今回(第51回)からは、まず、国際的な紛争解決制度としてこれまで伝統的に用いられて来た、国際訴訟制度を5回にわたって(国際訴訟その1からその5まで)取り上げ、その後に(第56回から)、国際的な紛争解決制度として最近盛んに利用されるようになってきた、国際ADR制度を取り上げることにしましょう。
国際訴訟制度において主要な問題点として論じられて来たものには、以下の8つのものがあります。
問題点(日本語) |
英語での表現 |
どういう問題か |
司法管轄権 |
Judicial
Jurisdiction |
どこの国の裁判所で訴訟をすべきか |
送達 |
Service of Process |
どのようにして被告に訴訟書類を届けるか |
土地管轄 |
Venue |
司法管轄権のある国のどこの土地の裁判所で訴訟をすべきか |
証拠収集 |
Taking Evidence |
どのようにして訴訟に用いる証拠を収集するか |
準拠法 |
Applicable Law |
どこの国の法律を適用するか |
立法管轄権 |
Legislative
Jurisdiction |
ある国が立法できる範囲 |
国家行為 |
The Act of State |
たとえば、ある国による外国企業の国有化 |
外国判決の承認・執行 |
Recognition and
Enforcement of Foreign Judgment |
ある国の裁判所による判決を他の国が承認・執行できるか |
第1の主要な問題点としての司法管轄権
「どこの国の裁判所で訴訟をすべきか」という問題です。訴える側(原告といいます。)が所在する国と訴えられる側(被告といいます。)が所在する国とが異なっている場合、「被告の所在地国の裁判所」で訴訟すれば、ほとんどの場合、問題はありません。しかし原告としては、いろいろな事情から(被告の所在地国は「外国」ですから、無理もありません。)、やむなく「原告の所在地国の裁判所」で訴訟することがあります。たとえば、マレーシア航空の航空機がマレーシア領域内で墜落し、日本人ビジネスマンが死亡した事件では、最高裁判所は「日本人ビジネスマンの遺族は、日本の裁判所で訴訟することができる」と判断しています(注1)。ところが、台湾の遠東航空の航空機が台湾領域内で墜落し、作家の向田邦子さんを含む数名の日本人が死亡した事件では、東京地方裁判所は「向田さんの遺族は、日本の裁判所では訴訟することができない」と判断しています(注2)。つまり、外国で起きた外国航空機の墜落事故の被害者の遺族が、日本の裁判所で訴訟することができるか否かは、日本の裁判所がその事件について「司法管轄権」を有するか否か、で決まるのです。外国で起きた外国航空機の墜落事故の場合、その外国航空会社の本国(被告の所在地国)の裁判所または墜落事故の起きた事故発生国(不法行為の発生国)の裁判所が、その事件について「司法管轄権」を有すること、つまり、マレーシア航空事件についてはマレーシアの裁判所が、遠東航空事件については台湾の裁判所がその事件について「司法管轄権」を有することは当然なのです。問題は、日本に居住している被害者の遺族(原告)が、日本(原告の所在地国)の裁判所で訴訟することができるか、ということなのです。現在の日本の裁判所の実務では、このような「原告の所在地国の裁判所」の司法管轄権はなかなか認めないようです。
脚注
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注1 |
最高裁判所第2小法廷昭和56年10月16日判決(民集35巻7号1224頁)
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注2 |
東京地方裁判所昭和61年6月20日中間判決(判例時報1196号87頁・判例タイムス601号65頁)
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質疑応答
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Q51-1: |
マレーシア航空事件と遠東航空事件の国際裁判管轄の違いは具体的にどういうことなのでしょうか?
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A51-1: |
次の表を見て下さい。
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遠東航空事件 |
マレーシア航空事件 |
事故発生日時 |
1981年8月22日 |
1977年12月4日 |
事故発生場所 |
台湾 |
マレーシア |
第1審
原則に従う。 |
東京地方裁判所
1986年6月20日中間判決(判例時報1196号87頁・判例タイムズ601号65頁) |
名古屋地方裁判所
1979年3月15日判決 (金融・商事判例634号16頁) |
第2審
例外を認める。 |
(なし) |
名古屋高等裁判所
1979年11月12日判決 (金融・商事判例634号15頁) |
第3審
例外を認める。 |
(なし) |
最高裁判所第2小法廷
1981年10月16日判決(民集35巻7号1224頁) |
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要するに、両事件とも第1審裁判所は、「原則に従った」判決となっています。そして「遠東航空事件」では上訴がなく、第1審の判断が確定しました。ところが「マレーシア航空事件」では、上訴の結果、第2審裁判所も第3審裁判所も「例外を認めた」訳です。ただし、第2審と第3審での「例外を認めた理由」は異なります。第3審の最高裁判所は、「マレーシア航空が日本国内に営業所を有していたこと」を例外を認める理由としています。
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