― 目次 ―
はじめに:成長のとば口で、変わりだした日本企業
1.デフレ脱却の可能性とインフレ目標2%の現状
(1)デフレ脱却の可能性―賃上げ姿勢に転じた企業経営
(2)インフレ目標2%の現状
2.攻めの経営を主導する企業統治
(1)企業統治の強化と経営の実際
(2)日本企業の秘密主義に切り込むActivist
おわりに:東電福島第1原発汚染水漏洩
はじめに:成長のとば口で、変わりだした日本企業
・景気回復へ揃い出した好条件
3月12日付日経新聞(朝刊)第1紙面では「トヨタ、ベア3700円軸にー過去最高一時金は満額回答」のトップ記事が躍りました。 言うまでもなく、2015年春季労使交渉の話題です。低迷が続き、大幅な賃上げなど、何時か忘れられてしまったような雰囲気を、一掃するかのように、明るさを戻す日本経済を感じさせるニュースの瞬間でした。最終的には、4000円で決着したようです。(16日付日経)
さて、物価はわずかずつですが上昇に向かい始めたようで、原油価格の下落にも拘わらず、1%台を維持しています。2月16日発表された昨年第4四半期GDPでは、増税後初めてプラス成長(3月9日発表の下方修正の改定値でも年率1.5%の上昇)となっています。
需要項目では住宅投資を除き、総じて上向き、内需は6四半期連続の上昇で、回復力の弱さが懸念されていた消費が上昇となった点で、自律的な景気回復に向かい出したとの印象を持たせる処となっています。
昨今、活況を呈する株式市場は、云うまでもなくこうした国内景気の底入れ感を映す処で、昨年の第4四半期のGDP発表直後の株式市場では、平均の終値ベースで、7年7か月振り、1万8000円を回復、そして3月13日の終値では1万9254円と、15年振り1万9000円台に乗せています。勿論、米国経済の順調な回復、2月末のギリシャへの金融支援の延長決定で、取り敢えずGrexi(ギリシャのユーロ圏離脱)のリスクは回避されたことで国際的に投資家心理が好転したことで、世界的な株高の流れが醸成されていますが、こうした海外の経済事情も強く反映していることは、言うまでもありません。
‘ 企業’についても、3月2日、財務省が発表した2014年10〜12月期の法人企業統計では、昨年来の原油安などの要因の加わり、全産業の経常利益は前年同期比11.6%増の18兆651億円と、統計が比較できる1954年以降で最高となっており、又、3月12日発表(財務省、内閣府)の1〜3月期の大企業の景気感を示す景況判断指数は3四半期連続で上回っています。因みに、3月期決算は、過去最高益が予想されている処です。
こうした事情を勘案するとき景気回復の期待は一段とたかまり、市場は強気に動く事になるものと推測される処です。
・変わりだした、‘変わらない日本企業’
処で、活況を呈する株式市場の主たる役者、投資家は、と言えば、GRIF(年金積立金管理運用独立行政法人)等の公的資金と、海外投資家、つまり‘外資’とされています。前者については、株価形成に向けた政策運用とされる処、現実に株価上昇を牽引しているのは外資と言われています。実際、東証によれば、外資は3月6日まで4週間連続の買い越しになっている由で、その多くは米国の金融引き締め予想を背景に、それに代わるマーケットとして円安に囲まれ景気回復に向かい出した日本市場にシフトを強めている結果と言うものです。これまで外資については、その投資行動が俗にいう短期決戦のキャピタルゲイン目当てあり、従って、時には市場かく乱要因とも警戒されてきました。そうした事からは、外資の動きはまさに注目される処です。然し、昨今、その様相に変化が見られると言うのですが、それは日本企業の経営姿勢の変化を強く映すものと、されている処です。
つまり、日本企業は、リーマン以降、資金調達難や長期のデフレ下で現金保有を旨とした完全タイトグリップの経営を進めると同時に、経営の合理化、生産性の向上に努めてきました。そして、漸く収益力が回復に向かい出し、近時の原油安等、市場の好転もあって、この3月期決算では過去最高益が見込まれるまでに至っています。業績の改善、そして労働市場の環境変化にも照らし、これまで賃上げにネガテイブだった企業の経営陣は漸く‘賃上げ’という積極姿勢に転じてきたのです。元より、これがトリガーとなって停滞していた‘消費’が喚起され、これが企業収益の拡大に繋がり、再び企業投資や雇用者所得に繋がっていく、つまりは経済の好循環が期待されると言うものです。株式市場の‘活性’は、そうした日本企業の経営姿勢の変化と、それが齎す日本経済の可能性に対する投資家、とりわけ海外投資家の評価のなせる処と言うものです。彼らの日本企業を見る目が変わってきたと言われますが、そこで‘日本企業の変化’が注目されると言うものです。
元より、これら変化はグローバルに見れば当たり前の資本政策に転換したと言う事ですが、かくして、これまで変わらないといわれてきた日本企業が変わり始めたと言うものです。予て、デフレからの脱却のカギは、企業にあり、と言われてきました。漸く、その出番が回ってきたと言うものです。
・そして企業統治も戦略的に
もう一つ、こうした企業の活性化を促す背景の一つとして、‘企業と投資家の行動に些かの変化を促す環境が’醸成されてきたことが挙げられています。つまり、経営行動の質的変化と言う事でしょうが、それが現下の経済回復に効果してきていると言うのです。
周知の通り、アベノミクスでは、企業経営者の意識と行動様式の変化が不可欠として、昨年来、「企業のガバナンスの強化を通じて競争力の強化」を、成長戦略の中心に置いてきています。その狙いは企業と投資家の行動に革新を求め、その結果として企業が収益力を付け、持続的な企業発展をつうじて経済の成長を担保していくと言うものです。
元より、この統治を企業の行動作法と見るとき、その作法が巷間、投資家の理解を呼び、経営者の行動への支持を生むことともなれば、それは企業に新たな展開を可能ならしめる処となるわけで、従って、成長戦略の規範をなすというものです。
さて、この3月、後述するように、そうした規範となる行動指針、三本が出揃いました。株式市場における外国投資家の存在については前述の通りですが、彼らには、これら指針を映す企業行動が日本企業への信頼を高める処となってきていると言われています。となれば、そうした評価は経営の姿勢にさらなる変化を促す処で、その変化は新しい経営へのパラダイムシフトを感じさせると言うものです。
そこで、本論考では、こうした賃上げに映る‘積極経営に転じた日本企業を巡る動き’、そして、そうした積極経営を裏打ちする‘新たな企業統治を巡る動き’に焦点を絞り、今後の可能性に期待しつつ、論述したいと思います
尚、そうした折、東電の原発汚染水漏洩問題が再び浮上してきました。ガバナンス強化と言う中での事件、再び、というものです。そこで、本稿、おわりとして当該問題の意味を改めて指摘しておきたいと考えています。
1.デフレ脱却の可能性とインフレ目標2%の現状
(1)デフレ脱却の可能性 −賃上げ姿勢に転じた企業経営
予て、黒田日銀総裁は、現状では政策変更を必要とするような情報はない、「物価の基調は着実に改善している」(3月17日の金融政策決定会合後の記者会見で)と発言し、現政策の継続維持を説明していましたが、同時にインフレ見通しに変化が認められれば躊躇なく次の手段を取る用意があるとも発言していました。
この発言の狙いは、異次元の金融緩和により、長期金利を大幅に押し下げ、機関投資家や金融機関がリスク資産に資金を配分させるようにとの安倍政治の意向を映すものと思料するのです。つまり、バブル崩壊後は長期金利が低下しましたが、それよりも早いピッチで名目成長率が低下したことで、いきおい企業も縮み指向となり、日本は長い間デフレに陥ってきました。然し、長期金利が低位に押さえられている結果、いま名目成長率が長期金利を上回る局面を迎えるにいたってきていますが、これが、日本はデフレの罠から脱却するチャンスをつかんだと言えるのです。そこで潤沢な手元資金を持つ企業が、その資金を投資や給与にまわすようになれば、経済はうまく回り始まるとして、これに応えて欲しいと言うものと、思料するのです。
・政労使会議
実際、安倍政権は、大企業に賃上げせざるを得ない雰囲気を作り出してきました。その具体的な対応の一つが2年前から始まった「経済の好循環実現に向けた政労使会議」です。そこは、企業側に対して、円高是正や景気回復で得た利益を賃金上昇に回すよう求める場と言うものです。これまで賃上げについてはタイトグリップで臨んできた経営側でしたが、今年に入ってからは、この要請に応えるべく政府への協力姿勢を打ち出してきました。
と言うのも、景気が良くなるなか、徐々に労働条件の悪かった分野から人手不足が起こり、企業が賃金を上げざるを得ない状況がでてきたのです。漸く企業側が政府に協力姿勢を示した格好ですが、実の処、企業側の必要に迫られて、と言うのが本当の処と言えそうです。
昨春の賃上げはベースアップと定期昇給を合わせ賃上げ率は15年振りに2%台に乗ったのですが、4月の消費増税の影響が残り、景気の回復力は今だしと言った処で、従って消費を盛り上げ、景気を力強く回復させるためにはもう一段の賃上げが求められるとされていました。その点、前述トヨタが高水準のベアを決めたことで、他産業の賃上げを後押しすることになるものと見られていましたが、果たせるかな3月18日、日経新聞(夕刊)の一面トップでは、自動車、電機など主要企業がベアに相当する賃金改善や一時金を組合側に一斉回答した旨が報じられ、再び「賃上げの春再び」と、記事が躍ったのでした。
ただこの際、重要なことは、賃上げが一過性のものではなく、継続的なものとしていくことと思料します。つまり、賃上げで個人消費が増え、企業が収益を更に拡大し、それがまた賃金を増やし新たな雇用を生むという好循環を作っていく事、と言うものです。
その為には、継続的な賃上げの実現が不可欠ということですが、そのカギは企業にありとされていました。そして漸く、賃上げに転じた企業の経営姿勢の変化は、それを期待させると言うものです。日本経済のポジションのカギを握るのは企業経営者、自身にあり、とは、まさにその点を意味する処と言うものです。
処で、言うまでもなく賃金は、本来労使間で決められるものであり、政府が口を出すのはお門違いと言うものです。然し、こうした新たな賃金交渉の姿は、産業の構造変化、就中労働市場の構造変化をリアルに映す処とも言え、今後とも、環境変化に応える経営行動の在り方が、問われていく事、つまり‘変化’が求められる処と思料するのです。勿論、企業が活動し易く、利益を生みやすい制度作り等、環境作りが求められる事は言うまでもありません。
尚、海外メデイアの関心も極めて高く、因みに、2月19日付Financial
Timesは、‘FT Big Read. Japan
Wages’と極めてセンセーショナルに、ピンク色の紙面、全頁に亘り、この賃上げに向かう企業の様子を特集していました。そこでは、アベノミクス3本の矢をレビューしたうえで、この賃上げこそが、持続回復力に繋がる処とし、今年の日本経済の動きを決定するもの、というのでした。つまり、上述の通り、企業収益の改善を受け、久し振り本格的なベースアップに応える、その成果が日本経済回復のメルクマールと言うのでした。
(2)`The high cost of falling prices’(物価下落の高い代償)
こうしたデフレ脱却への可能性が云々される日本の動きに比して、世界的にはデフレは深まる様相にあり、デフレや通貨高回避のための世界的な金融緩和競争も、安心材料と言うより不安を助長する要因となっており、それは思っているよりも大きな心配の種だ、と、物価の下落は高い代償を伴うものと、The
Economist(2015/2/21)は警鐘を鳴らしています。そこで、その概要を下記、紹介しておきたいと思います。
・「2」という数字
まず、先進国の中銀にとって「2」と言う数字は特別な意味を持っていると言うのです。言うまでもなく、物価が年2%の上昇であれば、消費者は、概ねその動きは無視できる一方で、企業にとっては、多少のインフレであれば非生産的な労働者を刺激する手段―賃金凍結、実際には2%の賃金カットを意味するーと、同時に、企業にとっては、収益を投資に向けていくインセンテイブともなる、と言うのです。そして、ただ重要なことは、‘経済’をデフレ化の状況に置かないこと、また物価下落を受けて、現金をため込まない、或いは購入を先延ばししたりする事のないようにしていく事だと、云うのです。このマントラとも云うべき「2%」を信奉しているにも関わらず、一定期間の物価下落が到来しそうだと言うのです。と言うのも、いまいたるところデフレ懸念で一杯だと言うのです。
・諸外国の実状
米、英、そしてカナダ、彼らは2%以上の成長を果たしている国ですが、インフレ率は目標を大きく下回っていること。East、東洋では物価が冷え込んでおり、中国のインフレ率は0.8%、日本の2.4%というインフレ率は胡散霧消しそうだし、デフレに逆戻りしているためだと言い、タイは既にデフレ状態だと指摘するのです。中でも目を引くのはユーロ圏で、ユーロ圏19か国中、15カ国がデフレに陥っていると。インフレ率が最も高いオーストリアでも、僅か1%だと指摘します。その多くは原油価格の下落によるもので、1年前は1バレル110ドルだったものが今は60ドルで、45%の値下がりは、各国経済にじわじわと伝わっていると言うのです。英国ではエネルギー価格と輸送価格の下落で、1月のインフレ率は前年比0.3%で、これは過去最低水準の数字。米国でもガソリン価格が過去6カ月間で35%も下落していると言うのです。物価下落はしばし続き、その代償は高いと言うのです。
インフレ率が2%であれば、潤沢な資金を持った経営者は、より多くのリターンを求め何かに投資するか、配当として株主に還元するが、物価の低迷が続くような時は、リスク回避で経営者はその資金を抱え込み、物価が上昇してくれば抱え込んでいる現金を、もっと早く活用されることになる筈と。要は、あらゆる手段を弄してでも2%インフレを実現することが不可欠、さもなければ、世界経済の混乱は必至と、警鐘を鳴らすのです。
となれば、先月論考でリフアーしたように、戦後、西欧の経済復興のため米国が実施したマーシャル・プランのような大胆な復興プランを何らかの形で進める事、まじめに考えられてしかるべきではと思うばかりです。
2.攻めの経営を主導する企業統治
(1)企業統治の強化と経営の実際
周知の通り、昨年6月24日、アベノミクス新成長戦略が打ち出されています。その内容は、デフレ脱却後の日本経済を持続可能なものとしていく為のなすべき仕事メニューと受け止められるものでしたが、その中で、注目されたのが「コーポレートガバナンス(企業統治の強化)」についてでした。その趣旨は、既に指摘したように、企業収益が大幅改善し、手持ち資金も積み上がっているにも関わらず、消極姿勢が変わらず、(このままでは異次元の金融緩和も実効が上がらない、との懸念もあって)従って、こうしたリスク回避型経営から脱し、積極的事業行動に向かえるよう、その為にはコーポレートガバナンスの強化を通じて企業には効率良く稼ぐ力をつけていくことが不可欠とするもので、言うなれば‘攻めの経営を主導する企業統治の強化’を成長戦略の柱に置くと言うものでした。
そうした戦略指向を規範に、一昨年来、官民有識者による検討が行われ、結果、この3月、
以下、三つの指針が揃ったというものです
@ 「責任ある機関投資家」の諸原則:日本版「スチュワードシップ・コード」(2014/2)、
A 伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンテイブ」(2014/8), そして、
B 「コーポレートガバナンス・コード」(2015/3)
いずれも企業と投資家の行動に革新を求めると、言うものですが、とりわけ6月導入が決定している新ガバナンス・コードは、攻めの経営へシフトを促すものとして、その支持は、とりわけ外資には強く、前述、現下の株価好調の支え、と評価されている処です。
そこで、以下では、「コーポレートガバナンス・コード」に絞り、改めてその趣旨、特質等、整理しておきたいと思います [(注)これらレポートは、いずれもインターネットより入手可能。]
・「コーポレートガバナンス・コード」(2015年3月5日)
― 会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために
2014年6月の閣議決定「日本再興戦略、改訂2014」において「コーポレートガバナンス・コード」の策定が決定され、同年8月、金融庁と東京証券取引所の共同作業にて、爾来8回の検討を重ね、当該「コーポレートガバナンス・コード」(注)が策定され、2015年3月5日、公表されました。そして、この6月に導入されることになっており、となると、今後の関心はその還元策の具体策に移ると言うものです。
(注)当該ガバナンス・コードは会社法(2014年6月、改正)とは別に、企業統治指針内容を、
具体的な規則として纏めたもので、以下の5つを基本原則とするものとなっています。
・株主の権利・平等性の確保、 ・利害関係者との適切な協働、
・情報開示と透明性の確保、 ・取締役会の責務、 ・株主との対話
公表されたコーポレートガバナンス・コードは、これまで散々いわれてきたコーポレートガバナンスを巡る改革とはずいぶん姿勢が異なる点で、企業の経営者には納得のいく内容と思料されるのです。
というのも、コーポレートガバナンスとは「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」と定義しています。これは従来、ガバナンスと言えば、株式の売買に当って、投資家の期待に応えていく為の制度として捉えられてきた点に比べ、基本スタンスを大きく変えるものである点で、注目されると言うものです。
そして、コーポレートガバナンスの目的は、上記副題にある通りですが、それに寄与するために独立社外取締役2名以上の選任を提言していますが、言うまでもなく外部の知見をも活用し経営のディシプリンを保てと言う事でしょう。要は、株主以外のステークホルダーと協働しつつ、株主に対しても説明責任を果たすよう求めるというものです。勿論、日本企業全てが、こうした指導に応え得るかは疑問の残る処ですが、これがトレンドとして進むことで、企業の合理的なスタイルと競争力の強化が図られていく事と思料するのです。
余談ですが、先般、自民党衆院議員の柴山昌彦氏と話す機会がありました。彼は党の企業統治改革グループ主査を務める仁ですが、同氏は、コーポレートガバナンスの基本はモニタリングにある事、またオリンパス事件での経験に照らし、社外取締役がコーポレートガバナンスに与えるインパクトの大きさに鑑み、とりわけ上場企業には、複数の独立取締役の選任義務の明確化を図った、ということでした。元より、それは社外からの意見を企業価値の向上につなげる事を目標とするものと説明される処ですが、まさにコーポレートガバナンスの強化が成長戦略に位置付けられる事由がそこにあると言うものです。
・資本効率を重視する経営
こうしたガバナンス・コードを映す実践経営の一つが、資本効率を重視する経営と言われます。具体的には、限られた元手でどれだけ稼げるかを示す自己資本利益率(ROE)を経営目標に置くというものです。もとより以前からも採用されてきた経営手法ですが、その姿勢が一段と高まってきたことが指摘されるようになってきています。と言うのも、それは経営内容の分り易さを求める投資家に応えると言うものでもあるのですが、とりわけ外資、外国人投資家は投資対象の選別で資本効率を重視しており、従って、稼ぐ力を高めて資本効率を向上させることで海外マネーを呼び込み株価が上昇し易くなるとの判断があるとされています。伝えられる処、現状、上場企業の7割が平均8%と言われていますが、これを米、独並みの10%超に持って行かんと言う事ですが、ここで大切な事は、そうした企業のコンセプトがグローバルレベルでの経営対応を図らんとしていることです。そうした視点からも変わらない日本企業が、変わりだしたと言えそうです。
・気になる‘官製’ということ
ここで、気になる事は、これら企業統治指針が官製だと言う事です。そして、いずれも‘原則’とするもので、その限りにおいては目指すは、平均像と言う事でしかありません。その目的に記されているように各企業は「自ら置かれた状況に応じて工夫すべき」とされています。勿論、これは自然なことです。もとより企業統治は経営の柱の一つですが、これが根幹をなすものではありません。それだけに問題は、企業がこれを如何に受け止めていくかと言う事になるかです。また、本来政府からの押し付けとも見られるこうした指針ですが、大いに反発してもよさそうなものですが、特段の批判は出てきていません。企業として、仮にここで言う平均像を模倣するだけであっては、最悪の事態に陥ることにもなりかねません。そこで、重要なのは、再び経営陣の資質の如何が問われると言うもので、この点を肝に銘じて取り組むことが求められると言うものです。いずれにせよ、企業統治の指針が不祥事の防止ではなく企業のリスクテーキングを促そうとしている姿勢は評価できる処ですし、今日の株価上昇の背景に、これらコードがあると言うことと思料するのです。
尚、今回の統治指針作りの動きに対して、例えば、金融庁と東証による会社制度一般の立案機能と法務省の立案機能との関係はどうなっているのか、等幾つか問題提起がありますが、ここでは不問としています。
(2)日本企業の秘密主義に切り込むActivist
偶々、手にしたFinancial
Times(2月19日付)が掲載した記事‘ An activist raid forces new logic on
the robot
factory’(アクティビスト、物言う株主が世界的ロボットメーカー、ファナック社に新たな論理で切り込む)は極めて興味深いものでした。つまり、アクティビストのD.ローブ(Daniel
Loeb) 氏が率いるヘッジファンド「サード・ポイント」は2月にロボット生産で世界的な日本企業ファナック、同社は秘密主義的経営で有名ですが、同社の株式を取得したと公表したのですが、同時に、ファナックの株式の構造は`illogical’
(不合格)と指摘するのでした。
つまり、彼らは、同社は85億ドルというばかげた量の現金を眠らせていると指摘すると共に、投資家にその手許資金を還元すべきと言うものでした。そして、同紙はその主張は、四囲の環境から見て、うまく行く可能性が高いと指摘していたのです。そしてその裏付けとして、安倍晋三首相が景気浮揚を狙って取り組んでいる政策が齎しているマクロ経済上の変化がその一つと言うのでした。
具体的には、昨年導入された機関投資家むけの行動原則、「スチュワードシップ・コード」では企業への改善を迫ることを義務づけていますが、それは、企業が利益を再投資に回すにせよ、(安倍首相が要請しているように)賃上げを行うにせよ、或いは(ロ−ブ氏が望むように)株主還元を増やすにせよ、経済に対するインパクトは有益な筈だというのです。
要はこの辺で、秘密主義からの脱皮が問われている、と言うものです。そして、同紙はローブ氏が近く富士の麓にあるファナック訪問に招待されることも考えられるが、その時は、投資先企業の育成から、妥協することはないだろうと言うのです。まさに時宜にかなった話題と言うものです。
因みに、3月13日、同社の株価が過去最大の上げ幅を記録し、上場来高値を更新しました。これは高収益でありながら株主との対話に消極的だったファナックが4月に対話窓口部署を設けると伝わったことが好感された結果とされています。
序でながら、2月7日付The
Economist が掲げた巻頭言 ‘Capitalism’s unlikely
heroes’、では、これまで経営にとって煩わしい存在とされてきたアクティビストの株主が、近時、当該企業のガバナンスの是正を追求する姿勢を取りつつあることで、資本主義の意外なヒーローと位置付け、The
activist revolt will help give it a new lease of life.
と締めくくっていましたが、「物言う株主は実は上場会社の意外な救済者だ」と、評価するものでした。
資産の切り売りを迫った過去の例と違い、今の物言う株主はむしろ取締役会の改善を目指し、より長期指向で投資先の企業価値の向上に貢献する存在と、するのですが、極めて示唆的な変化と言うものです。
これまで変わらない、或いは変われない、と言われてきた日本企業ですが、確かに変りだしたと思料されます。ただ、この変化は実を言えば、グローバル規範への対応プロセスとも言え、更なる経営のパラダイム変化が予想され、また期待されると言うものです。
おわりに.東電福島第1原発汚染水漏洩
2月24日、東京電力は、福島第1原発2号機の原子炉建屋の屋上に高濃度の汚染水がたまっていたことを公表しました。そして一部が雨どいなどを伝って排水路に流れ、外洋に流失していたことが判明したと言うものです。敷地内から放射性物質を含む水が長期間にわたり海に流失していた、しかも昨年4月来、流失データーを把握していながら、その事実を今日まで開示してこなかった東電の対応姿勢に当然のことながら批判があつまると共に、漁業組合など現地住民たちの東電‘不信’は高まる一方で、汚染水対策として予定していた地下水の海への放出も、仕切り直しを迫られると言うものです。
本稿で問題とするのは、言うまでもなくコンプライアンスでありガバナンスの問題です。思うに、大震災の翌年の2012年7月31日、政府は原子力損害賠償支援機構を擁し、東電に対して1兆円の出資を行うと共に、議決権の50.11%を握り実質国有化しました。当時の日経新聞(2012年7月31日)は、その際の記者会見での枝野経済産業相(当時)の発言「東電が電力利用者と福島の被害者のことを考える企業に変わることが必要」と、併せて、東電の広瀬直己社長の「国民の皆さまに負担をお願いする。申し訳なく大変重く受け止めている。賠償、(原発の)廃止措置、安定供給の達成のため、国民のみなさまから‘第二の創業’というべき最後の機会を与えてもらった。‘新生東電’として生まれ変わるべく最大限の努力をしたい」とのコメントを伝えていました。
今回の汚染水流失の問題の発覚は、当時のそうした東電の発言と姿勢を裏切るものであり、また、政府も、国有化東電の経営管理責任者と言う立場から、つまり国民の巨額の税金を東電につぎ込んだ責任者として、管理の杜撰さが問われると言うものです。安倍晋三首相は東京オリンピック招致に向け2013年秋、「(汚染水の影響は)港湾内で完全にブロックされている」と発言していましたが、これも、あれもと、対応の無責任さが浮き彫りされる処です。
景気回復の期待が高まるなか、企業に対してはコーポレートガバナンス・コードを主導する政府が、国営企業の東電を含め、自らの危機管理を、一体どう考えているのか。安倍晋三首相は記者会見では国が全面に立って取り組むと言っています。が、その熱意のほどが伝わってきません。誰一人、責任を取ることもなく事態は推移していく、極めてお寒い国の一面を強烈に感じさせられると言うものですが、かく思うは、筆者だけなのでしょうか。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)