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プロフィール
1945年生れ。東京大学法学部卒。日本銀行入行、大蔵省主税局税制第一課係長、那覇支店長、国際局次長、ニューヨーク駐在参事、業務局長、名古屋支店長を歴任。日本格付投資情報センター(現 株式会社 格付投資情報センター) 常務取締役 金融工学研究所 代表取締役社長就任。現在、株式会社 格付投資情報センター 代表取締役社長。
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著書 |
財政収支のみかた―わが国の国庫制度と財政資金の動き
日本銀行財政収支研究会/原田
靖博著
ときわ総合サービス出版調査部 1997年 |
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片岡:
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第14回の右脳インタビューは株式会社 格付投資情報センター(注1) 代表取締役社長の原田 靖博さんです。本日はご多忙の中、有難うございます。それではご足跡などお伺いしながらインタビューを始めさせて戴きたいと思います。宜しく御願い致します。
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原田:
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私は終戦の直前に満州で生れました。運よく帰国できましたが、ちょっとした違いで『大地の子(注2)』と同じように中国に残留する運命を歩んだかもしれません。今でもそういった思いを持っています。日本銀行(注3)へ入行後は、大蔵省主税局などを経て再び日銀に戻り、パリに駐在しました。まだベルリンの壁の崩壊前でしたが、旅行で東欧へも足を伸ばしたりしました。当時、私たちから見ても高級な店へ集う若者たちがいる一方、多くの一般庶民は貧しい生活をしており大きな歪みを感じました。帰国後、沖縄勤務となったときにはスキューバダイビングの虜となりました。今でも年に2,3回は潜っています。特に沖縄の海はいいですね。その後ニューヨーク勤務や名古屋勤務を経て、今の会社へ移りました。
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片岡:
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ウォール街にも原田さんのように海を愛する人たちが多いものと思いますが、彼らのビジネス面は如何でしたでしょうか。
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原田:
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ウォール街の人たちの猛烈さは別格で、日本に派遣されて来る外資系金融機関の人たちとも一線を隔しているように思います。そもそも日本に派遣される人は日本社会に適している人材ですから当然かもしれません。
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片岡:
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ニューヨークでご活躍されていた時期は、まさに日本経済がバブル崩壊のどん底で日本への不信感が市場に蔓延していた頃ですね。
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原田:
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金融政策は、現場において感覚を研ぎ澄ます事が大切です。当時は、ジャパン・プレミアム(注4)全盛で、邦銀は流動性のリスクを抱えていました。このため邦銀のドルでの資金繰りを日夜ウォッチして、万が一の事態に備えてニューヨーク連銀とも連絡を取り合っていました。当時の市場は、日本に対して『危機に際しても何もしない国』と悲観的でした。また日本からのディスクローズも不十分だったために、『日本には対応策がない』という印象をより強く持って過剰な反応を示していたように思います。特に住専問題(注5)の処理に投入された6800億円という金額は問題の実体に比べて少なく、当局の姿勢に対して不信感が募り、連鎖倒産への危機感が高まりました。この頃は、最悪の事態に備え、ニューヨーク連邦準備銀行とは週末も双方の滞在場所を確認し合っていました。更に大和銀行の問題(注6)では、『日本の銀行にはガバナンスの能力がなく、トレーダーに対する基本的なチェックすら出来ていない』と銀行システムそのものに対する不信感も生れていました。このような透明性や責任というものに対するカルチャー・ギャップがある中では、銀行システムに対する信頼を回復することは大変難しく、とにかく積極的にディスクローズしていくしかありませんでした。
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片岡:
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中央銀行のディスクローズは影響範囲が大きく特に舵取りが難しいものと思います。
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原田:
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勿論、情報の公開に対しては、不測の憶測を呼ぶのではといった心配があります。しかしながら市場は公開してもしなくても憶測をします。ですから多少の反応があったとしても真実を伝えた方がよりよい結果に繋がるはずです。例えば、バンク・オブ・イングランドのMervyn King総裁は政策についても1ヵ月後には全てディスローズするという方針をとり、政府との考え方の違いまで公開しています。こうした姿勢は、はじめからあったものではなく、英国政府がジョージ・ソロスに大敗北(注7)した経験などからを体得してきたものでしょう。
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片岡:
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ディスクローズに対する考え方は、まさに格付機関のあり方にもかかわりますね。
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原田:
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格付会社はプライベートな企業ですが、他の会社の信用を調査して公表し、その会社が潰れるかもしれないといった情報を提供する使命を持っています。また投資家と企業の間には如何しても情報の非対称性がありますが、格付会社は、公開情報だけでなく経営方針に関するトップ・インタビューや取引先へのヒヤリングなどのインサイダー情報も集め分析を行うなど、こうした非対称性を埋めていく役割を持っています。
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片岡:
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市場の根幹を担う機能ですね。さてそうした格付費用の負担はどうなっているのでしょうか。
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原田:
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格付は、企業にとって信用を証明し資金調達の円滑化などメリットが多く、費用は企業側が負担しています。このため格付会社は、『審査されるべき企業からの収益で成り立っている』という最大のコンフリクトを抱えています。勿論、営業とアナリストを厳格に分けるなど色々な対応策はとっています。例えば、私は経営者ですから全体の大きな方針や人事を決めることはありますが、個別企業の審査には一切タッチできない仕組みになっています。
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片岡:
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アナリストは何人くらいいるのでしょうか。
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原田:
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弊社には80人強のアナリストがおりますが、この中にはストラクチャード・ファイナンス(注8)の担当者も含まれますので、格付けは40人程度で約700社の格付けを行っております。概ね業種毎に担当が決まっています。
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片岡: |
格付のプロセスをお教えください。
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原田:
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依頼があった企業を初回は2ヶ月程かけて調査します。その後のレビューでも1月程度は掛かります。こうした調査結果を格付委員会で審査し、3~5年後にどうなっていくかなどといった将来にわたる投資の的確性を格付します。格付の決定は担当者の満場一致が原則で、不一致の場合は疑問点を出して再度審査します。如何しても決まらない場合は多数決になりますが、殆どそういったケースはありません。また他社の格付けを行うのですから自らのディスクローズも積極的に取り組んでいます。例えば、BBBの会社の5年後に何割倒産したかなどといった30年間の実績データを公表しています(注9)。
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片岡: |
外資系の格付会社と御社では、格付に違いがでることもあるのでしょうか。
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原田:
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3ノッチ程異なった評価となった事もあります。外資系の場合は、どちらかというと定量的な財務情報に主眼が置かれ、日本企業独特のコーポレートカルチャーなどといったものはあまり考慮しません。また格付の決定も本国で開く格付委員会で決定します。これは基準を同じくするためです。グローバル・スタンダードともいえますが、日本企業もドイツ企業も米国企業も同じ手法で測ることになります。また過去の財務諸表に重点を置き過ぎると短期的な分析となる傾向があります。そういった不十分さはムーディーズ(注10)なども認めてきているようです。
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片岡: |
御社も海外展開などに取り組まれているのでしょうか。
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原田:
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私共も海外の企業の格付をいくつか手がけています。更に現在、米国での公認格付機関として認定されるよう活動を行っています(注11)。米国の代表的な投資銀行などの推薦も得ており、現在SECの判断を待つ最終段階まで来ています。こうした事を通してグローバルな資本交流を促進するインフラとなることが大切だと思っています。
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片岡: |
プライベート企業の立場から日本の資本市場の道筋を創り出す素晴しいご活動に感銘致しました。本日は有難うございました。
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(敬称略) |
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−完− |
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インタビュー後記
格付投資情報センターでは、大手企業だけでなく、中小企業や学校法人、地方自治体など格付の発行範囲を広げています。今後益々格付の重要性は増すものと思いますが、更に格付という公共性が高く影響力を持つ機能をプライベート・カンパニーが担うこと自体にも大きな意義があります。日本社会の格付機関や格付に対する理解はまだ不十分で、きちんとした啓蒙や仕組み作りが必要な段階です。また日米の格付機関を比較すると、積極的なPR戦略を持つ米国の格付機関の存在感は日本国内においても大きく、神経質な反応を示す日本企業も多いようです。今後、日本の格付機関もそういったものを凌駕する力が必要となります。
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聞き手
片岡 秀太郎
1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。 |
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脚注
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注1 |
株式会社 格付投資情報センター
http://www.r-i.co.jp/
代表取締役社長 原田 靖博
沿革 1998年4月に(株)日本インベスターサービスと(株)日本公社 債研究所が合併して発足。
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日本インベスターサービス: 1985年、日本興業銀行・野村総研など118社の出資により設立。 |
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日本公社債研究所: 1975年に日本経済新聞社の中に『公社債研究会』を設け債券格付けの研究に着手。1985年、株式会社として独立。 |
資本金 5億8,800万円
従業員数 144名
本社 東京都中央区日本橋1-4-1日本橋一丁目ビルディング
海外事務所
香港事務所、ニューヨーク事務所
主な業務
■格付け業務(債券等の有価証券及び借入金、保険債務の履行能力の評価)
■企業の各種年金資産及びその他資産の運用成果を分析評価する業務、ならびに、コンサルティング業務
■財務・信用度を分析・評価する業務及びコンサルティング業務
■資本・金融市場及び企業動向に関する調査・研究
■上記事業に関連する情報サービス業務及び出版物の刊行
関連会社
株式会社 金融工学研究所
http://www.r-i.co.jp/ftri/
代表取締役社長 田中英隆
設立 1999年4月2日
資本金 1,000万円
主な事業
■企業・団体の財務・信用度等に関する各種リスクの評価並びに数量分析
■上記事業に関する情報の提供、出版物の刊行及び調査研究の受託
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注2 |
『大地の子』 山崎豊子の小説 1991年 文藝春秋。中国残留孤児 陸 一心の波乱万丈の半生を描いた物語で、1995年にはNHKの放送70周年記念番組としてドラマ化された。
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注3 |
日本銀行
http://www.boj.or.jp/
総裁 福井俊彦
本店 東京都中央区日本橋本石町2-1-1
設立 1882年
資本金 1億円
日本銀行の資本金は1億円と日本銀行法により定められており、55,045,000円(平成17年3月末現在)は政府出資。
Jasdaq上場(8301)
12月29日現在 株価:93,000円 発行済み株式数 1,000,000 株
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注4 |
ジャパン・プレミアム 日本の金融機関が、国際市場で資金調達する際に求められる上乗せ金利。バブル崩壊後の邦銀の経営基盤の弱さを象徴する言葉としても用いられた。
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注5 |
住専問題については下記のサイトを御覧下さい。(政府見解)
http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/jyusen/index-j.html
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注6 |
大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件
1983年、大和銀行(現・りそな銀行)ニューヨーク支店の現地採用嘱託行員の井口俊英は、変動金利債の取引で出した5万ドルの損失の発覚を恐れ、アメリカ国債の簿外取引を行った。その後も井口は不正取引を続けた。同行の社内チェック体制の不備もあり12年間もの間、発覚することなく、大和銀行の損失は11億ドルにも膨れ上がった。1995年7月、井口はついに不正による巨額損失を上層部に告白した。大和銀行は大蔵省への報告を優先、アメリカ金融当局への報告せずに隠蔽を画策するが、FRBに発覚。FRBの処分により大和銀行は340億円の罰金を払い、アメリカから撤退した。
『告白』 井口 俊英 著 文藝春秋 1997年
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注7 |
イギリスは『英国病』といわれ経済的低迷状態の中で、EC(欧州共同体)域内通貨間の為替レートを事実上固定するEMS(欧州通貨制度)とERM(欧州為替相場メカニズム)を進め、ポンドは次第に過大評価されていった。ジョージ・ソロスは、そこに目をつけポンドの空売りを行う。1992年9月15日、激しいポンド売りにより変動制限ライン(上下2.25%)を超え、翌16日(ブラック・ウェンズデー)、バンク・オブ・イングランドが公定歩合を10%から12%へ引き上げ、さらにその日のうちに15%へと再度引き上げが、売り浴びせを止めるにはいたらず、事実上のERM脱退となった。9月17日、正式にERMを脱退し、変動相場制へ移行した。この間、ジョージ・ソロス率いるヘッジファンドは、10億~20億ドル程度の利益を得たといわれている。ポンドはその後1995年まで減価を続けた。
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注8 |
Structured Finance 証券化などの取引上の『仕組み』によって組成される新たな金融商品を用いた取引。
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注9 |
以下をご参照下さい。
http://www.r-i.co.jp/jpn/news_topics/nr_rating/risk.html
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注10 |
Moody's Corporation(NYSE上場)はMoody's Investors Service, Moody's KMV, Moody's Economy.com.の3社から構成され、22カ国にオフィスを持ち、売上高 17億ドル。従業員数2900名。
Chairman and CEO Raymond W. McDaniel, Jr.
Moody's Investors Service Inc
http://www.moodys.com
John Moodyによって1900年に創立された最も歴史ある格付会社。従業員数2400名(内アナリストは1000名超)。
日本法人 ムーディーズ ジャパン株式会社
http://www.moodys.co.jp/
所在地 東京都港区愛宕2-5-1
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注11 |
米国の格付け機関に関する議論は下記を参照下さい。
レファレンス(国政課題の経緯、論点や関連の外国事情等に関する論文等を掲載した月刊誌) No.646 (2004年11月)
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200411_646/064602.pdf
野村資本市場研究所 2002年 研究レポート
http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2002/2002spr02.pdf
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(敬称略)
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片岡秀太郎の右脳インタビューへ |