― 目次 ―
はじめに ‘欧州の政治’がトップ・リスク
1.欧州を駆ける危険な亀裂
(1) ドラギ欧州中銀(ECB)総裁 対メルケル・ドイツ首相
(2) Grexit ― ギリシャのEU離脱は回避されたが
2.欧州に迫る二つの対外リスク
(1) 高まるロシアの地政学リスク
(2) 中東からのテロ脅威
おわりに r > g
はじめに:欧州の政治’が トップ・リスク
先月1月論考では、現下で進む原油安は結果として米経済のひとり勝ち、一強時代の復活を予想させる旨を指摘しました。と、同時に、この結果として語られる、他経済圏(欧州、アジア等)の相対的な弱さが、世界経済にとってのリスクとなりかねない、言い換えれば、ひとり勝ちがリスクになるというパラドックスを指摘しました。そうしたコンテクストを映すごとくに、イアン・ブレマー率いる米ユーラシア・グループが発表(1月5日)した2015年の10大リスクのトップにあげたのが‘欧州の政治’でした。
実際、2015年に入ってからというもの、欧州(EU)を巡る政治、経済の情報はその不確実な様相を伝えるものばかりと言え、欧州はいま‘危機’との対峙を余儀なくされる様相にある処です。そして、その背景をなす三つの要因が更に進むことで、その緊張感は高まる処となっています。
まず、その一つは、EU自身が内部に抱える問題、つまりユーロ経済の運営を巡る問題です。長引く経済の低迷にあって、金融政策、財政政策を巡る各国間利害の対立が深まるなか、政治的にはポピュリスト政党の台頭が加わってきたことで、EUの存立基盤が問われだしてきたという事情です。
もう一つは、欧州とロシアとの関係です。具体的には、欧州とロシアの狭間にあってウクライナはいま親欧派の政府軍と、親ロ派の反政府軍との間で内戦状態にある処、ロシアが軍事介入を強めてきたことで、欧州とロシアの関係が極めてシリアスな状況に置かれる処となり、外交政策上、欧州はいま冷戦以来最大の試練を迎えていると言うものです。
そして更に、この1月、パリで起こったイスラム原理主義者によるテロ襲撃事件は、中東での暴力や宗教的緊張の影響が欧州にも及ぶ事への不安を高め、これが、これまでの中東からの移民流入が齎してきた社会的諸問題とも重なることで、欧州全域に、そして今では世界的広がりで、そのリスク感を一気に高める処となってきたことです。
勿論、ユーロ経済を巡る問題、ロシアが齎す地政学リスク問題、そして中東からのテロ問題、等、夫々は、大きく異なる要因を背景とするものですが、問題は、個々の状況の悪化が進むにつれ、お互いを助長し始めている事で、それがいま大きなリスクと映る処です。
ただ、これら問題の絡み合う推移は日本にあってはあまり理解しにくい処ですが、偶々手にした2月3日付Financial
Times は‘ Dangerous cracks at Europe’s center ’(欧州を駆ける危険な亀裂)と題し、そうした複雑な事態を、言うなればニューリアルとして解析的に報じ、一定の視座を与えてくれています。
そこで当該記事をベースに事態の実際を把握することとし、これらが世界経済、そして日本経済への影響の如何について考えると共に、今後の対応について考察する事としたいと思います。
処で、「21世紀の資本」の著書で世界的寵児となったフランスの経済学者トマ・ピケティ氏が1月末、来日しました。その滞在中、彼は自身のテーマである格差問題について、各処で精力的に講演を行い、‘熱狂’を巻き起こしたことは周知の処です。ピケティ仮説については先に「12月月例論考」で紹介していますが、改めて、本稿のおわりとして、彼の仮説との接点で、日本経済の今後の方向について考察する事としたいと思います。
1. 欧州を駆ける危険な亀裂
(1) ドラギ欧州中銀(ECB)総裁 対メルケル・ドイツ首相
・ECBの量的金融緩和
この1月22日、EC加盟国経済の大半が低迷するなか、物価、賃金が2か月連続して下落(注)したことでデフレ突入への危機感を強くしたドラギECB総裁は、予て予想されていた通り、ECBが国債の大量買い付けを通じて資金を流す、欧州としては初の「量的緩和」の導入を決定しました。
(注)1月30日EUが発表した1月のユーロ圏での消費者物価指数(速報値)では、2か月連続の下落となっていました。これが原油価格の動向次第という面はあるのですが、景気低迷の長期化、雇用回復の遅れで、今回の物価下落の局面は長期化し、本格的なデフレ突入を懸念させる状況となったのです。それは、Turning
Japanese ( The Economist, 2011/7/30) の姿 今再び、を映す処というものです。[
弊月例論考2013/1/22 参照]
その量的緩和の内容は、ユーロ建て債券を月額600億ユーロ(約8兆円)購入、期間はこの3月から来年9月まで、2%に近い物価上昇率の目標達成が見通せるまで、というものです。これにより景気と物価をテコ入れし、域内でデフレが進むのを阻止すると言うものです。中銀にできる事は市場に潤沢に資金を流すことで景気が着実に回復するまでの時間稼ぎと言う処でしょうか。その姿は、昨年10月、日銀が2度目の金融緩和実施を決めた日本経済にも通じる処です。
この結果、米国(FRB)は、昨年10月で国債購入を終え、2008年に始まった量的緩和は、順調に回復してきたとして停止していますが、金融緩和の状況はいまも続いており、従って、日本の異次元緩和に、今回の欧州でのドラギ緩和が加わった事で、世界の資金供給は極めて潤沢な状況にある処です。ただ欧州の場合、ECBが買い入れる国債が多様になることから、政策効果や副作用には不透明感が付きまとうことにもなり、従って、当面は通貨ユーロの一段の下落に期待する景気刺激策になるものと見られます。
・Berlin vs Frankfurt
処で、ドイツのメルケル首相はEUの盟主として、予てEU経済の活力強化の為には、財政支出の削減等、財政規律の強化、そして構造改革を標榜し、EU各国を強く主導してきています。然し、この緊縮財政に対して、欧州中銀(ECB)のドラギ総裁は上記の通り景気の回復を狙って量的金融緩和にカジを切ったのですが、それはメルケル首相のEUの盟主という立場を抑えての決定であったと言うもので、早速、The
Economist (2015/1/24) は、ベルリン(メルケル首相)対フランクフルト(ECBドラギ総裁)と題する巻頭言を掲げ‘Tensions
are rising between Germany and European Central Bank’(EU経済の景気判断と金融政策を巡ってドイツ政府とECBとの関係に緊張高まる)と、指摘するのでした。この経済政策の決定を巡る対立が政治化してきたことは、EU経済の先行きに不透明感を齎す処となったこと、言うまでもない処です。
EUの金融政策については、1992年に合意されたマーストリヒト条約の下、共通通貨ユーロの導入が決定され、2002年にはユーロの紙幣と硬貨の流通が始まっていますが、その際、中央銀行(ECB)が創設され、同時にユーロの管理の一元化が合意されたのです。
然し、ユーロ圏全体に必要とされる政策、例えばドイツが主張するような財政規律といった経済政策については、各国にまかされており、統一的に取り進めるような機関は存在していません。
つまり、欧州金融政策はECBが一元的責任を持つものとされる一方で、財政政策については、各国政府に任されており、従って、今回の量的緩和を通じて景気の回復を目指すとしても、関係国の量的緩和への理解と協力なくしてはユーロ圏経済の立ち直りは覚束ないと言うものです。その点で、今回のECBによる金融緩和決定と各国が指向している緊縮政策とのすれ違いで、言うなれば政治的に不協和音を起こす処となったというものです。
因みに、1月24日のスイスのダボスで行われていた世界経済フォーラム(ダボス会議)では、やはり欧州リスクが取り上げられていましたが、その欧州リスクについてIMFの朱民副専務理事は「通貨が一つになったのに、財政統合や、政治統合が進んでいない。このミスマッチを変えないと欧州の問題は解決しない」(日経2015/1/26
)と指摘しています。
つまり、EUは金融では統一されているものの、財政では統一されていないと言う事が、経済停滞の環境要素とも重なり、いま、EUとしての統合された経済運営が難しくなっている状況を生む処となっているのです。
加えて、景気低迷に喘ぐ大半の加盟国では、左派、右派の両方で、ポピュリスト政党が台頭し易くなってきたことが、EUとしての統合運営を難しくしており、これが更なるリスク要因となってきているのです。それを象徴するのが以下で言うギリシャの政変です。[注]
[注] 米コロンビア・ビジネス・スクール校長G.・ハバード氏の指摘
ハバード氏はその著「なぜ大国は衰退するのか」(原題:BALANCE、2013
)において、今日の統合ヨーロパの運営の問題点について、‘統一’については一定の合理性を認めながらも、ヨーロッパ諸国間の多様性を尊重し、生産性フロンティアについて学ぶことをヨーロッパの指導者は重視してこなかった事にあると指摘します。そして欧州の地域経済の特性を「スーパーモデル」(下記)とし、この特質を踏まえた対応とすべきだと主張します。
(欧州の三つのスーパーモデル)
一つは、中心国、独・英国・フランス・オランダのグループ。
二つは北部諸国、スエーデン・フィンランド・ノルウエー・デンマーク・アイスランドで、民族的文化的には独特だが、その経済政策は概して中心国に似ているグループ。
三つは、南部諸国、ギリシャ・スペイン・イタリア・ポルトガルで、全体的に北部諸国よりは貧しい状況にあるグループ。
尚、いずれのグループにおいても、生産性の平均的水準は、過去40年間変わっていないと言うことで、つまりはこのモデルの性格を理解した対応が不可欠と言うのです。そして、EU諸国が債務問題を解決するには実質成長を図る事であり、そのためにはEC内の多様性を維持すること、そして、その最初の一歩は、公共支出を削減する真の段階的な緊縮財政については‘出血を止める事と断じます。さて古くて新しい、しかし新しくて古い議論とは映るのですが。
(2) Grexit ― ギリシャのEU離脱は回避されたが
・ギリシャの急進派政権誕生
1月25日に行われたギリシャの議会選挙では、ドイツが主導する緊縮財政に真っ向から反対する急進左派連合(SYRIZA)が圧勝し、右派政党の「独立ギリシャ人」と連立政権が樹立され、財政の拡大を主張するシリザ党首アレクシス・チプラス氏を首相とする政権が誕生しました。これが事態を複雑なものとしたと言うものです。
周知の通り、ギリシャは2010年の財政危機以降、他の欧州連合(EU)諸国、IMFから資金援助を受ける代わりに、厳しい財政緊縮策を続けてきています。その為、若手失業率が50%に達する等、極めて深刻な不況に陥り、国民は中道政党の旧与党から左派・右派の野党支持に大きくシフトしたのです。新政権は選挙戦では「緊縮政策の停止と対外債務の返済条件の緩和」を公約に掲げ、資金援助国、とりわけドイツとオランダと強く対立する処となっています。
・エコノミスト誌のアドバイス
かかる状況に対し1月31日付 The Economistは、‘Go ahead, Angela, make my
way’と題する巻頭言で、以下のように指摘していたのです。
まず、`
Syriza’s win could lead to Grexit, but should lead to a
better future for the Euro’(
シリザの勝利は、ギリシャのEU離脱を招く恐れがあるが、しかし、ユーロのより良い未来につながるはずだ
)と言うのです。そして、チプラス氏のメルケル批判、即ち、彼女の主導する緊縮策は行きすぎである事、そしてそれがデフレを招いているとする点は正しいとしながら、次のような提案をしていたのです。
つまり、債務減免と引き換えに、チプラス氏に行きすぎた社会主義を捨てさせ、構造改革をさせること、そして、そのための方策としてギリシャ債務の返済期限の更なる延長か、もっと良いのは額面を減額することと言うのでした。そして、メルケル首相に対して、ギリシャだけではなく、後に続くであろうポルトガル、スペイン等、他加盟国のことも勘案し慎重に対応すべき、と言うのでした。
・Grexist (ギリシャのEU離脱) は回避されたが
さて、EU側は、金融支援(総額3150億ユーロ;約42兆4000億円)の償還期限を2月末に控え、ギリシャに対しては、緊縮政策の継続を前提に、現行支援の延長を20日までに申請するよう、強く通告していました。 一方、ギリシャのチプラス首相は、当面の資金繰りのための「つなぎ措置」を要求すると共に、支援の前提となる緊縮策の継続を拒否する旨を伝えていました。これは欧州の単一通貨ユーロに挑戦状を突きつけるというものですが、欧州に‘緊縮’の道を敷いたメルケル・ドイツ首相に対する最大の挑戦状とも云うもので、緊縮財政を条件に支援してきたEUとの溝を深めている処です。
尚、仮に合意が見られず支援が継続されなければ、ギリシャは債務不履行に陥ることになり、そうなれば‘Grexit’
(Greece +exit )
の可能性が出てくると言うこと、又その際ば、欧州金融市場はもとより、世界の金融市場を混乱に追いやる処ともなり、極めて憂慮すべき事態が想定されると指摘されるのですが、中銀関係者の多くは、ギリシャのEU離脱については、‘新札の印刷、硬貨の鋳造が必要であることを念頭に通貨の切り替えには1〜2年の準備期間がいる’事で実務的には難しいとみるのです。(日経、2015・2・18)
勿論、ユーロ圏にとどまるとしても財政の破綻は避けられず、そこでギリシャ政府はモラトリアム(債務支払いの猶予)を宣言することになる、と言うものです。
果たせるかな、20日、開催のEU財務相会議では、EUとギリシャは2月末期限の支援を4か月延長する(当初ギリシャは6か月延長を申請)ことで合意。これにより取り敢えず、ユーロ圏離脱と言う最悪の事態は回避されることになったのですが、債務問題と構造改革等、ギリシャが向かうべき重要課題については、議論が先送りされた形となっています。
つまり、チプラス政権は改革案リストを23日までに提出する事、そしてEUやIMFが評価した上でギリシャとEU側が4月末までに詳細案で合意次第、正式支援延長の手続きに入る事になっている由です。勿論、いましばらくは、ギリシャの改革案がどういったものになるか、EU対応、ギリシャ国内対応で、依然、ギリシャ政府は厳しい局面を迎える事になるものと思われます。
ただ、ユーロ圏に占める経済規模が3%弱に過ぎない小国ギリシャに、単一通貨体制が激しく振り回されている現実を、欧州主要国の為政者はどう見ているのか、とりわけEUと対立するロシアと地理的に近いギリシャ経済を、ユーロ圏の一員として安定させることが地政学的に極めて重要でしょうし、チプラス政権が一貫して強気にあるのも、EUにとってギリシャが戦略的に重要な地位にあることを認識しているからだと言われていますが、となれば、交渉プロセスはともかく、現実主義に立って協議し、必要な支援を続けるしかないものと思料される処です。(後出
2-(1)‘高まるロシアの地政学リスク’の項、参照)
・大胆な解決策
序でながら、現下で長引く欧州経済の低迷が、ギリシャは当然ですが、ユーロ圏全域での需要の低迷にあることは自明の処ですが、その点では、もはや大胆な解決策を打ち出すほかないのではと思料するのです。問題はその大胆なという点ですが、戦時債務で立ち行かなくなった西欧の経済復興の為に米国が実施したマーシャル・プランのような大胆なプランが想起される処です。偶々、元Economist誌編集長のビル・エモット氏も同様な趣旨で、ユーロ圏の公的債務の再編や、欧州単一市場の更なる自由化を含む、現代版マーシャル・プランをと, 主張しています。(日経2015/2/2)
つまり,ドイツ・メルケル首相にしても、そうした大胆なプランを約する方が、債務国から小幅な譲歩を不承不承引き出させるよりも政治的には賢明な筈です。そして、その際は、フランス等、欧州スーパーモデル(前出)の大国と組んでプランを主導することで、その可能性を高め得るものと思料されるというものです。勿論、詰めるべき課題は多々でしょうが、明日に向かう姿勢として前向きに検討されて然るべきではと、思う次第です。
2. 欧州に迫る二つの対外リスク
(1)高まるロシアの地政学リスク
「欧州の政治」に続き、イアン・ブレマー・グループが第2のリスクとして挙げていたのが「ロシア」でした。周知の通り、ロシアは、ウクライナへの介入問題を巡り、欧米から経済制裁をうけ、財政に苦しむなか、産油大国、ロシアとしては、従って原油安に関わらず歳入確保のために増産を続けざるを得ない悪循環に陥っていると言われています。
因みに、1月末にはロシア中央銀行は、これまでの17%としてきた政策金利を、15%に引き下げると発表しました。言うまでもなく企業の借り入れ需要の冷え込みで、景気後退が深まるのを懸念しての対応と言える処です。
然し、そうしたロシア経済の事情もさることながら、それ以上に欧州にとって重大な問題はウクライナにおけるロシアの軍事介入が発生している事です。ロシアと欧州の狭間にあってウクライナ国内では、親欧派と言われるウクライナ政府軍と親ロ派とされる反政府軍がロシアの支援を受け、いま領域を巡る戦闘状況にあり、昨年9月の停戦合意にも拘わらず、1月に入ってから再び、ロシアの軍事支援を受け親ロ派軍の攻勢が強まったことで、戦闘が一挙に拡大しました。
こうした中、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領は、米オバマ大統領、カナダハーパー首相の理解を取り付けつつ、プーチン大統領とも個別会談を持つなど、共同してウクライナ危機解決へ動き出したのです。と言うのも、ウクライナでの戦闘が欧州全域に火の粉を飛ばすリスクに留まらず、ウクライナの財政や経済の破綻が欧州各国の新たな重荷になる見通しが強まってきたためというものです。因みに、IMF,そして世銀は2月12日、ウクライナへの緊急金融支援を決定(注)したことで、当面、デフォルトは回避される見通しとはなっています。
(注)IMFの追加金融支援:総額175億ドル(約2兆1千億円)、期間4年間世銀の経済再建に向けた緊急支援:IMFと連携、最大20億ドル(約2400億円)の金融支援を通じて公共インフラ整備、財政支援等ウクライナ経済の再建に充てる。
もとよりフランスの武器輸出の8割はロシア向けですし、ドイツにとってロシアのガスプロムは大きな利権を有する先といった事情もこれありですが、とにかく、ロシアが介入を深め、ウクライナが仮に崩壊することにでもなれば、欧州全体の秩序、延いては世界が、大きく狂ってくることが予想されるということで、事態の推移はEUの外交政策にとって、冷戦以来の最大の試練とされる状況になっている処です。
とにかくEUとしては現状、ドイツの主導で何とか団結していると言った状況にあるというものですが、問題はギリシャ等、欧州内部での急進的な政治勢力の台頭です。それは対ロシア政策でのEU団結を鈍らせる、つまり、ロシアがEU域内の極右・極左勢力に接近するとなればEUの団結が怪しくなり、ロシアを孤立させてきた‘制裁’の体制も崩れ始まると言うものです。因みに、プーチン大統領は既にフランスの極右政党の国民戦線(FN)や、ギリシャのSYRIZAと交流していると伝えられており、とりわけこのギリシャの新政権との関係について、EU内では懸念と当惑が広がっているとも伝えられている処です。
・停戦交渉
さて、2月11日、ベラルーシのミンスクで、戦闘当事者のウクライナ、ロシア、
そして、調停役のドイツ、フランスのトップ4人による停戦に向けての協議が行われ、16時間という長時間の末、2月15日を以って停戦入りすることが合意されました。然し、合意の15日になっても、依然激しい銃撃戦は続き、18日にはウクライナ東部の要所、デバリツエボが反政府軍の攻勢を受け陥落、ウクライナ政府軍は撤退した旨、報じられています。勿論、停戦合意内容に違反するものといわれるのですが、ウクライナのポロシェンコ大統領は同日、国連に平和維持部隊の派遣を要請したとの由で、さて、メルケル首相、オランド大統領がどう対応することとするかが注目される処です。一方米国は、イラク第2の都市、モスルの奪還作戦を4〜5月にも実行する方向で準備を始めたと、19日米中央軍が明らかにした由です。かくしてロシアが映す地政学リスクは高まる処であり、欧州はまさにロシアンリスクに晒される状況にあるのです。
(2)中東からのテロの脅威
この1月、パリでイスラム原理主義者によるシャルリエブド襲撃事件が発生しました。それに続くデンマークでのテロ事件、更にはカナダ等での事件の勃発で、いまや過激派テロは欧州に留まることなく、世界的なリスク要因となっています。17日には、米ワシントンで過激派対策会議として60か国の閣僚級会議が行われるに至っています。
さて、パリでのテロ事件後の欧州の反応について1月17日付 The
Economistは、次のように伝えています。
まず、1月11日、ドイツで行われた「反テロ行進」ではメルケル首相は` I am the chancellor of
all Germans
‘と呼びかけ、また繰り返していました。これは明らかに400万人のドイツ人イスラム教徒を含むドイツ国民の総意を表したものと受け止められる処で、他の欧州諸国の首脳も同じ姿勢を示していたと言うのです。然し、そうした素晴らしい気分が冷めるにつれ、右派のポピュリストがテロへの具体的な懸念や、イスラム教徒全般に対する不安につけ込む余地が生まれてきた、ことでテロへの恐怖はイスラム教徒全体に対する不安を煽ることになってきていると言うのです。そして`Solidarity,
for now ‘ つまり、欧州はいま一致団結して、と叫ぶが、このことは同時に ` A backlash against
European Muslims would play into the hands of the killers
‘ つまり、欧州人イスラム教徒への反発はテロリストの術中にはまりかねないと、慎重な対応を示唆するのです。
序でながら、1月、イスラム国(IS)で拘束された日本人二人が殺害されました。これをうけ安倍晋三首相は直ちに、犯人(IS)を見つけ出し、罪を償わせる、決してテロには屈しない、その為にも国際連携のグリップを強化する、と極めて強いメッセージを発したのですが、その言動についても、2月7日付The
Economistは、それは即、軍隊(自衛隊)の海外派遣、武力行使容認への立法化を勢いづける処になると `A
tragedy in Syria pits Japanese hawks against peacenikes ’
、つまり、シリアでの悲劇が日本の平和主義を実力強硬論者のタカ派に嵌ったと、再び懸念を感じさせるコメントを伝えたのです。上述、パリ事件での欧州反応に対するコメントと軌を同じくする処であり、筆者も思いを同じくする処です。
ただ、安倍晋三氏の云う‘決してテロに屈しない’とは正しい姿勢だとは思います。然し、これはテロの背景にある宗教戦争や人種問題にストレートに向き合う事になり、彼らとの戦いに巻き込まれかねません。パワーバランスが失われている中で、グローバルに起こるこの種テロに日本はどう向き合っていくべきか、深く考え対峙していく事が不可避となっているのです。そして、そうしたコンテクストにおいて、安倍晋三氏にはマックス・ウエーバー言う処の責任倫理に即した行動をと、反芻することしきりとする処です。
おわりに r > g
処で、「21世紀の資本」の著者、フランス経済学者のピケティ氏が1月末に来日しました。4日間の滞在中、自身のテーマである‘資本主義下での格差拡大’について勢力的に講演を行ったのですが、各会場は経済専門家、学生のみならず、一般の男女社会人が集まる、まさに現代経済学の寵児とも云うべく、スターでした。尤も、それは後述するように格差拡大の抑制策として、彼は富裕層への課税強化を提言しているのですが、その一点に一般庶民は共感した、言うなれば社会現象と言えるのかもしれません。
さて、その際のカギとなっているのがr > g の不等式です。先の論考でも紹介しましたが、要は、資本収益率(r)と経済成長率(
g
)の間には、歴史的事実として、前者(r)は後者(g)を上回る関係にあるとし、その関係を不等式r>gと表記するのですが、この不等式からは、現在の資本主義経済のシステムを前提とする限り、資本の持てる者(資産家)と持たざる者(一般の勤労所得者)と間の所得の格差拡大は不可避と言うのです。そこで、格差是正の解決策として、資産家とされる富裕層への課税強化を提案するのです。ただ、格差は国ごと、いろいろの要素が絡んでいることもあり、この不等式だけで語れるわけではありません。因みにこの不等式に対する論理的説明はなく、そこは弱点と彼自身認める処です。
さて、日本の場合、その実状に照らすときr
に焦点をあてた課税の強化で格差解消と言う、言うなればネガテイブ・サイドに立つような発想ではなく、g に焦点を当て、経済の在り方を考えるきっかけとすべきではと思料するのです。 何故か?
彼は、成長政策では最早、格差解消はできない、と主張しています。然し、全体が良くならなければ、全員が良くなることはないのです。その点で、良く云われることは、成長のノリシロが少なくなっている云々ですが、とすれば、この際は、このノリシロの可能性をどう考えていくか、が然るべきと思料するのです。元より、彼も成長を否定するものではありません。
周知の通り、日本経済は人口減少で規模の縮小が想定されています。そうした環境に照らし、将来的にも持続可能な経済としていく為には、‘機会’の拡大と‘競争力’ある産業の育成、そしてグローバル経済との連携強化が重要となる処です。 前者については既成の思考様式にとらわれることなく、‘可能性’の障害となっている要因を排除していくこと、つまり規制改革を通じて‘機会’を広げる事であり、後者についてはイノベーションの促進を図り、競争力を高める事、そして同時に、為替対応もさることながら、グローバル経済に生きる日本として、国内市場対応が優先される産業と、海外市場で頑張ることがベターとする産業と、戦略的に仕分けし、取り組んでいく、要はグローバル経済と一体となっていく事で、ノリシロの拡がりを目指していくべきと思料するのです。
さて、2月9日、これまで日本の農業を吾ものとしてきたJA全中(全国農協中央会)は、政府・自民党との協議で、農協制度の見直し、全中の廃止、等を含む政府の農協改革案の受け入れを了承しました。これまで岩盤規制改革の象徴となっていた事案でしたが、これが農業の自由化に向けた第一歩となる処です。勿論、本格的に自由化が進み、企業の農業への参入も加わり、競争力ある農業に生まれ変わるか、はこれからが勝負ですが、とにかく蟻の一穴、として評価される出来事です。そして何よりも、TPP交渉が農産品の自由化問題で頓挫していただけに、まさに歓迎すべき変化です。安倍晋三首相は、2月12日の国会での施政方針演説で、まさに「戦後以来の大改革」とし、「変化こそ唯一の永遠である」とした岡倉天心の言葉をも添えてアピールしたのです。
そうした安倍晋三氏ですが、前述、エコノミスト誌の日本評にもあるように、政治の片側でみる行動は、近時のテロの脅威等を事由として、安保法制の拡充、軍事力の強化拡大、更にはODAの改正、等々、これまで日本の‘売り’として来た要素を掻き消すがごとくに映るのです。日本の生業は経済でしたし、これからもその筈です。今後は人口減少だから軍事で、と言う事なのでしょうか。いささか前のめりになってきているその姿勢が気がかりと言うものです。これは筆者だけの危惧というものでしょうか。
以上
著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)