第4回 『 片岡 秀太郎の右脳インタビュー 』          
2006年3月1日

ハーレーダビッドソン ジャパン 代表取締役 奥井 俊史さん
                                                                                       
 

 

奥井 俊史氏 プロフィール

1942年大阪生まれ。1965年大阪外国語大学中国語学科卒。同年、トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)入社、主に途上国への輸出に携わる。1980年に初代北京事務所所長。1990年ハーレーダビッドソン ジャパンへ移り、1991年社長に就任。2009年、アンクル・アウル コンサルティング設立。趣味は読書と写真

 

著書 【パンダ】 大和書房 1972年 奥井俊史著
【アメリカ車はなぜ日本で売れないのか】 光文社 2006年 奥井俊史著
【巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念】  丸善 2008年 奥井俊史著


 

片岡:
第4回の右脳インタビューは、ハーレーダビッドソン ジャパン注1の代表取締役の奥井 俊史さんにご登場いただきます。本日はお忙しい中、貴重なお時間を有難うございます。それでは最近ご興味をお持ちのことなどお伺いしながらインタビューを始めさせて戴きたいと思います。宜しくお願い致します。 


 

奥井

今はCRM注2に興味を持っています。先日CS(customer satisfaction)で有名なあるホテルを利用しました。事前にCSの紹介ビデオを2本見た上で、学習のために私は10万円の部屋に、同行者は5万円の部屋に泊まりました。残念ながら、よく言われる個人名での呼びかけも、フロントは勿論、その他の場所でもなく、サービス面でも優れたものを感じませんでした。また、その後も案内やグリーティング・カードの類が届くこともありませんでした。CRMでは、20%の優良顧客が80%の収益を締めるというパレートの法則注3がよく取り上げられ、優良顧客に対する重点的なサービスが薦められますが、つまり我々はCRMの【優良顧客】から漏れていたわけです。
 

片岡:

新規顧客の位置付けが曖昧な上に、CSの向上ではなく、安直にサービスの簡略化を招いているようです。
 

奥井

そもそもこの法則は現実のビジネスでは成り立ち難い定義に基づいていて、例えば、宝石のように商品単価に幅があり、一人で何度も購入するような市場でなくては成り立ちません。実際弊社でも5年間のデータを集めましたが、上位20%の顧客の売上に占める割合は26.4%と、まったくかけ離れた数字になっています。それに元々顧客を囲い込むこと自体不可能です。自分の妻を【囲い込む】ことが出来るでしょうか。よく顧客囲い込みの手段として取り上げられるポイントカードは、結局はディスカウントの一種で、顧客のロイヤリティーとは異なるものです。そもそも囲い込んだとしても、それだけではエイジングの問題が発生します。弊社では既存の顧客は勿論、新規顧客にも焦点を当てており、既存顧客はH.O.G. 注4というオーナーのクラブ組織を中心に、新規顧客にはCRMも活用しながら、イベント等を組み合わせた【バーチャリティー・マーケティング】を展開しており、その結果が新規顧客率80%と言う数字に結びついています。
 

片岡:

マーケティングと申しますと、トヨタ自動車では、中国や中近東等、主に発展途上国での販売を担当し、素晴しいご実績を上げておいでだったそうですが、ハーレーダビッドソンの米本社は、奥井さんにどういったことを期待されたのでしょうか。
 

奥井

ヘッドハンターの紹介で弊社へ移ったのですが、採用を決断したのは米本社のCEOを先日退任したJeffrey L. Bleustein氏です。彼が私に期待したのは、強い販売網注5を構築することです。そして前例を踏襲しない方針に安心したようです。その後は、米本社からブランドポリシーと予算以外は自由な裁量を与えられました。
 

片岡:

就任当時は、どのような状況だったのでしょうか。
 

奥井

販売システムはまったく整備されておらず、いったい誰が買ってくれているのかもわからない状況でした。
 

片岡:

そのような中、奥井さんは米本社の期待に見事に応え、縮小を続ける二輪車市場で、ホンダやヤマハといった巨大企業を相手に20年近くも連続して成長を続け、大型二輪車市場でシェア1位を獲得していらっしゃいます。奥井様の企業理念をご教授下さい。
 

奥井

100%の子会社ですから、企業理念を聞かれれば、それは米本社の理念注6と同じで、私が自らの企業理念を語ることはありません。ただ私なりの経営哲学はございます。私は経営は実践で、結果を出すことだと思っています。そのためには凡事を徹底的に行ない、そしてそれをシステムにすることが必要です。イノベーションは既存の理論の繋ぎ合わせです。丁度コンピューターが0と1の組み合わせだけで動くようなものです。その他、三現主義(現地、現物、現状)などといったことも必要だと思っています。
 

片岡:

それでは次にハーレーダビッドソンの魅力をお聞かせ下さい。あのV・Twinエンジンが捻り出す豪快な排気音と独特なフォルムが世界中のファンを魅了していると聞いております。
 

奥井

時代による変遷はございますが、同じようなテイストの音であることにこだわりを持っております。勿論、魅力はその他にも色々あります。しかしながらマーケットという観点から見ますと、【もの】に対する好みだけでは限定的です。例えば、50CCの二輪車の市場は縮小しており、これは世界的な潮流です。移動手段としての二輪車は、豊かさに伴って4輪車にシフトして行くからです。しかし、ハーレーダビッドソンのある素晴らしい生活、楽しみ方という【事】を売るライフスタイル・マーケティングであれば、市場に大きな可能性があります。
 

片岡:

ハーレーダビッドソンのファンには、○○年式○○○と、ワインのように年代で愛着をこめて呼ぶ方も多いように思います。これも【もの】を超えた存在であるということの証かもしれません。ところで企業経営者や弁護士などの専門家にも熱烈なファンが多いと聞いておりますが・・・
 

奥井

Panasonic USAのCEOを勤めた岩谷英昭さんは、定年後、「Life begins at 60」と題して、仲間とアメリカを走る、ハーレーダビッドソンに乗って古き良きアメリカの象徴でもあるルート66注7をシカゴからロサンゼルスまで横断するという計画を進めておいでです。丁度66歳だった俳優の千葉真一さんも参加を決めたそうです。岩谷さんはまだ免許もお持ちでないので、現在免許の取得と体力づくりに励んでいるそうです。その他、製品寿命が60年と長いので、生まれた年式のマシンを購入するといった楽しみ方をされる方もいるようです。
 

片岡:

かなり大型ですし、運転は難しいのでしょうか。
 

奥井

車高も重心も低いので、安定感もあり足付きが良く、皆様のイメージ以上に運転しやすく、女性やシニアのご購入も増えております。中には80歳を超える現役ライダーもおり、ハーレーダビッドソンに乗ることを楽しみにそのために日頃から体力づくりをしているそうです。
 

片岡:

まさに新しい生活を生み出している訳ですね。対照的に、昨今、富裕層へのマーケティングを積極化させている企業の多くが、残念ながら表層的な対応に留まっているものと思います。
 

奥井

スティタスを作り出すことには成功している企業などもございますが、具体的な生活まで浮かぶ所は少ないように思います。
 

片岡:

輸入自動車などはライフスタイルを比較的具体的に描きやすい商品ではないでしょうか。
 

奥井

そのとおりです。しかしながらトータル・マーケティングとして弊社のように全国規模のシステムを持ったところはございません。例えば、何万人ものお客様にご来場いただく富士ブルースカイヘブンや長崎ハーレーフェスティバルと言った全国規模のイベントや地域毎のツーリング・パーティー等多くのイベントを実施しております。これらは、私どもの各地のディーラーが拠点となって運営しています。勿論こういったイベントはかなりの予算が必要です。弊社では、販売にはあまりお金を掛けず、オーナーの皆様に喜びを提供するために積極的にお金を掛けております。またその他、パーツやアクセサリー、そしてオリジナルのウェアやグッズなどもお楽しみ戴いており、実際これらの売上が高い注8のも他社には見られない特徴です。
 

片岡:

ハーレーダビッドソンというアメリカの伝統を売るために、まさに新しいライフスタイルと市場をクリエイトし続けている訳ですね。本日は、有意義なお話をたくさん賜り感銘いたしました。有難うございました。
 

−完−

 

インタビュー後記

トヨタというハーレーダビッドソンとまったく異なるカルチャーを背景に持つ奥井さんに日本市場開拓の全権を託したBleustein氏、そしてその期待に見事に応え、新市場と最強の販売網を創り上げヤマハやホンダをそのお膝元で圧倒した奥井さんの経営手腕は素晴しいものです。奥井さんにはそういった辣腕のイメージもありますが、趣味の写真では中国駐在時にパンダの写真集を出版したほどの腕で、ハーレーダビッドソン ジャパンの写真は全てチェックするなど匠的な面もお持ちです。最近はフクロウ・グッズの収集に凝っているそうですが、フクロウは学問の神様としても知られ、奥井さんの学究的な一面を象徴するかのようです。

  

 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

Harley-Davidson(アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキー)は、1903年にウィリアム・S・ハーレーとアーサー・ダビッドソン、ウォルター・ダビッドソンの兄弟によって設立された。日本法人のハーレーダビッドソンジャパンは、1989年設立。詳細は同社ホームページをご覧下さい。
http://www.harley-davidson.co.jp/gallery/history/
http://www.harley-davidson.co.jp/gallery/movie/
 

注2 

Customer relationship management 顧客の生涯価値の観点から、顧客と関連するあらゆる企業活動を統合的に管理することで企業収益の向上を図る概念を指す。当初は、個々の顧客の嗜好やニーズを正確に把握し、的確なサービス(商品提供)を行うといった面が強調されたが、徐々に顧客データベースを分析し、優良顧客に対して重点的にサービスを提供するという効率面が強調されている。
 

注3 

Vilfredo Federico Damaso Pareto(1848〜1923 イタリアの技師、経済学者、社会学者)が発見した冪乗法則で、欧州各国や米国の統計データに基づいて統計的に所得配分の研究を行い、経済社会における富の偏在(所得分布の不均衡)を明らかにしたもの。現在では、所得配分だけではなく、マーケティングや品質管理、売上管理等にも適用できるとされ、顧客全員に対して均一のサービスを提供するのではなく、上位20%の顧客(売上の80%を占める)に手厚いサービスをすることで、効率よく顧客満足度を高めることができるという意味で用いられることも多い。
 

注4

HARLEY OWNERS GROUPは、世界100ヵ国、91万人以上の会員を誇るハーレーダビッドソンのオーナー組織で、日本でのメンバーは3万人を超える。各地域のチャプター(支部)がイベントやツーリング等の活動の中心で、全国各地の正規ディーラーが運営を支援している。年会費1万円。
http://www.harley-davidson.co.jp/style/hog/
 

注5 

全国に1万店を超えるオートバイの販売代理店があると言われる中、ハーレーダビッドソンの正規販売店は100店舗を超える程度だが、各店の売上は10倍以上で、中には敷地面積3000平方メートルを超えるメガディーラーもある。
 

注6 

Harley-Davidson Mission Statement
We fulfill dreams through the experience of motorcycling, by providing to motorcyclists and to the general public an expanding line of motorcycles branded products and services in selected market segments.

ハーレーダビッドソン ミッションステートメント
私たちは、選ばれたマーケットセグメントの中のモーターサイクリストたちをはじめとする多くの人々に対して、ハーレーダビッドソンブランドの名にふさわしい充実したモーターサイクルラインアップと豊富な商品群および質の高いサービスを提供してゆくことによって、モーターサイクルライフの充実という夢をかなえてゆきます。
 

注7 

アメリカ大陸横断国道66号線 1926年に施設され全長は2,347 miles (3,755 km)。イリノイ州シカゴから、ミズリー州、カンザス州、オクラハマ州、テキサス州、ニューメキシコ州、アリゾナ州を経てカリフォルニア州サンタモニカまで達するアメリカの大動脈として知られ、自由と民主主義の象徴とまで言われる。
『(Get Your Kicks On) Route 66』(1946年、ボビー・トゥループ作詞・作曲)はルート66を題材としたポピュラー・ソングでジャズのスタンダードとして有名。ナット・キング・コールを始め、ビング・クロスビー&アンドリュー・シスターズ、チャック・ベリー、ローリング・ストーンズなど多くのアーティストが歌っている。
テレビドラマ『ルート66』(ジョージ・マハリス、マーティン・ミルナー主演)は1960年からアメリカCBSテレビで放映され人気を博した。日本ではNHKが放映した。
 

注8 

ハーレーダビッドソンでは、カスタムコンテンストを開催するなど積極的な演出を行なっている。またウェアなども充実しており、マシンのオーナー以外の購入者も多く、部品やGMDの売上が全体の20%近くを占める。詳細は同社ホームページをご覧下さい。
http://www.harley-davidson.co.jp/company/info/financial.html
http://www.harley-davidson.co.jp/product/custom/index.html
http://www.harley-davidson.co.jp/product/goods/ 
 

 


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