第40回  『 右脳インタビュー 』        2009年3月1日

太田 述正さん
評論家   元防衛庁審議官

http://www.ohtan.net/

 

 
プロフィール
評論家。1949年三重県生れ。 東京大学法学部卒。防衛庁入庁後、スタンフォード大学に留学、経営学修士(MBA)及び政治学修士(MA, Political Science)取得。英国国防省の大学校(Royal College of Defence Studies)に留学。その後、教育課長、防衛大学校総務部長、防衛庁長官官房防衛審議官、仙台防衛施設局長を歴任。

主な著書                            
『実名告発 防衛省』 太田 述正 (著) 金曜日 2008年
『属国の防衛革命』 太田 述正, 兵頭 二十八 (共著) 光人社 2008年
『防衛庁再生宣言』 太田 述正 (著) 日本評論社 2001年 

 

片岡:

今月の右脳インタビューは太田述正さんです。太田さんの著書「実名告発防衛省」は、天下りや口利きの実態を企業や政治家の実名を挙げて告発しており衝撃的でした。
 

太田

守屋武昌(注1)の事件も、結局、接待だけに焦点を故意に絞り、天下り問題を避けた感がありました。接待など小さな問題で、天下り、そしてそれを容認して「みかじめ料」を得ている政治家の腐敗が最大の問題です。これはどの省庁にも共通の問題です。だから天下りの柵を断ち切れば、少しはまともな議論も起こって、役人も本来の仕事をするようになる…。兎に角、風を吹かせてみなければ何も起こらないという気持ちでした。当初は圧力もあるのではないかとも思っていましたが、そういったものはなく、脅威と感じていないのか、反発をするエネルギーもないのか…。間違っていると思うなら名誉棄損で私を訴えればいいのですが、そうすることで証言者が現れる可能性もあります。元々刑法に直接引っかかるような不詳事は書いていませんので、藪蛇になるようなリスクまでは冒したくないのかもしれません。その後、天下りに対する規制が既定路線となってきましたことからすれば、一定の役割を果たせたと思っています。
 

片岡:

次の目標は。
 

太田

米国からの独立です。それは国家ガバナンスの回復のためです。日本は米国におんぶに抱っこ、「米国にダーティジョブを任せ、日本は経済に集中する」といって、国家にとって一番重要な外交・防衛の基本を自分で決めないことにしたまま現在に至っています。こうして日本は戦争を放棄してしまっているので、防衛省は存在意義がなく、仕事をしているふりをしなくてはいけません。腐敗が特に深刻化する土壌があります。そういう制度設計をしたのは政治家であり、国民です…。本来、そうした腐敗の深刻化を防ぐのは防衛省のキャリアの大切な任務です。陸上自衛隊のように組織が巨大であれば、人々は統率/出世など、インセンティブをそれなりに保っていくこともできます。ところが、それを管理している防衛省の内局は小さい組織ですし、キャリアの同期の間の競争も慣れ合いです。その結果、捕まらない程度、マスコミにすぐ叩かれない程度のマネジメントも出来ていない…。勿論、キャリア制度そのものに反対しているわけではありません。留学などの手厚い教育投資をすべての人に行うことも、2,3年で人間の能力を見極めることも無理です。ですから上級職で入った人間に等しく手厚く投資をしていくことも必要で、どこの国も軍隊と外交官はキャリアの世界です。私も留学する機会を与えられましたが、退官するまでに、ビジネススクールに留学した人間は私一人でした。米国の場合はMBAを持った軍人がゴロゴロしていて、ビジネススクールでも国防省の元高官が2人も教授でいました。これは防衛省のマネジメントに対する認識不足を端的に表しているのではないでしょうか。
 

片岡:

制服組については如何ですか。前航空幕僚長の論文(注2)が話題となりましたが、その背景についてお聞かせ下さい。
 

太田

内容的には論じるに値しません。むしろ、なぜ田母神俊雄のような人物が出てきたのかが問題です。結局、私の同期の守屋のケースと同じであり、社会的エリートたるに相応しい人格や見識を身に付ける機会も与えられないまま、30年以上も目標のない仕事をしているとどういうことになるか、ということです。自衛隊の大部分の人はそういった問題を考えないようにしていますが、田母神や守屋はそれを思い悩んだからこそバランスを失ったのではないでしょうか。田母神論文についてですが、私が1988年に英国の国防大学に留学した時の校長は空軍大将でした。この空軍大将の論文と比較すると一目瞭然、大将のグローバル・スタンダードで求められる論文の水準からは程遠いと言わざるをえません。そもそも守屋も田母神も、留学経験も海外駐在の経験もありません。そんなことで次官、あるいは空幕長として、米国が宗主国であるとするならば、その考えを正確に理解し、意見をしっかりと言っていくことができるでしょうか。
 

片岡:

さて、米国はジョセフ・ナイ(注3)を駐日大使に決めましたが、これはどのような意味を持つのでしょうか。
 

太田

ナイはリチャード・アーミテージ(注4)らと対日政策の提言(注5)を2007年2月に発表しています。普通、今時の大使はそれほど権限がありません。今や世界どこにいようとリアルタイムで情報を把握して判断を下すことができますので、象徴的な面と、赴任地での活動のコーディネート、マネジメントが役割です。ただ、今回ナイを大使に持ってきたのは、単にそれだけではないと思います。ナイのソフト・パワー理論を信奉しているヒラリー・クリントンが国務長官に就き、またオバマ政権は超党派の国政運営を目指しています。そういう目で見ると、ナイは民主党、アーミテージは共和党と、このレポートは超党派であり、そのまま新政権の対日政策の指針といってもいいものだと思います。このレポートでは、日本のソフト・パワーも軍事力も徹底的に利用しようという意図が見受けられます。そうすることでインド、オーストラリア、インドネシア等の味方の結束力を高め、中国やアラブ諸国、ロシアを封じ込めていくという発想です。
 

片岡:

具体的にお教え下さい。
 

太田

日本のソフト・パワーとは経済力と技術力です。技術力については、今まで以上に装備開発に協力させようということで、だからこそ、武器輸出三原則を撤廃しようとしています。またハード・パワーたる日本の防衛力を強化し、米軍に完全に組み込んでいこうとしています。日本の自衛官をハワイの太平洋軍司令部に恒常的に派遣させ、同時に米側は自衛隊の統合幕僚監部に軍人を派遣することを提言しています。相互派遣先のランクが違うところにも、日米の地位の違いが表れています。また諜報力、すなわち情報を大量に集めて処理する能力を日本に持たせなくてはいけないとも書いてあります。現在、米国は経済的に苦境に立っているので、要求は更に厳しいものになるでしょう。日本人はこうしたオバマ政権が成立した意味をよくよく考えなくてはいけません。日本は、徹底的に米国に貢か、それとも独立するかの判断を突きつけられることになるでしょう。なお米国は、日本に対して適切な影響力を維持していくためにも、ソフト・パワーの面での交流を活発化するとともに、広報活動にもより力を入れると思います。
 

片岡: 広報や情報の活用は、日米の間に大きな違いがありますね。
 

太田

自衛隊の広報は論外です。元々日本の組織はボトムアップで、理念型的に言えば戦略情報を末端まで共有していて、最前線で競争相手や顧客と接している人たちのアイデアを神輿に乗っている経営者が取り分けて全体が進んでいく。だから意思決定までは時間がかかるけれど、既にどういうことが議論されているか皆が知っているので、いったん決まるとスムーズにことが進みます。しかしこんな組織では、軍隊としては使い物になりません。戦略情報の共有はできるだけ少人数に限定することが必要で、さもないと、どんどん漏れてしまいます。日本の場合は競争している企業同士もある意味で癒着関係にあって、戦略上重要な情報も同じ業界の企業だったら互いに概ね知っている…。そういう状態では戦争したら負けてしまいます。戦略情報を一元的にトップが掌握し、速やかに決断を下す状態になっていなくてはいけません。戦略広報というのは何をオープンにし、何をオープンにしてはいけないかという判断がカギです。その上で、オープンにしてよいものは最大限出して行く。これはあらゆる重要情報を把握しているトップの仕事で、組織そのものをどこまで脱日本化できるかということが適切な戦略広報や危機管理を行うために必要です。少なくとも政府、自衛隊等においては、そういう脱日本型、の組織を作り上げなければ、米国から独立することなど不可能でしょうね。
 

片岡:

貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜(敬称略)

 

 

インタビュー後記

今回の対談では、太田さんの著書やブログから受ける固いイメージを完全に払拭させる豊かなバランス感覚と国際センスが感じられました。例えば、留学経験やMBA等は海外から日本を俯瞰する貴重な経験となった筈です。さて、米国では軍務経験者がCEOを務める大手企業は好業績な傾向があるという調査結果も出ています
(注6)。天下りや口利きとは別次元で、米軍が優れた経営センスや国際感覚も持つ将官の組織的な採用と養成に成功しています。軍隊におけるマネジメントの重要性を知り抜いた太田さんの危機感は大変なものだった筈です。

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

守屋武昌については下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/守屋武昌
 

注2 田母神俊雄については下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/田母神俊雄
http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
 
注3 ジョセフ・ナイについては下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョセフ・ナイ
 
注4 リチャード・アーミテージについては下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・アーミテージ
 
注5 アーミテージレポートについては下記をご参照下さい。
http://www.csis.org/media/csis/pubs/070216_asia2020.pdf
http://www3.keizaireport.com/file/WDC013.07.pdf
 
注6 米国の人材紹介会社コーン・フェリー・インターナショナル社の調査より
Military Experience & CEOs: Is There a Link?
http://www.kornferry.com/Publication/9287

 
   
(敬称略)

 


片岡秀太郎の右脳インタビュー


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