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大塚正民の考古学と考古学の広場

第58回 国際法務その24: 国際ADR制度その3:
国際仲裁制度の実例:租税(条約)仲裁 − 新日蘭租税条約

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 

 

仲裁といえば、普通は、私人間の紛争を解決する制度と考えられていますが、例外的に、国家間の紛争を解決する制度としての仲裁もあります。たとえば、平成22年8月25日に署名された(注1)新日蘭租税条約−正式名称は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とオランダ王国との間の条約(注2)」−第二十四条5は、租税(条約)仲裁を規定しています。つまり、日本国とオランダ王国の間で協議により解決できなかった事項について、第三者の仲裁による解決の制度を設けたのです。そして「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とオランダ王国との間の条約第二十四条5に係る実施取決め(注3)」が、平成22年8月25日にハーグで、平成22年9月1日に東京で、それぞれ署名されています。これに伴って、平成22年9月1日に国税庁は「オランダの税務当局との仲裁手続に係る実施取決めについて(注4)」を公表しています。この租税(条約)仲裁が、実際にどのように機能するかは、予測が難しいのですが、たとえば、つぎのような事例が考えられます。日本の子会社S社がオランダの親会社P社からP社製品を一個1,000xxで輸入したところ、日本の税務当局が「1,000xxは高すぎる800xxが独立企業間価格(移転価格税制上認められる公正な価格)である。」として、いわゆる移転価格税制上の第一次調整(注5)としての(課税所得を増加させる)更正処分を行ったとしましょう。S社は、この(増額)更正処分に対して、国内救済手続(異議申立・審査請求・訴訟)を求めるほかに、租税条約上の相互協議の申立を行うでしょう。この条約第二十四条5は、つぎのように規定しています。曰く、「(a)[S社が日本国の税務当局に対して租税条約上の相互協議の申立て]をし、かつ、(b)[日本国の税務当局からオランダ王国の税務当局に対しS社の事案に関する相互協議の申立てをした日から二年以内に、両国の税務当局が]合意に達することができない場合において、[S社]が要請するときは、当該事案の未解決の事項は、仲裁に付託される。・・・当該仲裁決定は、両締約国を拘束するものとし、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施される。・・・」この場合に、第三者による仲裁決定が、「850xxが独立企業間価格である。」と認定したとすると、結局は、(輸入価格1,000xxマイナス仲裁決定による独立企業間価格850xxの)差額150xxが「日本国におけるS社の課税所得の増加分」となり、同時に、この差額150xxが「オランダ王国におけるP社の課税所得の減少分」となります。したがって、日本国の第一次調整としての(増額)更正処分は、50xx(当初の増加更正処分額200xxマイナス仲裁決定額150xx)だけ取消され、オランダ王国では、150xxについての対応的調整(注6)としての(課税所得を減少させる)更正処分が行われることになります。


脚注
 
注1 条約が効力を発生するためには、両締約国のそれぞれの国内法上の手続に従った「承認」が必要です。日本国の場合の「国内法上の手続」は、通常、全権大使による「署名」→国会による「承認」→内閣による「批准」→相手国との「批准書の交換」→天皇(内閣の助言と承認)による「公布」の過程を完了することが必要です。現に、この条約第三十条1も、「この条約は、両締約国のそれぞれの国内法上の手続に従って承認されなければならない。この条約は、その承認を通知する外交上の公文の交換の日の後三十日の日に効力を生ずる。」と規定しています。なお、平成23年5月20日現在、この条約は、国会による承認(平成23年4月15日)までの過程が終了していますが、その後の過程が未了のため、発効していません。現在の見通しでは、「その承認を通知する外交上の公文(いわゆる批准書)の交換」が12月1日に行われ、「交換の日の後三十日の日(12月31日)に効力を生ずる。」とされています。
 
注2 これが正式の名称ですが、通常は、「日蘭租税条約」と略称されます。なお、「日蘭租税条約」という場合、つぎの3種を区別する必要があります。1つ目は、「当初条約」とでもいうべきもので、昭和45年10月23日に「条約第21号」として「公布」され、同日に「効力発生」となりました。2つ目は、「改訂議定書」と略称されるもので、平成4年11月20日に「条約第9号および外務省告示第612号」として「公布および告示」され、同年12月16日に「効力発生」となりました。この「改訂議定書」は、1つ目の「当初条約」を「部分的に改訂」したものです。1つ目の「当初条約」と2つ目の「改定議定書」を合わせたものが、「現行日蘭租税条約」となる訳です。これに対し、3つ目の「この度署名された租税条約」は、「現行日蘭租税条約」を「全面的に改訂」したものです。「効力発生後」は、「新日蘭租税条約」と略称されます。
 
注3 国税庁のWebサイトhttp://www.nta.go.jp/sonota/kokusai/kokusai-sonota/1009/01.htm (最終検索:2011年6月1日)
 
注4 国税庁のWebサイトhttp://www.nta.go.jp/sonota/kokusai/kokusai-sonota/1009/01.htm (最終検索:2011年6月1日)
 
注5 いわゆる移転価格税制上の第一次調整(primary adjustment)とは、租税特別措置法第66条の4第1項が、つぎのように規定していることを指します。曰く、「法人[S社]が、当該法人に係る国外関連者[P社]との間で・・・資産の購入・・・その他の取引を行った場合に、当該取引につき、・・・当該法人[S社]が当該国外関連者[P社]に支払う対価の額[1,000xx]が独立企業間価格[800xx]を超えるときは、・・・当該国外関連取引は、独立企業間価格[800xx]で行われたものとみなす。」 つまり、S社がP社に輸入価格として支払った1,000xxを「否認」して、800xxだけを「認容」するので、差額200xxが「仕入原価の減額」となり、結果として、この差額200xxが「課税所得の増加分」となる訳です。
 
注6 いわゆる移転価格税制上の対応的調整(correlative adjustment)とは、国外関連取引について、関連者の一方[S社]が[日本国による]増額更正を受けた場合に、国際的な二重課税を排除するために、他方の関連者[P社]に対して[オランダ王国が]減額更正を行うことです。本件の場合とは逆に、かりに関連者の一方[P社]が[オランダ王国による]増額更正を受けた場合には、国際的な二重課税を排除するために、他方の関連者[S社]に対して[日本国が]減額更正を行うことになります。その根拠法令は、国税通則法第23条第2項第3号および国税通則法施行令第6条第1項第4号です。
 
   
   
   
   
   
   


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更新日:2012/10/30