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林川眞善の「経済 世界の

第26回 安倍改造内閣、そして中国はいま

2014/9/25

林川 眞善
 

― 目次 ―

はじめに 安倍政権、秋の陣
 
     ・安倍改造内閣
     ・安倍外交
1 中国はいま 
     ・中国が欲すること
     ・朝貢外交を旨とした中国
     ・渇望する世界での地位回復
2 対中政策、米国への三つの示唆
     −中国との生業を考える視点 
おわりに 政治と経済の関係、いま再び


      
はじめに:安倍政権、秋の陣  

・安倍改造内閣

 
 9月3日(夕)、安倍改造内閣が発足しました。彼が云う「日本を取り戻す」、その‘第2章起動宣言’(文春9月特別号)に向けた改造という事のようで、地方創生相や、安保法制相、女性活躍相の新設など、重視する課題へ全力投球する姿勢を示したもの、と評されています。

 さて、その直前の英紙Financial Times(Aug.26) は、`Off target’ (的を外すアベノミクス)と題し、かつて絶大の支持率を誇った「アベノミクス」の提唱者、安倍首相はいま厳しい状況にある事、そしてその要因が彼自身にあると、次のように指摘していました。
・・・Mr. Abe has spent political capital freely on causes that he believes are important for Japan but that are unloved by the public, such as peeling back constitutional limits meltdown. A bigger reason, though, may be dissatisfaction with Mr. Abe’s economic policies – previously his greatest political asset.・・・


 つまり‘安倍首相は、民意をよく介することなく、世間の人々には好まれていないことの実現に政治資源をふんだんに使っていることにある’と言うものです。具体的には、憲法9条(第1項)の解釈改憲、そして原発再稼動の推進対応を指す処ですが、それ以上に安倍首相にとって最大の政治的資産だった経済政策に対する不満、疑念に真正面から向き合う事がないことにあると言うものでした。言い換えれば、それは政府の政策と国民の期待の間にギャップが広がりつつあるという事でしょうか。とすれば、そこには「国民のため」が欠落していると、結論されるという処です。まさに安倍政治の罠、と言う処です。
そして、これまで安倍政権を支持してきた産経新聞が7月の世論調査結果から、引き続き低迷にあるとしていたことをリファーし、アベノミクスに「陰り」が見えると言うのです。つまり、今一度、アベノミクスをしっかりと立て直せと言うものでした。

 とすれば、今回の改造人事はかかる批判に応え得るものだったのか。そこで直後の海外メデイアの反応ですが、9月4日付の米Wall Street Journal では、` New cabinet aims to advance economic goals, raise military profile ‘と、経済改革の目標の達成を目指す人事とする一方で、軍事力の強化を目指す姿勢を映すものとし、また同じ4日,Financial Times では‘Abe keeps cabinet conservative ‘ と、保守化を強める安倍政権への危惧を伝えていました。更にThe Economist(Sept.6) では、近時の経済指標、とりわけGDP指標の現状を踏まえ、安倍首相の政権運営に対する評価の低迷克服を狙った人事とする一方、依然、修正主義者の入閣を進めていると、政権の右傾化を懸念するものでした。ただ今回、厚労相(年金、雇用、社会保障政策等担当)に改革派とされる塩崎恭久氏が指名されたことは日本経済改革の可能性を示唆するポイントとして、いずれも高く評価していたのです。と言うのも、今年のダボス会議で安倍首相は日本経済再生のための戦略の一つとしてGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)改革を明言していましたが、このGPIFの所管官庁こそが厚労省なのです。(尚、本件は別の機会に論じてみたいと思っています。)

・安倍外交

 さて、安倍政権はかかる改造内閣を擁して秋の陣へと駒を進めるのですが、国内的には、しっかりと民意を介し、デフレ経済からの脱却を確実とし、持続可能な経済としていく改革路線を進めていく事をミッションとして取り組んでいく事でしょうが、これが今日的なグローバル環境においては、外交政策の合理的な展開抜きにしては果たし得ない事は周知の処です。安倍首相は就任後の1年9か月で、地球儀俯瞰の外交と称して、既に49カ国を訪問、交流を高めてきています。云うまでもなくその狙いは安全保障でありトップ・セールスにあることは周知の処です。9月1日にはインドのナレンドラ・モディ首相を東京に迎え、首脳会談を行い、日印関係を「特別な」戦略的グローバル・パートナーシップに引き上げる等、新たな関係強化に努力中と言える処です。因みに、Financial Times (Sept.,4) は‘The latest special relationship in Asia’と題する社説において、日印両国の関係強化はアジア太平洋が中国の影響下にある地域とした概念を払い去ることになる、と評価していたのです。

 しかし、地球儀俯瞰の外交と言うものの、肝心の隣国の大国、中国とは依然、首脳間の交流は途絶えたままですし、日韓関係についても同様な状況です。日露関係、日朝関係問題も同様にありますが、最大の焦点はズバリ、中国との関係改善問題です。そして、具体的には、この11月、北京で開かれるAPEC首脳会議(アジア太平洋経済協力会議)の際、日中首脳会談が実現するか、が最大のテーマとなっています。ということで目下、政府ベースのみならず経済界でもそれぞれのルートを通じ、色々な手立てが打たれつつある由、伝えられてはいますが、実現の可能性は未だ不透明と言った状況です。

 偶々、9月3日、習近平主席が北京での「抗日戦勝記念日」に合わせた演説で、安倍政権の歴史認識問題をけん制しつつも、関係改善への意欲を表明したと、報じられていますが、それも安倍改造内閣発足の日と重ねられたという事で、これ又、色々憶測を呼ぶ処です。いずれにせよ日中が平和友好関係を維持することはアジアと世界の平和と安定に資するものであることは云うまでもなく、この際は対立を齎している要因そしてそれに対する現実的な考え方を再整理し、日中対話の可能性に向け、行動を進めるべきと思料するのです。

 序でながら、この際は以下付言しておきたいと思います。つまり、現下で見る日中対立の構図は、一義的には2012年9月の尖閣諸島の日本政府(民主党)による国有化宣言に端を発するものですが、更に2013年12月の安倍首相の靖国神社参拝にあることは周知の処です。前者は日本、中国、台湾も含む領有権問題で長い歴史の中にある問題という事ですが、これが安全保障問題とも絡む処です。又、靖国参拝はA級戦犯合祀問題と絡む処ですが、この靖国参拝問題こそは、実は安倍政治の本質が問われる問題でもあるのです。

 安倍晋三氏は‘美しい日本’、‘強い国、日本を取り返す’と繰り返し発言している事は周知の処です。それは、第2次大戦勃発に合わせて配布された修身科の国定教科書にあった「日本は強い国、世界一の神の国」を想起させる処ですが、これが云うまでもなくミリタリズムに繋がる皇国史観を映す処というものです。戦後、こうしたことは民主主義の流れの中で批判を受け影を潜めていったのですが、彼は修正主義者とも言われるようにこの皇国史観を強く映すような政治を目指しているやに見受けられるのです。これは危険です。

 もとより、これらは一筋縄では解決されることはないものと思料しますが、1972年の日中共同声明では尖閣問題は後世の智恵に任せることとして、一旦棚上げすることで両者は手を握り、1978年の日中平和友好条約に至り、今日まで相応な進化を辿ってきたのです。こうした経験を知恵として、大国となった中国と正面から向き合う為にも、いま後退気味にある日米同盟関係の強化を図り、言うなればソフトパワーを生かした日中関係の再構築のシナリオを創り、冷静に事態に臨むことを鮮明にすべきであり、今こそ、そのタイミングと思料するのです。

 閑話休題。さて、先月の論考では、新しい冷戦の可能性は中国の出方次第ということとして、中国の対ロ姿勢にかかる周辺事情を分析的にお伝えしました。それを書き終えた直後、手にした英誌The Economist(8月23日付)は`What China wants’(中国が欲すること)と題する6ページの特集が組まれていました。その内容は、中国の歴史を紐解きつつ、現代社会主義国家としての中国の姿と、新しい挑戦の向かう方向についての‘物語’でしたが、その内容は色々な意味に於いて極めて示唆に富むものでした。そこで改めて、日中関係の可能性、とりわけ日中首脳会談の可能性を考えていく上での手立てとして、その内容の紹介を兼ねつつ、中国が今求めていること、そしてそのトレンドの先にある彼らの生業について考察してみたいと思うのです。もとより、それは米国の在り方を問う処でもあるのです。


1.中国はいま

・中国が欲すること


 近時の中国の行動について英誌The Economistは、次のように指摘します。つまり、彼らの行動については国際秩序を覆すことを狙ったものとの指摘がよくみられ、事実、欧米のタカ派の中には、あらゆる面で中国を脅威と見る向きは少なくなく、例えば、中国の国有企業はアフリカで抜け駆けをし、資源を求める飽くなき欲望が環境を破壊していると、喧伝されていると言うのです。確かに中国のこれらdesire, 欲望には歴史的な側面があり、感情的な面すらみえるのですが、実際の取引活動は国家が主導するものではなく企業が主導している事、また他の場所でも、かつて場当たり的だった外交がより洗練されたものに、更には有益なものに育ちつつあり、要するに中国は既存の規範の中で行動しようと努めており、従ってそれを覆そうとするようなことはない、と言うのです。

 実際、今年の6月、ハワイで行われたリムパック2014(環太平洋海軍演習)には中国海軍が初参加しました。これは2012年9月、レオン・パネッタ米国防長官(当時)による招請に端を発したもので、中国海軍が米国他22か国との共同演習を行っていますが、かかる行動はそうしたcontext にある処と、独断、思料する処です。

 但し、東アジアと北東アジアで展開する中国の動きは、まさに例外的な事、と指摘するのです。周知の通り、この地域は世界でも特に人口密度が高く、活力と富が集中している地域です。近時この地域で見る中国の言動は、言うまでもなく今の日本にとって大いなる脅威と映るものですが、それ以上に、中国がパックスアメリカーナに満足していないことを示唆するものだと言うのです。要は、かつてアジアに君臨していた中国としては、アメリカ主導のアジアになっている今日の生業に我慢ならないという事と理解される処です。
昨年11月、中国が東シナ海で行なった防空識別圏(AIDZ)の設定は、実はそうした背景があってのことと言われていますが、裏を返せば、米国中心の国際秩序を周辺海域から崩し、太平洋に進出せんとする彼らの欲する姿勢、つまり野望がにじむ処と言うものです。

 序でながら、中国では習近平主席がトップに就いた後、従来の印象を一変させる縦型の中国全図が登場した由です。それは「南シナ海を別枠で小さく描くのではなく、地図の主役にしているというもので、南シナ海の全域を囲む国境線は大陸から大きく伸びた舌のようだ。周辺国を威圧する異形の地図の矛先は‘アジア回帰’戦略を取る米国に向けられている」と、日経、中国総局長の中沢克二記者は8月31日のコラムで指摘するのですが、極めて興味を深くする処です。

・朝貢外交を旨とした中国

 さて、The Economist誌は引き続き、歴史的な経緯を踏まえ乍ら、今日に至る中国の生業に触れます。
周知のとおり、中国は何世紀に亘り当該地域の中心にあり、アジアの諸国にとって、その周囲を回転する太陽とする存在であり、対外的には朝貢外交を旨とする存在でした。因みに、18世紀、英国は、アイルランド出身の貴族、George Macartneyを1793年、初の英国特命公使として中国(清朝)に派遣しています。Macartneyが赴任した当時の中国は地球上最も人口の多い国であり、それまでの2千年もの間、最も富める国でした。従って英国としては折角の機会として、彼は、英国製の製品を取り揃え、皇帝、宮廷に持ち込み、中国で求められる製品を探る、今流に言えばマーケティング調査を目指していたとされています。と同時に、中国での寄港地が今言う広東港に限定されていたことで、貿易拡大の為、更なる開港、そして北京周辺での倉庫の増設等を嘆願した由ですが、皇帝は、そうした英国の要望に耳を貸すことなく、彼の持参したお土産は英国からの貢物として納めてしまい、従って新たな通商拡大への期待は消えてしまったという歴史を伝えています。尚、その際Macartneyが英国のジョージ国王と清国の天子とは対等とする発言にも全く取り合う事もなかったとの由で、まさに権勢を誇示する中国の姿がそこにあったと言うものです。

 ただ中国は、当時、欧州で起こりだしていた経済、技術、文化にかかる革命的な変化を承知することのなかった結果、その後の2世紀と言うもの中国は世界の発展からは取り残され、時に、ほぼ植民地化の状況に置かれ、屈辱を受け、更には内戦、革命で国民は貧困を強いられてきたと言う歴史を余儀なくされてきたと言うものです。しかし、今やその中国はMacartneyが、かつて期待していたような状況に変わってきたことで、つまり、経済はオープンとなり、中国企業の世界市場への進出も進めていくことで、過去20数年の間には著しい成長を実現させ、GDPベースで世界第2位と、経済大国としての地位を再び確保するまでになっています。(注)

(注)人口序列と経済力:中国、インド等大規模人口を抱える新興国が世界経済に台頭し、主役に躍り出てきたことで、戦後一貫して先進国が主導してきた世界経済に逆転現象が起きたと騒がれたわけですが、世界経済の長期推計で知られたオランダの経済学者アンガス・マディソン(2010年没)はこれが人口序列方向への差し戻される変化、つまり人口序列への回帰というのでした。

 既に人間の月面への飛行をも可能とするまでになっており、その結果は中国を繁栄に向かわせていったと言うのです。そして、向こう数年のうちに、中国の経済規模は米国を上回ることが予測され、また軍事力も、まだ米国に比べれば劣後しているものの、急速に拡大してきており、仮にどこであれ、東アジアで戦争が起きれば中国に地の利がある、と指摘するのです。

・渇望する世界での地位回復

 いま米国では、中国と米国が張り合う事は避けられず、やがては敵対関係に至り、場合によっては紛争が起こるかも知れないと見る向きがあるようだが、とすれば、今後数十年の外交上の課題は、そうした破局を絶対に迎えないようにすることにある、と言うのです。では、そのためにはどうすればいいのか、問題はその‘ how ’です。

 いま、我々が目にする中国の動きは、こうした‘歴史’を強く映すものということですが、とりわけ、その姿が投影されているのがアジアだというものです。いま少し、中国の先進国、とりわけ日本、米国ですが、に対する感情の推移を見ておきたいと思います。

 まず19世紀の半ばには欧米列強による略奪があり、次いで19世紀末の日本に対する敗北が、中国の優位性を打ち砕いたとされるのですが、現在も西太平洋で展開する米国主導の秩序によって、その屈辱は続いていると、中国の指導者の目にはそう映っていると言うのです。と同時に彼らは遠からず豊かな強国となり、東アジアの覇権を取り戻すことになると信じていると、言うのです。つまりは中国が抱いている歴史的な怒りが、近時の相次ぐ彼らの好戦的な行動への説明要因となっていると、云うのです。具体的には、東シナ海では、日本の施政下にある島々の支配権を争うために艦船や航空機を配備し、南シナ海ではフィリピンが領有権を主張するサンゴ礁を奪い、ベトナムが自国の排他的経済水域とみなす海域に石油掘削装置を運び込んでいます。もとより、こうした行動の全てが地域の警戒感を高めているというものです。

 こうした動きに対して、戦略当事者の間では平和を維持するには米国が中国の拡張主義に対しては断固とした態度をとるしかないとする意見のある一方で、中国との対立が惨事を引き起こす前に、東アジアでの権力を分け合うよう米国に促す、そうした声もある処です。
 但し、米国がアジアに背を向けるようなことにでもなれば、この地域にも、自らの立場にも、深刻な結果を齎すことになることは避けられないと言うのですが、この点は、前回の論考でも同様指摘したところです。

 つまり、第2次世界大戦終結以降、米国による安全保障は、アジアの繁栄の基盤となり自由主義化の進む秩序を支えてきました。日本が周辺諸国を警戒させることなく廃墟から復活できたのも、そのお蔭というものですが、中国の急速な近代化も、米国の安全保障なくしては実現しなかったと、思料される処です。米国のかつての敵であったベトナムでさえ、地域を安定させる、そして安心させる米国のそうした存在感を望んでいることは、これまでにないほどに明白です。そこで、自由主義的な秩序を存続させていこうとするなら、その秩序を進化させていかねばならない筈です。その点で同誌は次のように指摘するのです。

 中国の力の拡大という現実を否定したとしても、中国に、今ある世界を拒絶させるだけだろうし、反対に、今あるシステムの中で中国は繁栄できるのであれば、中国はそのシステムを強化しようとする筈だと、だからこそ、米国は自国のリーダシップに関して、都合が悪くなっていく側面を認める必要がある、と言うのです。つまり、今我々が手にするシステムは、構造的には米国優位に作られており、新興の大国が怒りを抱いても無理はないと言うものです。これが示唆することは新たなパワーバランスを図る手立てを目指すことの重要性でしょうし、それは昨年来、中国がバラク・オバマ政権に対して‘新たな大国関係’の構築をと、主張する背景とも理解できる処です。端的に申せば、そこには世界での地位回復を渇望する中国がある、という事です。日本としては、こうした‘現実’に真正面から向き合い、そうした環境に与した外交戦略の構築がいま求められているのです。

 実は、当該特集は、その副題` After a bad couple of centuries, China is itching to regain its place in the world. How should America respond? ‘ が云うように、中国の変化に米国はどう応えていくべきかを、示唆せんとするものでした。もとより、日本にとっても同様、受け止められると言うものです。では、彼らが米国に対して示す助言とは、そして米国はそうした助言に対する反応とは如何なものか、引き続き以下、述べていきたいと思います。


2.対中政策、米国への三つの示唆
− 中国との生業を考える視点 


 まず、Great power(米国)と Emerging power(中国)の間 にa new equilibrium 、新たな均衡状態を築くのは難しい事だとは指摘します。と言うのも、どのような対応を取ったとしても、後退したように見えるからだと言うのです。中国が昨年来、米国に対して‘新しい米中大国としての関係’を求めていますが、これには米国は乗ろうとはしていませんし、それはそうした事だという事でしょう。そこで,同誌は米国が対中政策を進めていく上での視点として、次の3点を挙げるのです。

 第1は‘it should only make promises that it is prepared to keep’つまり、米国は守ることのできる約束だけをすべき、と言うのです。具体的には、米国が、南シナ海に点在するサンゴ礁の周りにred lines、つまり超えてはならない一線を引くことは愚かな事で、仮に米国に何かの価値があるとすると、まず、同盟国が米国を頼りにできるという事を分かっていることが必要だというものです。この点は、先月論考で紹介した元米上院議員ジョー・リーバーマン氏のオバマ外交政策批判とコンテクストを同じくする処と思料するのです。

 第2は、‘even in security , America must make room.’、つまり、たとえ安全保障の分野であっても米国は中国に判断の余地を与えなければならないと言うのです。先にリファーしたように中国はハワイでのリムパックに今年初めて参加しましたが、これがその第1歩となる筈と言うのです。災害救助演習をはじめとするアジアでの演習に中国を招いていく事でいいのではと言うのですが、シェアーできる処です。勿論その点では、米国は、地域の有力国の忠誠心を巡る冷戦的な争いは避けなければならない、と云う事になりましょう。

 最後に、‘America will find it easier to include China in new projects than to give ground on old ones’、つまり古くからあるプロジェクトで中国に譲歩するよりも、新しいプロジェクトに中国を組み入れる方が、米国にとっては容易なことであろうし、そのための努力をもっとすべきだと言うのです。そこでは、地域最大の自由貿易協定である環太平洋経済協定(TPP)の締結を、地域最大の経済大国(中国)を入れずに米国が主導するのは、全くばかげていると指摘するのですが、もとより、そこでは日本の出番がある筈です。
また、宇宙分野での連携においても中国を除く理由はないわけで、冷戦時代でさえ、米国とソビエト連邦の宇宙飛行士は協力していたのです。

 さて、優位性を求めている中国が少しばかり関与を深めただけで満足するかは、勿論不透明と言わざるを得ません。その点、同誌は現時点で北京から出てくる言葉は `a full of cold-war, Manichean imagery, つまり 二元論的な冷戦イメージに満ちみちていると指摘しますが、ただ、sensible Chinese, 賢明な中国人は中国が制約に直面していることを理解していると言うのです。つまり、彼らにとって制約と映る要素とは、中国にとり欧米市場が必要であると言う事、周辺諸国は中国の地域的権威を受け入れたがらないという事、そして今後とも、米国は中国にとって妨げとなるに足る軍事力と外交力を維持していくということ、と言うのです。

 更に長い目で見ていくとき、中国のシステムが自然に‘from one- party rule to some more liberal polity’、つまり自由主義的な政治形態へと変化していくという希望もあり、またそうした政治形態は、その性質上これまで以上に現状の世界に馴染む筈だと言うのです。
 そして、地域の枠組みを強化し、そこに中国を引き入れてもそのことで、中国に優位を譲り渡すことにはならないだろうし、アジアを、そして米国を支えてきた‘liberal order’自由主義的秩序を放棄することにもならないだろうと、いうのです。更に、中国を引き込むやり方は、最終的にはうまく行かないかもしれない。しかし、米中対立と言う大きな危険を考えれば、今、それを試みる必要があるのでは、と言うのです。

 しかし、いまや中国を引き込むと言った思考様式から脱し、上記第3のアドバイスにあるように双方の発想が生かされ、世界のシステムに影響を齎すようなプロジェクトや、仕組みを創りだすことで新しい世界経済を目指すこととすべきではないか、と痛く思う処です。

・米中主導で動き出す温暖化対策

 さて、今月23日、NYで国連気候変動首脳会合(気候変動サミット)が行われました。その際の米中両国の発言は何か世界経済に新たなトレンドを齎すような印象を与えています。と言うのも、京都議定書の枠組みで温暖化ガスの排出削減目標から距離を置き、温暖化対策に消極的だった米、中が2020年以降の新枠組み作りに積極的に関与する姿勢を鮮明にしたのです。メディアに拠るとオバマ大統領は中国の張高麗副首相と協議し「我々は世界の2大経済・排出国として、取組みを主導する特別な責任がある」と呼びかけ(日経9月24日・夕)、二人三脚で温暖化対策に乗り出さんとするのですが、二酸化炭素(CO2)排出量で世界の約4割を占める米中が前向きな姿勢に転じたことで、温暖化対策が米中主導の下、来年末の合意に向けた動きが加速する見通しが出てきたと言う事になります。

 云うまでもなく温暖化対策の推移の如何は各国産業の在り方、しかもそれがグローバルな産業構造をも規定していくというリアルな問題ともなるだけに極めてその成り行きは注目されるというものですが、云うまでもなく、それが新たな協力関係をも生み出すことになるものと、期待される処です。

 尚、米中の方針転換の背景にある事情としては、米国はシェールガスの生産増でCO2排出量を減らせる見通しが立ったことでオバマ大統領は温暖化対策を政権の遺産(レガシー)にしたいと考えていると伝えられています、が、中国もそうした米国をけん制するべく消極姿勢を転換させたと説明されています。いずれにせよこの二人三脚は今後どのように展開されることになるのか不透明ですが、二人三脚は評価される処です。それにしても、現下のウクライナ問題、中東‘イスラム国家’問題、等々を抱え、更に11月のAPEC首脳会議を控え、オバマ米大統領は、何処までこうした大きな変化に応えていけるのか、気にはなる処ですが。

 処で、京都議定書を主導した日本ですが、そのエネルギー政策は未だ定まっていません。となると日本は現状、こうした動きに出遅れてしまいかねず、早急な政策、その方向付けが求められるというものです。さてアベノミクスの枠組みにおいて、この種課題にどう取り組んでいくのか、まさにリアリスティックな課題を抱えることになってきたのです。


おわりに  政治と経済の関係、いま再び

 9月8日、経団連会長の榊原定征氏は、記者会見の席上、これまで中断していた政党への企業献金への関与を再開することとし、企業に献金の増額や復活を呼びかける方針を明らかにしました。その趣旨は、「アベノミクス」でデフレ脱却が見えつつあり、この際は、デフレ脱却を確実なものにし、日本再生させるためには、経済界と政治(安倍晋三政権)との協力を深める必要があると、云うものです。そして、この際は企業献金を「社会貢献の一環」と位置付けるものでした。

 この決定は何とも問題と言わざるを得ません。経済界の政治との関係を振り返ってみると、この20年余り、一定の距離を置くこととしてきた筈です。事実1993年には、当時のゼネコン汚職などを背景に、業界ごとに献金額を割り当てる「斡旋方式」を廃止し、献金は企業の判断に委ね、経団連は「呼びかけ」にとどめる事としていましたが、更に民主党が政権に就いた2009年からは政治献金への関与自体をやめています。それは、献金の取り纏めや、斡旋が政界と財界の癒着を招き、政治の腐敗や国民の不振に繋がってきた事への反省が、そうさせてきたという事でした。

 つまり企業献金とは結局、追加コストであり、株主と従業員と消費者にとって負担となるものであり、また、献金の斡旋は業界秩序の意識が入ることで、競争制限的要因になること、そして何よりも、企業の献金は政治をゆがめる恐れがあること、また国民にとっても負担となること、として経団連は不関与を旨としてきた筈でした。

 榊原会長は記者会見で「日本経済は閉塞感を脱しつつある。政治と経済が牽制し合う暇はない」(日経9月9日)と言うのです。勿論、政治と経済の連携が合理的なものである限りにおいて異論のない処です。しかし、例えば、経団連が法人税の減税を唱えながら、企業献金を再開しようと言うのは如何にも矛盾する処と言え、まさに献金で政策を買うかの如くに映る処です。俗に、金銭やロビー活動などで政策を買う事を‘レントシーキング(rent seeking)活動’と言うのですが、このような形で企業による政治力の行使は、健全な資本主義をゆがめてしまいかねない、と言うものです。見方を変えれば、これは透明性の問題であり、ガバナンスの問題に帰着するというものです。この6月、提示されたアベノミクスの成長戦略では、その基本軸の一つとして経営のガバナンスの強化を謳っています。

 ‘経団連は健全な政党を支援するのは社会貢献と言うが、それよりも経団連には健全な資本主義を維持することを期待したい’と日経(9月12日)はそのコラムで主張していましたが、まさに同意とする処です。

以上


 

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2014/09/30