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大塚正民の考古学と考古学の広場

第85回 信託その6:信託と税務(日米比較その1)

2013/9/1

大塚 正民
大塚正民 法律会計事務所
 


すでに繰り返し述べて来ましたように、日本の贈与税の観点からすれば、「信託」は「直接の贈与」と効果が同じです。つまり、父親甲野太郎が娘甲野花子に対して太郎が所有している土地・建物を直接に贈与した場合と、太郎がX信託株式会社との間で「信託契約」を結び、この「信託契約」によれば、「委託者」太郎は「受託者」X信託株式会社に対して太郎が所有している土地・建物の所有者名義を移転し、X信託株式会社は、この土地・建物を第三者に賃貸し、賃貸料収入から必要経費(X信託株式会社の報酬を含む。)を差し引いた利益の全額を「受益者」花子に分配することにした場合とでは、日本の贈与税の観点からすれば、違いがありません。いずれの場合も、この土地・建物の価格を基準として、花子には日本の贈与税が課せられます。これがアメリカの贈与税注1の観点からすればどうなるでしょうか。日米比較上の注意すべき重要な点が2つあります。第1点は、日本では、「信託」は「独立の法的主体」ではないのに対し、アメリカでは、「信託」は「独立の法的主体」であることです注2。第2点は、日本では、「贈与税の納税義務者」は「受贈者(贈与を受けた者:財産の取得者)注3」であるのに対し、アメリカでは、「贈与税の納税義務者」は「贈与者(贈与を行った者:財産の移転者)注4」であることです。そこで上記の日本の事例をアメリカの事例に置き換えると、つまり、父親ジョンが娘ベテイに対してジョンが所有している土地・建物を直接に贈与した場合と、ジョンがX信託株式会社との間で「信託契約」を結び、この「信託契約」によれば、「委託者」ジョンは「受託者」X信託株式会社に対してジョンが所有している土地・建物の所有者名義を移転し、X信託株式会社は、この土地・建物を第三者に賃貸し、賃貸料収入から必要経費(X信託株式会社の報酬を含む。)を差し引いた利益の全額を「受益者」ベテイに分配することにした場合とでは、アメリカの贈与税の観点からすれば、つぎのような結果になります。まず、いずれの場合も、この土地・建物の価格を基準として、ジョンにアメリカの贈与税が課せられます。その訳は、いずれの場合も、ジョンが「贈与者(贈与を行った者:財産の移転者)」であるからです。それでは「信託」の場合、「委託者」ジョンはそもそも誰に対して「贈与」したことになるのでしょうか。日本の贈与税の観点からすれば、「受益者」ベテイに対する「贈与」となるのが当然ですが注5、アメリカの贈与税の観点からすれば、「受託者」X株式会社に対する「贈与」であるとも考えられます。この点が問題になった合衆国最高裁判所の判決があり注6、結論は、「受益者」ベテイに対する「贈与」である、とされています。なぜ「誰に対する贈与か」が問題になったのでしょうか。それは、内国歳入法典第2503(b)条に定める贈与税の基礎控除の金額が「受贈者の人数×基礎控除の金額」(Annual Per-Donee Exclusion)とされているからです注7。つまり、信託の場合、日本であれば「誰に対する贈与か」が問題になるのは「誰が贈与税の納税義務者か」を決定するためですが、アメリカでは「誰に対する贈与か」が問題になるのは、基礎控除の金額を算定する上での「受贈者の人数は何人か」を決定するためなのです。上記の設例の場合、もしベテイの他にジョンの息子ジャックが「信託の受益者」であれば、ジョンの基礎控除は2倍になります注8

 

脚注
 
注1

ここで「アメリカの贈与税」というのは、正確には、アメリカのthe Internal Revenue Code of 1986 (1986年内国歳入法典) のSubtitle B (Estate and Gift Taxes), Chapter 12 (Gift Tax)に規定する「連邦贈与税」を指します。

注2

アメリカでは「信託 (trust)」を「独立の法主体 (independent legal entity)」とし、あたかも「会社」であるかのように扱うのです。この点について、水野忠恒「アメリカの信託税制」財団法人トラスト60創立20周年記念論文撰集(2007年5月)411頁は、つぎのように述べています。「ひとことでいうならば、アメリカの信託税制の特色は、信託が独自の納税義務者とされているということである。このことは、わが国の信託税制が、原則として、導管理論(conduit theory)を採用しているのとは、大きな相違である。」

注3

日本の相続税法(「相続税」の他に「贈与税」も規定しています。日本には「贈与税法」という法律は存在しません。)の第1条の4は、「贈与により財産を取得した個人」を「贈与税の納税義務者」としています。

注4

1986年内国歳入法典の第2501(a)条は、「贈与により財産を移転した個人」を「贈与税の納税義務者」としています。そして同法典の第2511(a)条は、「財産の移転」には「財産を信託すること」を含むとしています。

注5

相続税法の第9条の2は、「信託の受益者」を「受贈者」としています。

注6

Helvering v. Hutchings, 312 U.S. 393 (1941).

注7

1986年内国歳入法典の第2503(b)条は、実質的には、日本の相続税法の第21条の5(ただし、そこで規定されている年額60萬円という金額は、租税特別措置法第70条の2の2による修正によって年額110萬円という金額に増額されています。)と同じ規定です。つまり、贈与税の納税義務者の課税対象金額を算定するにあたって一定金額の「基礎控除」を認める規定です。

注8

現に上記Hutchings判決では、「受贈者」の人数は、「信託の受託者」である1名ではなく、「信託の受益者たち」である「委託者の子供たち7名」とされました。

   
   
   
   
   
   


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更新日:2013/09/30