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第31回 犯罪の被害者と加害者その2: 「サムの息子法」

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 

前回(第30回)では、「サムの息子法」の名称の由来およびその概要、そして「サムの息子法」に対しては、その制定当初から、様々な形で犯罪者側からの反撃があった、ということを述べました。そこで今回は、「サムの息子法」を巡るアメリカの裁判闘争の歴史を見ることにしましょう。比較的有名な裁判例として、Henry Hill 事件とJean Harris 事件の2つがあります。今回は、Henry Hill 事件、次回は、Jean Harris 事件を見ることにします。
Henry Hill 事件
1980年、典型的なギャングであったHenry Hillは、麻薬密売の容疑で逮捕され、司法取引の結果、検察側の証人として、ギャング組織の撲滅に協力することとなりました。これを知った有名な出版社であるSimon & Schuster社は、Hillの犯罪実話を基にして、ニューヨーク市のギャング組織の内幕物を出版することを計画しました。
1981年8月21日、内幕物を得意とする作家Pillegi、実話の提供者Hill、出版ブローカーSterling Lord Agencyの三者の間で、内幕物を著作する契約が成立し、ついで9月1日、Simon & Schuster社と共著者としてのPillegiおよびHillとの間で、その内幕物を出版する契約が成立しました。
1986年1月、その内幕物 WISEGUY: Life in a Mafia Familyが出版されるや、たちまちベストセラーとなったのです。(なお、この著作を基にした映画も製作され、この映画 GoodFellasは1990年米国最優秀映画賞を受賞しています。)
1986年1月31日、犯罪被害者救済委員会は、Simon & Schuster社に対し、上記の出版契約の契約書のコピーを提出すべきこと、そして、この出版契約に基づく支払いを一時凍結すべきこと、を要請し、Simon & Schuster社は、この要請に従いました。ところが、犯罪被害者救済委員会は、つぎのような決定を行ったのです。「WISEGUYは、サムの息子法にいう犯罪実話にがいとうする。よって、Simon & Schuster社は、今後Hillに支払うべき印税をすべて犯罪被害者救済委員会に寄託し、すでにHillに支払った約10萬ドルは、もしHillが犯罪被害者救済委員会に寄託しなかった場合には、Simon & Schuster社が、その分を寄託すること。」 Simon & Schuster社は、この決定の無効確認および執行停止を求めて、裁判所に出訴したのです。
Simon & Schuster社は、第一審の連邦地方裁判所
(注1)でも第二審の連邦控訴裁判所(注2)でも、敗訴しましたが、最終審である連邦最高裁判所では、Simon & Schuster社の主張は理由あり、ということで、第一審判決および第二審判決は破棄されました。連邦最高裁判所の判示は、大要、以下のようなものでした(注3)

@

ある法律が、言論の内容のいかんによって、その言論者に対して経済的な負担を課する、とすれば、そのような法律は、言論の自由を保護する合衆国憲法第1修正に違反し、原則として、違憲無効である。例外として、特段のcompelling interest(やむにやまれぬ公共の利益)が存在すれば、場合によっては、合憲有効となる。

A

「サムの息子法」は、まさに言論の内容が犯罪実話であるとの理由で、その言論者に経済的な負担を課するものであるから、原則として、違憲無効である。それでは、例外として、特段のcompelling interestが存在するか?

B

たしかに、犯罪被害者の救済ということは、1つのcompelling interestであり、犯罪者がその犯罪によって利益を得ることを禁ずることも、1つのcompelling interestである。しかしながら、このようなcompelling interestと「サムの息子法」とには直接的な結びつきはない。どうしてその犯罪者の他の財産・収益と区別して、わざわざ犯罪実話から挙がる財産・収益だけを特別扱いしなければならない、というのだろうか?

C

当裁判所は、過去において本件と類似する事件において、問題の法律を違憲無効と判示したことがある。たとえばArkansas Writers' Project事件(注4)が、それである。州が課税によって税収を確保することは、1つのcompelling interestではあるが、それだからといって、言論の内容のいかんによって課税上の取扱いを異にすることは、言論の自由を保護する合衆国憲法第1修正に違反し、違憲無効である。

D

そもそも、犯罪被害者の救済のために犯罪者がその犯罪から得る財産・収益を救済資金に充当する、という目的からすると、本件のような「サムの息子法」は、まさにoverinclusive(味噌も糞も一緒)な法律である。このような粗雑な法律の下では、たとえばMalcolm XのThe Autobiography、ThoreauのCivil Disobedience、 Sait Augustine のThe Confessionsなどの印税すら、犯罪被害者救済委員会に寄託しなければならないことになってしまう。

 

  

脚注
 
注1 Simon & Schuster v. N.Y. State Crime Victims Board, 724 F. Supp. 170 (S.D. N.Y. 1989).
 
注2 Simon & Schuster v. Fischetti, 916 F. 2d 777 (2nd Cir., 1990).
 
注3 Simon & Schuster v. N.Y. State Crime Victims Board, 112 S. Ct. 501 (1991).
 
注4 Arkansas Writers’ Project, Inc. v. Ragland, 107 S.Ct. 1722 (1987). この事件では、雑誌の言論の内容いかんによって、州の売上税を免除したり、課税したりするのは、合衆国憲法第1修正に違反し、違憲無効とされた。
 
   


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