第24回  『 右脳インタビュー 』        
2007年11月1日

鍜治 真起さん 株式会社ニコリ 代表取締役社長 
 
 

プロフィール
 
1951年北海道札幌市生まれ。
都立石神井高校卒。 慶應義塾大学国文科中退。
出版社や印刷会社勤務を経て、1983年、株式会社ニコリ設立、代表取締役社長就任。(パズル通信「ニコリ」の創刊は印刷会社勤務中の1980年)。
趣味は、競馬、競輪、ゴルフ。高校時代、硬式テニスの国体東京代表、ベスト8。
主な著書  『本屋さんに行くと言って ウルグアイの競馬場に行った』
鍛治 真起 著 波書房 1997年


 

片岡:

第24回の右脳インタビューは株式会社ニコリ(注1)の鍜治 真起さんです。本日は、ご多忙の中、有難うございます。早速ですが創業期のお話などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

鍜治

1978年、へいわ印刷に勤めていた頃ですが、土産に貰った米国のVariety Puzzles誌を見ながら、『日本にパズルの専門誌はあるのかな。ないのなら面白い…』。もともと自分のアンテナで主張のある雑誌を作りたいと思っていましたので、『同人誌でなく、とにかく売れる雑誌を目指し、売れなかったらやめよう』と、幼馴染2人とそれだけを決め、雑誌作りを始めました。創刊日も近づいたある日、スポーツ新聞で偶然、『ニコリ』というイギリスの競走馬の名前が目に留まり、これだと思いました。きれいで、響きもいい。頭の中の霧がスーッと晴れ、誌名は『ニコリ』、それに『パズル通信』を添えて、1980年8月に創刊しました。
 

片岡:

ニコリには、見たこともないパズルが沢山載っていますね。
 

鍜治

これまで300種類のパズルを掲載し、常時100種類程度は出していますが、世界でもこれほど多様なパズルを載せているところはありません。
 

片岡:

どのような体制で制作しているのでしょうか。
 

鍜治

読者を中心に、全国の1,000人から自作のパズルが寄せられ、300人にはこちらからも依頼することがあります。ただ、専業というレベルではなく、一作、いくらという形でお支払いしています。また弊社には20人程のスタッフがいて、そのうち8人が専業でパズルの制作に当たっています。
 

片岡:

営業については如何でしょうか。
 

鍜治

初めの頃は、判型が変わっていて棚に並べづらい、値段が安くて儲けにならない、薄いから万引きされやすい、パズル雑誌なんて扱ったことがない…。また次号の発刊の日時か決まっていないのも問題で、書店に営業に行っても断られることが殆どで嫌で嫌で…。しかし、少しずつ応援してくれる仲間や書店も増え、今では全国で1,200の書店と一店一店、読者の声に少しでも近い直販(直接委託販売)方式で取引をしています。
 

片岡:

出版業界は書店からの返品率の高さと新刊の乱発が問題となっていますね。
 

鍜治

業界平均の返品率は40%近いと言われていますが、弊社は直販ということもあって15%程度に収まっています。また偶然、創業メンバーが3人とも芸能に疎く、当初からクロスワードなどに一般名詞ばかりを使っていたために廃れず、特に数字だけを用いる『数独(注2)』は20年前の初刊が今でも売れ続けていて80刷となっています。また20人規模の出版社では新刊を年150点ほど出すのが普通ですが、弊社は20点ほどです。
 

片岡:

高い収益性を保持することで、品質にも、より力を入れられるということですね。それではパズルの編集についてお聞かせ下さい。
 

鍜治

極端に簡単でもなく難しすぎもせず、普通の人が解けるようなパズルで、いつの間にか日常を忘れて頭の中が真っ白、気がつくと、駅を乗り過ごしてしまう…。ちょうど映画のように、ちょっとした非日常的な時間を提供したいと思っています。パズルを山登りに例えると、登山道を沢山作り、多様なアプローチを持たせることが肝要です。またすべてが壁面では誰も登頂できませんし、岩壁に挑む緊張感と解放されてホッとする瞬間がともにあってはじめて楽しみが湧きます。それがパズルの味付けです。数独でいえば、ある一つの数字が入ると、スルスルっと数字が埋まり、またピタッと壁にあたる…。集中して、そして諦めて違う欄に目を向けると突然進む。こうした味付けはコンピューター・ソフトにはできません。緊張と緩和を交えながら頂上まで登らせる、そのセンスやバランス感覚、そしてサービス精神が大切です。また、自分たちだけで作っていたら勘違いもしていたと思いますが、パズルを誌面に載せることで、多くの読者(作者も含めて)によって磨かれ、人気がないと改善されることもなく消えてきました。そういう中で5年に一度くらいヒット作が出ていますが、その裏では100種類以上のパズルが消えています。ただ、数独のような世界レベルの大ヒット作品はもう生まれないかもしれません。
 

片岡: 数独の生い立ちについてお聞かせ下さい。
 

鍜治

1979年に米国の建築家のハワード・ガーンズが考案したものですが、私がはじめて目にしたのは1984年です。米国の雑誌に一題だけ掲載されていたのを見つけ、英語が苦手な私でも書き込め、ああ面白いな…と。早速、バックナンバーを買い漁りましたが、徐々に飽きてきました。作者が一人ですから、どうしても攻め方が同じなのです。そこで自分たちで作るようになり、より洗練しました。名前は、使うのは1〜9までの数字…数字はすべてシングル…シングルは独身…『数字は独身に限る』と名付けしました。評判がよく、単行本にする時に縮めて、今は『数独(SUDOKU)』として親しまれています。
 

片岡:

数独の魅力とは何でしょうか。
 

鍜治

電源がいらず、安い、鉛筆一本ですみます。そして、いつ止めても良いことも大きい。同じ娯楽でも映画はどうしても時間や場所を拘束されます。またクロスワードは、一度やめると、次に始める時は、どうだったのかな…と思い出さないといけません。数独は中断後もすぐ始められますし、別のところに目が行くので、かえってうまく進むこともあり、集中だけでなく諦めも必要としています。またクロスワードは知識(語彙力)がないと解けませんが、数独は知恵と推理です。このためユニバーサルで、また小学生から90歳を超える方まで幅広いファンがいます。
 

片岡:

先日イギリスに行って参りましたが、公園の側にある小さな売店でもSUDOKUを目にしました。
 

鍜治

イギリスでは250誌に載っています。まだFinancial Times(注3)には掲載されていませんが…。今や、SUDOKUは世界90カ国以上に広まり、そのうち30カ国程の企業と契約しています。『数独』の商標は、日本では登録していますが、海外ではとっていないため、勝手気ままです。粗製乱造で、コンピューターで作ったものも氾濫しています。
 

片岡:

海外での売上はどの程度でしょうか。
 

鍜治

全体の2割程度ですが、純益に近いため有難く、寝かせていたワインに突然価値が出てきたような感じです。最近は体制も整え始め、しっかりとした米国の専門の弁護士通じ、現地の代理人も活用しています。やはりプロは迫力が凄い。
 

片岡:

単行本もそうですが、その他の2次利用やOEMも重要なビジネスですね。
 

鍜治

小説と違って、パズルは一問でも商品として完結します。このため現在150ほどの媒体にパズルを提供しています。また最近、ウェスティンホテル(注4)と提携が決まりました。このグループは世界中で850のホテルを運営しています。各国のウェスティンホテルのコースターに数独を使ったり、部屋のテレビに番組を提供したり、WEBに掲載したり、またオリジナルのパズルも作る予定です。弊社のように小さく特定の分野で生きる企業の場合、こうした世界企業に認められることでいわゆるブランドも出来上がってきます。また九州のほっかほか亭の新聞広告用の懸賞パズル(賞金100万円)のように、企画段階から加わり、目的に合わせたパズル作りをすることもあります。懸賞では応募しやすいように『○○ー○に入る文字を…』(車名などの商品名が答え)のようにクロスワードパズルが全部解けなくても答えが分かるものが多くあります。しかし、この時は『“ホ”はいくつ使われたでしょうか』というように、あえて全部の欄を埋めないと答えがわからないような問題にしました。解けた実感と楽しみを持たせた方が、より沢山の応募に繋がると考えたのですが、実際に10万通の見込みをはるかに超え、100万通の応募がありました。その他、巨大迷路を設計したり…。これまでにないこと、わからないことは楽しいですね。わかっていることは誰かがやればいいのですから…。
 

片岡:

ところで、鍜治さんは世界中を旅しているそうですね。
 

鍜治

最近でこそ、ブックフェアに参加したり、取引相手を訪問したりもしていますが、もともとは競馬のみ、20カ国、80ケ所の競馬場を回りました。また1995年には、ニコリに会うためにウルグアイにも旅をしました。競馬は、400年の歴史があり、馬というサイコロには、大変なお金がかかります。そうした一番価値のあるサイコロで、自分自身の度胸を試しているわけです。一方、仕事では一切冒険しない、超保守的です。それでなくても出版は水商売。マンネリが一番いい。金太郎飴のように、いつも同じような誌面で、それでいてきちんと利益が出ている。そうした会社が理想だと思います。
 

片岡:

それでいて売れ続けるというのは…。
 

鍜治

距離でしょうか。読者とも距離を持ち、こちらも頭を下げません。600円だから売れる、800円なら売れない。この表紙は…そういった分析はしません。作ったら終わりです。また、こちらからは面白いとは言いません。読者が自ら面白さを発見した時にはじめてのめり込み、長続きします。ですから、その人が面白くなければ、それで良い。またマーケティング、書店の新規開拓はせず、毎年の資金繰りが同じ、売れる数も同じ、売り切れたら終わりでもいい。その分、クオリティーには時間を使っています。手ごたえのあるもの出せば、パイの大きさにかかわらず読者は必ずいます。
 

片岡:

最後に、今後の取り組みについてお聞かせ下さい。
 

鍜治

数独が大ヒットし、新しいステージに立つ用意が出来ましたので、これまで国内でやってきたことと同じことを世界でやりたいと思っています。具体的には外国の制作者のネットワーク、つまり顧客名簿ではなく、作り手名簿を作りたいと思います。
 

片岡:

そのネットワークを通して、これまでとは味付けの異なる洗練が進んだり、全く新しいパズルが創造されたり、パズル文化が飛躍的に深みを増すわけですね。貴重なお話を有難うございました。
 

(敬称略)

−完−

 

インタビュー後記

ニコリ社のフィールドは、パズルという小さなマーケットです。しかし、コンテンツを国内外で何重にも活用する高い収益力、代理人を駆使する知財戦略、そして世界規模の制作者ネットワークによって生み出される圧倒的で持続的な開発・生産力…。職人集団のDNAを堅く守りながらも、成功に安穏とすることなく、世界市場で力強く進化を続けているようです。さらに、貪欲な資本市場をも、手なずけて欲しいものです。
 

  

 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

株式会社ニコリ Nikoli Co., Ltd.
http://www.nikoli.co.jp/
所在地 〒111-0051 東京都台東区蔵前4-17-10
電話 03-5821-7141
設立1983年  (パズル通信『ニコリ』創刊は1980年)
代表取締役 鍛治 真起
ニコリ(競走馬)
同社及び競走馬ニコリについては下記を参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ニコリ (Wikipedia)
 

注2 

数独(ニコリの登録商標)
詳細は下記をご参照下さい。
http://www.nikoli.co.jp/ja/puzzles/sudoku/ (遊び方)
http://www.nikoli.com/ja/puzzles/sudoku/ (お試し問題)
http://ja.wikipedia.org/wiki/数独 (Wikipedia)
 

注3 

Financial Times 英国を代表するクオリティー・ペーパー
http://www.ft.com
詳細は下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/フィナンシャル・タイムズ (Wikipedia)
 

注4 

ウェスティンホテル
世界95カ国、850のホテルを運営するスターウッド ホテル&リゾート ワールドワイドInc.の傘下にある高級ホテル。同グループ傘下ホテルは、St. Regis®(セント レジス)、The Luxury Collection®(ラグジュアリー コレクション)、Sheraton®(シェラトン)、Westin®(ウェスティン)、Four Points® by Sheraton(フォーポイント・バイ・シェラトン)、W®、Le Meridien®(ル メリディアン)、Aloft(SM)(アロフト)など。
Westin Hotels & Resorts®は、世界30の高級リゾートをはじめ120以上のホテル&リゾートを有する。
http://www.starwoodhotels.com/index.html
http://www.starwoodhotels.com/westin/index.html
 

   
   


(敬称略)

 


片岡秀太郎の右脳インタビュー


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