第19回  『 片岡 秀太郎の右脳インタビュー 』        
2007年6月1日

Niihara Yutaka さん 
UCLA 医学部教授 Emmaus Medical, Inc. President and CEO
 
 
 

Dr. Yutaka Niihara(新原 豊) プロフィール
 

1959年生まれ。東京都出身(現在は米国籍を取得)
UCLA 医学部教授
(University of California, Los Angeles
Harbor-UCLA Medical Center)
Emmaus Medical, Inc. (カリフォルニア州) 
President and CEO
ロマ・リンダ大学宗教学科卒、同大学医学部卒。
ハーバード大学公衆衛生学修士卒。


 

片岡:

第19回の右脳インタビューはUCLA(注1)の医学部教授で、Emmaus Medical, Inc. (注2) CEOのNiihara Yutakaさんです。本日は、ご多忙の中、有難うございます。それでは、ご足跡等お伺いしながら、インタビューを始めたいと思います。宜しくお願いします。
 

Niihara

もともとは東京で生まれ育ちましたが、13歳の時に『どうしても世界を見てみたい』と両親を説き伏せて、ハワイに留学中だった姉のもとへと渡り、高校までハワイで過ごしました。本土に出たのは大学の時で、カリフォルニア州のロマ・リンダ大学(注3)に入学、宗教学を学んだ後、より直接的に人々の役に立ちたいとの思いから同大学医学部に入学しました。当時、癌の遺伝子が発見されはじめたこともあり、癌の研究に強く興味を持ちました。実際に癌の勉強をするには内科の研修が必要なため3年間の実務を経て、このHarbor-UCLA Medical Center血液学/腫瘍学科へ参りました。癌には白血病などもありますので、癌を知るには血液の勉強も必要です。そうした研究をしているうちに、私自身のテーマを見つけることが出来ました。結局、癌とは異なる分野だったのですが、それが鎌形赤血球貧血症(注4)です。
 

片岡:

どのような病気なのでしょうか。
 

Niihara

この病気はアフリカ系の人々に特有の遺伝子による疾患で、鎌状の赤血球と赤血球の過剰破壊による慢性貧血を特徴として、しばしば激痛を伴います。大変重い病気で患者さんの平均寿命は米国では男性は40歳前半、女性は40歳後半、発展途上国では20歳前後と言われています。
 

片岡:

アフリカ系の人々に特有ということですが。
 

Niihara

この病気の原因となる遺伝子は反対にマラリアに強いという特性を持っています。このためにアフリカ系の人々には、ある意味で有用な遺伝子で、約10%の人がこの遺伝子を1つ持っています。この遺伝子は1つだけでは発症せず、2つ揃った時にはじめて重大な症例を引き起こします(発症率は0.2%程度)。このため米国内での患者数は10万人程度と少なく、いわゆる“orphan disease (みなしご病)(注5)”といわれ、大手の製薬会社にとっては研究開発の対象となり難い病気です。ただ米国では10万人ですが、全世界では400万人以上の方がこの病気を患っています
 

片岡:

アフリカ系の人々の平均的な所得水準は低いので製薬会社としては難しいところですね。一般に新薬の開発費はどの程度なのでしょうか。
 

Niihara

大手ですと一つの新薬の開発に500〜1000億円程度はかけています。勿論、10万人位の人を対象に年間500億円程度の収益がでるような薬を開発することも可能なのですが、結局、割りが合わないことの方が多いようです。私の場合は、この病気の研究中に偶然、鎌形赤血球は正常赤血球に比べてグルタミンの消費が高く、血中のグルタミンを使い果たして赤血球に酸化ストレスを与えていることを発見して、L-グルタミン(注6)の服用を試して戴いたところ、赤血球の酸化ストレスが大幅に減少し、赤血球の形状も改善しました。L-グルタミンは既に薬用としても広範に利用されているもので、副作用はほとんどありません。この研究をさらに発展させるために1997年には鎌形赤血球病に対するL-グルタミン療法として特許を取得しました(合衆国 特許 No.5693671)。さらに本格的にL-グルタミンを鎌形赤血球病患者に治療薬として配布するために、製薬会社(Emmaus Medical, Inc.)を立ち上げ、同時にL-グルタミンの処方薬承認の獲得に向けて臨床治験も開始しました
 

片岡:

それでも研究や治験には大変なお金が必要ではないでしょうか
 

Niihara

こうした費用は主に補助金によって支えられてきました。1993年に鎌形赤血球病基金から2万5千ドル、1998年にアメリカ国立衛生研究所(NIH) (注7)から28万ドル、2001年にはアメリカ食品医薬品局(FDA) (注8)より100万ドルを超える補助金を戴きました。またFDAは鎌形赤血球病に対する有力な治療法がない現状から非常に好意的で、より承認の獲得が容易になる“orphan drug(希少疾病用医薬品)(注5)”として指定されました。これにより申請の費用やスピードの面での優遇、研究費用の税制控除、7年間の市場独占権などの様々な優遇措置が与えられます。また民間では、日本の味の素(注9)が1990年代の中ごろに予備データを見た段階から興味持ってくれ、10万ドルの助成金と特許の取得や研究のためのL-グルタミンの供給など様々な支援をしてくれました。また医薬品レベルの品質のL-グルタミンの供給能力を持っているのは、世界中で同社と協和発酵(注10)のみです。その他、この製薬ベンチャーに出資して下さった投資家の皆様の資金に支えられています。
 

片岡:

投資という観点から見ますと、一般に古い合成物を新しい用法で特許をとる場合は、無認可販売や安売りといったリスクもあるのではないでしょうか。
 

Niihara

FDAの認可を得ますので、患者さんは保険でこの薬を手にすることができます。このことは患者さんに対して安価に薬を提供するだけでなく、そうしたgeneric linkageの問題の回避にも繋がります。また先ほど申しました市場の独占権なども役に立ちます。
 

片岡: ところで御社の設立には、弁護士や他の専門家たちも参加されていますね。
 

Niihara

米国には沢山のベンチャーキャピタルがあります。もしアイデアが将来巨額のマネーを生み出す可能性を持っているならば、そうしたベンチャーキャピタルやヘッジファンド、投資銀行があります。しかし予測すら難しい場合は(こうしたケースが多いのですが)、特許弁護士や会計士などの専門家と密接な関係を築いて事業を進めることが不可欠です。弊社の場合も、特許専門のダニエル キンベル弁護士が、私の趣旨や可能性をいち早く理解し、協力してくれました。また同じく取締役のダグラス W.ウィルモア教授(ハーバード大学)は栄養学の権威で、私どもの役割とポテンシャルに賛同して下さった専門家の一人です。
 

片岡:

大学からの支援もあったのでしょうか。
 

Niihara

一般に米国の大学では、研究者が独自の研究を行うために、連邦政府の機関から市の機関までの様々なレベルの研究補助金を獲得することを奨励しています。私の場合は珍しいケースなのですが、大学側はさらに、NIHから研究機関関連のベンチャー企業向けの補助金を獲得するために会社を立ち上げることを勧めてくれました。
 

片岡:

大学側には具体的なメリット、例えば金銭的なインセンティブはあるのでしょうか
 

Niihara

資本参加する場合はキャピタルゲインも期待できますし、それ以外にも、一般に研究者が補助金を獲得した際に、大学に対しても、オーバーヘッドと呼ばれる間接費(研究者への補助金の半額程度)が支払われる仕組みになっています(注11)
 

片岡:

それでは最後に今後の展開ついてお伺いしたいと思います。
 

Niihara

すでに治験も最終段階に近づいていて、複数の施設で現在行っている治験データをもとに、うまくいけば2年ほどでFDAの認可を得られるのではないかと考えています。その後、米国やEU、南米の市場にこの新薬を投入しますが、アフリカ諸国にはチャリティーの意味で原価での提供を考えています。また鎌形赤血球貧血症以外にも、グルタミンには、新しい医薬の可能性がいくつかあり、これらもFDAによる認可の獲得を並行して進めています。私どものこうした開発ノウハウやインフラは他のプロダクトにも有用で、弊社自身がこうした分野に特化した専門のベンチャーキャピタル的な役割を担っていきたいと思っています
 

片岡:

有難うございました。
 

(敬称略)

−完−

 

インタビュー後記

自由経済の熾烈な開発競争にポッカリと開いた“orphan drag”の穴は大きな問題で、医療の進歩から取り残される患者さんにとっては勿論、国としても結果的に医療保険制度上の大きな負担要因となります。こうした“orphan drag”の研究に使命を燃やし、またそうした仕組みをビジネス化し、継続的に新薬を生み出す開発システムとして整備するNiiharaさんの挑戦は大変素晴らしく、またシンボリックな役割を担っています。是非成功してほしいと思います。

  

 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

UCLA (University of California, Los Angeles)  1919年設立  カリフォルニア州ロサンゼルス。UCLAの通称で知られ、幅広い研究分野を有する州立総合大学で三万人を超す学生たちが学ぶ、巨大大学である。年間授業料【学部】 US$ 16,956
http://www.ucla.edu/ (UCLA)

同大学付属のメディカルセンター(1955年開設)は1000人以上の医師を要する巨大な大学病院で、全米病院総合ランキングで5位以内にランクされており、アメリカ西部では16年連続“最も良い病院”にランクされている、世界的にもトップレベルの医療施設。
http://www.healthcare.ucla.edu/ (ヘルスケア部門)

http://ja.wikipedia.org/wiki/カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (Wikipediaの記述)
 

注2 

Emmaus Medical, Inc.
設立 2000年
所在地 カリフォルニア州
President & CEO Dr. Yutaka Niihara
http://www.emmausmedical.com/
 

注3 

ロマ・リンダはキリスト教の一会派であるSeven-days Adventistの人々が中心となって作った街で、ロマ・リンダ大学もSeven-days Adventistと密接な関係を持つ。
http://www.llu.edu/
 

注4

鎌形赤血球貧血症 (鎌状赤血球症)英名:Sickle cell disease については下記をご参照下さい。
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec14/ch172/ch172g.html
 

注5

orphan disease, orphan drag については下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/希少疾病用医薬品  (Wikipedia)
http://www.nibio.go.jp/shinko/orphan.html  (日本での取り組みについて)
 

注6

グルタミンについては下記をご参照下さい。
http://www.ajinomoto.co.jp/amino/aminosan/senmon/pdf/ajiconews15.pdf (グルタミンについて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/グルタミン (Wikipedia)
 

注7

アメリカ国立衛生研究所 (NIH; National Institutes of Health)については下記をご参照下さい。
http://www.nih.gov/ 
http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ国立衛生研究所 (Wikipedia)
 

注8

アメリカ食品医薬品局(FDA; Food and Drug Administration)については下記をご参照下さい。
http://www.fda.gov/
http://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ食品医薬品局 (Wikipedia)
 

注9

http://www.ajinomoto.co.jp/
 

注10

http://www.kyowa.co.jp/
 

注11 

米国大学の補助金(グラント)及び研究制度については下記をご参照下さい。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/03p005.pdf (経済産業省)
http://www.riihe.jp/sousyo/sousyo1.pdf (私学高等教育研究所)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2004dir/n2576dir/n2576_01.htm (週刊医学界新聞 日野原重明氏の連載)
 


(敬称略)

 


片岡秀太郎の右脳インタビュー


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