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第1回右脳インタビュー     
(2005年12月1日)

国際弁護士 大塚 正民さん                         
 

 

大塚 正民氏 プロフィール

1936年  秋田県出身
1958年  司法試験合格
1959年  東京大学法学部卒業
1961年  弁護士登録
1967年  公認会計士登録
1989年  ニューヨーク州司法試験合格
1994年  アメリカ公認会計士(CPA)試験合格
1996年  外国法事務弁護士登録
2008年  法学博士(東京大学)
2010年  大塚正民 法律会計事務所 開設



写

 


著書
『現代アメリカ信託法』 大塚正民・樋口範雄(共著)有信堂高文社 2002年
『キャピタル・ゲイン課税制度 アメリカ連邦所得税制の歴史的展開』
大塚正民著 有斐閣学術センター 2007年
その他、日米において執筆論文多数  


 

片岡:

本日は【 右脳インタビュー シリーズ 】の門出を飾っていただき大変嬉しく思っております。大塚さんは、国際税務と国際紛争解決における権威で国際弁護士としてご活躍されておいでですが、先ず、これまでのご経歴ついてお伺いしたいのですが。 
 

大塚

私の場合、当初から国際的な仕事を考えていたのではございません。1961年に弁護士を始めましたがこの時は専ら国内問題を取扱っておりました。1968年のことになりますが、ボストン・コンサルティング・グループの米国でのサマー・セミナーに参加する機会がございました。このセミナーには実に多くの日本人が参加しており、将来米国とのビジネスが深まることを肌で感じました。そしてJ.C.アベグレン氏(注1)の勧めでブレークモア法律事務所に入り、ここではインバウンド、つまり日本へ進出する外資系企業の法務を主に担当いたしました。1980年の外為法改正を契機に日本企業の海外進出が盛んになり、アウトバウンド、つまり海外へ進出する日本企業のお手伝いを主に行なうようになりました。1990年にはニューヨーク州の弁護士資格を取得し、ニューヨークのジョーンズ・デイ法律事務所で対米進出をしてきた日本企業への法務を主に担当。2001年に帰国、現在に至っております。
 

片岡:

ほぼ10年毎に新しいチャレンジをされているわけですね。
 

大塚

私自身周囲にそのような話をしておりましたので、時期が近づくと皆様からアドバイスを戴くことも多く、市長選への出馬要請などもございました。こちらは挑戦していたら大変なことになっていたでしょうね。
 

片岡:

専門家としてのチャレンジ精神の源泉はどこにあるのでしょうか?
 

大塚

J.S.ミル(注2)の言葉に“try to know something about everything, everything about something”と言うものがございます。つまり、全体を全て知ることは不可能でも、それを追求し続ける姿勢が専門家にとって不可欠だと思っております。そして本居宣長が『うひ山ふみ』の中で述べているように“おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有物也”と思っております。
 

片岡:

それでは、そのような専門家を活用する上で、経営者はどのような姿勢が必要なのでしょうか?
 

大塚

経営者は全体を見る目を持っておりますが、それでも各専門分野に於いても論議できる知識は持って欲しいと思います。問題が起きてから専門家に丸投げするというのでは困ります。
 

片岡:

倫理的な面では如何でしょうか?
 

大塚

評価というものはそもそも恣意的な面がございます。例えばエンロン(注3)やワールドコム(注4)なども、全米でのトップクラスの監査法人(注5)を経たわけですから、何らかの財務的裏づけ、つまり理屈があったはずです。それは物理学のようなサイエンスではなく、理屈はつけようと思えばいくらでもつけることが出来るわけです。
 

片岡:

日本の会計事務所も粉飾決算など問題を抱えておりますね。 
 

大塚

そもそも日本の会計事務所は銀行や大蔵省からの天下りを受け入れる傾向がありました。クライアントの確保や裁量を期待してのことでしょう。昔、企業会計制度には、“巨額臨時の損失は繰り延べすることができる”という規定がありましたが、このような規定などはいくらでも悪用が可能です。ルールというものはもともと不完全で、また利用する人間の倫理や道徳に依存しております。常によりよい制度にしようとする行動そのものに意義があると思っております。
 

片岡:

エンロンやワールドコムといいますと2002年に『TIME』誌がワールドコムのC.クーパー女史(注6)、FBIのC.ロウリー女史(注7)、エンロンのS.ワトキンス女史(注8)をパーソンズ・オブ・ザ・イヤーに選出するなど内部告発が話題になりました。
 

大塚

内部告発については、米国では古くから法律面でも整備がなされてきております。例えばFederal False Claim Actと言う法律は、南北戦争当時、北軍に対する物資調達業者の不正を防ぐためにリンカーンの要請で1863年に成立したものです。この法律は刑事的な処罰だけでなく民事上の損害賠償をも請求すべきとしたもので、政府が受領する損害賠償金の15〜25%の範囲の褒賞金を雇用主が内部告発者に対して支払うこととされています(注9)。また米国では所謂qui tam訴訟、つまり私人が米国政府の代理者として民事上の損害賠償請求を求めて提訴することを認めております。更に内部告発者の保護制度も充実、連邦政府は勿論、州レベルでも数多くの法律が制定されております。これらの内部告発に関する法律などは日米の文化の違いを良く表しております。
 

片岡:

だからこそ、専門家は全てを知る努力が必要な訳ですね。それでは最後に大塚さんの今後の挑戦などお聞かせ下さい。
 

大塚

次の10年は“税考古学”に取り組んでみたいと思います。考古学者が貝塚や柱の跡穴などを発掘し、科学的実験や比較分析によって過去を再構築し理解しようと試みるように、税においても同じように判決文を人間の経済活動の痕跡と捉えて考古学的アプローチを試みたいと思っております。
 

片岡:

ところで大塚さんのご趣味はマラソンの他、映画も良くご覧になるそうですね。別の機会に映画などについても、ご意見などいただけましたらと思っております。本日は有難うございました。
 

−完−

 

インタビュー後記

本居宣長の学問を象徴する言葉に「好・信・楽」、つまり好きなことに確信を持ち楽しむというものがございますが、大塚さんがまさにそうで、職業的専門家であるとともに求道家としても法律の世界への挑戦を続けているようです。「当初から国際的な仕事を考えていた訳ではない」と語る大塚さんが日米の弁護士資格、会計士資格を取得し、国際弁護士の道を歩んだのは自然なことであったのかもしれません。

  

 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

ジェームス・C. アベグレン(James C. Abegglen)1925年生まれ。シカゴ大学博士。アメリカ戦略爆撃調査団(初来日)、フォード財団、ハーバード大学を経て、1955年日本に再来日。1958年「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」など、日本的経営論の原点となる歴史的名著『日本の経営』(The Japanese Factory)を発表。その後、アーサー・D・リトル、マッキンゼーなどを経て、1965年ボストン・コンサルティング・グループの設立に参加(日本支社初代代表)。

著書
2004 日本の経営[新訳版] J.C.アベグレン(著), 山岡 洋一(訳)日本経済新聞社 
2004 新・日本の経営 J.C.アベグレン(著), 山岡 洋一(訳)日本経済新聞社
 

注2 

ジョン・スチュアート・ミル (John Stuart Mill), 1806-1873 哲学、論理学、倫理学、政治学、経済学の領域にわたる19世紀イギリスの最大の思想家。

著書
1843 論理学大系 A System of Logic 
1844 Essays on Some Unsettled Questions of Political Economy 
1848 経済学原理 Principles of Political Economy 
1859 自由論 On Liberty 
1861 功利主義 Utilitarianism 
1861 代議政治論 Considerations on Representative Government 
1869 女性の隷属 The Subjection of Women 
1873 自伝 Autobiography
 

注3 

1985年ヒューストン・ナチュラルガスとインターノースのガスパイプライン会社二社が合併して誕生したエンロンは、エネルギー産業の規制緩和の波に乗り、またガスや電力取引に積極的にデリバティブを取り入れ、2000年度には約1010億ドル、全米7位の売上を誇る巨大企業に成長した。またエネルギー業界に限らないキャッシュフロー経営の最先端企業として株式市場からも高い評価を得、「アメリカで最も革新的な企業」(フォーチュン誌1996〜2001年)と言われた。この間、デリバティブ等で発生した損失等を連結決算対象外の子会社に付け替えるなど粉飾会計が行なわれていた。2001年12月、400億ドルを超える負債を抱えて破産した。
 

注4 

ワールドコム(現MCI)は、1983年B.エバースらにより設立された長距離電話会社で株式交換による企業買収を重ね、14年間で全米第2位の長距離通信会社に成長した。この間、本来は営業費用に計上すべき回線接続料などのコストを設備投資として資産計上し、総額で110億ドルの利益をかさ上げしていたことが発覚。2002年7月に410億ドルの負債を抱えて米連邦破産法11条の適用を申請した。同社元最高経営責任者(CEO)バーナード・エバーズは証券詐欺などの有罪判決を受け、25年間の禁固刑を言い渡された
 

注5 

世界5大会計事務所の1つと言われた名門会計事務所アーサー・アンダーセンが監査を担当。事件後、多額の簿外債務を故意に見逃し、不正書類を処分するなど、会計粉飾やその証拠の隠蔽に関与していたことが発覚。解散を余儀なくされた。
 

注6 

シンシア・クーパー(Cynthia Cooper)ワールドコムの内部監査部門トップで、粉飾決算の実態を企業内の独立機関である監査委員会へ告発。
 

注7 

コリーン・ロウリー(Coleen Rowley)FBI特別捜査官。2001年のSeptember 11.の米同時多発テロの事前情報が十分捜査されなかったことをFBI長官への書簡で内部告発した。
 

注8 

シェロン・ワトキンス(Sherron Watkins)エンロン社幹部。同社CEOのケン・レイに対し不正経理の是正を警告する内部メモで警告した。
 

注9 

1992年の判例として、イスラエルの空軍の将軍と共謀し架空の取引代金を米国国務省から受取っていたGEに対して、罰金や米国政府との和解金の他に告発者である元従業員へ1340万ドルの褒賞金を支払うようにと言う裁定が下された。(ニューヨーク・タイムズ1992年12月5日付け)
 


片岡秀太郎の右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2012/10/30