目 次
はじめに:世界のトレンドと、ポピュリズム
1.世界経済のトレンドの変化を炙り出すG20
(1)G20の生い立ちが映す世界経済の生業と,その変化
(2)世界経済復活へのカギ
2.米大統領予備選が映す政治構造の変化と、ポピュリズム
(1)予備選の推移と米政治の構造的変化
(2)トランプ旋風 そして、サンダース旋風 のリアル
おわりに:アメリカのShinzo Abe と日本のDonald Trump そして、日本国憲法
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はじめに:世界のトレンドと、ポピュリズム
今年に入ってからの世界経済は極めて不透明感を深めるなか、これに敏感に反応する形で株式市場、金融市場では、連日、波乱状況を呈してきました。その要因は周知の通りで、「原油価格の急落」、「中国経済の後退」、「米国景気の低迷」、更には、「欧州金融機関の信用不安」を背景とするものと、これまでの論考に於いても縷々述べてきた処です。
勿論、これら要因は海外発と言うものですが、日本経済も大きく影響を受け、為替市場、株式市場での混乱を余儀なくされ、今なおその延長線上にある処です。1月末には日銀初のマイナス金利政策が導入され、金融緩和政策拡大による景気の正常化を狙ってはいますが、一向に結果を見ることなく、ややお手上げの様相を呈していました。
そんな折、英誌The Economist (Feb. 20, 2016)
は、その巻頭言で、それでも、今やるべき政策は残されていると、強く語るのでした。そのタイトルは The
World Economy - Out of ammo (打つ手はなくなったのか)、そして‘Central
bankers are running down their arsenal. But other options
exist to stimulate the
economy’(中銀の政策手段は底を突きつつあるが、まだ景気刺激策は残されている)というのでした。
その趣旨は、これまで中銀任せの金融政策に偏っていた点への反省として、政治家が中銀と共に戦いに参加すべきと言うのでした。つまり、財政政策と金融政策の融合を進める事を強くアドバイスし、リスクはあるが、先進諸国、とりわけ日本がデフレから抜け出せなかったら、それこそ大変だとして、マネタイゼーション(ヘリコプターマネー)すら提案するものでした。と同時に財政政策は構造改革と併せて進めるべきであり、規制改革はその有力な手法と、叫ぶものでした。また、欧州銀行の信用不安に対しては財務体質強化、不良債権の償却、自ら資本の増強、強制的自己資本の注入等示唆するなど、かつて日本が余儀なくされた経験を見せられると言うものです。ただ、そこで注目すべきは、最大の懸念は07〜08年の金融危機に乗じて強くなったポピュリストに政治的力を与えてしまう事だ、との指摘です。それは言うまでもなく保護主義的行動、国有化指向、等、破壊的政策に向かう事になると言う点で問題とするものでしたが、それ以上にリベラル、中道派政治家がそうした政策実行能力を備えていない事が問題と、するものでした。
・平静を取り戻した市場
然し、そうした状況は、3月に入ってからと言うもの、和らいだ様相となってきています。では何がそうさせてきたのか? ですが、
それは、これまでのリスク要因を巡る一連の国際会議、関係国の行動にある処です。今、それらを時系列的に列記すると、以下の通り、現下のリスク要因に対峙する行動計画が轡を揃えた状況と言う処です。
・2月26・27日、G20蔵相会議(於上海):市場安定へ政策総動員、につき合意
・3月4日、米国の2月雇用統計発表:就業者前月比2万人増で景気回復示唆
・3月5・6日、中国、全人代会議:中国経済5か年計画発表で財政出動、構造改革推進
・3月10日、欧州中銀理事会:金融緩和追加実施決定
・3月14・15日 日銀金融政策会議:景気判断は引き下げ。追加金融緩和は見送り
・3月15・16日、米FRB公開市場委員会(FOMC):追加金利引き上げ見送り決定
つまり、2月末、上海で開かれたG20財務相会議は‘具体的な政策は出なかった’と、大方の評価は冷めたものでしたが、そこで合意(共同声明)された「機動的に財政政策を実施する」事が、政策行動の規範となり、各国が自国事情に即し行動することとなったことで、これまでの金融政策に過度に依存してきたやり方からの「変化」を感じさせ、又それが効果を映す処となってきた結果と見られる処です。 それはまさに上述エコノミスト誌のアドバイスに沿う行動様式とも映る処です。と同時に、それは日米欧中の連携が焦点になっていた様子を映りだす一方、明らかに世界経済のトレンドに構造変化が起こっていることを感じさせるものでした。
とは言え、市場に落ち着きを取り戻させる切っ掛けとなったのは3月4日の米国の雇用統計の発表でした。2月の米国での就業者数は前月比24万人増え、雇用の拡大が続く様相にあると言う事です。2月の失業率は4.9%、2008年の金融危機前の低水準を維持している事でFRBは「完全雇用に近い状態」と見るようになっています。そして、GDPの7割を占める個人消費ですが、例えば、新車販売が15年振りの高水準となった由で、昨年12月の利上げ後も底堅い状況に在ると言うものです。因みに、FRBが重視する個人消費支出デフレーターは1月が前年同月比1.7%上昇し、目標の2%に向けて改善の兆しが感じられます。
また、低迷していた製造業の失速不安も薄らいできたと言うことで、米経済への不安が払拭されてきたと、判断がなされた事にあったと言うものでした。ただ、米国経済の回復が順調な様相になってきたとはいえ、この3月に予定されていた昨年12月に続く追加利上げは依然、FRBでは中国の景気減速等、懸念材料が残るとして、3月15・16日のFRB公開市場委員会(FOMC)では、‘利上げ見合わせ’を決定しています。 尚、欧州では3月10日、ECB理事会は物価テコ入れを狙った量的金融緩和の追加実施を決定しています。
なお、FRBが気にしていたと言う中国の景気動向ですが、既に2月29日、中国人民銀は追加の金融緩和を決定、市場の不安心理の払拭に躍起となっていますし、3月5〜16日に始まった全人代(中国全人民代表大会)では、過剰生産能力の削減に向けた構造改革の推進が確認され、同時に、経済のサービス化を目指すとしていますが、さて‘利権がらみの構造’をどこまで改革して行けるものか、その見通しは極めて不透明。いずれにせよ実体経済は依然、停滞感が強まる状況にあり、更には近時、習近平主席とNo2との確執等が伝わる等、政治的なリスク環境も高まる状況にある処です。中国経済は5か年計画では、6%以上の安定成長を目指すとしていますが、一部では、最早3%を切っているとも伝えられ、国家システムの限界すら云々される状況にあるだけに、中国経済の回復は当分期待しにくいのではと思料される処です。
一方、大きな不安要因の一つとされていた原油価格の動向ですが、既に、ロシアとサウジ等産油国は2月、増産凍結を合意しており、3月11日、IEAが公表した石油市場月報では「原油価格が底打ちした兆しである可能性がある」(12日、日経夕刊)と指摘しており、原油の先安観や世界経済の先行きに対する警戒感が薄れ、因みに、3月17日のWTIの終値は1バレル40.20ドルと3か月半振りの高値を付けるに至っています。尚、4月に予定されている主要産油国会議では増産凍結が合意されると見通され、加えて近時のドル安もあり、価格押し上げの環境が整ってきたと言えそうです。
かくして、G20会合での政策枠組みの合意、米経済の改善、OPEC合意による原油価格の底入れ等、これでリスク回避一掃にむけた国際間での連携プレーが事実上、確認されるようになってきたことで市場に落ち着きが戻ってきたと言う事と言えます。ただ、何処までこれら政策が協調的に進められるか、その不透明感の残る様相にあり依然、成長に向けた持続性ある構造改革の実行が各国には求められている事情に変わりはない処です。
・逆流始めた世界経済のトレンド、そして政治
処で、こうした世界経済回復に向けた調整プロセスの中で、鮮明となってきたのが世界経済の生業が構造的に変化し出してきた事、つまりトレンド変化が進みだしたと言う事です。
後述するように、リーマン以降、世界経済は、新興国経済を当てにする形で回ってきていました。が、昨年12月、米FRBは、米経済が漸く回復軌道を迎えたとして、金利引き上げを実施しましたが、それを契機として世界経済のトレンドが急速に変わってきたと言う事です。
つまり、中国の需要減に加え、それまで新興国に流れていたドル資金が米国に還流しだしたことで、新興国経済が回らなくなってきたと言う事で、世界経済の不振が更に深まる様相にあり、 時に新興国の不振こそが現下の世界経済不振の元凶とすら言われる状況にある処です。
今回、米FRBが金利の追加引き上げを見合わせた背景にはこうした事情への配慮があったと言うものですが、その結果は世界経済が再び先進国主導、とりわけ米国主導へと変わってきた事を意味する処です。ただ、ここで注目すべきは、その変化ベクトルが、これまでのグローバル化を主導してきた米国とは異にしたポピュリズムに訴える、言うなれば孤立主義的、モンロー主義的色彩を感じさせるようになってきたという点です。因みに、これまでTPP推進の立場にあった民主党のヒラリー前国務長官までもが、現在の大統領予備選への出馬に当っては、米国内のジョッブを奪うものとして反対を表明しています。これなど労働者票を当てにした、つまりは内向きなポピュリズムに訴えんとするものですが、そうした動きが世界的にも、広がる様相にある事が、気がかりと言うものです。
加えて問題と映るのが、世界的な政治のトレンド変化です。周知の通り、今、米国では大統領予備選が真っ最中ですが、伝統的な「共和党対民主党」の二大政党政治にあって、これまでの政治活動は「保守対リベラル」を対立軸とするものでしたが今回、その軸が見えなくなっています。
と言うのも、昨今、米経済は回復基調にあって、国民の間では広がる経済格差問題が大きく意識されるようになり、又その要因批判がグローバル化に向けられることで、米国社会は今、新たな二分化が進んでいるとも言われています。一つは、そうした流れの犠牲者とする低所得者層、貧困層に一般市民も加わっての体制批判派、曰く‘草の根’活動派です。一方、経済の当事者たる資産家、大企業、金融界、つまり現資本主義体制を支持する勝ち組とも言われる‘エリート’グループですが、これが社会的に対立構造を生む処となっており、今回の候補者選びもこの変化の中で進んでいると言うものです。とりわけ‘草の根’の支持を得る事で、非主流派とされる候補の出番が出てきたことですが、ポピュリズムが後押しする政治を感じさせる処ですし、それこそが米国政治に起きている構造的変化を実感させられる処です。ただポピュリズム主導の政治は排他的、閉鎖的なもとなりかねず、その推移は我々にも同次元のissueとして注視が欠かせません。
同様な事態は欧州でも起きてきており、英国ではこの5月、EU離脱問題を巡って国民投票が予定されていますが、これとて英国内で広がるポピュリズムと対峙する問題です。又ドイツでは、地方選ながら、3月13日行われた州議会選で、反難民を訴えた民族主義政党「ドイツのための選択肢」の躍進に注目が集まる一方、難民の受入れを主導してきたメルケル首相率いる保守系のキリスト教民主同盟(CDU)の退潮が報じられており、安定しているドイツ政治が揺らげば欧州には政治的リスクとなりかねないと言うものです。この点、英FT紙(3月15日)社説では、メルケル政権の難民政策が圧倒的反発を受けるものではないとしながらも、ドイツ社会が分裂していることを示していると分析しています。
こうした政治環境の変化が、上述世界経済のトレンド変化と機を同じくして起きてきていること、言い換えれば米国にあって、また欧州にあっても、政治の構造変化が世界経済の構造変化が進む中で起きていることに些かの懸念を禁じ得ないのです。そこで上述‘G20’財務相会議が映す世界経済の構造変化の実状と、米国政治の構造変化を映す現在進行中の大統領予備選の現状、の二つにテーマを絞り、明日の日本を考える手がかりの一つとして論じて見たいと思います。
1.世界経済のトレンドの変化を炙り出すG20
2月26・27日、上海で行われたG20財務相会議は、世界経済のニュー・アブノーマル状況(2月月例論考)への挑戦を目指す、まさにtimely
なものであったと言えるものでした。 そこでは、「世界経済の現状について、経済見通しが更に下方修正されるリスクが増えていること、そして、最近の市場変動は世界経済の実態を反映していない事」を共通の認識とし、市場安定化に向けてあらゆる政策を総動員することで合意を見ています。ただ、具体策の決定には至ってはいませんが、共同声明(注)に盛られた事項は、各国が夫々の事情に即して実施する、つまり他国が財政拡大の重荷を背負ってくれる事を期待する、として合意されたもので、言うなれば政策行動への実質的規範となっているというものです。
(注)共同声明で提案されている「経済・金融政策」(日経、2月8日)
・成長押し上げへ金融・財政・構造改革を総動員
・金融政策だけでは成長は困難。機動的に財政出動を実施
・通貨の競争的な切り下げを回避、そして、資本移動の監視強化
(1)G20の生い立ちが映す世界経済の生業と、その変化
処で今日に至る世界経済の成長の生業を理解するには、先進国と新興国との関係を理解しておく必要がありますが、それはG20の今日に至る推移を理解することで初めて可能と言うものです。
事は全て、第4次中東戦争を背景として起きた1973年のオイル危機に始まるものでした。
各国が、そのオイル危機を克服し経済再生、競争力強化等、構造改革に向かう中、‘75年、オイルショックでダメージを受けた世界経済の立て直しに向け、政策協調の場として当時、仏大統領、ジイスカール・デイスタンが主導する形で先進5カ国(米英仏独日)首脳会議が始まったのです。翌年にはイタリア、カナダを加え今日のG7サミットが編成され、更に98年、ロシアが参加しG8となっています。(尚2014年、ロシアはウクライナ侵攻問題等で資格停止となっています。) そして99年、ブッシュ前米大統領主導の下、G8が定期開催していた財務相・中銀総裁会議にロシアと中印等新興国11か国が参加、2008年にはG20首脳会議へと発展してきたと言うものです。
言うまでもなくG20の世界経済に占める割合は極めて大きく、GDPでは全世界の90%、貿易額では80%、総人口でも3分の2を占めるだけに、G20が政策協調を図れば影響力は大きいと言うものです。とは言え、G20は詰まるところ、リーマンで痛手を受けた先進国経済が新興国にその受け皿を求める場となってきていたと思料されるのでした。
実際、ゴールドマン・サックスが2001年に「BRICs」と言う言葉を作り出して以降、世界の投資家や企業はこのシナリオに乗るべく有望な新興国を探し出すことに躍起になってきました。そして2008年のリーマンショック時、中国はそのショック克服を目指し4兆元という大規模な設備投資を進め、中国経済の立て直しを図り、高成長を実現して行ったのですが、そのことで他新興国も大いなる恩恵を受ける形でまさにテイクオフを果たして行ったと言うものでした。同時に先進国による金融緩和のマネーも一斉に新興国に向かい、またそこに投資するグローバル企業もその恩恵に浴してきたと言うものです。そして、2010年には中国は世界第2位の経済大国になり、先進国はもはや彼らに依存する形で今日に至ったと言うものでした。
要は、リーマン後の世界経済は、中国を中心に新興国の成長ポテンシャルに依存する形で進んできたと言うものですが、石油等各種資源の獲得の為、グローバル企業が進出したことで、ドル資金の大量移入が進み、これが更に新興国の成長を促していったのでした。 そうした事情を背景としてG20での政策討議参加プロセスは、中国を始め新興国の政治的パワー拡大の場となってきたと言うものです。
しかし2014年以降、経済大国中国の減速が始まった事で、周辺新興国は、その減速という大波に飲み込まれ、また産油国は需要減による油価の低落で財政が逼迫し、経済運営が困難になり、リーマン以前の状況に戻ったとされる処で、その限りにおいて中国経済の減速が最大の要因とされる処です。かくして、リーマン以降、顕著となっていた先進国が新興国市場の成長に依存する構図は終焉する一方、先進国が誘導する世界経済に戻ったと言うものです。が、同時に、先進国経済もその分、構造変化を余儀なくされる処となってきたと言うものです。つまり、これまでの新興国バブルが崩壊し、73年次の原油価格高騰が誘引したいわゆるオイルショックとは真逆の、つまり逆オイルショックを引き起こしているのが今の世界経済の状況と言うものです。
(参)過去43年間の原油価格推移:73年次、1バレル3ドル台であったものが10ドル台に、そしてイラン革命を受けた78年には30ドル台に、更に、2014年には110ドル台までに上昇、しかし、2016年2月には再び30ドル台に戻っています。
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因みに、現在の‘逆オイルショック’を73年の‘オイルショック’と比較すると下表の通りで、経済の構造変化の姿を鮮明に感じさせる処です。
(表)1973年第1次オイルショックと、2016年2月逆オイルショック |
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第1次オイルショック |
逆オイルショック |
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(1973年11月) |
(2016年2月) |
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・油価の変動: |
3ドル台→10ドル台(3倍) |
100ドル台→30ドル台(3分の1) |
・主たる要因: |
第4次中東戦争 |
中国経済減速で需要減退、産油国の増産 |
・産油国経済: |
潤沢な財政、高成長
政治経済パワー拡大 |
世界の石油需要縮小、財政の逼迫
OPEC機能せず, 米国が一大産油国に |
・先進国経済: |
財政緊縮、高成長終焉 |
財政改革,低成長 |
(2)世界経済復活へのカギ
さて上述の通り、近時、世界経済動揺の震源地は中国とする点は異論のない処でしょう。ただ、銘記されるべきは、中国経済の減速は、米国経済にとって、対中貿易面での影響はあるものの、全経済的に大きな影響を与える事にはなっていないという事です。と言うのも中国は海外からの資本流入を規制しており(この点こそは人民元の国際化問題ですが)、世界経済との金融的な関係はさほど強くはないからです。つまり投機資金が向かっていたのは、その他の新興国、とりわけ資源輸出国でした。そして問題は前述の通りで、12月の米国の利上で、これら新興国にあった資金が引き揚げられてしまった事で、世界経済のトレンドに構造変化が起ったとされる点です。
ここで言う構造変化とは、これまで資源を仲介に資金を循環させていた構造が大きく変わってきたという事ですが、その基本は米国の経済行動の変化にある処です。つまり、これまで米国経済は、自国経済の成長と共に経常赤字を拡大させ、結果的に他国に成長資金を提供してきたというものでしたが、原油価格の低下等で米国の経常赤字が減少し、世界経済の成長に回る資金提供が減ってきたことにあると言うものです。今、新興国の経済が回らなくなってきたといわていますが、要は手元資金の不足と言う事です。であらば、世界経済動揺の元凶は、中国経済の減速もさることながら、実体的には、いまや新興国経済の減速にありと言う事ではと、思料されるのです。
となると、現下の世界経済を安定的なものとしていく為には新興国経済の回復が条件となる処、その際のカギは、成長資金を如何に循環させていくか、その方策の如何と思料されるのです。
もとより、中国経済も、米国経済も順調に回復していく事となれば、成長資金は回っていく事となるでしょう。が、現状は期待しにくい処です。であらば、それを待つことなく、世界経済をより安定したものとしていく為の枠組整備の趣旨の下、それこそG20や世銀等その他国際金融機関で新たなテーマとして取り上げられて然るべきではと思料するのです。
偶々、中国主導のAIIBとアジ銀との共同融資引き受けの話が報じられています。これがいかなる展開となるか未だ不透明ですが、成長資金の循環確保の可能性を示唆するものとして歓迎される処です。
2.米大統領予備選が映す政治構造の変化とポピュリズム
今、政治も経済の変化と機を同じくして、構造的変化を辿り始めていると言われていますが、現在進行中の米大統領予備選こそは、それを鮮明に映す処です。
(1) 予備選の推移と米政治の構造的変化
さて今年11月の米大統領選への候補を決める予備選は、既にスーパーチューズデイ(3月1日)、ミニ・スーパーチューズデイ(3月15日)を経て、今や、共和党の大統領候補には不動産王のトランプ候補が最有力視され、まさにトランプ旋風の中にある処です。一方、民主党では、現在、H.クリントン候補が有力視される処ですが、党内ライバルのサンダース候補の健闘も光を放っており、これもサンダース旋風とも言われている処です。(注)
(注)各候補が獲得した累計代議員数(3月17日現在)
・民主党:クリントン:1568 、サンダース:797 (指名獲得に必要な代議員数:2383人)
・共和党:トランプ:640 、クルーズ:405、 ケーシック:138 (同:1237人)
クリントン候補はともかく、非主流派と言われたトランプ、サンダースの両候補が起こした旋風の背景にあるのがポピュリズムですが、要は‘草の根’と言われる一般有権者のつのる社会的、経済的不満にリアルに応えることでその支持を得ると言うもので、その経過こそが米政治の構造的変化を示唆する処で、その様相は、前述「はじめに」の項で示した処です。
つまり、米政治の伝統とされてきた「保守 vリベラル」の対立軸を持った構図は、「エリートv 草の根」の戦いへと変質してきた事、そしてその際のキーワードはポピュリズム(注)とされるのですが、この変化こそは、これまで非主流派とされてきた候補者に大きな出番を齎す処となっており、まさに米国政治における構造変化を示唆すると言うものです。ただ、こうしたポピュリズムを背景とする政治は、有権者の日常の不満に応えていくとする点で、極めて内向きとなりかねず、その推移の如何は日本にとっても穏やかならぬものと思料される処です。そこで、トランプ、サンダース両候補が起こす‘旋風’のリアルとはどういったものか、解析しておきたいと思います。
(注)ポピュリズム:日本語では「衆遇政治」或いは、「反知性主義」と呼ばれていますが、その本質は、社会のエリート、既得権益層に虐げられるとされるサイレントマジョリテイを代表する事にあり、何よりも、政治が一部の人間に寡占され民意が捻じ曲げられている事への意義申し立てであり、人々を束ねるイデオロギーではなく、彼らの不満を表現する‘否定の政治’とされています。その在り方は、「多数者の専制」を警戒し、個人の理性や法の支配を原則とする自由主義的原理を嫌うものとされています。司法による権力のチェック・アンド・バランスや官僚制の専門知識、知識人・メデイアの言説を含め、それはエリート支配の道具とみなすのです。つまり、民意の期待値を代表のエリートが満たしていないと感じられた時、いや応なくそれは台頭すると、言われています。
(2) トランプ旋風 そして、 サンダース旋風 のリアル
共和党トランプ候補は周知のとおり極論をずらりと並べ、とりわけ周辺国との摩擦も辞さない強硬姿勢で、時に米国大統領候補に相応しさを欠く排他的言動にも拘わらず、有権者の人気を集め、そうした草の根に支持され、共和党エリートが支持する他候補達に大きく差をつけて走っており、いまや、共和党大統領候補指名を確実とする様相にあります。
因みに、排他主義的政策の先導者と言われるトランプ候補が何故いま受容されようとしているのか。 英FT紙の著名なコメンテーター、M.ウルフ氏は、要は共和党のこれまでの経過の中で進んだ‘悪化’にあると、以下のように指摘するのです。
「(‘悪化’は)税負担の軽減と小さな政府を目指す富裕層が、それを実現するのに必要な
共和党のボランテイアや有権者らの支持を手に入れてきたからだと、言うことになる。つまり、共和党がやってきた政治とは、金権政治と右翼の大衆迎合主義が融合した「金権ポピュリズム」だ。トランプはこの融合を体現しているが、党内支配層が掲げる自由市場、少ない税負担、小さな政府の三つの目標の一部を捨てることで、それをなし遂げている。支配層に経済的に依存しているライバル候補は、これら目標を否定することができないだけに、トランプは圧倒的優位を誇れる」(日本語訳3月6日付日経掲載、)と。
現時点では
彼は、高所得者対象の減税と共に、低所得者の所得免税も主張していますし、他の党内ライバル候補が手厚い‘オバマケア’の撤回を訴えるのに対して、トランプ候補は貧困層への医療充実も前向きです。一方、ヒスパニック等が国内でのジョッブを奪っていると、人種排斥もいといません。ただ、既得権益としがらみのある既存の共和党政治家への不信感が国民の間につのるのに対し、献金に頼らないトランプ候補の行動様式が低中所得層の支持を集めている処とも言えそうです。それらは言うなれば「病める米国」の症状を映す処と言うもので、経済格差拡大、人種のるつぼと言われる米国内での人種間の軋轢、更には不毛な政治への有権者の憤りに応えんと、論理の欠落をものともせず熱弁するトランプ候補に有権者は引き付けられる現象は、まさにトランプ旋風と言え、現代米政治の変化を浮き彫りする処です。変化する米国社会にあって、今、共和党も変革を迫られていることを示唆する処と言うものです。
一方、民主党クリントン候補は、オバマ政権にあってはTPP賛成派であったのが、今回の立候補に当っては労働者票を意識した国内雇用確保の視点からと、反対派に変節、まさにポピュリズムに訴える姿勢を鮮明としています。然し、ゴールドマン・サックスやモルガンスタンレーから講演を頼まれ、巨額の献金の授受が伝えられるなどで、金持ちに支持された候補、エリート候補の印象にはある処です。一方のライバル、サンダース候補は自ら社会主義者を名乗り、格差問題へは革命的な是正が必要と訴え、若い世代に圧倒的人気を博している草の根に支えられた候補です。高所得者層からの政治献金を受けず、個人資産や小口献金で選挙資金を賄っている点も支持拡大に繋がっていると言うもので、これもサンダース旋風と報じられる処です。
こうした二つの旋風の主は、思想的には右と左と対極にある処ですが、それでも共通するのは、有権者の現状への不満に、既成政党や政治エスタブリッシュメントが応えてくれていない事へのフォロー姿勢であり、政治の硬直化に一石を投じるものと評される処です。そして、もう一つ、その不満の原因をグローバル化の副作用とされる格差の拡大に向けられてきている点です。
言うまでもなく、これがより内向き志向を強める処で気がかりですが、
非主流派の主張は極端ですが民意に沿ったものであり、従って支持拡大に繋がっているものとみられる点で、留意されるべきと言うものです。
現在、トランプ候補を巡っては、その下品な言動から、大統領候補に適せずとして、彼を候補から引き降ろさんと党内エリート層は動いていると報じられていますが、上述事情からは彼の共和党候補指名は確実視されている処です。その点The
Economist(3月5日付)は、` `The prospect of Trump v Clinton is
grim. But look carefully and 2016 offers a faint promise of
something
better.’ と潮の流れの変化を示唆するようなコメントを伝えていますが、いずれにせよ、トランプ、クリントンのどちらが大統領になっても現時点での言動(注)からは、米国は内向きとなっていく事、そして従来の延長ではない政策が展開される可能性もあると言う事です。但し、その結果は、決して‘幸福’を約するものとはなりにくいと、その懸念は消える事はありません。その点で米国民には、自らの選択が世界を揺るがすという意味で、良識ある判断を望みたいと思う処です。
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(注)本格論争が予想される政策(各種メデイア情報をベースとして) |
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[トランプ候補] |
[クリントン候補] |
・財政政策: |
法人税率35%から15%へ
低所得者に加え、高所得者も減税 |
富裕層・巨大銀行課税強化
教育支援、インフラ投資等の財源 |
・TPP : |
反対 |
反対 |
・内 政 : |
銃規制強化反対
不法移民の強制送還 |
銃規制強化
男女の賃金格差解消 |
・外 交 : |
イスラム教徒入国禁止
メキシコ国境に壁 |
IS空爆強化
イラン核合意支持 |
・対日政策: |
円安誘導批判
日米安保で日本のただ乗り論批判 |
円安誘導批判
アジア重視路線の継承 |
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今、世界は、経済も、そして政治も、時を同じくして構造変化を起こし出している処です。
それは、これまでの経済社会システムの見直しを迫ることになるでしょうし、これまでの思考様式についても変化を必然とする事と思料します。日本としても、この構造変化の現実を深く理解しマクロ、ミクロにおいて、いかなる行動が然るべきか、注意深い考察が求められる処です。
おわりに:アメリカのShinzo Abe と日本のDonald Trump そして,日本国憲法
処で、トランプ候補は選挙演説で、好んで使う台詞が「偉大なアメリカを取り戻す!」です。 どこかで聞いた台詞です。そうです、日本の安倍晋三首相が好んで使う台詞、「強い日本を取り戻す」です。まさに、米国のShinzo
Abe であり、日本のD.
Trumpと言う処です。そのトランプ候補は演壇に立っては、右手親指を高く掲げ、自らを鼓舞する如くに振る舞い、絶叫し、聴取を引き付けています。まさにポピュリズムに訴える姿、そのものと、言うものです。
その姿は、今からおよそ90年前、第1次大戦の敗戦で混乱するドイツに現れた政治家のポーズと映るのです。ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒットラー(1889-1945)の姿です。
ヒットラーも声高に、「ドイツを強靭な国に!」と叫び、国民の期待を一身に受け、1933年1月には首相に就任したのですが、その直後から始まったヒットラーのユダヤ人排斥を核とする人種政策等、究極の民族主義者を地で行く独裁政治を敷き、国民に塗炭の苦しみを与えていった事は周知の処です。
ヒットラーは当時、世界で最も民主的な憲法と評された「ワイマール憲法」(1919年8月11日制定)に準じ、民主的手続きを経て国会議員になり首相にまで上り詰めたのですが、ではその彼が、いかに独裁政治を敷き得たのか、なお多くの教訓を残す処です。
彼は首相に就くや、ワイマール憲法第48条にある「国家緊急権」を発動します。これは、時の首相が、緊急事態が発生した際は、その旨を宣言することで憲法と同一パワーを持つ政令を発動することが出来ると言うもので、政府はこれにより立法権に加え行政権をも掌握できると言う事で、実質、国家の全権が首相に収斂されるという極めて恐ろしい状況を許すことになるものです。 ヒットラーはそうした権限を擁し、ナチズムの全体主義国家を進め、ワイマール憲法までも否定したのです。そして、その結果は周知の通り、国家破滅の悲劇を齎すものでした。
偶々3月18日のテレビ朝日「報道ステーション」で、又20日にはBS-TBSの報道番組「週刊報道LIFE」で、夫々、安倍首相が目指す憲法改正問題を特集していましたが、そこで問題とされていたのが、自民党策定の憲法改定草案に「緊急事態条項」が含まれている点でした。安倍首相は、東日本大震災と言った非常事態を想定しての事と説明するですが、であれば大規模地震対策特別措置法等、既にあり、それらをより実践的、効果的なものに改正すればいい事で、何故に政治的危険性の高い条項を、この改定草案に入れているのか?疑問の残る処です。 集団的自衛権発動問題と併せ考える時、益々安倍首相の行動様式に危険性を感じざるを得ないのですが、各位はどうお考えでしょうか。この際は、トランプ旋風とも併せ、真剣に考えていきたいと思っています。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)
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