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林川眞善の「経済 世界の

第39回 独フォルクスワーゲン(VW)の不正行為、そして、それが語ること 

2015/10/22

林川 眞善
 

目 次

はじめに:ディーゼルエンジンは死んだ
第1 章 VWの不正行為のリアル
(1) 対米戦略が生んだVWのディーゼルエンジン検査不正
(2)VWの不正の代償、問われる経営の責任体制            
第2 章 VWの不正行為と欧州経済、そして自動車産業の行方
(1)ドイツ型経済モデルとVWの不正、そして欧州経済の生業
(2)VWのエコカー戦略転換とトヨタの長期戦略に映る自動車産業の行方
おわりに : Angela Merkel vs Shinzo Abe
          

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はじめに:ディーゼルエンジンは死んだ

1990年10月3日は東西ドイツが再統一した日。あれから25年、当時、旧東ドイツのマイナスを抱え、その再生にもたついていましたが、今、ドイツは欧州の盟主となって大きく変貌を遂げてきています。経済については、第4次産業革命という意味が込められたIndustry 4.0 の旗印の下、産業のスマート化を産官連携して推進中(2014・12月月例論考、参照 )であり、政治にあっては、対ロシア外交、ギリシャ支援、難民対策、中東和平等、ドイツ抜きに欧州を取り巻く政治案件は決まらないほどに、ドイツは欧州の盟主とされるほどの存在となっています。因みに、仏の著名な歴史人口学者エマヌエル・トッド(注)は、発言の調子が時として激越となるのだがと、断りながらも、仏オランド大統領を「ドイツの副首相」と断じるほどに、ドイツの強さへの警戒すら禁じ得ないほどの状況にある処です。 [(注)E.トッド著「ドイツ帝国が世界を破滅させる」文春新書、2015・5] 
しかしそのドイツ経済が今、極めて深刻な空気に覆われ出しているのです。

・米環境保護局がVWの不正行為公表

それは9月18日、米国環境保護局(EPA)が、ドイツの世界的自動車会社フォルクスワーゲン(VW)を、米国が自動車産業に課している‘排ガステスト’に不正な対応を行ってきたと摘発し、同時にVWに対し、米国で2008年以降販売された約50万台の車をリコール(回収・無償修理)し、ソフトの修正を命じたことに端を発するものでした。

後述する通り、VWは対米拡販を最優先とし、そのためには米国の厳しい排ガス規制をクリアーすることが課題となっていました。 ただ、排ガス規制対応はコスト面での負担増になる事、又、燃費と馬力の低下にもつながることでドライバーには不人気となる事、からVWはNOxの排出量を抑制することのできる秘密のソフト(排ガス測定時、想定される要求に直面した時だけにNOx制御装置が「ON」になるソフト)を独自に開発(2006年頃)、これを車体検査時に搭載し、規制基準をクリアーしてきた、つまりは潜り抜けの不正を働き、米国市場での拡販を進めてきたということです。

実際、VWが米国に持ち込んだ4気筒ディーゼルエンジン「TDI」シリーズは、グリーン・カーとしてヒット商品となっていたのです。が、これが排出するNOxに疑惑の目が向けられたのは2年前、環境測定を行う米国の小さなNGO 「International Council on Clean Transportation (ICCT)」が, このエンジンを検査した事に始まるものでした。この検査は実は、このエンジンの環境性能の高さを実証する為に行われたものでした。が、皮肉にもNOxの排出量が実際にはVWの公表値よりもはるかに高いことが判明したのです。ICCTはこの結果をカリフォルニア州大気資源局(CARB)に報告。これを受けたCARBはVWに対し自主的リコールの実施と同社が「技術的な問題」と主張するその障害を修正するよう要請したのです。ただ、リコール後も問題が解決せず一方、VWは何度も言い訳を重ねた由です。そこで、最終的にはVWは不正を認めていますが、CARBから試験結果の報告を受けたEPAが、ついにVWの不正を発表することにしたという事情でした。

9月22日、VWは世界全体で1100万台の車で、正式な試験のときに見られるNOx排出量と、実際の走行時に見られる排出量との間に、顕著な違いがある事を認めたのですが、同日、独メルケル首相はすかさず、関係当局に事態の徹底解明を命じたのです。
9月23日には、2007年以来CEOを務めていたマルテイン・ヴィンターコーンが引責辞任を表明。代わって9月25日、ドイツVWは傘下のポルシェのマテイアス・ミューラCEOを新たなグループCEOに任命したのです。

不正問題が発覚した時点では、多くの専門家は「不正は米国市場に限られるのだろう」と考えていた様でしたが、9月24日、独ドブリント運輸相が、VWが米国だけでなく欧州での不正も認めたことを明らかにする一方、EUは同日、加盟国に調査を求めたことで、米国に端を発した不正問題はディーゼル車の本場、欧州に飛び火し、一挙に世界的スキャンダルの様相を呈する処となったというものです。因みに、10月12日、英議会の運輸委員会では、VW英国子会社の社長は、英国で違法ソフトを搭載したディーゼル車を2008年から販売していると証言しています。これは後述する対米拡販とタイミングを同じくするものです。 

果たせるかな、10月2日付日経夕刊は、第1面で「VW、米国販売失速」と大々的に報じていました。米調査会社オートデータ社が1日集計した9月の米新車販売台数は、全体では前月比15.8%増であったがVW車は0.6%にとどまったと言うものでしたが、これが今次不正問題に揺れるVWの販売面での打撃が、震源地、米国で表面化し始めことを報ずるものでしたが、更にVWが16日発表した同社9月の世界販売台数は88万5300台、前年同月比15%減となった由です。

・death of diesel、

今回の不正問題でVW自身の受けるダメージは、大幅赤字必至はもとより、後述するように、その代償は計り知れないものある処ですが、これが他の自動車メーカーや様々な国、またディーゼル車そのものの未来にも大きな影響を与えることになるものと思料されると言うものです。

因みに、9月26日付、英誌The Economistでは、その表紙を‘Dirty secrets of the car industry’と太文字で飾り、その巻頭言では` Dirty secrets’ とVWを厳しく批判すると共に、VWのディーゼル不正問題は、もはやdeath of diesel、(ディーゼル車の死)を意味する、とまで指摘するのです。 勿論、ガソリンエンジンには更なる改善の余地はあり、メタンガスや水素、電気或いはハイブリッド等、よりクリーンな車に転向することもできる。が、‘If VW ‘s behavior hastens diesel’s death , it may lead at last , after so many false starts , to the beginning of the electric-car age’ 、つまり、VWの不正行為がディーゼル車の死を早めるとすれば、これがついには電気自動車の時代の始まり、に繋がっていくことになるのではと、指摘するのです。 [ 後出、第2章―(2)参照 ]
 
折しも、日本では東芝の不正会計問題が発覚、日本を代表する大企業、東芝の信頼は失墜、経営陣の刷新等、企業統治の在り方が問われたばかりでしたが、VWの不正もまさに東芝同様、要は企業経営、企業統治と言った点で軌を一にする処です。そして、それは成長の原動力となるグローバル化という点で、VWは出遅れていたとされた米国市場で、その地歩を如何に固めていくか、を課題とし、それへの対応過程で生まれた不正というもので、言うならば、そうした焦りと無理が重なったグローバル化のひずみに他ならない、と思料されるのです。

そして、今回のVWの不祥事は、環境技術のリーダーを自任してきたVWのこれまでの言動は何だったのか、と言う事ですが、問題は、これがVWと言う一企業の問題に留まらず、ドイツが誇ってきた経済モデルの優位をも揺るがしかねず、更には欧州経済の生業にまでも影響を及ぼす様相にあることで、新たな欧州危機とも映る処にあると、思料するのです。

元より、日本の自動車業界にはアイシン精機をはじめとしてVWに部品を供給している会社が多くあり、それらへの影響も気がかりですし、米国についても同じことが言える処です。それだけに、これらの実状を把握していくことは、今後の世界経済を見ていく上での相応の視点を与えるものと思料されます。 そこで、メデイア情報を拠り所として、VWの不正の実態を把握すると共に、ドイツ型経済モデルの可能性、自動車産業の行方等、考察する事としたいと思います。


第1 章 VWの不正行為のリアル
              
(1) 対米戦略が生んだVWのディーゼルエンジン検査不正


周知の通り、ディーゼルエンジンは、独の工学者ルドルフ・ディーゼルの考案によるもので、その特徴は、点火プラグを必要とするガソリンエンジンよりも熱効率がよく、燃費コストは低く、CO2排出もガソリン車や、ハイブリッド車よりも少ない事。更に生産コストもハイブリッド車より大幅に安い事から、温暖化ガスの排出を減らすという点でディーゼル車はガソリン車より優れ物とされています。 と言う事でディーゼルエンジンは政府の環境指向に強く訴え、また倹約家の多い欧州では乗用車の約半数がディーゼル車と言われています。

然し米国では事情が大きく異なっています。つまり、ディーゼル車の効率の良さは、燃料を高温で燃やすことで得られるのですが、その際、空気に含まれる窒素を比較的多く各種の窒素酸化物(NOxと総称される)に変える、つまり有害物質を排出するのです。このNOxは、排出される地域にCO2よりもはるかに大きな悪影響を齎すというもので、スモッグを生みだし、動物や人間の肺にダメージを与えるなど、はるかに大きな影響を与えると言うものです。そこで、米国ではEPAが2009年から排ガス対策の強化を求める環境規制(Tier 2 Bin5)を導入したのです。これが許容するNOxの排出量の上限は、1キロメートル当たり0.044グラムと規定されているのですが、VW車のそれは、上限の40倍に上っていたのです。従って、後述するようにVWが米国での拡販を目指す上からは、その点での改善が不可避だったのです。

(注)かつて石原東京都知事が記者会見でペットボトルに入れたNOxをまき散らして都内へのディーゼル車の走行を禁じたことは有名な話ですが、この結果、日本でのディーゼル車の開発は後退したとも言われています。

・VWの不正行為は米国に対する背信行為

今回の不正発覚で引責辞任したマルテイン・ヴィンターコーンは、2007年にVWのCEOに就任していますが、当時VW社は米国での販売不振に苦しんでおり、同社にとって米国市場での販売拡大は、前任のベルント・ピシェツリーダーCEO時代からの重要課題となっていました。

そうした経営状況をうけ、2008年、ロスアンゼルスでの自動車ショウに現れた当時ヴィンターコーンCEOは、「2018年までに1千万台を達成し、トヨタを抜いて世界一になる」と宣言。その為には米国での拡販が絶対条件とし、その年、米国市場開拓の先兵としてトヨタの「プリウス」に匹敵するアイコンとして、燃費が良くパワフルなディーゼル仕様の「ジェッタTDI」をクリーンなディーゼル車として導入したのです。但し、EPAの規制基準のクリアーに当たっては違法ソフトを利用し、潜り抜けを図ったという事なのでしょう。とにかくリーマンショックを契機に消費者の燃費効率指向が高まるなか、その狙いは的中し、ジェッタの販売は好調を辿ったのです。然し、米市場が回復し、市場環境が変わる中、2013年からは前年割れが続き、言い換えれば、そうした販売不振への焦りが違法ソフトへの深みにはまっていったとみられるのです。

米国でのこうしたVWによるディーゼルエンジンを巡る不正行為が明るみに出た結果、いまやルドルフ・ディーゼルの発明品までをも脅かす、少なくとも自動車の将来に関する限り、そうした様相を呈するほどにある処です。 元々VWにとって米国での販売台数は多くなく、従ってそれ自体が問題とされていたわけですが、2015年1月〜8月の米国での販売台数は約40万5000台、シェアーは3.5%と依然低位にあり、以下で示すような不正による代償の大きさを考えた場合、VWがこれほどのリスクを冒してまで何故に違法ソフトを使ったのか、と疑問は禁じえないと言うものです。

ただVWの経営陣の一部には、欧州での経験から、うまくやりおおせると思っていいた節があったと言われていますが、その背景には、自動車メーカー、特に欧州の自動車メーカーがこうした問題について大概の事をやっても難を逃れる事に慣れていると言う事情があったようです。
つまり、欧州はNOxの問題について、米国ほど要求が厳しくないこともあって、彼らの不正行為は業界内では公然の秘密だったとメデイアは指摘しています。言い換えれば米国でのVWの活動は、「欧州の制度が生み出した」行動パターンの一環だったと言う事でしょうか。

かくして9月26日付The Economistの特集、‘A. Mucky business ’では、VWの米国での不正行為の背景を次の3点と整理するのです。第1は、overwhelming desire for size,つまり規模に対する圧倒的な思いがあったこと。VWはトヨタを抜いて世界最大の自動車会社になると言う事でしたが、そのためには米国市場でのシェアー拡大が不可避とする経営戦略があり、それが不正行為に追いやったと言う事情。第2は、NOxの問題の是正策には技術と生産コストとのトレードオフが付きものだったと言う事ですが、結局コストを優先した事。そしてもう一つは、チェックの甘い欧州での経験から、うまくやりおおせると思っていた為、とするのです。言い換えれば、米欧の企業文化の相違がそうした姿勢を許していったと言う事と言えそうです。

要は、規模拡大にとらわれてきた結果のツケと言え、VWとしてのコンプライアンス、コーポレート・ガバナンスの無さを曝け出したというものです。然し、何よりも問題は、その行為が米国に対する背信行為に他ならないと言う事なのです。

(2)VWの不正の代償、問われる経営の責任体制

・代償の理論値は180憶ドル


不正発覚でマルテイン・ヴィンターコーンCEOが辞任したことで、‘トヨタを抜き世界首位に、そして、その為には米国市場でのシェアー拡大’を目指す彼の大規模な戦略は、崩壊してしまったわけですが、経営者が起こした今回のVWの不正行為は、例えば2009年、放漫経営で倒産したGMにしても、トヨタが2010年にかけて北米で起こした大規模リコールに比しても、事態の悪質さでは、過去にないほどの深刻なものと指摘される処です。

因みに、トヨタの場合、彼らが米リコールで支払った対価はリコール費用のほか、和解金を含め推定約30億ドルと言われていますが、VWの場合、リコール費用の引当金として65億ドル(約8700億円)を計上していますが、今後、すべての罰金(米司法省の理論値としては180億ドル:約2兆2000憶円)や賠償請求、訴訟やリコールに係る費用を合わせるとその代償は膨大なものになると想定される処です。加えて彼らはグループ内に巨大な金融部門(VWの全資産の44%を占めている)を抱えており、その影響の連鎖の如何では深刻な事態も予想されると言うものです。いま、米国では企業犯罪について、巨額の罰金を科すことで当該企業の株主を罰するだけでなく、責任を負うべき個人の追求もすべき(The Economist.Sept.26 – Oct.2, 2015 )との声もあがってきている由で、いまや個人の罪も問われる時代となってきた、という処です。

・問われるVW経営の責任体制

処で、独メデイア(フランクフルター・アルゲマイネ)が報じる処では、VWは苦戦していた米国事業の建て直しの為、05〜06年時点でディーゼル車の排ガス試験の時だけ、排ガス量を減らすソフトを使う事を決めていた由です。ただ、9月25日付、VWの監査役会に提出された報告書では、2011年、そのソフトの違法性について社内の技術者からは警告されていたとの記載があるのですが、担当の幹部は対応しなかったとされています。(日経9月28日) 又、10月14日、独誌シュピーゲルによると排ガス試験の不正に関与した幹部社員は30名にも上るとのことで、まさに会社ぐるみの不祥事とも言える処です。それにはVWの風通しの悪さ、トップダウンによる目標達成の圧力、それらが不正の温床になっていたとは想像に難くなく、それこそはコーポレート・ガバナンスの如何が問われる処と言うものです。
要は、上述‘経営のツケ’をいかにクリアーしていけるか、そのための経営システムをどのように改革していくか、が最大の課題と言うものです。つまり‘成長と収益そしてガバナンス’、これをどう両立させるかということですが、これは国や時代を超え、企業の不変の命題ですが、今回のVWの不正事件は、改めて企業の在るべき姿が問いかけられていると思料する処です。

余談ながら、13日、米パラマウント・ピクチャーズが、レオナルド・デイカプリオと組んで今回のVWの不正事件の映画化を検討していると報じられました。さて、どのような映画となるものか、楽しみです。


第2章 VWの不正行為と欧州経済、そして 自動車産業の行方

VWの不正問題は「高品質で環境に優しい」というドイツ製造業のうたい文句を大きく傷つける事となったのは言うまでもありません。然し、それ以上に重要な事は、VWのこの不正スキャンダルがドイツ型と言われる経済モデルを狂わす可能性と同時に、欧州経済をも原則に巻き込む可能性を秘めたものだと言う事です。
10月5日付Financial Timesが掲げた同紙コラムニストWolfgang Munchauのコメント‘Volkswagen’s threat to the German model’(VWの不祥事が脅かすドイツの経済モデル)は、今後のドイツ経済の行方と併せ、ドイツの条件にそって自己を作り変えてきた欧州経済も減速は避けられないと指摘するのです。そこでまず、その要旨を紹介し、併せて、その後に公表されたVWの改革案と、日本のトヨタの経営戦略に映る自動車産業の行方について、引き続き考察して行くこととします。

(1) ドイツ型経済モデルとVWの不正、そして欧州経済の生業

ドイツ型経済モデルとは、ちょうど自動車産業がディーゼル技術に過度に依存してきたように、自動車産業に過度に依存したものとなっており、ドイツ政府は自動車業界を甘やかし、国外で業界の利益を代表してきたとされています。こうした政府の行為を、Munchauは「VW法」と呼ぶのですが、それは事実上敵対的買収から会社を守ってきたと言うものです。実は、2000年代の労働改革を策定したのは、元VW取締役のPeter Hartzですが、お蔭で業界は地域の雇用安定に貢献してきたと評価されているのです。そして、supervisory board(日本の取締役会に相当)の議決ルールでは、労働組合の明確な同意がある場合に限って生産のドイツ国外への移転が認められる事になっているのですが、言い換えれば移転は出来ないと言う事です。 これは、マクロのリスク管理の視点からは、silly strategy 愚かな戦略だと指摘するのです。そして、金融業界に対する英国の過剰依存と似ているが、こうした戦略は当初はうまく行くようだが、その後は全く機能しなくなると言うのです。

自動車業界は他業界の財とサービスの買い手として断トツに最大の業界です。マイハイム大学が2008年に公表した研究では、2004年における自動車業界のドイツ経済の全付加価値に占める比率は7.7%となっていて、その比率は世界のどの国よりも高いものとなっています。因みに第2位は韓国で5%、大半の欧州諸国は2~4%の範囲内に収まっている由です。その後も、自動車産業もドイツの製造業も好調に進んできており、これら数字は現在もそう変化はないと見られていますが、それでも、今回の不正事件を契機に、この状況はいずれかの形で崩れると、その可能性を指摘するのです。

具体的には、まず業界にとって最善の結末は、調整が徐々に進んでいくことだろうが、その調整のスピードが加速する事が一つ。次に、VWは米国での自動車販売ブームを逃し、既に損失を出しているが、引き続き、市場シェアー維持のためには大幅な値引きは不可避であり、値引きと販売台数の減少で利益の低下が、続くと見られることで、事態改善に向けた変化が不可避となる事。そして、三つ目のシナリオは、賠償金と罰金の支払いの為、資産の投げ売りが想定される処、この点についでは、VWは大規模なジャストインタイムのネットワークのように機能している点で資産の投げ売りは難しく又、ドイツの政治システムからは、破産は言うまでもなく外資による買収には強い抵抗感があることから、隠れた国家支援と公然の国家支援の何らかの組み合わせを受け、VWは破産からのがれる可能性を指摘するのです。が、これも時間がたつにつれ、この支援は徐々に高くつくようになり、政治的に不人気になっていくことで、変化は不可避と言うのです。

加わるに‘環境’対応という問題があると言うのです。つまり環境に対する世界的な態度は、ディーゼル技術に不利な方向に動いており、また社会的な態度も自動車そのものに不利な方向に動いていると指摘するのですが、要は一社で対応しきれない状況が生まれていると言うものです。
そして、こうした大きなショックが来た時には、経済が個別産業に余り依存していない国の方がしっかり対応できており、経済が柔軟である限り、特定の産業に対して善意の無視を決め込む政策を取る余裕がある。その点で、業界横断的な柔軟性に欠けるドイツ型経済モデルも、今回の不正事件をトリガーとしてシステム変化が進むことになると言うのです。

・欧州経済の生業

10年前まではドイツは欧州の病人とも言われていましたが、今では競争力の高い経済の手本とされ、そのバトンが西のフランス、南のイタリアのどこかに渡っていると言うのですが、その彼らは明らかに不安定にあります。VWのスキャンダルが重要なのは、この為だと言うのです。
つまり、ドイツの条件に沿って自己を作りかえてきているユーロ圏だけに、ドイツが一度減速すると、全体が狂ってくると言うのです。裏返して言えば、それはドイツに頼る経済構造の危うさを指摘するところですが、さて欧州の盟主、メルケル首相はどのように仕切っていけるのか、日本にとっても、極めて注目されるべき処と言うものです。

(2)VWのエコカー戦略転換とトヨタの長期戦略に映る自動車産業の行方

・VWの改革案

果たせるかな10月13日、VWはディーゼル車の排ガス不正問題受け、ディーゼルから電気へとエコカー戦略の転換を示す改革案を公表しました。その内容は、従来のディーゼル車偏重を見直し電気自動車(EV)の開発へ軸足を移すと言うものです。VWは現在、世界販売の2割強をディーゼル車で占めていますが、米国のみならず欧州でも環境規制が厳しくなる中で、戦略の転換と言う事です。一方、欧米向けのディーゼル車については高機能な排ガス装置を全面的に採用することとしています。 同時に、業績の悪化が避けられないことから、投資の選別は避けられず、乗用車部門の年間の投資額を、計画の5%相当の10億ユーロ(1360億円)削減とし、EV開発へ優先的にふり向ける、としています。

このVWの戦略見直しで、技術開発や規模のメリットを狙った新たな戦略提携の呼び水となる可能性がある事、因みに、今回の不正事件をきっかけとしてフランス政府は、これまでのディーゼル車への優遇税制を見直し、燃料の軽油に係る税金を来年から引き上げると、しており、欧州の自動車各社は、同様戦略の見直しを迫られる処、エコカーを軸に新たな提携に繋がる可能性が出てきたとみられるのですが、その点で欧州での自動車業界再編の端緒になっていくのではとも、見られる処です。 

勿論、そのビジネスの方向は問題ない処でしょう。然し、それにしても、依然問題はVWの経営システムです。つまり、前述の通り、今回の不正がVWの経営トップの関与が云々されだすなど、会社ぐるみの様相にあり、不信が広まってきている状況に在ります。従って、これを払拭することが第一であり、何よりも組織の立て直し、コーポレート・ガバナンスの確立が、より先決事項と思料される処です。

・トヨタの長期目標

一方、トヨタは10月14日、「2050年までにエンジンだけで走る自動車の販売をほぼゼロにする」長期目標を発表しました。長期目標では新車の走行時のCO2排出量を9割削減する方針と言うのです。トヨタの役員は記者会見で「エンジンだけを搭載した自動車は生き残れない。エンジン車がなくなるのは、天変地異だ」と述べたと言うのです。(日経10月15日)


これまでエンジンは、約1世紀に亘り自動車の動力源の主役を担ってきました。然し、こうした各社の新しい取り組みは、各地で強まる環境規制を乗り越えるには限界も見えてきたと言うなか、まさにVWの不正行為が加わった事で、自動車の開発競争の中心が、エンジンから電池や制御ソフト等、電動化技術に移りだしたことを鮮明とする処です。ただ、全てのメーカーがこうした次世代技術の開発を自前で出来るとは思えず、合従連衡の可能性が高まる処と思料するのです。つまりは、その開発の進捗の如何が、新しい形での自動車産業が形成されていく事になるものと、思料される処です。


おわりに:Angela Merkel VS Shinzo Abe

今回VWの不正問題をフォローする中、ずっと気にかかっていたのが東芝の不正会計問題でした。 
VWの不正行為は、前述の通りで、社長と数名の幹部による不正ソフトを擁して米国が定めるNOx排出規制値をかいくぐり、およそ7年間、世界1を目指して米国での拡販を進めてきたと言うものでした。つまり会社ぐるみの不正です。
一方、東芝はと言うと、2005年、西田厚聡が社長に就任して以降、3代社長が、一兆円企業をめざし戦略運営されてきた中、その過程で起きたのが不正会計でした。その要領は「原価の改ざん」、「コストの意図的繰り延べ」、「在庫などの資産や売り上げの水増し」行為だったと言うものですが、これが今年2月に証券取引等監視委員会(SESC)の「工事進行基準」検査を受けたことが発端となり、全社的な不正会計が明らかになったというものです。

勿論業種は異なるものの、いずれも夫々の国を代表するグローバル企業です。が、いずれも経営トップが主導し、違法な経営行動を取ってきたと言う点で共通するのですが、それはコーポレート・ガバナンスの欠如と言う現実を世に知らしめる処となったというものです。

・二人の首相 の行動様式

さて、気にかかっていたというのは、かかる異常事態に示したトップの反応でした。ドイツのメルケル首相はVWの不正問題を耳にするや素早くリアクトし、不正の徹底解明を指示していますが、 その思いは自国ドイツを代表する自動車メーカー、VWの利益と言うことより、やはり`Made-in German’ の信用を優先してのアクションであったことは言うまでもない処です。では日本の首相、安倍晋三は、東芝が犯した不正会計問題にどう反応してきたか、ですが彼が東芝問題に言及したという話は、少なくとも筆者は未だ耳にしたことはありません。

安倍政権はアベノミクスでの成長戦略として、企業統治の強化を第一と訴え、それも海外からの投資を呼び込むため、コーポレートガッバナンスの改革を優先課題としてきた筈でした。勿論その為に競争環境を整備し、企業の行動についても透明性あるものとしていく事を約束してきた筈でした。然し、日本を代表するグローバル企業、東芝が犯した巨額の不正会計問題について、沈黙している姿は、何としても筋の通る話ではありません。加えて、不正会計が行われた時期の幹部が社内の要職にとどまっているという東芝に、自浄能力が発揮できるとは考えにくいのですが、彼の‘姿勢’はこれらを容認するものとも映る処です。

先月末、安倍晋三首相が、今次国連総会出席のためNYを訪れたのを機会に行われたジャパン・フォーラムでの講演で再び、日本にとって今大事なのはeconomics, economics, economicsだと、三度も‘経済’を連呼していました。この連呼には、海外からの投資を呼び込みたいと言う思いがあってのことと推察されるのですが、さて、外で語ることと、中でとる行動とのギャップに、彼のトップとしての危機感の乏しさを感じさせられると言うものです。 
そして今、何の政策的裏付けもないままに、これからは「一憶総活躍社会」と、はしゃいでいます。それも、これまでのアベノミクス3本の矢の総括もないままに、です。安倍政権の政治的資源の減少、その死角も指摘される昨今、何ともその能天気さばかりが気になる処です。

以上



    

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2015/11/01