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林川眞善の「経済 世界の

第30回 2015年 世界経済と日本の進路 

2015/1/30

林川 眞善
 

― 目次 ―
 
はじめに:2015年の年頭で思う
 ・3つのステージで見る戦後世界
 ・世界経済の転換を示唆する2015年

1. 新たなステージへシフトする世界経済
 (1 )原油価格の下落と、ひとり勝ちの米国経済
 (2 )人口序列回帰の世界経済いま再び

2.日本経済の進路
 ―日米関係を基軸にアジア太平洋経済との連携強化
 (1) 日米関係の強化
 (2) 日中、日韓関係と日米関係

おわりに:アベノミクス再稼動に思う
 



はじめに:2015年の年頭で思う

 2015年は第2次世界大戦終結(1945年8月15日)から70年目、大きな節目の年です。各メデイアは70年間を振り返り、とかくの指摘を始めています。安倍晋三氏も「総理談話」を予定しており、この夏、世界へのアピールを考えている由です。さて、その内容は如何なものとなるのか、興味の募る処です。

・ 3つのステージで見る戦後世界

 さて、戦後70年、世界経済は如何に進んできたか、‘世界秩序’と言う切り口でその推移を見ていくとき、大まかには、以下の三つのステージに分けられる処です。つまり、
第1のステージ(1947〜1989年)は、1947年11月のトルーマン・ドクトリンで始まった‘米ソ冷戦’が生み出した対立構造が世界の秩序となった時代。次に、
第2のステージ(1989〜2009年)は、ベルリンの壁崩壊(’89年)、東西ドイツの統合(’90)、ソ連の消滅(’91年)で、米国が主導する‘民主主義’が世界秩序となった時代。そして、
第3のステージ(2009年 〜 )は、経済大国中国の台頭(2009年、米国に次ぐ第2位の経済大国に)、そして米国パワーの後退を受け、世界は主導者に欠けたイアン・ブレマー氏、云う処のGゼロの時代、に区分できると言うものです。

 勿論、我々は今、この第3ステージにあるわけですが、Gゼロと言われるほどに、世界の構図は、旧来のgeopoliticsの復活、イスラム国の出現、等々で不確実性を高める一方、明確な対抗軸を持つこともなく、‘次の秩序’が見えないままに推移していると言うものです。

 これら推移をあり体に言えば、冷戦後の世界は、その中心は米国であり、世界はその一極支配が進むものとみられていましたし、実際、色々の局面において世界は米国のガバナンスを当てにした行動様式で動いてきたものでした。 
 然し、2009年、米国に次ぐ世界第2位の経済大国として台頭してきた中国は、2012年11月の習近平政権の誕生を契機に、アジアでの覇権を求めるべく、米国との大国関係の整備、言うなれば新たなG2体制を目指さんばかりの動きを示すと共に、米国オバマ大統領の目指す「Asian Pivot(アジア回帰)」政策に対峙せんばかりの動きを強めんとの様相にあるのです。と同時にいわゆるワシントン・コンセンサスに主導され、作り上げられてきた戦後の枠組みに挑み、新たな秩序づくりに動く様相にある処です。因みに、中国が打ち出してきたアジアインフラ投資銀行(AIIB)、これは2015年末には創設予定と言われていますが、これなど世銀、IMF等、これまでの国際金融の戦後秩序とされてきたシステムへの挑戦と受け止められるというものです。

・ 世界経済の転換を示唆する2015年

 そうした国際環境ですが、2015年に入ったいま、その様相は一つのベクトルを以って、急速な変化を辿りだしています。言うまでもなく原油価格の急速な下落がそのトリガーとなる変化です。周知の通り、原油価格は、昨年6月20日の107.26ドル/バレルをピークに、下落を辿り、今では45ドル台までに至っています。
 後述するように、これは石油覇権国サウジと、シェール石油産出国米国との市場シェアー防衛戦が齎す結果と言うものですが、この原油価格の下落が、世界経済にプラスとマイナス効果を齎す中、結果として米国経済の一人勝ちの様相を生む処となってきています。

 加えて、新興国インドが日本を超えて第3位の経済大国に、更には、中国の米国超え、つまり経済大国ナンバー・ワンが具体的な視野に入ってきた現実を勘案するとき、世界経済は急速に新たなステージにシフトし出したと言う事です。その点で、2015年という年は、世界経済の転換を示唆する年と映るのです。

となれば、新たなステージへのシフトを進める世界経済にあって、では、日本の今後をどう考え、どう行動すべきか、つまり、日本の進路が問われることになる処と思料します。 それは戦後70年の各ステージを理解しながら、人口減少の進む日本として、持続可能な成長を確保していくために、如何に「脱戦後」を図っていくかが、問われていくこと、と思料します。そこで本年最初の本稿においては、この二点に絞り、やや大胆に論じてみたいと思います。


1.新たなステージへシフトする世界経済

(1)原油価格の下落と、ひとり勝ちの米国経済

 冒頭指摘の通り、世界経済は今、急速な原油価格の下落を受け、構造変革の中にある処です。まず原油価格の下落ですが、前述したように、原油価格は昨年の6月をピークに、今や半値以下にまで下落してきています。その事の推移は、世界経済の成長鈍化を映して原油需要が低迷する中、供給面では、米国が増産する非在来型と言われるシェール石油が加わってきたことで供給超の状況が生まれてきており、その結果として原油安が起こっていると言うものです。が、これがよりリアルには、サウジアラビアなどが展開する在来型石油の、米産シェール石油に対する市場シェアー防衛戦が齎した結果と言うものです。

 つまり、先のOPEC会議では、原油価格維持の為、‘減産’がテーマとなったのですが、サウジがこれに応ぜず現状維持のままとし、今日に至っているためですが、その狙いは、生産コストの高いシェール石油を減産に追い込むこと、つまり米シェール産業をくじく事(米ハーバード大、マウジェリ氏、2015/1/22日経)にあるとされています。
 実際、原油価格が50ドルを割り込んだことで、コストの高いシェール鉱区では減産の動きは出ているようですが ( 実際、採算割れで経営破綻したシェール企業は出ていますが)、 生産技術の進歩で一装置当りの生産量は増えている由で、生産量の減少は全体ではそれほど大きくはなっていないと報じられています。いずれにしろ、サウジが価格競争を続ける限り原油安は続くと見られるのですが、それでも40ドルを割るような事態となれば、サウジも価格の維持に動いていくものとみられる処です。

 元より、こうした原油価格の下落が、世界経済に与える影響の多大さは、云うまでもありません。中東産油国では原油価格の下落で原油収入が激減し、財政赤字が急拡大してきていますし、また、米欧からの経済制裁を受け、財政に苦しむロシアは歳入確保のために増産を続けざるを得ない悪循環に陥っていると言われています。更に、欧州経済のデフレ突入が予想されるなか、石油需要の縮小が取りざたされる等、これら事情を踏まえる時、増産余地はなお大きく、従って供給が需要を上回る需給ギャプが続くと見られると言うものです。
 因みに、国際エネルギー機関(IEA)では、米国のシェール石油の増産が続く結果、世界の原油市場は日量約140万バレルの供給過剰(注)を予測しており、原油安は続くものと見られるのです。 [ (注) 今年の世界の原油需要は日量9340万バレル、供給は約9480バレルと予測 ]

 一方、昨年来、経済の拡大が始まっている米国経済(注)にとって、原油価格の下落は言うまでもなくプラス要因となる処です。

[(注)1月28日、米連邦準備理事会(FRB)は米連邦公開市場委員会(FOMC)声明を発表。その中で、米経済活動は「堅調なペースで拡大」していると指摘、景気認識を、12月声明では「緩やかな拡大」としていた景気認識を引き上げると共に、雇用者数の増加も「力強い」と指摘しています。]  

 また米国の輸出依存度は9.3%(2013年)で、他先進国(欧州諸国は平均30%)に比して低いといった点でも、国内景気が他地域の景気の落ち込みに、引きずられる可能性も小さいと言うものです。今年後半にでも予想さる米国の利上げ要因を勘案しても上記事情からは、世界経済は米景気が機関車となって安定軌道に戻るものと想定できる処です。

 尚、2012年11月IEAが公表した「世界エネルギー見通し2012」では、2020年ごろまでに米国が世界最大の石油生産国になる、と指摘していましたが、今年度中には米国が世界最大の産油国になると、予測を繰り上げる模様が伝えられています。ということは、世界石油市場の覇権はサウジに代わり米国が握ることになると言うものです。

 とすると、現下で進む原油価格の下落は結果として、米経済の一人勝ち、一強時代の復活を予想させるというものです。つまり、ステージ3とする現在の世界は今、新たなステージへシフトを始めたと想定できるというものです。ただ、気がかりなのは、他の経済圏の相対的な弱さが、リスクとなりかねないと言うパラドックスです。

 因みに、1月5日、イアン・ブレマー率いる米ユーラシア・グループが発表した2015年の10大リスクでは、そのトップに「欧州の政治」を挙げ、続いて「ロシア」、を挙げています。 序でながら、第3位は「中国経済減速の影響」でした。

(2)‘人口序列’回帰の世界経済いま再び

 こうしたパラダイムの変化と併せ、世界に占める新興国の比重の高まりを、改めて感じさせる状況が生まれてきています。
 昨年末の日経コラムで、世界銀行副総裁兼チーフエコノミストのカウシク・バス氏は「今年(2014年)発表された2011年の(世銀)統計によると、購買力平価で換算したインドのGDPは日本とドイツを抜いて世界第3位の規模になった。データは又、購買力平価でみると、年内(2014年)に中国が米国を抜いて、世界最大の経済となることを示している」(2014/12/29、日経)と、世界経済の逆転の様相を語っていました。

 こうした事態は、中国・インドの成長(率)の如何が、世界経済の運営に、一義的に影響を及ぼす事を意味する処で、実際、1月20日、中国政府が2014年通年の経済の成長率(実質)を7.4%と発表するや、これが24年振りの低水準に減速したことで、この減速が世界経済の不安要因になると、メデイアは一斉に報じたのですが、その姿は事態の全てを示唆する処と言うものです。

 序でながら、久し振り世界の人口統計(以下)に目をやってみました。世界経済の長期推計で知られたフローニング大学(蘭)のアンガス・マデイソン教授(2010年没)が、かつて新興国(中国・インド)の台頭で世界経済が逆転することについて「過去数百年の歴史を見たとき、新興国の経済成長は人口増の動きと整合した自然の推移変化であり、従って、現下で進む新しいパラダイム変化とは‘人口序列’方向への指し戻される変化だ」と指摘していたことを、改めて想起し、また実感させられる処です。

[参考] 世界の人口TOP TEN、単位:億人― 「世界人口白書、2011」UNFPA:国連人口基金
       
1位、中国: 13.6 6位、パキスタン: 1.8
2位、インド: 12.4 7位、バングラデイシュ: 1.6
3位、米国: 3.2 8位 ナイジェリア: 1.6
4位、インドネシア: 2.3 9位、ロシア: 1.4
5位、ブラジル: 2.0 10位、日本: 1.3
       
(注:中国とインドで世界の4割、トップ10か国で世界の6割)

 では、日本はと言うと、この結果、現在のGDP第3位から、第4位にランクダウンとなり、長期的には他新興国の台頭、そして日本の人口減少と相まって、その傾向は更に、と言う事が予想される処です。序で乍ら、円安進行で外から見る(ドルベース)日本経済はと言うと、IMF のドル換算した名目GDPでは、2014年の日本は4.8兆ドル、中国の10.4兆ドルの半分以下に沈むことになっています。(2014/12/1、日経)まさに、日本経済の縮小が示唆されると言うものです。

 尚、1月20日、IMFは2015年の世界経済の成長率見通しを発表しました。これによると昨年10月時点の見通しから0.3ポイント引き下げ、3.5% と予想しています。この下方修正は、ユーロ圏や中国、そして日本の景気減速が響いたものとしており、一部を除き、経済活動が中期的に停滞する兆しも強まってきたと、世界全体として成長が弱含むと見ています。その‘一部’とは具体的には、巡航速度を超える3%台の安定成長を進める米国を指すものでした。

 以上の事情からは、2015年という年は、まさに、世界経済のパラダイム転換を示唆する年、と思料するのです。


2.日本経済の進路
―日米関係を基軸にアジア太平洋経済との連携強化


 かかる世界の環境にあって、では日本として持続可能な成長を図っていく為にはどういった方策をとるべきか、が問われる処です。そして、その際は、改めて、国内に資源を持たない国であること、しかも人口減少で国内経済は縮小が予想されることを認識し、従って日本経済を今後とも持続可能なものとしていくには、上述世界経済の境変化に照らすとき、他国との連携強化を深めることなくしては難しくなっていく、そういった‘現実’をまず自覚していかねばならないと言う事です。元より、その過程では価値観の修正も迫られることもあるでしょう。そうした事情を戦略的にとらえるとき、まずは経済大国であり、価値観が共有できる米国とのこれまでの関係を、より強いものとしていく事が不可欠と思料されるのです。

(1)日米関係の強化

 戦後70年、日本が‘世界に於ける日本’と言う今日のポジションを築き上げてきた背景には日本経済の持つdynamismがあった事、と指摘されますが、実はそれを可能としてきたのが、戦後3つのステージを通じて、その是非はともかく、日米安保条約と言う軍事面での協力関係に裏打ちされた米国との同盟関係が堅持されてきたことにあったと言うものです。つまり、‘日米関係’が戦後70年、日本運営の基本軸となってきたと言うものです。

 そうした日米関係ですが、今なお、それは戦後の所与としての関係とみる向きは少なくはありません。更には近時のステージ3にあっては、その関係は今一、冴えません。具体的には、2009年、自民党に代わって誕生した民主党政権の米国への対応、また、それに続く再登板の自民党安倍晋三首相の対米姿勢に、不信感を抱くオバマ米大統領の対日姿勢とも重なり、時に日米関係には隙間風が吹くとされる状況で、両首脳間の会談もあまり行われることもなく今日に至っています。

 それだけに、この際は、米国を巡る前述環境変化にも照らし、日本の積極的な意思として、その関係を建設的なものに再構築を進めていく事が必要ですし、それを‘規範’として、要すれば国際関係の強化を多角的に進めていく事、そして共通の課題を見出し、その課題に連携して取り組んでいく枠組みを主導していく、そうしたコンセプトを明確に打ち出していく事が不可欠と思料するのです。勿論、それは、軍事面での協力関係もさることながら、貿易交渉など経済面での積極的協力関係を目指すべきは、言うまでもない処です。

・ 環太平洋経済連携協定(TPP)

 その点で象徴的なテーマとしてあるのが、日米が軸となるTPP構想です。これはアジア太平洋地域で過去に例のないハイレベルの自由化と新たな経済ルール作りを目指すものです。それだけに、その成否は今後の国内外経済を大きく左右すると言うものです。
 ただその進捗はと言うと、具体的交渉が始まってから、ほぼ2年、日米の二国間交渉は第4コーナーで立ち往生と言った状況にある処です。勿論、その事情とは、自由化が迫られる当該産業における既得権益との関係で頓挫していると言うものです。(注)

(注) 立ち往生の事情とは、米側からの対日、輸入関税の撤廃要求(とりわけ聖域とされる5品目、
牛・豚肉、乳製品、砂糖、小麦、コメの関税の撤廃要求)、一方、日本からの対米自動車関税撤廃  
スケジュール要求、が両者の争点となっているもの。

 その点、昔ながらの関税を巡る協議でもたついているとは情けないと言うべく、改めて世界経済の大局を見据え、経済大国として指導力を発揮してもらいたいと思いを強くするものです。偶々、この1月15日、日本とオーストラリアの二国間貿易協定(EPA)が発効しました。難航の交渉だったと伝えられていましたが、安倍政権と豪アボット政権が果敢に国内の反対勢力を抑え、合意に達したものとされています。通商交渉は政治指導者の決断で決まると言う成功例です。

・ 米大統領の年頭一般教書とTPP

 さて、ここにきてTPP合意への期待が高まる環境がうまれてきています。それは米国内での政治事情の変化です。というのも、昨年11月の米中間選挙の結果は、自由貿易体制を支持する共和党が上下両院の過半数を占めることになったことです。そして1月21日、その上下両院の合同会議で、オバマ大統領は年頭一般教書の演説を行っていますが、その際、TPPに触れ「強力で新たな通商協定を目指す」と明言し、超党派による合意を目指す意向を明らかにしたのです。更にTPP交渉合意にはオバマ大統領は米議会から貿易促進権限(TPA)が付与されることがカギとなるのですが、当該法案の可決に向けて協力を求め「アジアや欧州各国と公正な貿易をすすめる」と訴えたのです。実はそれに先立つ1月13日、オバマ大統領は野党共和党のベイナー下院議長、そしてマコネル上院院内総務らをホワイトハウスに招き、議会での協力を呼びかけていたのです。(2015/1/15、日経)

 翻って、日本の場合、TPPでは即時の関税撤廃が難しい品目については時間をかけた段階的な自由化が例外的に認められることになっており、従って、難しい農産品目については当面、それを活用して交渉を纏めるよう努力すべきと思料するのです。勿論、最終的には貿易を全面的に自由化し、競争的な経済環境の下で、生産性の低い部門から高い部門へと労働・資本など生産要素を移動させていく事になる筈です。つまりは、安倍政権にとっても本格的な構造改革のチャンスとなるのです。昨年の衆院選挙結果は、安倍晋三首相の政治資源として、それを担保する処となっているのです。

 円安の定着に加え、米国を含んだ自由貿易協定が生まれるならば、日本企業のマインドはますます輸出拡大に絞られると言うもので、まさにこれこそが安倍政権の真価が問われるテーマと、竹森慶大教授も指摘する処です。(1月7日付、日経、経済教室)

(2)日中、日韓関係と日米関係

 さて、アベノミクスの有力テーマの一つに「グローバル経済で勝つ」があります。その趣旨に沿い、安倍晋三首相は地球儀外交と称し、これまで、50か国を超える外国を訪問、経済関係の強化を目指してきていますし、新年に入るや1月16日より中東4か国(エジプト、ヨルダン、イスラエル、オアレスチナ)を訪問、再び経済外交を始動させています。
 然し、肝心の隣国、中国、韓国については、昨年11月のAPEC会議で僅かな接点を持ったとはいえ、納得のいくものではありません。そうした安倍晋三首相の中国そして韓国に対する今の姿勢に、米国は日本の、そして韓国の同盟国として、更には米国のアジア戦略の枠組みに於いて、不信感を強くする処となっています。

 米国からみて日米関係をぎくしゃくさせる大きな要因としてあるのが、周知の次の三つ、つまり「安倍政権の下での靖国参拝問題」であり、「韓国との従軍慰安婦問題」そして「中国との尖閣諸島問題」です。

 例えば、靖国神社には、連合国がA級戦犯(国際平和を犯した戦争犯罪人)が祀られていますが、その神社を参拝することは戦後秩序に対する反抗ではないのかと米側は考えているのです。そして、これを受けて米側には「安倍首相は歴史修正主義者ではないか」と不信感があると言うものです。つまり、日本はその歴史を変えようとしているのではないか、本音は反米ではないか、と言った危惧があると言う事でしょう。

 日本は第2次大戦で負けました。そして連合国が描いた枠組みの下、戦後世界が築かれてきました。日本は本音では承服しがたい事はあっても異議を唱える事はできません。では日本に対する不信感や疑念をどう解消していくかですが、勿論、合理的な手立てなど現状からはなかなか見当たりませんが、その為には対話と知日派と言われる理解者を増やしていくほかないのではと、思料するのです。この文脈の理解こそが、何としても求められる処ですし、この点では、安倍晋三氏には慎重な行動を求めたいと思うばかりです。

 勿論、中国と韓国に対して、同じ思考様式で云々できるものではありません。然し、民間経済交流も少しずつ進みだし、今、政府高官レベルでの対話も俎上に乗るまでに進展してきています。この際は、日米の協力関係を擁しながら、対韓、対中関係の改善に向けたシナリオを作り、対話交流を目指していくべきと思料するのです。そして、必要に応じては、これらを世界に向け発信し、彼らの理解と支援を得るよう行動を起こすことも十分に考えうる事と思料するのです。

 要は、戦後70周年にあって、我々は過去を認識するだけでなく、協力をして将来、何を築いていくかという問題に重点を置いて考えていくことが必要と思料するのです。
 前述TPPが形になれば日中韓を含めた他の通商交渉も加速することが期待されると言うものです。要は、日米関係を基軸として、アジア太平洋経済との連携強化を目指していく事と思料するのです。
勿論、その際は、リニア(線形的)な思考様式ではなくマルチな発想で事態を理解し、行動していく、そうした事が不可欠と言うものですし、これは又、アベノミクスの運営にも通じる処と思料する次第です。

 日本は、いま、新しい次元に立たされているのです。その事を、まず自覚する事から、すべてが始まるのでは、と思料するのです。


おわりに アベノミクス再稼動に思う

 1月22日、予て予想されていた通り、欧州中央銀行(ECB)は国債の大量買い付けで資金を流す「量的緩和」の導入を決定しました。具体的には、ユーロ建て債券を月額600億ユーロ(約8兆円)購入、期間はこの3月から来年9月まで、2%に近い物価上昇率の目標達成が見通せるまで、との由です。これにより景気と物価をテコ入れし、域内でデフレが進むのを阻止すると言うものです。中銀にできる事は市場に潤沢に資金を流すことで景気が着実に回復するまでの時間稼ぎと言う処でしょうか。因みに、ドラギ総裁は「これで問題を解決できるわけではない」とクギを刺していました。

 翻って、アベノミクスの金融政策も同じシナリオにある処です。黒田日銀は2013年4月以来、市場の想定を上回る大規模緩和を2度も仕掛け、デフレ脱却への期待を高めてきました。然し、本年1月12日の政府発表では物価上昇分を差し引いた2014年度の経済成長(実質)は、▲0.5%と5年振りのマイナス成長を見込む処となっています。更に、1月21日の日銀金融政策決定会議後の記者会見では、黒田総裁は目標とする物価上昇率2%達成の厳しさを云々していたのです。つまり、昨年夏から始まった原油価格が半値以下になるなかで、目標達成は道半ばに終わったと云うものでした。そこで、またぞろ‘いずれ追加緩和に踏み切ることになるのでは’との観測も出てくる始末ですが、そんなにお金をジャブジャブ流してどうなるの、と云いたくなろうという処です。

 そして、日銀は2015年度の物価上昇見通しについては当初の1.7%から1%に引き下げています。原油価格の下落分がそのまま反映されたと言うものです。もともと2年で2%という物価目標そのものが疑問視されていたうえに、原油価格の大幅下落で目標達成はいささか遠のいたと言うものですし、その限りにおいてはアベノミクス第1の矢は的を外したと言う事になる処です。然し、前述の通り、原油価格の急落は、資源に依存した新興国を窮地に陥れ市場の混乱要因とも映る処と言うものですが、日本経済にとってはプラス要因です。つまり原油価格の半減はコスト構造の改善を進め、つまりは企業のコストは抑えられる一方、低迷した消費の刺激効果も期待できると言うものです。
 そこで、改めて、原油安の下で今後、脱デフレをどう進めていくかということに問題を設定し直していくべきと思料するのです。

 つまり、原油安で物価上昇は鈍りますが、その反面、実質成長は底上げされることになる処です。そこで、この際は目標を物価に置くのでなく物価上昇と成長を合わせた目標(名目成長)を設定し、金融政策に依存し過ぎた戦略から抜け出した脱デフレ戦略に向かうべきでは思料するのです。であれば第3の矢、つまり成長戦略がより以上に比重をかけていくべきと言うことになる処です。

・ 成長の‘ノリシロ’

 いま、日本もそうですが、世界経済全体、とりわけ先進国ですが、お金を使って経済を拡大(成長)させるにはあまりにも成熟し、近時の世界経済の成長率が1〜2%に収斂していることからもわかるように、成長の余地、つまりノリシロが少なくなってきていることで、新たな資金需要が起きにくい状況にあると言うものです。資本主義の‘核’とも云うべき金利が、現在ゼロ水準で推移していると言う事は、まさにそうした経済の現状を映すと言うものです。(注)これを以って、資本主義は終わりだ、と言う向きもある処です。
前述ドラギ総裁の指摘は、まさにこうした環境に備えた構造改革が進むことがない限り、2%物価上昇率の達成など難しい、という事を示唆したものと思料するのです。

(注)金利低下は世界的な現象で、米国の長期金利は年初には2.2%程度であったが、
年央にも利上げが見込まれる中にあって、足元では1.8%までに下がっている。欧
州でもドイツの長期金利が0.3%台と過去最低水準に。日本では、20日、新発10年物国債利回りが一時0.195%と初めて0.2%を割った。(日経1月21日)

 それだけに、ノリシロと言う可能性を如何に創り出していくかがカギとなる処です。その点、安倍政府はいま、そうした構造改革を意識したアベノミクスの再稼動に向けて大車輪と伝えられています。そこで、改めて、アベノミクスの政策論理を再確認し、併せて予定される戦略行動の実際について、些かの指摘をしておきたいと思います。

・ 潜在成長率

つまり、アベノミクスが目指すは、デフレからの脱却、持続可能な経済の再生、そして財政の再建にある処ですが、これを政策論理として言い直すと、(1)金融政策と財政政策でマイナスの需給ギャップを解消し、(2)成長戦略をもって潜在成長率を引き上げる事、と言うものです。

(注)潜在成長率:内閣府によると、1980年代の潜在成長率は平均4.4%でしたが、90年代  には1.6%、2000年代には0.8%と低下してきています。因みに、2014年7〜9月期時点での潜在成長率を0.6%と推定していますが、実際の実質成長率はマイナス1.9%でした。この数字の差が持つ意味は、日本経済として持っている潜在的な経済力が現実には十分意発揮されていないと言う事で、つまりは、実際の需要と潜在的な供給力の差、需給ギャップ(GDPギャップ)がマイナスとなって、尚広がっていと言う事が問題とされる処です。 GDPギャップ(12月4日、内閣府ではGDPギャップはマイナス2.7%と発表)が広がりつつあると言う事は、マイナスのGDPギャップを伴いながら、潜在成長率そのものも低下させてきているということ説明される処です。

 とすれば、(1)と(2)は独立してあるものではなく、一体の課題と言うもので、従って日本経済の潜在成長率(力)を如何に引き上げていくかが、再生戦略の基本命題となる処です。
 まずは、その点を再確認しておくことが不可欠と思料するのです。そして、潜在成長率とは、「労働」、「資本」、「生産性」の3要素で決まるとされるものですから、この論理をしっかりと自覚し、夫々の要素が対峙する課題をきちんと抑え、それに応えうる戦略、つまり成長戦略を打ち出していく事が期待されると言うものです。その点では、日本の実状に照らすとき、働く高齢者や女性の数を増やすこと同時に、イノベーションによって生産性を引き上げていく事が不可欠でしょうし、需要維持のためには成長戦略を成功させ、民間投資を促進していく事が求められると言うものです。

 勿論、その際は、岩盤と言われる規制の変革を敢然として進めることが求められる処です。これは単に企業の視点からのみならず、いまや規制がカルテル化している点で、消費者の視点からも果敢に取り組まれていかねばならないのです。これは国内市場の貿易自由化と同じことと言える問題です。その違いは、自由化への圧力をかける外国政府がいないため、遅々として進まないと言うものですが、いまや、その圧力なる役割を担えるのが安倍晋三首相です。その為の政治資源が彼には与えられている筈です。

 もう一つは、いま欠けていると言われるグローバル市場戦略を進めアジアの成長力を目一杯取り込むことです。その点では前述したとおり、TPPの締結を進めていく事、併せて上述規制改革の断行を通じて国内経済の構造改革を進めていく事です。つまりは、金融緩和任せとはしない新たな成長戦略を図ることと思料するのです。今、それが可能となる環境が結果として生まれてきているのです。

 そして、なお肝心なことは、その結果として、どのような日本経済が再生されることになるのか、その絵姿を国民の前に明らかとしていく事と、思料するのです。


 処で、この年初、アベノミクスを巡る、極めて興味深いコラムに出くわしました。政府が主導する企業の賃上げについての話でしたが、要は、金融政策でモヤモヤ感が残る日銀も、賃上げプッシュには政府と足並みをそろえ、また共産党も労働者側に立って、これを支持する、その姿をイデオロギーの違いを超えての「政府、日銀、共産党」の揃い踏み、と言うのです。それは対抗軸も、対立軸もなにも感じる事のない、極めてまろやかな姿と映るのですが、ふと、政治って、本当にこれでいいのか、と思うのでした・・・。

 2015年が各位にとって、創造的なものとならん事を祈念する次第です。

以上


 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

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更新日:2015/02/01