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林川眞善の「経済 世界の

第41回 アベノミクス・ステージ2のリアルと、日本経済今後の論理 

2015/12/23

林川 眞善
 

目次

はじめに:‘未知の領域’に踏み込むアベノミクス

第1章  アベノミクス・ステージ2の論理
(1)GDP 600兆円 経済への道
(2)国家資本主義を想起させる「官民対話」

第2章  少子高齢化への戦略対応‘2つの矢’
(1)少子高齢化対策のリアル  
(2)Tony Blair VS Shinzo Abe

第3章  少子高齢化は新たな成長機会 ―そのカギはイノベーション
(1)日本経済と人口減少の意味すること
(2)デジタル革命を体現する欧米企業
(3)少子高齢化は新たな成長機会−カギはイノベーション

おわりに 2016年、世界は女性リーダーの時代
     


        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめに  ‘未知の領域’に踏み込むアベノミクス


先月末、年金積立金管理運用法人(GPIF : Government Pension Investment Fund )が本年度第2四半期の運用状況として、7.9兆円の赤字となった旨発表し、俄然我々の年金は大丈夫かと、一瞬、騒然としましたが、その際、頭をよぎったのが、今から40年前、社会思想家であり、マネジメントの神様と言われたP. ドラッカーが「見えざる革命」( 1976 )の中で、高齢化社会の到来と、年金基金が将来の大問題と指摘していたことでした。爾来、日本社会の高齢化、社会福祉と財政の健全化が日本経済を考えていく上でのキー・ワードとなっていったのですが、当時、理屈では分ったと言うものの、まさに対岸の火事とでもいう思いでいたものです。

・未知の領域に入った日本

それから34年を経た2010年、英誌、The Economist (Nov.20,2010 ) は人口減少が急速に進む日本の現状について、当時北海道の炭鉱の町、夕張が廃鉱で人口が減少し衰退状況に陥ったのを典型として、「未知の領域に踏み込んだ」( Into the unknown )と劇的な表現を以って、日本経済への警鐘とも言える特集を組み、人口減少時代に突入した日本経済の持続的な成長を図っていく為には行動様式の変革が不可欠と指摘すると共に、生活水準を下げることなく経済の活力を維持する為として以下を提言したのでした。

一つは労働力確保と言う事で、既婚女性労働者の内、62%の女性は出産後会社を辞めていくが、彼女たちの現役復帰が可能となる措置を、そしてリタイアーした人材の職場復帰についても可能となる措置を取る事、そして日本人に抵抗感の強い外国人労働者の積極的導入を行う事、更には産業競争力の強化を図る事、そのためには規制改革をドラスティックに進め、機会を拡大し、構造改革政策が不可避と、指摘するものでした。 序でながら、今年2015年4月のOECDの対日審査報告に於いても同様指摘がなされたのですが、愈々、日本の少子高齢化が世界的な問題と映ってきた現実を実感させられてきたと言うものです。

(注) 「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」 (国立社会保障・人口問題研究所)
       2010年:128,057(千人)   2050年:97,076(千人)
       2030年:116、618       2060年:86,737
       2040年:107,276 (2048年には人口は1億人を割る)
   

・アベノミクスはステージ2に入ったと言うのだが

さて、エコノミスト誌の提言があったちょうど5年後の今年、9月24日、折しも安倍晋三首相は2020に向かって、GDP600兆円を目標に‘成長’を図ると同時に、進行する少子高齢化へ社会保障の充実を通じて対応する事とし、日本経済の 「一億総活躍社会」創造に向けた新3本の矢、「強い経済」、「子育て支援」、「社会保障」の政策強化を発表し、アベノミクスは第2ステージに入ったと宣言しました。

では、これまでのアベノミクス3本の矢はどうなったのか? その疑問は残る処ですが、急ぎ新3本の矢を導入した背景には、安倍晋三首相 肝入りの安保関連法案が9月19日に成立を見ていますが、その直後の各メデイアに拠る緊急世論調査では内閣支持率は下落、日経では40%と8月末調査を6ポイントも下回ったことがあり、そこで、政権の求心力を回復するためには経済重視の姿勢を示すことが不可欠との思惑があったためとされています。が、要は、来年夏の参院選対策、自民党の為の政策と、映るというものです。

とは言え、11月26日、発表された「1億総活躍社会」実現への緊急対策では、「これまでのアベノミクス“3本の矢”を束ねて強化した新たな矢“希望を生み出す強い経済”を放ち、賃上げによる消費拡大、生産性革命による投資拡大に取り組む。又少子高齢化の進行が将来に対する不安・悲観に繋がっている。将来に先送りすることなく、真正面から取り組む」 、とし、新3本の矢を以って、国民の予ての不安の根本原因とされている長期的な少子化と社会保障の問題に取り組む姿勢を見せています。その姿勢は、まさにエコノミスト誌が言った‘未知の領域に’政策的に踏み込むとした点で評価するものです。

ただ、今回明らかとされた新シナリオもさることながら、その策定過程にはいささかの疑問を禁じ得ないのです。
と言うのも、当該目標の達成のためには経済界との協調が必要として官民対話の場が用意され、その結果がGDP目標に反映されているのですが、そのプロセスに映る安倍政権と財界との協調関係、具体的には榊原経団連との関係ですが、極めて違和感を禁じ得ないというものです。それは、まさに官民一体、まるで日本版国家資本主義とも映る様相にあり、しかも、双方とも、地に足の着いた展望もないままにあるその姿に、日本経済の今後が極めて気がかりと言うものです。因みに、グローバル経済と共に歩むことなくして日本経済の持続的成長は考えられない環境にあって、そうした事への言及が何処にも見ることがないのです。

そこでこの際は、アベノミクス・ステージ2を演じる新3本の矢、それを巡る官民対応の実状をも重ね解析し、併せて、新たな経済環境に向かう日本経済の枠組みについて考察することで、新しい年を迎える心の準備としたいと考えます。


第1章 アベノミクス・ステージ2の論理

(1)GDP 600兆円 経済への道


安倍首相は「戦後最大の経済、戦後最大の国民生活の豊かさ」を謳いあげ、アベノミクス・ステージ2の第1の矢、「強い経済」の象徴として、2020年度、GDP600兆円の目標を掲げました。この目標値は先の財政健全化のための経済成長シナリオに示されたGDP値です。この前提は実質2%、名目3%以上の 成長率なら、20年度に594兆円、21年度に616兆円に達する、との内閣試算を引用したもので、その限りにおいてお座なりと言えそうです。

では、その目標値のリアリテイはどうか、ですが、第2次安倍政権の発足後の成長推移をみると、13年度の実質成長率は2.1%、14年度は消費増税の影響でマイナス0.9%、15年度も1.5%の見通しです。アベノミクスで目指す経済の好循環の輪を大きくする道筋は見えていないのです。そこで日本経済の現実はどうなっているのか、です。

・日本経済の現状

周知の通り、日本経済は2000年に入ってからと言うものGDPで見れば2007年の513兆円をピークに今日まで500兆円の水準を超えることなく、まさに成長感のないままに推移してきています。つまり、2008年のリーマンショック以降、先進国経済の低迷と言う環境にあって、日本は円高、そして労働力の減少等から日本経済の主役たる企業が内向きになってきたという状況にあったと言うものです。

それでも、2013年1月、第1次「アベノミクス」がスタートしてからのこの3年間というもの、第1の矢を以って「異次元の金融緩和」が進み、第2の矢で「積極財政の出動」が進んだことで、とりわけ輸出主導の多くの企業は円安の恩恵を受け、対外競争力を回復で本年度上期業績(収益)は大幅に回復、長年不振にあった景気は回復への端緒を掴むことになったのです。

然し、回復トレンドを持続させるためとして用意されていた第3の矢、構造改革を核とする「成長戦略」は、ほとんど手づかずのままにあり、尤も、電力の自由化については、来年からの実施が決定され一定の成果を上げていますが、前述したように安倍首相は自身の政治資源を安保法制に向けてしまった結果、成長路線が頓挫することになったというものです。
 
実際、経済活動の牽引役たる企業の設備投資は停滞したままにあること、又GDPの6割を占める消費も、同様伸び悩んだままとなっていると言うのも、そうした事情に負うもので、近時の円安効果で競争力が回復し、輸出主導型企業の収益拡大は進みましたが、その資金を積極的戦略展開に回すこともなく、つまりは設備投資に向かうことのないままに遣り過ごされたと言う事ですが、そこでは景気回復への期待が持てないとの経営判断がそうさせていると言うもので、アベノミクスに対する期待も、信頼もいささか低調な様相となってきたというものでした。

因みに、2015年度の経済についてみると、第1四半期、第2四半期、いずれもマイナス成長となっています。[ (注) GDP(実質)成長率 2015年、4〜6月期:1.6%減、7〜9月期:0.8%減 ]  米国流の定義では、2四半期連続のマイナス成長はリセッションと言われるものですが、そうした‘不況’状況になれてしまったのか、かつてのようにリセッションへの危機感を持つこともなく、その状況は、なにか慣れきったようにも見受けられると言うものです。

(2)国家資本主義を想起させる「官民対話」

かかる状況を背にして安倍政権は、これまでのアベノミクスを引き継ぎ、デフレ脱却と高い経済成長で2020年にはGDP600兆円の達成を目指すとしたわけですが、その実現には企業の協力が不可欠ということで、官民対話と言う‘場’を整え、直接企業に対して、消費活動の活性化の為、雇用者の賃上げを迫り、また経済全体の活性化の為に、企業の戦略そのものに係る設備投資の積極化についても要請するのでした。
元より、これは私企業に対する政府の介入とも映る処、そうした政府の行動は如何なものかと、懸念は禁じ得ずと言う処です。 因みに、10月行われた官民対話では、甘利財政経済担当相は「過去最高の原資があるのに投資しないのは重大な経営判断の誤り」と発言しているのですが、これなど、なにをか云わんおや、と言うものです。

・安倍政権と癒着する榊原経団連

一方、政府の要請に応える経団連の姿勢も大いに疑問というものです。結論的には彼らは安倍首相の要請を全て受け入れ、企業の設備投資については「2018年度には設備投資は今年度比10兆円増の80兆円規模になる」とほぼcommitするような説明をしています。(注)
勿論その数字は緊急対策に織り込まれたのですが、さて、経団連会長が民間企業の設備投資の見通しを政府に約束できるのか、疑いたくなるというものです。

(注)経団連が設備投資の拡大を約束するに当たっては、政府からは法人税減税のデイールがあったと伝えられていますが、まるでお上の言う事を聞いたらその代償に税金を引き下げてやる、と言った構図に映る処です。果たせるかな12月15日、2016年度の税制改正大綱で、法人実効税率は現在の32.1%から29.97%へ引き下げられました。

安倍政府の賃金の引き上げ要請に応える企業、更には設備投資拡大要請に応えて動く経団連、この姿は、いつしか中国ならぬ日本版「国家資本主義」を想起させると言うものです。
既に榊原経団連は2014年9月、それまで禁止していた企業による政治献金活動の再開を宣言、安倍政権への支援姿勢を示していますが、今次の姿勢と言い、1974年、企業による政治献金の取りやめを決めた土光俊夫、更には民間企業への政府介入を徹底的に嫌った石坂泰三といった経団連会長だったらどう反応したものかと、思いを痛くする処です。当時の日経コラム(2014/9/12)は次のように言うのでした。「健全な資本主義を維持することを期待する」と

今、業種の垣根を越え、競争が世界的に激しくなっている中、従って企業の関心は新しい技術を取り込み、新市場の開拓にある筈です。そこでは、設備投資や研究開発のほか、人材の獲得、マーケティングなどを含めた広い意味での投資が重要になってきている処です。そうした現実を踏まえた上で、将来的にどういった投資が必要か、その為にはどういった手を打つことが必要か、そう言った対話ならともかく、その姿は、まるで企業の予算会議の様相と映るのですが、如何なものかというものです。

加えて、今の経団連幹部の経済観も気がかりです。GDPに現れる設備投資の数字が伸びていないことで、これを伸ばすよう要請され、経団連はこれを受け入れました。が、その姿勢には大いなる疑問を禁じ得ません。つまり企業の多くはグローバル経済と連動した行動様式へとシフトしてきており、そう簡単には行動様式は変えられない筈です。少なくとも経団連会長などは、そうした経済環境と企業の行動様式の変化について自信を持って語るべきと思料するのです。企業も、政府も、いずれも従来の発想と問題意識からの解放が進んでいないいままの状況に危うさを禁じ得ないと言うものです。既に国内を飛び出した企業は現地で海外投資、M&Aに向かっている(注)わけで、これら数字はGDPに直接反映される事はないのです。

(注)日本企業の海外M&A:M&A助言企業、レコフに拠れば、本年中(2015年11月9日現在)M&A実績は10兆44億円と9年振りに過去最高を更新。又、調査会社デイーロジックに拠れば1~10月、国境をまたぐM&Aのうち日本企業が買い手となった比率は前年比1.5ポイント増の6.6%。 世界第6位に浮上しています。

・企業の為すべきこと

勿論、大企業の中には目先の投資より、将来の競争力確保の観点から今は、先端分野における研究開発こそが然るべきと発言し、行動する企業はあります。まさに正論と解する処、かかるコンテクストにおいて、では企業の姿勢はどうあるべきか、ですが、この際は、今後のグローバル経済の展開、更には労働力人口の減少等、に照らし、グローバル経済と歩む視点を明確にし、経済界もこれまでのような自前主義を超えた協業を促すこと、そして新しい技術を使った製品やサービスがいち早く実現できる環境を、政府の協力を得て整備していく事を目指していくべきと思料するのです。
つまり、企業としてのビジョンを語り、政府の理解を促し、同時に企業が活動しやすい環境作りに積極役割を促していく、そうした思考様式が出てくれば、官民の好循環が期待できるというものです。経営環境と言えば、安倍晋三首相は昨年1月のダボス会議で、2年で岩盤規制は集中改革すると大見得を切っていましたがどうなっているのでしょうか。TPPが動きだし、2016年からはASEAN統合市場が始まる等、‘機会’は広がる処です。

ピーター・ドラッカーはこうも言っています。「企業の為すべき事には三つある。その一つは、現在の業績を確保し伸ばす事、次に、企業としての機会を追求する事、そして新規事業を創り出す事」と言っていますが、経済のグローバル化が進む環境にあって、企業の行動様式も大きく変わってきているわけで、「お上」に従うような今の経団連の姿勢にドラッカーはどう論評するものか、思いは募るというものです。
それにしても600兆円経済に向かう過程で、日本経済の構造変化をどう見ているのか、これが示されることがないままに作業が過ぎていく姿は如何なものかと、痛く思う処です。


第2章‘少子高齢化’への戦略対応‘2つの矢’

周知の通り、近時の日本経済の停滞は潜在成長力の低下によるとされています。より具体的には、潜在成長力を構成する3要素(資本、生産性、労働力)の内、少子高齢化による労働力(人口)の減少によるものであり、この流れにストップをかけることが、日本経済にとって最大にして喫緊の問題とされる処です。つまり、少子化で人口が減り、従って消費需要は減り、一方、労働力人口の減少で生産活動は縮小し、結果、日本経済の規模縮小と云った悪循環が云々されると言うものです。そこで、このマイナスサイクルに終止符を打ち、如何に経済を安定したものとしていくかが、少子高齢化問題のテーマとなるところです。

(1)少子高齢化対策のリアル

アベノミクス・ステージ2ではこの点、二つの政策軸を以って少子化にストップをかける一方で、労働、雇用環境の改善を通じて女性、高齢者の労働市場への参加を促すことで、労働力人口の確保を目指す事としています。

具体的には、その一つが「子育て支援」策(第2の矢)です。これは子育て環境を改善することで、家庭生活の豊かさを高め、希望出生率1.8を実現し、少子化に歯止めをかけるとしています。また、待機児童をゼロにすることや、幼児教育の無償化拡大など、「子育てに優しい社会を作りあげていく」と謳っていますが、詰まるところ、こうした福祉厚生の充実により、これまでいろいろの事情で高学歴にあっても家庭事情が許さず、不稼働のままにあった女性パワーの労働市場への積極参加を促すことで労働力の確保を目指すというものです。そして、もう一つ、増加する高齢者への対応については、「社会保障」(第3の矢)として、介護施設の整備を進めながら「介護離職者ゼロ」をめざす一方、働く意欲のある高齢者への就業機会を増やすことで「一億総活躍社会」を目指す、とするのです。

こうした施策の基本にあるのは、国民一人ひとりが自分の希望や能力に応じて活躍できる社会を構築する、つまりキャッチフレーズである‘一億総活躍社会’という考え方ですが、多様性と機会の平等を重視することは社会のダイナミズムを維持する上で極めて重要であり、その発想は評価できる処です。然し、問題は、子育てや社会保障の充実策と、国の借金が1000兆円を超す財政再建策をどう両立させていくか、その辺の道筋が見えていないという点で、絵に描いた餅と映る処です。

安倍晋三首相は11月29日の自民党立党60年記念式典で、1億総活躍社会について「成長と分配の好循環を生み出す新たな経済社会システムの提案」だと、訴えていましたが、実践的に言い換えれば、それは‘成長’による成果を如何に‘分配’に回せるか、と言う事ですが、上述したように、それは財政再建とも重ねて考えられていくべきマターであり、単に1億総活躍と言って片付く問題ではないのです。となれば、キャッチフレーズはともかく、取り組む姿勢の真剣さが問われるというものです。

尚、1億総活躍社会を目指すとのキャッチフレーズ(個人的にはいただけない表現とは思っているのですが)は、1997年、英国で誕生した労働党のトニー・ブレア元首相(1997−2007)の掲げた「第3の道」を思い出させる処です。勿論、新たな民主社会主義を目指した「第3の道」とは、思想的背景は異なりますが、国民全員参加によって社会全体の活力を引き出そうという目標においては同じくする処ですが、改めて、それと対比してみると、アベノミクスで示される少子高齢化対応には基本的な問題点が浮き彫りされてくるのです。

(2)Tony Blair VS Shinzo Abe

「第3の道」とは、周知の通り、英社会学者アンソニー・ギデンスが提唱した理念で、自由市場主義と福祉国家主義の結合によって社会統合を実現すると言うものです。具体的には国民全てがそれぞれ自分の能力を発揮し、社会に参加できるシステムの構築を主導するものです。そして、これまでの「結果の平等」を求めるものではなく、教育を充実するなどして、「機会の平等」を進め、そこにさまざまの民族、文化の人たちをも巻き込んでグローバリゼーションに対応していこうと言うものだったのです。つまり彼は、成長戦略は‘教育’だ、とし、これを全シナリオの中核に置き政策展開を図っていったと言う事でした。

そうした発想が生まれる背景として欧州先進国では高齢化で福祉に頼る人が増え、グローバル化で低成長になり、福祉を維持するだけのお金が足りなくなるという問題を抱えるようになってきました。そこで様々なアメとムチを使って福祉に頼っている人たちに社会に参加してもらい、働く機会を増やそうという政策が生まれてきたというものです。

新アベノミクスで目指す「1億総活躍社会」も、その目標に於いて第3の道と同じ線上にある事は前述の通りですが、では何が違うのかです。それは、アベノミクス新3本の矢は何れも密接な関係があるにも拘わらず、それらを束ねる軸が不明確のままにある事です。つまり、前述、急きょ新3本の矢が出てきた事情からか、当該施策は夫々独立した施策と映り、その対応もパッチワークの様相と映る点で、疑念を醸し出す処と言うものです。

実際、本年度の補正予算、来年度予算での社会保障費の取り扱いを見ていると、新アベノミクスは来年夏の参院選を控えてのバラマキシナリオと映るのと言うものです。今回決定の税制改正大綱でもそうですが、いま、全てが来年の参院選目当ての行動となっている点で、アベノミクスへの不信は強まると言うものです。
来春には、今回の緊急提案に続き「ニッポン一億総活躍プラン」が示される由、伝えられていますが、さてそうした不信を吹き飛ばすダイナミックなプランが出てくるものか、注目です。


第3章 少子高齢化は新たな成長機会―そのカギはイノベーション

(1) 日本経済と人口減少の意味すること


今月2日、野村総研が発表した英オックスフォード大学との共同研究「今から2030年の日本に備える」の成果によれば、日本の労働人口の49%が人口知能やロボット等で代替が可能になるとの由ですが、かくして、ロボットに知性を帯びさせることで機械が知的労働を代替するようになってきたと言う現実を実感させられたのです。

・生産年齢人口の減少と思考様式の変化

さて、アベノミクス・第2ステージでは前述のような少子高齢化対策を以って、労働力人口の減少を食い止めんとしていますが、女性や高齢者の労働参加率を目いっぱい高めても、急減する生産年齢人口の穴は埋めきれないことが自明となってきています。

因みに、日本の人口は、先に示した(P2: 注)ように、2050年には1億人を割り込み、9708万人に、その後も減少を続け、2060年には9000万人を切ること、しかも、その内3500万人近くが65歳以上の高齢者と想定されています。高齢者の比率も増加し、2030年にはほぼ3人に一人が高齢者、更に2060年には2.5人に一人が高齢者と想定されているのです。と言う事は、4,000万人の人口が減る、これは例えば欧州の1国が消えてしまう事を意味しますが、1億2千万人口を前提として出来上がっている現在の経済システムでは、とても回るものではない事になります。

では、そのギャップをどう埋め、しかも中長期的に、経済活動のレベルを落とすことなく、言い換えれば国民の生活水準を落とすことなく、持続的経済を実現していくか、が問われる処ですが、そこで問題は、思考様式です。つまり、人口が減り、経済活動が縮小すると言う事であれば、その分、生産性を上げる事でカバーしていくこと、言い換えれば技術的、製品的イノベーションを促進することで、結果として産業システムの高度化、更には新しい機会が期待できると言うものです。同時に考えるべきは、人口減で1億人口の国内需要は規模縮小への懸念が出る処ですが、目を外に向ければ70億人口の大市場が在るのです。それは大消費市場であると同時に多くの経済機会の広がりを目の当たりとでき、いたずらに人口減を悲観材料とすることなく、むしろ新たな成長機会と位置付けられるものと思料するのです。と言うのも、生産性向上、産業の効率化とは、単にリニアーな事ではなく、生産システムの変革を伴う事で、新たな価値創造の場が生まれ、効率的な経済の拡大を可能としていくものと考えるのですが、それは、現下で進むICT(情報通信技術)に与していく事で、具体的に示されてきていると言うものです。

(2)デジタル革命を体現する欧米企業

昨年10月、英誌The EconomistはThe Third Great Waveと題して、現下で進むデジタル革命の進展で産業構造が変化していく様相を、言うなれば第4次産業革命として、特集していました。その中で紹介されていたのが、国家ベースで進むドイツのIndustry 4.0、また企業ベースでは米企業GEが主導するIndustrial Internet(産業のインターネト)の動きです。その概要を少し触れておきましょう。

まずIndustry 4.0ですが、インターネットで製造現場と顧客、マネジメントをつなぐことでカスタマイゼーションを可能にし、在庫や環境負荷も軽減することになると言うもので、サプライチェーンマネジメントなど、これまでも製造や在庫を最適化する試みはおこなわれてきたが、一企業をはるかに超えた生産システムを構想している点で産業革命と捉えられると言うものです。
又、GEが中心となるインダストリアル・インターネット・コンソーシアムでは、流通業や小売業などを含むすべての産業を変革しようと言うものです。 

いずれも、いわゆるIoT (Internet of Things)、物のインターネットを新たな規範として進む産業革新と言うものであり、そこでは‘産業と人的資源の結びつきをどう考えていくか’が課題となる処です。
つまり、人力の代替となる機械の発明をカギとして進化してきたいわゆるこれまでの産業革命に比べ、ICTの革命的な進歩を背景として進む変化の基軸は、コンピューター・パワー(計算力)、コネクテイビテイ(多元的結びつき)、ユビキタス情報機能(何時でも、何処でも入手できる情報機能)にあり、それ故にデジタル革命とされる処ですが、それら要素はマクロ、ミクロを問わずに絡み合って進む結果、経済の効率向上、生産性向上、が進むと同時に、あらゆる面で構造変化を促すという点で異次元の変化とされる処です。 それだけに、そこに戦略性が見いだせるというものですが、これら変化を律するキーワードはイノベーションと言うものです。

・一層のグローバリゼーション

もう一つ日本にとっては重要な軸となるのが言うまでもなくグローバリゼーションの促進です。勿論、大消費市場との展開ですが、かつて喧伝されていたように、先進企業の途上国進出で現地でもイノベーションが進んできた結果、機会の拡大が期待できるようになってきていると言う事です。更に懸案となっていた労働力の移入についても、合理的環境が見えてきたと言うものです。

(3)少子高齢化は新たな成長機会―そのカギはイノベーション

ごく常識的ですが、経済の生産性を高めること、そして、機会を広めていくこと、この思考軸を鮮明にすると共に、これを枠組みとして政策展開を図ることで、新たな成長機会が期待できるというもので、その限りにおいて高齢化社会は新たな成長の機会となると言えるのです。
言うもでもなく、こうした変革プロセスは、フルタイムで働けないために大量生産の時代には排除されがちだった育児中の女性や高齢者、障碍者と言った人たちも、コミュニケーション能力を活かして様々な知識集約型仕事につきやすくなることをも示唆すると言うものです。

つまり、既存経済システムでの行政的な手直しでは、これまでの経済の生業は維持しきれなくなっていく処、従って構造的戦略対応が不可避となっているのです。具体的には進歩するICT技術との生業を規範とし、生産性の向上と産業構造の高度化を図る事、併せて、グローバリゼーション経済の優位性を戦略的に取り込み、持続的な経済を目指していくシナリオ、これこそが少子高齢化に対する戦略対応であり、まさに日本経済の行動論理となる処です。そして、その際のカギは依然イノベーションである事、銘記すべきと思料する次第です。


おわりに : 2016年 、世界は女性リーダーの時代

さて、米誌TIME(12月9日付)は恒例の「Person of the year (今年の人)」に独メルケル首相を選択しました。その理由は、ギリシャに象徴される経済的混乱、難民危機、等、に直面しつつも「開かれた障壁のない欧州を維持、促進してきた指導力」を挙げています。もはや単なるドイツ宰相を超えたオールEUのリーダーと言う存在です。英The Economist(11月7日付)も‘The Indispensable European’(欧州に欠かせぬ人)として特集していましたが、 宣なるかなと言う処です。因みに、年初、米政治学者 イアン・ブレーマは世界のNumber Oneリスクは「欧州の政情」と挙げていましたが、まさにそれが現実となった1年だったと言う処です。

序でながら世界の女性リーダーとして、この際はもう一人、 米FRBイエレン議長を挙げておきたいと思います。12月16日、金利の引き上げを決定し、2008年末から続いたゼロ金利政策を解除させたのです。米経済の回復が続き、中期的に2%の物価上昇率目標に達すると確信したため、利上げを決めたと、説明していました。リーマン後の未曾有の金融危機に対処した前例のない大規模緩和は終幕を迎え、世界のマネーの流れを変える転換点となると言うものです。まさに世界の金融市場、金融経済を仕切る彼女の存在は絶対的なものと映る処です。尤も、世界にばらまかれたドル資金の後始末はどうなる事やらと、心配ではあるのですが。

この他、現在世界ではIMFのラガルド議長ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、更には韓国朴大統領といった女性リーダーが活躍中ですが、2016年になると更に女性リーダーの登場が予想される処です。例えば、国連事務総長にはUNESCOのイリナ・ボゴボア事務局長が専ら取沙汰されてきていますし、米国では来年の大統領選挙ではヒラリー・クリントン前国務長官の選出が最有力視されています。とりわけクリントン大統領誕生ともなれば、欧州のメルケル首相と併せ、欧米の大国は、この女性リーダーの下に統治されるという興味深い状況が生まれると言うものです。更にはミヤンマーのスーチー女史の大統領就任の可能性も伝えられるなど、来年の世界はまさに女性リーダー台頭の時代を迎えることになりそうです。となれば今まで男社会の価値観で仕切られてきた世界は大きく変ることになるのではと、新年が楽しみとなってきました。

今年も、残す処あと1週間。この1年、読者の皆様には弊論稿にお付き合い頂き感謝申し上げます。そして今年を終えるにあたっては、新たな局面に入った世界経済、そして高齢化経済に驀進する日本経済、これらに向き合う感性を磨きつつ、Today is the first day of the rest of my life、と、日々を新たとし、新たなテーマに向かってチャレンジしていきたいと思っています。引き続きよろしくご支援のほどお願いしたいと思います。それでは良き年をお迎えください。     

Merry X’mas and a Happy New Year to you all.
              
 以 上

 

著者紹介
三菱商事、三菱総合研究所を経て、帝京大学教授、多摩大学大学院教授を歴任(専門分野:戦略経営論、グローバル経営論)

 

 

 

 

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更新日:2016/01/01