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林川眞善の「経済 世界の

寄稿 いま、復活目指す米国産業

2012/7/28

林川 眞善
 

 この春、韓国を代表するグローバル企業、サムスンは、これまで日本にあった開発部門の組織と営業部門の組織を一本に再編し、主要な機能を本社に戻すことにしたのです。何故か? サムスンの関係者に質した処、‘いまや日本でビジネス開発の拠点は必要なくなった、要はリエゾン(情報)機能だけ維持できればそれでいい’ということで、これまでの経営資源を成長するアジアに向けていく、というものの由でしたが、その心は、日本という市場が彼らには魅力的な存在ではなくなってきたということで、言うなれば彼らに見限られたと言えそうです。

 企業は伸びる市場に投資し、拠点の再配置を図るのは当然のことです。では、上述、サムスンの事例にも照らし、なぜ日本に投資活動が戻ってこないのか、グローバル化経済と共に生きていこうとする日本として、改めて考え、そして行動すること、の必要性を痛感させられると言うものです。それにしても世界が工場や拠点の誘致を競う中で、日本政府はその現実に鈍感すぎるのではないのか、かつて強かった日本はどこに行ってしまったということなのか、と思いは深まるばかりです。

 さて、そんな思いを巡らすなか、2012年4月3日付の英紙Financial Timesが掲載した米企業GEの国内回帰(Reshoring)を伝える記事(1)に出くわしたのです。更に時を同じくして、Harvard Business Review3月号は、ハーバード大のM. ポーター&J. リブキン両教授による論稿、つまり、グローバルな環境変化は今、米国に有利に働いてきており、‘米国内での事業立地’(Nearshoring)を戦略的に取り組むことを提唱する論稿(2)を掲載したのです。

 一方、米国内での動きとして、近時、シェールガスの開発増産が進み、関係企業の活発な動きか伝えられてきていますし、更には、産業の現場におけるデジタイゼーションの進化、つまりデジタル化が急速な進化を遂げてきたことで、米産業の生業が革命的な変化を遂げつつあることが指摘されるようになってきています。つまり、片や‘シェールガス革命’、片や‘第三次産業革命’ともされる変化がいま進行していると言うものです。

 こうした米国産業を巡る変化は、米国自身はもとより、グローバル経済の仕組み、グローバル競争構造の変化を必至とする処です。それだけに、かかる変化を理解すること、そしてこれが日本の企業にどのようなインパクトを齎すことになるのか、考えていく事が不可欠なこととなってきているのです。
そこで、まずはGEの進めるReshoring戦略を取り上げ、その現状と、それが意味すること、更には、いま伝えられるアメリカ産業を巡る変化の実状について、各種、メデイア情報をベースに以下、考察していきたいと思います。

  1. 米企業の新たな行動様式

    1. 国内回帰を進める米企業 − GEのReshoring(リショアリング戦略)

       現在、米国では海外から米国内に製造拠点を移すReshoring(国内回帰)を戦略とする企業が多く出てきていると言われています。その背景にあるのが進出先の新興国で、とりわけ中国ですが、労働者賃金が急上昇してきたこと、一方、米国内賃金はと言えば、国内経済の不振を反映してカットされてきていることから、海外工場の労働コストの米国に対する‘優位’が失われてきたという事情があると言うものです。因みに、2005年時点で米国賃金は中国の4.6倍と言われていたのですが、米BCG(ボストン コンサルテイング グループ)の予測では2015年にはそれが2.3倍までに縮むと予想しています。加えて原油価格の高騰による輸送コストの上昇も生産の国内回帰を後押ししている処と言えそうです。
       この結果、Reshoring、国内回帰が進み、米国内での工場雇用者数はこの2年で42万9000人増加したと報じられています。

       とりわけGEが進めるReshoring戦略は、いろいろの意味で注目を呼ぶ処ですが、例えば本年4月3日付、英Financial Times紙は、GEの進めるReshoring戦略を取り上げ、GEが米国内家電事業に10億ドル(約820億円)を投資し、メキシコや中国に移していた製造拠点をケンタッキー州ルイビルに戻すこと、つまりReshoring(国内回帰)を決定したこと、そして、これにより数百の雇用が創出されることになったと報じています。

       ただ、GEのイメルト会長自身、この国内回帰は「過去にないほどのリスキーな投資だ」とコメントはしています。が、今のアメリカにあって、GEがそうしたReshoring戦略に舵を切ったということは、経営判断によるものではあるのでしょうが、以下で触れるようにオバマ政権との関係を考慮するとき、GEが語る戦略アナウンスメントは、政治的にも大きな意味合いを持つ処と思料されるのです。

       さて、同紙(Financial Times)によると、GEの社員数は、2011年時点で、30万1000人、その内、在米社員は13万1000人ということですが、同社では2009年以降、米国で新たに1万3500人、その内製造部門で1万1000人の採用計画を実施中のとの由です。そして伝えられるところでは、今GEはTVでCM `GE Works’ シリーズを流しているのですが、そこでは製造の「アウトソーシング」を止めて国内に戻すことでGEグループ全体の競争力を高める、とキャンペーンを張っており、まさにイメルト構想を映すものですが、良くも悪くも、イメルト氏はGEを米製造業復活のシンボルにしてしまったと言われるほどになっているのです。

       4年前、GEは労働コストの安い韓国、メキシコ、中国に生産拠点を移転させ、その結果、従業員は減少し、この工場パークは閉鎖になるものと思われていた処です。しかし、家電部門GE Appliance のChip Blankenship CEOは、生産の海外移転は一時的にはコスト削減効果を齎してきたが「時がたつにつれ、持続可能なビジネスモデルではないことが判明した」ため、GEとしては国内生産再開を決めたとしているのです。そしてその際の対応について次の三点を挙げています。つまり、

        一つは、無駄のない「リーン生産方式」と設計技術の導入
        二つに、賃金体系(時給)の見直し(2005年を境として以前とその後の従業員に区分)
        そして、三つ目は、1700万ドル(約13億6000万円)の政府補助の存在

       そうした推移を経て、暖房機の生産は中国から、冷蔵庫はメキシコから戻ってきており、洗濯機の生産もアジアから戻す予定と伝えられています。従って、現在約4100人いるルイビル工場の従業員は、来年には5000人に増加の見込みとされているのです。

       いま、GEのルイビルにある Appliance Parkは(これは1953年、GEの国内向け家電の主力工場として建設されたものですが)こうした状況の変化を映すごとく、大きく生まれ変わりつつあると言われています。例えば、建物の外側には巨大ビデオ・スクリーンが配置され、工場内部で働く作業員のキビキビした姿が写し出され、また生産の移転で一部設備は雑然とされたままにあるものの、内部労働環境の整備は進み、組み立てラインでは暖房機、冷蔵庫の新シリーズものが次々に生産されてきているのです。

       ところで、GEのReshoringについてですが、勿論これが経営戦略として位置づけられるものですが、そこには、これまでのオバマ政権とイメルトCEOとの関係を考慮してフォローしていく事が必要ではと思っています。事情は以下という事です。

       つまり、新興国に流出した雇用を国内に回帰させるというReshoring戦略は、いま米国で熱い支持を得ていると言われていますが、その背景には政治的な要素が色濃く映る処となっている点です。つまり、大統領選挙を控えた今年、2012年はこのReshoringは政治的シンボルともなっているという事情があるというものです。既にオバマ大統領はReshoringを雇用創出につながる政策として、後押しする方針を示しており、米国での製造・研究開発に対する減税措置などをも打ち出している処です。

       又、イメルト氏は2011年1月、オバマ大統領からの要請を受け、「経済再生諮問員会」の委員長に就任しているということです。その目的は「雇用拡大、競争力の向上」を図っていくことにあるのですが、その点では、GEのReshoring戦略は、政治がらみと言った感は否めない処です。もっとも、‘21世紀の資本主義’を特徴づける変化の一つが「政府とビジネスの関係」の変化と言われ、それは誘導的、補完的関係に向かうことになる、とされているのですが、であれば、現下のreshoringは、それを検証するものとも言えるというものです。

       もう一つの問題は、量的な効果への評価です。GEの2011年の総売り上げ(1397億ドル)の部門別構成比をみると、GE Capital(金融投資)が33%、Energy infrastructure部門が31%と二部門だけで64%を占めるのが 現状です。一方いま回帰の対象となっている製品は冷蔵庫、暖房機等、いわゆる‘白もの’で、それを扱うGEの家電事業は総売り上げの約6%に過ぎません。 これでは大した効果は期待できないのでは、との指摘が集まる処です。しかしこうした数字も、上述の通りの環境にあるイメルト氏が主導するGEの戦略であるという点で、経済的、政治的にも積極的な意味を持つ処となっているのです。

       勿論、雇用創出をReshoringだけに頼るのはあまりにも楽観的だと指摘する(3)向きはあります。例えば、米国に回帰し、国内でテレビを組み立てたとしても現状では部品輸送費は膨大となると指摘されているのですが、これは国内に部品供給元がないということで、‘こと’の限界を浮き彫りする処と言えます。しかし、後述する生産現場での技術革新、デジタル革命が進んで行くなかで、こうした問題は解消されていく事になるものと思料される処です。もっとも米国の技術者の不足問題にどう対応していくかは、長期的な時間軸を立てた国内回帰のプロセスの中で解決されていく事になるものと考えます。

       今年3月、ルイビルの商工会議所年次総会でイメルト氏は、GEの雇用創出作戦に対して歓迎ムードもOKだが、Appliance Parkでのビジネスが成長し、競争力を維持できなければ、何ら意味はなく、それだけに非常に困難なことだが、成功するよう頑張るほかないとし、‘今はそう約束するばかり’と講演しているのですが、そのイメルト氏は、直近のHarvard Business Reviewで、「もはや労働コストをベースで進めるオフショアリングはOld modelだ」(4)と言いきっているのが、極めて印象的と言わざるを得ません。

       因みに、BCGによると、2015年までには多様な製品が低コストで国内生産できるようになるだろうと指摘する一方、近時、オバマ政権の製造業支援策も加わり、米国か海外か、の二社択一に対して「米国」を選択する傾向が強まってきていると言うのです。そして、いずれ「米製造業再興」が実現するとしているのです。

    2. シェールガス革命 ― シェールガス開発と米製造業の再生

       こうした回帰ムードの進行する中、これを更に促すような動きが出てきました。それは言うまでもなく、新型天然ガス‘シェールガス’[ 注:泥や砂が固まってできる頁岩(けつがん¬=シェール)に閉じ込められた天然ガス ] が米国内で大量生産が可能になってきたことです。これまで北米やアジアに大量の埋蔵が予測されていたのですが、地層の性格から採掘コストが足かせとなっていたと言われてきました。

       しかし新たな採掘技術 [ 注:特殊な水の高圧注入で岩盤を砕きガスを回収技術 ] が開発されたことで、生産の採算が急速に向上してきた,結果、米国内での生産が急速に拡大してきたというもので, 具体的には、全米ガス生産に占めるシェールガスの比率は、2005年の4%から現時点では24%までに拡大しており、2035年にはそれが5割にまでに達するものと予想されています。

       そして大量生産が可能となったことでガス価格は大幅に低下(5月には百万BTU当り2$まで低下、それまでの6分の1相当、アジア、欧州ではこれが4〜6倍と)、このことにより、米経済は極めて活性化してきており、既に直接的、間接的影響により数十万の雇用が創出されてきたと言われています。そして、このことは国内の生産拠点としての魅力が高まってきたという事で、石油化学をはじめ関係産業の活性化を促す処となってきたと言われています。(5) つまり、これまで米石油化学産業は海外の産油国依存を前提として運営されてきましたが、今やその問題からの解放が可能となってきた事、と同時に新たな企業展開が期待される処となってきたのです。

       この4月、米化学会社、ダウ・ケミカルは、このシェールガスを原料に、米国内でのエチレン生産を本格化する旨を発表しています。米国内に世界最大級のエチレン工場を建設するというものです。エチレンはプラステイック原料や合成繊維、医薬品などに使われる素材で、これまでは安価な原料が手に入る中東などで投資を進めてきたのですが、再び米国での生産に舵を切ることになったと言うものです。この他、ロイヤル・ダッチ・シェルや電炉最大手のヌーコアも工場建設を検討中と伝えられています。

       かくして、米国内におけるシェールガス開発は、低コストのガスの普及を可能とし、製造業の活性化、製造業の再生、そして米国回帰を促すと同時に、これが暮らしや企業活動を変え、更にはマネーも動くと言うもので、まさに「シェールガス革命」とされる処です。
       昨年、IEA ( International Energy Agency )は、シェールガス開発を高く称賛する報告書を出していますが、その際のタイトルは、`Are we entering a gold age of gas? ‘となっていましたが、さる5月29日には、この‘?’を外した由です。

       以上、現下で進む米海外企業の本国回帰への動き、米国内でのシェールガスの増産が促すガス・エネルギーをベースとする国内設備投資の動き、この二つの動きは、同一コンテクストにあって、結果として、米製造業の再生を促し、併せてグローバル競争構造を大きく変えていく事が、予想される処となってきたのです。

       尚、日本企業においても米企業同様、賃金高騰の中国から日本に回帰する動きが現れてきています。因みに、富士ゼロックスでは、高速印刷機生産を中国から日本へ移管し、中国でのオペレーションの枠組みを今年中に見直すとしています。つまり、中国の人件費の急激な上昇を受け、きめ細かな設計変更や工程の改良を進めやすい国内で作るのが有利と判断。中国では出荷台数の多い普及品の生産に特化し、日中で役割を分担するといものの由。こうした中国でのコスト上昇を受け、付加価値の高い製品を中心に、効率の高い日本に生産を映す動きが今後、広がる可能性があるものとメデイア(6)は指摘しています。

  2. Nearshoring (ニアショアリング戦略)
         − いま、アメリカに有利に働く事業環境

     米海外進出企業の米国内への回帰が強まるなか、ハーバード大学のM.ポーターとJ.リブキンの両教授が直近のHarvard Business Reviewに寄せた論稿(前出)は、上述企業の行動に理論的根拠を与えるものと思料されるのです。

     つまり彼らは、ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生へのアンケート調査結果を踏まえて、過去30年間、事業活動の移動性が以前に増して高まってきたこと、そしてこれら事業を受け入れたいとする国も増えてきたことで、受け入れを巡って競合する国も増え続けてきている、等々、事情に照らし、立地を巡る意思決定の重要性が一気に高まってきたとして、「立地の経済学」への理解の必要性を指摘するのです。

     そして、新興国の賃金の急上昇、物流コストの高騰、製品ライフサイクルの短縮など、重要なトレンドがいま、アメリカという立地に有利に働き始めており、北米市場向けの事業などは、Offshoringにかかる隠れたコストや地域の改善能力を考慮すると、海外の立地以上に魅力的な場所が、多様な国であるアメリカにはある筈であり、従って、企業経営者は立地決定の方法を改善し、米国内の優位を活かしながら国内外の地域社会発展に寄与していくよう行動すべきと提唱しています。

     これまでのOffshoring(オフショアリング)との対比において、これをNearshoring(ニアショアリング)と称し、当該戦略の推進を提唱しています。

    (注)Nearshoringとは、当該活動に最もふさわしい経済的条件を備えた場所を国内で新たに探し、国内の経済的多様性を利用すること、と定義されるもの。

     つまり、「(米国)企業はグローバル化を急ぐあまり、アメリカという立地の現在および将来的なメリットを見過ごしてきている」とし、この際は、企業の立地決定に係る問題を整理、見直していく事で米国内市場の優位さが再確認され、結果としてアメリカに立ち返る事業や国内にとどまる事業が出てくるとして、企業立地としてのNearshoringの戦略性を示唆するのです。まさに現下に進む国内回帰の変化をendorseする処と言えそうです。

  3. デジタル化の進化が変える産業システム 

    1. 第三次産業革命 

       4月21日付 The Economist は、目下急速に進化するdigitization(デジタル化)に注目、製造の現場で進む3次元デジタル設計・製造(CAD・CAM)が無人化操業を可能とし、これがこれまでの製造業の生業を変え、とりわけ、中国での労働賃金の上昇に照らし進出企業の本国への回帰を促す要因ともなってきていると言うのですが、産業構造の変化、更にはクラウドを経ることで経済活動の行動様式が大きく変わっていくとして、これから起こる変化を「第3次産業革命」(7)として分析しています。となれば言うまでもなく、企業の競争力の在り方も変化していくでしょうし、現下のグローバリゼーションの生業も必然的に変わっていく事になる処です。
        
       言うまでもなく、第一次産業革命は18世紀末の英国で起きた機械化、工業化による社会変革と言われるものです。第二次産業革命は、20世紀初頭のアメリカでH.フォード が始めたコンベヤーによる自動車の大量生産にはじまるものでした。そして、今、第三次革命とされる状況が進みだしていると言うのです。

       つまり、デジタル化の進化、とりわけ3Dプリンターが導入されていく事で、生産現場の生業が大きく変化し、因みに工場の「無人化」、「マス・カスタマイゼーション(顧客一人ひとりの好みに合わせた生産)」が進むことで、技術と労働者の関係を変え、これら関係の変化が進むことで単にビジネスを変えるだけでなく、広く社会の生業をも変えていく、そういった革命的な変化、第三次産業革命が進んできていると言うものです。そして、この変化を真に変化として受け止めていく事が必須となってきているのです。

    2. 生産現場を革命するDigitization(デジタイゼーション)

       このDigitizationが革命的ともいえる変化を齎しているのが製造の現場と言われています。従来の、ものづくり(アナログものづくり)は、多くの部品を組み合わせたり、溶接することで、製品づくりをしてきました。つまり、機能設計、構造設計、実際の生産までの開発プロセスがすべて順送りとなっていました。しかし、新しい製品づくり(デジタルものづくり)では, 製品はコンピューター上で設計(デジタル設計)され、しかも3次元プリンター上で生み出されていくということで、その場での製造が可能になるというものです。

       つまり、商品企画が続いているうちにデザインを始め、デザインの最中に機能設計構造設計も始めると言う開発方法がデジタルデータをやり取りすることで可能になったという事で、デジタルものづくりによって生産性向上の概念は大きく変わったのです。
      (因みに「アナログものづくり」と「デジタルものづくり」を比較したのが下図です。)

       3Dプリンターの導入で無人操業が可能となり、従来型の工場で扱うにはあまりにも複雑すぎ手に余るような製品についても楽々作り上げることが出来、自宅ガレージからアフリカの村に至る、どこででも製造が可能になるというものです。又、3Dプリンテイングの応用は特に目を見張るところで、既に軍事用ジェット機のハイテク部品は顧客仕様にプリントされ、サプライチェーンの地図も変わり、産業の構造変化が進むと言うものです

        [ 比較図 ]「アナログもの作り」vs「デジタルもの作り」
       
       
      [アナログものづくり]
       
      商品企画 デザイン 機能設計 構造設計 生産準備
       
      後工程への情報の受け渡しは「紙の図」、「紙の書類」、「口頭」で行われる
       
       
      [デジタルものづくり]
       
      商品企画           各部署は中心になるデジタルデータベースから、
        デザイン         「3Dデジタルデータ」、「モデルCG」、
          機能設計       「デジタル部品表」、  
            構造設計     などを必要な時に必要なだけ取り出すことができる。
              生産準備    
      (注)畑村洋太郎、「勝つための経営」(P91)

       このデジタル化の進化は、新製品開発といった面でも極めて重要な影響を齎していく処です。新素材は軽量、強度、そして耐用度、等々いずれも従来のものより高く、因みにカーボンフアイバーは鉄鋼、アルミに代替、飛行機からマウンテン・バイクまでに多用性は高いというものです。‘ナノ’新技術は微小世界での製品開発(bandage, crockery, genetically engineered virus等)を可能とし、またインターネットを通じてデザイナー間での新製品開発での協働がし易くなってきています。米フォード社がリバー・ルージュ工場の建設にあったては膨大な資金を必要としましたが、今日では、それはパソコン開発に必要な資金以下で済むまでになっているというものです。

       あらゆる革命がそうであったように、デジタル技術の進化はメデイアを変え、‘流通’の業態を変え、つまりT型モデルが馬車の蹄鉄工の職を奪っていったように破壊的な変容をもたらしていくことになるのです。大方の仕事(ジョッブ)は、工場でと言うのではなく、オフィスということで、そこに集まるのは設計者、技術者、IT専門家、ロジステイック専門家、マーケテイング・スタッフやその他の専門家群。その点では製造業では一層の専門性が要求されていくことになると指摘される処です。

       日本を含む先進諸国では現下で進むデジタル化の進化で、高性能ロボット、立体印刷技術、インターネットによる設計などを通じて中国でなくても低コストでの生産を可能にする技術が相次ぎ実用化されてきています。アップルなどは多くの製品を台湾の受託製造会社が中国に持つ工場で生産してきていますが、現状、うかうかしていられないと言ったところでしょうか。

       更に、今後向かう先が、デジタル化の一層の進化で、無人化と言うことであれば、中国に無人化工場を集中させるより市場に近い場所にいくつか分散した方が、物流コスト、消費者ニーズの多様化を考えると効率的になると言うものです。
       つまり、現在、海外での生産を先進国に戻すと言った動きが高まってきたのは、中国の賃金が上昇してきたと言う事もさることながら、需要の変化に機敏に応えていけるよう、その為に顧客により近い場所に、という事情が強く働いていると理解できる処です。まさに立地戦略の再考を促す処とも言えそうです

       因みに、キャノンの御手洗会長は今年(2012年)1月6日、同社はオランダに最新鋭のトナーカートリジ工場を新設することを明らかにしています。その工場とはロボットを活用し、組み立て工程を完全に無人化すると言うもので、既に同様の自動化工場は米国で建設されており、オランダはそれに続くものという事です。燃料費の高騰で輸送コストや為替の円高、ユーロ安が経営の重荷になってきている事情もあり、二大消費地である米欧に無人化工場を設けて大規模生産し、収益強化を目指すもので、将来はプリンターの製造拠点も置くオランダを欧州戦略の拠点とする構想の由です。これは円高対応を第一義とするものと云う事ですが、上述工場のデジタル化とは軌を一にする展開、と言える処です。御手洗会長は、これを「海外戦略の集大成」と位置付けるのです。

       序でながら、日本企業のビジネスはグローバル化してきたが、グローバル・マネジメントとなるとまだまだ問題は多いと指摘されています。とりわけ‘人材’の如何という事ですが、いまやそれが最大の課題となってきている処です。こうした問題を含めこの際は、グローバル・マネジメントの実際を注目していきたいと思う次第です。

       いずれにせよ、デジタル化の進行という環境にあって言えることは、製造業もやはりもの作りだけではなくサービスなどの付加価値を追求しながら成長と雇用創出を目指していく時代になってきた、という事です。消費者にとっては良質の新製品を生み、更には正しくデリバリーされていく新しい時代の到来として歓迎される処です。
      14年前、 米MITの経済学者Richard Lester氏は、自著`The Productive Edge’ (1998) でinnovation, deregulation, globalization への対応が米経済の競争力を高めていくが、その最大の変化はIT技術による‘工業のサービス産業化’、だと論じていたのですが、今、再びと反芻させられる処です。

  4. 米国経済を巡る変化と日本の選択

     いま、米国経済は 大きく動きだしたことで、再生へ向けた動きが始まったようです。既に見たように、海外進出企業の米国内への回帰が一つのトレンドとなっています。それが意味することは、これまで競争優位を規定してきた環境が変化してきたことで(つまり進出先の中国等での労働コストの上昇で、米国内コストとの優位性が薄れてきたという事)、競争優位を求めるベクトルが国内に向かい出し、その結果、国内での企業再編が進み出してきたという事です。

     もう一つは国内での新型エネルギー(シェールガス)の開発を受けて関連企業の国内事業投資が活発化し、同時に新規事業の生成も進みだしてくるなど、シェールガス革命と言われる変化です。
     加えて、予ての‘デジタル化’がここに至って飛躍的な進化を遂げ、3Dプリンターの導入等で言うなれば、更なるプロセスイノベーション、更なるプロダクトイノベーションが同時に進んできた結果、産業の現場のみならず経済社会全体の生業をも大きく変化させていく、まさに第三産業革命とも言われる変化が進みだしてきたと言うものです。

     これら三つの変化はtimingを同じくして進行してきている処ですが、留意すべきはアメリカという国がまさにこうした変化の真只中にあるということ、そして、今起こっている変化を味方にする形で、更なる変化に向かっているという現実がそこにあるということです。
     そして、この変化の推移の如何が今後のグローバル競争の構造をも規定していく事になろうかと言うものです。

 グローバル化経済の中で生きていく日本としても、それら変化を理解し、持続可能性を軸とした成長を目指していく事が求められる処です。先に触れたように、日本企業に於いては、そうした戦略対応を始め出している企業は出てはきていますし、とりわけシェールガス開発を巡っては、商社などが調達拡大に向け権益取得に動くなど事業機会を探る動きが広がりつつあるところです。
 ただこの際は、リニアーな事象対応としてではなく、いま米経済で進みだしている変化を構造的に理解すること、因みにシェールガス革命に湧くアメリカが、いかにして製造業を自国の経済基盤として取り戻していこうとしているのか、そしてそのことでグローバルな競争構造はどのように変わっていく事になるのか、等々、理解していくことが不可欠とされ、一方、そうした環境の下、日本企業としての経営軸を質していくことで持続可能な成長対応が可能となるものと考えます。

 このプロセスは同時に、日本と言う経済活動の‘場’を、より魅力あるものにしていく事を必然とする処です。それは自由で、合理的な活動を阻害しているような要素は解消されていくべきプロセスでもあるのです。具体的には、貿易自由化の遅れを取り戻していくとか、高すぎる法人税や膨らむ社会保障費の企業負担を見直していくとか、要はビジネスのしやすい環境を整えていくということに他なりません。そして、そのことで企業は新たな活動を進めることとなるでしょうし、海外資本の日本への流入も進み、また新たな雇用が期待できると言うものです。つまりは‘国を拓く’という事に尽きるとういうものです。
 いま改めて銘記されるべきは、グローバル化時代の国家経営は、要は国内を魅力ある投資環境に整備していく事、そして内外企業に存分に活動してもらえるよう努力していく事であり、これなくして成り立たないという事なのです。


[ 参照資料 ]

(1)

GE takes $1bn risk in bringing jobs home. Financial Times, 2012/4/13

(2)

M.Porter & J. Rivikin , Choosing the United States, Harvard Business Review, March 2012

(3)

High hopes for a shift to `made in the USA’ , Financial Times, 2012/5/11

(4)

J. Immelt、On sparkling an American Manufacturing Renewal, Harvard Business Review, March, 2012

(5)

Shale of the Century,   The Economist,2012/6/2

(6)

高機能品生産、日本に移管、日経新聞、2012/4/25

(7)

A third industrial revolution- manufacturing and innovation, he Economist, 2012/06/16 4/21  

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2012/10/30