第36回  『 右脳インタビュー 』        
2008年11月1日

渡辺 章博さん 
GCAサヴィアングループ株式会社 代表取締役
http://www.gcasavvian.com

 

プロフィール

米国・日本公認会計士。中央大学商学部会計学科卒。1982年に渡米、KPMGニューヨーク事務所勤務を経て、1994年帰国、KPMGコーポレイトファイナンス(日本)を設立、代表取締役就任。2002年、グローバルコーポレイトアドバイザリー株式会社を設立、代表取締役就任。2004年GCA株式会社を設立、代表取締役就任。2008年、米国の投資銀行サヴィアン社との経営統合によりGCAサヴィアングループ株式会社を設立、代表取締役就任。神戸大学大学院経営学研究科(MBAスクール)客員教授、一橋大学法科大学院(ロースクール)非常勤講師。

主な著書
『M&Aとガバナンス―企業価値最大化のベスト・プラクティス』
 渡辺 章博 (著), 佐山 展生 (著), 井上 光太郎 (著) 中央経済社 2005年
『M&Aのグローバル実務―プロセス重視の企業買収・売却のすすめ方』
 渡辺 章博 (著) 中央経済社 2004年

 

片岡:

今月の右脳インタビューはGCAサヴィアングループ(注1)の渡辺章博さんです。それではご足跡等お伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

渡辺

もともとプロフェッショナルになりたいという思いが強かったので法学部と商学部を受験、幸い商学部には合格することが出来ました。そして大学4年の10月には公認会計士の資格を取り、翌日から会計事務所に入所しました。8時に出勤すると誰もおらず、10時になると先輩たちがやっと来て、クライアントのところに向います。そして12時にはお昼をご馳走になり、3時にお茶、4時半には『そろそろ帰ろう。あまりいると迷惑だから』と。さらにクライアントは、学生で資格を取っただけの私を『先生』と呼びます。これでは力がつかないと、伝手を頼り、拝み倒してKPMG(注2)のニューヨーク事務所に採用してもらいました。言葉も通じませんし、現地の米国人大学生と同じ採用条件で、日系企業の駐在員事務所の給与計算や帳簿付けから始めました。
 

片岡:

M&Aのアドバイザーを務めるようになったのはいつ頃でしょうか。
 

渡辺

1985年のプラザ合意以降の急激な円高で、日本企業によるM&Aが始まり、担当していた企業もM&Aをすることになり、それ以来です。その後、米国の景気は持ち直し、日本はスローダウンします。そこで日本に戻り、国内市場のM&Aに取り組むためにKPMGコーポレイトファイナンスという会社を作りました。仕事は順調で、私の会社は木村剛氏(注3)のKPMGフィナンシャルサービスコンサルティングとともにスーパースターでした。しかしエンロン事件(注4)を契機に会計とコンサルティング部門の独立性が求められ、SOX(注5)も導入されたために状況が一変、退職して独立するしかなくなりました。『何でこんなことになるんだ』と、その後も数年間は納得できませんでした。ところでサブプライム問題はエンロンのSPC(注6)を使った飛ばしと同じです。あの時は会計問題だけがターゲットとなり、アンダーセンが潰され、SOXが導入されて何となく解決したという感じで、投資銀行や弁護士事務所の問題は先送りされました。これが今回のクレジット・クライシスの一因となっています。さてKPMGコーポレイトファイナンスはKPMGとのジョント・ベンチャーで、私が4割ぐらい、残りをもう一人のパートナーとKPMGが保有して持っていましたが、退社する時には持ち株を売却するしかありませんでした。それで初めて纏ったお金を手にしましたが、そこには何もありません、ただ虚無的で…。そんな時、ある再生案件で赤字企業をM&Aを用いて救済し、クライアントが大変感謝してくれて…、ハッとしました。プロフェッショナルというのは誰かのために役に立つ、クライアントのために仕事をし、価値を創っていく、そういうことを忘れていました。そこで、再スタートを切ろうと、佐山(注7)や2人のパートナーとGCAを設立しました。
 

片岡:

M&A専門のファームを設立されたわけですが、転売や解体でのキャピタルゲインを直接的に目的としたhostile takeoverについては如何お考えですか。
 

渡辺

弊社は完全に敵対的な買収の場合にはアドバイザーを引き受けません。ただ、そうしたケースは稀ですし、どんなM&Aにも敵対的な要素が元々あります。例えば、経営者は別としても、そもそも従業員はM&Aをあまり歓迎しません。ですから感情的な反応はすべきでないと思います。転売自体は悪いことではありませんし、買収者も事業を壊したくはありません。どちらかというと短期的な利潤を追求する傾向がありますが、それも必ずしも企業にとって悪いというわけではありませんし、どんなM&Aも財務面抜きには考えられません。
 

片岡:

長期的な視野での経営を掲げてMBO(Management Buy Out)を行った後、当の経営者が退任させられるケースが相次いでおります。
 

渡辺

MBOといっても事実上は投資ファンドによる買収で、マネジメントがイニシティブを取っていません。経営陣が実際に主体となっているものは全体の5%程度に過ぎませんが、それらは買収後もうまくいっています。日本にはマネジメント力がある人が少なく、これは構造的な問題で敵対的な買収よりもはるかに根が深いものです。首相が頻繁に変わることでも分かりますが、日本はリーダーを大切にしていません。米国は個人の能力に差があるからリーダーを大切にし、サポートします。日本人はそれほど能力に差がないから、足の引っ張り合いをしてしまいます。ですから日本のMBOは金融主導が多く、なかなか結果を出せません。
 

片岡:

上場企業と非上場企業のM&Aの違いについては如何でしょうか。
 

渡辺

M&Aは、売り手と買い手、それから売却対象となる企業の三者からなります。上場企業の場合、本当の売り手である株主のために、その代理人である取締役会が意思決定をしなくてはならず、利益相反等の難しい問題があります。その調整をするのもファイナンシャル・アドバイザーの大切な役割です。一方、非上場企業の場合はそういった事はあまりありませんが、株価算定が問題となります。また買収ストラクチャーにおいても上場企業に比べて豊富な選択肢があり、テクニカルなサポートに重点が置かれます。株価は、M&Aでは買い手が提示するのが原則です。事業価値というのは買い手によって決まり、売り手には買い手にどのようなシナジーがあるのか分かりませんし、また情報だけ開示させられて、『買わないよ』と言われるのが一番困ります。M&Aの8割が水平的な統合、つまり競争相手ですから、初期の段階では情報開示を最小限に抑えます。M&Aの面白いのは、基本合意がなされるまでは売り手が強い立場ですが、いったん買収価格の折り合いがつくと逆転し、買い手側は買収額の算定の前提としてきたものを強い立場で確認していきます。
 

片岡: ターゲットが非上場企業の場合、初期段階での情報不足が問題となりますね。
 

渡辺

買い手にとって、交渉によって情報を如何に引き出すかということも大切なことです。また買収戦略を立てる段階で、ある程度の想定を行い、その範囲内なら買うという割り切りが大切です。日本企業はM&Aを行うと決めたら、それ自身が目的化してしまうことが多いのですが、M&Aで成長している会社を見ていると、10件中、買うのは2,3件です。交渉というのは『辞めるという選択肢』を持っている方が強く、M&Aが成立しなければ失敗だという見方を変えていかないとM&Aを用いた成長は難しいと思います。
 

片岡:

取引の安全性を担保するエスクロー(escrow)や保険等(注8)の制度については如何ですか。
 

渡辺

日本では、まだまだ不十分で、そういうシステムが普及したほうがいろんな面でスムースです。尤も、私たちはファイナンシャル・アドバイザーですから、エスクローに頼りきるよりは、クロージングの前にリスクを洗い出すようにアドバイスをしています。というのはエスクロー契約ではカバーできる範囲が限定されます。また事業は生き物ですので、買収前に情報収集を十分行い、自社と買収する会社の価値を如何に上げていくか、しっかりと検討しておくことが必要です。ところでM&Aはリスクが高いという指摘もありますが、私はオーガニック・グロースよりもリスクが少ないと思っています。M&Aを用いた場合、買収してシナジーが出なければ、その企業を売却することも比較的容易です。一方、自前で新しい事業を立ち上げると、失敗すると回収が難しく投資をすべて失いかねません。世界的な企業は、半々、場合によっては8割が経営の選択肢として自前ではなくM&Aを活用しています。それくらいM&Aは当たり前で、『M&Aを活用します』と口にする方がおかしいくらいです。
 

片岡:

貴重なお話を有難うございました。  (敬称略)
 

−完−

 

インタビュー後記

渡辺さんはM&Aのアドバイザリー業務だけでなく、ラザードフレールやブラックストーンのようなM&Aファームへの進出を明確に掲げています。こうしたM&Aファームのパフォーマンスは保険やエスクローの制度、またPR会社、クライシス・マネジメントファーム…といった種々の専門ファームによってしたたかに支えられています。こうしたM&Aの周辺ビジネスの育成が今後は重要です。

  

 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

GCAサヴィアングループ株式会社(GCA Savvian Group Corporation)
http://www.gcasavvian.com
〒100-6023 東京都千代田区丸の内1-11-1
03-6212-7100
代表取締役 渡辺 章博
設立 2008年3月3日 マザーズ 2174
資本金 5億円
従業員数(単独) 2人 従業員数(連結) 195人
 

注2 KPMGについては下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/KPMG
http://www.kpmg.or.jp/
 
注3 木村剛氏については下記をご参照下さい。
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/ 週刊! 木村剛
http://ja.wikipedia.org/wiki/木村剛_(コンサルタント)
注4 エンロン事件については下記を参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/エンロン
 
注5 SPC(Special Purpose Company)については、下記SPV(Special Purpose Vehicle)の項目をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/特別目的会社
 
注6 SOX(The Sarbanes-Oxley Act 2002 :通称)
Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002
http://ja.wikipedia.org/wiki/上場企業会計改革および投資家保護法
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本版SOX法
 
注7 佐山展生氏については下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/佐山展生
 
注8 エスクロー(escrow)や保険等
http://www.marsh-jp.com/mj/newsroom/pageShw.php?pageId=7
 



 


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