孫崎享のPower Briefing

今何故戦略に関する本を出版するか

2010/08/22
 

孫崎 享
(twitter)

 日本をめぐる安全保障の環境は今、激しく動いている。一つは中国の大国化であり、今一つは米国が安全保障面で自衛隊を米国世界戦略の中で利用しようとする動きが強化されていることである。新たな局面の中で、日本は戦略的に考えることが何よりも必要な時期である。しかし、この分野は日本人が最も不得意な分野である。
 日本人が戦略的思考に欠くとの指摘はしばしばなされる。早坂 隆著『世界の日本人ジョーク集』に次の引用がある。

ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客に速やかに船から脱出して海に飛び込むように指示しなければならなかった……
アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」
ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」
イタリア人には「飛び込めば女性にもてますよ」
フランス人には「飛び込まないでください」
日本人には「みんな飛び込んでいますよ」

 ヘンリー・キッシンジャーは1974年ケ小平に「日本はいまだに戦略的な思考はしません。経済的視点から物を考えます」と言っている。カレル・ヴァン ウォルフレンは著書『日本/権力構造の謎』の中で「日本の管理者を素晴らしい戦術家ではあるが、お粗末な戦略家にさせたのである」と記述した(注1)。更に、企業戦略の第一人者、マイケル・E・ポーター(ハーバード大学教授)は『戦略読本(The Strategy Reader』)の中で「日本は1970年代、80年代オペレーション上の高い効率性を示した。しかしほとんどの日本企業は戦略を持たない。今や日本式競争の危うさが明確になった。しかし(国際間の)オペレーション上の効率性のギャップが狭まると日本企業は罠の中に入ってしまった。日本企業は戦略を学ばなければならない。」と指摘した。日本人が戦略的考察に弱いのは歴史的背景があるようだ。ルース・ベネディクトは著書『菊と刀』(1946年出版)で「(日本人の)行動は末の末まで、(自ら決めるのではなく)あたかも地図のようにあらかじめ決められている」「日本人が誠実であるという語を用いる際の意味は地図の上に描き出された道に従うということである」と記述した。
 では戦略的に考えると言うことはどういうことなのであろうか。私は戦略を「人、組織が死活的に重要だと思うことに目標を明確に認識する。そしてその実現の道筋を考える。かつ、相手の動きに応じ、自分に最適な道を選択する手段」と定義したい。古今、さまざまな戦略本が書かれてきた。『孫子』もそうである。クラウゼヴィッツの『戦争論』もそうである。中でも元米国国防長官のロバート・マクナマラは戦略をシステム的に構築した。

第一段階:外的環境の把握と自己の能力・状況の把握
第二段階:自己の弱みと強みは何かの状況判断
第三段階:複数の代替戦略提案と戦略比較
第四段階:任務別計画提案
第五段階:資源配分、スケジュール決定

 ポーター教授はマクナマラ戦略を基礎に企業が生き残るには(1)コストのリーダーシップ(同業者よりも低コストを実現する)(2)差別化(業界の中でも特異だとみられるなにかを創造する。製品設計やイメージの差別化、テクノロジーの差別化、顧客サービスの差別化、製品特徴の差別化、顧客サービスの差別化、ディーラーネットワークの差別化等)、(3)集中(特定の買い手グループ、製品の種類、特定の地域市場など企業の資源を集中)のいずれかを採用する必要があると指摘した。
 外交や企業の在り方を考えるにあたって今日直面する課題を直接検討することは重要である。あわせて歴史や戦略理論の原点に戻り、如何なる一般的法則があるか、それを学んで今日の課題にあてはめる努力も必要である。9月1日発売予定の拙著『日本人のための戦略的思考入門』(祥伝社新書210)はその目的に貢献すると思う。

脚注  
注1 『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン ウォルフレン著 
下巻 16章 世界にあって世界に属さず
 ……さまざまな管理者組織の間に権力が分散され、しかも究極的な責任は誰も取らないので、全国民的視野と、長期的展望に立った戦略計画を立てるのは不可能なのである。
 このような状況は、日本の管理者を素晴らしい戦術家ではあるが、お粗末な戦略家にさせたのである。
   
   
   

 


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