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林川眞善の「経済 世界の

第8回 台湾EMS企業と‘シャープ’を巡るグローバル電子企業の競合構造

2013/3/31

林川 眞善
 

はじめに: 台湾でみたグローバル企業

 この3月、筆者のかつてのゼミ生14名と共に、十年振りに台湾に出かけました。目的は昨今話題の台湾EMS企業の視察、現地大学、進出日本企業関係者との懇談等でした。

 台湾経済の特徴とされるのが、全製造業に占める電子関連産業の割合が56%と非常に高い事ですが、その主体が中国に生産拠点をもち、受託生産を業態とするEMS(Electronics Manufacturing Services)と呼ばれる企業です。そのチャンピオン企業が鴻海(ホンハイ)精密工業(通称フォックスコン)ですが、最近まで日本ではあまり知られることはなかったのです。というのも受託生産と言う業態を旨としてきたことで、言うなれば黒子的企業であったことで、その企業名が表に出てくる機会が少なかったということですが、実態は韓国企業、サムスン電子と並ぶ世界二大家電企業の一つです。その鴻海が昨年3月、経営難にあるシャープの経営再建のため資本・業務提携に合意したことで、下請けがメーカーを救済する構図として、日本でもその存在が一躍注目される処となったというものです。

 その鴻海の出資交渉の顛末は、以下に委ねるとして、シャープの増資政策に向け、更にグローバル企業、米アップルと韓国サムスン、が加わったことで、瞬時グローバル企業の競合構図が浮き彫りされる処となり、斯界の注目を集める処になったというものです。そして、その構図の生業の如何はまさに、近い将来における電子業界の新たなグローバル化の‘かたち’を示唆するものと言え、勿論その結果は、日本の業界戦略にも大いなる影響を齎すことは疑うべくもない処です。

 かかる視点に立って今回の台湾旅行を振り返るとき、それはグローバリゼーションの新たなプロセスを感じさせられる旅と映る処でした。そこで、現地で得た資料、ヒアリング、併せて日本国内のメデイア情報等とも照らし、台湾EMS企業、鴻海の行動様式にフォーカスしつつ、シャープとの出資交渉を巡る関係企業の姿をグローバル競合構造と捉え直してレビューし、目下その成否が注目されるシャープの行方について、下記シナリオに即し、考察していきたいと思います。

      はじめに:台湾でみたグローバル企業
      1. 台湾EMS企業、鴻海(ホンハイ)という企業
      2. シャープの資本・業務提携を巡る‘鴻海・アップル’と‘サムスン’
      3. シャープは生き残れるのか
      おわりに:ザ・エコノミストの警鐘を今一度
 

  1.  台湾EMS(電子機器受託生産企業)企業、鴻海(ホンハイ)という企業

    (1)台湾EMS企業 鴻海 と 郭董事長

     鴻海という会社は、1974年2月20日、創業者、郭台銘が台北で設立した電子機器受託生産会社で、韓国企業「サムスン電子」と並ぶ世界二大家電企業の一つです。

     同社の郭董事長は1950年生まれの外省人。23歳で鴻海の前身となるプラステイック部品メーカーを創業。国内パソコンメーカー向けにコネクターを手掛け、業容の拡大を図ってきたとされるのですが、国内での経済システムの現状に照らし成長の限界を痛感した彼は、以下事情を経て脱台湾で飛躍を図った、とされています。

     「台湾政府は中小企業を支援しない。台湾の銀行は大企業にしかカネを貸さない。台湾でやっているだけでは自分は一生小さな町工場のオヤジだ」、そう考え始めた1990年代末、ひょんな経緯でIBMのデスクトップパソコンの筺体を受注することとなり、更にパソコン本体の製造も引き受ける機会を得、そこで、技術の手ほどきさえあれば、顧客企業が作るよりズ〜と安い人件費で生産ができる強みに(つまり受託生産の可能性に)気付いたと言われています。そこから米国に飛んだ郭氏は米企業との接点を開拓、営業活動の基盤を築き、資金調達でも、国内を見切り、2000年ごろには米大手銀行がメイン行ともなっています。つまり‘脱台湾’で飛躍したカリスマ企業というものです。

     つまり、鴻海は海外の大手電子企業から大量の受注を受け、これを主として中国にある鴻海の子会社の工場にて生産を行い、当該製品を発注者向け輸出する、受託生産を業態として、グローバリゼーションの流れの中、世界的な広がりを持って急速に成長してきた企業です。つまり、現地中国での低廉な労働コストを活かした生産体制こそが当該成長の最大の要因とされるものでした。
    しかし近時の行動様式としては、鴻海は顧客企業の古い工場を買い取り、これを立て直すことで、ブラジル、チェコ等、新しい市場への進出を図ってきています。こうした結果、今や同社の従業員は全世界で100万人を超え、売上高は約10兆円に達する巨大企業というものです。

     なお、こうした成長プロセスに照らし、中国人労働者の雇用で膨張した企業との印象が強いわけですが、彼らの‘競争力の強さの源泉’はと言えば「精巧な金型技術」(注)にあるとされおり、それこそは「金型がものづくりの基本」とする郭董事長の経営哲学を映すものと云われています。
     そして、これに共鳴したアップルの故ステイーブ・ジョッブスは、1998年発売の「iMac」の製造を鴻海に任せることとしたのですが、爾来、鴻海はアップルのスマートフォーンなどの受託生産に特化し、要はアップルの専門下請け企業として急速に成長してきた企業と言えるのです。因みに同社のアップル依存度は4〜5割とされています。

     

    (注) ホンハイの金型技術教育:中国江蘇省,及び山西省にあるホンハイ全寮制金型学校では、郭董事長の企業哲学、「金型がものづくりの基本」の下、「ミクロン単位の精度がホンハイの命」 と、半年にわたる専門家からの社員教育がされ、毎年、両校で6000人が卒業し、各工場に派遣されることとなっている。

     序でながら、鴻海は工具を自社製に拘っており、製造技術に拘った鴻海とデザインに執心するアップルの前に、「金型大国日本」の家電企業は守勢に追い込まれたと、巷間評されています。つまり、日本企業はコスト削減に走り、金型加工を担っていた中小企業への単価引き下げに傾斜したことで、現場の製造技術が低下し、鴻海に遅れをとったとされるのですが・・・。

    (2)脱‘EMS企業’を目指す鴻海

     受託生産をベースとして成長してきた鴻海ですが、昨年6月、新たな経営方針として郭董事長は「今後は商業・貿易の鴻海を目指す」ことを宣言、同時に、新たな成長エンジンとして家電量販など、川下分野の事業を強化していく事で、受託生産事業に頼る「単なる組み立て屋」からの変身を目指すとの方針を打ち出したのです。

     この新しい経営方針の背景にあるのが、中国での‘人件費の上昇’問題です。つまり、上述の通り、鴻海は、中国での安い労働コストを利用して現地で素材や部品を加工して世界に輸出するビジネスモデルで成長してきた企業ですが、中国での人件費上昇で、例えば主力工場がある深釧市の最低賃金が10年間で3倍になるなど、採算が悪化、台湾との競合業種の増加もあって、中国での安価な労働力に頼る受託生産の成長モデルが限界に近づいてきたとされるという事です。

     具体的には中国等での自前で築いた小売網で自社製品の販売事業を展開することとし、米家電量販店のラジオシャックとも提携、中国大陸で合弁店舗を増やし拡販に予定にあると伝えられています。

     昨年、日本のシャープとの提携交渉に入ったのも、こうした経営方針を映すもので、交渉を通じてグループ傘下の群創光電に並ぶ液晶パネル工場(シャープ堺工場)を手に入れ、(昨年7月、大型液晶パネルの堺工場に出資、シャープ本体とは切り離し、シャープ・ホンハイ合弁企業として共同経営にある)、これにより昨年末にはSDP(シャープ・デイスプレー・プロダクト)のパネル使用の液晶テレビを発売しています。 要は、液晶TVは部品さえ調達できれば製品化は容易だと言うもので、参入障壁が下がっている状況もそこにはあるというものです。

    (3)そして、脱‘アップル依存’を

     上述事情に加え、鴻海にとって決定的な問題とされるようになってきたのが、最大顧客の米アップルの成長にブレーキがかかりはじめてきたと言う事情です。つまり、上述事情から鴻海はアップルの専門下請け企業として成長してきた経緯があり、鴻海の成長はアップルに規定されるといった事情にあったと言うものです。従い近時のアップルの業績不振はそのまま、鴻海の業績の先行きも見えにくくなってきたと言のです。その限りにおいて、いまや「アップル頼み」への決別への備えが必要と感じだしており、その為には自社製品の生産・販売を新たな収益源に育てたいとするものと言われています。

     実際、今年に入ってアップルの「iPhone5」の販売伸び悩みで、同社向けの液晶パネルを生産する中国の各工場の操業が低下、増産計画も停止、鴻海自身の先行きが見にくくなってきたと伝えられています。もとより、シャープとの提携交渉で主導権を握ってこられたのも、アップルとのビジネスが盤石だったからといわれてきていました。

     果たせるかな、鴻海は1月23日、2012年12月期の最終損益は赤字に転落したのです。その要因としては「主要な顧客の需要低下による売り上高の減少」を挙げているのですが、言うまでもなく、アップルからの受注減を映すものと言えます。そして、2013年春節後、中国全国土で採用を停止したと伝えられています。かくして他関係企業も含め、台湾EMS企業のビジネスモデル(収益モデル)の見直しが始まった(注)とも言われているのです。

     

    (注) 因みに、台湾のパソコン大手「エイサー」は、1990年代末から「メーカーでなくマーケテイング会社を目指す」との方針の下、パソコン工場を分社化し、商品設計やデザインなど研究開発なども大半をEMSに任せてきていましたが、パソコン市場の成長鈍化で売り上げが低迷、そこでEMS依存のビジネスモデルを修正し、自力で商品の差異化を目指す経営に切り替えだしてきています。(3月19日決算会見)つまりはEMSからは顧客の自前主義への修正で、その分自らのビジネスモデルの修正を余儀なくされてきたと言う処。つまり、コスト低減を意識し外部委託を増やした結果製品応力が低下し、業績も悪化したというものですが、エイサーの失敗は外部委託を増やす日本企業への警鐘ともなる処でしょうか。

     それだけに、いまや、台湾の電子産業にあって当該チャンピオン企業、鴻海の行動の一挙手一投足、とりわけ今回のシャープへの出資交渉の顛末は、斯界の関心が集まる処となっているのです。
    因みに昨年、2012年の「台湾十大ニュース」では、第3位に「鴻海、奇美電子の経営権を掌握」、第8位に「鴻海とシャープ、提携合意後も交渉難航」、と鴻海関連のニュースがトップ扱いされていたのです。
     

  2.  シャープの資本・業務提携を巡る‘鴻海・アップル’と‘サムスン’

     ― 昨年3月以来、鴻海、アップル、そしてサムスンの三者が繰り広げたシャープへの出資を巡る対応戦略繰からは新たなグローバル競合環境とその行方が見えてくるようです・・

    (1)鴻海はシャープとの資本・業務提携を締結したのだが

     シャープの経営は、業績の悪化、財務内容の悪化等、まさに行きづまり状況にある事、周知の処です。この事態の打開策として、シャープは昨年の2012年3月、米アップル製品を一手に生産し、急成長してきた台湾企業「鴻海(ホンハイ)」との間で、資本・業務提携することで基本合意をしたのです。鴻海がシャープと組むこととした事情は前述の通りですが、当時、鴻海のこの動きについて、経営に苦しむシャープの救世主と言われたものでした。(2013年3月期の連結最終損益は4500億円の赤字予想、2期連続の巨額赤字を計上する見通し)

     その合意内容は二つあり、その一つは、大型液晶パネルの主力である堺工場(堺市)を―これは予てお荷物となっていたといわれていたものです― 本体から切り離し、鴻海との合弁にすることでした。これについては、7月には合弁体制(SDP:シャープ・デイスプレー・プロダクト)が実現し、世界最大の電子機器の受託製造サービス(EMS)である鴻海がパネルの引き取りを始めた事で採算は大きく改善したと伝えられています。

     もう一つの合意事項は、鴻海を引き受け先とする第三者割当増資の実施についてですが、これは、今年の3月26日までに買い取り株価、一株550円とし、鴻海が約670億円を払い込み、シャープに9.9%出資する計画となっていたのです。

     しかし、その後、シャープの業績悪化に伴い株価が一時、140円台まで下落、当初の合意していた一株550円を大きく下回ったため、条件見直しを求める鴻海との交渉が合意を見ぬまま、期限とする3月26日を迎えたということで、出資については白紙となってしまったのです。
     
     鴻海とアップルとシャープのトライアングル

     3月に取り決めた時点では、550円で株価を引き取りが可能という事であったはずが、ここに至って、それができないという事情には、勿論株価自体の問題はありますが、前述のとおり鴻海とアップルとの関係が影響しており、自律的に交渉推進が難しくなっていという事情があったと推論する次第です。

     具体的には既に指摘しているように、鴻海はシャープの堺工場に出資し、これを堺SDPとしてシャープとの合弁経営とし、SDPをアップル製品(iPhone, iPod)の組み立てメーカーとすることで成長してきた経緯があります。そのアップルの業績がiPhone5等の売り上げ不振の影響を受け不透明になってきたことで、鴻海自身、財務的にゆとりがなくなってきたと言う事情が生じてきたと言う事です。と同時に鴻海のビジネスモデル、つまり受託生産企業のビジネスモデルが揺らいできたという事情も既に指摘したところです。
     同様に、シャープとしても、アップルに液晶を供給するサプライヤー(亀山第1工場)にある点で、アップルの不調はもろに影響うける処で、引き取り価格の見直しは難しい事情にあったと言うものです。こうしたことで、シャープにおいても、脱アップルを指向するようになっていると伝えられています。

     つまりは、鴻海もシャープも、共通してアップルの業況の如何に直接影響を受けるところとなっていたという事で、当該交渉の進捗を決定づける本質的な要因ともなったと言えそうで、派生的に、‘脱アップル’が共通の課題となってきているのです。
     
    (2)シャープに救いの手を出した韓国企業 サムスン:

     鴻海との交渉が暗礁に乗り上げていたタイミングを突くがごとく3月6日、シャープは、韓国企業サムスン電子との資本提携、発行済み株式の3.04%にあたる103億円の出資を受ける旨を発表しました。

     もともと、鴻海の狙いはシャープと組むことで液晶テレビなどデジタル製品の覇権を握りつつある‘サムスンを倒す’(注)こと、にあったとされていただけに、こうした間隙を突くようなサムスンの出資提案をシャープが引き受たことは、鴻海にとってシャープに裏切られたとの思いが生まれる処でしょうが、現実的にみて、鴻海が出資の話を進めんとしたとしても既に、環境は困難な様相にあり、シャープとしてももはや彼らの力を借りるほかないと判断したものと思われます。もっとも鴻海側は依然話は続けるとは言っています。払い込み期限は26日で終わりましたが、契約によると、「出資に関する交渉期限は2015年3月まで」となっている由ですから、全く可能性が消えたわけではないのですが、さて、これまでの環境に照らすとき、その進展の如何は難しいという処でしょう。

     

    (注) 鴻海 VS サムスン : 鴻海にとってとサムスンは、もともと顧客の一社だった。しかし、2010年末に関係を決定的に壊す事件が起きたと言われている。鴻海が買収した液晶パネルメーカー奇美電子(現、群創光電) が価格カルテルでEUから業界最大の課徴金を課せられたのに対し、カルテル情報を積極的に調査当局に流した(とされる)サムスンには課徴金を全額免除された。これに、最大顧客アップルとサムスンとの対立という代理戦争の色彩も相まって、郭董事長は猛烈な反サムスンの姿勢を打ち出しているというもの。
     

    サムスンの思惑

     サムスンは今やアップルと並ぶ、いやそれを超える世界電子機器メーカーの雄とされる企業です。そのサムスンが何故シャープと組もうという事なのでしょうか。彼らが資本提携を検討し始めたのは昨年の秋に始まると報じられていますが、サムスンがシャープとの提携を必用とする理由としては、有機ELテレビの出遅れにあると言うのです。メデイアはその辺の事情を以下のように伝えています。

     「サムスンは2013年以降55型以上の有機ELをテレビ事業の中軸にする方針だったが、サムスンでは赤緑青の有機材料を基板上で自発光させる方式を採用しており、画質は優れるが、製造技術に課題を抱え、良品率が上がらない。そこで、北米での大型液晶テレビの需要増に着目し、60型以上のパネルについてはらシャープの堺工場(世界で最も安く製造できる)から調達し、サムスンの工場は55型以下に注力する事としたと。(そして)サムスンは今後、中小型液晶もシャープから調達する可能性も指摘した上で、スマホやタブレットの市場拡大が続けば、アップルと高精細パネルを奪い合う構図が固まる」(日経 2013・3・13)と。

     なお、シャープの亀山(三重県)第2工場の稼働率は現在では5割と言われています。これは昨秋から始まったサムスン向けの32型TV用パネルの生産に負うもので、これを除けば、損益分岐点を下回る3割程度に落ちると見られており、そうしたことからも、業績回復にはサムスンとの関係を深めることが早道との判断があったものとみられるのです。 

     さて、3月6日に合意を見たシャープと韓国サムスン電子との資本提携の概要は前述の通りですが、やはり、サムスンの世界戦略の一環として対アップル戦略上、シャープを自陣営に引き寄せておくことを必定とするものであるという事ですし、シャープとしても、アップル依存度を下げ、新たな納入先を求めた結果と言われています。
     因みに、両社の主力事業を比較すると下表「サムスンとシャープの主力事業比較」の通り、多くが重なってきており、その点、両社の提携は合理的なもの言えそうです。
     

      表:サムスンとシャープの主力事業比較
      
      サムスン電子   シャープ
      18兆993億円 売上高 2兆4600億円
      2兆1460億円 最終損益 ▲4500億円
      世界首位 薄型テレビ 世界5位
      世界2位 液晶パネル 世界5位
      世界首位 スマホ 国内中心
      メモリーで世界首位 半導体 画像センサー中心
     
    (日経、2013/3/13)

     尚、昨年12月には、サムスンに先駆け、米半導体大手のクアルコムとの間で、最大100億円の出資を2回に分けて行う事で、資本・業務提携が合意されており、既に1回目目は12月27日に実施されています。(注)

      (注)しかし、2回目の払い込みは当初予定の3月29日には受けられなくなった旨、3月18日、シャープは発表しています。クアルコム側からは、合意の前提となっていた「次世代デイスプレーの量産技術の確立」にめどが立たっていないこと、3月末のシャープの業績を見極めたい」との意向によるものとされており、シャープ増資を巡る不透明感は未だ払しょくされてはいないと言う処です。

     取り敢えずシャープとしては、本丸である液晶事業を強化する名目でサムスンやクアルコムからの最大200億円の出資を受けることを決めたのですが、勿論これでも財務基盤の安定には更に1000億円以上の資本増強が欠かせないと言われています。それだけに今なお経営の状況はといえばまさにタイトロープにあるのです。
     

  3.  シャープは生き残れるのか

     これまでのシャープと資本出資等を巡るグローバル競合企業との関係を相関図として整理したのが下の図表です。この図は、言い換えれば、グローバル電子企業の競合構造ともいえその中にあって、シャープはさてどの方向に進もうとするのか、不透明な彼らの姿を浮き彫りする図でもあるのです。つまり、現状、堺工場には鴻海が、亀山1工場にはアップルが、そして本体にはサムスンとクアルコムからの出資と言う、世界的な競合企業が「シャープ」の中に共存する異常とも映る状況にある処です。


       図表:‘シャープ’とグローバル電子企業の相関図





     勿論、外資が入ること自体は問題ではなく、外資と全経営がどのように向き合っていくかがきちっと整理されていればいいことですが、シャープの交渉の場で映る経営者の姿勢はまさに場当たり的ともいえ、シャープとして再生への意気込み、つまりは経営としてのディシプリンが感じられないと言うものです。シャープのトップは‘列強をけん制し合わせることで弱体化したシャープの主権を保つ’もの、というのですが、さて提携相手が思い通りに動く保証はなく、ましてや、自力で製品を売る力が落ちた今のシャープは、3社のどれが抜けても存続が危うくなる状況と映るばかりです。

     それだけに、シャープが生き残る道があるとすれば、とにかく止血策を早急に取り、赤字が続く中小型液晶パネル事業を、本体から切り離して再建する事でしょう。そして、何よりも現経営陣は退き、改めて鴻海やサプライヤーとの信頼関係を築き直すことだという事のほかないと言えるのです。そしてこれまでのような形にはまった経営改革ではなく時間軸を持って、「明日の為に今、何をなすべきなのか」を具体的に明示し、クリアー・カットな経営システムの構築に真正面から取り組んでいく事に尽きる処です。言い換えれば‘経営の軸を見直せ’というものです。
     

おわりに: ザ・エコノミストの警鐘を今一度

 実は、今のシャープ同様に苦しんでいた大手家電メーカー三社のトップは、昨年の4月一斉に、業績の不振に対する責任として、自らは職を辞し、若返りを図り、業績不振からの脱出を図らんとしたのです。当時、デジタル化とソフト化という電機産業のパラダイム転換にうまく適応できていない現実をようやく直視するようになったと評される処でした。

 が、当時、英経済誌 The Economist(2012/4/14) はソニーのトップ交代を取り上げ、` Back in Japanese hands’(「ソニーの経営は再び日本人の手に戻ったが」)と題し、次のような冷めた指摘をしていました。

 「・・・ 平井新社長は就任後のスピーチで幾度となく「ソニーは変わる」と繰り返し発言しているが、具体的な政策は見られない。要は、1万人雇用の削減、を云々しているが、そのうちの3000人は子会社に移籍させるだけの話だ。歴史的な業績悪化に遭遇したソニーについて、事業の集中と選択をどう考え、ソニーという会社をどのように変えていこうとするのか、悲しいかな、彼のメッセージからは伝わってこない」、と。


 つまり、新に出された改革への計画が従来の延長線上にとどまり本当に再生に繋がるのか?と言うものでした。そして、その結果は周知の処です。

 この警鐘は、今再び気にかかるところです。勿論、他メーカーにも当てはまる警鐘ですし、もはや社会問題ともなってきているのです。さて、シャープはどのような環境認識を以て、行動していくのでしょうか。

以上

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2013/04/30