第52回  『 右脳インタビュー 』                   2010年3月1日

福川 伸次 さん
財団法人機械産業記念事業財団 会長 
株式会社 電通 顧問 
元通商産業省 事務次官

  
プロフィール

1932年、東京都生れ。東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。太平首相秘書官、通商産業省事務次官を経て退官。神戸製鋼副社長や電通顧問(現任)兼電通総研代表取締役を歴任。2005年、財団法人機械産業記念事業財団 会長に就任。

主な著書
『日本への警告』 PHP研究所 2003年
『活力ある産業経済モデルへの挑戦―日本の産業政策、回顧と展望』
二十一世紀叢書  日経BP企画  2004年
『グローバルフロント東京―魅力創造の超都市戦略』
福川 伸次、市川 宏雄 共著 都市出版 2008年
 

 

片岡:

今月の右脳インタビューは福川伸次さんです。まずは産業界を取り巻く潮流などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

福川

今、世界には4つの大きな流れがあります。まず国際秩序の維持とそのあり方が変化しています。新興国が台頭、また原油が高騰してロシアや中東の産油国も力を付けてくる一方、米国の威信は徐々に低下、G8のシェアも1990年頃の50~60%から40%程度に低下、金融危機等へも十分に対応できずG20が作られました。世界秩序の基軸が揺らぎ、パックス・アメリカーナからパックス・コンソルティス(協調の秩序)とでもいうべき時代となってきていて、秩序の形成が非常に難しく、対立軸も複雑化しています。例えば、20世紀までの国際紛争は、主に国民国家と国民国家の争いでしたが、今は国際社会とテロとの争いが起き、また対立軸も資源の確保、環境問題、宗教、文化、或いは金融や核の問題…と複雑化しています。1989年にベルリンの壁が崩壊した時、グローバリゼーションによって世界は安定に向かうと期待されましたが、今の国際社会は明らかに不確実性を高めています。
2番目は金融至上主義、或いは市場原理主義というものが行き詰まり、市場に任せておけば上手くいくということが幻想にすぎないことが明白になってきたことです。市場経済は確かに原則ですが、「見えざる手」とともに「見える知恵」が必要で、これは地球環境や貧困といった問題においても同じです。
3番目は産業革命以来、もの作りにおいて大量生産、大量消費、大量廃棄を生み出してきた「地球上の資源は無限、自然の循環機能は永遠」という前提が崩れてきたことです。そのため効率生産、有効消費、完全循環といった産業システムをビルト・インする必要が出てきました。
4番目はICT(Information and Communication Technology)の進歩です。ICTは今後、異分野間の融合を促すほか、データの蓄積やシミュレーションを容易にし、イノベーションを加速、需要面、供給面ともに大きな影響を与えます。例えば、需要面では多大な選択肢をしかも主体的に与えます。これまでは供給者側が大量生産し、広告会社と組んで大量に売ってきましたが、今は需要者がネットワークを作り、情報を伝達・共有しています。広告会社は困っているのですが、需要は消費者が形作るという状況になって来ています。
 

片岡:

企業の競争力や価値はどのようになっていくのでしょうか。
 

福川

企業の強さはイノベーションを起こしていく力があるかないかです。そのイノベーションはこれまでサプライ・サイドのもので、例えばメーカー側が思いついたことを一生懸命に開発して売ってきました。しかしこれからはユーザーとメーカーが、或いは寧ろユーザー自身がイノベートを起こすようになり、企業は、消費者から見て企業自身のニーズがどこにあるかを調べたうえで商品化していくというようなことも必要となって来ています。勿論、今までの分野がなくなってしまうわけではありませんが…。そういう視点から企業の価値を見ると、収益を上げ、配当を出すといった経済価値の他に顧客価値があります。つまり需要が多様化する中で、顧客の要望に応えていく価値で、これには言われてみたらとそうだったというような潜在的な期待も含みます。また労働者から見た価値もあります。ワーク・ライフ・バランスというものがありますが、価値観が多様化し、また労働力の流動性が高まっていく中で、仕事と生活を、ともに充実させていかなければなりません。更に社会価値もあります。例えば倫理、コンプライアンスなど、社会の共生していくための秩序を維持し、また環境問題等にも対応していかねばなりません。こうした中で、企業はスパイラル的、構造的に価値を高めることが求められています。
 

片岡:

複雑化する価値観やグローバル競争に対応する上でも、各国企業はICTを上手く活用し経営効率を高めていますが、日本企業は取り組みが遅れているようですね。
 

福川

専門家はある程度のレベルにあるとしても、日本人のトップが問題なのではないかと思います。そうした知識が少なく、また欧米では大企業が自分の国の人だけで経営しているというところはあまりありません。そもそも日本人同士ですら抜擢人事というのは少なく、時折、何段跳び…ということがありますが、前のトップが使いやすい人を後任に指名しているケースが多い…。ですから日本の経営者で外国企業のトップとして引き抜かれていく人は殆どいません。結局、日本はリーダーを育てていないということです。
 

片岡:

使いやすい人を後任に選び続けると、回を重ねるごとにレベルがどんどん低下しかねません。株主との緊張関係が弱い場合は特に…。それでは政策サイドは企業の成長をどのように促していくのでしょうか。
 

福川

新しい成長モデルは投機的な価値ではなく、実質的な価値に根差すものであるべきです。そして、これまでのように「もの」中心ではなく、今後は医療や安全、安心、文化など、人間が広く求める価値に根差した新しい経済システムをどのように再構築するかが問われています。そうした観点から市場のあり方を作っていくということもありますし、また市場だけで解決出来る分野とそうでない分野があり、サポートしていくことも必要です。例えば教育、また研究開発も企業だけでは難しい分野もあります。そして成長戦略を描くために需要サイドを刺激したり…。また企業が発展するには投資を増やす事も必要ですが、今の日本の企業環境を見ると、良い風が吹くかというと必ずしもそうではありません。例えばCO2の25%削減は難しい問題です。また雇用関係についても派遣問題は企業の競争力にとって強い影響があります。そうなると例えば中国で生産した方が有利となって…、これで日本での雇用が守れるのでしょうか。また政治的には議席は安定していますが、政策上のリスクや財政赤字の問題もあり、政治・経済を通じて不確実性が高まっています。そしてグローバリゼーションの進展で、国が企業を選択するより、企業が事業を展開する国を選択するようになるリスクもあります。今、政治に必要なのは全体最適のあり方を追求することです。政治の本来の目的は部分最適の追求ではありません。また政治主導へと変えるといっても、そもそも専門家が足りません。実際に舵取りしているのはプロ集団で、これを動かすにはそれなりの専門知識、専門分野を育てるということも必要です。勿論、官僚にも無駄や問題はありますが、今は徹底した官僚叩きで意気消沈し、また能動的に動くことも止められています。「我々が言ったことをやるように」と指示待ちで、指示されないことをしたら叩かれます…。
 

片岡: 国際競争が激化する中で、国家公務員だけで50万人、地方公務員も含めると全体で500万人とも言われる(注1)巨大組織を長期間、沈み込ませているリスクも大きいですね。貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜

 

 

インタビュー後記

日本では国や企業の重要事項についての話し合いが料亭などで持たれることがあります。この芸者さんはあの政治家の彼女かもしれない…。事前にそういう情報等のケアをしているかというと、まだ個人の経験や勘に頼る面が多く、気苦労も絶えなかったそうです。さて、福川さんの趣味はチェロと庭いじりや野菜づくりで、超多忙な日々の合間を縫って、若い頃から、出来るだけ自然と触れあうようにしてきたそうです。

 

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

定義については下記をご参照下さい。
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou030/hou21-1.pdf
(公務員数の国際比較に関する調査 平成17 年 野村総合研究所)


片岡秀太郎の右脳インタビュー


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