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第86回  『 右脳インタビュー 』  (2013/1/1)

田村 達也さん

日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク 代表理事
株式会社グローバル経営研究所 代表取締役
元 日本銀行理事

  

1938年、広島県生まれ。東京大学法学部卒、ペンシルヴァニア大学大学院修士課程修了。日本銀行入行後、日本銀行欧州代表、調査統計局長、企画局長、営業局長、理事(大阪支店長ついで信用機構局担当)を歴任。A.T. カーニー 会長を経て、グローバル経営研究所を設立 代表取締役に就任。その他、経済同友会 幹事、スルガ銀行、オリックス、スカイパーフェクト・コミュニケーションズ、オートバックスセブン、新生銀行等の取締役(非常勤)、監査役(非常勤)を歴任。現在、特定非営利活動法人 日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク 代表理事。
主な著書
『<社外取締役>のすべて』 監修 東洋経済新報社 2004年
『コーポレート・ガバナンス 日本企業再生への道』 中央公論新社 2002年
 
 

 
片岡:

 今月の右脳インタビューは田村達也さんです。田村さんは日本銀行 理事としてご活躍後、現在はコーポレート・ガバナンス注1の普及活動に取り組まれております。それでは早速インタビューを始めたいと思います。
 

田村

 当初、日本でのコーポレート・ガバナンス運動の中心を担ったのは、興銀の元会長の中村金夫さんです注2。興銀は尾上縫事件で失敗をしていましたので注3、その反省があったのかもしれません。彼は他の進歩的財界人と協力して「日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム」を設立、私も会員として勉強させて戴きました。しかし日本経済の混乱は、サラリーマン経営者が企業価値について十分考えないような経営を行ってきたからであり、サラリーマン経営者主導の体制では日本の再生はできない、もっと株主価値を重視した経営、会社は株主のものであると認識して資本主義の原点に帰って経営されなければならない、という考え方に立つようになりました。こうした考え方のもと、経営者の視点ではなく株主の視線で、株主の立場に立つ社外取締役を育成しようと「全国社外取締役ネットワーク」を設立しました(2012年、「全国社外取締役ネットワーク」「日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム」「日本コーポレート・ガバナンス研究所」は組織統合し、日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークが発足)。この組織は社外取締役の教育とその斡旋事業を狙いとしたものでしたが、日本は、まだまだ社外取締役は経営者が自分の友達を連れてくるというレベルで、思うような発展ができていません。
 

片岡:

 なかなかコーポレート・ガバナンスが進展しない主因は何でしょうか?
 

田村

 資本主義の歴史がヨーロッパと日本では違うということがあります。ヨーロッパは近代の始まりの時代、アジア交易で莫大な利益が上げたのですが、それには物凄いお金が必要で、船を出して船長を雇って…、また事故、海賊、天候などのリスクもありました。だから一つの船団を組む毎に会社を作り、リスクを制限するLimited Liabilityの仕組みが創られ、お金を出す人は資本家、船長とその幹部が経営者という役割分担ができました。そして取締役会(ボード)は、資本家の期待通り利益を得ているか、経営陣がインチキしていないか等をウォッチするというのが株式会社の経営形態でした。
 一方、日本は、ペリーが来て開国して以来、株式会社の制度を導入してどんどん経済発展している欧米を見て、なんとかしなければと思ったものの、そういう資本を出してくれるお金持ちがいません。だから国が会社を作って事業を興し、事業が軌道に乗るとそれを株式にして売り出し、財閥に持ってもらうという仕組みが作られました。つまり日本ではリスクを取る仕組みとして株式会社が生まれたわけではありません。そして戦時中になると軍部による産業別統制会ができ、財閥は株を持っていても経営への介入を制限され、経営は政府の意向で決まるようになりました。戦後は、その国家管理がなくなり経営者の力が強まるものの、高度成長による資金需要が強く、銀行からお金を借りることになるため、結果的に銀行支配の時代でした。高度成長が終わると、銀行に借金しないようになって内部留保もどんどん溜まり外部資金への依存も低下し、経営者支配の時代になります。そうして経営者が株主以上の権限を得て、その経営者の団体である経団連は政治献金をして政治への影響力も強めました。また経営者は広告費を通じてメディアにも影響力を持つようになりました。
 

片岡:

 官の影響力についてもう少しお聞かせ下さい。
 

田村

 結局、企業が官僚たちの天下り先になっているので、だんだんと企業に対するガバナンスというものには官庁の力がなくなってきました。3年ほど前ですが、やり手の経産省の幹部がコーポレート・ガバナンスをしっかりさせなければといけないと文字通り走り回っていました。しかし、経団連の副会長会社のすべてに説明し、社長たち全員を説得しないと会社法一つ変えられないようです。つまり、経産省は経団連主要企業と事を構えられないということです。またその会社法は法律ですから法務省が担当しています。法制審議会は法務省関係の保守的な法律家たちが主要メンバーです。彼らは国際競争には関心が薄く経済の実態から離れていて、法律学者や経済団体の声に従い法律を作るので、法律改正もガバナンス強化の方には動きません。
 また嘗て強かった組合も、今では組織率10%以下で、大企業のサラリーマン(常用雇用者)が中心的割合を果たし、組合幹部は経営者と一体化しています。政治的にはそれらが連合注4を動かしています。議員にとって選挙で協力してくれるのは、やはりこうした経団連と協調を保つ企業別組合です。パートや日雇いの人たちは、政治に関心を持っても組織的な動きは難しい…。
 こうして「誰が会社をウォッチするのか」という仕組みがなくなってしまい、経営者団体が会社法制、コーポレート・ガバナンス体制を左右するようになりました。経営者が力を持ってもいいのですが、誰を経営者にするのか、或は失敗した、成果を出せない経営者を誰が変えるのかという仕組みがなくなってしまいました。
 「会社法は会社の法律だから、経営者の意見で決めればいい」という経営者団体の発言もあります。会社は誰のものかということが抜け落ちています。会社は株主のものというと日本では心理的な抵抗が凄くあり、「会社はサラリーマンと経営者の生活の手段で、株主はそのあとの儲かった余力にあずかればいい」という人もいます。株は値下がりし、株主は泣いています。年金のお金はかなり株に投資されているので、老後の生活も心配になります。
 

片岡:

 パフォーマンスに対する監視の欠落は、例えば、創業家等が少数株主でありながら君臨し、ファミリー企業へ利益を誘導したりするような歪な仕組みを温存しかねませんね。
 

田村

 創業者一族のシェアは小さくても、関連企業や持ち合いグループの主要な株を抑えたりします。また経営者も株主対策をして、下請け企業や取引銀行に声をかけて、会社の人事方針をそのまま受け入れる株主総会運営ができるようになっています。昔は企業間で株式を持ち合う構造でしたが、今は複雑化して下請け等が持ったりしています。そうした株主は、株を持つことで経営サポートしているのだから仕事を回してよ…と。日本企業は、こうした関係者株主にどんどん株を持たせています。企業年金の運用も、株主利益の追求ではなく、投資先企業の経営をサポートするという面もあります。また、日本では生命保険会社が株をかなり持っていますが、保険の営業に役立つよう投資先の経営に口出ししないのが一般的です。
 日本でも株主価値のみを追求する株主がもっと増えれば、日本の株式会社制度も変わるのですが…。
 ところで、厚生年金も国が預かって株をかなり買っていますが、国は経営には介入しない、だから株主総会で株主権を行使しないと言っています。そんなことでいいのでしょうか。お金を託した勤労者の代わりに経営者のパフォーマンスをウォッチするべきではないでしょうか。厚生省は福祉や年金の資金を補うために税金を上げなくてはいけないという前に、もう少し年金基金の本来的な運用方法を問うべきではないかと思います。
 

片岡:

 米国では、コーポレート・ガバナンスを担う代表的なプレーヤーとなっているのはカルバース等の年金基金ですね。
 

田村

 米国でも民間の企業年金はあまりコーポレート・ガバナンスについて発言しませんが、カリフォルニア等の公的基金は積極的です。地方公務員共済の運用などが量的に膨大で、それら年金ファンドの価値を維持するために、投資先にガバナンスをしっかりするように求めたのが、コーポレート・ガバナンス運動の典型的な流れです。しかし、日本では地方公務員共済なども、役人心理なのか、ガバナンスの眼を光らせるような考えはありません。
 

片岡:

 オリンパスやAIJ問題等は、コーポレート・ガバナンスにどのような影響を与えたのでしょうか。
 

田村

 コーポレート・ガバナンスもルールを守る、法制を守るという点では理解されてきているのですが、そこで止り、弁護士とか内部管理に沢山のお金を掛けなければならなくなっています。そうしてコストのかかる法律問題ばかり注目することで、パフォーマンスへの関心が失われ、間違ったことをしなければ会社はそれでいいでしょうとなってしまっています。企業価値を最大化して日本の経済を繁栄させるのがコーポレート・ガバナンスの役割です。要するにパフォーマンスの悪い経営者を如何に追い出すかということがガバナンスの本質なのですが…。今の日本の企業社会には、法律に触れることはしていないけど株価はどんどん下がり株主は大損しているところが多い。そういう会社は誰かに買われるような仕組みになっていないと緊張感がありません。悪いことをしないだけで社長が務まるのでしょうか。
 パナソニックもシャープも、雇用確保を重視し、会社のリターンに対する甘い判断で投資してきたツケが出て、寧ろ大変な事態になっています。仮に社員のためにやったことだから経営者は責任を取らなくて良いとなれば、資本主義経済での経営としては大問題です。これでは資本主義の原理が守られず、日本はグローバル資本主義が広がっている世界の中で事実上鎖国しているといってもいいでしょう。
 こうして今の日本は、経営者の地位が過度に安泰しています。企業再編成においても、お金がある企業は海外で企業を買収する、つまり中から外への投資は自由なのですが、国内で企業を敵対的買収しようとすると大変な目に合います。また外から日本を買いたいと思っても、そういう防御網に合うので入ってこられません。株主の力による企業の新陳代謝、再編がなく、また日本は外に行く自由ばかりあって、国内で投資する自由がない。これだと日本は停滞してしまいます。海外からの投資や企業買収がもっと起こるようにしないといけないのですが、戦前から続いてきた日本の仕組みは頑として動きません。
 

片岡:

 最後に金融機関についてお伺いしたいと思います。
 

田村

 金融機関は、他の国も含め、非常に公的な色彩が強くなっていて、特に日本は間接金融中心に国を作り、大蔵省、日銀の介入によって銀行間の過度の競争が起こらないようにして健全性を維持してきた歴史があるため、非常に限られた部分にしか競争がありません。その結果、貸し出し競争とか、量的な拡大競争になってしまって、真に企業価値を上げるための競争になっておらず、国際的な競争力が育ちませんでした。その周辺にある証券会社も、国際的な投資銀行業務という面ではノウハウがないまま図体が大きくなってしまっています。ですから東京での投資銀行業務で大きくなっているのは海外の金融機関で、彼らが日本人を使って、日本でのグローバルな金融業をやっています。日本の金融機関も、海外でM&Aを行っていますが、結局、外国に出て買ったものは大抵うまくいっていません。日本はサラリーマンのための企業経営をやっていて、企業経営の軸がしっかりしていないからです。
 さて、今は低金利で、銀行は調達コストが安く、流動性の預金で膨大な長期債を抱えていますが、これが永久に続くことはありません。日本がインフレになるか、或は景気回復すると金利が3%、4%となり、長期国債の値下がりが起こって、完全に経営が成り立たなくなります。そこに対する回答は、今から考えないといけない問題なのですが、そういう人はおらず、結局、起こった時にアタフタすることになりそうです。仮に将来国債金利が3%〜4%というレベルになると、保有残高に膨大なキャピタル・ロスが生じます。ただ、新しく入ってくる預金と新しい貸出との関係は明らかに順ザヤで儲かります。ですから過去に引き受けたものに対する償却を何年かかけてやりなさいという話になるものと思います。
 

片岡:

 貴重なお話を有難うございました。
 

 

〜完〜

 

インタビュー後記

 田村さんが日銀の営業局長の頃、バブル崩壊による金融の大混乱が始まり、田村さんは各行に傘下に抱えているノンバンクも含めて、レポートを出させて、名寄せ作業などを行ない日本全体の状況を把握、銀行や証券会社に徹底したリストラを求めました。日本銀行の秩序から言えば、理事は退任して、地方銀行の頭取や政府系の金融機関の輸銀とか開発銀行に行くそうですが、各行にリストラを求めていた田村さんが金融機関に天下るわけにもいきません。そこで金融機関に対するコンサルティングを強化しようとしていたA.T.カーニーの会長に就任、米国式のコンサルティングの手法で産業構造の転換を支援したそうです。その少し前、米系有力のコンサルティング会社指導のもと、多くの日本の大銀行が総本部制を導入、営業と審査機能を一体化、各部門で収益を管理して利益をあげる経営改革を実施した一方、管理体制が甘かったこともあり、多くの銀行がイケイケドンドンの経営を続けて問題を起こしました注5。その後に、日本のいくつかの有力銀行に経営指導に入り、成果を上げたそうです。こうしたコンサルティング会社での経験が田村さんの現在のご活動の礎となっているそうです。

  

聞き手

片岡 秀太郎

1970年 長崎県生まれ。東京大学工学部卒、大学院修士課程修了。博士課程に在学中、アメリカズカップ・ニッポンチャレンジチームのプロジェクトへの参加を経て、海を愛する夢多き起業家や企業買収家と出会い、その大航海魂に魅せられ起業家を志し、知財問屋 片岡秀太郎商店を設立。クライシス・マネジメントとメディアに特化したアドバイザリー事業を展開

 
 

脚注  
   
注1

http://ja.wikipedia.org/wiki/コーポレート・ガバナンス (最終検索2013年1月1日)
  

注2

http://kotobank.jp/word/中村金夫 (最終検索2013年1月1日)
 

注3

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/121/0793/12108300793005a.html (尾上縫事件については午後1時1分からの答弁に登場します。最終検索2013年1月1日)
  

注4

http://ja.wikipedia.org/wiki/日本労働組合総連合会 (最終検索2013年1月1日)
  

注5

http://www.ritsbagakkai.jp/pdf/404_02.pdf (44ページをご参照下さい) (最終検索2013年1月1日)
  

   
   
   
   
 


右脳インタビュー

 

 

 

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更新日:2012/12/31