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林川眞善の「経済 世界の

第29回 The third great wave 
― 超速で進む世界経済の構造変化と、第3次安倍政権 ―

2014/12/23

林川 眞善
 

― 目次 ―
 
はじめに トフラーの‘第3の波’を超えて 
1.‘ 第3の偉大な波 ’の実像
 (1)デジタル革命と世界経済の構造変化
 (2) ドイツはいま‘Industry 4.0 ’
2.第3次安倍政権で日本の‘波’は、どう唸りだす 
 (1) アベノミクス再稼動の行方
 (2) 各党の選挙公約に感じたこと
おわりに マララ・ユスフザイさんのアピール
 



はじめに:トフラーの‘第3の波’を超えて

 来る2015年は終戦から70年、いやおうなしに全世界が第2次大戦と向かい合う事になります。そして、そこでは様々なメッセージが飛び交う事になるのでしょう。宣伝や、誇張、批難をも含め。では日本からはどのようなメッセージが発せられることになるのでしょうか。

 さて、今次総選挙は周知の通り、自公政権の圧勝のうちに終わりました。今回の選挙は、そもそも何故いま選挙?という疑問を残してのものでしたが、結局はアベノミクスへの信任投票の形をとるものでした。

 そのアベノミクスは、昨年来の異次元の金融緩和策、大幅な財政出動で、景気回復へのシナリオを引き出すまでになってきていました。株価の上昇回復、企業業績の改善、更には政府が誘導する政労使協議を通じて賃金引上げの対応も進むなど、その成果を示唆する事象です。然し、近時、発表されたGDP指標は、その流れの失速を語るものでした。
 本年第2四半期、第3四半期のGDPで見る成長率はいずれもマイナス。米国経済で言えばGDP成長率が2四半期連続マイナスとなった場合、リセッション、つまり景気後退と定義されていますが、それに従えば、漸く回復に向かい出したという日本経済ですが、いまや景気後退に陥ったと言う事になるのです。

・アベノミクス 失速

 何故? 結論的に言えば、回復軌道を成長軌道に乗せるべく打ち出されてきた、いわゆる成長戦略が日本経済の実状に適う事がなかったと言う事でしょう。が、より本質的には当該戦略を具体的に推進していく上での政治資源の使い方にあった事と思料します。

 まず、経済指標から言える事は、GDPの6割を占める消費が冷え込んだと言う事でした。それは、円安を反映する物価の上昇に、春の消費増税が重なり、実質賃金が引き下がったことで消費が冷え込んだということで、そこに大きな見込み違いがあったと言う事でしょう。
 然し、より基本的には、構造変化を始めている日本経済への理解の在り方だったと言うものです。円安誘導で、企業の輸出競争力の強化が進み、企業投資の活発化、雇用者所得の上昇、消費の活発化、等々、経済の好循環を狙ったと言う事でしたが、その主役を演じる企業の行動様式が構造的に変わって来ており、想定していたような効果が出てこなかったと言う事でした。つまり、多くの輸出産業は、とりわけ2008年のリーマン以来、活動拠点を海外へと、シフトが進んできた結果、国内産業は空洞化が進み、生産様式が一変してきた事にあったのです。そして更に、人口の減少で国内需要の先細りが云々されるなか、技術進歩の質的変化が加わり、労働市場の構造も変化してきたこと、等々で政策効果を上げることが出来なかったと言うことでした。

 昨年11月、ラリー・サマーズ元米財務長官は「長期停滞(secular stagnation)」論を唱え、米国など先進国経済の低成長を巡る議論に一石を投じたことは周知の処です。それは、経済構造の変化で潜在成長率を下回る成長しかできなくなっていると言うものですが、その要因として、急速に進む高齢化、膨らむ公的債務、広がる所得格差、等、を挙げる一方、それら要因に対抗できる効果的な処方箋が用意できていないため、というものでした。つまり、これら要因への対応の遅れが結果として停滞に繋がっていると言うのでした。
 用意できていない! アベノミクスの失速も、このコンテクストで語られ得る処です。

 つまり、アベノミクスの失速は、競争環境の変化に呼応、日本企業のグローバル化が進むと同時に、産業の空洞化が進み、更に、急速に進む人口減少、労働力人口の高齢化とも相まって労働市場の急速な構造変化が加わってきた事で、従来の思考様式、行動様式では通じなくなってきた新しい環境にも拘わらず、その行動様式は相変わらずのままに推移してきた結果、と言うことでした。 加えて、安倍晋三首相は途中から、景気は日銀任せとし、自身は、自らの政治資源を安全保障問題等、多くの有権者が期待していない右旋回の政治行動に終始した事、つまりOff target((Financial Times)にあった事が結果として失速を招いたものと思料される処です。

 第3次安倍政権では、こうした政策の瑕疵を学習し直し、持続的成長につなげていく為の政策の再構築を通じて、国内はもとより対外的にも日本経済の貢献を訴えていく事になるのでしょう。またそうあるべきと思料するのです。そして、これがリアルには、冒頭で触れた日本が発していくであろうメッセージの核を成す処ではと、思料するのです。その際のカギは、日本と世界経済を通じて今起こっている、そして今後に続く経済の構造変化,とりわけ技術進歩が齎している質的変化、これをリアルに理解すること、そしてその理解の上に立った戦略を構築し、その実現に向け取り組んでいくことにあると、言うものです。

・`Wealth without workers, workers without wealth’

 処で、10月4日付、The Economist は、現下で進む技術、とりわけ、ICT(information communication technology:情報通信技術)の急速な進歩で、構造変化が進む現実を活写する16頁に及ぶ特集を組んでいます。それは、これまで経験することのなかった行動様式の変革が世界的広がりで今、進んでいる事、しかもそれが想像以上のスピードで進んでいる現実を浮き彫りするものでした。つまり、‘生産様式(システム)の構造的変化’‘労働者の生産活動への係わり方の変化’、更には、‘労働市場の質的な変化’が重なりあって進んできた事で、経済活動の生業は今、世界的に構造変化の中にあると言うのです。そして、その変化の様相を` Wealth without workers, workers without wealth’、つまり、‘働き手なしで作られる富、富を手にすることない働き手’と同誌は言い表すのです。それは、いわゆる機械化を超えた、ICTを媒体として進む経済システムの変化の様相を語る処であり、それはまさに、デジタル革命を示唆する処です。かくして、かかる変化の流を‘The third great wave’(第3の偉大な波)とし、そこに見る経済の生業を、デジタル革命の実像としてレポートするものでした。
 「第3の波」といえば、1980年、米国の未来学者、A.トフラーが著した当時、世界的ベストセラーとなった書名「第3の波」が想起される処です。それは、人類はこれまで、大変革の波を2度経験しているが、その第1の波は農業革命(これは18世紀の農業における変革ではなく、人類が初めて農耕を開始した新石器時代に該当すると言う)、そして第2の波は産業革命だが、これからは第3の波として、情報革命による脱産業社会が押し寄せてくる、と言うものでした。

 確かに、その‘情報革命’は、あらゆる経済活動の場面に浸透してきました。然し、これが、今、想像以上のスピードと更なる技術革新が加わってきたことで、経済の仕組み、営みが驚くほどに変化してきているのです。つまり、トフラーの云う「第3の波」以上の「波」が押し寄せてきた事で、現状は、これまでの論理や行動様式では律し得ないほどの新たな、デジタル革命と称される構造変化の中にあると言うものです。それ故に、安倍政権にとっても政策上この現実にどう対峙していくか、が大きな課題と、迫る処です。

 そこで、2014年を終えるに当たり、今後の日本経済、世界経済の行方を考えていく準備として、改めて、このエコノミスト誌の特集が伝える今日的な構造変化、デジタル革命の実状を学習し、その生業の今後について、また再出発のアベノミクスについても併せて、考察して行きたいと思います。


1.‘第3の偉大な波’の実像
   ―Wealth without workers, workers without wealth 
       
(1)デジタル革命と世界経済の構造変化
     
 いまさらですが、19世紀の大発見、電力から内燃機関に至る工業技術の大変化は、経済活動の在り様を変え、人類の生活環境を一変させてしまいました。そして、近時の数えきれない発明、発見が技術革命を促し、とりわけ情報通信技術の革命的とも言える進化は、旧来の経済構造の変革を促し、これが多くの失業者という犠牲者の発生を伴いながらも、一方では、多くの人々の生活の向上に資する形で、経済社会の変革を促してきました。それは、新しい経済機会を生みだし、多くの新しい仕事が旧来のものにとって代わるプロセスだった云うものです。

 2005年NYタイムズのコラムニスト、Thomas Friedmanは、大きな影響を与えた2005年の著作 ` The World is flat’ (フラット化する世界)のなかで、‘世界は縮んでいる、競争の障壁が平らになって、経済の伝統的なルールの多くが書き換えられている’、と主張していたことは周知の処ですが、その変化は更に高度なICT技術を介して進化にある処です。

 つまり、それは、経済的変化のみならず、社会の生業の変化をも伴なって進む変化であり、デジタル革命と称される新たな変化です。このデジタル革命は、コンピュターパワー(計算力)、コネクテイビテイ(多元的結びつき)、ユビキタス情報機能(何時でもどこででも入手できる情報機能)を、ホールマークとするものですが、それら要素はマクロ、ミクロを問わず、絡み合って進む結果、あらゆる面で構造的変化を促す処となっている点で異次元とも言える変化です。

・労働市場の構造変化と、広がる格差

 さて、この情報通信技術(ICT)の進化が齎すデジタル革命の様相とは、生産システムの効率化を促すと共に、グローバル経済の進展とも相まって、生産活動の様式を構造的に変化させる一方で、生産活動に参加する労働者の生業も、ICT技術の進歩に反応する形で、二極化を進める処となってきています。つまり、ICTの高度な技術に対応できる専門家、或いは、高度なマネジメント能力を持った有能な労働者と、低賃金で働く労働者との二極分化という変化ですが、これが労働市場のこれまでの生業を変え、分断が進み、つまりは、労働市場の構造変化を齎す処となっているのです。

 これまでnew technology、新技術の導入と言えば、生産性を向上させ、その結果として労働者の賃金が上がり、熟練労働者、そうでない労働者との差を、そして、資本家と労働者・消費者の格差をカバーする、とされてきました。つまり、機械化、工業化で広がった格差は経済成長と共に縮小する、という楽観論が主流でした。
 然し、今日、急速に進歩する技術のあり姿は、これまでとは違いtalented individuals、つまり有能な才能を身に付けた個々人の力を更に強化する一方で、その他の一般労働者は未熟練の労働者として置き去りとされる結果、言うなれば差別化が進む処となっているのです。そして留意すべきは成長産業だからと言って、そうした労働者を吸収することはなくなってきたと言う新しい状況が生まれてきていることです。
要は、従来の支配的な通念、生産性(競争力)の向上を通じて経済の拡大、成長を図り、そこに労働者を吸収していくと言う思考様式が通じなくなってきたと言うことです。元より、これが雇用政策、産業政策を考えていく上での新たな視点を与えるものであることは言うまでもありません。

 ‘第3の偉大な波’と言うデジタル革命は、いま労働市場の構造変化を促し、リアルには極めて多くの富が、平均的労働者とは関係なく、僅かなエリート集団によって占められていく状況を生む処となってきていると言う事です。まさに、前述の`Wealth without workers, workers without wealth’ と言うものです。

 かくして、僅かの富裕者とその他労働者との所得格差は、更に開く様相にあると言うものですが、この格差拡大の現実にどう取り組んでいくか、いまや先進諸国が共通して対峙する大きなテーマとなってきている処です。
 因みに、今月、12月9日、OECDが発表した、所得格差問題に関する調査レポート` Trends in Income Inequality and Its Impact on Economic Growth’ では、富裕層と貧困層の格差は今や、大半のOECD諸国において過去30年間で最も大きくなっている事、そして所得格差が拡大すると、経済成長は低下すると、指摘しています。そして、その理由の一つは、貧困層ほど教育への投資が落ちる事にあるとし、貧困層の教育投資不足への対応を含め、格差問題に取り組むことで、社会を公平化し、経済を強固にすることが可能と、訴えています。(注)

(注)フランスの経済学者、トマ・ピケテイ氏の指摘:
昨年出版されたピケテイ教授の「21世紀の資本」(12月邦訳出版)は、いま世界的なベストセラーになっています。彼は、欧米先進国の長期データの分析結果、資本主義経済の大半の期間で、年率の資本収益率(R)が経済成長(G)より上回ってきた( R > G) とし、これが資本主義の法則なら資本の持てる者と持たざる者、つまりは資産家と普通の勤労  
者との差は開く一方だと言うのです。そこで、その格差縮小の為には、富裕層への課税を国際的に協調することを念頭に、年に最高税率が2%の累進的な財産税を導入し、最高税率が80%の累進所得税と組み合わせることを提案するのです。

ただ、累進所得税も資産課税も、一見すると格差是正に効果的と思われますが、課税増ということで、経済活動を委縮させる意味では両刃の剣、トレードオフになる処。尚、上述OECDリポートでは、格差是正問題として租税政策や移転政策による格差への取組みは、適切な政策設計の下で実施される限り、成長を阻害することはないと指摘はしています。いずれにせよ、今後日本で所得格差問題が政治的にクローズアプされるとなれば、所得税改革が脚光を浴びる事になる、と言うことでしょうか。因みに橘木俊詔氏(京都女子大)は、日本でも、低成長が続く中で資本収益率が高い事から格差拡大の原因と指摘するのです。(日経、12月12日付)

 序でながら、新興国にあっても、デジタル革命の影響を受け、所得の一極集中が進む中、有能な若手人材が、更なる技術知識を求めて海外に流出していく事で、新興国経済は取り残されることになりかねないと、エコノミスト誌は指摘するのですが、これが世界経済にとって新たな課題と映るというものです。

・政府の役割

 以上のような事態の変化は当然の事として、産業の保護、支援と言った政府の役割の見直しを迫る処ですが、その際の政府のなすべきは、技術革新の効果が広く社会変化に資するように仕向けていく事と、同誌は云うのです。そして、そうした事への取り組みは、極めて厳しい、利害の対立する政治のなかで問われていくこととなる、とも指摘する処です。

 これまで経験してきた産業革命では、基本的には個人と国家(individual and the state) の関係を変えるものでした。が、現下で進むデジタル革命とは、そうした関係の更なる変化を予想させる処であり、それだけに政府には新たな取組が求められていくことになるということです。その点で象徴的なイシューが規制改革と言われますが、その際は、規制改革で生産様式の変革が進み、と同時に、いわゆる創造的破壊によって齎らされる問題から労働者をいかに解放するか、そういった行動が求められていく事になると言うものです。

 つまり、テクノロジーとは単に手段であり、それ自体にテーマがあるわけではありませが、それが社会に与える影響は決して中立と言うものではない点で、政治には常に、テクノロジーが社会的価値やビジョンに結びつけられていくよう‘仕組み作り’をしていく事が求められると云うものです。

(2)ドイツはいま「Industry 4.0」

 今年のはじめ、日経電子版(1月27日)はドイツでいま産官一体となって推進中の高度技術戦略プロジェクト「Industry(インダストリー) 4.0」について報じていました。(注)
 Industry 4.0の大まかなコンセプトは「Hannover Messe 2011」で明らかにされ、その2年後の「Hannover Messe 2013」で、産官学の有識者からなるワーキンググループ(WG)による最終報告がなされていますが、要は、インターネットなどの通信ネットワークを介して、工場内のモノやサービスと連携することで、今までにない価値が生み出されたり、新しいビジネスモデルを構築することができ、延いては、様々な社会問題の解決に結びつくと言うものです。

(注)12月9日付日経は「革新力―製造業ネクスト」と題し、ICT技術を介して進む「近未来工場」の実験現場を取材。そこでは再び、「人」は不要、機械同士が「会話」して生産をしていく究極の様子として、ドイツの「Industry 4.0」が紹介されています。

 Industry 4.0 という名称は、「第4次産業革命」という意味がこめられているということで、18世紀の綿織物工業の機械化が第1次産業革命。電気による大量生産時代の20世紀初頭が第2次、コンピューターによる自動化が進んだ1980年代以降が第3次革命。そして第4次は自動化された工場が業種を超えてネットワークされ、国家として立地競争力を競う時代と言うものですが、要は、工場そのものをスマート化しようと言うものです。

 工場のスマート化は、働く人々の生活の質を高めることに繋がると言うのですが、これらコンセプトを実現するための課題としては、(1)標準化、(2)複雑なシステム管理、(3)通信インフラの整備、(4)安全とセキュリテイー、の4つが挙げられています。勿論、これら全てが実現するには未だ時間を要する処でしょうが、エコノミスト誌同様、社会経済の生業が本質的に変わっていく姿を示唆する動きと言うものです。

 さて、これまでもICTの進化が齎す変化を第3次産業革命として、米国中心に縷々報告されてきて来ています。しかし、いま改めてデジタル革命と称される変化が、想像を超えるスピードで、しかも価値観の修正をも迫るほどに、グローバルな広がりで進んでいる点で、従来の発想の延長では律し得ない、従ってGreat Waveとされる変化に、如何に向き合っていくか、リアルの問題として迫っているのです。
 こうした世界経済のシステム変化と言うコンテクストに照らすとき、では日本の‘波’はどのような形をとって進んでいくことになるのか。そこで以下、再出発の安倍政権が目指す経済政策の行方を考察していきたいと思います。


2. 第3次安倍政権で日本の‘波’はどう唸りだす

(1)アベノミクス再稼動の行方

 前述、アベノミクスへの信任を求める今次の総選挙は、とりあえずは自民の圧勝に終わった事で、安倍首相は、アベノミクスへの国民からの信任を得たとして、急ピッチでアベノミクスの再稼動に向けて取り組んでいく様相にある処です。但し、今回の投票率が、52.66%と戦後最低にあった事は、‘選挙そのものに有権者から疑問を突き付けられた格好にある’(日経12月15日付社説)と言う事で、その信任の在り様には些かの疑問を感じさせられる処、その点、国会議席の過半数を得たとはいえ、政権の運営にあたっては真摯な取り組みが望まれると言うものです。

 さて、第3次安倍政権としては、そうした環境にあって、経済を早期に回復過程に引き戻すことで政権基盤の安定化を狙うことになるのでしょう。但し、失速したアベノミクスの再稼動となれば、その政策を巡る条件はこれまで以上に厳しいものと思わざるをえません。安倍首相の云う‘経済の好循環実現’の為には、ヒト、モノ、カネを如何に動かしていくか、その戦略は待ったなしですし、その有効期限はハッキリしていると言う事です。その期限とは、首相が消費税再増税の時期として明言した2017年4月です。それまでの2年余りの期間に経済を立て直せるかと言う事です。つまり、選挙に圧勝したことで、安倍首相はアベノミクスからは逃れられなくなったとは、メディアの言ですが然りでしょう。

 既に政府は政労使会議を開き、企業による従業員の賃金引上げへの合意に向けた動きを開始した他、年内には経済財政諮問会議、等を開き個人消費喚起のための経済対策を、また年末には税制改正大綱を取りまとめること、更には来月には経済対策を裏付ける14年度補正予算案と15年度予算案を取りまとめること、等、矢継ぎ早に進めていく事が報じられています。

・「規制改革こそ一丁目一番地」を今一度

 ただ、改めて銘記されるべきは、好循環実現のトリガー(主役)は‘企業’にあると言う事です。その点では、企業がダイナミックに活躍できる環境を作り、また動くよう仕向けていく事が必要なのです。具体的には、過去最高の利益を上げる企業が、手元に抱える資金を前向きに使うよう仕掛ける事でしょう。そして、その流れの中で、成長企業への人材の移動がスムースに進むよう労働市場の改革を進めていくべきと言うものです。

 併せて、ポテンシャルの高い、しかし一部の権益者保護のためにあった‘規制’は、当該産業への第三者の参入を拒否し、言い換えれば経済活動拡大への芽を摘んできたと言うもので、この際は当該規制の改廃、新規参入を可能にする規制改革の確実な実行が不可避と言うものです。それは言うまでもなく潜在成長率の引き上げを目指す構造改革に着手することを意味するものです。

 これまで安倍首相は、規制改革こそ成長戦略の一丁目一番地としてきました。が、関係業界、関係官庁、更にはこれらと利害を共にする自民党内勢力にかき消され、関係法案の成立を見る事もないままに推移してきています。然し、今回の選挙の結果、安倍首相は内にも外にも、盤石の政治手的基盤を手にしたわけですから、やる気さえあれば成就可能の環境にある処です。外国メデイアも安倍首相の政治資源をそうしたことにもっと使うべしと、エールを送っています。

 尚、ここで留意すべきは、医療や農業、等、に係る規制自体、問題ですが、規制に守られてきた結果、生産性や効率性が低いままにある事がより問題と言うものです。つまり、規制を崩しても新たな成長戦略を描けねば、規制改革による成果は得られないと言う事です。
 そして前述のデジタル革命のコンテクストに照らすとき、仮に岩盤規制を崩し、新たな成長を導くためにも、ITを戦略として本格的活用を図っていくことが不可欠と言うものでしょう。つまり、規制改革の大きなカギはITの活用にあり、と思料するのです。

(2)各党の選挙公約に感じたこと

 処で、今回の選挙戦で語られた各党の公約には些かの違和感を禁じ得ないものがありました。それは、日本経済の成長力を高める為に欠かせない通商戦略の視点が、いずれの公約に於いても欠落していたことでした。勿論、貿易の自由化、アジア太平洋地域での経済連携への言及はありました。然し、なんの為の自由化なのか、日本として世界で、どのような国際通商の枠組みを築きたいのか、その理念と道筋が全く描かれていなかったと言うものです。
 昨年3月、日本がTPPへの参加を表明した際、各国は開かれた経済にカジを切る安倍首相の意気込みを感じとり、日米主導の貿易・投資の自由化による経済成長への期待が世界で一気に高まったと報じられたものでした。ですが、その昂揚感は、今は見出せません。

 TPPに関して言えば、自民党の公約は「国益にかなう最善の道を追求する」と言うのみ。また、民主党は「国益を確保するために、脱退も辞さない厳しい姿勢で臨む」と云い、従来の自由化路線からの大きな後退を印象付けています。農協は勿論、消費者の負担で市場を保護する仕組みを続けたいと言う事でしょうし、従って通商政策を巡る議論は農産物5項目の攻防という極めて矮小化されたものとされてしまっていることは、周知の処です。これでは成長戦略の要となる筈の貿易問題が国民の目線から遠くなるばかりで、まこと気にかかる政治感性よ!というものです。

 更に、通商政策は雇用政策と表裏をなす処です。投資の自由化は国内の雇用拡大に結び付き、競争力が衰えた産業の空洞化の穴を埋めることとなる筈です。現在、具体的作業中の法人税の引き下げは、外国企業の日本進出をやさしくするものと説明されてはいます。が、より外国企業の日本への進出を促すためには撤廃すべき対内投資の障壁をもっと具体的に特定し、外資にとって魅力あるものとしていく姿勢を見せていくべきと、思料するのです。

 この他、集団的自衛権行使容認問題、原発再稼動問題、人口減少経済問題、格差問題、等々、日本の今後を考えていく上で、重要なテーマがありました。然し、当初、これら問題については、あまり口にされることなく気がかりというものでした。漸く終盤になって安倍首相は、街頭演説で触れだしていましたが、その表現は曖昧、その対応姿勢の変化に些かの懸念を抱かされたと言うものでした。


おわりに マララ・ユスフザイさんのアピール

 選挙戦、真っ最中の12月11日(現地時間10日)、ノルウエーのオスロでは、今年のノーベル平和賞授賞式が行われました。そして、そこで行われた今年の受賞者の一人、マララ・ユスフザイさん(17歳)の受賞演説は、‘恵まれない子供たちに教育の機会を’、‘質の高い教育を’と、世界に訴えるものでした。それは平易な言葉で、しかし熱く語る17歳の少女、マララさんのスピーチは、一瞬、世界をその虜にするほどの、実に感動的なものでした。そのさわりの一部を紹介しておきたいと思います;

・・Why is it that countries which we call ` strong ‘are so powerful in creating wars but so weak in bringing peace ? Why is it that giving guns is so easy but giving books is so hard ? Why is it that making tanks is so easy, but building schools is so difficult ? ・・

(訳:なぜ、強国と呼ばれる国は、戦争を起こすことにはとても力強いのに、平和を齎すことには弱いのでしょうか? なぜ、銃を与える事はとても簡単なのに、本を与える事はとても難しいのでしょうか? なぜ、戦車をつくることは簡単なのに、学校を建てることは難しいのでしょうか?― 読売新聞12月11日)

 処で、近時、安倍政権は特定秘密保護法施行の実施、集団的自衛権行使容認問題、等々、政治行動は右旋回の様相を強めてきており時に、彼の思考様式からは軍事力を背景とした力の外交に憧れているやに見えてなりません。実際、抑止力の強化が必要だとして、財政難が云々される中で、軍備増強を進めています。 マララさんの、このスピーチは、安倍首相の耳にどう届いたことでしょうか。

 さて、安倍首相は今回の選挙で国民の信任を得たとして、本来の思いとする方向へ日本を誘導していこうとすることでしょう。然し、その翌日のFinancial Times (De.15) は、`Many voters say they are worried that Mr. Abe may use an extended mandate not to push for longer-term structural reforms to boost Japan’s competitiveness – the so-called third allow of Abenomics−but to pursue matters closer to his heart, such as redrafting the country’s pacifist constitution.’ と、つまり、有権者の多くは、安倍氏が新たに得た信任を、日本の競争力強化の為の長期的な構造改革(いわゆるアベノミクスの第3の矢)の推進でなく、平和憲法の改正と言った安倍氏が大事にしている問題を追及するために使うのではないかと、心配していると、伝えるのでした。

 そうなのです。 従って、24日、第3次安倍政権が発足しますが、この際は、今後とも日本が世界で主役を演じていく為にも、経済専一、改めて、経済再生を確実とし、国民の生活向上に資する政策の推進とそして、創造的外交の推進を目指すべきと思うばかりです。

 あと数日で2014年は終わります。来る年、2015年が国民にとって、更なる可能性豊かな年であらん事を、祈念する次第です。

  MERRY CHRISTMAS and A HAPPY NEW YEAR !

以上

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2014/12/31