第48回  『 右脳インタビュー 』        2009年11月1日

高野 真さん
ピムコジャパンリミテッド  
マネージング・ディレクター 取締役及び日本における代表者、社長

 
プロフィール  
 
2001 年10 月ピムコジャパンリミテッド入社、2002 年4 月より現職。ピムコジャパンリミテッド入社以前は、1987 年4 月大和証券入社後、大和総研へ出向、その後一貫して調査畑を歩む。1991 年より米国へ出向、ノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏とともに資産運用モデルの開発に当たった。92 年に帰国後、株式ストラテジスト業務を担当。1996 年10 月よりストラテジストチームヘッド。1997 年にゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに転じ、投資顧問部門全般のマーケティングヘッドを務めた後、1999 年11 月より執行役員、企画調査室長を兼務。資本市場全般に関する論文・著書多数。1992 年度証券アナリストジャーナル賞受賞。現在、ファイナンス稲門会代表幹事、日本ファイナンス学会理事を務める。日経新聞(VIEW POINT)、NIKKEI NET(経済羅針盤)などのコラムを定期的に執筆。投資関連業務経験21 年。早稲田大学より理学学士号、工学修士号を取得、また同大大学院理工学研究科博士前期課程修了。1961年、神奈川県生れ。
 

 

片岡:

今月のゲストは高野 真さんです。高野さんは現在、世界最大級の債券運用会社PIMCO(注1)の日本における代表としてご活躍です。それでは運用の視点から見た金融危機についてお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

野:

直接的な原因はサブプライム問題による信用収縮ですが、その底流には、先進国と新興国の間でのグローバル・インバランス(国際的な経済収支の不均衡)の拡大、世界的な過剰流動性の発生と金融資産の積み上がり、そしてシャドー・バンキング・システム(銀行や証券会社が金融商品を販売ないし投資することで銀行のバランスシートリスクをオフバランス化すること)と金融商品の発達。この3つの世界的経済・金融の構造変化がありました(注2)。このシャドー・バンキング・システムにおいて重要な役割を担ったのが投資銀行とヘッジファンドで、互いに結び付き、レバレッジ・ビジネスを構築してきました。その過程でヘッジファンドの中には本来の代替投資として絶対収益を目指すのではなく、右肩上がりの相場でのみうまく機能するまがい物のヘッジファンドが多く登場してきました。今回の危機を経て、投資銀行はM&A業務や資金調達のアドバイス等の本来業務に回帰し、多くのまがい物のヘッジファンドは淘汰されるでしょう。一方、本来の機能を持ったヘッジファンドの中では、経営基盤の大きいものが生き残り、ブティック型運用機関としてスペシャライズ化され、より特定の投資家から資金を集め、より特定の分野に投資し、よりプライベート化してくるものと思います。
 

片岡:

資産運用会社については如何でしょうか。
 

野:

例えば証券化商品は投資銀行や証券会社が投資家に直接販売してきましたが、資産運用会社が間に入った場合、それらの専門家によるモニタリングやディスクローズ、レポーティング等を通じて、投資家はリスク・コントロールをより適切に行っていくことが出来るようになります。運用会社はこれまで金融システムの中で脇役的なパーツに過ぎませんでしたが、今後は主要な部分を担うようになってくると思います。例えば今回、債券の買い取りを目的として作られた官民ファンドには資産運用会社も参加しています。こうした機能は従来、投資銀行が担当し、運用会社が入ることはありませんでした。今後、運用会社は責務や役割が増えて、よりジェネラリスト化し、リスク管理やトレーディング等のスキルセットに人材を投入していくことが必要となります。その結果、銀行や証券会社から人材が運用会社に流入してくるか、或いは銀行や証券会社がより資産運用ビジネスに傾斜していくことが考えられます。
 

片岡:

そうした機能強化に伴うコストを、利益率を落とすことなくどのように吸収していくのでしょうか。
 

野:

一般に運用会社は投資銀行のような利益率があるわけではありませんが、製造業と違って、運用会社は例えば1つの口座の資産が100億円から200億円になっても追加コストは殆ど発生しません。このため新しいニーズに人材を投入する場合も、まず一定の規模で、利益を出せるような組織を作ります。実際に利益を出せるようになれば新しい事業をどんどん展開することが出来ます。更に債券は株と違って、マクロ経済分析が主です。例えば株式運用の場合、1000社のカバレッジを2000社にすればアナリストもそれだけ必要になります。一方、債券では日本だけでなく米国もカバーするようにしてもマクロを見ている限りにおいては、労力はそれ程増えません。そういう意味で、弊社はコストが小さく効果的なプロダクトを伸ばすというフィロソフィーを持っています。
 

片岡:

債券運用(注3)に特化したメリットですね。さて、高野さんは日本の資産運用の現状について、どのようにお感じですか。
 

野:

日本の輸出産業は低い資本コストにレバレッジをかけてシェアを拡大してきた側面がありました。しかし、今は資金余剰で企業はお金の必要がなく、投資先もありません。以前は、個人の預金は銀行を通じ、企業に低利の資金として流れて企業活動を高め、結果的に個人の給与も上がってきました。しかしその所得の伸びも止まり、以前とは比べるべくもない低金利が続いています。日本という国は「もの作り大国」で、それは今でも美徳であり、重要なことです。しかし産業構造として見ると少子高齢化の中でGDP成長率が下がってきます。国の生い立ちや成長・衰退のサイクルから考えると、通常の先進国はものを作って売り、そのうちに徐々に成長率が低下、一方、国内の需要は高まり、また稼いだお金が溜まってきます。日本の場合は2006年頃には、ものの輸出による収益を投資による所得収支が上回ってくるようになりました。だからこそ資産運用業には、これからの日本を担う重要な産業だという位置付けが必要です。しかし政策的対応は勿論、国家としての理解もそこまで進んでおらず、日本の海外投資収益率は欧米に比べてまだまだ低いのが現実です。ところで資産運用を論ずる場合、投資教育不足が指摘されます。それはその通りなのですが、もの作りと違って資産運用は実態が掴み難く、瞬間的な結果よりも運用のプロセスや理論的フレームワークを評価することが重要です。それだけに一般の人が理解するのは難しく、識者の存在が大切になります。しかしながらその識者そのものの育成が遅れ、政府やメディアレベルには的確な見解を述べることが出来る識者があまり見受けられません。一方我々が積極的にメディアに出るかというと、仮に異様とも思える政策に正論を唱えたとしても、その主旨がキチンと識者や社会に評価や議論されないことも多く、メディアに出るメリットはあまりありません。
 

片岡:

米国では、PIMCOはウェブサイトを通じた情報発信やメディアでの発言なども多いですね。
 

野:

PIMCOの米国本社は社内にスタジオを持ち、世界に情報を効果的にどんどん発信しています。日本での情報発信は米国発の情報の翻訳を基本的に中心とし、日本発の情報はその有効性を考慮しながら適時発信しています。PIMCOの知名度は日本ではまださほど高くありません。これは日本での歴史が10年程と浅く、また日本人にとって債券はあまり馴染みがないこともありますが、我々がこれまでは戦略的に機関投資家に重点を置いてきたことも一因です。リテールも近年取扱いが伸びてきておりますが、それは他の投資信託運用会社から運用委託を受け、サブ・アドバイザーとして行っているものです。このためリテールの取扱いは2兆円程ありながら、一般の人はそれだけの存在感を感じていないはずです。なぜ他社を介するのかというと公募で投信を立ち上げるには大掛かりな組織が必要で、我々自身はその機能を持たずに、得意とする運用に徹して、他社を介してリテールにアクセスするという選択をしているからです。
 

片岡: そうした運用会社は膨大なエネルギーをかけて顧客にアクセスしていながら、なぜ御社に運用を委ねるのでしょうか。
 

野:

経営戦略の違いもありますが、我々が特に債券の運用に徹していて、債券ならばPIMCOだというポジションが専門家の間で確立されており、リテールであっても、それを販売する証券会社がPIMCOを選んでくれています。我々がリテール事業を伸ばしたのはこの4,5年ですが、その間の外債のブームに助けられた面もあります。また通常なら運用会社はトップダウン的な運用か、ボトムアップ的な運用のどちらかを、景気動向を見ながら選択していますが、我々は付加価値の源泉を分散させる、つまりトップダウン的な方法も、ボトムアップ的な方法も融合させています。例えばモーゲージ戦略(注4)を組み込んだり、或いはエマージング戦略(注5)やクレジット戦略(注6)であったり、種々の債券戦略を組み合わせて行うことで振れを小さくすることを目指しています。共同最高投資責任者であるビル・グロース(PIMCOの創業者の一人、「債券王」の異名を持つ)の下には様々なスペシャリストチームがあり、ユニークなアイデア群をそれぞれのプロダクトの中に取り入れています。
 

片岡: 資産のポートフォリオだけでなく、戦略そのものを分散化させているわけですね。PIMCOの運用資産はどの程度の規模なのでしょうか。
 

野:

2009年9月末時点で、全世界での運用額は85兆円、スタッフは1200人、そのうち日本は4.4兆円、73人と少数精鋭での運用体制です。ところで私が若い人を採用する時には3つの事を重視しています。「地頭の良さ」、「やる気」、「人柄の良さ」です。小さい会社ですから一人当たりの守備範囲が広く、どうしても重なる部分があります。そういう時に人柄が重要になります。そしてそうした社員の育成には、有効であると思える限り惜しみなく投資をしています。働くことのインセンティブは主に、ポジション、コンペンセイション、そして仲間です。ですから有能な人はどんどん引き上げ、そして常に業界でも高い給与水準に保つようにしています。そのためにも会社がしっかりと成長し利益を上げていることが必要です。そして一人一人にPIMCOのカルチャーを理解して貰い、そのカルチャーを持続させることも大切です。弊社はフラット・オーガニゼーションを採用しており、私と社員の間には基本的にはマネージャーが一人しかいません。こうしたフレームワーク米本社のものを出来るだけそのまま持って来るようにしています。そうしたこともあって皆、PIMCOが好きで、だからこそPIMCOで働いてくれています。高い給与は必要条件でしかなく、それだけであれば人は必ず離れます。十分条件は「誰」と「どういった組織」で働くかです。
 

片岡: 日々大変な激務だと思いますが、何か趣味等もなさっているのでしょうか。
 

野:

社会人になってからしばらくは仕事が趣味といった感じでしたが、最近は立場的に手作業で忙殺されることが少なくなってきましたので、色々なことにも挑戦しています。結局、仕事に通じているのかもしれませんが…。まず一つ目はワークアウト、ジムで体を鍛えることです。PIMCOに入って9年になりますが、この間、一度も病欠はありません。そしてもう一つはゴルフです。定期的にレッスンを始めて2年半になります。毎週のようにゴルフ場に行くというのではなく、レッスンプロに付き、毎回ビデオでどこが悪いかチェックしています。結果が出ないと嫌ですから…。体を鍛えるにしても、どの筋肉を鍛えるべきか、そのためには何が必要か、どれくらいのインターバルにするべきか、食事は…と、論理的、科学的で、それを理解するのが面白い。ゴルフも上手くはなっていませんが、少なくともなぜ上達しないかは分かりますし、そうしたプロセスも楽しんでいます。
 

片岡: 貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜 (敬称略)

 

 

インタビュー後記

高野さんは常に有効性と論理性を強調します。そこには寧ろ暖かさと、前に向かう強いエネルギーを感じます。今後、高野さんが指摘するように資産運用の効率的な活用は不可欠で、そして社会や企業を不可逆的に深く変化させるはずです。それだけに多くの障害も予測されますが、85兆円のパワーをフルに活用し変革を成し遂げて欲しいと思います。

 

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

詳細は、下記をご参照下さい。
http://japan.pimco.com/TopNav/Home/default.htm

注2 詳細は、日本総研の定期刊行誌「Business & Economic Review」2009年7月号掲載の高野氏の論文「金融市場の新たな枠組み──金融危機後の資産運用」(P92-107)に詳しい解説があります。ご参照下さい。
http://www.jri.co.jp/JRR/2009/07/pdf/fm.pdf
注3 詳細は、下記をご参照下さい。
http://japan.pimco.com/LeftNav/Bond+Basics/2005/Everything_About_Bonds.htm
注4 詳細は、下記をご参照下さい。
http://japan.pimco.com/LeftNav/Bond+Basics/2005/Mortgage+Basics+05+2005.htm
注5 詳細は、下記をご参照下さい。
http://japan.pimco.com/LeftNav/Bond+Basics/2007/Bond+Basics+EM+042007JPN.htm
注6 詳細は、下記をご参照下さい。
http://japan.pimco.com/LeftNav/Bond+Basics/2007/Bond+Basics+CDS+JPN.htm
   
   

 


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