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第60回  『 右脳インタビュー 』  (2010/11/1)

西條 温さん

社団法人日本ケーブルテレビ連盟理事長
元 住友商事株式会社副社長
 

  
  プロフィール

1942年新潟県生まれ。早稲田大学商学部卒。住友商事株式会社専務取締役、米州総支配人米国住友商事会社社長、住友商事株式会社副社長等を歴任。住商情報システム株式会社代表取締役会長を経て、社団法人日本ケーブルテレビ連盟理事長に就任(現任)。ブラザー工業株式会社社外取締役(現任)。
 
 

片岡:

今月の右脳インタビューは西條温さんです。西條さんは住友商事(注1)の投資業務を担い、同社副社長を務めた後、現在は住商情報システム(注2)会長を経て、日本ケーブルテレビ連盟(注3)理事長に就任されました。まずは投資業務についてお話をお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

西條

貿易業務を希望していたのですが、住友商事に入社すると大阪本社の業務部投資課の配属となり、そこで会計学や投資回収の勉強をしました。この時の部長が取締役農水産本部長となると、フィリピンで始めていたバナナのプランテーション事業の立直しに、私を指名してくれました。当時、バナナの輸入が自由化されるということでドールやデルモンテといった米国の巨大資本等も一斉に日本マーケットへの参入して来たところでした。弊社も現地企業と合弁で事業を始めたのですが、まだ海外投資を開始したばかりの時期で、「いちにのさん」で123万ドル(1ドル360円)と冗談を言われるくらいの小資本で商品を作り動かして回収しようという安易な計画によるものでした。本来バナナ事業というのは科学的管理や経営手法を要するもので、原野を開いて等高線をきちっと整える土木技術も、また肥培管理も必要です。そこで農学部出身の上司とともに赴任し、最終的には当初の10倍程度の資金1000万ドル以上を投入、3000ヘクタールを開墾、現地パートナーとともに従業員3000人程の事業にしました。帰国して海外事業部の配属となり20年程在籍、1991年ニューヨークに赴任し、帰国後はメディア事業本部長として衛星放送やJ:COM(注4)等のケーブルテレビ、インターネット通信等を管轄しました。
 

片岡:

インターネットの勃興期ですね。
 

西條

早くキャッチアップし、キックオフするには誰かと組まなければなりません。国内ではIIJ等へ出資しましたが、海外のネットワークは強くありませんでしたのでDavid Wetherellが率いるCMGIというLycosやInfoseek等を傘下に持つ持株会社に出資、そこをベースに日本での事業展開を図りました。また米国最大のケーブルテレビ会社であったTCI(Tele-Communications, Inc.)(注5)とも組みましたが、その15年間、色々な決断をしました。勿論、意見も戦わせましたが、日本人だけであれば難しかったと思う事が何度もあります。ところでTCIのCEOだったJohn C. Malone(注6)は技術でノーベル賞の候補にも挙がる程でしたが、M&Aを重ねてTCIを全米最大のケーブルテレビに育て上げた企業家でもあります。彼はリバティーというマホガニーのヨットを持っていて、クリスマス直前、その船で夕食を皆で取りました。彼はロングアイランドからバミューダを超えてフロリダに行くと言い残して遭難し消息を絶ちました。3か月程経って戻ってきたのですが、Leo J. Hindery, Jr.に社長を譲り、そのHindery, Jr.が、一切を仕切って1999年TCIをATT&Tに数百億ドルで売却しました。Maloneはその資金で古い事業会社を投資会社へと転換させました。私はこうした機会に立ち会い、また米国の企業家のダイナミズムを目の当たりにしてきました。
 

片岡:

米企業の買収例についてもお聞かせ下さい。
 

西條

2001年から米州総支配人を務めていましたが、例えば2004年ペットケアのHartz Mountain Corporation(注7)を、2005年タイヤ販売チェーンのTBC Corporation(注8)を買収しました(最終的に後任者の時に買収が完了)。TBCの場合は日本の住友ゴムのタイヤを米国に輸出するという目的もあり、中流から下流であるリテールへと落としていったのですが、その間に色々な買収案件を検討しました。結局、米国のリプレースメントタイヤ市場で約10%のシェアを持ち1200のチェーン店舗を持つ米国最大のTBCを1300億円で買収しました。修理用タイヤですので、米国の自動車業界が苦しい環境下にある今でも、それなりの成績を上げています。これは部下が優秀だからこそでき、そういう投資マインドを持った人間も育ってきました。ところで日本も米国もM&Aの基本は同じですが、日本では行き詰った会社が売りに出る事が多く、米国の場合はイグジットを図って業績の良い会社でも売ってしまいます。良い会社は高いけど、では高い会社はリスクも高いかというとそうではありません。確かに会社をつぶすようなサイズというものはありますが、投資金額の大小とリスクは関係ありません。日本人は、規模が大きいとリスクも高いと単純にリスクを測ってしまう傾向があります。
 

片岡:

投資を決断する上で重視するのはどんなことでしょうか。
 

西條

一番のポイントはマクロです。マクロでみた時にその産業はどうか、会社の立ち位置はどうか…。その評価が一番大切です。それから事業を推進できる人材がいるかです。日本の場合、会社を買収すると自社の人材だけでやっていこうとする傾向もありますが、米国では外部の人材を積極的に活用します。私も米国で買収した会社のトップには常に米国人を起用しました。当然、給与が日本の本社と比べて高かったのですが、代わりはいないと押し切りました。
 

片岡: 日本人社員を現地のトップとして派遣、失敗を重ねる企業も多く見られます。
 

西條

日本企業がその辺をどうして行くのか、これは大変な問題なのですが、なかなか進んでいません。日本は人口も減少し、世界のマーケットは垣根がなくなってきています。基本において世界マーケットで戦うわけですから、世界に人材をどう配置するか、その辺りをしっかりできる経営者が必要です。
 

片岡:

必然的に、経営者自身が日本人ばかりという現状も変わってきますね。
 

西條

そういう意味では、日本全体でみればソニー等を通じて壮大な実験を始めているとも言えます。私はブラザー工業(注9)の社外取締役も務めていますが、ブラザーは国内の売上比率は2割以下で、世界で仕事しています。しかし彼ら自身が今後どういう展開をしていくか、大きな課題を抱えています。コアエッセンス、つまり製造やアイデアにどこまで外を巻き込んでいけるのか。そして外の人を起用し、どこまで信頼して事業にあたらせることが出来るのか…。また情報産業でいうとインドのレベルを見れば「日本の開発力は、本当はどうなのだろうか」、世界オペレーションを見れば「日本は本当にそれを担う事ができるのだろうか」と疑問を感じます。日本の大企業で世界オペレーションを行っているところをみればSAP(注10)、IBMばかりです。小さい仕事ばかりを受けている日本のソフト業者が、世界で、全体で、と言われた時に対応できるのか…。ソフトウェアの世界は知的な部分のコアを押さえるわけですから大変な問題です。日本の現状は「量」もそうですが、「質」の面でも考えないといけません。ところで「日本企業」と言いますが、株主は外国人持ち株も増え、オペレーションは海外中心となる、場合によってはアウトソーシングしながら本社機能も外に出ていく…、そしてお金の流れもそれに従う…。そうなると企業の国籍とは何なのでしょうか、まずそこを考えなくてはいけません。米国の企業は世界のどこに出ていっても星条旗のもとで、米国の軍事力の庇護の中に生きており、揺らいだといえどもパックスアメリカーナがあります。日本は日米同盟の中で生きていかないといけませんが、当然米国は、日本への政策を状況に応じて変えますので、それだけ難しくなります。
 

片岡:

国との関係についていえば、昨今の国家をあげたインフラ等の受託競争については如何お考えでしょうか。
 

西條

基本的には民のことは民がするという姿勢は必要だと思います。勿論、ケースによっては、国も一緒に動く、例えば輸出保険をつけたりすることが必要となることもあります。しかし韓国が60年の保証という国家リスクをとって原発を取りましたが、これ程のリスクを国が抱えていいのであろうかという疑問はあります。こうした事は様々な問題が絡みます。国籍もあやふやにするようなグローバリゼーションがこのまま続くのでしょうか。混とんとした中で、国家というものが必然であるという時代にまた戻る可能性もあるでしょう。中国の台頭、それにカウンターする米国、ロシアの動き…、そしてEUもそうです。皆で、一生懸命に力で抑え、支えているけれどもドイツを中心とした体制で続くのだろうか…。或いは為替の切り下げ競争です。1929年や1934年に向かう過程と似ている面もあります。本当に難しい問題で、実際のところは判りません。
 

片岡:

欧米ではそうした事をできるだけ分析し、少しでも経営に活用しようとする企業も多いですね。
 

西條

こういう時代ですから、企業にとっても大変な影響があります。しかし日本の経営者の場合、立派な経営者も存じておりますが、総じていえば経営者でありながら「俺に何が出来る」というようなある種の無力感があり、寧ろ避けて通っているようです。政治も官僚もそうです。日本ではある種のマイルストーンを見え難くなって、激しく議論しながら追及していくような熱がなくなってきています。残念ながら外圧というか国難に直面しないと変わらないかもしれません。
 

片岡:

ところで、商社は日本の国の情報基盤の一端を担っているといわれることもあります。
 

西條

資源であれ、インフラにしろ、外に出て仕事をしますから、どうしても、そうした面があります。調査部だけでも相当な人数を抱えていますし、駐在員もいます。日頃の付き合いや仕事を通して入ってくる情報と人脈等を上手く蓄積し利用しています。ですから商社には相当な情報が入ってくるようでないといけません。今の状況についても、商社でも色々なスタディーをしているはずで、世界がどうなっているのか、纏まった形で論じて出しているかは別として、それが最大のコンサーンであることは間違いありません。そうかと言って、幾つかのシナリオを作ってその中のどれが好ましいか、だからどうしたら良いか…というところまで出来ているのかと言えば疑問です。
 

片岡:

貴重なお話を有難うございました。
 

〜完〜(敬称略)

 

 

インタビュー後記

日々重要な決断を迫られ続けてきた西條さんのリフレッシュ方法は毎週一回の水泳で、20年以上続けているそうです。さて、西條さんが接してきた海外の要人には趣味の分野でも優れた才能を発揮する方も多く、「例えばジェラルド・カーチス博士はプロはだしのジャズ・ミュージシャン。本来、体育や知育、音楽といったものは教養の基本、もっと全人格的な教育が必要で、日本では、まだ親や教師にそうしたものがないから、子供もそうなる…」、時間が必要です。

 

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注
 

注1

http://www.sumitomocorp.co.jp/
 

注2

http://www.scs.co.jp/
 

注3

http://www.catv-jcta.jp/
 

注4

http://www.jcom.co.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジュピターテレコム
 

注5

http://ja.wikipedia.org/wiki/テレコミュニケーションズ
 

注6

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・マローン
 

注7

http://www.hartz.com/
 

注8

http://www.tbccorp.com/
 

注9

http://www.brother.co.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/ブラザー工業
 

注10

http://www.sap.com/japan/index.epx
http://ja.wikipedia.org/wiki/SAP_(企業)
 

 


右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2012/10/30