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プロフィール
大倉流大小鼓宗家 故
大倉長十郎の長男として生まれる。大倉家は室町時代より続く能楽囃子「大鼓・小鼓」の家。能舞台の他、大鼓ソリストとしての地位を確立、大鼓という日本古来の伝統打楽器を通じ、世界各国の式典やイベントで演奏を続け、幅広いジャンルのアーティストとの活動多数。
主なCD作品
『飛天』 ユニバーサルミュージック
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片岡: |
今月の右脳インタビューは能楽囃子大倉流大鼓の大倉正之助さんです。大倉さんは能舞台だけでなく、大鼓ソリストとしても世界を舞台にご活躍です。まずはソロ活動を始めたきっかけなどお伺いしながらインタビューを始めたいと思います。
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大倉:
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きっかけを戴いたのは、挿花家の栗崎昇さん(注1)から花を活け込むパフォーマンスをするのでその時に大鼓でソロ演奏をして欲しいと依頼されたことでした。1時間に及ぶ大鼓のソロ演奏など前代未聞の事で、一度は無理だとお断りしたのですが、栗崎さんは毎日のようにお越しになって誘って下さいます。「こんなに情熱をもって誘ってくださるのだから、それだけの意味があるのだろう。出来るかわからないが、やってみよう…」とお引き受けしました。その機会を戴いたことでソリストとして活動の場が開け、2000年には、バチカン宮殿内ホールで開催されたローマ法王のミレニアムのクリスマスコンサートに世界7か国からブライアン・アダムスやジノ・ヴァネリ、ディオンヌ・ワーウィックらとともに招聘されました。とても名誉に思っています。
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片岡: |
大変な反響だったとか。
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大倉: |
音楽というだけではなく、立居とか、総合的な表現であり、そこに存在して、その場を取り仕切り、異次元に導いていく…といった見方をして下さったようです。別の機会にウィーンで、バロック音楽の巨匠とご一緒した時、「貴方は、今、現在の、この場、この時、この瞬間を表現していますね」と仰って戴いたことがあります。ある意味でクラシック音楽は過去の時間を再現しようとしますが、鼓は寧ろ環境の違いが強く出ます。場所が違えば勿論、同じ場所でも時間が違えば空気が異なります。「調べ」という概念で、その場、空気、宇宙との調和の証です。だからこそ鼓は自然の素材で出来ていて、馬(皮)であり、桜の木(胴)であり、そして人間が、その時、その場の条件、要素を取り込み、音が立ち上がってきます。
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片岡: |
日本人以上に鼓を的確に表現していたようですね。
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大倉: |
ウィーンの人が、私ですら気付いていないことを言い表しました。大鼓には、人間の根源、普遍性に通じる何かがあるのだと思います。今は、日本人の方がそうしたものから離れ、寧ろ欧米人の方が唯心的なものへと向かっているようにも感じますが…。
鼓では「叩く」ではなく、「打つ」といいます。「打つ」は「歌う」に由来し、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣、無病息災、寿福増強等を希求し、また自然の恵みに感謝し、生かされている存在であることを確認する、そうしたメッセージを発信しています。チベット仏教には、皆に慕われ、皆を導いてきた僧がこの世を去ると、その僧の頭蓋骨と皮を使って太鼓(ダマル)(注2)を作ったという話が残っています。とても神聖で、この世を去られた尊い方の皮膚、頭蓋骨、その人そのものの音に触れ、音霊(おとだま)を授かり、神、宇宙と交信する…。それがやがて、人の皮は馬の皮に、頭蓋骨は桜の木に代わりました。馬は人に最も近い存在で、また神馬とも言われ、桜は神木とされる花木です。諸説ありますが、大鼓の原点はそうした宗教儀式の道具だと信じています。
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片岡: |
素材は音だけを追求したのではないのですね。
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大倉: |
スピリチュアルなものです。聖なる存在としての桜と、神にお仕えする大切な馬の命の後に残された皮と、そして人の声は命の雄叫びです。馬から戴いた命、桜の木の命、人の命が三位一体となって神のメッセージ、音霊を伝える、これが大鼓です。だから素手で打つのは自然なことです。大鼓を指皮(和紙を糊で固めて作った指サックのようなもの)を嵌めて打つようになったのは近代になってからで、大鼓の基本概念からは離れています。指皮は固いのでガチンとなり、素手で打つと澄んだ音になります。しかし現代人は刺激が強いものを好みますので、十中八九は指皮を使った音の方が好いというかもしれません。人の感性が、現代の喧騒の中で変わっていくのは仕方ないことです。
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片岡: |
そうした中で、如何に社会との接点を作っていくのでしょうか
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大倉: |
前進するしかありません。その中で変えていくべきことを変える。ここにある現状は長い年月をかけて作り上げられてきたものです。これを壊すのは大変なことで、100年かけて作り上げてきたものは100年かけて順次、修正していくしかなく、少しでも早くできるか否かは人の思いにかかっています。これから先に行くためにはまず心の準備が大切です。そのためには心をニュートラルに持っていくことが必要で、そして自分の事しか考えられない、寂しい心の人たちが多い中で、如何に豊かな心にしていくか…。
これまでに幼稚園から大学、音楽院まで、1000校以上、世界中の学校訪問をしてきました。殆どはボランティアで、各地に公演に行ったときにも観光案内ではなく学校に連れて行って欲しいとお願いしています。短い時間ですから技術を教えるよりも、原初的な、鼓を打つことの意味や人間がどういう感性で音霊を享受するのかといったことに触れる場にしています。そうして簡単な説明をした後に「馬や桜の木の命、そして貴方が一つとなって打ち出す音霊は宇宙にも届く。天にも、神々にも、遠く離れた田舎の祖父母にも届く。その思いを打ち込んで…」と技術的な説明はなしに鼓に触れてもらいます。やがて音が出るようになってくると、我も出てきます。大きな音も出るようになったけれど、手も痛くなります。そんな時は「手が痛いならば、馬も痛いと思っているよ」とアドバイスします。そうすると子供たちは、小さな声で馬に「ありがとう」といいながら打っている…。実に良いハーモニーが生まれてきます。自分の手で打ち、痛みを味わうと、心の所在にも意識が向かい、自ずと馬に声を掛けるようになります。
そういうことを素直に感じる心が育まれていけば、豊かな社会になっていくでしょう。鼓の持つ、人間の根源である心を普遍的な音霊として生み出すという原理は、古いものでなく、今まさに必要とされるものです。こうした鼓という道具の持つ役割を現代に活かす活動に力を入れています。
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片岡: |
本当に素晴らしい活動ですね。ところで大倉さんは大変なバイク好きだそうですが。
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大倉: |
バイクは現代の「馬」です。先日も熊野詣に往復1500qくらい走りましたが、馬での旅と同じように雨風に晒され、距離感も感じます。こうした感覚は、人間の感性、イマジネーションや創造性に働きかける上で大切で、バイクはそのためのツールでもあります。
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片岡: |
レースにも出場なさっているとか。
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大倉: |
あれにはきっかけがあります。親のような存在だったミュージシャンの金大煥(キム・デファン)(注3)が亡くなって、余りにも大きな存在だったので空虚な穴がぽっかりと空きました。そんな時、立て続けに兄のような存在だった寺の住職も他界、この年は更に2人の仕事仲間もこの世を去りました。人は死ぬもので、必ず別れがあります。でもそれが一度に来るというのは…。普通であればレースに参加する状況ではありませんが、あの時は自分で、自分自身を追い込むことを求めた…。打ちひしがれた中で、自分の精神をどう維持するか、そして乗り越えていくのか、幸い私にはオートバイがありました。大鼓だけであれば乗り越えることが出来たかどうか…わかりません。サーキットという極限状況で、どんなに激しい走りの状況であっても自分を制御する、寧ろリスクを冒さないということに集中しきる時間を作ったことで超えた、超えさせて貰いました。
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片岡: |
貴重なお話を有難うございました。
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~完(一部敬称略)~
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インタビュー後記
千利休は権勢と強くかかわり、またそうした方面でも影響力を使いながら新しい究極の美の世界を作り上げ、パブロ・ピカソは密かにオークションに参加するなど、その美の普及にも積極的で型破りだったといわれています。大倉さんは伝統芸能に革新を齎し、大鼓のソリストという新しい芸術分野を開拓、世界中で脚光を浴びています。大倉さんの更なるご活躍は勿論ですが、今後は第2、第3の大倉さんの登場も待ち望まれます。後進を育成し、新しい芸術分野を定着(職業としても)させるには、益々積極的な社会とのかかわりが求められてくるでしょう。
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聞き手
片岡 秀太郎
1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋
片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開
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脚注 |
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注1 |
http://ja.wikipedia.org/wiki/栗崎昇(最終検索2012年6月1日)
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注2 |
http://en.wikipedia.org/wiki/Damaru(最終検索2012年6月1日)
http://orgs.usd.edu/nmm/Tibet/1383/Damaru.html(最終検索2012年6月1日)
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注3 |
http://www.geocities.jp/go4block/KDH.html(最終検索2012年6月1日)
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右脳インタビューへ
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