第57回  『 右脳インタビュー 』                   2010年8月1日

岡野 俊一郎さん

日本サッカー協会 最高顧問
上野駅前「岡埜栄泉総本家」 五代目店主

 

  
プロフィール

1931年、東京都生れ。東京大学文学部卒。日本サッカー協会会長、名誉会長を歴任後、最高顧問に就任(現任)。東アジアサッカー連盟名誉会長、日本オリンピック委員会(JOC)の理事、国際オリンピック委員会(IOC)委員を兼務。上野駅前「岡埜栄泉総本家」の五代目店主。

主な著書
『雲を抜けて、太陽へ!』東京新聞 2009年

 

片岡:

 今月の右脳インタビューは、日本サッカー協会(注1)最高顧問、岡野俊一郎(注2)さんです。それでは2010 FIFA World Cup South Africa(注3)についてお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

岡野

 日本代表は2002年の日韓共催のWorld Cupでも2勝を挙げてベスト16に進出していますが、この時はホームの利が確かにあり、World Cup初出場の1998年、そして前回の2006年は1勝も挙げていません。そういう意味でも、南アフリカでの2勝1分1敗(PK戦はトーナメントに進むチームを決定するためのものであり、試合の勝敗とは関係ない)は素晴らしい成績です。また岡田武史監督は、1998年は加茂周監督から、今回はイビチャ・オシム監督から、引き継いでの監督だったにもかかわらず、これだけの成績をあげました。それは岡田監督が采配と作戦に優れ、しっかりと決断できた事ということです。当初、岡田監督は最前線から守備に入るまで常に相手より選手の数を一人でも多くつぎ込んでボールを奪い、直ぐに攻撃に繋ぐという考え方でした。予選には勝ったものの、その後の試合では上手く行きません。そこで本戦直前、守備を重点にした泥臭い作戦、体制への変更を思い切って決断、選手たちもこの作戦の意図を十分に理解してチーム一丸となったチームワークを発揮、この二つが大きな勝因だと思います。
 

片岡:

 日本代表のチームワークは各国のメディアでも称賛されていました。その一方、日本選手はコーチに目を向け過ぎる傾向があるという指摘もこれまでありました。
 

岡野

 今はコーチングエリアが設けられ、そこからは指示を出せるようにはなりましたが、昔はベンチからでもコーチできませんでした。基本的な作戦は試合前に徹底し、一旦フィールドに出ると、自分たちで決断し作戦に対応していく。これがサッカーの本来の姿で、野球やバスケットのように試合中にタイムを取って監督が指示を出せるタイプのスポーツとは異なります。高校野球では一球ごとに「待て」「打て」といったサインが出ます。サッカーでも高校生くらいまでは「そこが空いているじゃないか」と監督が怒鳴っているシーンを目にすることもありますが、これはサッカーの本質から外れていると私は思っています。今回のWorld Cupは、凄まじい音を出すブブゼラの影響で、監督の指示は勿論、選手同士の声もあまり聞こえず、ある意味でサッカーが本来の姿で行われたとも言えます。そういう意味でも、今回の大会では選手自身にサッカーの本質での大きな進歩があり、高く評価しています。ですから試合後、選手や岡田監督が、このチームでもう一試合やりたかったと言っていたのは自然です。人に指図されずに自分たちの判断でゲームが展開でき、しかもそれは、個人は勿論、チーム全体としての判断であり、その結果、守り切り、得点が出来れば、これ以上楽しい事はありません。それがサッカーの面白さで、私がサッカーを好きになった一番大きな理由です。
 

片岡:

 だからこそ、今回のWorld Cupは見るものにとっても興奮の連続だったわけですね。ところで、日本と海外では選手の育成方法にも違いがあるのでしょうか。
 

岡野

 サッカーは世界的に一番普及しているスポーツです。その理由は色々ありますが、例えば用具にお金がかからず、丸いものが一つあれば良いという点があります。子供は、一番楽しい事から始め、まず相手を抜くことを楽しみます。だから2人いれば始まり、4人になったとしてもパスより自分で相手を抜きます。すべて自分の発想、これがストリート・サッカーです。日本の場合は蹴り方、止め方、相手の崩し方…と全部教わります。だからどうしても教わった形を大切にし過ぎて、局面にあった判断ができません。その上、監督やコーチが指示を出し過ぎるから、監督の顔ばかり見るようになってしまいます。外国の場合、自分が抜いて点を取ることからサッカーが始まります。もうずいぶん前になりますが、外国から12歳以下のチームを呼び、日本の小学生と試合をした事があります。その時、外国チームのコーチが「日本は12歳以下なのにチームで点を取ることを教えている。だから今は日本が勝つ。我々はそんなことは教えず、一人一人が思った事をやらせる。5年後もう一度同じチームで戦えば、必ず我々が勝つ」と。彼らに言わせれば、日本の多くのチームは、相手が「あれっ?」と思うようなサプライズがプレーになく、行動が読めるから試合が高度になればなるほど、日本の様なステレオタイプのチームが点を取ることは難しくなるといいます。サッカーは技術や体力は判断力で使います。一人一人が局面で良い判断をし、更にその判断が仲間と同じになった時に、優れたチームプレーが生み出されます。これまで日本は、そういう個の判断力をあまり養ってきませんでした。
 ところでサッカーの盛んな国の多くは、ヨーロッパとその植民地だった国です。ヨーロッパで国際試合を行おうとすればモスクワでも飛行機で2時間です。レベルを上げていくためには普段から強いチームと対戦することが必要ですが、日本のチームがヨーロッパ、南米に行こうとすると大変です。これは大きなハンディーで、時間もお金もかかります。そういう意味でも日本のサッカーがここまで来た事は世界の脅威です。日本にサッカーが入って来て130年くらいになりますが、長い歴史の中で、Jリーグ発足後の17年間で世界に追い付いてきました。但し、まだサッカーでは二流国です。これを一流にしようと思えば、大変な努力が必要ですが、やるべきことは、はっきりしています。今回の試合は作戦やチームワークでここまで来ましたが、何故あのような作戦をとらなくてはいけなかったか、チームワークを重視する事がどうして必要だったか。それは選手一人一人の個人としての能力がまだ足りないからであり、今いる選手だけでなく、日本の選手全体の個人のレベルを上げることが必要です。ステレオタイプでは困ります。如何に指導者を育て、また子供たちにどういう指導をしていかないといけないか、考えなければなりません。World Cupによって、改めて多くの国民がサッカーに興味持ち、サポートしてくれます。この機会に、次の飛躍の土台を作ることが協会の大切な仕事です。嘗てデットマール・クラマー
(注4)は、「試合終了のホイッスルは次の試合のスタートである」と言いましたが、こうした心構えを忘れてはいけません。
 

片岡:

 まず、どういったことが必要なのでしょうか。
 

岡野

 年代ごとに国際大会の経験をどんどん積ませることです。今回のスペインの勝因には、スペインのユースチームが優勝した時のメンバーが大多数だった事、また代表メンバーの7割がFCバルセロナの選手だったという事が大きく寄与しています。だからこそ、あれだけのパスが出来ます。パスサッカーが良い、スペインが良い…、これは事実ですが、そのまま日本に持ってきていいのか…。スペインのようなサッカーは基本的にハイスピードでのボールコントロール技術の上に、常時一緒にプレーしていないとなかなかできるものではありません。ドイツの全盛時代も、基本的には国内の2つのチームが主体のメンバーでした。今回の日本代表に、鹿島アントラーズの選手は、個人で見れば、国際レベルにはスピードが足りない…と色々な理由から2名しか選ばれませんでした(注5 )。しかし、チームとしてみれば、鹿島アントラーズはナショナルチームより強いかもしれません。世界で勝つためのチーム作りを考えるのであればユースくらいからある程度コアになる人たちを年代ごとに作っていかないといけません。
 

片岡:  ところでWorld Cupでは多くの国家元首らが、実際に競技場までお越しになり観戦されていますね。
 

岡野

 今度のTV中継は非常に良い放送をしてくれましたが、カメラがロイヤルボックスを向いた時にも、来賓についての説明を殆どしていなかった点が少し残念です。オランダの皇太子夫妻、スペインの王妃、皇太子夫妻、ドイツのメルケル首相と数多くの貴賓が来場されています。ヨーロッパからでも南アフリカまでは10時間はかかります。それでも多忙な国家元首たちがいらっしゃるのですから、如何に国を挙げてサポートしているかが伝わってきます。日本からもデンマーク戦に高円宮妃がいらしていました。2002年の時には、小泉首相が選手や監督、主な関係者を首相官邸に呼んで下さり、大会の翌々日には、天皇家の午餐会にも私が代表で呼ばれました。この時、民間人は私一人だけでした。そういう意味では皇室にも関心を持って戴いております。
 ところでヨーロッパはまだまだ階級社会です。勿論、だいぶ見方が変わってきましたが、プロサッカーは労働者がやるものだという意識も一部に残っていました。ゴルフも同様で、プロは雇い人ですから、つい最近まで会員やオーナーと一緒にクラブハウスで食事をするというようなことは出来ませんでした。IOC(国際オリンピック委員会)
(注6)の委員や各国協会のトップにも貴族階級の人が沢山いました。IOCの委員は、飛行機代に至るまで全部自腹でしたので、なかなか普通の人には務まりません。フアン・アントニオ・サマランチ前IOC会長を商業主義だと批判する人もいますが、とんでもありません。これまで貴族のサロンだったものを一般にオープンにしたのが彼で、スポーツ自体のステータスを大きく上げました。
 

片岡:

 次に日本サッカー協会について、財政面を中心にお伺いしたいと思います。
 

岡野

 1998年、私は会長就任の記者会見で、「協会の会長の仕事は3つしかない。一つは普及。もう一つは世界に通じるためのレベルアップ。この二つを行うためには財政の裏付けが必要です。だからこそ健全な財政を作ることが会長の仕事です。」と申し上げました。協会の安定した収入源となっていたのは登録費でした。選手登録費、役員登録費、審判登録費…等、皆、個人登録です。そこで一番問題になったのは中体連(注7)で、義務教育の生徒からもお金を集めるのかと問題提起がありました。中体連の大会を行う時も、私どもが会場を用意し、審判も出します。義務教育であっても受益者負担は当然ということで理解を戴きました。現在は登録者が大凡100万人いますので、登録費だけでも10億円になり、それ以外にTV放送料、キリンビールやアディダス等の協賛金、そしてロイヤリティー収入等があります。それでも2002年のWorld Cupでは、若し日本代表が惨敗すれば赤字になる事も覚悟していました。この時、ナイキとアディダスがスポンサー候補で、ともに2年契約、金額的にはナイキの方が高い契約金でしたが、私はアディダスに2年ではなく6年契約にして貰い、2000年に契約しました。アディダスはまだ日本のサッカーが盛んでない時から応援してくれていたという事もありますが、2002年で万が一赤字になれば2006年のWorld Cupに向けた強化費が出なくなります。そこで6年契約が必要でした。ところが幸いにして、World Cupで60億円の黒字が出ました。日本サッカー協会はJリーグを作り、World Cupを行ったことで、日本サッカーのレベルアップに財政をある程度つぎ込めるようになってきました。
 

片岡:

 日本サッカー協会の年間予算はどの程度でしょうか。
 

岡野

 今では年間160億円くらいありますが、まだまだです。FIFA(注8)はIOCより大規模な運営をしています。ところで、私は今でも「岡野さんはアディダス派だ、西鉄派だ」と言われます。西鉄航空は、資金難だった協会の選手、コーチ、監督等の飛行機代を1年間、立て替えてくれました。アディダスはクラマーに紹介して貰って以来、国際試合のアレンジなども含めて色々とサポートしてくれています。それも1960年代からで、日本ではサッカーなんて誰も関心がなく、とてもビジネスにならない時代です。こうした恩を忘れてはいけないと思っています。勿論、今では企業としても何故スポーツに大きなお金を使わないといけないのかを説明できなくてはいけなくなってきています。逆に言えば、企業もスポンサーに見あう競技を応援するということで、ある程度多くの人がサポートしてくれる競技にしなくてはいけないし、同時に国際的に通用するレベルにしなくてはいけません。国内だけでは日本のメディアの注目が弱いからです。サッカーでもアジアの大会だけであれば、記事が急に小さくなります。良い例がゴルフです。石川遼、宮里藍が海外の試合に出ることで、どれだけ露出が増え、スポンサーがついたか…。また今回のWorld Cupの盛り上がりを考えるとチームワークの勝利といえどもやはり本田圭佑の存在が大きい。日本人はスターが好きです。勿論、その分、怖い面もあります。スポーツの将来を考えるときは、そういう全般的な社会の中でのスポーツの位置を考えて、メディアや企業、そしてその橋渡しをする広告代理店等とお付き合いをして、初めてスポーツも盛んになります。
 

片岡:

 岡野さんは、サッカー協会は勿論、IOCの委員としてもご活躍ですが、後継者についてはどのようにお考えでしょうか。
 

岡野

 私は来年IOC委員を引退します。IOCは定年が80歳、JOC(日本オリンピック委員会)(注9)は70歳です。私はIOCからJOCに派遣されていますので、JOCも自動的に退任します。竹田恒和(注10)JOC会長にIOCの委員になって欲しいと思っていますが…。IOCの加盟国は205カ国あって、委員の定員は115人です。日本人では猪谷千春(注11)と私が委員となっていますが、今度、二人とも退任します。IOC委員にはカテゴリーが4つあり、大きな国のオリンピック委員会と大きな国際競技連盟がそれぞれ15人、更に選手間で選ばれた15人の合計45人が組織枠で、残りの70人は個人枠です。私たちは個人枠でしたが、そこは既にウェイティングが出来ています。JOCは歴史がありますから組織枠に入れたいところですが、こちらも既に15人の枠が埋まっています。日本人の委員がいるのといないのはやはり違いがありますから何とかしたいのですが…。またFIFAも小倉純二(注12)理事が定年で辞めます。アジアから出る理事は70歳定年です。FIFAには定年制はなく、南米は殆ど入れ替わりがなくて何十年も同じ人がやっています。これは功罪があり、それを見ていてアジアでは定年制にしました。また日本の場合は、日本サッカー協会が財団法人ですので定年制です。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜 (敬称略)

 

 

インタビュー後記

 岡野さんは、泉鏡花も愛したといわれる御菓子の名店、上野駅前「岡埜栄泉総本家」
(注13)の五代目でもあります。そうした縁もあり、地元「上野のれん会」の雑誌に定期的に寄稿していて、World Cup直前の寄稿ではスペインのアンドレス・イニエスタ・ルハン(注14)の活躍を明言していました。スポーツ界の重鎮として世界を駆けまわる岡野さんの趣味は読書とクラシック、そして水泳、スキーです。サッカーはチームプレーだけど、スキーと水泳は相手が自然で自由だからだそうです。

 

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

下記をご参照下さい。
http://www.jfa.or.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本サッカー協会

 

注2

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/岡野俊一郎
 

注3

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/2010_FIFAワールドカップ
http://2010.samuraiblue.jp/match/tournament/match_page/m55.html
 

注4

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/デットマール・クラマー
 

注5

下記をご参照下さい。
http://samuraiblue.jp/timeline/20100629/
 

注6

下記をご参照下さい。
http://www.olympic.org/
http://ja.wikipedia.org/wiki/国際オリンピック委員会
 

注7

下記をご参照下さい。
http://www18.ocn.ne.jp/~njpa/
 

注8

下記をご参照下さい。
http://www.fifa.com/
http://ja.wikipedia.org/wiki/国際サッカー連盟
 

注9

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本オリンピック委員会
 

注10

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/竹田恒和
 

注11

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/猪谷千春
 

注12

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/小倉純二
 

注13

下記をご参照下さい。
http://www.okanoeisen.com/
 

注14

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/アンドレス・イニエスタ

 

 


片岡秀太郎の右脳インタビュー

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