はじめに ニクソン・ショックを想起させた真夏の人民元ショック
第1章 人民「元」切り下げで炙り出される中国経済の構造問題
(1) ルイスの転換点
(2) 中国経済「新常態(New Real)」と国営企業
(3)China risks an economic discontinuity
第2章 米中首脳会談と習近平の「新型大国関係」
おわりに アベノミクス・ステージ2を質す
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はじめに ニクソン・ショックを想起させた真夏の人民元ショック、
この夏、突然の中国の人民元の実質切り下げ実施で、世界の目は一気に中国に集中される処となりました。以下はその経過です。
・8月11日、「元」切り下げ(中国人民銀行は人民元売買の基準となる対ドル・レート
「基準値」を1.9%引き下げる
・8月12日、中国人民銀、元の基準値を実勢反映した水準に設定
・8月13日、中国人民銀、元の基準値3日連続で切下げ。(13日、人民元の対ドルでの基
準値を前日の1ドル=6.33元から6.40元とし、3日連続で切り下げた)
・8月25日、人民銀は政策金利である基準貸出金利と貸出金利を夫々0.25%引き下げ、
預金準備率を0.5%引き下げ決定。(2008年以来となる異例の緩和措置)
・9月1日、元安で海外流出を規制するため為替予約抑制策を導入
上記経過の中、13日の記者会見では、人民銀の張暁彗総裁助理は「元切り下げ」について、「市場の人民元切り下げ圧力から開放して、基準値と市場レートのかい離は基本的にできた」と、基準値の「市場化」に向けた改革に伴う変動だとしていました。(注)
(注)
中国は2005年7月以降、一定の狭い範囲内で人民元相場を動かす管理変動相場制を採用しており、対ドルでは人民銀が毎朝公表する基準値から上下2%の変動を認めています。この前提にあるのが、将来的にIMFの準通貨(SDR)として国際的通貨となる事を目指すと言うものです。
ですが、人民元の為替の市場化とは言え、依然、政府の管理下にあるドルペッグ元が本当に市場化できるものかと懸念は深まると言うものです。そもそもドルなどに自国通貨を連動させる外為管理相場は最終的には失敗してきたのが戦後の歴史で、1977年のアジア通貨危機はその典型です。タイやインドネシアなどドルに連動した為替制度を持つ国の通貨は売られ、変動相場制に移行しましたし、92年の英ポンド危機も構図は同じでした。要は経済や金融の基礎的条件に反するほどに高く固定された通貨は悉く売り浴びせられてきたと言うのが歴史です。となると、不自然な人民元高に耐えられなくなったのが今回の中国当局の措置と言う事なのでしょうか。
いずれにせよ、輸出をテコ入れするための元安誘導と受け止められるというものですが、裏返して言えば、通貨切り下げで輸出を刺激しなければならないほど、実体経済は厳しくなってきているものと言えそうです。
中国経済は本格後退?
元安誘導に動き出す前後で発表された7月の主要経済指標は生産、投資、消費、輸出は軒並みに悪化しており、とりわけ7月の輸出の減少幅が8%を超えたことで切り下げに動く事になったと報じられていますし、9月8日発表された8月の輸出額は、前年同月比5.5%減と、2か月連続の前年割れでした。1~8月の累計では前年同期比1.4%減。減少幅は1~7月(0.8%減)に比べ拡大しており、中国経済の成長エンジンだった輸出の失速が鮮明となっています。
一方8月の輸入も13.8%と大幅に落ち込み10か月連続で前年を割り込む結果となっています。貿易額の縮小であり、外貨準備の減少です。因みに7日発表の8月末外貨準備高は3兆5573億ドルで、前月比939億ドルの減、過去最大の減少となっています。この理由として、8月の人民元の切り下げで加速した海外への資金流失を抑える狙いで、外貨準備を取り崩して大規模な元買い・ドル売り介入を実施したためと見られています。
すわ〜中国経済の本格後退か?と言う事で、世界の株式市場、為替市場はこの中国リスクに敏感に反応し、一気に乱高下をはじめたことは周知の処です。
そうした世界的な‘騒ぎ’は、中国がGDPで世界第2位の経済大国になったことの証左とも云うものでしょうが、その実態は中国の膨大な人口を安価な労働力として利用してきた先進国の進出グローバル企業に負うものであり、それだけに、かかる事態への反響は世界経済の枠組みの変化を不可避ともするほどに映ると言うものです。まさに、中国人民元の切り下げはグローバル規模で通貨安、株安などを惹起し、世界経済は一挙にリスクオフの状況を呈する処となったと言うものですが、その様相は、44年前の8月に起きたニクソン・ショックを想起させる処です。
G20財務相、中銀総裁会議
そうした環境の中、9月4・5日、トルコのアンカラで、開かれたG20財務相、中銀総裁会議は米中を二極とした世界経済の基調の変化をまさに映すものでした。これまでの会議では、まず国際機関、IMFからの世界経済報告から始まるのが通例となっていましたが、今回は、中国の楼継偉財政相による中国経済報告に始まったのです。これは中国経済の‘今’が世界経済に及ぼす影響野大きさに鑑み、米側から特に要請があったためと伝えられています。
その演説の中で同財政相は「‘修正’(切り下げ)は一度限りで、累積した元圧力は解消された」と説明すると同時に、「今後5年間は中国経済にとって構造調整の痛みの時期だ」とも語ったのです。そして、5日には人民銀の周総裁は、この6月まで株バブルだったと、中国経済の実状をはじめて公にするに至っています。(日経9月7日)
そして、会議共同声明では、‘通貨安競争の回避’(中国‘元’の切り下げを意識)、そして‘米金利上げは慎重に’(新興国経済を圧迫)、と謳ったのですが、さて、中国はどの程度フォローすることが出来るのか、ですが、となれば問題は、株式市場の急落もそうですが、より問題なのは中国経済、それ自体にありとされるところです。
尚、米金利引き上げ問題についは、共同声明にあった通り、9月16~17日の米FRB会議では、現下の中国経済の不透明さ、新興国経済に及ぼす影響を勘案し、その見送りが決定されました。これで、世界市場は一瞬安堵する処となり、当面は、中国の経済政策、就中、構造改革がどのように進められていくか、注目される処となっています。 勿論、米金利の引き上げについては米経済の好調さに照らし、とうからず実行されることが想定される処、24日イエレンFRB議長は年内が適当と発言しています。従って、その可能性を踏まえた政策対応を、中国はもとより、日本も他先進国も、考えていく事が不可避となる処ですが、その際は、タイミングと言う要素が極めて重要となる事、銘記されるべきと思料する処です。 いずれにせよ中国は増々、世界経済の台風の目となっていく事でしょうが、それはそうしたコンテクストにおいてよく理解されるべきと言うものです。
一方、日本の国内にあっては、9月8日、自民党総裁に無投票で再選された安倍晋三首相は、これからの任期3年をアベノミクス・ステージ2だと強調し、24日には、新たな「3本の矢」を打ち出していますが、大切な事は、いま景気回復の踊り場にある日本経済の現実の姿、そして今向き合っている経済環境への認識とそれへの取組と思料します
そこで、元の切り下げを契機に炙り出されてきた中国経済の問題の本質をレビューすると共に、今後の推移を見極める事とし、併せて今日的環境変化の下にあって、日本経済が目指すべき政策の方向はどうあるべきか、改めて考えてみたいと思います。
第1章 人民「元」切り下げで炙り出される中国経済の構造問題
(1)ルイスの「転換点」
今回、チャイナ・ショックをレビューする中、思い出されるのが、今から2年前のNY Times
(7月18日、電子版)でノーベル経済学賞のP.
クルーグマンが中国経済について「中国は大きなトラブルに見舞われている」とバッサリ、中国は「ルイスの転換点」に達したとし、その深刻さを彼は「万里の長城への激突」と表現して、中国モデルの破綻の危険を明示していたことでした。
「ルイスの転換点」とはノーベル経済学賞(1978年)で今年、生誕百年のSir William Arthur Lewis
(1915/1/23~1991/6/15) が提唱した概念です。彼は英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、米プリンストン大学等で教鞭を取る一方、1970年にはカリブ開発銀行頭取に就任するなど、実践的な開発経済学者として著名な仁でした。その内容を一言で言えば、発展途上国を農村部と都市部の二つに分け、労働力の移動により、経済成長を説明する開発経済モデル(二重経済モデル:Dual-sector
model
)において、工業化過程で、農村部門の余剰労働力が底を突くことになる。従って持続的成長を図るためには、大胆な構造改革を図らねば、高成長から一転、経済停滞に陥る危険をはらむとするもので、事後、その時点を「ルイスの転換点(Lewisian
Turning Point)」と称する事になったものです。 尚日本の場合は、1960年代後半とされています。
(2)中国経済「新常態(New Real)」と国営企業
処で、いま中国経済は「新常態」と称せられています。2014年5月、習近平主席が河南省を視察訪問した際、「経済が重要な変局点を通りすぎている今、低成長に向かい出したことでこれが齎す‘新常態’に信念を持って適応していかなければならない」と語ったとされていますが、中国経済は、今この新常態への対応へ動き出したと言われています。これは過去とは違った新しい方式と標準で経済を導いていくという意思の表現とも言われていますが、その核心は、「改革を通した成長」であり、そのためには国営企業の独占分野を民間に開放し、その為には当該行政規制を大胆に緩和していくというものです。
要は、高齢化や環境・資源の制約など環境の変化に照らし、かつてのような2桁経済成長は望めなくなったとの認識の下、かつ前政権の胡錦涛政権が打ち出した大型景気対策が過剰設備などの問題を深刻化させたとの認識をもって、構造改革を通じ1ケタ台後半の成長の持続を目指さんとするものです。
ただ留意すべきは、成長鈍化を齎してきた背景です。これまでの中国の実質成長率の推移は以下の通りで、 改革解放以降、今日に至る期間(1979〜2014年上期)の平均成長率は 9.8%、リーマン・ショック以降(2009〜2014年上期)では、同 8.7%、更に、2012〜2014年上期では、7.4%と、逓減傾向にあります。そして、この傾向は一見、リーマン・ショックに端を発した世界金融危機とほぼ一致した形にありますが、本当のきっかけは労働力不足による潜在成長力の低下という構造的要因によるもので、その限りにおいてクルーグマンの指摘に繋がる処と言うものです。
国営企業の構造改革
さて、元切り下げが発表された1か月後の9月9日、中国の大連で開かれた夏のダボス会議で李克強首相は、経済政策の方向として「経済の安定の為、構造改革を進める」と明言したのです。それは「新常態」への適応を示唆するものですが、以下の事情からは中国経済(GDP)の4割超を占めるとも言われる国営企業(実態は7割ともいわれているのですが)の効率化等、構造改革にフォーカスされるというものです。
つまり、中国GDPに占める総固定資本形成のシェアーは平均45%です(日本の場合は30%程度とその差異は顕著ですが)。 この数字が意味することは、政府計画で示されてきた年7%成長を達成させていくべく、相応の消費需要の拡大を見る事のないままに、固定資本をGDP比率で45%も積み上げてきたと言う事で、非効率な投資、つまり過剰投資を生む処となってきたと言うことです。これはマクロ的に見て非効率な経済運営と言う事であり、持続的成長を確保するためにも、この点での改革が不可避と言うものです。
加えて中国経済の主体が、国営企業である事のリスクです。つまり、国営と言う事で親方日の丸ならぬ「親方五星紅旗」よろしく、彼らの経営体質が保守的であり、新しい産業を切り拓くと言ったイノベーティブな思考が生まれにくいままに今日に至ってきたことで、経済の鈍化を招来してきたと言う事になる処です。つまり、イノベーションを受け入れる素地に欠け、その点では国有企業が今や持続的成功を図っていく上での構造要因とも言える処です。さて、自由を欠く社会でイノベーションが生まれ、投資家が求める質の高い企業は登場するか?ということでしょうが、量の追求で高成長を実現してきた中国は、今その正念場にあると言うものです。
言い換えれば‘政府が所有する経済’の行動様式の変革こそが不可避であり、同時にそれは政治課題として映る処です。その点では、中国政府は今、市場と国家統制の狭間に押し込められている様相にあると言えそうです。
本来、社会主義市場経済とは、国家は市場の問題について基本的には口を出さず、人民の人民による人民のための経済を追求するはずとされてきていますが、国営企業についても、効率経営、競争力の強化を図ること、そして企業と市場の法治主義を一から構築し直さないと、中国経済は信頼を取り戻せないのではと、思料される処です。
加えて、「新常態」として習近平政権が目指す1ケタ台後半の安定成長実現の為には、4割とも言われているGDPに占める消費の割合を(欧米は6割超ですが)、もっと引き上げること、つまり13億の国民をベースとした消費主導型経済への転換が必要とされるのですが、この為には競争の自由化を進める事は当然の事とし、そのプロセスに於いては、イノベーションの起こる環境作りも不可欠というものです。因みに9月12日付英誌、ザエコノミストは、`
The China that works’ と題した中国経済への論評に於いて、
経済成長を持続的なものとしていくには、もっと民間部門を自由に、と訴えています。
因みに9月13日、習近平主席は国営企業の再編、合理化等、改革計画を打ち出しているのです。だが、その現実はと言えば、国営企業など市場化への取り組みは遅く、現場では逆に国営企業が民営企業を圧迫する「国進民退」(注1)が進みつつあるなか、景気の減速(注2)だけ続いていると言った具合で、市場は中国経済の失速すら恐れていると言った状況です。
(注1) 国営企業動向:中国国有資産管理委員会によると中央政府傘下の大型国営企業113社の
売り上げ合計はGDPの39・5%に相当。03年に比べると社数は72減ったが比率は逆に6.9
ポイント増。改革の必要が叫ばれて10年、国営企業の影響力は逆に増している。(日経9月19日)
(注2) GDP推移:中国の15年4〜6月のGDP(実質)成長率は、前期同様、前年同期比で
7.0%となっていますが、実際は既に7%を下回っている、更には今年の成長率は5%も いけ
ばいいのではとする見方が広まってきているのです。(日経9月17日)
問題は、何処まで改革が進められ得るかと言う事ですが、中国は今まさに、その本質的課題に向き合っている処であり、それだけに中国経済を巡る不透明感は暫し続くと見ざるを得ないと思料するのです。
尚、この観測に関連、興味深い記事がFinancial
Timesに現れています。そこで参考まで、その概要を以下第3項として、紹介しておきたいと思います。
(3)China risks an economic discontinuity(中国が直面する経済の断絶リスク)
― Financial Times, Sept. 2, 2015
元切り下げで、不透明感を強める現在の中国経済のリスクについて、Financial Timesのコラムニスト、Martin
Wolf は、8月26日に続き、9月2日のFT紙への寄稿に於いて中国経済の脆弱性、更にはdiscontinuity
(断絶)の可能性について、次ように指摘するのです。
つまり、新興国では経済成長がdiscontinuities
(断絶)と称されるような急激な変化に見舞われることが多い。だが、中国の云うnew
normal(新常態)それ自体は、そういう意味での断絶ではないし、むしろ中国政策当局は、年率10%の経済成長から、7%の成長にスムーズに減速していったのは、自分たちが差配してきた結果と考えているようだと言うのです。
では、これ以上の減速がありうるのかと言う事ですが、次の三つの理由を挙げて、断絶の可能性を示唆するのです。つまり、一つは、中国の現在の成長パターンは持続不可能だと言う事、次に中国の債務状況が過剰、且つ巨額にあること、そして、これら難題に手を付ければ需要急減のリスクが生じること、を挙げるのです。
そして、この断絶が1990年代後半に危機を迎えた韓国で見られたような一時的な中断なのか、それとも1980年代のブラジルや1990年代の日本で見られた長期的なものか、質しながら政策当事者の能力次第だが、断絶は短期では終わらないのではと、指摘するのです。
この内、中国の成長パターンで重要な事実は、需要も供給も、いずれもが投資に依存しているという点にあると言うのです。つまりこの国では、2011年以降、全要素生産性
(total factor productivity
)(注)の成長への寄与がゼロ近くになっており、追加的なGDPを生み出すのは追加的な資本だけになっていると言うこと。[(注)TFP
:1単位の要素投入に対する産出量の変化 ]
また投資のリターンが急低下する中で、限界資本産出率(経済成長への投資の寄与度)が急上昇している(投資効率が悪い)ことも、問題と言うものです。
こうした資本効率の悪い投資偏重の経済にあって、累積債務残が広義の信用残高の指標である「社会融資総量(TSF)」ベースで、2008年のGDP比120%から2014年には193%に急上昇しており、これが積み上がっていく事は防がねばならず、つまり借金頼みの投資は減らさざるを得ず、これは投資が今後、萎んでいく事を示唆するのですが、その推移如何では需要は急速に減少し、景気は悪化する事になると言うのです。
とすると、断絶の議論のキモは、持続不可能なパスからスムーズに抜け出すことで、それは容易なことではないでしょうが、その最善のアプローチは、改革を継続する一方で消費者がもっとお金を使えるように努めると共に、公的セクターによる消費と環境改善を目標とした投資を増やすことと言うのです。
つまり、中国の経済成長が断絶する可能性は、ここ数十年で最も高くなっていると言うこと、そして、この断絶は短期間では終わらないかも、とし、従って政策当事者は大変な苦労に直面するだろうと言うのです。 その苦労とは、減速していく経済を破綻させずにリエンジニアリングをして行かねばならないと言うものです。しかも、この難題は技術的に難しいばかりではなく、また技術的なむずかしさが中心でもないと指摘します。市場主導の経済と、増々進む政治権力の集中とは果たして両立するのかと言う大きな問題が控えていると言う事です。そしてNext
stage for China’s economy is conundrum
(中国経済の次のステージは難題だ)と云い、それを解くことが世界を形作ることになると、云うのです。極めて示唆的と言うものです。
リーマン・ショック以来、世界は「米国没落、中国台頭」の声一色で染められてきましたが、今それが逆転しつつある、と言うことでしょうか。
第2章 米中首脳会談と習近平の「新型国際関係」
9月25日、中国習近平主席は9月26日から始まる国連加盟国首脳会議出席を機会に、主席就任後、初となる国賓としてワシントン(ホワイトハウス)を訪問。現地では21発の礼砲、ブラックタイでの晩餐会、とまさに国賓であり、この間、米中首脳会議が2時間行われたのですが、その中で、習近平主席は「新しい大国関係」(後出)の枠組みに於いて、協力のしやすい事項から、難しい事項について意見交換がなされたとメデイアは伝えています。
今回の両首脳会談については当初から、とりわけオバマ大統領サイドでは、近時の両国間のトラブル、4月に起きた中国サイバー・スパイによる米政府関係者、22百万人の個人情報のハッキング疑惑、また輸出拡大に向けた通貨の突然の切り下げ、更には、南シナ海での人工島造成し領有権を主張するなどで、両国間には政治的緊張感が高まっていただけに、周辺の会談に対する見方は極めて冷ややかなものが伝わっていました。9月19日付エコノミスト誌などは、その直前、Xi
Jinping’s state visit to Washington will do little to
resolve growing
tensions。「習近平の国賓として米国訪問したかとしても、それで現在両国に横たわる‘緊張’を緩和する事にはならないだろう」としていたのです。
米国内事情としても来年11月の大統領選挙を控え、共和党では対中強硬論が強まっており、そんな中国を過度に遇する事でもすれば世論の反発を招きかねない、との配慮もあり、民主党のオバマ大統領としては出来るだけロー・キーで対応したいとの事情もあったとされていました。
前日の24日にはローマ法王によるが史上初の米議会での演説があり、26日以降は国連総会での米ロ首脳会談が焦点となる為、相対的に米中関連行事は霞みがちとなったとも伝えられています。一言で言って米国としては中国には期待が出来なとの思いがあり、メデイアも、問題は習近平に米国が気にかけている事にどこまで理解できるものかと言ったトーンにあったのです。
中国側が米側を揺さぶった材料となったのが経済でした。オバマ大統領との首脳会談に先立ち西海岸シアトルでは米中を代表する30社の企業経営者と会合を持ち、企業間の連携強化をアピールしたのです。そしてボーイング社とは航空機300機の購入契約を結んだのです。そして、その交流に見る習近平の姿は、国内経済の不振をものともしない、自信に満ちたものを感じさせていたのですが、さて国内向けポーズなのか、中国経済への自信を示すものか、興味深い処です。
新型米中大国関係
此処で注目されるのが、習近平主席が米国に迫る新しい大国関係です。これは2010年の胡錦涛以来の構想を引き継ぐものですが、とりわけ習近平主席は2013年6月のカリフォルニアでのオバマ大統領との会談以降、米中関係に特化した枠組みとするようになってきたものです。
この大国関係に係る共通認識は、「衝突しない、対抗しない」、「相互に尊重する」、そして協力して「ウインウイン関係を目指す」事とし、米中関係の維持を図ると言うものです。
そして、この米中新型大国関係構築を探る上では、米国は常に北朝鮮とイラン核問題等、米国が重要視する安全保障分野に絞る一方、また金融安定、温暖化防止などの問題については米国の立場を配慮するよう中国に求めてきて来ています。そして、イラン問題、温暖化問題については既に一定の成果を挙げています。今回は「人権問題」、「南シナ海問題」、「サイバー攻撃」、「人
民元」、「投資協定」、「北朝鮮問題」、「気候変動」について、両国夫々がフォローすべき事項、協力すべきことについて確認されています。
政治理念が対立構造にありながらも、経済面では共有できる要素を作り上げ、話し合を通じて双方の立場を確認していく事で国際秩序を維持していこうというものですが、そうした姿勢は、何でも武力を持ってすれば解決するといった政治姿勢には、ある種教訓となるのではと思うばかりです。
おわりに アベノミクス・ステージ2を質す
いま日本経済が向き合っているのはリーマン後の各国の財政出動と金融緩和で嵩上げされてきた世界需要の減退です。こうした状況を映すごとく、日本経済の成長率もマイナスを余儀なくされ、因みに4〜6月の実質成長率は1.2%のマイナスと昨年7〜9月期以来3四半期ぶりにマイナスに、更に7~9月期についてもマイナスが予想される状況にあります。つまり、日本経済は今、成長の天井が低くなってきているため、内外で起きた一時的なショックをうまく吸収できず、近時のGDP推移が示すように、GDPが減りやすく、言うなれば日本経済はマイナス成長に陥りやすい体質になってきているのです。いまその体質からの脱皮が求められているのですが、それはアベノミクスで言う第3の矢「成長戦略」の徹底と言う事に他ならないのです。
アベノミクス・ステージ2
処で、安倍晋三首相は、24日、自民党総裁に引き続き就任するにあたって、これからの任期3年をアベノミクス・ステージ2として経済政策に取り組むことを再び強調し、併せて「新3本の矢」とする経済目標を発表しました。
その三つの矢とは、第1の矢は、GDP600兆円の達成を目標に、希望を生み出す「強い経済」を目指す、第2の矢は、夢を紡ぐ「子育て支援」を通じ出生率1.8確保をめざす。第3の矢は、介護離職のゼロ化をめざし「社会保障」の充実を図る、とするもので、以て1億総活躍社会を目指すと言うものです。
この内、後者の二つは、社会福祉面での強化と言う、言うなれば分配政策と云う事でしょうが、では財源はどうなっているのかと言う事ですが、でもそれが出来ればいいなあ、と言う何か次期総選挙用の選挙公約のようにみえるばかりです。
一方、GDPを現在の490兆円から2020年には600兆円に持って行くとする、言うなれば成長目標は、これこそが財源に繋がる問題ですが、単純に計算すると年率3.5%の成長が必要となる事になるのですが、2013年度の実質成長率は2.1%、14年度は消費増税の影響でマイナス0.9%、15年度については1.5%の見通しにある状況からは、目標数値は些か空疎に映ると言うものですが、さてどのように持って行くのか、再び成長戦略が問われると言うものです。
さてそのポイント、つまり人口減少で労働力人口が減る中で、より競争力ある経済に仕上げていくには、何としても生産性の向上に尽きると言うもので、その際の基本軸は何としてもイノベーションと言う事になるのです。 そして、そのための環境整備として岩盤となっている規制改革等、構造改革を進め、競争の場を広めていく事ですが、そこで求められるのも政策イノベーションに他ならないのです。目指すは革新経済、Innovation
Economyの創造ですが、いま、その方向への舵を切るべき時と思料するのです。 そこでは、ルールや枠組みを重視する発想を原則とし、富を創造するプロセスになるべく多くの人々を参加させる社会を目指すオープンな社会を目指すと言うものです。つまりは発想の転換です。
下村VS 都留の成長論争
序でながら、思い出されるのは、あの有名な池田勇人政権下で起きた成長論争です。それは片や成長論者、首相のブレーンだった下村冶と片や反成長論者の一ツ橋大学長の都留重人との成長論争でした。 実践的には下村冶の高度成長論が実証される形で、日本は高度成長時代に入っていった事は周知の処です。もっとも当時、反成長主義の多くのエコノミストに囲まれ、下村冶は当該論争には負けたことにはなってはいるのですが。 勿論、筆者としては高度成長を主張するものではありませんし、元より、将来をネガティブに見る当時の反成長派のような発想に与するものでもありません。ここで云いたい事は下村冶が1960年の論文で云々した「次元の違う」成長政策を策定し、果敢に実行していく、とした下りの発想です。発想の転換とは、そういったことを指すのです。
気になる安倍晋三の発言
処で、現在NYで行われている国連サミット会議を契機に、各国間での首脳会談が予定され、更に日本について言えば、日米、日露首脳会議が、また10月には、日中韓の首脳会議や日米韓首脳会議が予定されており、時に安保法案が必要としていた国際環境を含め、いま国際環境は急速に変わろうとしています。
そうした中、安倍晋三首相は、「強い日本」をとり戻すと言って軍備拡充、自衛隊の海外派遣に走り、今度は、「一億総活躍社会」を目指すと言って国民を煽るが如きですが、その言葉には、戦中、戦前の右翼発言を思い起こさせるものを感じるのです。 皇国史観の強いとされる彼だけに、これら発言は何とも気がかりと言うものです。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)