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林川眞善の「経済 世界の

第34回 再論‘AIIBと日本の立場’
―日本はアジアの中で前向きな役割を果たしていく強い意思を示せ― 

2015/5/26

林川 眞善
 

― 目次 ―
 
はじめに:高い次元に立って考える
1.世界の競争環境、ニューリアル
(1) 習近平主席が目指す「一帯一路」政策
(2) 勢力圏競争という新しい競争環境
2.日本のアジア戦略と、AIIB 参加
(1)アジア経済(ASEAN)の可能性と日本の役割
(2)日本のAIIB参加の合理と,その規範
おわりに:気がかりな安倍晋三首相の発言


はじめに:高い次元に立って考える

 いま、北京では、例のAIIBの発足に向けた協議が大詰にあると報じられています。これが6月25日を軸に設立協定の締結予定の由です。具体的にはAIIB 創設メンバー57カ国の出資比率、投票権、理事ポストを巡る調整作業中とのことです。

 さて、この中国主導の「AIIB創設」については先の4月論考で、国際的な金融秩序との関係性、日本の参加問題、等、縷々議論を展開しています。そして、その際は、読者の方々から日本のAIIB 参加について賛否両論、コメントをいただきありがたく思うと共に、関心の高さに敬意を表する次第です。

 周知の通り、米国はAIIBへの参加については、上述の作業項目を含め組織運営の不透明さを理由に不参加を決定しています。そして 日本政府も現時点では、米国と同様の理由を以って、言うなれば米国の意向を体する形で、(実はここが問題と感じる処なのですが)暫し参加見合わせとし、引き続き検討の上、6月末までには結論を出すこととしています。

 余談ですが、20数年前、日本(旧大蔵省)は当時、ADBだけではアジア開発への資金援助は無理だとして、まさにAIIB 同様の構想を打ち出したのですが、当時の米国から圧力がかかり取り下げた経緯があるのですが、その米国と一緒になってAIIBを批判する姿には 何か忸怩たるものを禁じ得ないのですが。
 
 そこで、先月論考では、日本政府に対し、再検討の際は単に参加することのメリット、デメリットを量るといった姿勢に留まることなく、「日本としての高い次元に立っての意思決定」となることを期待する旨を記したのです。実は、この点について一部の方から、それはどういう事なのか、もう少し具体的説明が欲しいと照会をいただきました。

・高い次元

 ここで言う‘高い次元に立っての意思決定’とは、目下、懸案のAIIBは国際金融機関を生業とするものですが、その位置づけとその背後にある政策理念と国際環境と併せ、意思決定すべきと言うことでした。AIIBは、習近平主席が掲げる「一帯一路」政策、つまり‘新シルクロード’構想と呼ばれる壮大な成長戦略構想ですが、その実践におけるVehicle(手段)としてあるものです。 つまり、習近平構想は、その規模の壮大さを誇るなか、必要資金については世界の協力を得て確保していく‘場’としてAIIBを創設するというものですから、従ってAIIBの可能性を考えていくにしても、その前提にある「一帯一路」構想、それが齎すであろうアジアに映る影響を理解したうえで、と言う事になる筈です。
 もう一つは米国のAIIBを巡る姿勢です。周知の通り、彼らは予てよりAIIBは中国の国益の隠れ蓑に使われるとして、これを忌避する立場を取ってきっていますが、そこには世界のパワー・バランスのシフトが映る処です。つまり、AIIB対応問題を考えるにしても、それはこうした文脈において考えられる必要があると言う事です。

 そこで、日本としても、こうした新環境を踏まえながらAIIB参加問題を検討し、その結論に基づき行動すべきと思料するのですが、ただその際は、これまでの冷戦構造下でしみついた行動様式から脱皮し、つまりは米国追随型ではなく、日本としての自主的、自立的な意思決定を図っていく事を期待されるとしたのです。勿論、これが日米関係の強化を否定するものではありません。

 言い換えれば、こうしたグランド・コンテクストの中にAIIBがあり、従ってAIIB参加の是非を検証するにしても、こうしたグランド・コンテクストの理解なくしては不可能ということとなる処です。高い次元に立って云々とは、こうした思考様式を意味するのです。

 そして、日本のAIIB参加の是非を検証するにあたっては、そうしたプロセスを経て(1)AIIBの何であるかを把握し、中国をしてAIIB創設に向かわせた事情、そして(2)これらが齎す環境変化をニュー・リアルと受け止め、(3)アジアにおける先進経済大国日本に期待される役割、或いは日本の貢献の形を踏まえ、参加の可能性を検証していくべき事と、考えるものなのです。

・米政治学者フランシス・フクヤマ

 米政治学者のフランシス・フクヤマは中央公論(6月号)での誌上対談で、AIIBについて、次のようなコメントをしています。
 「中国の動きを見ると、国力の増進とともに、野望が膨らんでいる状況だ。その好例がAIIBだろう。AIIBを創設し、そこに出資して、いずれは世銀よりも大きくしようと狙っているかもしれない。そうなると、まさに米国の持つグローバルパワーの(中国への)移行の典型的シンボルとなるだろう」と。そして、「中国は現行の国際システムは、米国の利益を主眼にして作られたシステムだと見ている。 米国は世銀やIMFに中国をもっと積極的に取り込もうとすべきだったが、(今回のAIIB 参加については)大きな失策を犯した。結局、主要国でAIIB の創設メンバーに入らなかったのは米国と日本だけとなった」と。まさに気が付けば、米国と日本だけ、といった状況を作っていると言う事であれば、問題です。


 勿論、先の論考では紙数の関係もあり、詳しく触れることは出来ていません。そこで、今回、そうしたご照会を受けたことでもあり、改めて、上述コンテクストを枠組みとして、AIIBを含め「一帯一路」政策をレビューし、アジア経済、就中ASEANの可能性と併せ、期待される日本の役割を確認し、日本のAIIB参加の是非について考察することとしたいと思います。そして日本の今後についても併せて考察することとし、再論とする次第です。


1. 世界の競争環境、ニュー・リアル

(1)習近平主席が目指す「一帯一路」政策

 アジアを中心とした新たな競争環境が生まれつつあると言われていますが、それを誘発するのが習近平主席の主導する「一帯一路」政策であり、AIIBの創設です。 そのAIIB参加について、日本は6月末には結論を出すこととしています。そこで、その検証作業の為にも、いま一度「一帯一路」( One Belt, One Road) 政策について、言うまでもなく新シルクロード構想と称されるものですが、レビューしておきたいと思います。

 まず、その概要ですが、「一帯」とは、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパに繋がる陸のシルクロードとされるもの、「一路」とは、中国沿岸部から東南アジア、インド、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東部を結ぶ海のシルクロードを指すものとされています。つまり、アジア・アフリカから中東、ヨーロッパに跨る包括的貿易投資計画と言うものですが、当該地域の総人口は40億人超(これは世界全人口の半分超ですが)であり、計画通りにいけば、10年以内に貿易総額は2.5兆億ドル規模になると言うものです。
勿論、それら構想の具体化を進める上で、多くのインフラ等、産業開発プロジェクトが取り上げられていく事となる処、その資金調達機関としてAIIB創設がある処です。つまり、これら構想の具体化への戦略的なVehicle(実行手段)と位置付けられると言うものです。従ってAIIBへ出資する57カ国は、この大プロジェクトを支持すると言うものです。

 「一帯一路」政策はよく中国の対外成長政策とは言え、近時、成長鈍化にある国内経済を立て直すための自国の製品のはけ口政策だと皮肉な見方をする向きがありますし、そうした要素は否定できません。然し、重要なことは、これが中国の外交姿勢の基本を変えることを示唆していることです。つまり、これまで中国はアジア外交のベクトルとして日本や韓国と言ったアジアの「東」に向けられてきていました。これには米国のアジア関与という事を強く意識したものということですが、それが近時、米国の影響力の低下と言う国際環境の変化に照らし、「陸のシルクロード」、「海のシルクロード」と言われることからもわかるように、政策の方向を、「西」に180度転換を目指すこととしたというものです。
 暫し、東については米国に任せ、時至れば米国に代わって、と言う事でしょうか。

 AIIBは、この構想の実行機関と位置付けられるものですが、それだけに予て米国は、AIIBについては中国の国益の隠れ蓑に使われる恐れがあるとして同盟国に不参加を呼びかけていました。だが同盟国は耳を貸すことなく、英国はじめ、オーストラリアと韓国も参加に転じていることは周知の処です。より基本的には、米国は6年前にPivot to Asia、つまりアジア・大洋州重視への戦略的転換を打ち出しています。然し、現実にはアジア各国に対する米国の影響力は低下してきていると見ていると言うものです。勿論軍事力に於いては、米国は依然圧倒的な立場にはある処ですが。

 因みに、習主席が4月パキスタンを訪問したのも西側の国に目を向け出した証左とされる処です。勿論、陸、海を通じての、中国の外交政策の方向転換であり、地政学的にも戦略の転換を語るものと言えそうです。

・AIIBは世界経済の構造変化を語るシンボル

 いまやAIIBは世界経済の構造変化を語るシンボルともいうものです。先の論考でも触れた通りで、世銀やADBがアジア開発への資金支援を旨としている機関でありながら、中国等新興国が期待する資金支援に応えてくれていない現実、また彼らが組織運営について改善要求を出しても、取りあってくれることのない現実、(例えば新興国の出資比率引き上げを認めるIMF改革に関する米議会の反対等)そうした現実への不満が、現行の国際システムは米国に都合の良いように作られたシステムであり、彼ら新興国のニーズに応え得るものでない、との不信感を抱かせた、その結果が、AIIBの創設に繋がったとされる点で、構造変化のシンボルとされる処です。これが言うまでもなく、パワー・バランスのシフトを鮮明に語る処なのです。その点ではAIIBは、まさに変化する国際関係というダイナミズムの中にあるというものです。

 尤も、中国にしてみれば、いまや自分達には、何兆ドル(3.9兆ドル、2014年)という外貨準備があって利用できるのに、米国は巨額の借金を抱え込んでいるではないか、自分たちが開発銀行を作って何が悪い、と言った処でしょうか。

(2)勢力圏競争という新しい競争環境

 ここで留意すべきは57カ国の参加を得たAIIBですが、これが中国主導の下に動き出すことで中国は自らの勢力圏拡大を図る事となり、同時に中国主導のルール作りをもその視野に入って来ていると言う事で、いまや大国は、直接的な権力闘争よりもルールや制度を巡る競争に足場を移してきているということです。これは、国際競争環境としてのニュー・リアルを呼ぶ処と言う事です。そして更に注目すべきは、これら構想が、いまや経済安全保障を含む世界戦略に昇格されてきていると言う点です。実際、中国がルールを決めていく世界に向かうのは避けられないでしょうし、中国にはルールを決めていく財力もパワーもあること周知されています。問題は、これが勢力圏競争の様相を強めてきていると言う事です。

 つまり、これが、国際競争環境としてのニュー・リアルであること、そして、こうしたコンセプトに於いてAIIBを考えていく事が必定と言うことを示唆する処と言うものです。
そうしたことからは、日本も米国も共に当初から参加し、内側からAIIBを、より国際基準に即した組織に代えていくよう働きかける事が行動の合理ではと指摘される処です。

 因みに、5月19日付Financial Timesは` Obama’s Pacific trade deal will not tame China’ と題して、オバマ米大統領のTPP締結にこだわる事情を、こうした中国との対峙と言うコンテクストで興味深く報じています。それこそは勢力圏競争にも擬せられる処というものですが、以下はそのポイントです。
 「米国は中国が主導するAIIBへの参加を重要な同盟国に思いとどまらせる事は出来なかった。このような影響力の低下に直面し、オバマ政権はTPPでアジア太平洋地域における米国の影響力を確保しようといき込んだ。(注:まさに勢力圏競争に擬せられる処と思料するのですが)然し、TPPは期待に応えられない。まず参加する12か国が合意できるか、また米大統領のTPA(大統領貿易促進権限)法案も可決できるかも、はっきりしない。(注:5月22日、米上院本会議で、TPA法案は可決され、下院に送付された由で、6月に始まる下院での審議が注目される)


 より重要なことは、アジア経済において中国が中核となるのを阻止するのは手遅れだと言う事だ。中国は既に日本、シンガポール、オーストラリアと言ったTPPの重要交渉国にとって最大の貿易相手国になっている。そして米国自身にとっても2番目に大きな貿易相手国だ。米国が依然アジア太平洋地域で支配的軍事力を持つ一方、中国はいまや卓越した経済力を持つ。TPPにこの現状を変えるだけの影響力はないし、時期も遅すぎる」と言うのですが、極めて事態の本質を突くものというものです。

  
2.日本のアジア戦略とAIIB参加

 アベノミクスの成長戦略では、日本がアジアでの政治的、経済的基盤を強化し、成長力を取り込むとしています。そこでは同様に、中国は前述政策の下、そのvehicleであるAIIB参加国と連携し、インフラ整備を核として一種の基盤作りを目指すとしています。その成長センターと目されるのがASEANであり、その加盟国10か国全員が、そのAIIBに参画しているのです。この内、フィリピンとヴェトナムはその中国と領有権問題で対立しているのですが。では、日本はどのような姿勢で、アジアとりわけASEANと向き合っていく事となるのか、と言う事ですが、そこでASEANの可能性、そして日本との関係の可能性についてレビューしておきたいと思います。

(1)アジア経済(ASEAN)の可能性と日本の役割

 今年末、アジアに、ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国が一つの経済圏となるAEC(ASEAN経済共同体)がスタートする事となっており、4月27日マレーシアのランカウイ島で行われた加盟10カ国首脳会議で確認されています。6億人市場の誕生です。
 AECの原型は1992年のASEAN自由貿易地域(AFTA)にさかのぼるものですが、その最終目標は「単一生産基地」と「単一市場」の創設とするものです。具体的にはモノの移動、金・サービスの移動、更にヒトの移動の自由化です。この内、域内関税の撤廃は2018年の目標に向かって順調に進んではいますが、その他については、正直、域内にあるに巨大な格差の現実があり、順調な進捗はなかなか難しいと言うのが実情です。とは言え共同体の発足は、港湾整備、道路・物流開発整備等、多種、多様のインフラ整備需要を喚起する処であり、ADB試算ではアジアのインフラ資金需要は年8千億ドル(約96兆円)規模に達するものと見込まれています。ASEAN加盟国全員がAIIBに参加したのもそうしたことへの期待の表れと言う事でしょう。ただ、こうしたインフラ建設を通じて経済成長の基盤強化というプロジェクト型援助については日本には多くのノウハウの蓄積があり、まさにそこには日本の出番があり、大きい役割が期待されると言うものです。

 IMFによれば、2000年に日本の12%しかなかったASEANの経済規模は、19年にはその規模は3分の2に達すると予想されています。それには地場企業、欧米企業が集まって来ることが大切です。そのためにはアジアの先進国日本に求められるのは何かです。上述インフラ支援、企業の投資は今後も大いに重要となる処です。が、それだけではない筈です。その為には彼らの声に耳を傾ける必要があるでしょうし、その結果として、日本はアジアの中でどう生きようとするのか、前向きな役割を果たしていく強い意思を示していく事が不可欠と思料するのです。もとより、こうしたアジア経済に貢献していく機会として、AIIB参加は間違いなく位置づけられる処です。

・ASEAN対中国

 ここで興味深いことは中国との関係です。 前述ASEAN 10カ国首脳会議では、南シナ海で埋め立てを強行する中国への牽制を巡って、各国は議論を重ねたとされ、とりわけ南沙諸島の領有権を巡り中国と対立するフィリピンの対中批判が議論を牽引したと伝えられています。そして、これが、勿論、紛争当事国の問題に留まるものでないとして、ASEAN全体としても中国の動きに対して深刻な懸念を共有するとの‘声明’をも出すに至っています。 然し、そうした中国と領有権紛争を続けるフィリピン、ヴェトナムを含むASEAN加盟10カ国全員はAIIBの創設メンバーとして参加しているのです。

 こうした動きには、いずれも中国が経済面でASEANを重視しているのを逆手にとり、対中発言力を強めんとの思惑も窺われると云うものです。と言うのも、中国が主導する貿易自由化の枠組み「東南アジア地域包括的経済連携(RCEP)」の構想も、結局はASEAN が要となっているわけで、中国がアジアを舞台に経済連携を進めんとするこうした姿は、ASEAN の強気を支えていると言うものです。まさに、今日的国際環境にあっては、経済の連携強化が安全保障を確実なものとする、と言う処です。

 序でながら、シンガポール前首相のゴー・チョクトン名誉上級相は、5月21日東京で開かれた第21回国際交流会議での冒頭演説で「2050年までにアセアンに日中韓を加えた新たな経済共同体の創設を提案したのです。

(2)日本のAIIB参加の合理と、その規範

・冷戦時代の思考様式からの脱皮が迫られる日本外交

 日本の参加見合わせ(少なくとも現状に於いてですが)判断は、結論的には、先の麻生財務大臣が記者会見で発言したような、公正な融資の決定や、環境への影響等アジアの利益を考えた上でのものと言うよりは、米国の意向に即した、つまりは中国の台頭阻止や日米関係強化が先にあっての判断だったというものです。要は、海洋権益拡大に動く中国への警戒感が増している現実に照らしては、その対抗勢力としての日米の存在は地域にとって重要であり、米国に倣う事は自然な対応であり、なにも急いで参加する事はないと言うのです。

 然し、米国の世界的覇権が強固であった時代ならともかく、近時、パワー・バランスのシフトが鮮明となってきたこと、そして国際関係が多元化を強める環境にあっては、そうした発想は最早通じる環境にはないと言う事です。つまり、こうした対米追随の思考様式は、もはや冷戦時代の古いままにある外交と、揶揄されるまでになっている事を、自覚する必要があるのです。

 勿論、参加しないことのマイナス効果については多々指摘される処です。アジアの新興国や英、独、仏等の57カ国もの国が名を連ねるAIIBに不参加となれば、これまでのインフラ建設、人材育成などの支援を進めてきた日本への信頼は損なわれることにはならないかと言った懸念も伝えられる処です。 また、日本が主導するADBのプロジェクトでさえ、日本企業はコスト高と言う事もあって、あまり受注できてはいません。(注)

(注)財務省によると、2013年のADBでの融資案件の内、日本企業が受注できた割合は0.5%に過ぎず、ADBの最大の出資国であり歴代の総裁を出してきた日本でも、現実はこんなものと。だから無理してAIIBに参加する必要はないのではと言う。

 こうした状況を考慮すれば、日本のAIIB参加のメリットは見えづらいというものです。が、それこそが、先に触れたようにメリット、デメリットで比較するような、言うなれば計量的衡量ではなく、より大局的な視点からの検証が求められるとする処です。

 今、AIIBの設立に向けてフレーム作りの議論が行われている事は、冒頭に触れた処ですが、‘そこに日本が居ないことは寂しい事’と、IMF前副専務理事の篠原尚之氏は、以下のようにコメントするのです。(「ウエッジ」6月号)

 「アジア第2位の経済大国日本が、アジアのインフラ促進のための新しい枠組み作りの議論に主体的に参加しないと言う事は、日本がこれまで培ってきた経験やノウハウを生かし、アジアの発展の為に貢献していくと言う役割を放棄することになるのではないか。」と。そして「AIIBは、中国主導である事は間違いないし、それが気に入らないと言う事もよく分かる。だが一方で、ASEAN諸国を中心に、‘中国一国がのさばってしまっては困る’という声が多くあがっている。そのカウンターバランスとして日本は期待されている。中国に片よったものとならないためにも、日本が主体的に議論に参加していく事が、結果的に日本雄プレゼンスを高めることになる」と言うのです。
 そして更に、「このままでは、新たなグローバル・システムや、アジアの制度作りに日本が貢献できなくなりはしないか、この点こそが最も懸念する処」と、加えるのです。

 マハティール元首相も、日経(5月13日付)の紙上インタビューで「米国の存在感が低下し、中国がアジアで主導的な役割を果たすようになった」、また「アジアの経済、安全保障を巡り、中国との関係が最も重要」とした上で、中国がAIIB 設立を提唱した背景には「世銀やADBがアジアの資金需要に応えきれていない現実がある」と分析した上で、「豊富な資金に加えて高い技術力を持つ日本が参加すれば、アジア後発国の成長をあと押しする」として、米国との関係を重視し、参加をためらう日本に決断を促すのでした。

 冒頭、F.フクシマ氏のコメントとも併せ、これら指摘は日米関係の強化の大切さを理解しながらも、新たに大国として台頭してきた中国との関係について、日本の持てるパワーと資質を活かす形で協力関係を強化し、いま言われる成長市場アジアの発展に貢献していくべきであり、AIIBへの参加こそは、その具体的対応だというものと思料される処です。

・AIIB参加への規範

 中国の主導するAIIBはアジアの経済発展を支援するビークルであり、それを支える国が57か国と世界的広がりを持つシステムとなってきている事、それを世界的な新環境と捉えるとき、アジアの大国日本としても、存在感を増すであろうAIIBに入り込み、その中で発言力を高める事は、極めて大きな意味合いを持つものと思料するのです。

 偶々、安倍晋三首相は、5月21日、前出第21回国際交流会議「アジアの未来」の晩餐会席上、アジアのインフラ整備の為にADBと連携して、今後5年間で約1100億ドル(約13兆円)を投じる事とし、日本流の貢献を強く打ち出したのです。
 勿論、その政策姿勢は評価される処でしょう。然し、そこにはAIIBが動き出すことの影響を懸念するが如くで、対抗措置としてのカネのバラマキ的行為とも映る処です。仮にAIIB創設なかりせば、起こる事のなかった提案とも映るだけに、釈然とはしないのです。つまりは安倍晋三政権としての大局観が見えないと言うものです。

 こうした競争環境に照らし、日本が今後ともアジアの経済大国としてある事を目指すとき、カネの提示もさることながら、‘日本はアジアの中で前向きな役割を果たしていく’という強い意思を世界に改めて示していく事が必定であり、この意思表示こそが‘AIIB参加への規範’となるものと思料するのです。そして、そのことは同時に、アジアの声に耳を傾け、現実やニーズをもっと理解していく姿勢を明確にしていくことでもあると思料するのです。


おわりに 気がかりな安倍晋三首相の発言

4月29日、米上下両院合同会議で安倍晋三首相は演説を行い、日米同盟の強化を訴えています。要は、今次の改定版日米防衛ガイドラインを受け、日本側が米政府の軍事予算を一部肩代わりする事、米軍と自衛隊が共に世界の為に軍事行動を遂行すること、と言うものですが、「世界の警察官ではない」と表明したオバマ政権にとって、当然のことながら歓迎される内容であり、高い評価を得たというのですが、至極当たり前のリアクションと言うものです。が、結局は米国の顔色を見るような内容になっている点では、日本はアジアの大国なのか、未だ米国の一州なのかと疑問も浮かぶと言うものです。

いずれにせよ安倍晋三首相は意気揚々、帰国後、手掛けた政治案件は言うまでもなく安保法制の整備でした。然し、外向きの発言と内向き政治との落差にはあぜんとさせられるというものです。具体的には、防衛費に関する安倍晋三首相の発言が米国向けと、日本国内向けで食い違う事です。米国では、成長によって社会保険を強化しながら「防衛費をしっかり増やしていく」と表明しています。然し、安保法制閣議決定後の記者会見では「この法制で防衛費が増えていく、減っていく事はない」と述べています。

財政再建が進まないまま防衛費を聖域扱いすれば、その経済的帰結は明らかです。安全のコストを超え、財政力を度外視して増額すれば財政危機の深刻化は避けられません。防衛費をGDPの1%以内にする原則を守るべきでしょう。そして、ポイントは、脅威に対する抑止は軍事力だけでは果たせない、と言う事です。その点で大事なことは、外交力を強化し経済の相互依存を深める事ということです。例えば、AIIBに米国と共に参加することを目指す、TPPとRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership,東アジア地域包括的経済連携)を結びつける、そういった発想が必要ではと思料するのです。安全保障に傾斜し、中国に対峙するだけでなく、日米中の新しい融合関係を築く事こそ日本の選択ではないか、要は日本としての‘構想力’が今強く求められている処と思料するのです。安保国会が始まりました。暫し論戦の推移を見守っていきたいと思います。
以上。

    

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2015/05/31