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第71回  『 右脳インタビュー 』  (2011/10/1)

財前 宏さん
日本香港協会全国連合会 会長 
元三菱商事副社長

  
 

プロフィール
 
1934年東京都生れ。早稲田大学第一商学部卒。1957年三菱商事入社。ニューヨーク、ロンドンなどの勤務を経て、1988年香港三菱商事会社社長に就任後、中国総代表、常務、専務、副社長を歴任。現在、日本香港協会全国連合会 会長を務める。また1997年、デンマーク王国よりナイト爵位を授与される。

主な著書
「商社マン、世界を駆けめぐる」 丸善 2000年
「世界路地裏・食紀行―続・商社マン、世界を駆けめぐる」 丸善 2002年
「中国ビジネス・香港からの視点 裏側を読みとく眼」 丸善 2008年

 

片岡:

 今月の右脳インタビューは日本香港協会全国連合会 会長の財前宏さんです。財前さんは元三菱商事副社長で、商社マンとして世界中を駆け回ってこられました。それではご足跡などお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
 

財前

 1957年に三菱商事に入り、1964年から71年までニューヨーク、その後、東京に戻り、1974年から81年までロンドンに駐在しました。ロンドンは空気の如く自由に情報が流れていました。国際都市で、商売があり、それなりのポジションにいるからですが、付き合えば付き合うほど情報が入ってきます。米国では私の守備範囲が少なかった事もありますが、如何しても商売に関連する事ばかりになりがちでした。そして1987年から91年まで香港に駐在。当時の香港はまだ英領でcommon lawに従っており、ここでも空気の如く情報が入ってきました。現在の香港もこの点は変わりなく、中国国境を出て香港に入ると自由な社会であることを実感します。1991年からは3年間ほど北京に駐在。最初の仕事は日本人商工会議所の設立でしたが、実質的に結社の自由がありませんのでとても苦労しました。また驚いたのは上海にいる日本人同士でもあまり意思の疎通をしないことです。恐れているわけではないのですが、なんとなくそうなってしまう。人間、空気がわかりますから…。
 

片岡:

 空気の如く情報が…とのことでしたが、商社ではどのように情報を入手し、分析、活用しているのでしょうか。
 

財前

 例えば予算を出す時の為替、或は世界情勢に関する公式見解…、こうしたことについては調査部や社内の経済研究所で統一見解を出すことが必要ですが、それ以外は個人の問題です。このビジネスをしていて、一寸まずい商売だと思ったのは、例えば電車に乗っているといつの間にか自然に他人の会話を聞いてしまっているときでした。また商売をしていると必然的に商品相場、為替相場、船の運賃相場等に関わります。商社にもデリバティブを業務とする部門がありますが基本的には現物です。デリバティブだけを取扱うところは沢山ありますが、現物と先物の両方を取扱っているのは商社だけで、現物での経験を積もうとディラー志望者もやってきます。またこちらが現物を扱っていて、向うも現物を売りたいとなれば、一緒にお昼を食べていると相手も率直に考えを述べてくれる…情報にはそういう面があります。これが先ほどの「情報が空気の如く…」の一例で、実に自然に会話が進みます。ところが中国では大きな入札から小さい商売に至るまでコネの世界です。例えば発電所を造るとき、A氏とB氏がそれぞれ首相に繋がっていて、A氏は船、B氏は発電所の商売をやっている…、ならば一緒に話せばいいのですが、それができません。本当のコネは誰なのかを見極めるのが難しく、コネとはそうしたものです。情報の共有化は日本人の得意とするところですが、これは奇異に感じます。結局、中国ビジネスでは実はどこも儲かっていないのではないかと思います。新聞には「X商事が中国で…」など華々しく掲載されることがありますが、そうであれば相当に儲かっているはずですが、他の商社も結果的には非鉄金属や原料炭、鉄鉱石等で利益を上げていて、中国ビジネスで利益が出たという話は殆ど聞きません。それくらい難しい市場です。また大手商社の場合、ワシントンに人を貼り付けてもロビー活動などはあっても商売になりませんが、ニューヨークやロンドンには本来のビジネスがあり、結局そこに貼り付けている人数によって情報の質や量が変わります。そうした割合や情報の取捨選択も本部が決めます。そうして現場で吸い上げたものを、どう使うのかは、その人次第です。
 

片岡:

 よく三井は現場が強く、三菱は本部が強いといいますが…。
 

財前

 そういうことはないと思います。三井、三菱、住友、伊藤忠、丸紅…とありますが、若し合併するとしたら三井と三菱、伊藤忠と丸紅がそれぞれ引っ付くでしょう。それくらい三井と三菱は似ていて、あとはあくまで個人です。ところで商社の管理部門は強く、相場などで問題が膨らみ、あるバーまでくると警告がでてオフセットさせられるなど沢山のルールがありますが、それでも確信犯的な人がでてきます。多いのは会社を作って、なかなか見直しをせずに損失がどんどん…というようなことで、「中東での大プロジェクトが…」などと会社を危うくするような事例も時々出てきます。当然、上に立つものは、よく情報を見ながら管理しなくてはいけません。失敗があるのは当然ですので、早めに見極めることが大切です。
 

片岡:

 伊藤忠の丹羽宇一郎前会長は若い頃、大豆相場で大変な損害を出したそうですが…。失敗した人に対する評価は如何でしょうか。
 

財前

 彼は失敗をおそれるなと言っているのだと思います。但し、一回失敗すると敗者復活というのはそう簡単なものではありません。
 

片岡:

 情報は重要なものほど曖昧な場合もあり、早い段階で決断を迫られますね。
 

財前

 勿論、どんなに精査しても失敗することはあります。イラク、ロシア、アルゼンチン…。結局、確実な判断の材料がないとなると個人の資質に依存し、勿論、経験を積めば確率も高くなります。
 

片岡:

 財前さんは今の中国についてどのように分析なさっているのでしょうか。
 

財前

 まず中国元の国際化はありえないというのが持論です。中国人の国民性を考えると、元を国際通貨にすれば皆お金を国外に持ち出してしまい、おそらく外貨準備はなくなるでしょう。また国際化するためには他国に元をどんどん使ってもらわなければなりません。例えば中国がベネズエラの原油を元で買えば、結局バーターでベネズエラも何か買わないと元が使えません。ですからまだまだ難しいと思っています。もう一つは不動産バブル。一番困るのは国営銀行で、地方政府は地域投資事業法人(LIC)を作って、どんどんお金を借りてきました(注1)。ここの不良債権の割合が増えていると公にニュースが出始めていますが、中央政府も「これはやばいぞ…」と感じ始めたということでしょう。また環境問題を象徴するのが内モンゴルから北京への高速道路です、年中大渋滞し問題となっています。これは中央政府の基準以上に沢山の料金所が設置され、また至る所で、重量超過を取締り、罰金をとろうとしているからです。勿論、重量なんて、その場で量れませんから「このまま行っていい、ただし罰金は払え…」と。それで渋滞しています。こんな状態ですから料金所を減らせばいいのですが、そういう議論が起こりません。その体質が問題です。次は食糧問題、一番の問題は水です。北部の穀倉地帯は夏はとうもろこし、冬は小麦という二毛作のために地下水を汲み上げて使ってきましたが、いよいよ枯渇し始めています。それで揚子江から北に運河を掘っていますが、これがごみ捨て場になってしまい環境問題となっています。また三峡ダムでは、ダムの上部に100万人以上を移住させましたが生活排水やゴミなどが酷くダムが使えなくなってきています。
 

片岡:

 色々な問題を抱えておりますが経済指標の数字などはどの程度信じられるものなのでしょうか。
 

財前

 私が北京にいた頃は「政府発表から5%引け」といわれていました。最近は7%といわれています。ゴールドマンサックス等の金融機関が今の新興国ブームを作りましたが、面白いもので彼らの予測値に近いところに政府発表の数字も収斂してきます。ゴールドマンサックス等の予測は電気の使用量などいろいろな数字から独自にだしてきたもので、一方、地方政府が出してくる数字を全部たすとGDPを数%オーバーしてしまう…。ゴールドマンサックス等の予測が正しかったというより、こうなるぞ、こうなるぞという数字を出し、そうなるようにリードしてきた面もあるのかもしれません。ところで今の数字をベースに予測すれば、2030年には中国が米国を追い越します。しかしそうはならない、なりえない理由があります。だからこそ最近は新聞にハードランディング…といった記事がチラチラと載ります。彼らのやり方がワンパターンだと思うのは新幹線事故でも、賠償金を倍払い、その上でメディアを一気に抑えました。それが彼らのやり方です。ところで日本で新幹線を作った時に意外に早く出来たのは、戦前、軍にも弾丸列車構想(注2)があり、用地買収をある程度行っていたからですが、中国も同じで鉄道事業には軍事的な意味合いがあります。ですから何か事故があれば、直ちに処理して隠す。当たり前です。
 

片岡:

 鉄道は江沢民(注3)派閥の牙城で、弱体化を指摘する報道もありました(注4)
 

財前

 内部抗争を期待する向きもあるようですが、そうした事はないと思います。元々香港の新聞記事をベースにした報道でしたが、その新聞のオーナーは江沢民の縁戚に当たります。あれほどトップが決まるまでに色々やるのですから、一旦決まってしまうと新体制に従い、またそれを担ぐ事で自分も利益を得るような体制が出来上がっています。私が北京にいた頃には李鵬(注5)がいて、李一家で電力利権を掌握していました。また例えば朱熔基(注6)はクリーンだと言いますが、本人がクリーンでも配下は皆やっています。結局、8000万人を越える共産党員にありとあらゆる手段でインセンティブを与えなくてはなりません。家族を入れれば1億数千万人、これが一種の貴族となっています。
 

片岡:

 この体制が壊れるとしたらどのような形を取るのでしょうか。
 

財前

 崩壊があるとすれば、一部の地域が外れていく…そうした形しかないと思います。ですからソ連と同じような方式になっていく可能性はあります。中国は、これまで何度もバブルだといわれ、それでいて、なんとかなってきました。しかしバブルというものは、どんどん膨れていく、そのこと自身に問題があります。また中国は、あれ程のインフラ投資をしてきましたので、当然、税収も上がり、財政面では豊かでした。しかし地方政府の不良債権問題などもあり、どこかの時点で落ち込み、結局、ハードランディングとなるでしょう。このように色々問題を抱えています。結局、中国取引はなかなか儲からないのですが、日本から中国に行く人の中にはやっちゃえ、やっちゃえというタイプの人も多く、修正は難しいでしょう。今は国内マーケットが縮小していくから、海外に出る…、こうした声ばかりです。外ばかりに期待している、商品にもよりますが、こんなリッチな国内マーケットがあるのに外ばかりに期待をしている…それこそ問題です。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

 

~完~

(一部敬称略)

 

インタビュー後記

 財前さんに現在の中国ビジネスを考える上で、参考にすべき本を上げて戴きました。
 「北京ジープ―夢の合弁から失望へ アメリカンビジネスの挫折」
  ジム マン,田畑 光永共著  ジャパンタイムズ 1990年
GMは大変な研究所を作らされるなど、米国の自動車会社たちは中国ビジネスで非常に苦労をしてきました。その中で、一番深刻だったのがジープで、今まさに日本がそれ繰り返しているそうです。

  
 

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開

 
 

脚注


 

注1

例として日経ビジネスの記事をご覧下さい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20100804/215703/?rt=nocnt
 

注2

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/弾丸列車
 

注3

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/江沢民
 

注4

例として東洋経済の記事をご参照下さい。
http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/
AC/9823fda5407d2fcacd9251f4af7aecb4/page/1/

 

注5

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/李鵬
 

注6

下記をご参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/朱鎔基
 

 


右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2016/03/29