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第66回  『 右脳インタビュー 』  (2011/5/1)

薬師寺 克行さんさん   
東洋大学社会学部教授 
元朝日新聞社論説委員、元「論座」編集長 
 

  
 
プロフィール
 
1955年岡山県生まれ。東京大学文学部卒。朝日新聞社に入社後、論説委員、「論座」編集長の他、ヘンリー・スティムソン・センター(米ワシントン)客員研究員、京都大学客員教授等を歴任。2011年4月、東洋大学社会部教授に就任。

主な著書
「外務省-外交力強化への道-」 岩波書店 2003年
「90年代の証言 小沢一郎 政権奪取論」
  五百旗頭真 伊藤元重 薬師寺克行 共著 朝日新聞社 2006年
「菅直人 市民運動から政治闘争へ 90年代の証言」
  五百旗頭真 伊藤元重 薬師寺克行 共著 朝日新聞社 2008年


 

片岡:

今月の右脳インタビューは薬師寺克行さんです。早速ですが、今の日本は大震災や原発問題で国外への関心が極端に薄くなっていますが、世界は大きく動きながら、日本にも大きな影響を与える問題を積み上げています。まずはそうした国際問題についてお聞かせ下さい。
 

薬師寺

3月11日以来、日本のメディア発信は震災に集中し、情報の面では鎖国状態ですね。この間、リビアの内戦状態に対して米英仏が空爆を行い、シリアでも反大統領運動が起きて弾圧が始まり、米国では予算が危機的状況を迎えるなど重大な問題が起きていました。震災、津波、原発事故というかつてない災害を前に、やむを得ない面はありますが、こうした国際問題に関する報道が極端に減っています。エジプトやリビア、シリア等の中東各国の変革は国内の経済問題の矛盾が顕在化した形で反政府運動に繋がったもので、単純に民主主義革命とはいえない面があり楽観的な見通しや安易に美化することは禁物です。悪くすれば新しい政権が確立しないまま混乱が続き国内が荒廃し、そこにイスラム原理主義が入り込んだりテロリスト集団が活路を見出す可能性があります。そんなことになれば局所的だったテロリストの温床が広がりパレスチナ問題が不安定化し、欧米を巻き込む大きな政治問題に発展します。また原油供給が困難になると、今回の事故で原子力発電所の増設が難しくなっている日本ではエネルギー問題が深刻な影響を受けるでしょう。それからBRICs(Brazil, Russia, India, China)等の新興国の政治、経済、安全保障面における台頭も中期的に大問題を引き起こします。単純に言えば、冷戦後の米国を中心とする民主主義と市場主義を柱とする世界秩序に対抗して、中露を軸に権威主義的な政治体制の国が国際社会に影響力を持ってきています。特に中国は米国にチャレンジする段階まで来ましたが、まだ米国にとって代わって世界の秩序を形成することは難しいと思います。というのは中国では少子高齢化が急速に進み、2020〜2030年頃には労働人口が激減、さらに貧富の差の拡大などの内部矛盾や環境問題も顕在化します。またICT(Information and Communication Technology)の発達もあり、このまま政治と経済システムが分離した体制がサステナブルかどうか…厳しい時代が遠からず来ると思います。このように世界が大きく動いている中で、日本は短期的には震災や原発問題でかなりの労力を奪われ、中長期的な大きな問題に手を付けるような余力も体制も発想も持ち難い状況となっています。
 

片岡:

中長期的な道筋を示せないと、海外からの投資も進まず、投入した資金の一部が形をかえて海外に流出したり、或いは企業そのものや人も流出するケースも増えたり…、復興の足を引っ張りかねませんね。
 

薬師寺

復興プランに合わせて、サステナブルな財政再建戦略を明示する事が必要です。それができないと日本に対する信頼性は下がり、国債価格を下げ、金利を上げ…と中長期的にカタストロフィックな事態に陥りかねませんし、国際社会から日本だけが外れていきます。またTPP(環太平洋戦略的経済連携協定) (注1)に積極的に取り組む事も必要です。世界の流れが地域統合的なベクトルで動いている時に、それにコミットできなければ製造業でも韓国等にも負けてしまいます。また東日本大震災では農漁業が甚大な被害を受けました。その復興は、農協や漁協を中心に多くの高齢者が小規模な活動をする元の姿に戻すのではなく、新しい姿を構築するスタートラインとすべきです。たとえば農地の所有者が農業を行うという伝統的農水省の発想から転換し、法人を主体として農業が産業として成り立つような特別区を東北三県に導入、農業の新しい姿を実験的に行うような大改革です。
 

片岡:

強固な利権構造を崩さなくてはなりませんね。
 

薬師寺

10年前の農業従事者の平均年齢は55歳、今は65歳、つまり新しい参入者が殆どなく、また全国の耕作放棄地の面積は今や埼玉県を超えています。これで農政と言えるのでしょうか。トラディショナルな利益誘導、要するに農業土木を中心とする農政を放棄し、官の関与をできるだけ排した自立的で国際競争力のある強い農業を実現する必要があります。そして若い人が積極的に参入できる産業に転換して、限界集落や農作放棄地がという言葉を死語にして欲しい…。漁業についても同じです。こうした事は政治家が発想を転換しない限り実現しません。多くの政治家にも本当は問題の本質が既に分かっているはずですが、それができない…。小選挙区制の選挙制では、1選挙区当たり僅か千数百人の農業団体関係者の票を得るために昔ながらの農協中心の政策にこだわっているのです。これが日本の農政の最大の問題です。部分最適ではなく全体最適を実現するために政治家がいるのだというような発想の転換を望みます。また政府が打ち出していた、原発や新幹線等の大型プロジェクトの輸出、観光立国と言う2つの柱も震災や原発事故で困難な状況に陥っています。こちらの方も、何らかの活路が見いだせることを期待しています。ところで今回、在日米軍は2万人にも及ぶ体制で行方不明者の捜索や復旧活動に参加し、圧倒的な行動力を見せてくれました。普天間問題の混乱で厳しい空気になっていた日米の安全保障関係も国民感情レベルではかなり改善したと思います。ただ政府レベルでは進展が見られません。驚いたのは、震災復興に向けて政府が編成した今年度の一次補正予算です。その財源にあてるためODAを500億円カットしました。今回の震災ではこれまで日本がODAを供与してきた発展途上国を含み多くの国が救援物資を送ってくれるなど支援してくれました。その見返りがODA削減というのは疑問です。
 

片岡: 米国を中心とした海外からの支援は本当に心強かったですね。さて、その米国の対日外交ではジャパン・ハンドラーズと呼ばれる知日派の専門家が活躍しています。一方、日本の対米外交はアメリカ・スクール、対中外交はチャイナ・スクールと呼ばれる現地で研修を受けた外務省の役人が中心を担います。言葉の通り、米国の外交は相手を御すという視点も強いようですね。
 

薬師寺

それぞれの国がありとあらゆる手段を用いて自国の利益を実現することが外交の基本です。その場合、相手国にもある程度譲歩して合意を形成することが不可欠です。しかし米国の外交には、自らの国益を実現するためには有無を言わさないところがあります。欧州や日本の外交官は米国を”arrogance”(尊大、傲慢)という言葉で評します。これは大国意識とも言えますが、「自分たちは正しく、自分たちの言う通りにやれば幸せになれる。だから自分たちがルールを作る。言う事を聞かないものは悪である」という二元論的な特徴があります。中国にも似たようなところが出てきています。さらに中国には政策決定過程や意思決定過程の不透明さも加わります。例えば2008年6月、日中両国政府は東シナ海の海底ガス田を共同開発することで合意しました。実際に作業を始めるには両国間で協定を締結しなければなりません。ところが、その後中国は協定についての交渉を始めこの問題について一切動かなくなってしまいました。胡錦濤主席が日本に譲歩しすぎているという反発が中国国内で起きたためです。反発の中心はネットの空間で、彼らを裏で利用しているのが反胡錦濤派や軍部だといわれています。その間、外相同士の会談が行われたりしましたが、変化の兆しはありません。この時の交渉相手は楊潔篪外交部長(注2)です。実は中国と日本では権力構造が大きく異なり、中国の外交部長は日本でいえば外務省の局長クラスでしかなく、外務大臣クラスに相当するのは戴秉国国務委員(注3)で、そもそもカウンターパートがイコールではありませんでした。これまで日中関係は自民党内に中国の政権中枢に強い人脈をもつ野中広務氏のような実力者がいで、何かの時には水面下で交渉をしていました。ところが民主党政権にはそうした議員がいない。だから、尖閣諸島で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた事件の時も裏で交渉できる人間がいませんでした。そういう意味でも、日中関係は今、難しい状況にあると言えます。
 

片岡:

大国が複数になると、それぞれの国の思惑、大国間の力学もあり、格段に難しい外交手腕が求められますね。

 

薬師寺

オバマ大統領は、就任直後は中国との関係を重視していました。しかし2009年のCOP15(注4)で、国際秩序に反旗を翻して一歩も譲ろうとしないarrogantな中国を目の当たりにして、G2という発想をやめてしまったようです。代わりに打ち出したのがTPPであり日米関係です。TPPというのは自由貿易システムをアジア・環太平洋地域で行うというもので、このルールに参加する国は歓迎する。入らないのも自由だがメンバー内の有利な条件は外部には適応しないというものです。TPPには、米国内の経済浮揚という目的とともに、中国を米国主導の市場経済システムに取り込むという大きな戦略があります。ですから今の日本は、日米同盟関係を維持ししつつ、TPPにも参加し、国際社会と協調しつつ中国と付き合っていくしかありません。一方中国も、COP15以降、レア・アースの輸出規制や尖閣問題等でのarrogantな対応への反発が国際社会から一気に噴出したために、少し戦略を見直しつつあるようです。国際社会を考えるとき、もう一つ忘れてならないのは、「2012年問題」です。2012年は米国をはじめ、ロシア、中国、韓国、台湾など日本を取り巻く主要国で大統領選挙があったり、トップが交代する年です。当然、指導者たちの関心は選挙を意識した内政に重点が置かれ、権力維持、権力奪取のための人気取りの政策、ナショナリスティックな対応が前面に出てくるので、外交はとても難しくなります。そうした時期に日本では首相や外相が頻繁に交代し、各国首脳らと信頼関係を築く力が落ちています。更に震災や原発問題への対応に追われ外交の空白期間ができています。外交はその時々の問題に対処する交渉力だけでなく、新しい政策を生み出すための能力や準備期間が必要です。民主党政権の首相や外相はじめ外交にかかわる政治家にはそうした力を磨いてもらいたいです。
 

片岡:

貴重なお話を有難うございました。
 

  ~完~
   
   

 

インタビュー後記

薬師寺さんはこの3月で朝日新聞を退社し、今は大学で教鞭をとっています。最近の学生は海外に興味を持たなくなったとよく指摘されますが、実際は世界でものを考えている学生も数多く、両極端に分かれているそうです。さて、薬師寺さんは築地で魚を買って自分で料理するのが趣味だそうで、今の季節のお薦めはカレイが一番、そしてキンメダイ。キンメダイは震災の影響で人気がなく、いつもより1000円以上も安くて、美味しいそうです。

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。

 
 

脚注  
注1 http://ja.wikipedia.org/wiki/環太平洋戦略的経済連携協定

注2 http://ja.wikipedia.org/wiki/楊潔チ
注3 http://ja.wikipedia.org/wiki/戴秉国
注4 http://ja.wikipedia.org/wiki/第15回気候変動枠組条約締約国会議
   

 


右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2012/10/30