(11月19日、日経 )
とりわけ、北京オリンピクの開会式を思わせるような派手な演出で始まったAPEC首脳会議は、従来にない成功を収めたと評価される処でしたが、この間、主催国として取った習近平主席の行動は、時に「アジアの盟主」たるをアピールする姿と映る処でした。然し、それ以上に、この機会を利して行われた主要国首脳との個別会談が映す姿こそは、太平洋を挟んで世界とアジア太平洋経済圏の今後の生業を探る姿として映る処であり、前掲エコノミスト誌は,これらの動きを‘明日に架ける橋’と論評するのでした。それだけに、これまで米国主導で成長してきたアジア経済圏の成長のかたちが、中国主導に変わっていく瞬間すら感じさせられたと言うもので、新しいアジア太平洋時代の到来を示唆するもの、とも報じられる処です。
然し、後述するように、米中両首脳の会談が、延べ10時間もかけて行われたと言う事は、昨年訪米時の返礼の趣旨を踏まえたものとはいえ、大国となった中国がそれ相応の責任を果たしていくうえからは、それに応えていけるパワーは未だしであり、従って欧米、特に米国と話し合う必要があることを漸く習近平が理解し始めたものとも言われ(注1)、又その後に続く一連の首脳会議の様相(注2)からは、そのほとんどが米国との提携を含意とするものであったことが理解される処、先の中間選挙敗退で、レームダックと囁かれるオバマ大統領を戴く米国ですが、その米国こそは、隠れた主役だったと言うものでした。
(注1)China’s Imperial President,
by Elizabeth C. Economy, Director for Asia Studies at the
Council on Foreign Relation, Foreign Affairs,
November/December, 2014
(注2)首脳会議と変化を示唆するキワード
(1)APEC首脳会議(11・10〜11 於 北京)
・中国:「アジアの盟主」を演出―自由貿易圏の実現(FTAAP)、AIIB構想
・米中首脳会談
―オバマ大統領:中国との協力をアジア重視戦略の「核心」
―習近平主席:新しい大国関係の構築
―大国としての責務:米中、温暖化ガス削減
・日中首脳対話:戦略的互恵関係確認
・中露首脳会談―新パイプライン締結(天然ガス供給)
・中韓FTA妥結
(2)ASEAN首脳(10か国&日米)会議 (11・12 於ミヤンマー首都、ネピドー)
・2015年末、アセアン経済共同体(AEC)に向けて規制緩和の実施
(3)東アジア首脳会議(「ASEAN10か国+日中韓、米他4か国」)(13日 於 ネピドー)
・2015年末までに「東アジア地域包括的経済連携」(RCEP)合意
(4)G20首脳会議(11・15〜16 於 豪州、ブリスベン)
・G20:成長戦略により2018年までに、G20全体のGDP、2.1%増の達成を確認
→ 官民のインフラ投資、女性の就業増加を促すことで一致
・オバマ大統領:アジア基軸の米外交の継続を表明。
(前述の米中関係がアジア重視戦略の「核心」とする発言の軌道修正?)
・中豪FTA合意
・別途、BRICS首脳会議開催 ― 米主導の国際秩序への対抗軸の模索
いずれにせよ、今後の世界経済が環太平洋経済、とりわけアジア経済を中心として発展していく事が予想される処、‘明日に架ける橋’とされる中国がトリガーとなって動きだす変化は、云うまでもなく世界経済、外交関係、の構造変化をおこすところと言うものです。
そこで、エコノミスト誌の分析、そしてForeign
Affairs掲載のElizabeth C. Economyの論文をもreferしながら、APEC会議を通して見えたホスト国、習近平主席の行動様式、米中の関係の今後、そして日米、日中関係のこれからの生業の可能性について、改めて考えてみたい、折も折、総選挙を控えて日本のこれからを考えていかねばならないこの時機、今一度、考察したいと思うのです。
1.APEC首脳会議と、習近平主席
` In China even a handshake is an expression of power ‘
(中国では、握手さえも力の表現になる)。前掲、エコノミスト誌は、このフレーズの下、北京での習近平主席の各国首脳に対する‘応対’の姿を、鋭く観察し、そのコンテクストの中に習近平中国の政治姿勢、外交姿勢を‘わしづかみ’にして論評するのです。
・APECホスト役の習近平主席
以下は、習近平主席のオバマ大統領との握手、そして安倍晋三首相との握手を巡る姿勢についての描写ですが、多少煩わしいながらもこの際は、原文(一部)にて紹介しておきたいと思います。
(対オバマ大統領) ・・・ When Xi Jimping met Barack Obama in Beijing
this week at the Asia-Pacific Economic Co-operation (APEC)
summit, Mr. Xi stood on the right, his body open towards the
cameras in an attitude of confidence strength. The visitor
was required to approach him, as if paying tribute, from the
left, shoulder defensively towards the photographers.
(APEC首脳会議で習近平主席はオバマ大統領を迎える際、右側に立ち、カメラに向かって体を開いていたが、これは自信の強さを示す態度だった。一方、客人、オバマ大統領は、まるで貢物を献上するごときで、左側から習主席に近づくように求められた。その為,肩がカメラの方に向き、受け身の体制になった。)
(対安倍晋三首相) ・・・There was an even more momentous
handshake---the long-awaited、reluctant one between Mr. Xi
and Shinzo Abe, Japanese prime minister, which signaled a
lowering of tensions over disputed islands.
(もう一つそれ以上に重要な握手があった。それは長く待たれた、しかし渋々ながら実現した、習主席と日本の安倍首相との握手だった。そしてそれは、日中間で問題となっている尖閣諸島を巡る緊張の緩和を示唆するものだった。)
以上からは、何か昔の中国一流の朝貢外交すら、想起させる処ですが、とにかく日中間の握手は、両国間の緊張緩和を示唆するものと評価する他、フィリピンのアキノ大統領とは、別の領海問題について意見の一致を得た他、韓国とは中韓FTAにつき合意を得、更に米国との間では気候変動、ビザ、貿易、安全保障といった分野で確かな進展があったとして、従来のAPEC会議に比べ、今回は明確なビジョンが見えたとして、評価するのでした。
因みに、前掲エコノミスト誌では `Summitry ‘(首脳会談)と題するコラムの中で、` World leaders
come to the Chinese capital, where Xi Jinping dispenses
magnanimity ’
(北京に集まる世界の首脳に、習近平主席は雅量豊かに振る舞う)と指摘するのです。そして、こうした流れが、ミヤンマーやオーストラリアでの会議に繋がっていったと言うのです。
然し、問題は、こうした成果が、中国の台頭と米国の相対的な衰退によって生じた環太平洋地域の緊張を緩和するための最初の一歩、に過ぎないと云うのです。そうした認識の背景には、APEC会議は習近平主席の主導の下で、大いなる成果を上げたと言われていますが、great-power
rivalry(米中の大国)の競争意識が、いまだ太平洋地域を脅かしているとの認識があり、従って、今後、その脅威を如何に除去し、バランスのとれたシステムの創造を目指すかが課題と、示唆する処と思料するのです。
周知の通り、第2次大戦以降、アジアの安全保障を支えてきたのは米軍でした。1972年のニクソン大統領の訪中が高く評価されたのは、それにより米中が対ソ連で連携を取ることになったためだと言われています。同時に中国は、米国のベトナム戦争終結を支援し、延いてはアジアにおけるパックス・アメリカーナを容認するものだったと言われてきました。が、そうした時代は、今、終わりを迎えようとしていると、言うこと、そして、この変化への対応を、と云うものです。
・アジアの安全は、アジア人の手で
中国経済は遠くないタイミングで米国経済を凌駕し、世界最大の経済大国になる事が予想されています。APEC期間中の中国はロシアとの連携を強めるべく、11月9日にはロシアとの大型天然ガス供給協定に調印をしています。軍事力という点ではともかく、中国の力が拡大していけば、米国は次第にアジアから遠ざけられていく事にもなるのでしょう。この点、エコノミスト誌は、そうなれば米国が台湾を守るのは難しくなるだろうし、韓国や日本の米軍基地も脅かされることになると指摘するのです。
因みに、習近平主席は,今年5月、ロシアと中央アジアの安全保障にかかる会議で「アジアの安全は、アジア人の手で」と次のように発言しているのです。―`
It is for the people of Asia to run the affairs of Asia,
solve the problems of Asia, and uphold the security of Asia’
(` China’s Imperial President’ 、Elizabeth C. Economy )
元より、中国の成長だけが、こうした変化を齎していると言うものではありません。つまりPacific rim
(環太平洋地域) 全体があまりにも繁栄し、あまりにも複雑化しているため太平洋を米国のlake(湖)とか、中国のそれとか、と言う事は難しくなってきていると言った事情があるのです。つまり、2000年以降、アジアの中間層は7倍に増えてきていること、(因みに中南米では2倍に増えただけですが)そして、韓国を含むアジア諸国が、世界貿易に影響を与えるほどに重要国になってきていると言う事。更に、米国を第一の同盟国とし、中国を最大の貿易相手国とするこうした国々は、いずれの衛星国にもなりたくないと思っていると言う事情が、そうさせていると思料されるのです。
こうした変化の積み重ねの上で、エコノミスト誌は、パックス・アメリカーナはrivalry
and
insecurity(競争心と不安感)が煮えたぎるパワーバランスに道を譲りつつあると言うのです。そして中国の成長に伴い、国際機関での役割も大きくなってしかるべきと言うのです。
然し、例えば米議会は、IMFでの中国の影響力を大きくする改革を妨げていること等、そうした動きが、中国を独自のクラブ −独自の貿易協定、アジアインフラ投資銀行(AIIB)と言った独自の開発投資銀行、また、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想や、独自の地域安全保障グループの構築へと駆り立てていると、指摘するのです。
既に、それらの一部については、今回のAPEC首脳宣言に盛り込まれてはいます。勿論、銀行は役立つかもしれません。然し、そうしたアプローチは中国の利益に適う事にはならないだろうと云うのです。つまり、世界の貿易や金融などのシステムを担うグローバルな機構や航行の自由、気候変動に関する国際行動は、いまや国の繁栄に欠かせないものとなっているわけで、そうした枠組みを弱体化させれば、中国は自らを危機にさらすことにもなるのではと指摘するのですが、習近平主席は、中国の影響力をアジア全域に広め、米国の影響力を弱めると言う野望は、捨ててはいないと見られるだけに中国が主導する諸制度の構築は、米国主導の現行制度への対抗軸として進められていくものと思料されるのです。
・求める成長規範は‘貿易’
更に同誌は、環太平洋地域の大国は、並び立つ二つの体制を築いて対立を深めるのではなく、現在ある機構を適応させることにもっと力を注ぐべきと主張するのです。そして、その際の規範となるのが‘貿易’だ、と改めて指摘するのです。つまりは、経済交流の進化こそが結局は安全保障に繋がる(勿論、安全保障とは何か、その再定義が必要ですが)と言うものです。真に筆者の同意とする処です。
この点、今なお、立ち往生にあるTPPこそは、環太平洋地域に対する米国の深い関与を示すシンボルになる筈であり、オバマ大統領はもう少し努力すれば、企業寄りの共和党が支配する議会にも、また動きの鈍い日本にもTPPを売り込める筈であろうし、中国の参加に向けて精力的に取り組めば、米国は「包括的な世界秩序を築きたい」というメッセージを伝えられる筈だと、米国へのアドバイスを残すのですが、それはそのまま日本に向けられるメッセージと、思料する処です。
いずれにせよ、習近平主席の行動ばかりが注目されたと言うものですが、今回のAPEC会議主催を通じて中国は初めて国際舞台に登場したということです。その点では、言われるほどには中国との協調関係がスムースに進むとは考えにくい事情多々であり、まだまだ乗り越えていかねばならない問題は多く、ハードルは高いものがあると思料されるのです。
因みに、前掲Economy
女史の論文からは、習近平主席と共産党指導部の間に、政治や経済に関する欧米型の考え方を受け入れたら自国の権力構造が損なわれる、といった潜在的な恐怖感が認められる処です。それだけに、不確実な中国の将来と向き合っていく事を前提に、政策担当者はflexible
and fleet-footed(弾力性と俊敏さ)をと、アドバイスするのですが、なんとも印象的と言うものです。
2.世界が注目した二つの首脳会談
上述APEC会議の機会を利して、行われた二国間、首脳会談の中で、注目されるのが米中首脳会談でしたが、それ以上に関心を呼んだのが3年振りに実現した習近平主席と安倍晋三首相との日中首脳対話でした。
冒頭「はじめに」の項で触れていますが、習近平主席は安倍首相とたった25分間の対話を持ったのに対し、オバマ大統領とは2日に亘り、述べ10時間も会談しています。これは習主席が日本を冷遇し、米国を優遇していると見られる処でしょうが、この違いは、日米への好き嫌いと言うより、政治的な計算からくるものと言え、そもそも、両会談の位置づけが全く違う事にあったと言うものです。つまり、日中対話はAPECの合間に行われた実務的な対話でした。が、一方の米中会談は昨年6月、オバマ大統領が習主席をT泊2日でカリフォルニア州に招き約8時間にわたって歓待した事への返礼だったと言う事で、中国側はメンツにかけて1泊2日でオバマ大統領を厚遇するものだったのです。そこには云うまでもなく「大国の指導者」を印象づける思惑もあったものと、見られます。
さて、両会談ではどんなことが話され、今後の二国間関係をどう理解していくべきか、各種メデイア情報をベースに、改めてレビューしておきましょう。
(1) 日中首脳対話:11月10日、APEC会議開会直前の昼、3年振りに実現。ただ、25分という極めて短時間の対話でしたが、日中間の戦略的互恵関係(注)を発展させていく事が、確認され、日中関係改善に向けた一歩がスタートすることになったと言うことです。(勿論、これで日中関係が新時代を迎えたと見るのは短絡的と思われますが、今回の対話の実現は、米政府との関係でも安倍政権の悪いイメージ改善に役立つはずであり、更には国際社会における日本のイメージへの影響も指摘できると言うものです。
そして、11月7日、対話にあたっての事前合意文書が出されていますが、その合意文章の文言について、安倍政権はほとんど譲歩せずに済んだ(日本にとって尖閣諸島の「支配権」や「領有権争い」への直接の言及が避けられている事、等)ことで、「日本外交の勝利」(日本版、ニューズウイーク、11月25日号)とする向きはあります。元より、最近の日中関係を巡る動きには多くの側面があり、それらを分析するに当たっては、単に両国関係に及ぼす影響を考えるだけで済まされるものではない、ことの教訓を手にする処ですが、それが今後の安倍外交の真価が問われる視点と言うものです。
(注)戦略的互恵関係:日中両国間で立場の違う歴史問題を事実上棚上げして地域の安全保障や経済、人的交流等双方が「果実」を得られる分野で共通利益の構築を目指し、2国間関係を強化・発展させていく考え方。(日経、11月11日付)
(2) 米中首脳会談:前述経緯の通り当該会談は、2日間のマラソン会談となっていますが、その際の会談内容は、両首脳は共同記者会見で合意事項として以下、列挙されています。温暖化対策への取組、軍事衝突を防ぐための危機管理制度、テロ対策、北朝鮮の非核化、等々で、中でも目玉は温暖化対策と軍事衝突防止策の二つとされるのです。これは、中国が大国として責任を果たすことの重要性に気付いた証左とされるのですが、この会談を成功させるため、両国が入念に地ならしした末の成果と評価される処です。
そしてオバマ大統領は、共同会見で、米中協力はアジア重視戦略の「核心だ」と語り、国際問題で協調を演出していましたが、南シナ海や、東シナ海での中国の強気な行動や、サイバー攻撃問題などから、実のところはオバマ政権の対中観は厳しさを増しているのです。
一方、習主席は、「我々は引き続き‘新しい形の大国関係’の構築に力を注ぐことに同意した」と発言していますが、オバマ政権はこの路線を事実上、拒否しているのです。更に彼は、「双方が核心的利益を尊重すべきだ」とも主張し、オバマ大統領をけん制していたのです。この核心的利益とは、中国が絶対に譲れない領土や勢力圏を意味し、チベットや、台湾などを指すものですが、更に、南シナ海や尖閣諸島もこれに含まれるとの説もあるのです。香港情勢や、人権問題でも火花をちらしており、米中の疑心暗鬼は深まってはいるのです。一方で、ケンカできないという認識も互いに抱いている処、その「愛憎」の如何がどちらにかたむくか、それが米中の行方、そして日本の利害にも大きく影響することになっていくわけで、そうした環境を自覚した対応が増々求められていくと言うものです。
おわりに:[アベノミクス] マイナス [クロダノミクス]
―景気、株価、政治、の三つが支えるアベノミクスの行くへは
・景気と株価、― 消費税増税延期と国会解散
11月17日、ブリスベンでのG20を終え、帰国した安倍首相を出迎えたのはGDPショックでした。同じ日、公表された第3四半期のGDP(実質)速報値は、アベノミクスへの信頼を大きく揺るがすものでした。つまり、成長率(年率換算)は1.6%の減で、前期(4〜6月)の年率7.3%減に続く、2四半期連続のマイナス成長となったのです。アベノミクスへの信頼喪失の瞬間だったと言う処です。
なぜ、ここで腰折れになったと言うのでしょうか。序でながら一言。
金融政策、財政政策、成長戦略の「3本の矢」で経済を再生すると言うアベノミクスのコンセプトは間違っているわけではありません。実際、金融緩和と財政出動で、15年超も停滞状況にあった日本経済は明るさを取り戻し、回復へのきっかけをつかみかけました。そこで、問題は、この勢いを実体経済に繋げていく上で、謳われた成長戦略にあったと言うものです。日本企業はグローバル経済との歩みを進めてきた結果、国内経済は空洞化が進み、言うなれば、これまでの発想や行動様式ではとても回らなくなってきているのです。然しそうした現実にはお構いなく、従来の経済行動を前提とした論理と行動で終始してきた結果が、因みに成長戦略のメニューを見ると、公的資金や公的機関を活用する産業政策的な施策が目につくこと、また政府が先頭にたって経済を動かそうという視点が見え隠れする等で、今日の結果を招いていると言うものです。要は経済構造の変化という環境と向き合った施策が打ち出されてこなかったと言う事ですが、この際は、成熟した日本経済の取るべき戦略とはどういったものか検討されるべきでしょうし、本来の政府が取るべき成長戦略とは、従って、民間が活動しやすい環境を整えていく事であること銘記し、出直すべきと思料するのです。
さて、安倍首相は、この2四半期連続のマイナス成長の現実に照らし、来年予定されていた消費税増税は、2017年4月まで延期することを決定、併せて、必ず実施する旨を明言しました。と同時に、既に法律で決められていた増税実施を延期したことについて国民にその信を問いたい、そして、これまでの経済政策、アベノミクスを、このまま推進していく事についても、国民の審判を仰ぎたいとして、11月21日に国会を解散、12月総選挙の実施を、明言したのです。まさに突然のアベノミクス出直し解散、と総選挙です。
・アベノミクスを巡るサプライズ2連発
これで、アベノミクスを巡る近時、サプライズ2連発となる処です。つまり、最大のサプライズとされたのが10月31日の日銀による追加金融緩和でした。黒田日銀総裁は経済刺激策としてマネタリーベースの増加額を年約80兆円に引き上げる量的、質的金融緩和の第2弾を決定。更に同日、年金運用機関のGPIFが国内・国外株式の運用比率を夫々25%に増やす旨を発表。この二つの決定で、周知の通り、世界中の株価は高騰しました。
その追加金融緩和の現実に照らし、筆者は急遽、これまでのアベノミクスの來し方を「660日の軌跡」としてレビューしましたが、そのプロセスにあっては、金融緩和でマーケットには浮揚感が齎らされたものの、これが持続的成長に繋がる構造改革、成長戦略行動は見いだせず、さて、「アベノミクス」から「クロダノミクス」(異次元金融緩和)を差し引くと何が残るの、と極めてデイスカレッジイングな思いを痛くした次第でした。
そして、二つ目のサプライズが今次の安倍首相が打ち出した解散・総選挙戦略です。これが有態に言えば、それは経済の立て直しに苦悩する日本が見せた最新のサプライズと言う処です。ただ、突然の総選挙は足並みのそろわない野党に奇襲をかけ、安倍政権の任期を伸ばそうとする動きとも見える処、いずれにせよ、アベノミクス「第3の矢」の為の時間稼ぎ、と、9月の改造人事失政への反省として「政治資本」の強化を図らんとするものと言えそうです。
・政治(選挙)は‘富国裕民’を目指せ
さて、選挙の大義云々はさて置き、国民(有権者)にはアベノミクスを巡り再び重要な決定の機会を与えられることになったと言うものです。もとより、総選挙である以上、国民に信を問うべき問題は多く、原発再稼動問題、安全保障政策、閣議決定した集団的自衛権行使問題、規制改革問題、財政改革、等々、争点として挙げられうるテーマは多々ですが、自民、民主が政権構想をかけて正面からぶつかる「二大政党型」の対決構図は、いまは昔で、安倍自民党の勝利が十分に想定される現状からは、最早政党ベースで選挙を考えるのではなくイッシューで考えていくほかないものと言う事でしょうか。
因みに11月22日付The Economistは、現下の日本の政治地図を承知したうえで、今回の総選挙について`Same
race, same horse’
としながら、「・・これまでの行動様式の変革を目指すリーダーさえ戴けば、日本は素早く成長していく事は間違いない。安倍晋三氏はそうしたradical
ideas
を持っているのだが、そうしたことに彼自身の政治資源をつぎ込むことに躊躇があり過ぎる。本当のリーダーはリスクを取らねばならない」と言うのでした。
この点で思い起こされるのがドイツのシュレーダー首相のケースです。規制改革を強行して英国経済を再興したサッチャーの改革は、つとに有名ですが、東西ドイツ統合後の停滞したドイツ経済を、やはり規制改革を強行させ再生させたシュレーダー首相の政治姿勢は、今の日本にとって示唆的と言うものです。つまり、選挙に不利、を承知で、左派の政権ながら‘構造改革なくしてドイツ経済の復活なし’として、これを実行。果たせるかな、シュレーダー首相は次の選挙で政権を離れることになったのですが、政権を引き継いだ保守党のメルケル現首相はその恩恵を引きつぎ、いまやドイツはEUの盟主となっています。当面の選挙に勝ことだけを優先する日本の政治家との大きな違いを露とする処です。
今の政治は、国民を置き去りした政治と揶揄されています。今次の選挙を前に、高橋是清が信念とした‘「富国裕民」を目指す、そして豊かな国際関係を堅持していく政治’をと、改めて思いを深くするのです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)