからロシアを外しました。1991年のソ連崩壊後、93年にはG7会議にオブザーバーとして参加することで、欧米先進国仲間入りしたロシアでしたが、民主主義国家への完全脱皮には限界があったという事でしょう。
さて、クリミア併合を強行して以来、欧米諸国の対ロ姿勢が強まるなか、7月17日、ウクライナ上空で起きたマレーシア旅客機MH17
の撃墜事件は、事態を大きく悪化させるところとなっています。つまり、親ロシア派軍の誤射による事件ながら、当該事件を巡る客観的状況等証拠から、欧米諸国は、この事件の仕掛け人がプーチン氏と特定、一斉にプーチン大統領を非難すると共に、対ロ制裁の強化を実施していますが、このことで欧米諸国とロシアの対立は更に深まる様相にあり、いまや、このMH17機撃墜事件は今後のロシアと欧米諸国と関係を変える重大な転機となるのではと思料される処です。
因みにMH17の撃墜事件を巡り、英誌The
Economist (7月26日付)は、その巻頭言‘A web of
lies’(欺瞞のわな)で、以下のような激しいプーチン非難を展開しています。
・英The Economist誌のプーチン批判
まず、MH17撃墜事件はウクライ東部を拠点に反ウクライナ政府活動をする親ロシア派の分離主義者が起こした犯罪行為とされるものの、ロシア大統領は二つの点で関与しており、事件の張本人はプーチン大統領と、激しく非難するのです。
つまり、その一つは、問題のミサイルがロシアにより提供され、その操作員がロシアで訓練を受け、撃墜後に発射装置が密かにロシアに戻されたと見る点、もう一つは、プーチン氏はもっと広い意味で、この件にかかわっているというもので、そもそも、この事件は分離主義のウクライナ国民によるものではなく、諜報機関に属しているロシア国民によるもので、まさにプーチン氏の戦争であり,糸を引いたのはプーチン氏だと言うのです。そして、事件を巡るプーチン氏の発言は、もはや、すべてが嘘の上塗りであり、欧米は今すぐ厳しい制裁を科す事、そして真実を話すことを前提とするすべての国際的な対話の場から、彼を追放すべしと、激しく訴えるのでした。
更に、こうも批判するのです。 1991年、ソ連が崩壊し、ロシアの人々はついに、ごく普通の西側民主主義国家の市民になるチャンスを手にしたかに見えた。しかし、プーチン大統領がロシアの歴史に齎したdisastrous
contribution,
悲惨な貢献、つまり298人の大量犠牲者を出したマレーシア航空機撃墜事件は、まさにプーチン氏が齎してきた害悪の大きさを示すもので、その結果は、ロシアを‘それ’、つまり民主主義国家とは別の道へと、導く結果となったと言い、プーチン氏支配下でロシアは昔に逆戻りし、もはや真実と嘘の見分けがつかず、事実が政権の都合で利用される場所になってしまったと断じ、同時に、プーチン氏は愛国者を気取っているが実際のところは危険人物だ、と激しく非難するのです。そして、世界に必要な事は、プーチン氏が齎している危険を直視することであり、今すぐ立ち向かわねば、更に悪い事態が起きるだろうと警鐘を鳴らすのでした。
さて、米欧先進国は7月29日、金融、防衛面で対ロ制裁の強化を決定し、8月1日付でこれら制裁を実施しています。特に、これまで対ロの経済関係に気を遣い、当初、強い制裁措置を打ち出さなかったEUでしたが、米国に同調、対ロ制裁強化に踏み込んだことで、欧州ではロシアとの対立は、一挙に尖鋭化の様相にあると言うものです。尚、今回の協調制裁の背景には、勿論プーチン氏の横暴に対する抗議と言う趣旨にあるところですが、EUが近時、経験した財政危機、金融危機の要因がユーロ圏の調整力の弱さにあること、そして、これが対ロ外交の足並みの乱れにも通じる処、との学びを映したものとされるのです。
一方、ロシア側も8月7日には、欧米の対ロ追加制裁の発動に対抗、米・EUなどの農産物等の輸入を禁止・制限することを決定し、更にロシア上空の飛行路線の制限を検討しだしたとも伝えられています。尚、農産物の輸入禁止リストからは日本は除外されています。この点について、北大名誉教授の北村汎氏は、日本を対象外としたのは主要7か国(G7)の分断が狙いではないか、とコメント(日経8月8日)していましたが、これで足並みが乱れると、見られるのでしょうか。
こうした制裁合戦が続くとなれば、ロシア経済はもとより、欧米経済、更には世界経済にも影響を与えるところと思料されるのですが、これがまた新たな‘冷戦’状態を生みかねないと言うものです。
因みに、英紙Financial
Times,(7月30日付) はその社説に於いて、` US and its European allies are
closing a chapter in their relationship with post-communist
Russia.’
と、冷戦終了後の25年間に築いてきた欧米とロシアとのこれまでの建設的な関係は終わりをつげ、この先もその可能性はないだろうと言うのです。
また、8月4日付米TIME誌では、もはや`Cold WarU’ (第2次冷戦)と題した特集を組むに至っています。
(2)Cold War U、‘新たな冷戦’ いま再び?
さて、その米TIME誌ですが、凄惨な撃墜事件の現場写真を掲げながら、欧州側の対応ぶり、プーチン氏の対応ぶりとも併せ見るとき、このままでは、新たな‘冷戦U’に進むことになると, 先進国側へ檄を飛ばすのでした。
尤も、かつての‘東西冷戦’とは、それが生まれた背景、そして冷戦という内容に於いて、大いに異なるだけに一概には論じられません。
因みに、第2次大戦後に現れたいわゆる東西冷戦とは、大戦終結直前の1945年2月、旧ソ連のヤルタで行われた米ルーズベルト大統領、英チャーチル首相、ソ連スターリン首相の三首脳による戦後世界の体制を取り決めたヤルタ会談に端を発するもので、ヨーロッパとドイツを東西に分断し、東側をソ連が、西側を米国が中心となって支援していく事としたのですが、夫々が自分の傘下にと、仲間作りを進めたことから、資本主義を標榜する米国を核とする陣営(西側陣営)と、社会主義を標榜するソ連を核とした陣営(東側陣営)が生まれ、結果として両陣営の対立を生み、これが1989年まで続いたと言うものです。ただ、この間に起きた朝鮮戦争、ベトナム戦争などは夫々の内戦でしたが、ソ連や米国が外交戦略として当該国の対立陣営に武力支援を行なうことで当該戦争に絡んでいく、言うなれば代理戦争とされるものはあったものの、実際の米ソ両国間での直接戦争はなく、つまりは冷水の如くとして、その在り様を‘冷戦’と称していたのです。
・新冷戦の可能性
では、現在のロシアを巡る環境はどうか。勿論、当時とはその様相は大きく変っており、東西冷戦型の‘冷戦’が起きるような事態にはならないのではと、思料します。つまり、今日のロシアはもはや、かつての超大国ソビエトではないという事です。勿論、ロシアは今でも国連では常任理事国にあり、大量の大陸間弾道核兵器を保有する国です。とは言え、旧ソ連のようなイデオロギー的指導力、軍事力、同盟国のネットワークはなく、グローバル規模での影響力を発揮できる状況にはない、という事です。つまり、グローバル・レベルに於いては、米国の後塵を拝し、アジアにあっては中国のフォロワーにあるという現実からは第2次大戦後の東西冷戦のような状況にはならないのではと思料されるところです。
とは言え、プーチン氏が目的のためには手段を選ばない、言うなればマキャベリ・ライクに行動を起こしている背景には、NATO傘下のヨーロッパを分断し、世界に対するロシアの影響力のrestore、復権、つまり何らかの形でソ連再建、という明確な目標のある事からは、TIME誌は、欧州側がとにかく結束して、徹底した制裁策を打ち出さぬ限り、言うなればプーチン氏の思うツボにはまるだけ(彼流のgeopolitics、地政学にやられてしまう)と、新たな形での冷戦の可能性を指摘するのです。 因みに同TIME誌の表紙には‘Cold
War – The West is losing Putin’s dangerous
game’(冷戦:西側はプーチンが仕掛ける危険なゲームに負けつつある)
と、そして当該特集記事のヘッドラインでは‘CRIME WITHOUT
PUNISHMENT’とあり、事態の深刻さと弱腰の西欧の姿勢を叱咤するごとくです。
勿論、ロシアに対して制裁を科していくことは必要な事と、理解するのですが、この欧米による制裁措置は、プーチン氏や彼を取り巻くナショナリステイックなスタッフに、ロシアの未来は西側ではなく、東側、つまりアジアにあり、との確信を強めさせることになるのでは、とも指摘されるところです。
というよりは現実問題として、欧州を引き込んだ米国主導の金融制裁を受けたロシアの国営企業やエネルギー企業等、がこれまで行ってきたドル決済が困難となってきたことで、アジアへの金融シフトが不可避となってきており、今回の対ロ制裁がロシアを中国依存に追い込む結果となってきています。こうした事から、結果的には対ロ制裁は中国
(次項参照)
に利することの可能性が指摘されるところですが、ロシアの動きに中国が応えていくことにでもなれば、これが新たな冷戦の始まりとなりかねません。前出The
Economist誌は欧米諸国に対して、結束し、プーチン・ロシアの現実と対峙し、如何にプーチン氏を封じ込めていくか、を考えるべしと指摘していましたが、新たな冷戦誘発の可能性を考えるとき、慎重な枠組みを持った対応が求められるところと思料するのです。
とにかく今回の事件を通して確実に言える事は、我々の国際認識及びロシア認識の再検討が、迫られているという事です。とりわけ、北方領土問題を抱え、建設的な対ロ外交を目指さんとする日本としては、欧米陣営にあって、そのかじ取りの如何は世界の関心を呼ぶところ、とは云うまでもなく、安倍政権の外交力が問われると言うものです。
尚、序でながら、イランは中東の雄として、目下、シリアや、ヒズボラと組んで中東を支配しようと目論む様相にあり、かつてのペルシャ帝国の復興を目指すがごとくに映るところですが、ロシアはそのイランと共に、シリアのアサド政権への武器援助を大胆に実行し、これが又米国との対立を深めるところですが、中東での影響力を強めており、これもプーチン氏の地政学的行動と映るところ、国際情勢の更なる混迷を示唆するところです。
2.米国との対抗軸を探る中国
(1)米国との大国関係を目指す中国
さて、新興国の雄、中国は、東シナ海や西シナ海の諸島領有権について、元々中国のものと主張し、まさに覇権主義を漂わせる形で海洋進出を続けており、周辺諸国へ脅威を与えてきています。
同時に、大国を意識した中国は、米国との間で新しい大国関係の樹立を目指し、同時に日米関係に割って入り、アジア地域での権益の拡大を目指さんとしている事は周知のところです。昨年の米中首脳会議でもテーマとなったものでしたが、今年、7月9・10日、北京で行われた米中戦略・経済対話(注1)でも、それが大きな議題となっています。つまりは、世界を米国主導の統治に任せることなく、いまや力をつけた中国としては米国と対等な立場で、言うなれば分割統治を目指さんと言うものです。勿論、米国はこうした提案は拒否、中国側もそうした意図はないと反論はしていますが。
(注1)米中戦略・経済対話:オバマ米大統領と中国の胡錦涛国家主席(当時)が20
09年4月に創設に合意した閣僚級の定例対話。毎年1回、米中首都で交互に開催、
経済、外交、安全保障にかかわる幅広い懸案を直接話し会う場。
尚、米中対話が行われる2か月前の5月21日、上海でアジ地域の安全保障を巡る問題を話し合う「アジア相互協力信頼醸成措置会議」(CICA:
Conference on Interaction and Confidence building measures
in Asia )(注2)が行われています。
その首脳会議に出席した中国習近平国家主席は、「アジアの安全はアジアの国民によって守られなければならない」と。そして「いかなる国家も地域の安全保障を独占すべきではない」と演説しています。これは云うまでもなくアジアで同盟強化を進める米国を意識した発言で、アジアの安全保障を巡り米国への対抗軸を作る考えをしたものとされています。昨年3月、習近平氏は主席就任直後、ロシアを訪問、プーチン大統領と会談し、米国に対抗する新たな安保の枠組み作りを話した結果、日米など主要7カ国が加盟せず目立たない存在だったCICAに白羽が立った由、伝えられています。欧米との溝が深まるロシアも組み込んで影響力を高める戦略を指向しだしたと思料するところです。
(注2)アジア信頼醸成措置会議(CICA):アジア地域の安全保障を巡る問題を話し合う場で、カザフスタンのナザルバエフ大統領の提唱で、1992年に設立。加盟数は26か国・地域。日米のほか国連、欧州安保協力機構などの国際機関もオブザーバーとして参加。首脳会議と外相会議を夫々4年に1度開催、中国は2014年から16年まで議長国を務める。
これら動きは、まさに地理的条件、経済・外交関係に照らした新たな秩序を探らんとする戦略と言え、まさに今日的地政学を背にした動きと言うものです。
(2)米主導の国際金融秩序に挑戦する中国
ここで注目すべきは、中国は他新興国と共に、国際金融秩序に猛然と挑戦しだしたことです。具体的には、7月15日、ブラジルで行われたBRICS5カ国(従来のBRIC4か国に、南アが加わった5か国)首脳会議では、新興国版の世界銀行とも言われる「BRICS開発銀行」の創設を決定し、本部を中国・上海に置くことで合意されています。更に中国は「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立も主導することになっています。また、金融危機に備えて総額1千億ドルの外貨準備の共同基金を設ける事も合意しています。これなどは新興国版の「国際通貨基金」に相当するものと云われていますが、これらは、米主導の国際金融システムに対抗するものとなるのですが、中国の影響力の強い「非米国」、「脱ドル」の経済圏形成の思惑が伝わるところです。
ただ国際機関で専門家として働く筆者の友人は、こうした新制度導入の動きが、世銀やIMFの存在意義を低下させる狙いであれば、国際社会の信認は得られないのではと言うのです。そして日本の立場からは、BRICS開発銀行よりはAIIBの方が、中国の主導で早い実現が予想され、しかもそれは日米が主導してきた「アジア開銀」にとって大変なライバルになっていくのではと、コメントするのですが、同時に、より本質的な問題として、これから人民元にどう向き合っていくか、今から具体的に考えていくべき、と付け足したのですが、然りとするところです。
以上、地政学を背にして動くロシア、そして中国の動きが、いま新たな世界秩序再編成へのベクトルとなってきているという現実を自覚するとき、改めて日本の対外戦略にかかる基本軸の見直しが痛感されると言うものです。
3.米元上院議員Joseph Lieberman氏(民主党)の懸念
ロシア、中国等、新興国の世界秩序破り行動を促す背景にあるのが米国の力の後退、と幾度となく言及してきました。米国内の政治環境、財政環境が、確かにオバマ大統領の対外的コミットメントを難しくしてきていることは理解できるところです。問題はだから、それでいいのか、という事です。このままであれば、ロシアも中国も、Geopolitics
よろしく自国権益の拡大に向けた行動を取っていくでしょうし、この分、米国と同盟関係にある国々にとっては大いなる不安を託つところと思料されると言うものです。
この点、興味深いメッセージを手にしました。元、米民主党上院議員のJoseph
Lieberman氏、彼は2013年までの四期、上院議員を勤め、民主党副大統領候補にもなった仁ですが、その彼が電子版Wall
Street Journal( July 31,2014, 7:34 p.m. ET ) に寄稿した論文でした。
その内容は、「Leaving US Allies Adrift as Chaos Rises In Eastern
Europe, Asia and the Middle East, America’s friends are on
the defensive and increasingly feeling
alone.」(世界で起きているChaos(混乱)が増す中で、米国の同盟諸国が漂流している)と、オバマ政権の対外政策を批判すると同時に、「大混乱の世界にあってこそ、米国は超大国として世界各地の紛争への対応関与し、敵と対峙し、味方を支援することに徹底すべき」と主張するものでした。そして更に、「近年の米国はそうした行動を取らない。イラン、ロシア、中国などが積極果敢に攻勢をかけてくるのに対して、優柔不断の態度を見せ、それが敵対的諸国を益々増長させている」と、オバマ政権を辛辣に批判するものでした。
尚この際は、アジア・太平洋地域にかかる彼のコメントを紹介しておきたいと思います。
・ アジア・太平洋地域では中東における米国の動きを見ていて、もし自国が中国に威嚇されたら米国の支援に頼れるのか否か、を判断しようとしている。と言うのも、南シナ海の海域で、中国が大規模な石油堀削作業を一方的に始めた際、アジアの同盟国は米国の生ぬるい対応にがっかりさせられている。
・ 尖閣諸島については、日本も米国も長年、完全な日本領とみなしてきた。中国がその主権の主張を強め始めたとき、日本政府は独自に防衛力強化を加速させた。この動きは、有事に於いて日本を防衛するという米国の誓約に対して、日本が信頼を無くしつつあることを示している。オバマ大統領がこの4月訪日の際、日米安保条約を尖閣に適用する旨明言したが、それでも日本側の日米同盟への信頼は揺らいでいる、と言う。
要は、同盟諸国の米国に対する信頼の低下は、地域や世界の秩序、安定を損なうだけでなく、米国の安全保障にとっても危険だと言うものです。同時に、米国への信頼を失った同盟国は、これまでとは異なる同盟や協力の相手を求めるようになるか、独自に軍事力強化への道を進むか、その選択を迫られることになる、とも言うのです。
云うまでもなく、日米関係は、‘日本という国の経営’を支える柱とされてきたものです。それが近時、揺らぎ気味にあります。さて、Lieberman氏の分析、コメントを今の日本は、どのように受け止めることが出来るのでしょうか。気になるところです。
おわりに:安倍晋三首相の手記に思う
先日、文藝春秋9月特別号に掲載の安倍晋三首相の手記「アベノミクス第2章起動宣言」を読みました。そこでは、人口減少等、構造的課題への取り組みについて、人口を1億人で食い止める事、女性パワーの活用促進、だのと言った諸解決策が語られています。また地球儀俯瞰の外交だとして、これまでの47カ国、訪問外交の成果を謳うと共に、‘頑張れば報われる’思想をも謳いあげています。そして最後に「日本を取り戻す」ための歩みを皆と共に進めたいと、締めるものでした。しかし、何故か、ストンと胸に落ちる事はないのです。と言うのも、これまで幾度となく聞かされた「日本を取り戻す」と言う言葉です。つまり、これが、これまでの‘高成長’に戻る事、を目指すとすれば、それは再び20年来の不況を生んだプロセスを追うことになるからです。
少子高齢化、労働力人口の減少という構造的課題を抱えて歩む日本経済を今後とも持続可能なものとしていく為には、今までの行動様式、思考様式ではやっていけなくなってきたこと、20年来の不況を通じて既に学習してきた筈です。つまり、新しい事態は発想の転換、行動様式の変革を不可避とするものですが、当該手記ではそれが映ってこないのです。
‘人口減少’がリアルに迫る環境下、人口減にストップをかけると言う発想も必要かもしれません。しかし何よりも今必要な事は、人口が減少しても持続可能な国としていく事であり、その為には、日本と言う国をどういった色に塗り変えるか、それを構想していく事と考えています。つまり語られるべきは、これまでの経験則に照らした、延長線上のイベントではないのです。そして、上述してきたような新しい環境トレンドにも照らしながら、日本が目指すべき姿、言うなればビジョンを描き、それに向かうためのシナリオを以って‘新しい日本’の創造を目指すことと考えます。これこそが、まさに‘日本を取り戻す’ことの真の意味と思料するのです。
銘記されるべきは‘歴史に学ぶ’とは、同じ誤りをおかさないと言うこと、なのです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)