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林川眞善の「経済 世界の

第18回 2014年、地政学的感性でみる米中、そして日本のいま

2014/1/23

林川 眞善
 

 はじめに: 

 謹賀新年。新しい年、2014年がスタートしました。云うまでもなく、2013年を引き継ぐ年ですが、その2013年の世界情勢は激変した年だったと言えます。周知の通り、これまで世界経済の覇権国としてあった米国の‘変’に負うものでした。それは、先の論考でも触れていますが、オバマ大統領の国際情勢への関心の低さ、米国世論の内向きさ、が齎した米国という国の威信低下を映すものでした。一方、その間隙をぬう如く新興経済大国、中国が台頭してきたことで2013年の世界の様相は激変したというものでした。そうした変化は、世の中に影響力を及ぼす地域が、これまでの米欧からアジアへと移行をうながし、またその傾向に拍車がかかる状況にある処です。つまり世界の潮流が大変化する節目の年として2013年があったこと、そして、まさにその延長線上にある2014年は、従って、新たな世界経済の構図再考が求められていく年と思料される処です。

 そうした環境にあって、では日本の状況はと言えば、2013年という年は「アベノミクス」で始まり「アベノミクス」で終わる筈だったのです。が、12月26日の安倍首相の突然の「靖国参拝」で事態は一変してしまいました。云うまでもなく安倍首相の靖国参拝は内外からの日本批判を惹起する処となり、とりわけ中国、韓国よりは、右傾化を強める日本国の首相として「安部晋三」への批判が渦巻く、そうした中で2013年は終わり、それは「靖国ショック」として新年の2014年に引き継がれてしまったという次第です。

 もとより中国、韓国からの批判は予想された処と言うものでしょう。が、米国からも`disappointed’ とのコメントが伝えられるや、同盟国の米国に背を向けられたと、日本のメディアは伝えましたが、続く米国務省東アジア・太平洋担当次官補のDaniel Russel氏が発した安倍首相の靖国参拝についてのコメント「アジア地域に関する首相の見解と意向に疑問を抱かせ日本の外交面での影響力を損なうものだ」を耳にするに、なにかギクッとするものを感じさせられるのでした。何故、いま靖国?と思いは深まるというものです。

 今回の‘靖国ショック’は、中国の台頭を背景に、世界のジオポリテイカル(地政学的)な構図が、米欧中心からアジアへと移行する中での事件であるだけに、アベノミクスの今後の生業とも含め、つまり「アジアの成長力を取り込む」ことをアベノミクスの戦略の一つとされているのですが、これからの‘世界の中の日本’をマネージしていく上で、そのカジ取りは、極めてタフなものとなっていく事が想定される処です。

 こうした世界規模で進む環境変化は年初、イアン・ブレマー氏の指摘するリスク・シナリオに映る処です。

 2014年、世界の10大リスク

 1月6日、イアン・ブレマー氏 率いる米調査会社、ユーラシア・グループはこうした変化に照らし、「2014年の世界の10大リスク」(注)を発表しています。
 これによると、第1位のリスクが米国の「同盟危機」で、これは国際政治・経済での影響力低下をうけた同盟国の米国離れに警鐘をならすものと言えます。つまり、米国との結びつきの強い日本、イスラエル、そして英国の立ち位置が難しくなると言うものです。言い換えれば日本は中国と、イスラエルはアラブ諸国と、そして英国は大陸欧州との間合いが微妙という事でしょうか。第2位が新興国の選挙、3位には中国を挙げ、習近平の中国の改革で、国内問題から目をそらすため指導部が反日感情に訴える可能性を指摘するのです。

(注)10大リスクの内、4位以下は次の通り;
4位:イラン核問題、5位:シェールガス革命による伝統的産油国への影響、
6位:ネットの安全、7位:アルカイダ、8位:中東の動揺、9位:プーチン氏配下のロシア 
10位:トルコの不安定さ(シリア内戦でクルド系反政府組織の勢力の拡大化)

 ブレマー氏と言えば、世界のリーダー不在を示す「Gゼロ」論で知られる仁ですが、今年は国内の格差拡大などを背景に米国が外交に一段と及び腰になり、Gゼロ現象が加速すると見るのです。それは、経済危機の時代から地政学的危機の時代へ移ることを示唆する処と言えます。

 もとより、前述の安倍首相の靖国参拝事件で、日本は国際的孤立に追い込まれた感にあり、当分、日中関係は厳しい状況を託つ事となります。加えて、アジアを中心とした米国と中国の力関係の如何が、そこに大きく影響していくことになるだけに、日米中のトライアングルでみる外交戦略の推移の如何は、より世界的なイシューとなってきているのです。

 こうしたジオポリティカルなリスクを高め変化する現下の姿は、ちょうど百年前、つまり第一次世界大戦を誘発させた当時の世界情勢のそれと似通ったものがあるとされています。その点、各種メディアは、世界の今を百年前の状況と比較、分析し、世界経済の安定運営のため危機管理を、と訴えるのです。
そこで、以上の問題意識をベースにして、まずは百年前の世界と今を比較レビューし、今後のトレンドを読み解く意味から米・中の行動様式を考察し、併せて、アベノミクスの今後の展開に係る課題等、以下シナリオで、年初の論考を進める事としたいと思います。

1. 1914 VS 2014
  ・百年前と酷似する現在の世界の構図
2. オバマ米国の行方と、東アジアを巡る戦略トライアングル
 (1)オバマ米国の行方
 (2)東アジアを巡る米・中戦略の現実  
 (3)日本はTPPの主導役を
3.アベノミクス、今後の課題
 ・アベノミクスの評価
 ・国際環境とアベノミクス
おわりに
 ・普天間基地はどこへ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1. 1914 vs 2014

 いま、2014年で映る世界情勢の地政学的な構造変化は、百年前の1914年、第一次世界大戦勃発に至る時代環境に恐ろしいほどに似たものがあると、多々指摘される処です。因みに英経済誌、The Economist(Dec 21,2013)は、その巻頭言` Look back with angst'(不安を秘めながら百年前の世界を振り返る)で百年前の情勢と今日のそれとを比較し、今そこにある危機を指摘すると共に、その回避の為に、百年前の教訓に学べと、警鐘を鳴らすのです。そこで、まずはその要旨を筆者流に整理し以下、紹介したいと思います。

百年前と酷似する現在の世界の構図

@  1914年
・ いまからちょうど百年前の年(1913年)の暮れ、欧州の大半の人々は来たるべき新年の1914年を楽観的に待ち望んでいた。だが、1年と経たないうちに世界は過去に例のない悲惨な戦争(第一次世界大戦)に巻き込まれた。900万人の命が失われ、ソビエト・ロシアが誕生し、いい加減に引き直された中東諸国の国境、そしてヒトラーの台頭など、その後のさまざまの地政学的な悲劇も勘定に入れれば、犠牲者の数はその何倍にも膨らむ。自由の友だったテクノロジーは残虐行為の道具となり、恐るべき規模で人々を殺戮し、奴隷化した。世界中に障壁が張り巡らされ、特に1930年代の世界恐慌の時代には壁が高くなった。
 
・ 1世紀前に世界を襲った惨事は、ドイツを原動力とするものだった。当時のドイツは欧州の支配をもくろみ、その為の戦争を起こす口実を探していた。だが、現状に満足していた世界にも責任はある。多くの人々は当時、英国とドイツはお互い米国に次ぐ貿易相手国なのだから争う経済的理由がなく、従って戦争など起こるはずがないと信じていた。但し、当時の英国は超大国とは言え、衰えが見え始め世界の安全保障を維持できなくなっていた。

A  2014年
 1世紀前に起きた恐怖の記憶があるお蔭で、現代の指導者たちが戦争へ転がりこむ可能性は低くなっている。それでも、百年前との類似点はやはり気がかり。

・  現在の米国が、当時の英国にあたる。そして、当時のドイツの役回りを演じるのが、米国の主要な貿易相手国の中国、新興経済大国で、国家主義的な怒りを露にし、急速に軍事力を増大させている。そして現代の日本は衰えゆく覇権国の同盟国で、地域的な力を失いつつあったフランスに相当する。

・  そして、1914年と現在の類似性の中でも特に気がかりなのは、世界は警戒していないこと、現状に満足しきったその雰囲気だ。現代の企業人は当時の企業人同様、金もうけに忙しすぎて、株価表示画面の片隅で舌をちらつかせる蛇に気が付いていない。政治家たちは百年前と同様に国家主義をもてあそんでいる。つまり、中国の指導者は経済改革の煙幕として排日感情を煽り、日本の安倍首相も同じ理由で日本人の国家主義を先導している。

B  地政学的リスク予防措置
・  そうした火種が大火災へと広がらないようにする為には二つの予防措置が役立つだろう。一つは、潜在的な危険の脅威(ここで挙げるのが、北朝鮮の核開発問題、東アジア海域での衝突)について、(米国と中国で)それを最小限に抑えるシステムを構築しておくこと。二つは、米国がもっと積極的な外交政策を取る事だ。軍事力と経済力とソフト・パワーを持つ米国は今でも世界になくてはならない存在だ。特に、気候変動やテロといった国境をまたぐ脅威への対応には米国の力が欠かせない。だが、米国がリーダーとして、そして世界秩序の守護者として行動しない限り、各地域の強国が、隣国を脅かしつけて自国の力を試したいという誘惑に駆られルことになるだろう。

C  1世紀前の教訓
・  恐らく、現在の世界にある危機はどれも1914年の恐怖に匹敵するような事態を招くものではないだろう、と多くは理性的にはそう思っているだろう。だが、狂気が理性に勝利した時、大虐殺に繋がる。つまり、理性が勝っていると思い込むのは自己満足のそしりを免れない。それが、1世紀前の教訓だ。


 さて、上記におけるkey wordは`culpably complacent’ 、つまりは勝手に思い込んで満足し、危機感に欠ける現状に対して歴史に学べと、主張するものと言えます。そして、具体的には、軍事力、経済力そしてソフト・パワーを擁する米国に、世界秩序のリーダーとしての役割をと、エコノミスト誌は云うのですが、それは、‘国際経済秩序の安定には覇権が必要’という「覇権安定化論」に与する処と云うものでしょうが、要はリベラルな民主主義を枠組みとして世界経済の進化を標榜する同誌の立場から、予てその価値観を共有する経済大国、米国のリーダシップに期待するということと思料する次第です。が、American primacyの後退が云々される中で、この期待を支持するリアルはいかがなものか、疑問は呼ぶ処です。

 さて、世界の潮流が大変化する節目で重要になることは、新しい現実を見てとり、変化に対応する能力と言われます。それはリアルに世界経済の有態で言えば世界情勢を規定してきた米国の変化、新たに台頭してきた中国の変化を見てとり、それらが齎す影響を、新たな環境としてとらえ直し、対応していく事、に他なりません。その点、米国主導の世界秩序に大きく依存してきた日本としては、その分、最も機敏にその変化を捉え、それを新たな環境として対応していく事が不可欠となる処です。また、中国については、彼らは覇権主義的拡大を指向してくるだけに、その台頭を日本として、どのように受け止め、アジアの中でどのように活かしていくか、が主要な命題となる処です。

 そこで、以下では上記エコノミスト誌の分析、提言の可能性を検証する意味を含め米政権の思考様式とその行方について、改めてレビューし、併せて、いま地政学リスクのホットスポットと映る東アジアを巡る日米中の戦略的ポジションの実際、とりわけ日本のそれについて考察することとしたいと思います。


2.オバマ米国の行方と、東アジアを巡る戦略トライアングル
                
(1)オバマ米国の行方

オバマ政権が対峙する現実

 第2期目に入ったオバマ政権の評価は正直、芳しいものとは言えません。内政に足を取られ、昨年秋には一連の首脳会議を欠席する等、国際的イシューへの関心が薄く、一言で言って、決められない政治の張本人とされる評価です。昨年12月20日、年内最後の定例記者会見では、銃規制強化を実現について議会の同意を得られず、実現できなかったことへの苛立ちとその苦しい胸の内を明かしたと、メディアは伝えていますが、その際は国際問題に触れることなく低空飛行する大統領支持率問題等、国内問題に終始した(AFP-BB News)と言うものでした。
 因みに記者会見一時間前に行われたという米CNNテレビとORCインターナショナルによる世論調査の結果では、オバマ支持率は41%にとどまっていたのです。序でながら、ゲーツ前国防長官は最近出版の回顧録‘DUTY’のなかで、オバマ大統領の器量の無責任さに触れ、話題を集める処となっていますが、Brookings Institution の政治学者、トーマス・マン氏は‘今年の中間選挙で、民主党が上下両院で過半数を獲得する可能性は低い。民主党が勝つためには、景気の大幅改善、オバマケアの実施の成功、そしてやり過ぎるような共和党の動きが必要’と指摘するといった状況です。

 これらはオバマ大統領の国際情勢への関心の低さと、米国内世論の内向き指向を語るエピソードというものですが、既に指摘したように、これら要素がAmerican primacyを後退させ、2013年の世界情勢を激変させたと言うものです。この2月には再び債務上限引き上げ問題が控えており、オバマ大統領の力量が問われることになるのですが、その推移の如何ではオバマ大統領のレイムダックは決定的ともなりかねず、それは世界的な意味合いに於いて極めて重大なイシューという処です。
 とは言え、前出エコノミスト誌提案の期待に応え得るパワーはそれなりに健在と言えそうです。それはブレマー氏が挙げる第4位のリスク問題、「イランの核問題」への取組で見せる姿勢です。

米・イランの合意の示唆
        
 2013年11月24日、米国をはじめとした英独露中、そしてイランの6か国は‘イラン核開発問題’を巡る協議で、イランとの「共同行動計画」(注)について合意に達したのです。この合意はイランの核開発で生じた緊張の緩和に向けた新たな動きであり、歴史的合意として評価されるものです。確かにこの合意は、一時、イランを「悪の枢軸」の一角と敵視してきた米国とイスラム圏の大国、イランとの間にあった過去数十年に亘る対立の雪解けを象徴する、言うなれば歴史的な劇的変化とされるものです。そして、2014年1月12日、上記6か国は昨年11月合意した「共同行動計画」を1月20日から履行することで一致を見たのです。今後、双方は互いの履行状況を見極めながら、核問題の包括的な解決を目指し交渉にはいることになっています。

(注)共同行動計画概要 (日経 2014、1、14)
・イランは核兵器転用の懸念がある濃縮度5%超の高濃縮ウランの製造を中止。濃縮施設の新設はしない。使用済み核燃料の使用処理をしない。国際原子力機構(IAEA)が履行を監視する
・見返りとして、米欧はイランの石油化学製品の輸出や、同国の自動車産業による部品輸入を認める。原油販売収入のイランへの送金を一部容認。6か月間は新たな制裁を科さない。

 以上により核を巡る紛争リスクは回避されることになったと言う事で、グローバルな視点から環境変化を踏まえた安全保障再構築への一歩と評価できる処であり、前出エコノミスト誌提案のコンテクストに通じるケースと位置づける得るものと思料するのです。

 もっともこの背景には、オバマ大統領を補佐する閣僚の政治姿勢が大きく作用したと言えそうです。つまり、ライス大統領補佐官、ケリー国務長官のいづれも中東問題に焦点を当ててきた仁で、クリントン前国務長官が中国の台頭を意識したアジア指向、つまり‘アジア旋回’とは一線を隔す処となっており、またそれが後述アジア戦略の後退か、と映る処となっているのです。

 序でながら、劇的と言われる今回の米・イランの合意について、フランスの著名な歴史人口学者、E.トッド氏はメディアでの対談で、次のようなコメントをしています。

 ‘イランはすでに新しい市民社会が出現しており、劇的な変化はむしろ米国の方に起きたという事だ。つまり、前任のブッシュ大統領が米国型の民主主義を押し付けたのとは違って、オバマ政権は理性的、寛容的な外交姿勢をとることで、爆発的紛争のリスクはゼロ近くまで低下した’と。
更に、米国の変化について、こう分析するのです。まず、‘内政的に、オバマ政権が主導した医療保険制度改革法(オバマケア)といった社会保障を重視するような議論が深まってきた事は重要な変化だ’、というのです。そして‘草の根保守運動「ティーパーティ」の存在もあるが、主な支持層は高齢者であり、これから退場していく世代だ’と。又、‘対外的にはイランに対するアメリカの態度が変化しているように、世界の多様性に対する寛容な態度が現れてきている’こと等を挙げ、‘多分米国は生まれ変わる過程にある。歴史の転換点を見逃してはならない’と。(日経,1月5日 & BUNGEISHUNJU 2014,2.)

 つまり、イランとの合意に見られた対外的な米国の変化、社会保険を重視するといった内政に対する関心の深まり、等々は米国がいま生まれ変わる過程にあることを示唆する、と言うものですが、その見立てには、興味は深々と云う処です。

米経済は緩やかな回復

 こうした政治環境にあって、米経済は、2008年のリーマン・ショックから5年あまり、大幅な金融緩和を背景に緩やかな回復を歩みだしています。米国の実質経済成長は、IMF見通しでは2013年の1.6%から2014年は2.6%に高まることが予想されています。その実情はと言うと、シェール革命などの追い風で企業業績が回復、株高、住宅市場のバブル崩壊からの立ち直り、失業率も6.7%(12月)と改善、消費も持ち直し等々、金融危機、経済危機の最悪期は脱し、再生に向かい出したと言うものです。

 さて、こうした経済情勢に照らし、これまでの金融緩和の縮小をどう円滑に進めるかが、課題となっていますが、緩和の内容によっては海外、主として新興国にあるドル資金の米国への還流が起こり、新興国経済の後退が必然と予想される処だけに、この2月就任のFRBイエレン新議長の手腕が注目されると言うものです。今から4年前、経済の再生、政治の再生と、米国再生を謳って登場したオバマ大統領ですが、政治が再生のリスクになっている事は皮肉な巡り合わせというものです。

(2)東アジアを巡る米・中戦略の現実

後退する?米国のアジア戦略

 処で、オバマ大統領は就任以来、新興大国、中国の台頭を意識し、これを牽制する形で、米国は太平洋国家であることを強調し、外交戦略としてAsian Pivot‘アジアへの旋回’を標榜すると共に、その中核に`TPP’を配して今日に至ってきました。しかし、その姿勢は、いま影をひそめた格好に映ります。リアルには深刻化する内政問題に足を縛られ、自らが主導してきたアジアで行われた一連の首脳会議への出席を見合わせたこと、更には前述イラン核開発問題を巡るオバマ政権の中東傾斜で、一挙にアジア戦略の後退を印象付けたというものです。大統領が目指していたTPP交渉の年内(13年12月)合意も持ち越しとなったことも、その感をさらに強める処となったと言うものです。つまりは、米国の外交の軸足は再び中東か、と言うものです

 もっとも、この1月9日、米議会の与野党の超党派議員は通商交渉での権限を大統領に一任し、外国政府と速やかな合意を図るための「大統領貿易促進権限」法案を上下両院に提出しています。当該法案の成立までには曲折が予想される処ですが、これが成立すればTPP妥結への追い風にはなるものと思料される処です。いずれにせよ、シンガポールのリー・シェンロン首相が「国内問題に埋没するより、国際的責任を果たす大統領がいい」とメディアに語ったと伝えられていますが、この手厳しいコメントに集約されるように、アジア諸国からはいま、オバマ大統領のアジア太平洋へのリバランスが本物なのかと疑心暗鬼にあるというのが実相と言えそうです。

 覇権指向の中国のアジア戦略

 さて、昨年、中国国家主席に就任した習近平主席は、6月、米カリフォルニア州のパームスプリングで初のオバマ大統領とトップ会談を行った際、太平洋を挟んだ米中両国は、大国としての関係の構築が必要と、提案したことは周知の処です。世界を、太平洋を挟んで、二つのガバナンス、つまり米・中分け合って運営していきたいと言うのがその趣旨と推測されるものですが、これにはオバマ大統領からは特段のコメントはなかったと言われています。とにかく、その対話は中国の覇権指向を浮き彫りするものと言うものでした。

 要は、これまでのオバマ大統領のアジア戦略が、実に中国はずしに繋がるものとして、中国は米主導のいまのアジア秩序を変えていきたいとの思いがあってのことというものです。因みに先の米中首脳会議では習主席からは「TPPについては開放的かつ寛容な態度で臨む」としていましたが、それは言うなれば米国のアジア戦略に対する牽制ともいうものです。勿論、国家資本主義の中国にTPP参加は難しいことは火を見るより明らか処ですが、それでも、近時、米国の‘アジアへの旋回’戦略の後退を見てとるや、その歩調を強めてきています。既承の通り昨年11月23日、中国は東シナ海にADIZ(防空識別圏)を設定しました。これは一義的にはこれまでの経緯もあり‘日本脅し’とされる処ですが、同時に、アジア重視の路線を掲げ、中国の勢力圏の拡大に対抗しようとしてきた米国との同盟関係に言うなればくさびを打ち込み、これを機会に中国の権益拡大、確保を目指さんとする動きと映るところです。(注)

(注)今年1月1日、中国最南端の海南省政府は、海南省の管轄下の海域で魚を取るすべての船は中国当局の許可を取ることを義務付けるregulationを発効しています。これに対し、The Economist (Jan.18,2014)は` China creates an ADIZ for fish’(中国は魚に対して防空識別圏を設定した)と高圧的な中国の領海宣言と、強い懸念を伝えています。

 そんな米中の攻防の行方を占う上で、注目されるのは、今年秋、開催予定のAPEC会議で、中国が議長国を務めるという事です。中国政府は今後、5月から9月にかけて、中国各地で貿易担当相やエネルギー担当相、財務相との会合を主宰し、秋口には習近平主席が議長になって北京市郊外で首脳会議を開くこととなっています。これら会合では、貿易や投資のルール作りから環境・エネルギー協力まで幅広いテーマを協議するわけですが、中国はこれらの議論を通じて太平洋での存在感を印象づけようとすることになる筈です。

 これに対してオバマ大統領は分が悪そうです。というのも11月4日、中間選挙を控えており、APEC首脳会議が開催される秋口は、まさに選挙運動の追い込み時期であり、アジア外交に割けるエネルギーはかなり限られることになる筈です。問題は米議会での捩じれが解消できるか?ですが、予想は既に触れたように難しい状況にあると言わざるを得ません。という事情からは、アジアに対して、オバマ大統領は習近平主席ほどには影響力を発揮することは難しくなるものと見ざるを得ないのです。

 そんな中国ですが経済成長率の数字に映る姿は、些かの不安を残す処となってきています。1月20日、中国政府が発表した昨年のGDP成長率は7.7%でした。現在の政府目標では雇用確保のため8%成長を必要としているのですが、2012年に続く8%割れの数字というものです。中国経済は投資への依存が色濃く、住宅価格の上昇等バブル懸念が消えず、また地方政府の債務や「影の銀行」の膨張という問題もかかえており、更に人口減少傾向が鮮明となる等、安定成長の持続に不安が募る状況となっているのです。

(3)日本はTPPの主導役を

 問題は日本の立場です。12月26日の安倍首相の靖国参拝で日本は国際的孤立に追い込まれた感にあります。とは言え、通商の世界における日本の役割が重い事には変わりはないのです。実際、日本はTPP交渉に昨年7月、参加しましたが、このことで日米、二つの経済大国が参加する自由貿易圏構想の評価は大きく高まり、それがトリガーとなって環大西洋協定(米・EU)や、日・EU経済連携協定が動き出しています。勿論、東アジア地域包括的経済連携、RCEPも活気づいてきていると各種メディアは伝えています。そうした状況に対し、いま世界は「メガFTA」時代に入ったと評されるまでになっています。

 とりわけTPPは、いまやグローバルに自由貿易圏構想の先導役を担う処ともなっており、従って、TPPを巡る日米関係の如何は重要な意味を持つ処となっているのです。そもそも日米関係にとって最大の課題は、台頭する中国にどう向き合い、どう協力を引き出していくかにあり、TPPはそのための戦略的枠組みと位置付けられ、米国として是非とも日本の参加を、という処であったわけです。つまる処、財政の制約から国防費を抑えている米国としては、日本が経済面で力を取り戻し東アジアでの歯止め役になってほしいというものです。言い換えれば日本としてもTPP交渉参加には、こうしたいわゆる地政学的な側面への理解と協力対応は不可避との思いがあったというものです。

 同時に、自由化交渉とは言うまでもなく、競争上、対外排除に繋がる規制を極力廃止し、競争条件を可能な限り均質なものにし、貿易通商活動を活発なものにしていこうと言うもので、結果これが国内経済構造の合理化、改革につながっていくというものです。
 アベノミクスの成長戦略の一丁目一番地が規制改革だとされるのも、かかるコンセプトを映すものですが、とりわけ人口減少で日本の市場が小さくなっていくトレンドに照らしてみる時、海外の成長市場を取り込んでいく事が不可避というものです。

 昨年12月の大筋合意を目指していたものの、米国と日本や新興国の利害が対立したことで、交渉は越年しており、2月再開予定のTPP閣僚会合で交渉を終わらせるよう調整を急ぐ事となっています。先に見たように、今月9日、米議会は「大統領貿易促進権限」法案を上下両院に提出されており、TPP交渉の追い風要因は出てきていますが、かりに妥結が3月以降にずれ込めば米議会の承認が間に合わず交渉の長期化が懸念され、TPPのみならず他自由貿易圏構想にもネガティブな影響が出ることが懸念されると言うものです。それ故に日本としては小異を捨てて大同につく事とし、米国に協力し、或いはより主導的立場でTPPの合意に向け、ベストする事が不可避として求められるという事です。

 こうした環境に照らすとき、前出エコノミスト誌の指摘にあるような、日本はフランスではありえないのです。というよりは、日本がいま置かれている立場は、世界の未来をも決める実験場ともいえ、その優位を活かした積極対応を図っていくことであり、またそれが可能な舞台がいまや用意されているというものです。そして、その際、日本に求められるのが世界を俯瞰した通商戦略なのです。


3.アベノミクス、今後の課題 

アベノミクスの評価

 安倍首相の経済ブレーンである浜田宏一内閣官房参与は、アベノミクス1年間の実績について次のように評価するのです。第1の矢の金融政策はAプラス、第2の矢の財政政策はB、第3の矢の成長戦略はEだと。略すと「ABE」だと。(日経2013・12・25) 

 異次元の金融緩和政策については、円安が進み、企業の競争力、業績の回復デフレ脱却が視野に入ってきた点で評価‘A’には異論はない処でしょう。

 では財政の評価‘B’は如何なものか、ですが、例えば2014年度の予算に見る財政運営は、補正予算も含めて、8%の消費増税を控え、景気を下支えしようと配慮したのは理解できる処ですが、問題は景気対策の名をかりて従来型公共事業など不要不急の歳出が目につくと言うものです。むしろ予備費を厚く取り、景気が想定以上に下振れした時には機動的に発動できるようにしていけば、財政規律にも目配りができたのでは、という事で、今一つ、歳出制御への発想が乏しいものとなっています。
 更に気がかりなことは、中長期の財政健全化の問題です。少子化が進み、人口減が進む(注)なかで、高齢化が進むという事で労働者人口が減少し、その結果は税収入の拡大は期待できず、一方の高齢化で社会保障費が増えていく、そういった構造の中で財政の健全化をどう進めるかですが、要は解の方程式‘入るを図り出を制す’をどのように進めていくか、これこそは‘政治’でしょうが、年金や医療等の制度改革に踏み込むことなく、歳出拡大を抑えきれずにいるのが実態というものです。

(注)日本人の出生数が死亡数を下回る「自然減」は2013年、24万4千人と過去最大(12月31日、厚労省、人口動態統計年間推計) 自然減は7年連続。― 日経,2014年1月1日

 又、‘E’と評価された成長戦略ですが、いまや成熟経済となった日本経済で更に新しいものを作って成長を、目指すと言うことよりは、これまでの経済を持続的なものとしていくこと、又、予て首相が云う働きやすい環境づくりを目指すこと、に絞った対応を明確にしていくべきと思料するものです。
因みに前者について言えば、例えば、2020年の東京オリンピック開催にも備え、老朽化した高速道路等、インフラの再整備を進める事は社会生活の安全確保であり、同時に経済活動の効率化を図ることになる処です。後者については、予て一丁目一番地とされる規制改革、つまり農業、医療、介護という「岩盤規制」の見直し、改革を進め、新しいビジネス展開の可能性を担保していく事を、進めていくべきというものです。(注)

(注)安倍首相は、反省をも含め、昨年の6月に決めた日本再興戦略に盛り込めなかった規制
緩和策や産業の新陳代謝を促す企業支援など、雇用や農業、医療分野を柱とする新たな成長
戦略を2014年6月には発表したい(日経、12月25日)と語っています。

 いずれも中長期的に日本経済を強くし、持続可能にしていく為には避けられない課題ですし、それこそが成熟経済に於ける成長戦略というものです。この際は‘新しい日本’作りの思いを強くし、岩盤抵抗’に構うことなく改革に臨むよう、覚悟の程を示してもらいたい、と期待するものです。今、必要な事は、とにかく「経済」に集中していくことです。

国際環境とアベノミクス

 尚、今後ともこれら戦略を進めていく上で留意していくべきは国際情勢、就中、米中の動
向と対日関係の推移というものです。

 まず、米国との関係です。日本企業の競争力は金融緩和で円安が進み、その分、対外的には競争力を回復し、企業の業績も大きく改善し、株価も大幅な回復を示してきています。従来日本のこうしたいわゆる円安政策に対して米国は拒否してきました。それがいまや米国側の事情で円安を黙認するようになっていることです。つまり米国事情としては財政赤字を抱え、軍事費の削減を迫られる状況にあり、その中で中国の脅威に対抗するには同盟国である日本を強くしていく必要があるという米国の事情です。つまり、地政学的な理由で、日本の金融政策に対する姿勢が変わってきていると言う事情です。中国が東アジアで展開する不安を抱かせる行動が、かえってアベノミクスにプラスに働くと言う皮肉な構図にあるという事ですが、これも秋の米国の中間選挙結果次第では円安批判を起こす可能性は否定できません。つまり、米中の主導権争いの如何ではアベノミクスも大きく影響を受けることになる点、十分に留意していく事が不可欠というものです。

 もう一つは中国との関係です。安倍首相は急速なピッチで‘右寄りの行動’をとってきています。昨年末の靖国参拝問題も含め、これが中国の対日軍事行動を警戒した当然の動きとして容認する雰囲気があります。中には中国は好戦的な国だから事前の対応措置は当然と、言うものもあります。しかし彼らは、いわゆる‘中国の三戦’(注)に照らし日本を‘平和的にやっつける’ことを目標としているとも言われており、その点では、彼らの術中にはまるような行動は絶対に避けるべきと元自衛艦艦長だった友人は筆者に語るのです。それは一時の感情に左右されることなく、まさに冒頭に紹介したエコノミスト誌いう‘緊張感を失うことなく、理性的に行動すべし’とのアドバイスに通じる処と言うものです。

(注)中国の三戦(世論戦、心理戦、法律戦)  
世論戦:軍事行動への大衆や国際社会の支持を築き、敵が中国の利益に反すると見られる政策を追求しないよう国内や国際世論に影響を及ぼさせる。
心理戦:敵の軍人やそれを支持する文民に対する抑止や衝撃,士気低下を目的とする心理戦を通じ、敵が戦闘作戦を遂行する能力低下をさせる。
法律戦:国際法や国内法を利用し、国際的な支持を獲得すると共に、中国の軍事行動に対して、予想される反発に対処する。(防衛省、09年版防衛白書)

 もとより中国の軍拡について、日本だけではそれに対抗しきれるものではない事、言うまでもありません。その点で、欠かせないのは、同盟国である米国や他の友好国との一層の関係強化を図っていく事と思われます。そして、日本経済に有利な国際環境を作りだす、そういった外交戦略がこれまで以上に求められる環境にある、ということを十分に認識されていくべきものと思料するのです。


おわりに 

普天間基地はどこへ?

 本稿執筆中の19日、沖縄名護市長選で現職の稲峰進氏の再選が判明しました。今回の選挙の争点は周知のとおり懸案の普天間基地の名護市辺野古沖合への移転問題にありました。
 つまり、日本政府は普天間基地移転問題の行きづまりを、名護市辺野古沖合に埋立地を造成し、そこに米海兵隊基地を移転させることで解決することとし、選挙直前の12月、安倍首相は仲井真知事からその着工承認を取り付けたのです。この承認取り付けの見返りともいうべく安倍首相は2021年まで毎年3000億円の沖縄振興予算を約したのです。

 米軍としては、予て普天間基地の県外移転については、アジアの安全保障政策に欠かせない沖縄県内の基地を最終的に失うのではないかと恐れていたのですが、辺野古着工が承認された事で問題の打開が出来たと、当然のことながら米政府の歓迎する処です。とりわけ尖閣諸島を巡り日本と中国の間で緊張が高まるにつれ、沖縄の戦略的価値は増大してきていると言われています。

 しかし、今回、市長に再選された稲嶺氏は予て移転問題については、沖縄県外を主張し、またこの主張をもって市長に再選されたと言うものでした。稲嶺市長は早速、埋め立て工事にかかる市長の許認可権限をもって、工事に絶対反対をする旨、示唆しています。

 日本政府は、市長権限を振りかざして反対を主張する稲嶺市長をオーバルールするかのように問題はないと反論しています。が、辺野古に関しては、安倍首相がかち取った成果が地元の政治によって覆される可能性は依然残されているように思われるのです。
 となれば先の靖国参拝問題で痛く傷つけた日米同盟は、しばしこの辺野古問題で、またまた傷を深め、日米関係は当面八方塞がりの感を深める処と思料するのです。

 それにしても普天間基地は、どこに行くのでしょうか。

いまグランド・ビジョンを

 さて、戦後70年、この辺で、これまでの延長線で考えるのではなく、‘新たな理念’の下、日本のあるべき姿をグランド・ビジョンに描き、そしてその枠組みにおいて、対米関係、対アジア関係、等その在り方を再考していくこと、年初に当り思いは深まるばかりです。

以上

  
 

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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  © 2006 知財問屋 片岡秀太郎商店

更新日:2014/01/31