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第56回  『 右脳インタビュー 』                   2010年7月1日

安東 泰志さん

ニューホライズン キャピタル株式会社 取締役会長 兼 社長

 

  
プロフィール

1958年生れ。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院(MBA取得)。三菱銀行(現三菱東京UFJ 銀行)入行。2002 年フェニックス・キャピタルを創業し、代表取締役 CEO に就任。総額約2,200 億円の投資ファンドを組成、東急建設、三菱自動車工業等の案件を手掛ける。2006 年、ニューホライズン キャピタルの代表に就任。

片岡:

今月の右脳インタビューは安東泰志さんです。早速ですが、ファンドを立ち上げた経緯等をお伺いしながら、インタビューを始めたいと思います。
 

安東

銀行では企業再生、投資銀行業務や企画等の経営の中枢にかかわる業務にも従事しました。しかし、ロンドン駐在時に海外の進んだ企業再生を目にしたこともあり、銀行による企業再生に限界を感じ(注1)、自らエクイティー性の資金を投じてハンズオンで取組みたいと、フェニックス キャピタル(注2)を立ち上げました。最初は秘書も含めて5人、会計事務所の部屋の一部の小さなスペースを借りて始めたベンチャーでした。
 

片岡:

東京三菱銀行から、資金提供等があったのでしょうか。
 

安東

同行とは良い関係でしたし、人的な繋がりもあったこともあり、一号ファンドとして立ち上げた国内機関投資家の出資による企業再生ファンド「ジャパン・リカバリー・ファンド」(200億円)の一割程度は同行が出してくれました。もう一つ大きかったのは、ちょうど企業再生分野への投資枠をつくった日本政策投資銀行が出資してくれたことです。これらがシードマネーとなって、2か月ほどで資金も集まり、2002年3月、着物の卸会社の市田を3億円で買収、その後、東急電鉄の子会社のゴールドパックを40億円で買収しました。同社はミネラルウォーターや炭酸ジュースを製造販売し、また伊藤園等にもOEM供給している会社だったのですが、東急にとってはノンコアの事業でした。
 

片岡:

東急グループはその後、多くのビジネスを切り離していますね。
 

安東

実際、ケース・スタディー的な側面もあったようです。その後、東急グループからは東急建設など数件の依頼があり、更に他の電鉄グループからの案件も取扱うようになりました。また東京三菱と三井住友、そして地銀15行からファンドを募り、銀行の不良債権の買取りも行いました。勿論、銀行はファンドに出資するだけで経営への関与はありません。最終的には6本のファンドで2000億円の投資を行いました。
 

片岡:

三菱自動車工業への出資は大変な話題でした。同社の信頼が揺らぎ企業価値が激しく毀損していく中、決断が出せたのは何故でしょうか。
 

安東

社員に対する1000人規模のインタビューを投資前に行いプロダクトとしての優位はあるという感覚を得ました。三菱自動車工業の強みはパジェロに代表される走行性、走破性に加えて、将来性の高い電気自動車にもあり、またコスト管理が相当に緩く、かなりの改善の余地も期待できました。ただレピュテーションがあまりにも傷ついていて、上手くダメージコントロールが出来るかが心配でした。これは根拠なき確信だったのですが、三菱自動車工業の車は全世界で600万台も走っていて、この会社を潰せば世界的な問題となる。この三菱の名前を冠した消費財企業を東京三菱銀行が潰すことはない…、これはいける。そうした根拠なき確信が持てない人にはとても投資できなかったでしょう。
 

片岡: 転売によるイグジットの可能性は、どの程度見ていたのでしょうか。
 

安東

当時、今程は新興国というイメージがなかったのですが、仏系や独系等幾つかの候補も考えられ、業績さえ回復できれば投資は回収できるという自信はありました。もっとも当時の株価でも時価総額は過大でした。これは必要以上に増資をしてしまっていたからです。私は反対でしたが、我々が出資した半年後にも更に三菱グループによる増資を行い、結果的に今でもそれが重荷となっていると私は思っています。ところで自動車会社の再生はやるべきことが明確です。バリュー・チェーンも分かりやすく、多くの会社は開発からサイクルがはじまり、製造、販売、アフター・ケアとなっています。問題を抱える会社はその開発が主導し過ぎてプロダクト・アウトとなっていることがよくあり、三菱自動車工業もトヨタもGMも同じです。このサイクルをアフター・ケアから始めるよう変えていきます。つまり、顧客目線でのマーケット・インにするわけですが、これが物凄く大変な作業です。しかしそれ以外は明確で、1年目はコストカット。無駄なコストは下請けとのすり合わせ不足や車体の無駄等が良くある原因で、処理の過程で特損は出ますが、固定費を下げていきます。その後はマーケット・インの手法を取りながら、バリュー・チェーン毎に開発を管理し、製造や販売でも非効率をなくしていきます。ですからGMも1年で業績の改善見えてこない方が寧ろおかしいと言ってもいいでしょう。
 

片岡:

投資後に隠し債務が出てきたり、不透明・不適切な取引が発覚したり…。そういうことが起きることもありますね。
 

安東

それは事実ですが、我々の場合はデューデリジェンスを徹底的に行い、もしあれば投資前に処理して貰っています。実際、三菱自動車工業の時は4億円をかけて、平均的な数十億円程度の買収案件だと数千万円程度の費用をデューデリジェンスにかけています。またニューホライズン キャピタル(注3)では作業の大部分を内製化し、存分に調査しています。その分、固定費もかかり、現在、全体で17人のスタッフを抱えています。他の多くのファンドのように外注すれば5人くらいで回すことができます。ニューホライズン キャピタルは2006年にフェニックス キャピタルが、2つに分かれて生れました。フェニックス キャピタルは企業再生のイメージが強かったので、我々は産業再編に重点を置いた展開するために名称を継承せず「ニューホライズン」と名付けました。私の退任後、フェニック スキャピタルは三菱銀行の元役員をCEOに迎え、三菱色のイメージを指摘されることがありますが、ファンドの基本は投資家保護です。私自身も銀行出身で、色々な銀行の方とも親しくしていますし、それは必要なことです。しかし投資先企業のメーンバンクとファンドは利益が相反するケースもあり(注4)、親しくしながらも、一線を越えてはいけません。要は、はっきりとものを言えるかどうかです。
 

片岡:

利益相反というとMBOもまたそうした問題点が指摘されますね。
 

安東

よくある利益相反は株価を安くし、MBOを行うというものです。MBOといっても経営陣の出資比率は低く、ファンドによる買収と実質的にそれ程変わらないことも多くあります。何れにしても、対外的に十分に説明できないようなMBOは良くないと思っています。しっかりとした理由があり、それが既存株主の利益にもかなっていることが必要で、例えば「上場企業を続けたまま経営していけば、今後3年間、4年間にこういうリストラを行わなければならない。そのリストラに伴って企業リスクが高まって、収益が下がる…。だからMBOを行い、その間のリスクは経営者が取る」というのであれば合理的です。しかし、「株価が安いから一度買い戻して、その後…」といった動機で行うのであれば、相当な利益相反になりかねません。これは重く受け取らなくてはいけないし、少数株主の保護の観点からも問題があり、まだ発展途上です。
 

片岡:

ニューホライズン キャピタルが運営してるファンドについてお教え下さい。
 

安東

現在、我々は90億円のファンドを持ち、このファンドには三菱東京UFJ銀行からの資金も得ています。第一号案件は日立ハウステック(現ハウステック)(注5)で、同社に投資後、リーマン・ショックが起きてファンドレイズを中断していましたが、再開し、2号ファンドも作っていく予定です。
 

片岡:

リーマン・ショック後は、会社を安値で買収できるチャンスでもあったはずです。実績がある買収ファンドでも資金が集まり難いのは何故でしょうか。
 

安東

世界中の機関投資家が痛み、投資そのものがしぼんでいることもありますが、それよりも日本の年金資金が元々プライベート・エクイティー・ファンドに振り分けられていないことが最大の原因です。世界のプライベート・エクイティー・ファンドはその資金の6、7割を公的年金か大学基金等から得ています。UCLAの様な公立大学でも資金を出していて、日本の大学が仕組み債等で損失を抱えたのとはレベルが違います。日本の家計部門の金融資産は1400兆円、400兆円は借入金ですので、ネットで1000兆円あります。そのうち公的年金が120兆円、企業年金が100兆円、そして郵貯・簡保で300兆円あり、この520兆円の公的な色彩の強い資金が全くと言っていいほど、プライベート・エクイティー・ファンドに回っていません。
 

片岡:

なぜでしょうか。
 

安東

日本ではプライベート・エクイティー・ファンドはリスクが高いというイメージばかりが先行しているからだと思いますが、世界を見ると欧米の公的年金は総資産の10〜20%程度をプライベート・エクイティーに投資しています。例えば今、100兆円ある企業年金の5%をプライベート・エクイティー・ファンドに振り向ければ企業に5兆円のエクイティーが入り、銀行も企業へ資金を貸し易くなり、優に10兆円を超える効果が期待できます。実は債券とプライベート・エクイティー・ファンドの相関関係はマイナスで、理論的にはすべて債券のみで運用するよりも、プライベート・エクイティー・ファンドにも一部を振り分ける方が寧ろ安全性が高いとも言えます(注6)。また日本のプライベート・エクイティー・ファンドの多くは地銀から資金を集めていて、利益相反の温床になりやすい面もあったのですが、それしかないというのが実情でした。その後、バーゼルU(注7)が導入され、その資金もストップしました。というのはこの規制の結果、殆どの銀行でプライベート・エクイティー・ファンド投資のリスクウェイトが400%に設定されたからです。つまりプライベート・エクイティー・ファンドに10億円投資して10%の利益を上げた場合、1億円/10億円ではなく、1億円/40億円(リスクアセット)という計算になってしまい、銀行にとって投資効率が極端に悪くなります。バーゼルUの大枠は国際的に決まったものですが、細則は日本で決めています。この400%という数字も日本で決めたのもので、100%程度に設定している国も多いようです。もっとも他の国では、プライベート・エクイティー・ファンドにとって銀行はメインの投資家ではありませんので、あまり影響はなかったのですが、日本の場合は銀行がメインの投資家でしたので、影響は甚大でした。
 

片岡:

なぜ海外ではプライベート・エクイティー・ファンド等へ年金等から巨額の資金が振り分けらていれるのでしょうか。
 

安東

例えば米国は40年程前に、エリサ法(注8)を制定し、資産運用の多様化を迫り、ベンチャー投資等の税制優遇を図っています。この結果、例えばこの20年間の株式の平均利回りが年数%だったのに対し、プライベート・エクイティー・ファンドが20%程度と高く、基金のパフォーマンスを押し上げました。また米国Private Equity Councilによれば、プライベート・エクイティー・ファンドは企業経営の効率化を達成しながらも全体として雇用を増加させています(注9)。プライベート・エクイティー・ファンドはリストラも行いますが、結果として成長を促し、それが雇用を生みます。ある意味で、普通の経営者が行うべきことを倍のスピードで行っているだけです。
 

片岡:

貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜

 

 

インタビュー後記

安東さんのブログ「Mr.Ando の投資帳」は、第一線で活躍するファンドの代表者による率直な発言ということもあり、大変な人気です。安東さんはロンドン時代にも、まだブログのような便利なサービスも発展していない中、自らHTMLを勉強して、「ANDO'S GLOBAL EXPRESS」を立ち上げ、英国の文化や古城巡り、ナショナルトラスト運動等を紹介していました。シカゴから直接ロンドンに渡った安東さんは、当初、英国に物足りなさも感じたそうですが、徐々に英国社会や文化の味わい深さを知り、すっかりと魅了されたそうです。

 

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

下記をご参照下さい。
http://www.newhorizon.jp/article/pdf/20.pdf

 

注2

下記をご参照下さい。
http://www.phoenixcapital.co.jp/
 

注3

下記をご参照下さい。
http://www.newhorizon.jp/
 

注4

下記をご参照下さい。
http://www.newhorizon.jp/article/pdf/20.pdf 
 

注5

下記をご参照下さい。
http://www.housetec.co.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/ハウステック 
 

注6

下記をご参照下さい。
http://www.newhorizon.jp/article/pdf/27.pdf
 

注7

下記をご参照下さい。
http://www.fsa.go.jp/policy/basel_ii/index.html
http://www.fsa.go.jp/manual/manualj/yokin.pdf 
http://www.fsa.go.jp/news/18/ginkou/20061227-2/21.pdf
http://www.daiwa-fc.co.jp/report/NL0711-3.pdf
 

注8

下記をご参照下さい。
http://www.resona-gr.co.jp/resona-tb/info/note/pdf/2000-09.pdf
 

注9

下記をご参照下さい。
http://www.newhorizon.jp/article/pdf/24.pdf
http://www.newhorizon.jp/article/pdf/16.pdf
 


片岡秀太郎の右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2012/10/30